令和5(行コ)38 難民の認定をしない処分取消等請求、訴えの追加的変更申立控訴事件

裁判年月日・裁判所
令和6年1月25日 名古屋高等裁判所 名古屋地方裁判所
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判決文本文22,971 文字)

主文 1 原判決を次の通り変更する。 2 法務大臣が平成28年6月16日付けで控訴人に対してした難民の認定をしない旨の処分を取り消す。 3 法務大臣は、控訴人に対し、出入国管理及び難民認定法61条 の2第1項の規定による難民の認定をせよ。 4 第2事件の訴えをいずれも却下する。 5 訴訟費用は第1、2審を通じて被控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 第1事件主文第2項及び第3項と同旨 3 第2事件法務大臣が令和4年1月24日付けで控訴人に対してした難民の認定をし ない旨の処分を取り消す。 法務大臣は、控訴人に対し、出入国管理及び難民認定法61条の2第1項の規定による難民の認定をせよ。 第2 事案の概要(略語は、本判決で定めるもののほか、原判決の例による。以下、本判決において同じ。) 1 本件は、本邦にあるミャンマー連邦共和国(ミャンマー)で出生した外国人男性である控訴人が、平成27年(2015年)2月17日、法務大臣に対し出入国管理及び難民認定法(入管法)61条の2第1項の規定に基づき難民の認定を申請したところ(本件難民認定申請①)、平成28年6月16日、難民の認定をしない旨の処分(本件難民不認定処分①)を受けたため、被控訴人を相 手として、本件難民不認定処分①の取消し及び上記規定に基づく難民の認定の 義務付けを求めるとともに(第1事件)、令和3年(2021年)2月15日、法務大臣に対し同項の規定に基づき難民の認定を申請したところ(本件難民認定申請②)、令和4年1月24日、難民の認定をしない旨の処分(本件難民不認定処分②)を受けたため、被控訴人を相手として、本件難民不認定処分②の取消し及び上記規定に基づく難民の認 たところ(本件難民認定申請②)、令和4年1月24日、難民の認定をしない旨の処分(本件難民不認定処分②)を受けたため、被控訴人を相手として、本件難民不認定処分②の取消し及び上記規定に基づく難民の認定の義務付け(本件難民不認定処分①に係 る上記義務付けの訴えと併せて、「本件各義務付けの訴え」)を求める事案である。 原審が、本件訴えのうち、本件各義務付けの訴えをいずれも却下し、控訴人のその余の請求をいずれも棄却したところ、控訴人(一審原告)がこれを不服として控訴した。 2 前提事実並びに争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり補正し、次項に当審における当事者の補充主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」第2の1から3までに記載のとおりであるから、これを引用する。 (1) 原判決4頁22行目の「の適法性」の後に「及びその理由の有無」を付加する。 (2) 原判決12頁8行目から9行目の「原告は、ミャンマーを不法に出国したわけではないが、」を「控訴人の」と改める。 (3) 原判決21頁12行目の「の適法性」の後に「及びその理由の有無」を付加する。 3 当審における当事者の補充主張 (1) 控訴人ア立証責任について立証責任は難民申請者側にあるとしても、難民申請者の置かれた困難な状況からすれば、処分行政庁は、自ら積極的な主張立証を行うべきである。 イ事実認定について 控訴人は、ラカイン州で出生した。また、Aは、控訴人の姉である。こ れらについてはいずれも公的文書がある。そうであるのに、原審裁判所は、提出が遅れた理由について釈明も行わず、公正な通訳が付けられなかったなどの理由により信用性の低い難民認定申請時の調書を重視して、上記事実を認定しなかった。また、控訴人の旅券は、出生 、原審裁判所は、提出が遅れた理由について釈明も行わず、公正な通訳が付けられなかったなどの理由により信用性の低い難民認定申請時の調書を重視して、上記事実を認定しなかった。また、控訴人の旅券は、出生地を偽った当初から無効なものである。 ウ難民該当性の判断についてUNHCRの「難民認定基準ハンドブック」に記載された内容は、事後の慣行に当たるから、これを参照して難民法を解釈すべきである。また、迫害とは、生命、身体又は自由の侵害又は抑圧及びその他の人権の重大な侵害を意味するとともに、それ自体は迫害とは言えない措置や不利益等が 合わさった結果として、全体として迫害を構成する累積的迫害をも意味する。そして、迫害主体が国家であり、民族浄化を行っている場合には、民族浄化の対象とされた民族の構成員は、十分に理由のある恐怖を感じているというべきである。 ミャンマーでは、従来からロヒンギャに対する迫害が行われ、2016 年(平成28年)から2017年(平成29年)にかけて大規模な虐殺が行われた。その後、2021年(令和3年)には軍事クーデター(以下「本件クーデター」という。)が起こり、更に状況は悪化している。迫害主体は国家機関であって、ロヒンギャを対象に民族浄化を図っているのだから、ロヒンギャが迫害を受ける恐れは国籍国の全土にわたる。現にラカイン州 以外のロヒンギャも迫害を受けている。また、国を去った後に後発的に難民になることがあることは、入管法61条の2の2第1項2号の規定から明らかである。控訴人は、適法な旅券を持たずに出国したのであるから、帰国時に投獄される可能性が高い。加えて、控訴人は、かつて、NLDに加入して政治活動をしていたことがあるのだから、NLDと対立する軍事 政権から拘禁及び暴力にさらされる可能性が のであるから、帰国時に投獄される可能性が高い。加えて、控訴人は、かつて、NLDに加入して政治活動をしていたことがあるのだから、NLDと対立する軍事 政権から拘禁及び暴力にさらされる可能性が高い。迫害の現実的な恐れが ある以上、ロヒンギャであり政治活動を行っていた控訴人が恐怖を感じることには十分に理由がある。 (2) 被控訴人ア立証責任について難民不認定処分の取消訴訟における難民該当性の立証責任は、処分の取 消しを求める控訴人が負うと解すべきであり、その立証の程度においても、一般の訴訟法上の原則が妥当するというべきである。 イ事実認定について控訴人の供述及び証人Bの証言に依拠して控訴人がロヒンギャであると認定した原判決は不当である。 控訴人の出生地につき、出生届謄本の写真(甲A37の1)を採用せず、控訴人がヤンゴンで出生したと認定した原判決は正当である。上記出生届謄本の写真は、原審での被控訴人第6準備書面での被控訴人の反論のために提出されたことからすれば、控訴人が写真を入手したとされる令和5年2月15日までの約7か月にわたってその写真すら入手できなかったの は不自然といわざるを得ない。控訴人は、難民認定申請書においても事情聴取においてもラカイン州で生まれたとしかしておらず、出生届に記載のあるブーティーダウンで生まれたことを記載ないし供述していない。控訴人は、当初ヤンゴンで出生したと述べており、当時は病院名など詳細に語っていたことと比べると、控訴人がラカイン州で出生したと供述を変遷さ せた後は極めて概括的な供述にとどまっているのは不自然である。控訴人は、ヤンゴンで生まれたと答えることが難民認定申請において不利であると認識するや、出生地についての供述を変遷させており、その供述 せた後は極めて概括的な供述にとどまっているのは不自然である。控訴人は、ヤンゴンで生まれたと答えることが難民認定申請において不利であると認識するや、出生地についての供述を変遷させており、その供述には信用性がないし、出生届謄本の写真の信用性もない。 1991年の世帯一覧表(甲A36の1)の提出時期が遅れたことにつ いて合理的な理由がなく、作成日にも疑義があり、家族表(乙A70)と も矛盾する上、控訴人は1回目難民認定申請の当初からAを姉であると供述しなかったのであり、このことには合理性がないから、Aが控訴人の姉であると認定しなかった原判決は正当である。 ウミャンマーの一般情勢に係る事実認定についてラカイン州外でのロヒンギャは、暴力についてはより低度のリスクにさ らされているにとどまり、IDカードを所持していればヤンゴンでロヒンギャであることはそう難しいことではない。2021年2月1日の本件クーデター後においても、ロヒンギャ、とりわけヤンゴンに居住するロヒンギャが特に加害の対象とされているものではない。 控訴人が記載されている家族表(乙A70)は、ミャンマー国籍を証す る書面として取り扱って差し支えないとされており、控訴人はミャンマー国籍を有しているといえる。また、本件旅券の出生地の記載が事実と異なるとしても、その部分の内容の真実性が否定されるにとどまり、本件旅券をミャンマーの権限ある公務員が正規に作成したことを否定すべき事情はない。 また、本件クーデターから本件難民不認定処分②に至るまで、約1年が経過していたが、控訴人が本国の政府当局により当該政治活動を理由に訪問を受けるなどしたこともなかった。 エ難民該当性の判断についてそもそも「難民認定基準ハンドブック」は難民条約を解釈するための補 していたが、控訴人が本国の政府当局により当該政治活動を理由に訪問を受けるなどしたこともなかった。 エ難民該当性の判断についてそもそも「難民認定基準ハンドブック」は難民条約を解釈するための補 足的手段に該当しないし、ガイドラインはハンドブックを補足するものであるから、難民条約を解釈するための補足的手段に該当しない。 一定の事情が累積することで「迫害」を構成することがあるとしても、その迫害は通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす程度のものでなければならない。迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖 があるといえるためには現実的な危険が必要であり、現実的な危険の有無 は、個々の申請者に関する具体的な事情を踏まえて判断される。また、いわゆる民族浄化のような状況があるときは、申請者の難民該当性を判断するに当たり個別的な事情について検討を要しない場合もあり得るが、申請者が当該民族に属していたとしても、申請者の個別的な事情を検討した上で難民該当性を認めないことまで否定されるものではない。 原判決は、本件に係る事実関係において、控訴人に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖があると認められるかを判断するに当たって必要な限りで本国の諸事情を検討したものであり、正当である。 原判決は、ラカイン州以外のロヒンギャがその民族性を理由に、一般にロヒンギャに対する迫害が行われているものと認めることはできないとし た上で、控訴人の、ヤンゴンで生まれ、同所で生活し、ミャンマー国内において移動の自由を有し、ミャンマー国籍を有する者として正規の旅券を用いて本邦へ入出国した者であるという個別事情を踏まえて難民該当性を否定したものであり、正当である。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所は、原審と ャンマー国籍を有する者として正規の旅券を用いて本邦へ入出国した者であるという個別事情を踏まえて難民該当性を否定したものであり、正当である。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所は、原審と異なり、本件第1事件における控訴人の請求はいずれも理由があるからこれを認容すべきであると判断する。そうすると、本件第2事件の訴えは、いずれも却下すべきこととなる。その理由は、以下のとおりである。 2 難民の意義、立証責任等について 原判決36頁20行目の「解され、」から37頁2行目末尾までを「解される。」と、38頁8行目の「場合に」を「場合にまで」とそれぞれ改め、同頁10行目の「以上と」から「上記ア~エ」までを次のとおり改めるほかは、原判決「事実及び理由」の第3の2(1)に記載のとおりであるからこれを引用する。 「もっとも、難民条約が、国際連合憲章及び世界人権宣言が人間は基本的 な権利及び自由を差別を受けることなく享有するとの原則を確認している こと等を考慮して協定されたこと(前文)からも明らかなように、難民の保護は、単なる恩恵ではなく、上記のような普遍的権利に基づく人道上のものとして、締約国に要請されているものである。また、難民は、迫害を受けるおそれがある者で、一般的に非常に不利な状況に置かれているのであるから、それが自分自身に関する事実であったとしても、経験則上、難民である ことを証明するのに十分な客観的資料を持って出国することが期待できない(このような資料を持っていれば、出国自体を阻止されてしまう可能性が極めて高い。)ばかりでなく、出国後も、このような資料を収集することは困難であるのが通常であると考えられる。したがって、裁判所が、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心 い。)ばかりでなく、出国後も、このような資料を収集することは困難であるのが通常であると考えられる。したがって、裁判所が、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心 証により、事実についての判断をするに当たっては、難民認定申請者がこれらの客観的資料を提出しない、又は提出するまでに一定の期間を要したからといって、直ちに難民であることを否定すべきではなく、本人の供述するところを主たる資料として、恐怖や国家機関ないし公務員に対する不信感等による供述への逡巡、時間の経過に伴う記憶の変容、希薄化の可能性、民 俗、宗教、置かれてきた環境等の背景事情の違いなども考慮した上で、基本的な内容が首尾一貫しているか、変遷に合理的理由があるか、不合理な内容を含んでいないか等を吟味し、難民であることを基礎付ける根幹的な主張が肯認できるか否かを検討して行うべきである。この点に関し、国連難民高等弁務官駐日事務所作成の『難民認定基準ハンドブック』(甲C25)では、 難民の地位の認定の基準及び手続に関する手引きとして、事実の立証について、『申請を提出する者に立証責任があるのが一般の法原則である。しかしながら、申請者は書類やその他の証拠によって自らの供述を裏付けることができないことも少なくなく、むしろ、その供述のすべてについて証拠を提出できる場合のほうが例外に属するであろう。ほとんどの場合、迫害から 逃れる者はごく最少の必需品のみを所持して到着するものであって身分に 関する書類すら所持しない例も多い。こうして、立証責任は原則として申請者の側にあるけれども、関連するすべての事実を確認し評価する義務は申請者と審査官の間で分担される。』などとされているのであって、当裁判所の上記判断と同趣旨をいうものと解される 証責任は原則として申請者の側にあるけれども、関連するすべての事実を確認し評価する義務は申請者と審査官の間で分担される。』などとされているのであって、当裁判所の上記判断と同趣旨をいうものと解される(なお、被控訴人は、難民該当性を基礎づける諸事情の有無及び内容等は、難民認定申請者においてこれを 正確に申告することが容易である旨主張するが、上記ハンドブックにも『自らの経験から自国の当局に恐怖を抱いている者は、いかなる当局に対しても不安を感じるかもしれない。それ故、自由に供述したり自らの事実についての十分で正確な説明をすることをおそれるかもしれない。』などとあるように、難民申請者が置かれた実情を無視するもので、失当である。また、上 記ハンドブックに記載されている難民申請者が置かれている状況や難民申請者が感じる恐怖などについても、重要な経験則を示すものとして、尊重すべきものといえる。)。 以下、これ」 3 認定事実 前提事実に加え、争いのない事実並びに証拠(後掲証拠(枝番号のある書証については全ての枝番号を含む。以下同じ。)のほか、甲A33、34、証人B、控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 (1) ミャンマーの一般情勢について原判決「事実及び理由」の第3の1(1)に記載のとおりであるからこれ を引用する。 (2) ミャンマーにおけるロヒンギャの状況等原判決を次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」の第3の1(2)に記載のとおりであるからこれを引用する。 ア原判決24頁2行目末尾に改行の上、「ロヒンギャは、ビルマ民族の容姿 とは異なりベンガル的な容姿容貌を有しており、ミャンマー語の発音もビ ルマ民族とは異なっている。(甲A28、乙A44)」と加える。 目末尾に改行の上、「ロヒンギャは、ビルマ民族の容姿 とは異なりベンガル的な容姿容貌を有しており、ミャンマー語の発音もビ ルマ民族とは異なっている。(甲A28、乙A44)」と加える。 イ原判決24頁22行目から23行目の「報告には、おおむね、次のとおり記載されている。」を「報告によれば、次のような状況にある。」と、26頁16行目の「・公的差別」から19行目の「である。」までを「差別は、ラカイン州ほどではないものの、そもそも市民権が公的に認められていな い(なお、被控訴人は、ロヒンギャが正常に国籍を取得できず、差別を受けている状況について、『要件に該当しない者に国民としての権利を与えていないのは当然である。』などと主張するが、以上及び以下の認定事実に照らし、世界人権宣言の趣旨にも反する人道上看過することができない不相当な主張といわざるを得ない。)。」とそれぞれ改める。 ウ原判決29頁25行目末尾に改行の上、次のとおり加え、29頁26行目の「」を「」と改める。 「オーストラリア政府移民評価機関の2016年(平成28年)6月2日付けの決定(本件豪州決定)によれば、ミャンマーでは、おおむね次のような状況にある。有効な旅券を持たずにミャンマーに帰国す る者には厳しい罰則があり、尋問センターへ移送され、慣行として睡眠と食事をはく奪される。過去の犯罪や政治活動が判明した場合、これ以上に過酷な迫害を受けることがある。ミャンマーを不法に出国したロヒンギャがミャンマーに帰国した場合、ヤンゴンに居住していたと認められるか否かにかかわらず、刑務所や、ラカイン州の国内避難民(IDP) 収容所に移送される可能性がある。(甲C35)」エ原判決30頁15行目末尾に改行の上、次のとおり加え、30頁16行目の「 るか否かにかかわらず、刑務所や、ラカイン州の国内避難民(IDP) 収容所に移送される可能性がある。(甲C35)」エ原判決30頁15行目末尾に改行の上、次のとおり加え、30頁16行目の「」を「」と改める。 「 (キ) 2022年(令和4年)の米国国務省の報告書によれば、ロヒンギャは真にミャンマーに属しておらず、一般的に恐怖と軽蔑の目で 見られる宗教に属するものとして認識され続けており、2014年(平 成26年)の国税調査ではカウントから除外され、治安部隊はロヒンギャに対する蛮行、大量虐殺を行い続けているが、ほぼ完全に不処罰の状態が続いており、政府は国内各地で数千人のロヒンギャを逮捕・拘束し、ほとんどすべての成人に懲役刑を宣告している。(甲B62)2022年(令和4年)11月のオーストラリア政府外務貿易省の報 告書(甲B58)によれば、ミャンマーでは、おおむね次のような状況にある。ラカイン州外のロヒンギャは、迫害、虐待等を避けるため、多くの場合、カーマン族等、民族を偽って生活しており、そのように民族を偽ってもなお、皮膚の色と宗教に基づいた深刻な差別に直面している。 代々の政府が、ロヒンギャの権利を奪ってきた。クーデター前のミャン マーでは、ロヒンギャの虐殺等は、主にラカイン州で行われ、これには主に治安部隊が関与していた。本件クーデター以来、超法規的殺害は国内各地で報告されており、強制失踪は全国的に拡大し、件数も大幅に増えた。しばしば証拠が薄弱かないにもかかわらず、抗議活動、市民的不服従運動、民族武装組織、及びPDFとの関与の疑いをかけられている NLD幹部と個人を逮捕し、拘禁している。強制的に失踪させられた人々は、拷問や超法規的殺害の対象となった。本件クーデター以降、軍事政権は元NLDメン 及びPDFとの関与の疑いをかけられている NLD幹部と個人を逮捕し、拘禁している。強制的に失踪させられた人々は、拷問や超法規的殺害の対象となった。本件クーデター以降、軍事政権は元NLDメンバー、抗議者その他の政権の敵対者が所有する財産を没収してきた。没収は全国各地で発生し、ザカイン、ヤンゴン、マンダレーでは特に多かった。西側諸国とのつながりを考えると、オーストラ リアから帰還する失敗した庇護希望者は、彼らがもともとなぜミャンマーを離れたかに関わらず、公式の嫌がらせ、恣意的な拘禁及び暴力の高度のリスクにさらされる。 2023年(令和5年)6月の英国内務省の報告書が引用する2022年(令和4年)12月19日の国連人権高等弁務官事務所の報告書に よれば、ラカイン州以外のロヒンギャについても、2021年(令和3 年)2月の本件クーデター後、他の多くの地域で暴力的な弾圧を受け、多数派のバマールを含むすべての民族・宗教グループを標的にしたキャンペーンが行われ、あらゆる前進が劇的に後退し、新たな暴力と弾圧の波に飲み込まれている。(甲B61)なお、2021年(令和3年)3月の英国内務省の報告書によれば、 本件クーデター後、NLD関係者の逮捕が相次ぎ、そのほとんどが釈放されていない、また、抗議活動に関与した者も恣意的に逮捕、拘束されている。(甲B47)」オ原判決30頁16行目末尾に改行の上、次のとおり加える。 「ゼイド・ラアド・アル・フセイン国連人権高等弁務官は、2017 年(平成29年)9月、国連人権理事会調査団の派遣をミャンマーが拒否しているため完全な状況把握はできていないとした上で、ミャンマーでのロヒンギャの扱いについて民族浄化の典型例のように見える旨を述べた(甲B26)。また、米国のティラーソン 団の派遣をミャンマーが拒否しているため完全な状況把握はできていないとした上で、ミャンマーでのロヒンギャの扱いについて民族浄化の典型例のように見える旨を述べた(甲B26)。また、米国のティラーソン国務長官は、2017年(平成29年)11月、ラカイン州の状況はロヒンギャに対する民族浄化に 相当するとの声明を発表した(甲B27)。国連人権担当のアンドリュー・ギルモア事務次長補は、2018年(平成30年)3月、ロヒンギャの民族浄化は続いていると述べた(甲B28)。さらに、米国のポンペオ国務長官は、2018年(平成30年)8月、ミャンマーにおけるロヒンギャに対する行為は民族浄化であると述べた(甲B29)。」 カ原判決30頁21行目の「犯した」の後に「、国軍の意図は民族浄化を超えてロヒンギャを徹底的に殺戮することにあった」と加える。 キ原判決30頁24行目末尾に、改行の上、次のとおり加える。 「しかし、軍事政権と対立しているNLDのアウン・サン・スー・チーでさえ、2019年(平成31年又は令和元年)、その司法手続の過程 で、国際司法裁判所において、内政上の武力衝突にすぎず、国軍はジェ ノサイドを行っていないなどと述べており、ミャンマーの国家は、どの政党かに関わらず、ロヒンギャに対する保護の姿勢がない(甲B46、乙B32)。国際司法裁判所は、ミャンマーに対し、2020年(令和2年)、ロヒンギャ迫害を止めるためのあらゆる措置を取るよう仮保全措置命令を出したが、ミャンマー政府は、一貫してジェノサイドであるとい う見方を否定し続けており、ロヒンギャを迫害から保護しようとする姿勢は一貫してみられない。(乙B33、36)『ベンガリ』とは、バングラディッシュからの移民という意味である。ミャンマーでは昔からロヒンギャ 定し続けており、ロヒンギャを迫害から保護しようとする姿勢は一貫してみられない。(乙B33、36)『ベンガリ』とは、バングラディッシュからの移民という意味である。ミャンマーでは昔からロヒンギャはビルマの土着民族ではなく、イギリスの植民地支配下にバングラディッシュから来た外国人だと考え られており、これがミャンマー人の反ロヒンギャ感情と差別の根底をなしている。2016年(平成28年)及び2017年(平成29年)におけるロヒンギャへの残虐行為のときに、その攻撃者である兵士、警察官らは、ロヒンギャのことを『バングラディシュ人/ベンガル人』などと呼んでいた。また、ミャンマー軍事政権のトップは、ロヒンギャを『ベ ンガリ』と呼び、迫害すべきであると考えており、軍部はこれを差別の対象としている。(甲B18、38)」(3) 控訴人の個別的事情ア原判決を次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」の第3の1(3)に記載のとおりであるから、これを引用する。 原判決31頁3行目の「いる。」を、「いる(なお、控訴人がラカイン州生まれで、Aが控訴人の姉であることについては、後記のとおりである。)。控訴人は、イスラム教徒であり、ロヒンギャ語を話すことができ、ベンガル的な容姿容貌を有する上、ミャンマー語の発音もビルマ民族とは異なる。(乙A44)」と改める。 原判決31頁8行目から11行目までを次のとおり改める。 「ウ控訴人の両親は、1997年(平成9年)10月10日、政府職員に賄賂を渡して国民精査証(本件証明証)の発行を受けた。本件証明証には、控訴人の民族として「ベンガリ+ビルマ族」と記載され、本件証明証は30歳になったら切り替えることと記載されている。もっとも、本件証明証が適法に発行されたものである )の発行を受けた。本件証明証には、控訴人の民族として「ベンガリ+ビルマ族」と記載され、本件証明証は30歳になったら切り替えることと記載されている。もっとも、本件証明証が適法に発行されたものであるか否かは明らかではなく、 仮に適法に発行されていたとしても控訴人は1979年(昭和54年)生まれであるから、既に有効期限が過ぎており、現在では、本件証明証記載の番号は、他のミャンマー国民に割り当てられている。また、本件証明証を発行した政府職員は後に逮捕された。(甲A31、32、44)本件証明証には控訴人の民族は『ベンガリ』である旨記載されており、 控訴人がロヒンギャであって、迫害の対象とすべきことを明示するものであった。そのため、本件証明証を使用して国内移動等をすることはできず、控訴人は本件証明証をほとんど使用したことがなかった。(甲A31、32)」原判決31頁14行目を「訪問し、デモに参加して逮捕され、禁固2 年6か月の刑を言い渡された。逮捕の際及び禁固刑の執行中、控訴人は、ロヒンギャであることから、警察官等から暴行を受けた(なお、控訴人の供述は、暴行の内容・程度について一定の変遷がみられるものの、暴行を受けたこと自体については一貫しており、信用できる。)。控訴人は、2005年(平成17年)の出所時に、今後は政治活動に一切関わらな い、もし誓約を破った場合には厳しい処罰を受ける旨が記載された誓約書に署名をした。しかし、控訴人は、出所後、NLDに加入してビラ配りなど反政府の政治活動を続け、個人的にもデモに参加するなどした。 (乙A10、13、24、25、27、29、35、39、44、68の2)」と改める。 原判決31頁16行目の「ミャンマー政府から旅券(以下「本件旅券」 という。)の発給を受け た。 (乙A10、13、24、25、27、29、35、39、44、68の2)」と改める。 原判決31頁16行目の「ミャンマー政府から旅券(以下「本件旅券」 という。)の発給を受けた。」を「控訴人は、家族を通じ、ブローカーに金員を支払って旅券の作成を依頼し、顔写真を渡すなどした。控訴人自身が旅券発給所に行ったことはなく、上記のほかは全てブローカーに任せ、不正な方法で、出身地がヤンゴンと記載された旅券(以下「本件旅券」という。)を入手した。(乙A25、29)」と改める。 原判決31頁23行目の「政治活動をし、」から25行目末尾までを、「政治活動をした。その後、軍情報局と名乗る政府関係者4名が深夜である午前2時頃に控訴人の自宅を訪ねて目的を告げずに控訴人への面会を求めたり、複数回にわたり控訴人の自宅を訪問して捜索を行った。そのため、控訴人はデモ参加以降、ほとんど自宅に戻らずに過ごしていた。 (乙A13、24、25、29、35)」と改める。 原判決31頁26行目の「ミャンマーを出国し」を「上記のようにして不正に入手した内容虚偽の旅券を用い、出国のために更に金銭を支払ってブローカーに手配を依頼し、空港の職員に賄賂を渡すなどして、不法にミャンマーを出国した(乙A13、25、29)。控訴人は、」と改 める。 原判決32頁6行目の「記載し、」を「記載したが、ロヒンギャ語には文字がないため、ロヒンギャ語を母国語として手続に必要な書類に記入すること(難民認定申請書等のほか、供述調書の署名を含む。)は、そもそも不可能であった(乙A13、35、44、69)。また、控訴人は、 上記各申請において、家族については名古屋入管に提出した家族表(乙A70)どおりに記載し、」と改め、10行目の「供述した。」を「供述 であった(乙A13、35、44、69)。また、控訴人は、 上記各申請において、家族については名古屋入管に提出した家族表(乙A70)どおりに記載し、」と改め、10行目の「供述した。」を「供述したとされた。」と改め、12行目の「供述した。」を「供述したとされた。もっとも、これらの手続における通訳人はいずれもミャンマー人であった(なお、既に難民認定されているロヒンギャのBは、自らの難民 認定申請時にはミャンマー人の通訳ではなく日本人の通訳を依頼したが、 その理由を、ミャンマー人がロヒンギャの話したことを正確に通訳するとは考えられなかったからであるとしていること、ミャンマーにおけるロヒンギャに対する差別的な取扱い等が、アウン・サン・スー・チーが国家最高顧問等であった時期にも行われていたように、ミャンマー人は、一般的にロヒンギャに対する根強い偏見を持っている場合が多いと考え られること、現在でも、ミャンマーにおいてロヒンギャはミャンマー人から差別と迫害の対象とされていることからすれば、通訳人であるミャンマー人に偏向的な態度があったとする控訴人の供述は信用することができ、通訳の正確性について適正に担保されていたとは認められない。)。」と改め、15行目の「政治的活動」を「ロヒンギャの人権擁護に関する 政治活動」と改める。 原判決32頁23行目末尾に改行の上、次のとおり加え、24行目の「ケ」から33頁14行目の「ス」までの各項目番号をそれぞれ「コ」から「セ」までと改める。 「ケ控訴人は、平成23年9月15日、ミャンマー大使館前におけ るデモに参加し、ミャンマーの民主化を求めるなどの政治活動を行っており、新聞報道もされて、控訴人がデモ参加者の一員として写っている写真が掲載された(なお、控訴人は、これらの資料 使館前におけ るデモに参加し、ミャンマーの民主化を求めるなどの政治活動を行っており、新聞報道もされて、控訴人がデモ参加者の一員として写っている写真が掲載された(なお、控訴人は、これらの資料を被控訴人に提出しているようであるが、被控訴人は、別の部分では控訴人による写真の提出の遅れ等について非難しておきながら、新聞報道に触れられている調 書(乙A29、35、39)を書証として提出しているのに、控訴人から提出があったものとして添付資料とされたこれらの新聞報道の資料は自ら所持しているのに提出しておらず、到底公正な態度とはいい難い。 また、難民審査参与員は、『言葉尻を捉えるようですが、調書の前後でそういう違いが出てきているのには、当惑しています。当局も困ったでし ょうが、そういう食い違いが出ているのは困るというように思うわけで す。』(乙A35の11頁)、『あなたが政治活動しなければ、ロヒンギャ族であっても、別に何も迫害を受けないということを、あなた自身が証明したのではないですか。』、『あなたは、この三つの新聞記事のために帰国すると抹殺されると言っているのに、その重要な新聞が何新聞なのかすら憶えていないのですか。』、『日本でデモをして、10人、20人の中 にいる写真に写った人を、帰国してわざわざ迫害するとは考えられないのではないですか。』(乙A44の13、15、18頁)などと質問するなどしており、難民認定申請者の置かれた状況に対する無理解を露呈しているものといえるし、質問全体をみても、予断や偏見がうかがわれるもので、公平な立場に立っているとはいい難い。)。」 原判決32頁24行目の「原告は」の前に、「在日ビルマロヒンギャ協会(BRAJ)は、ロヒンギャの人権擁護のために政治的活動を行っている。Aは、同協 な立場に立っているとはいい難い。)。」 原判決32頁24行目の「原告は」の前に、「在日ビルマロヒンギャ協会(BRAJ)は、ロヒンギャの人権擁護のために政治的活動を行っている。Aは、同協会の代表者を務めていたBと姻戚関係にあるCの妻である。1991年(平成3年)12月10日にミャンマー入国管理及び国勢調査局が作成した世帯員一覧表(甲A36、41)には、Aが控訴 人の姉である旨の記載がある。」と加え、26行目の「供述した。」を「供述したとされるが、これらの調査における通訳人もミャンマー人であり、通訳の正確性が適正に担保されているとは認められない。」と改める。 原判決33頁16行目の「今回同人を追記した」を「以前同人を家族として記載しなかった」と改め、20行目の「追及されるため、」の後に 「ずっとヤンゴンで生まれたと偽って暮らしており、パスポートもヤンゴン生まれとして作成してもらっていたので、」を加える。 原判決33頁22行目末尾に改行の上、次のとおり加える。 「ソ 1979年(昭和54年)3月4日にラカイン州ブーティーダウン市保健局が作成した控訴人の出生届謄本(甲A37、40)には、 控訴人がブーティーダウン市で出生した旨の記載があるところ、同市は ラカイン州に存する。 タ控訴人は、ミャンマーでは、軍事政権の支配下で、政治、経済、福祉、全てに対して圧力がかけられ、国民は困っており、国民が自由になるようにミャンマーという国が民主主義の国に変わるしかないと考えており、民主主義とは、自由に意見を言っても逮捕されないこと、政権 を任せる人を自分で選ぶことができるということだと考えている。 (乙A29)」イ前記アの認定事実に基づく検討 控訴人がロヒンギャであることについて控訴人がラ されないこと、政権 を任せる人を自分で選ぶことができるということだと考えている。 (乙A29)」イ前記アの認定事実に基づく検討 控訴人がロヒンギャであることについて控訴人がラカイン州出身の家族に生まれ、控訴人の家族がヤンゴンへ 移住したという控訴人の供述部分は当初から一貫している。また、控訴人は、イスラム教徒であり、ロヒンギャ語を話すことができ、ベンガル的な容姿容貌を有する上、ミャンマー語の発音もビルマ民族とは異なっている。本件証明証にも控訴人の民族は「ベンガリ」、すなわちロヒンギャである旨が記載されている。さらに、控訴人は、来日後、詳細な審査 を経てロヒンギャと認められた者のみが入会することのできるBRAJに入会し、ロヒンギャであるとして難民認定されたBも控訴人がロヒンギャであると認めている(甲A34、証人B)。以上によれば、控訴人がロヒンギャであるとするBの原審での証言及び控訴人の供述は信用することができる。 したがって、控訴人はロヒンギャであると認めることができる。 控訴人がラカイン州生まれであることについて1979年(昭和54年)3月4日にラカイン州ブーティーダウン郡ブーティーダウン市保健局が作成した出生届謄本(甲A37、40)によれば、控訴人は、ラカイン州で出生したことが認められる。 被控訴人は、上記出生届謄本の提出が遅かったことや、控訴人がラカ イン州のどこで出生したか把握していなかったこと、控訴人は当初はヤンゴン出身であると供述していたことを理由に、上記出生届謄本の成立の真正を争っている。しかし、控訴人は、令和2年7月17日の本件訴訟提起時からラカイン州で出生したと主張していたのに対し、被控訴人がこれを積極的に否認したのは令和4年6月30日であり、控訴人が 成立の真正を争っている。しかし、控訴人は、令和2年7月17日の本件訴訟提起時からラカイン州で出生したと主張していたのに対し、被控訴人がこれを積極的に否認したのは令和4年6月30日であり、控訴人が上 記出生届謄本の写真を証拠として提出したのは令和5年2月24日であって(弁論の全趣旨(原審の第1回口頭弁論調書、第2回口頭弁論調書))、ミャンマーで息をひそめて暮らすロヒンギャである控訴人の母が、40年以上も前の書類を探し出し、控訴人にその写真を送信したり現物を送ったりすることの困難さを考えれば、被控訴人による積極否認から控訴 人による書証の提出まで約8か月を要したことをもって遅いということは到底できないのであり、被控訴人の上記主張は、難民認定申請を行う者が置かれている状況に対する理解を欠くもので、それ自体失当というべきものである。また、控訴人は、2歳に満たないときにラカイン州を離れ(甲A33)、ヤンゴン生まれであることとして生活し、本件旅券及 び本件証明証にもヤンゴン生まれと記載されていたため、難民認定の手続においてもヤンゴン生まれであると語ったにすぎず(乙A59、原審での控訴人本人)、弁護士に委任した後は正しい出生地を述べるに至ったといえるのであって(甲A61)、出生地に関する供述の変遷には合理的な理由があるというべきであり、このことを理由に上記出生届謄本の成 立の真正が疑わしいということはできない。 したがって、被控訴人の主張は、上記認定を左右するものではない。 Aが控訴人の姉であることについて1991年(平成3年)12月10日にミャンマー入国管理・国勢調査局が作成した世帯員一覧表(甲A36、41)によれば、Aが控訴人 の姉であることが認められる。 被控訴人は、上記1991年の世帯員一覧 3年)12月10日にミャンマー入国管理・国勢調査局が作成した世帯員一覧表(甲A36、41)によれば、Aが控訴人 の姉であることが認められる。 被控訴人は、上記1991年の世帯員一覧表の提出が遅くなったことや、2007年(平成19年)の家族表(乙A70)にはAの記載がないこと、控訴人が難民認定手続の過程で供述したとされる内容から、上記1991年の世帯員一覧表の成立の真正及び信用性を争う。 しかし、前記と同様に、ミャンマーで息をひそめて暮らすロヒンギ ャである控訴人の母が、30年以上も前の書類を探し出し、控訴人にその写真を送信したり現物を送ったりすることの困難さを考えれば、提出が遅くなったことをもって成立の真正や信用性を否定する事情であるということはできない。また、上記1991年の世帯員一覧表(甲A36、41)には控訴人の姉妹は3名との記載があるが、上記2007年の家 族表(乙A70)には控訴人の姉妹は2名との記載があり、Aが1992年に婚姻して別居したこと(甲A42、原審での控訴人本人)と合致する。また、控訴人は、難民認定の手続において、Aは婚姻して他の戸籍に入っていた上、控訴人と同居していなかったため、Aを姉として記載ないし供述しなかったと主張及び供述(乙A61、原審での控訴人本 人)しており、これには十分な合理性がある。Dは婚姻の届出をしたわけではなく控訴人と同じ戸籍のままであるから(乙A24)、2007年の家族表(乙A70)にDが記載されていることは、これと矛盾するものではない。(なお、控訴人は、Dが婚姻の届出をしていないことを、本邦に上陸した直後から一貫して供述しているところである(乙A24)。) さらに、控訴人は、原審の本人尋問において、難民認定の手続で、Aと一緒に住んでいると話 婚姻の届出をしていないことを、本邦に上陸した直後から一貫して供述しているところである(乙A24)。) さらに、控訴人は、原審の本人尋問において、難民認定の手続で、Aと一緒に住んでいると話したことはあるが、友人だとは話したことがない、ロヒンギャに敵意を抱く可能性が相当程度あり、現に控訴人を見下した態度で強い言葉遣いをするミャンマー人が通訳に当たっており、正しく通訳されていなかったと思うと供述するところであり、前記認定に 係るミャンマーにおけるロヒンギャの状況、ひいてはミャンマー人によ るロヒンギャの扱いからすれば、ロヒンギャの難民認定手続にミャンマー人の通訳を当てれば、そのような事態が生じたとしても不自然ではない。通訳が民族的偏見ないし嫌悪から誠実さを欠いていた可能性は、同調書において控訴人が供述したとされる内容が、細かい点を含めて複数個所に変遷があり、名古屋入国管理局で変遷の理由を尋ねられると、控 訴人は、自分は同じことを言っている、審査官が書き忘れたのではないかなどと述べていたこと(乙A29)からも裏付けられるところである。 また、仮に、通訳の誠実さに問題がなかったとしても、控訴人は、ミャンマーでは圧力をかけられていたため日本での難民認定手続においても真実を述べていいのかわからなかった、何か話すことにより難民性を認 めてもらえなくなり、本国に帰される恐怖心があったなどとも供述しているところであり(乙A29、35)、難民申請者の置かれた状況からすると、十分に理解できるものであって、正確な話ができなかったとしても、やむを得ないというべきである(甲C47(UNHCR研修マニュアル「難民申請者を面接する」)。同号証では、情報を明らかにすること への恐怖として、①官憲(特に制服を着た人)に対する恐怖、② も、やむを得ないというべきである(甲C47(UNHCR研修マニュアル「難民申請者を面接する」)。同号証では、情報を明らかにすること への恐怖として、①官憲(特に制服を着た人)に対する恐怖、②親類や友人を危険にさらすのではないかという恐れ、③面接に対する不安感、④不認定になった場合のその後に対する危惧を挙げており、他に、自尊心の喪失、カルチャーショック、観念や概念の相違についても指摘している。))。したがって、上記Aについて述べたとされる調書の記載をもっ て、上記1991年の世帯員一覧表の成立の真正や信用性を否定する事情であるということはできない。 したがって、被控訴人の主張は、上記認定を左右するものではない。 4 争点1(本件難民不認定処分①の取消事由の有無(控訴人の難民該当性))について (1)ア訂正の上引用した前記認定事実によれば、本件難民不認定処分①の時 点において、控訴人には、少なくとも以下の事情が存在していたことが認められる。 控訴人はロヒンギャであるところ、本件クーデター前のミャンマーにおいて、ロヒンギャをめぐる状況は以下のとおりであった。 i ロヒンギャは、従来から、民族的・宗教的理由により、ミャンマーで 迫害を受けていた。 ii 2013年(平成25年)までの治安部隊によるロヒンギャへの大規模な攻撃は主にラカイン州で行われていたが、ラカイン州外においても、ロヒンギャは、社会的、公的差別を受ける高度のリスクに直面していた。 iii そのため、ロヒンギャは、ラカイン州外においても民族を偽って生活 する必要に迫られていた。 iv ロヒンギャは、民族を偽ってもなお、皮膚の色と宗教に基づいた深刻な差別にさらされていた。 v 2014年(平成26年)から2016年(平成28年) って生活 する必要に迫られていた。 iv ロヒンギャは、民族を偽ってもなお、皮膚の色と宗教に基づいた深刻な差別にさらされていた。 v 2014年(平成26年)から2016年(平成28年)の間は、ロヒンギャに対する暴力は下火になったものの、差別の対象であることな どの状況が改善されていたわけではなく、極度に不安定な状態にあったもので、いつそれ以前の状態に戻ってもおかしくない状況であった。 控訴人は、ブローカーに金銭を支払い、不正な手続で、虚偽の内容を含む旅券を得た。 控訴人は、別途ブローカーに手配を依頼して金銭を支払い、空港職員 に賄賂を渡してミャンマーを不法に出国した。 ミャンマーを不法に出国したロヒンギャがミャンマーに帰国した場合、ヤンゴンに居住していたと認められるか否かにかかわらず、刑務所や、政府が設置したラカイン州の国内避難民(IDP)収容所に移送される可能性があった。 ラカイン州のIDP収容所に入れられた場合、ロヒンギャは民族や宗 教を理由に重大な迫害を受けるおそれがあった。 控訴人のミャンマーにおける政治活動及びこれに対する政府の対応は、以下のとおりであった。 i 控訴人は、デモに参加したことを理由に2年6か月の禁固刑を受け、逮捕時及び禁固刑の執行中に、ロヒンギャであることを理由に暴力を受 けた。 ii 控訴人は、出所時に、今後は政治活動に一切関わらない、もし誓約を破った場合には厳しい処罰を受ける旨が記載された誓約書に署名をした。 iii 控訴人はその後NLDに加入してデモへの参加など政治活動を行い、その後、政府関係者が深夜に控訴人の自宅を訪問するなどの控訴人の捜 索をしたため、控訴人は、ほとんど自宅に戻らなくなった。 控訴人は、日本において、BRAJの会 への参加など政治活動を行い、その後、政府関係者が深夜に控訴人の自宅を訪問するなどの控訴人の捜 索をしたため、控訴人は、ほとんど自宅に戻らなくなった。 控訴人は、日本において、BRAJの会員として、ミャンマー大使館前のデモに参加するなどミャンマー政府の方針に反する政治的活動をしており、このような活動は、新聞において報道され、控訴人が写った写真も掲載された。 控訴人は、ロヒンギャであり、ロヒンギャとしてのアイデンティティを主張している者である。また、控訴人は、ミャンマーの民主化を望んでおり、このような考えは、NLDが政権を主導し、アウン・サン・スー・チーが国家最高顧問等に就任していた時期にも、本件クーデターを起こせるだけの実力を温存し、ロヒンギャを迫害していた国軍の方針と 真っ向から対立するものである。 イ以上によれば、本件難民不認定処分①の時点において、ミャンマーにおけるロヒンギャの状況と控訴人に関する具体的な事情を踏まえて判断すれば、控訴人には、個別的にも看過できないような人種、宗教及び政治的意見に関する事情が積み重なっており、これを理由に、通常人において受忍 し得ない苦痛をもたらす程度の迫害を受けるおそれがある客観的・現実的 な危険があったと容易に認めることができる(なお、民族的集団は、難民条約の「人種」の概念に包含されるというべきである。難民認定基準ハンドブック(甲C25)においてもこれに沿う見解が示されている。)。さらに、上記各事情を踏まえると、控訴人は、国籍国による国家的保護を受けることを期待することができる状態にはなかったと認められる。 そうすると、控訴人は、十分に理由のある恐怖を有するために国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができない者に当たるとい 期待することができる状態にはなかったと認められる。 そうすると、控訴人は、十分に理由のある恐怖を有するために国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができない者に当たるということができる。したがって、控訴人は、難民に該当するというべきである。 ウ被控訴人は、控訴人以外の者の事情を並べ挙げるなどして、控訴人が難 民に当たらないなどと主張するが、被控訴人自らも「難民の認定は当該申請者について迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱く個別かつ具体的な事情が存在することが必要」と主張しているように、申請者の難民該当性の判断については個別的な事情が問題なのであるから、控訴人以外の者の事情を挙げる被控訴人の主張には理由がない。また、被控訴人が指摘す る者らは、いずれも合法的な手続に従って出入国を行っている者であり、ロヒンギャとしてのアイデンティティを強く主張したり、反政府的な政治活動を行っていたとは認められない者である。 被控訴人はそのほか種々主張するが、いずれも以上の認定及び判断を左右するものではない。 エしたがって、本邦にある外国人である控訴人は、難民に該当するから、本件難民不認定処分①は違法なものであり、取消しを免れない。 5 争点3(本件難民不認定処分①に係る義務付けの訴えの適法性及びその理由の有無)について(1) 控訴人は、平成27年2月17日、本件難民認定申請①をし、本件難民不 認定処分①の取消訴訟と本件難民認定申請①に係る義務付訴訟とを併合提起 し、本件難民不認定処分①の取消請求は前記判断のとおり理由があるから認容すべきである。したがって、同義務付訴訟は適法である。 そして、義務付けの本案要件の存否の判断の基準時は口頭弁論終結時であるところ、前記判断のとおり、控訴人 請求は前記判断のとおり理由があるから認容すべきである。したがって、同義務付訴訟は適法である。 そして、義務付けの本案要件の存否の判断の基準時は口頭弁論終結時であるところ、前記判断のとおり、控訴人は、本件難民認定申請①のときにおいて難民に該当していたが、訂正の上引用した認定事実によれば、本件口頭弁 論終結時においては、更に以下の状況が生じていたことが認められる。 ア国連人権理事会のミャンマー調査団が報告し、米政府も認定するとおり、国軍による2017年(平成29年)の作戦によって、ロヒンギャはジェノサイド(集団殺害)を受けた。 イさらに、2021年(令和3年)には、ミャンマーでは本件クーデター が発生して国軍が全権を掌握した。 本件クーデター後、ミャンマーではロヒンギャに対する民族浄化ないし徹底的な大量殺戮が行われており、ヤンゴン地域において13人のロヒンギャの遺体が発見されたように、ラカイン州外においてもロヒンギャは到底安全な状況にあるとはいえず、超法規的殺害、強制失踪が続発し、ロヒ ンギャに対する暴力と弾圧のリスクが一層高まっている。 ウロヒンギャに対する大量虐殺や強制失踪等を行っているのは国家機関である国軍や治安部隊等である。ロヒンギャ迫害の主体は政府であるか、又は少なくとも政府がこれを知りながら放置している状況にあるということができる。 エ本件クーデター後のミャンマーでは、軍事政権に敵対する政治活動をしていたと疑いをかけられた者は強制失踪させられ、拷問や殺害の対象となることが全国的に増えている。 オ有効な旅券を持たずにミャンマーに帰国する者には、睡眠と食事をはく奪されるなどの厳しい処罰があり、過去の犯罪や政治活動が判明した場合、 これ以上に過酷な迫害を受けることがある。また、外国 オ有効な旅券を持たずにミャンマーに帰国する者には、睡眠と食事をはく奪されるなどの厳しい処罰があり、過去の犯罪や政治活動が判明した場合、 これ以上に過酷な迫害を受けることがある。また、外国政府に庇護を希望 した者は、元々なぜミャンマーを離れたかに関わらず、公式の嫌がらせ、恣意的な拘禁及び暴力の高度のリスクにさらされている。 (2) 以上によれば、本件クーデター後、ミャンマーでは、国家機関により、ロヒンギャに対する民族浄化が行われ、超法規的殺害、強制失踪等が国内各地で起こっている。これは通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす迫害に 当たることが明らかである。これによれば、通常のロヒンギャであれば、仮にラカイン州外のロヒンギャであったとしても、迫害の恐怖を抱く客観的事情が存在しているということができ、当該恐怖は十分に理由のあるものであるということができる。なお、被控訴人は、本件クーデターから本件難民不認定処分②に至るまで、控訴人が本国の政府当局により当該政治活動を理由 に訪問を受けるなどしたことがなかったなどと主張するが、控訴人はミャンマーの主権が及ばない本邦にあるのであって、帰国した場合にどうなるかが問題とされる本件においては全く意味のない的外れな主張といわざるを得ない。 したがって、本件口頭弁論終結時においても、ロヒンギャであり、前記4 (1)アのような状況にあった控訴人は、人種、宗教及び政治的意見を理由に、迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、国籍国の保護を受けることができない者であることが明らかであり、難民に該当することが明らかである。 法務大臣は、申請人が難民条約上の難民の要件を満たすものであると認め るときは、必ず難民の認定を 国の保護を受けることができない者であることが明らかであり、難民に該当することが明らかである。 法務大臣は、申請人が難民条約上の難民の要件を満たすものであると認め るときは、必ず難民の認定をしなければならず、この行政行為に裁量の余地はない。そうすると、法務大臣は、本件難民認定申請①に基づき控訴人を難民と認定しなければならない。したがって、控訴人の主張には理由がある。 6 第2事件について以上によれば、本件第1事件の控訴人の請求がいずれも認められる結果、本 件難民不認定処分②の取消請求は訴えの利益を欠くことになるから、却下すべ きである。そして、申請型の義務付けの訴えは、処分がされた場合においては、当該処分の取消請求等が認容されるときに限り提起することができる(行政事件訴訟法37条の3第1項2号)ところ、上記のとおり本件難民不認定処分②の取消請求は認容されないのであるから、本件難民認定申請②に係る義務付けの訴えは不適法である。そうすると、第2事件についてはいずれも訴えの却下 をすべきこととなる。 7 なお、被控訴人は、そのほか種々主張するが、いずれも以上の認定及び判断を左右するものではない。 第4 結論したがって、控訴人の本件難民不認定処分①の取消しを求める請求は認容 すべきであり、本件難民認定申請①に係る義務付けの請求も認容すべきである。 そうすると、第2事件のうち本件難民不認定処分②の取消しを求める部分は訴えの利益がないことになるからその訴えを却下すべきであり、第2事件の義務付けの訴えは訴訟要件を欠き不適法であるから却下すべきであるところ、原判決の第2事件の義務付けの訴えを却下した部分は結論において相当であるが、 その余の部分は不当であるから、原判決を変更することとして、主文のとおり判決す 法であるから却下すべきであるところ、原判決の第2事件の義務付けの訴えを却下した部分は結論において相当であるが、その余の部分は不当であるから、原判決を変更することとして、主文のとおり判決する。 主文 名古屋高等裁判所民事第2部 裁判長裁判官長谷川恭弘 裁判官上杉英司 裁判官亀村恵子

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