平成22(行コ)183 文書不開示決定処分取消等請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成21年(行ウ)第120号)

裁判年月日・裁判所
平成23年9月29日 東京高等裁判所 情報公開
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判決文本文58,797 文字)

- 1 - 主文 1 原判決を取り消す。 2 本件訴えのうち,外務大臣が被控訴人らに対して本判決別紙行政文書目録1記載の各行政文書の開示決定をすべき旨を命ずることを求める訴え及び財務大臣が被控訴人らに対して本判決別紙行政文書目録2記載の各行政文書の開示決定をすべき旨を命ずることを求める訴えをいずれも却下する。 3 被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 控訴人主文同旨 2 被控訴人ら本件控訴をいずれも棄却する。 第2 事案の概要 1 事案の要旨本件は,被控訴人らが,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成21年法律第66号による改正前のもの。以下「情報公開法」という。)4条1項に基づき,外務大臣に対し別紙1行政文書目録1記載の各行政文書(以下「本件各文書1」という。)の開示を,財務大臣に対し別紙2行政文書目録2記載の各行政文書(以下「本件各文書2」という。)の開示をそれぞれ請求したところ,外務大臣及び財務大臣から,いずれの行政文書についても保有していないこと(不存在)を理由とする各不開示決定を受けたため,控訴人に対し,上記各不開示決定が違法であるとして,その取消し及び上記各行政文書の開示決定の義務付けを求めるとともに,上記各不開示決定によって精神的損害を被ったと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,被控訴人1人当たり各10万- 2 -円及びこれに対する上記不開示決定の日である平成20年10月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 原判決は,外務省及び財務省は本件各文書1及び2を保有していたもの 上記不開示決定の日である平成20年10月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 原判決は,外務省及び財務省は本件各文書1及び2を保有していたものと認められ,それらを保有していないこと(不存在)を理由としてされた上記各不開示決定は違法であるとして,被控訴人らの上記各不開示決定の取消し及び上記各行政文書の開示決定の義務付けを求める請求を認容し,外務大臣は上記不開示決定を行うに当たって公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と不存在という判断を行ったと認めることができるとして,被控訴人らの国家賠償請求を認容したため,控訴人が原判決を不服として控訴した。 2 前提となる事実(証拠を掲記したもの以外は当事者間に争いのない事実である。)(1) 沖縄返還交渉の推移ア琉球諸島及び大東諸島(以下,両者を併せて「沖縄」という。)は,第2次世界大戦におけるいわゆる沖縄戦の後,米国軍隊(以下「米軍」という。)の占領下に置かれ,その後,「日本国との平和条約」(昭和27年4月28日条約第5号)3条に基づき,米国が暫定的に施政権を行使していた。 米国の施政権下の沖縄においては,米軍兵による幼女に対する暴行殺害事件(昭和30年),米軍機が小学校に墜落する事故(昭和34年)などの重大な事件及び事故が発生し,我が国では,沖縄に対する米国の施政権の我が国への返還(以下「沖縄返還」という。)を早期に実現することを求める運動が高まっていたところ,沖縄返還を政治的課題として掲げた佐藤栄作総理大臣(以下「佐藤総理大臣」という。)は,昭和40年8月,沖縄を訪問し,「沖縄の祖国復帰が実現しない限り,我が国にとっての「戦後」は終わっていない」との声明を発表した。そして,日本政府は,沖縄返還へ向けて 下「佐藤総理大臣」という。)は,昭和40年8月,沖縄を訪問し,「沖縄の祖国復帰が実現しない限り,我が国にとっての「戦後」は終わっていない」との声明を発表した。そして,日本政府は,沖縄返還へ向けての交渉を進めることとなった。(甲24,乙12の2,- 3 -弁論の全趣旨)イ佐藤総理大臣及び米国のリンドン・B・ジョンソン大統領(以下「ジョンソン大統領」という。)は,昭和40年1月12日及び同月13日,米国のワシントンD.C.で会談し,同日,共同声明を発表した。同共同声明には,沖縄返還に関連して,「総理大臣は,これらの諸島の施政権ができるだけ早い機会に日本へ返還されるようにとの願望を表明し」,「大統領は,施政権返還に対する日本の政府及び国民の願望に対して理解を示し,極東における自由世界の安全保障上の利益が,この願望の実現を許す日を待望していると述べた。」との記述がある。(甲26)また,佐藤総理大臣及びジョンソン大統領は,昭和42年11月14日及び同月15日,ワシントンD.C.で会談し,同日,共同コミュニケを発表した。同共同コミュニケには,「総理大臣は,沖縄の施政権の日本への返還に対する日本政府及び日本国民の強い要望を強調し,日米両国政府及び両国民の相互理解と信頼の上に立って妥当な解決を早急に求めるべきであると信ずる旨を述べた。総理大臣は,さらに,両国政府がここ両三年以内に双方の満足しうる返還の時期につき合意すべきであることを強調した。大統領は,これら諸島の本土復帰に対する日本国民の要望は,十分理解しているところであると述べた。」との記述がある。(甲27)ウ愛知揆一外務大臣(以下「愛知外務大臣」という。)は,昭和44年6月及び同年9月にワシントンD.C.で,同年7月に東京で,それぞれ米国のウィリアム・P・ロジャーズ国務 記述がある。(甲27)ウ愛知揆一外務大臣(以下「愛知外務大臣」という。)は,昭和44年6月及び同年9月にワシントンD.C.で,同年7月に東京で,それぞれ米国のウィリアム・P・ロジャーズ国務長官(以下「ロジャーズ国務長官」という。)と会談し,沖縄返還の問題について協議した。(甲24,29の1,2,弁論の全趣旨)エ福田赳夫大蔵大臣(以下「福田大蔵大臣」という。)は,昭和44年9月27日及び同月28日,米国のバージニア州フェアフィールド・ファームにおいて,米国のデービッド・ケネディ財務長官(以下「ケネディ財務- 4 -長官」という。)と会談した(以下「福田・ケネディ会談」という。)。 その際,沖縄返還に係る財政及び経済上の問題についても協議がされた。 (甲29の1,2,弁論の全趣旨)オ佐藤総理大臣及び米国のリチャード・M・ニクソン大統領は,昭和44年11月19日から同月21日まで,ワシントンD.C.で会談し,同日,共同声明を発表した(「佐藤栄作総理大臣とリチャード・M・ニクソン大統領との間の共同声明」。以下「佐藤・ニクソン共同声明」という。)。 佐藤・ニクソン共同声明には,次の記述がある。 (ア) 6項総理大臣は,日米友好関係の基礎に立つて沖縄の施政権を日本に返還し,沖縄を正常な姿に復するようにとの日本本土及び沖縄の日本国民の強い願望にこたえるべき時期が到来したとの見解を説いた。大統領は,総理大臣の見解に対する理解を示した。総理大臣と大統領は,また,現在のような極東情勢の下において,沖縄にある米軍が重要な役割を果たしていることを認めた。討議の結果,両者は,日米両国共通の安全保障上の利益は,沖縄の施政権を日本に返還するための取決めにおいて満たしうることに意見が一致した。よつて,両者は,日本を含む極東の安全をそこな ることを認めた。討議の結果,両者は,日米両国共通の安全保障上の利益は,沖縄の施政権を日本に返還するための取決めにおいて満たしうることに意見が一致した。よつて,両者は,日本を含む極東の安全をそこなうことなく沖縄の日本への早期復帰を達成するための具体的な取決めに関し,両国政府が直ちに協議に入ることに合意した。さらに,両者は,立法府の必要な支持をえて前記の具体的取決めが締結されることを条件に1972年(昭和47年)中に沖縄の復帰を達成するよう,この協議を促進すべきことに合意した。これに関連して,総理大臣は,復帰後は沖縄の局地防衛の責務は日本自体の防衛のための努力の一環として徐徐にこれを負うとの日本政府の意図を明らかにした。また,総理大臣と大統領は,米国が,沖縄において両国共通の安全保障上必要な軍事上の施設及び区域を日米安保条約に基づいて保持することにつき意見- 5 -が一致した。 (イ) 8項総理大臣は,核兵器に対する日本国民の特殊な感情及びこれを背景とする日本政府の政策について詳細に説明した。これに対し,大統領は,深い理解を示し,日米安保条約の事前協議制度に関する米国政府の立場を害することなく,沖縄の返還を,上記の日本政府の政策に背馳しないよう実施する旨を総理大臣に確約した。 (ウ) 9項総理大臣と大統領は,沖縄の施政権の日本への移転に関連して両国間において解決されるべき諸般の財政及び経済上の問題(沖縄における米国企業の利益に関する問題も含む。)があることに留意して,その解決についての具体的な話合いをすみやかに開始することに意見の一致をみた。 (甲28,乙7)カ我が国における沖縄返還交渉の関連事務については,外務省がこれを主管し,愛知外務大臣がロジャーズ国務長官及びアーミン・H・マイヤー駐日米国大使(以下 に意見の一致をみた。 (甲28,乙7)カ我が国における沖縄返還交渉の関連事務については,外務省がこれを主管し,愛知外務大臣がロジャーズ国務長官及びアーミン・H・マイヤー駐日米国大使(以下「マイヤー大使」という。)との間で交渉をしたほか,愛知外務大臣の指示の下,吉野文六(以下「吉野」という。)を含む外務省アメリカ局長が駐日米国公使のリチャード・スナイダー(以下「スナイダー」という。)との間で交渉を行った。また,外務省は,沖縄返還交渉を進めるに当たり,関係省庁と各々の所管事項につき協議を行ったが,その方法については,閣僚レベルのものから担当部局間の連絡及び調整まで,様々な態様のものがあった。 ただし,沖縄返還交渉のうち,米国の財政負担により設けられた資産等の取扱いを含む財政及び経済上の問題(以下「財政経済問題」という。)については,主として大蔵省と米国の財務省との間で数次の公式交渉が行- 6 -われた。大蔵省では,福田大蔵大臣の指示の下,大蔵省財務官の柏木雄介(以下「柏木」という。)が米国の財務省との交渉及び国内の調整に当たった。そして,同交渉は,最終的には,沖縄返還協定の締結に向けて,外交経路での協議に引き継がれた。 (弁論の全趣旨)キ沖縄返還交渉の結果,昭和46年6月17日,愛知外務大臣は東京の総理大臣官邸において,ロジャーズ国務長官はワシントンD.C.の国務省において,沖縄返還協定にそれぞれ署名をした。沖縄返還協定は,同年11月24日に衆議院において,また,同年12月22日に参議院においてそれぞれその締結が承認され,国内法上の承認手続を終了し,昭和47年3月15日,批准書の交換が行われ,同年5月15日その効力が生じ,沖縄の本土復帰が実現した。 沖縄返還協定には,次の内容の規定がある。 (ア) 4条 ,国内法上の承認手続を終了し,昭和47年3月15日,批准書の交換が行われ,同年5月15日その効力が生じ,沖縄の本土復帰が実現した。 沖縄返還協定には,次の内容の規定がある。 (ア) 4条 1 日本国は,この協定の効力発生の日前に琉球諸島及び大東諸島におけるアメリカ合衆国の軍隊若しくは当局の存在,職務遂行若しくは行動又はこれらの諸島に影響を及ぼしたアメリカ合衆国の軍隊若しくは当局の存在,職務遂行若しくは行動から生じたアメリカ合衆国及びその国民並びにこれらの諸島の現地当局に対する日本国及びその国民のすべての請求権を放棄する。 2 (略) 3 アメリカ合衆国政府は,琉球諸島及び大東諸島内の土地であつて合衆国の当局による使用中1950年(昭和25年)7月1日前に損害を受け,かつ,1961年(昭和36年)6月30日後この協定の効力発生の日前にその使用を解除されたものの所有者である日本国民に対し,土地の原状回復のための自発的支払を行なう。この支払は,1- 7 -961年(昭和36年)7月1日前に使用を解除された土地に対する損害で1950年(昭和25年)7月1日前に加えられたものに関する請求につき1967年(昭和42年)の高等弁務官布令第60号に基づいて行なつた支払に比し均衡を失しないように行なう。 4 (略)(イ) 6条 1 琉球電力公社,琉球水道公社及び琉球開発金融公社の財産は,この協定の効力発生の日に日本国政府に移転し,また,これらの公社の権利及び義務は,同政府が同日に日本国の法令に即して引き継ぐ。 2 その他のすべてのアメリカ合衆国政府の財産で,この協定の効力発生の日に琉球諸島及び大東諸島に存在し,かつ,第3条の規定に従つて同日に提供される施設及び区域の外にあるものは,同日に日本国政府に移転する。ただし,この協定の カ合衆国政府の財産で,この協定の効力発生の日に琉球諸島及び大東諸島に存在し,かつ,第3条の規定に従つて同日に提供される施設及び区域の外にあるものは,同日に日本国政府に移転する。ただし,この協定の効力発生の日前に関係土地所有者に返還される土地の上にある財産及びアメリカ合衆国政府が日本国政府の同意を得て同日以後においても引き続き所有する財産は,この限りでない。 3 アメリカ合衆国政府が琉球諸島及び大東諸島において埋め立てた土地並びに同政府がこれらの諸島において取得したその他の埋立地であつて,同政府がこの協定の効力発生の日に保有しているものは,同日に日本国政府の財産となる。 4 アメリカ合衆国は,1及び2の規定に従つて日本国政府に移転する財産のある土地に対してこの協定の効力発生の日前に加えられたいかなる変更についても,日本国又は日本国民に補償する義務を負わない。 (ウ) 7条日本国政府は,合衆国の資産が前条の規定に従つて日本国政府に移転されること,アメリカ合衆国政府が琉球諸島及び大東諸島の日本国への- 8 -返還を1969年(昭和44年)11月21日の共同声明(佐藤・ニクソン共同声明)第8項にいう日本国政府の政策に背馳しないよう実施すること,アメリカ合衆国政府が復帰後に雇用の分野等において余分の費用を負担することとなること等を考慮し,この協定の効力発生の日から5年の期間にわたり,合衆国ドルでアメリカ合衆国政府に対し総額3億2000万合衆国ドルを支払う。日本国政府は,この額のうち,1億合衆国ドルをこの協定の効力発生の日の後1週間以内に支払い,また,残額を4回の均等年賦でこの協定が効力を生ずる年の後の各年の6月に支払う。 (エ) 8条日本国政府は,アメリカ合衆国政府が,両政府の間に締結される取極に従い,この協定の効力発 支払い,また,残額を4回の均等年賦でこの協定が効力を生ずる年の後の各年の6月に支払う。 (エ) 8条日本国政府は,アメリカ合衆国政府が,両政府の間に締結される取極に従い,この協定の効力発生の日から5年の期間にわたり,沖縄島におけるヴォイス・オヴ・アメリカ中継局の運営を継続することに同意する。 両政府は,この協定の効力発生の日から2年後に沖縄島におけるヴォイス・オヴ・アメリカの将来の運営について協議に入る。 (甲7)(2) 外務大臣に対する行政文書の開示請求及び外務大臣の不開示決定ア被控訴人ら外38名は,平成20年9月2日,外務大臣に対し,情報公開法4条1項に基づき,本件各文書1(それぞれの文書については「本件文書1(1)」のように表記する。)の開示を請求した(以下「本件開示請求1」という。)。 イ本件文書1(1)及び(2)はいずれも1枚の書面であり,それらと同一内容の各文書(写し)が米国国立公文書館で公開されているもので,本件開示請求1に係る行政文書開示請求書には,本件文書1(1)及び(2)を特定するため,上記のとおり公開されている各文書の写しが添付されていた。 本件文書1(1)を特定するために添付された文書は,1971年(昭和- 9 -46年)6月12日付け「CONFIDENTIALSUMMATIONOFDISCUSSIONOfArticle Ⅳ,Para3」(機密 4条3項についての議論の要約)と題する全文英文のものであり,これには,スナイダーの発言として「私は,4条3に基づき支払われる自発的支払に関するこれまでの議論を参照し,最終的な金額は未だ不明ではあるが,現在の我々の理解では,金額はおよそ400万ドルとなるであろうことに留意する。米国政府は,4条3に従って,同国政府による負担額を決定す するこれまでの議論を参照し,最終的な金額は未だ不明ではあるが,現在の我々の理解では,金額はおよそ400万ドルとなるであろうことに留意する。米国政府は,4条3に従って,同国政府による負担額を決定する。」,吉野の発言として「あなたの発言を了知する。貴国の支払の最終的な支払額は未だ不明であるが,日本国政府は,自発的支払を実施する信託基金設立のために,7条に基づき支出される3億2000万ドルのうち400万ドルが留保されることを予期している。」,スナイダーの発言として「あなたの発言を了知する。」との記載がある。そして,その欄外には「B.Y.」という手書きの書込みがある。また,在日米国大使館が沖縄返還協定調印直後の昭和46年6月24日付けで米国の国務省条約問題法務顧問補佐あてに送付した沖縄返還文書記録(甲37の1,2。以下「沖縄返還文書記録」という。)には,これと同一内容の文書が含まれており,同文書の標目8には「OriginalofSummationofDiscussionofArticle Ⅳ, Para 3, inEnglish, initialedbyMr. SneiderandMr.Yoshino」と記載されている。(甲1,2,13,25,37の1,2,乙12の2,原審における被控訴人P1(以下「被控訴人P1」という。)本人)ウ本件文書1(2)を特定するために添付された文書は,1971年(昭和46年)6月11日付け「SECRETMemo」(秘密メモ)と題する全文英文のものであり,これには,「VOA施設と同等の代替放送局として両国政府間で合意することになっているVOA施設を日本国外に建設する実費を1600万ドルから控除した額は,予算規定の施設改善移転費6500万ドルから差し引くものとする。」との記載 の代替放送局として両国政府間で合意することになっているVOA施設を日本国外に建設する実費を1600万ドルから控除した額は,予算規定の施設改善移転費6500万ドルから差し引くものとする。」との記載がある。この米国国立公文書- 10 -館で公開されている同一内容の文書(写し)そのものからは,本件文書1(1)を特定するために添付された文書のような手書きの書込みを確認することはできないが,沖縄返還文書記録には,これと同一内容の文書が含まれており,同文書の標目10には「Memorandum, June 11, 1971, concerningconstructionoutsideJapanofaVOAfacility, inEnglish, initialedbyMr. SneiderandMr. Yoshino」と記載されている。(甲3,4,13,25,37の1,2,原審における被控訴人P1本人)エ外務大臣は,平成20年10月2日,本件開示請求1をした被控訴人ら外38名に対し,本件各文書1を不開示とする決定(以下「本件処分1」という。)をした。本件処分1に係る決定通知書の「決定理由」欄には,「当省は該当する文書を保有していないため,不開示(不存在)としました。」との記載がある。(甲15の1ないし4)(3) 財務大臣に対する行政文書の開示請求及び財務大臣の不開示決定ア被控訴人ら外38名は,平成20年9月2日,財務大臣に対し,情報公開法4条1項に基づき,本件各文書2(それぞれの文書については「本件文書2(1)」のように表記する。)の開示を請求した(以下「本件開示請求2」という。)。 イ本件文書2(1)は3枚から成る書面であり,それと同一内容の文書(写し)が米国国立公文書館で公開されているもので,本件開示 うに表記する。)の開示を請求した(以下「本件開示請求2」という。)。 イ本件文書2(1)は3枚から成る書面であり,それと同一内容の文書(写し)が米国国立公文書館で公開されているもので,本件開示請求2に係る行政文書開示請求書には,本件文書2(1)を特定するため,上記のとおり公開されている文書の写しが添付されていた。 本件文書2(1)を特定するために添付された文書は,1969年(昭和44年)12月2日付け「SECRETMemoNotedbyD.M.K.」(秘密メモ D.M.K.が筆記)と題する全文英文のものであり,これには,以下のとおりの記載がある。 「日本の大蔵省と米国の財務省の代表者は,沖縄施政権返還に係る財政- 11 -的な観点について,今後の細部に渡る交渉を行う際に両者が従うべき指針について会談を行った。こうした議論の結果,双方は以下に示す点について理解に達した。 1.民生用資産及び共同使用資産の買取り-1億7500万ドルA.電力会社B.琉球開発金融公社C.水道会社D.行政機構E.基地外の道路網F.合意された航行・通信補助装置(注記)(1) 両者は,民生用資産及び共同使用資産について,それらを構成する資産に異なる値付けをすることを選択できる。 (2) 合計額には,返還日までの増加分を含む。 (3) 支払は,返還日から5ヵ年の現金による均等年賦とする。 (4) P2銀行及び石油・油脂施設に係る米国の権利は譲渡される。それらの売却に際しては,米国政府が提示価格を定めるが,その価格は以下に述べる先買権を実質的に無効にするような人為的に高い価格ではなく,適正な価格でなければならない。 (A) 沖縄住民はP2銀行の株式の一部もしくは全部を提示価格で購入する先買権を有 その価格は以下に述べる先買権を実質的に無効にするような人為的に高い価格ではなく,適正な価格でなければならない。 (A) 沖縄住民はP2銀行の株式の一部もしくは全部を提示価格で購入する先買権を有する。 (B) 当該株式全部が沖縄住民に購入されなかった場合,その残余の株式は公売に付される。 (C) 当該株式の公売にあたっては,当該株式に係る問題が実質的に解決し,公表できるようになった後に告示される。 - 12 -(D) 石油・油脂施設の詳細な処分方法は未定である。 (5) 1969年(昭和44年)12月以降,米国政府が琉球経済における事業に資金提供する必要がある場合,米国政府と日本政府は,返還以前の民生用・共同使用資産の譲渡に関する効力を協議する。資産の譲渡は協議の後に実施され,その売却代金は日本政府が合意した1億7500万ドルから控除される。 2.基地移転費用と返還に伴う費用-2億ドル(日本政府は2億ドル相当の物品及び役務を提供できるようにし,本合意に特段の定めがない限り,基地移転費用と返還に伴う他の全ての予算経費を賄う目的から,返還日から5年以内に提供する。特定の軍事施設の沖縄の外への移転に関する合意がなされているため,本項における総額は1億5000万ドルに減額するのではなく,2億ドルに据え置く。当該費用は,返還の前後いずれの活動においても生じるものである。両政府は,那覇港や那覇空港等の既存の施設に見合う新しい施設について検討する。当該支払は,必要に応じて,日本の予算に複数年に渡り計上される。本合意は,日米地位協定における両政府の権利や義務に影響を与えるものではない。)3.沖縄にあって移転できない軍事施設は日米地位協定の条項に沿って取り扱うこととする。(残りの資産)4.通貨の換算- おける両政府の権利や義務に影響を与えるものではない。)3.沖縄にあって移転できない軍事施設は日米地位協定の条項に沿って取り扱うこととする。(残りの資産)4.通貨の換算-日本銀行は6000万ドル又は実際に通貨交換を実施した額のいずれか大きい方の金額を,米国財務省又はその代理人たるニューヨーク連邦準備銀行の無利子の口座に預入する。日本政府は,その預金を少なくとも25年間継続することとするが,(両者が合意する客観的な基準による)対外収支上の緊急の必要性がある場合は一時的に引き出すことができる。 - 13 -5.社会保障-3000万ドル(米国が雇用する沖縄住民に対する沖縄返還後の日本の社会保障制度の適用によって,当該沖縄住民が差別を受けることのないよう実施する。日本政府が,当該沖縄住民に対して,返還前の米国における全雇用期間から日本の社会保障制度の下での給付金額を算定した上で,日本政府が年金を全額支給する場合は,米国政府の費用負担が発生しないよう実施する。)6.沖縄における経済活動に関して提案された合意案は米国の国務省と日本の外務省との間で検討するものとする。」そして,その1枚目及び3枚目には2箇所,2枚目には1箇所,それぞれ「AJJ」及び「YK」という手書きの書込みがある。 (甲5,6,14,25,乙13の2,原審における被控訴人P1本人)ウ財務大臣は,平成20年10月2日,本件開示請求2をした被控訴人ら外38名に対し,本件各文書2を不開示とする決定(以下「本件処分2」といい,本件処分1と併せて「本件各処分」という。)をした。本件処分2に係る決定通知書の「不開示とした理由」欄には,「本件対象文書を保有していないため,対象文書の不存在による不開示としました。なお,今回の 本件処分1と併せて「本件各処分」という。)をした。本件処分2に係る決定通知書の「不開示とした理由」欄には,「本件対象文書を保有していないため,対象文書の不存在による不開示としました。なお,今回の開示請求を受けて,行政文書ファイル管理簿による調査や行政文書の保存場所の探索を行いましたが,本件対象文書を作成又は取得した事実は確認できず,また,廃棄及び国立公文書館への移管の記録もありませんでした。」との記載がある。(甲16)第3 争点及び争点に関する当事者の主張本件の争点は,(1)本件各処分の適否,具体的には,①本件各文書1及び2の存否(争点(1)①),②本件各文書1及び2が外務省等により作成・取得されたもののそれが現に存在しない場合,関係行政庁が行政文書の情報開示の一態様として,米国国立公文書館で公開されている本件文書1(1),(2)及び本件- 14 -文書2(1)と同一の文書の写しを入手し,説明文及び日本文の翻訳を付して被控訴人らに開示する義務があるか否か(争点(1)②),③本件処分1の理由付記の適否(争点(1)③)),(2)本件各文書1及び2の開示決定の義務付け(以下「本件各義務付け」という。)を求める訴えの適法性及びその請求の当否(争点(2)),(3)国家賠償請求の当否及び損害額(争点(3))であり,これに関する当事者の主張は,以下のとおりである。 1 本件各文書1及び2の存否(争点(1)①)(被控訴人らの主張)(1) 行政文書の存否に関する主張立証責任ア情報公開法9条2項によれば,情報公開法は,行政文書が不存在である場合と情報公開法5条各号の不開示情報に該当する場合とを不開示理由としては区別していないところ,上記不開示情報に該当することについて被告となる行政機関側が主張立証責 公開法は,行政文書が不存在である場合と情報公開法5条各号の不開示情報に該当する場合とを不開示理由としては区別していないところ,上記不開示情報に該当することについて被告となる行政機関側が主張立証責任を負うことには争いがないのであるから,行政文書の不存在の主張立証責任についてもこれと同様に考えるべきである。また,政府情報の公開制度は,表現の自由と一体性ないし連続性を有しており,民主制の過程を軸として,自由で豊かな情報の流れを確保する手段として位置付けられ,国民主権,民主主義を実効あるものにする点で,表裏一体の関係にあること,行政機関が自ら行政文書を管理しているのに対し,開示請求者は行政文書の管理状況を知り得ない立場にあること,行政文書の管理について行政機関には行政文書単位で作成公表することは義務付けられておらず,行政文書ファイル単位で作成公表するものとされ,これらの名称その他の必要な事項を記載した帳簿(行政ファイル管理簿)を調整し,ネットワーク上のデータベースとして整備し,一般の閲覧に供するものとされているのみであり,行政文書単位でその存否を国民に明らかにする義務がなく,開示請求者側には行政文書の存在を立証することに困難が伴っていること,情報公開・個人情報審査会での審議案件の- 15 -中には,調査権限を行使するなどして開示対象文書が存在することを確認し,行政文書の不存在を理由とする不開示決定処分の取消しを答申した事例がいくつかあり,同等の調査権限が付与されていない情報公開訴訟においては,これに代替する仕組みとして,行政機関側に主張立証責任を重く課すことが相当であること等を考慮すれば,行政文書の不存在を理由とする不開示決定の取消訴訟においては,行政機関側が,当該行政文書を保有していないこと(当該行政文書の不存在)の主張立証責任を負 を重く課すことが相当であること等を考慮すれば,行政文書の不存在を理由とする不開示決定の取消訴訟においては,行政機関側が,当該行政文書を保有していないこと(当該行政文書の不存在)の主張立証責任を負うものというべきである。 イ仮に,開示請求者が行政文書を保有していたこと(行政文書の存在)について開示請求者が主張立証責任を負うと解するとしても,開示請求者が行政文書の作成,取得,保存,廃棄等の管理状況を自ら調査することは極めて困難であって,行政機関側の方がより容易に調査をなし得る立場にあるから,開示請求者の主張立証責任を緩和する必要がある。 すなわち,当該行政文書が,当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして一定水準以上の管理体制下に置かれることを考慮すれば,開示請求者において,過去のある時点において,当該行政機関の職員が当該行政文書を職務上作成し,又は取得し,当該行政機関がそれを保有するに至ったことを主張立証した場合には,その状態がその後も継続していることが事実上推認され,控訴人において,当該行政文書が不開示決定の時点までに廃棄,移管等されたことによってその保有が失われたことを主張立証しない限り,当該行政機関は不開示決定の時点においても当該行政文書を保有していたと推認されるものというべきである。 (2) 本件各文書1の存在ア外務省による本件各文書1の保有(ア) 本件文書1(1)は,外務省アメリカ局長の吉野及び駐日米国公使のスナイダーが,昭和46年6月12日,外務省において,それぞれイニ- 16 -シャルで署名し作成したもので,日米両国が同記載内容に係る合意をしたことを示すものである。同合意は,沖縄返還協定4条3によって米国が自発的支払をすることとされる軍用地の原状回復費用400万ドルを,沖 ャルで署名し作成したもので,日米両国が同記載内容に係る合意をしたことを示すものである。同合意は,沖縄返還協定4条3によって米国が自発的支払をすることとされる軍用地の原状回復費用400万ドルを,沖縄返還協定7条によって日本が米国に支払う3億2000万ドルの中から拠出することにより,日本が肩代わりするという内容の秘密の合意(密約)である。そして,外務省は,そのころ本件文書1(1)を保有するに至った。 (イ) 本件文書1(2)は,吉野及びスナイダーが,昭和46年6月11日,外務省において,それぞれイニシャルで署名し作成したもので,日米両国が同記載内容に係る合意をしたことを示すものである。同合意は,米国の短波放送であるヴォイス・オヴ・アメリカ(以下「VOA」という。)の沖縄の施設(以下「本件VOA施設」という。)の日本国外への移転費用(1600万ドルと見積もられていた。)について,沖縄返還協定7条によって日本が米国に支払う3億2000万ドルの中からこれを拠出することにより,日本が肩代わりすることにし,仮に同移転費用の実際の金額が1600万ドル未満の場合には,1600万ドルとの差額分を,日本においてこれとは別に負担することを米国との間で秘密に合意していた米軍の施設改善移転費6500万ドルから差し引くことによって調整するという内容の秘密の合意(密約)である。そして,外務省は,そのころ本件文書1(2)を保有するに至った。 (ウ) 本件文書1(3)は本件文書1(1)及び(2)に係る報告書及び公電などの文書であり,本件文書1(4)は本件文書1(1)及び(2)の翻訳文であるが,これらは,本件文書1(1)及び(2)が作成された場にいなかった総理大臣,外務大臣又は大蔵大臣,あるいはワシントンD.C.の日本大使館などに対する報告等を行うために作成され (2)の翻訳文であるが,これらは,本件文書1(1)及び(2)が作成された場にいなかった総理大臣,外務大臣又は大蔵大臣,あるいはワシントンD.C.の日本大使館などに対する報告等を行うために作成されたはずであり,いずれも外務省が保有するに至ったものである。 - 17 -(エ) 本件文書1(1)及び(2)は,いずれも日米両国の最終的な合意を示すものであるから,外務省はそれらを永久保存文書として保管しているはずであり,それらの報告等のための文書である本件文書1(3)及び(4)についても,永久保存文書又はこれに準ずる文書として保管しているはずである。 イ外務省調査チーム,有識者委員会及び外交文書の欠落問題に関する調査委員会(以下「欠落調査委員会」という。)の各調査が不十分であること(ア) 外務省調査チームは,外務省職員のみによって構成されている。密約は存在しないと隠し続け,文書そのものの存在を隠してきた外務省の職員が,文書を自ら探した調査結果の信頼性は低い。また,調査対象ファイルは全部で4423冊とされるが,そのファイル名すら公開されていない。さらに,調査期間はわずか8週間であり,担当職員全員が密約問題に精通していたとも思えない。 (イ) 有識者委員会が閲覧した外交文書は,本来収録されている保存ファイルから外務省職員が取捨選択を行った上で抜き出して提供された,極めて限定された文書類である。被控訴人らが見分した公開された外交記録ファイルには,人為的,意図的な文書の廃棄や抜き取りの形跡が見受けられたが,有識者委員会作成の報告書は,こうした事実には全く触れていない。むしろ,これらの廃棄や抜き取りの可能性を示す文書の存在については,同委員会は外務省から知らされないまま,報告書を作成していたのである。こうした検証を行っていない有 うした事実には全く触れていない。むしろ,これらの廃棄や抜き取りの可能性を示す文書の存在については,同委員会は外務省から知らされないまま,報告書を作成していたのである。こうした検証を行っていない有識者委員会の報告書は合理的かつ十分な探索が行われたとはいえない。 (ウ) 有識者委員会及び欠落調査委員会は,聴き取り調査を行ったものの,記憶にないという外務省の高官や職員の応答をそのまま受け入れてしまっており,そこに何ら批判的な姿勢は見いだせない。 ウ仮に,本件各文書1が存在しないとされるならば,財政密約の秘匿性を- 18 -絶対的なものとするために,外務省において,本件各文書1を人為的,意図的に所在不明とした違法行為が介在するとしか考えられない。また,本件各文書1は,外務省文書管理規程上「条約の締結交渉に関する一切の文書」として永久保存される性質の文書であり,本件各文書1を廃棄したとすれば,膨大な沖縄返還交渉に関する文書が網羅的に保管されていたこと,本件各文書1の重要性からすると,行政文書の管理における故意又は重大な任務懈怠という違法行為である。こうした控訴人の違法な先行行為がある場合には,本件処分1の取消しを求めている本件訴訟においては,正義と衡平の観念に照らして,控訴人が,外務省において本件各文書1の合理的かつ十分な探索をしたと主張することは,信義則上制限されなければならない。 (3) 本件各文書2の存在ア財務省による本件各文書2の保有(ア) 本件文書2(1)は,大蔵省財務官の柏木及び米国の財務長官特別補佐官のアンソニー・J・ジューリック(以下「ジューリック」という。)が,佐藤・ニクソン共同声明が発表された直後である昭和44年12月2日,ワシントンD.C.において,それぞれイニシャルで署名して作成し のアンソニー・J・ジューリック(以下「ジューリック」という。)が,佐藤・ニクソン共同声明が発表された直後である昭和44年12月2日,ワシントンD.C.において,それぞれイニシャルで署名して作成し,日米両国が同記載内容に係る合意をしたことを示すものである。同合意は,日本が,沖縄返還協定7条によって日本が米国に支払う3億2000万ドルを上回る財政負担をすること,すなわち,①日本が,米国に対し,民生用及び共同使用の資産(電力会社,琉球開発金融公社,水道会社,行政組織機構,基地外の道路網,並びに合意される航行及び通信補助装置)を買い取る対価(以下「買取資産の対価」という。)として1億7500万ドルを5年間の均等年賦払いにより現金で支払うこと,②日本が,米国に対し,軍の移転費及びその他の返還に関連する費用(以下「移転費等関連費用」という。)2億ドル相当の物品- 19 -及び役務を提供すること,③日本銀行が,通貨交換によって取得したドルの実際額又は6000万ドルのいずれか多い方の金額を,米国の連邦準備銀行に25年間無利子で預金すること,④日本が,米国に雇用されていた沖縄の日本人について日本の社会保障制度を適用するための費用(以下「社会保障費用」という。)として3000万ドルを負担することという内容である。同合意は,後にこれを実施に移す段階で,買取資産の対価(1億7500万ドル)を含む現金による支払額が3億ドルに増加し,移転費等関連費用の物品及び役務による提供額はその分だけ減少し,7500万ドルになり,上記の3億ドルに軍用地の原状回復費用400万ドル及び本件VOA施設の移転費用1600万ドルが加算されて,沖縄返還協定7条に規定する3億2000万ドルという金額となったが,上記の物品及び役務による移転費等関連費用7500万ドルの提供合意につい ル及び本件VOA施設の移転費用1600万ドルが加算されて,沖縄返還協定7条に規定する3億2000万ドルという金額となったが,上記の物品及び役務による移転費等関連費用7500万ドルの提供合意については秘密にされた。このように,本件文書2(1)は,沖縄返還に当たっての日本の米国に対する財政負担の総額を確定する内容の秘密の合意(密約)を示すものである。そして,大蔵省は,本件文書2(1)が作成されたころにそれを保有するに至った。 (イ) 本件文書2(2)は本件文書2(1)に係る報告書及び公電などの文書であり,本件文書2(3)は本件文書2(1)の翻訳文であるが,これらは,本件文書2(1)が作成された場にいなかった総理大臣,大蔵大臣又は外務大臣などに対する報告等を行うために作成されたはずであり,いずれも大蔵省が保有するに至ったものである。 (ウ) 本件文書2(1)は,沖縄返還に当たっての財政経済問題に関する日米両国間の基本合意を示すものであるから,財務省はそれを永久保存文書として保管しているはずであり,その報告等のための文書である本件文書2(2)及び(3)についても,永久保存文書又はこれに準ずる文書として保管しているはずである。 - 20 -イ財務省の本件各文書2の探索は,いまだ不十分なものであり,信頼性に足るものではない。財務省が,本件文書2(1)の作成者である柏木の遺族,柏木の下で交渉の記録をとった者,施設改善移転費用6500万ドルの支出を担当した者,無利子預金口座をニューヨーク連邦準備銀行に開設する手筈を日本銀行との間で担当した者,社会保障費用3000万ドルの支出を担当した者及びその部下等を隈無く聴取してはじめて本件各文書2についての合理的で十分な探索が実施されたといえる。 ウ仮に,本件各文書2が存在しないとされ ,社会保障費用3000万ドルの支出を担当した者及びその部下等を隈無く聴取してはじめて本件各文書2についての合理的で十分な探索が実施されたといえる。 ウ仮に,本件各文書2が存在しないとされるならば,財政密約の秘匿性を絶対的なものとするために,控訴人において,本件各文書2を人為的,意図的に所在不明とした違法行為が介在するとしか考えられない。また,財務省の文書管理規程上,従前は永久保存の分類があり,平成13年以降は保存期間の最長は30年とされたが,保存期間が満了した文書について職務上必要があるときは,保存期間を延長することができると定められていた。本件各文書2は,その重要性からして,平成13年以前に廃棄したり,同年以降に文書保存期間を延長せずに廃棄したとすれば,そのこと自体行政文書の管理における故意又は重大な任務懈怠という違法行為である。こうした控訴人の違法な先行行為がある場合には,本件処分2の取消しを求めている本件訴訟においては,正義と衡平の観念に照らして,控訴人が,財務省において本件各文書2の合理的かつ十分な探索をしたと主張することは,信義則上制限されなければならない。 (控訴人の主張)(1) 行政文書の存否に関する主張立証責任ア情報公開法2条2項及び3条の各規定の構造によれば,行政機関が行政文書を保有していることは,当該行政文書に係る開示請求権が発生するための要件というべきであるから,一般に,行政文書の不存在を理由とする不開示決定の取消訴訟において,行政機関が当該行政文書を保有している- 21 -こと(当該行政文書の存在)についての主張立証責任は,開示請求者が負うものというべきである。 イ被控訴人らの主張立証責任を緩和すべきであるとの主張は,誤った経験則に基づくもので失当である。すなわ 当該行政文書の存在)についての主張立証責任は,開示請求者が負うものというべきである。 イ被控訴人らの主張立証責任を緩和すべきであるとの主張は,誤った経験則に基づくもので失当である。すなわち,行政機関が一旦文書を作成又は取得して保有するに至った場合,その後,その保有の有無が問題となる時点まで行政機関がその保有を継続していると推認できるなどという一般的な経験則は存在しない。一般に,処分時点において行政機関がそれより過去に一旦は作成・取得した行政文書の保有を継続しているとの事実上の推認が働くかどうか,また,その文書の作成・取得,保存,廃棄等の経過が明らかになるかどうかについては,当該文書の性格,作成・取得の状況,保存の状況,作成・取得の時点から保有の有無が問題となる時点までの期間,当該文書やその取得等の経過を記録し保存すべき必要性,当該行政機関における文書管理のための規定の内容等の諸般の事情に左右されるのであって,これらの文書の取扱いの差異を無視して,一律に一定の経験則を立てることはできない。 そして,本件各文書1及び2が作成されたとされる時期がいずれも40年近く前であったことに加え,その記載内容,外務省及び財務省が本件各文書1及び2を取得した状況等から考えられる性格,外務省及び大蔵省や財務省の文書管理のための規定の内容等にかんがみれば,一般的な経験則からいって,むしろ,外務省及び財務省は,本件各処分時に,それぞれ本件各文書1及び2を保有していたとは認められず,このような古い文書の場合,作成・取得,保存,廃棄の記録すら保管されていない場合も十分想定されるというべきである。 また,仮に,被控訴人ら主張のように,行政機関が合理的かつ十分な探索を行ったにもかかわらず文書を発見できなかったときに始めて推認が破ら れていない場合も十分想定されるというべきである。 また,仮に,被控訴人ら主張のように,行政機関が合理的かつ十分な探索を行ったにもかかわらず文書を発見できなかったときに始めて推認が破られるとしても,合理的かつ十分な探索として,実行が非常に困難な高度- 22 -のものを要求するのは相当ではない。また,そのような探索をしなければ発見されないような文書はもはや業務上必要なものとして利用又は保存されているとはいい難く,行政文書とはいえないものであるから,このような探索を求めることは不合理である。 (2) 本件各文書1の不存在ア外務省における数次にわたる徹底的な探索の結果からして,本件処分1の当時,本件各文書1を保有していたとは認められない。 平成17年12月から平成18年2月にかけて外務省において行われた確認作業では,本件文書1(1)及び(2)並びにこれらについての報告等の文書(本件文書1(3)及び(4)を含む。)は発見されなかった。対象文書の範囲,調査の手法,調査人員及び調査期間等の観点からしても合理的かつ十分な探索を実施し,組織的共用文書として保有されていなかったという調査結果が明らかとなったものである。 平成21年9月16日の岡田克也外務大臣(以下「岡田外務大臣」という。)の命令に基づく外務省調査チームの調査及び調査チームの作成した外務省調査報告書の検証等を行った有識者委員会の調査によっても本件各文書1は発見されず,また,外務省に設置された欠落調査委員会の調査によっても本件文書1(1)及び(2)は発見されなかったのであるから,外務省が本件各文書1を保有していないことが明らかとなった。これらの調査は,岡田外務大臣就任時に,「今回の政権交代を機に,「密約」をめぐる過去の事実を徹底的に明ら )は発見されなかったのであるから,外務省が本件各文書1を保有していないことが明らかとなった。これらの調査は,岡田外務大臣就任時に,「今回の政権交代を機に,「密約」をめぐる過去の事実を徹底的に明らかにし,国民の理解と信頼に基づく外交を実現する必要がある」との問題意識に基づいて行われたものであり,この調査の目的や経緯を踏まえれば,仮に本件調査の過程で本件各文書1が発見されていたのであれば,むしろこれを公表することが外務省の対応としては自然であるというべきである。 以上のとおり,外務省においては,本件処分1の時点において合理的か- 23 -つ十分な探索を実施した結果,本件各文書1を発見し得なかった上,その後の政権における調査によっても,事実として,これらを保有していないことを再確認したのであるから,外務省が本件各文書1を保有していないことが明らかである。 イ本件文書1(1)及び(2)の作成に関する原審における証人吉野の証言は曖昧なものである上,外務省の調査結果においても,本件文書1(1)の作成は確認されていないところであって,外務省が過去に本件各文書1を取得・保存したと認めるに足りる証拠はない。殊に,原審における証人吉野は,本件文書1(1)について,日本側が写しを取得したかについては推測による供述をしているにとどまり,また,保存の状況については,知らない旨述べ,廃棄された可能性があることも述べている。 (3) 本件各文書2の不存在財務省における数次にわたる徹底的な探索の結果からして,本件処分2の当時,本件各文書2を保有していたとは認められない。 ア財務省においては,本件開示請求2を受けて,平成20年9月9日,沖縄返還交渉に関する事務及びこれと関連性を有していた事務を所掌していたと思われるす 文書2を保有していたとは認められない。 ア財務省においては,本件開示請求2を受けて,平成20年9月9日,沖縄返還交渉に関する事務及びこれと関連性を有していた事務を所掌していたと思われるすべての関係部局に対し,本件文書2(1)及びその関連文書,これらを作成又は取得した事実を確認できる文書(本件文書2(2)及び(3)を含む。)並びにこれらを廃棄又は移管した記録の探索依頼を行ったが,いずれの部局においても発見に至らなかった。そこで,財務大臣は,本件各文書2を保有していないとして本件処分2をしたものであるイ平成21年9月,上記アに加えてより広く沖縄返還交渉に関する記録を確認することとし,まず,政策推進室において,行政文書ファイル管理簿上,財務省における行政文書から「沖縄」の文言を含む全行政文書ファイルを抽出し,その上で,1969年(昭和44年)から1972年(昭和47年)までの間に作成又は取得された文書の有無を検索したが,沖縄返- 24 -還交渉に関する行政文書ファイルの発見には至らなかった。 そこで,平成21年10月14日に,財務省内全部局を対象に,「沖縄返還交渉に関する文書」について調査を行った。同調査依頼に当たっては,すべての行政文書ファイルのうち,作成又は取得年度にかかわらず「沖縄」の文言を含む行政文書ファイル,又は1969年(昭和44年)から1972年(昭和47年)までの間に作成又は取得された行政文書ファイルについて,実地で確認を行うよう指示したが,いずれの部局からも,沖縄返還交渉に関する行政文書又はその廃棄若しくは移管の記録は発見されなかった。 ウ藤井裕久財務大臣(以下「藤井財務大臣」という。)及び菅直人財務大臣(以下「菅財務大臣」という。)の指示を受け,平成21年12月から平成2 の廃棄若しくは移管の記録は発見されなかった。 ウ藤井裕久財務大臣(以下「藤井財務大臣」という。)及び菅直人財務大臣(以下「菅財務大臣」という。)の指示を受け,平成21年12月から平成22年2月にかけて,省内全部局を対象に,本件各文書2を含め「沖縄返還交渉に関する行政文書」の再探索を実施するとともに,沖縄返還交渉に関わった当時の大蔵省担当者等からの聴取も行った。しかし,いずれの部局からも,本件各文書2を含め沖縄返還交渉に関する行政文書,廃棄の記録,移管の記録は発見されなかった。 エ平成22年4月から5月にかけて,事務次官,財務官等の大臣官房,国際局,主計局の幹部の執務室等において,本件各文書2を含め「沖縄返還交渉に関する行政文書」の再探索を実施するとともに,本件処分2がされた当時の事務次官及び財務官に対して,本件各文書2の引継ぎの有無について聴取を行ったが,発見されなかった。 オ上記ウの調査は,菅財務大臣の「国民は歴史事実を知る権利がある」との問題意識に基づき実施公表されたものであり,本件各文書2の保有を確認できなかったとする調査結果は信頼できるものである。 以上のとおり,財務省においては,本件処分2の時点において合理的かつ十分な探索を実施した結果,本件各文書2を発見し得なかった上,その- 25 -後の政権における調査によっても,事実として,これらを保有していないことを再確認したのであるから,財務省が本件各文書2を保有していないことが明らかである。 2 本件各文書1及び2が外務省等により作成・取得されたもののそれが現に存在しない場合,関係行政庁が行政文書の情報開示の一態様として,米国国立公文書館で公開されている本件文書1(1),(2)及び本件文書2(1)と同一の文書の写しを入手し,説明 得されたもののそれが現に存在しない場合,関係行政庁が行政文書の情報開示の一態様として,米国国立公文書館で公開されている本件文書1(1),(2)及び本件文書2(1)と同一の文書の写しを入手し,説明文及び日本文の翻訳を付して被控訴人らに開示する義務があるか否か(争点(1)②)(被控訴人らの主張)(1) 密約文書の多くは,その「密約」的性格のゆえに,又はその他の理由から,そもそも始めから,概念必然的に「組織的共用文書として保有されていなかった」可能性が存する。特定の職員を除けば,ときには大臣にすら知らせることのないのが密約文書であって,平時においては「非組織的に」用いる種類のものである。すなわち,情報公開法は,こうした沖縄密約関係文書のごとき文書(国内外政治・経済上極めて重要な内容に関するもの,相手国との非公開を約束した秘密文書など)等を,その開示請求の対象として想定していなかった可能性がある。このような文書の特質に照らせば,情報公開法の適用において,その存否を争うこと自体に,被控訴人らに過大な負担が生じていることになる。しかし,こうした事態から生じる負担は,被控訴人らに帰せられる筋合いのものではない。なぜなら,情報公開法の適用の前提となる文書管理自体は,ひとえに行政内部関係の論理が100パーセント投影されており,本件では,外務省及び財務省の文書管理の運用・慣行に依拠しているものだからである。 (2) 本件各文書1及び2が外務省等により作成・取得されたもののそれが現に存在しない場合でも,被控訴人らは,情報公開法を超えたより高き法である憲法の知る権利に基づき,米国国立公文書館で公開されている本件文書1- 26 -(1),(2)及び本件文書2(1)と同一の文書の写しを入手し,説明文及び日本文の翻訳を付して被控訴人 り高き法である憲法の知る権利に基づき,米国国立公文書館で公開されている本件文書1- 26 -(1),(2)及び本件文書2(1)と同一の文書の写しを入手し,説明文及び日本文の翻訳を付して被控訴人らに開示を受ける権利を有するというべきであり,控訴人は,本件開示請求に対しこれに応じる義務があるというべきである。 その理由は,以下のとおりである。 ア米国国立公文書館が公開するこれらの文書は,単に米国政府の職員が独自に米国のために作成したものではなく,日本政府職員との共同作業の一環として作成されたものであり,両国に正式の行政文書として作成保管されていたと合理的に考えられる。その意味で,それぞれが「一卵性双子の片われ」というに等しい文書ということができる。 イ被控訴人らは,日本政府がこれらの文書の日本版を保有していない(「不存在」である)と言い続け,密約の否定に固執し続けているために,やむを得ざる次善の策として米国版文書の開示を求めているにすぎない。 ウ外務省及び財務省は,自らの行政文書管理の運用・慣行が引き起こした「欠落」文書問題を補整すべきものとして,米国国立公文書館から自らの責任において「欠落」文書に対応する米国版文書を入手し,それぞれその写しを2部作成し,1部を被控訴人らに交付し,残りの1部を外交資料館又は国立公文書館において保管し,市民の閲覧の用に供されるよう配慮すべきである。その際,各文書毎に,例えば「沖縄返還に伴う肩代わり「密約」文書問題」といった表題を付け,その総体に,米国国立公文書館経由の米国版文書を本来の日本版文書を代位保管するに至った経緯を説明する文書を添付すれば,情報公開法1条に定める「政府の有する諸活動を国民に説明する責務が全うされるように」なるはずである。 エ米国国立公文書館の米 日本版文書を代位保管するに至った経緯を説明する文書を添付すれば,情報公開法1条に定める「政府の有する諸活動を国民に説明する責務が全うされるように」なるはずである。 エ米国国立公文書館の米国版写しは,密約情報にかかわる重大文書であるという実体的な意味内容としては,本件文書1(1),(2)及び本件文書2(1)と実質的に同じものである。 オ被控訴人らは,日本の国家政治が市民に対して負うべき政治的道徳的な- 27 -責任追及という,より高くより広い要請を内に秘めた行動のために,情報公開請求という形式に従ったにすぎない。それに対して,控訴人は,「不存在」ゆえに不開示決定処分という法形式のレベルを一歩だに越えようとすることなく,「不存在」があたかも自然現象であるかのように,事実調査の結果をただ繰り返すのみである。「不存在」の背後に,「不存在」をもたらした行政運用構造があり,その一端に,文書管理という職務遂行のために関係職員に課せられた責任体系があり,さらにそれを監督する責任体系があったからである。控訴人は,この行政運営構造の所産に他ならない致命的な「欠落」としての「不存在」,すなわち,あってはならない「不存在」の責任を明らかにし説明する義務がある。 (控訴人の主張)「知る権利」の概念は多義的で成熟性が不十分である上,政府に対する情報開示請求権という意味での「知る権利」は抽象的権利に過ぎず,情報公開法等の法律による具体化があって初めて具体的な権利となる。 そこで,情報公開法を見るに,同法に基づく開示の対象となる行政文書に関し,同法2条2項柱書きでは,「この法律において「行政文書」とは」「当該行政機関が保有しているものをいう。」と定めており,情報公開法は,他の機関,まして他国の機関が保管している文書を る行政文書に関し,同法2条2項柱書きでは,「この法律において「行政文書」とは」「当該行政機関が保有しているものをいう。」と定めており,情報公開法は,他の機関,まして他国の機関が保管している文書を開示請求の対象としたり,開示決定の対象とはしていない。また,開示請求制度に,行政機関の保有する情報を処理・加工して国民に提供させる機能まで付与するのではなく,開示請求時点において存在する記録をあるがままの状態で開示すれば足りるとされており,開示請求時点において保有していない行政文書を開示請求に応じるために作成する必要はない。ましてや,存在していない文書の代用品を入手し開示する必要はない。 以上によれば,被控訴人らの知る権利に基づいて,控訴人が,米国国立公文書館から本件文書1(1),(2)及び本件文書2(1)と同一の文書の写しを入手し,- 28 -説明文及び日本文の翻訳を付して被控訴人らに開示する義務を負っていると解する余地はなく,被控訴人らの主張には理由がない。 3 本件処分1の理由付記の適法性(争点(1)③)(被控訴人らの主張)情報公開法の目的(1条)からすれば,開示請求に対する不開示決定における理由付記は,行政機関の長に慎重かつ合理的な判断を要求し,恣意を抑制するとともに,開示請求者に対して,その不服申立てに便宜を与える趣旨に出たものであるから,行政機関の長は,文書が存在しないことについて,具体的な事実を踏まえた上で十分な説明をする責任を負っている。 ところが,本件処分1には「当省は該当する文書を保有していないため,不開示(不存在)としました。」という理由しか付記されていないところ,この理由では,外務省が本件各文書1を物理的に保有していないのか,又は解釈上開示義務を負う文書を保有していないのかが不分明であり,どのよ (不存在)としました。」という理由しか付記されていないところ,この理由では,外務省が本件各文書1を物理的に保有していないのか,又は解釈上開示義務を負う文書を保有していないのかが不分明であり,どのような事実に基づいてどのような法的理由により不開示としたのかが何ら示されていないものであるから,極めて不十分な理由付記というべきである。 したがって,本件処分1は,行政手続法8条により求められる理由の提示に瑕疵があるから,違法である。 (控訴人の主張)法令が行政処分に理由を付記すべきものとしている場合に,どの程度の記載をすべきかについては,処分の性質と理由付記を命じた各法令の趣旨及び目的に照らして判断すべきものである。これを,情報公開法9条2項の文書を保有していないことを理由に不開示決定をする場合についてみれば,保有していない理由には種々あり得ることから,個別具体的な事案に即して理由付記の程度も判断せざるを得ない。そして,本件開示請求1は,最近作成された文書の開示を求めるものではなく,本件開示請求1当時,作成されたとされる時点から40年近く経過している文書を対象とするものであったことに加え,外務省と- 29 -しては,本件各文書1が存在していたか否かについて把握のしようがなかったのであるから,被控訴人らが主張するように,過去の一時点における作成や保有の有無を把握し,理由として付記することは不可能であった。 したがって,本件処分1の理由としては「当省は該当する文書を保有していないため,不開示(不存在)としました。」と記載せざるを得なかったものである。この記載は本件処分1当時,理由付記としては必要十分な記載であったというべきであり,適法である。 4 本件各義務付けを求める訴えの適法性及びその請求の当否(争点(2))(被控訴人 である。この記載は本件処分1当時,理由付記としては必要十分な記載であったというべきであり,適法である。 4 本件各義務付けを求める訴えの適法性及びその請求の当否(争点(2))(被控訴人らの主張)(1) 本件各義務付けを求める訴えは,いわゆる申請型義務付け訴訟(行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)3条6項2号)に該当するところ,上記1,3(被控訴人らの主張)のとおり,本件各処分はいずれも違法であって,取り消されるべきものであるから,本件各義務付けを求める訴えはいずれも適法である(行訴法37条の3第1項2号)。 (2) そして,本件各文書1及び2について情報公開法所定の不開示事由はなく,外務大臣は本件各文書1について,財務大臣は本件各文書2についてそれぞれ開示決定をすべきであることは情報公開法上明らかであるから,本件各義務付けを求める請求はいずれも認容されるべきである(行訴法37条の3第5項)。 (控訴人の主張)上記1,3(控訴人の主張)のとおり,本件各処分はいずれも適法であって,取り消されるべきものには当たらないから,本件各義務付けを求める訴えは,いずれも行訴法37条の3第1項2号の訴訟要件を欠く不適法なものである。 5 国家賠償請求の適否及び損害額(争点(3))(被控訴人らの主張)被控訴人らは,本件各処分により,情報公開法の手続によって行政文書の開- 30 -示を受ける権利を侵害され,多大な精神的損害を被った。同精神的損害を金銭評価することは困難であるが,あえてこれを評価すると,その損害額は1人当たり10万円を下らない。 よって,被控訴人らは,国家賠償法1条1項に基づき,控訴人に対し,各10万円及びこれに対する本件各処分の日である平成20年10月2日から支払済みまで民法所定の は1人当たり10万円を下らない。 よって,被控訴人らは,国家賠償法1条1項に基づき,控訴人に対し,各10万円及びこれに対する本件各処分の日である平成20年10月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有する。 (控訴人の主張)争う。 第4 本件各処分の適否(争点(1))について 1 認定事実前記第2の2前提となる事実並びに証拠(各末尾に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。 (1) 沖縄返還交渉における財政経済問題についての大蔵省と米国の財務省との間の対外的に明らかにされなかった合意の成立と本件文書2(1)が作成された経緯ア沖縄返還交渉において,日本政府は,「米国から沖縄を金で買い戻す」という印象を日本国内で持たれたくないと考えていたため,福田大蔵大臣は,昭和44年9月27日及び同月28日の福田・ケネディ会談において,財政経済問題についての合意は佐藤・ニクソン共同声明の後にすべきであると主張した。これに対し,ケネディ財務長官は,米国は沖縄返還に伴う費用を負担しないという基本的立場を前提に,佐藤・ニクソン共同声明の前に日米両国間で財政経済問題に関する明確な合意をすることを求めた。 そこで,日米両国間で財政経済問題に関する交渉が開始されることになったが,その内容は佐藤・ニクソン共同声明には盛り込まれないこととされた。なお,福田大蔵大臣は,ケネディ財務長官に対し,大蔵省の許可を得- 31 -ることなく,外務省との間で財政経済問題に関する交渉をしないよう求め,ケネディ財務長官がこれに応じたため,以後,財政経済問題については,大蔵省と米国の財務省との間で直接交渉が行われることになった。(甲12,29の1,2,甲34の1,2,甲35の1, しないよう求め,ケネディ財務長官がこれに応じたため,以後,財政経済問題については,大蔵省と米国の財務省との間で直接交渉が行われることになった。(甲12,29の1,2,甲34の1,2,甲35の1,2)イ柏木及びジューリックは,東京において,昭和44年10月21日,財政経済問題に関する交渉を開始した。ジューリックは,返還に伴うあらゆる補償債権を略々推定して一定のLUMPSUM(総額)につき合意し,これをもってあらゆる請求権をカバーするものとして,将来予測されぬ請求権が出てきたとしても,これを打ち切ってしまう方式(QUITCLAIM)を提案したが,柏木は,それでは沖縄に値札(PRICETAG)を付けることになり,国会に対する説明も困難であるとして反対し,交渉は難行した。しかし,交渉の結果,同年11月10日頃までに一応の合意に達した。同合意は,①日本が米国に買取資産の対価として1億7500万ドルを5年間の均等年賦払いにより現金で支払うこと,②日本が米国に移転費等関連費用2億ドル相当の物品及び役務を提供すること,③日本政府が通貨交換によって取得したドルの実際額又は6000万ドルのいずれか多い方の金額を米国の連邦準備銀行に25年間無利子で預金すること,④日本が社会保障費用として3300万ドルを負担することと要約される内容を含むものであった。 マイヤー大使は,同日,ロジャーズ国務長官あてに電信文を発して上記合意について承認を求めるとともに(なお,マイヤー大使は,その際,上記③の無利子預金による米国の利益を1億1200万ドルと算定した上で,米国が上記合意によって合計5億2000万ドルの利益を得られると説明していた。),上記合意を了解覚書の形にするまでの段取りとして,同月12日,東京において,ジューリック及び福田大蔵大臣が,上記合 ,米国が上記合意によって合計5億2000万ドルの利益を得られると説明していた。),上記合意を了解覚書の形にするまでの段取りとして,同月12日,東京において,ジューリック及び福田大蔵大臣が,上記合意の内容が福田大蔵大臣とケネディ財務長官との間の合意を構成することを確認- 32 -した上で,同年12月初旬に,ワシントンD.C.において,柏木及びジューリックが了解覚書にイニシャルで署名をすることによって了解覚書を承認することを提案し,これらについて同年11月11日に本国政府の承認を得た。(甲29ないし32の各1,2,甲35の1,2,甲47の1,2,甲157)ウ福田大蔵大臣は,上記イの段取りに従い,昭和44年11月12日,東京において,ジューリックの面前で,柏木が後にイニシャルで署名する予定の了解覚書を読み上げた。なお,柏木は,その際,同了解覚書と全く同一の内容のコピーを所持していた。(甲32の1,2)エ昭和44年11月21日,佐藤・ニクソン共同声明が発表されたが,財政経済問題については,前記第2の2(1)オ(ウ)のとおり「その解決について具体的な話合いをすみやかに開始することに意見の一致をみた」という記述になっており,上記イの合意には触れられていなかった。 オ柏木及びジューリックは,昭和44年12月2日頃,ワシントンD.C. において,前記第2の2(3)イの内容が記載された書面に,各自のイニシャルである「YK」及び「AJJ」を書き込み,これによって本件文書2(1)が完成した。 本件文書2(1)は,日本の大蔵省と米国の財務省が,沖縄返還における財政経済問題に関して「今後の細部に渡る交渉(昭和45年6月以降に開催)を行う際に両者が従うべき指針」について,昭和44年秋の時点で共有した理解を取りまとめたもので,①日本が米 が,沖縄返還における財政経済問題に関して「今後の細部に渡る交渉(昭和45年6月以降に開催)を行う際に両者が従うべき指針」について,昭和44年秋の時点で共有した理解を取りまとめたもので,①日本が米国に買取資産の対価として1億7500万ドルを5年間の均等年賦払いにより現金で支払うこと,②日本が米国に移転費等関連費用2億ドル相当の物品及び役務を提供すること,③日本銀行が通貨交換によって取得したドルの実際額又は6000万ドルのいずれか多い方の金額を米国の連邦準備銀行に25年間無利子で預金すること,④日本が社会保障費用として3000万ドルを負担すること- 33 -と要約される内容を含むものである。本件文書2(1)の上記内容は,上記イの合意の内容と基本的には同じであるが,本件文書2(1)は,表題が当初予定されていた「MemorandumofUnderstanding」(了解覚書)ではなく「Memo」となっているほか,米国の連邦準備銀行への無利子預金の主体が日本政府から日本銀行に,社会保障費用が3300万ドルから3000万ドルにそれぞれ変更され,また,移転費等関連費用2億ドルについて,「沖縄外への軍事施設の移転が合意されない場合には,このカテゴリーでの合意額は1億5000万ドルに減額される。」とされていたものが,「特定の軍事施設の沖縄の外への移転に関する合意がなされているため,本項における総額は1億5000万ドルに減額するのではなく,2億ドルに据え置く。」に変更されていることなどの相違点がある。なお,柏木がこのようにイニシャルで署名することについては,福田大蔵大臣はあらかじめ了承していた。(甲5,6,30ないし32の各1,2,甲46,乙13の1,2)カその後,日米両国間で交渉が重ねられた結果,本件文書2(1)において合意された日本 ては,福田大蔵大臣はあらかじめ了承していた。(甲5,6,30ないし32の各1,2,甲46,乙13の1,2)カその後,日米両国間で交渉が重ねられた結果,本件文書2(1)において合意された日本の財政負担の内容はその内訳が変更され,買取資産の対価(1億7500万ドル)を含む現金による支払額が3億ドルに増加し,移転費等関連費用の物品及び役務による提供額はその分だけ減少し,7500万ドルになった。そして,同7500万ドルのうち1000万ドルについては,米軍基地で稼働する日本人従業員に係る労務管理業務を担っていた日本に対する米国の支払を同額分減額することによって実現することになったため,物品及び役務による提供額はその残額である6500万ドルとなった。(甲34及び35の各1,2,甲46,90)(2) 沖縄返還交渉における原状回復費用及びVOA施設移転費用の日本政府による肩代わりと本件文書1(1)及び(2)が作成された経緯ア財政経済問題以外の事項については,前記第2の2(1)カのとおり,愛- 34 -知外務大臣がロジャーズ国務長官及びマイヤー大使との間で交渉を行い,愛知外務大臣の指示の下,吉野を含む外務省アメリカ局長が駐日米国公使のスナイダーとの間で交渉を行っていたが,①米国が軍用地として使用していた沖縄の土地のうち,「1950年(昭和25年)7月1日前」,すなわち昭和25年6月30日以前に接収され損害を受け,かつ,「1961年(昭和36年)6月30日後」すなわち昭和36年7月1日以後にその使用を解除されたものに係る原状回復費用(以下「本件原状回復費用」という。)の補償の問題(いわゆる請求権問題)と,②本件VOA施設の移転に関する問題については,交渉が沖縄返還協定の締結直前まで難航した。(甲18ないし21,甲34ないし36の各 本件原状回復費用」という。)の補償の問題(いわゆる請求権問題)と,②本件VOA施設の移転に関する問題については,交渉が沖縄返還協定の締結直前まで難航した。(甲18ないし21,甲34ないし36の各1,2,乙12の2,原審における証人吉野の証言)イ日本側は,沖縄返還交渉の当初には「日本国との平和条約」の発効以前の人身損害補償及び本件原状回復費用その他10項目にわたり米国に対し支払を要求したが容れられず,その後は本件原状回復費用に問題を絞って交渉が進められた。日本側は,米国が昭和42年高等弁務官布令第60号による見舞金の支払により,昭和36年6月30日以前に使用を解除された軍用地に係る原状回復費用の補償を行っていたこととの均衡から,同年7月1日以後にその使用を解除された本件原状回復費用についても,米国においてその自発的支払を行うことを沖縄返還協定に明記するよう求めた。 日本側は,請求権問題について米国側支出による解決を見ることは,返還協定の国会審議上,また,復帰後の施設区域用地の円滑な確保のためにも是非とも必要との立場であった。これに対し,米国側は,沖縄返還に伴う費用を負担しないという基本方針が樹立されていること,米国政府は上記布令60号による見舞金の支払が行われた際,米国議会に対し「今後は見舞金のための予算要求はしない。」という言質を与えていることを理由として,難色を示した。 - 35 -そして,交渉の結果,日本側は,昭和46年5月下旬までに,佐藤総理大臣,愛知外務大臣及び福田大蔵大臣も了承の上,本件原状回復費用として見積もられた400万ドルを上記(1)カの現金による支払額3億ドルに上乗せして支払うこととなり,同年6月9日頃までには,米国側が,米国議会に政府歳出の承認を求める手続を回避するため1896年(明治29年)2月 400万ドルを上記(1)カの現金による支払額3億ドルに上乗せして支払うこととなり,同年6月9日頃までには,米国側が,米国議会に政府歳出の承認を求める手続を回避するため1896年(明治29年)2月制定の信託基金法に基づき同400万ドルで信託基金を設立し,同信託基金から本件原状回復費用を支出することになった。このような処理をするに当たり,米国側は,信託基金設立のため,愛知外務大臣による「日本政府は米政府による見舞金支払のための信託基金設立のため400万米ドルを米側に支払うものである」旨の不公表書簡の発出を求め,日本側において検討したが,米国側の説明によると,議会との関係で同書簡を発表せざるを得ない場合も絶無ではないとのことであったため,結局,同書簡は発出されないことになった。しかし,議会に対する説明のための資料作成という米国側の要請は残り,これを満たすため,日米の交渉責任者であった吉野及びスナイダーが書面にイニシャルで署名することで落着した。 吉野は,昭和46年6月12日頃,外務省のアメリカ局長室において,スナイダーが持参した前記第2の2(2)イの内容が記載された書面に,スナイダーと共にそれぞれイニシャルを書き込み,本件文書1(1)が完成した。なお,吉野がスナイダーと共にイニシャルを書き込んで本件文書1(1)を完成させることについて,愛知外務大臣及び外務省条約局長はあらかじめ了承していた。 (甲1,2,18ないし21,34ないし36の各1,2,甲82ないし89,91ないし100,甲101の1,2,甲137,152,153,160,乙12の1,2,原審における証人吉野の証言)ウ日本側は,日本国内の法制(電波法5条1項)上,外国政府機関又は外- 36 -国人の経営に係る放送事業は一切認められないことから,本件VOA施設 乙12の1,2,原審における証人吉野の証言)ウ日本側は,日本国内の法制(電波法5条1項)上,外国政府機関又は外- 36 -国人の経営に係る放送事業は一切認められないことから,本件VOA施設の日本国外への移転を求めたのに対し,米国側は,本件VOA施設が果たしている防衛上の役割の重要性から,これに難色を示した。交渉の結果,米国において5年後に本件VOA施設を日本国外へ移転することになったが,日本側は,遅くとも昭和46年5月下旬には,佐藤総理大臣,愛知外務大臣及び福田大蔵大臣も了承の上,本件VOA施設の日本国外への移転に要する費用(以下「本件移転費用」という。)として見積もられた1600万ドルを上記(1)カの現金による支払額3億ドルに上乗せして支払うこととなった。 吉野は,同年6月11日頃,外務省のアメリカ局長室において,スナイダーが持参した前記第2の2(2)ウの内容が記載された書面にスナイダーと共にそれぞれイニシャルを書き込み,本件文書1(2)が完成した。なお,本件文書1(2)が作成された趣旨は,本件文書1(1)と同じく,米国政府の議会に対する説明のための資料とするためというものであり,また,吉野がスナイダーと共にイニシャルを書き込んで本件文書1(2)を完成させることについて,愛知外務大臣及び外務省条約局長はあらかじめ了承していた。 (甲3,4,12,18,21,33ないし36の各1,2,甲44,45の各1,2,甲102,103の1,2,甲152,154ないし156,161,原審における証人吉野の証言)(3) 密約疑惑を巡る日本政府の対応ア上記(1)の大蔵省及び日本銀行が25年間莫大な金額をニューヨーク連邦準備銀行に無利子で預金するということや上記(2)の日本側が本件原状回復費用及び本件VOA施設 惑を巡る日本政府の対応ア上記(1)の大蔵省及び日本銀行が25年間莫大な金額をニューヨーク連邦準備銀行に無利子で預金するということや上記(2)の日本側が本件原状回復費用及び本件VOA施設移転費用の財源を実質的に負担するということなどの日米間の合意は,対外的に明らかにされることなく,昭和46年6月17日,前記第2の2(1)キのとおりの内容の沖縄返還協定が締結さ- 37 -れ,同年11月24日に衆議院において,また,同年12月22日に参議院においてそれぞれその締結が承認され,国内法上の承認手続を終了し,昭和47年3月15日,批准書の交換が行われた。 イ昭和46年12月7日,衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会等連合審査会の質疑において,本件原状回復費用に関する交渉経緯の一部を伝える外務省極秘公電の写し3通を入手した,野党に所属する衆議院議員が,交渉の最終段階で3億1600万ドルに本件原状回復費用の財源400万ドルが上積みされたのではないかという質問をしたが,福田外務大臣(同年7月5日に内閣改造により愛知外務大臣と交替)はこれを否定し,政府委員として答弁した吉野は,「いま先生の御指摘のような事実は,われわれは全然存じておりません。」「また,そのような文書もございません。」と述べた。同月13日の同委員会でも,同様の応酬が続いた。 同衆議院議員は,昭和47年3月27日,同月28日の衆議院予算委員会において,上記極秘公電の写しを示して,政府に対し,密約にからむ交渉経緯を明らかにするよう迫ったが,福田外務大臣は,「裏取引は全然ありません。」とそれまでの答弁を繰り返した。同年4月3日の同委員会では,政府側は,既に3億2000万ドルの支払について日米が合意していたが,米国側が本件原状回復費用の財源を議会に予算要求す は全然ありません。」とそれまでの答弁を繰り返した。同年4月3日の同委員会では,政府側は,既に3億2000万ドルの支払について日米が合意していたが,米国側が本件原状回復費用の財源を議会に予算要求することは困難と訴えたため,日本側は3億2000万ドルの中から支払うよう求めたと説明した。 (甲104ないし114,乙12の2)ウ平成7年頃に至って沖縄返還関連の多数の米国政府文書が公開され,国際政治学の研究者である被控訴人P1の調査によって,本件文書1(1)及び(2)や本件文書2(1)と同一の各文書(写し)が,米国国立公文書館に存在することが明らかにされた。(甲9,25,乙12の2,原審における被控訴人P1本人の供述)- 38 -平成18年2月,吉野は,新聞社の取材に対し,本件原状回復費用400万ドルは,日本が肩代わりしたものであることを認める発言をし,報道された。(甲10ないし12)同年3月8日の参議院予算委員会において,野党に所属する参議院議員が,米国国立公文書館が公開する資料や吉野の発言を踏まえて,本件原状回復費用の問題について,政府見解を糺したが,麻生太郎外務大臣や政府委員は,沖縄返還協定がすべてであり,それ以上の密約というものは存在しないとの立場の表明を繰り返した。(甲115ないし117,乙1)エ平成21年8月30日実施の衆議院議員選挙による政権交代の結果同年9月16日に発足した内閣の岡田外務大臣は,同日,外務事務次官に対し,「1972年(昭和47年)の沖縄返還時の,原状回復補償費の肩代わりに関する「密約」」を含む4点の「密約」について調査すること命じた。 岡田外務大臣の委嘱により発足した学識経験者から成る有識者委員会は,外務省の調査結果を受け,平成22年3月9日付けで「 費の肩代わりに関する「密約」」を含む4点の「密約」について調査すること命じた。 岡田外務大臣の委嘱により発足した学識経験者から成る有識者委員会は,外務省の調査結果を受け,平成22年3月9日付けで「いわゆる「密約」問題に関する有識者委員会報告書」(以下「有識者委員会報告書」という。)を作成し,「財政経済に関する日米間の交渉プロセスにおいて,原状回復費として米側は自発的支払を行うものの,その財源を日本側が負担する,という合意が成立していたこと,その財源の400万ドル(VOA移転費1600万ドルと合わせて2000万ドル)を日本側支払総額の3億ドルに追加することについて双方が了解していたこと」は,「確認できる経緯である。」とし,これらの合意は,「広義の密約」に該当するとした。(乙11,12の2)同年3月12日,菅財務大臣は,財務省における「沖縄返還に伴う財政負担に係る文書」及びいわゆる「無利子預金」に関する調査結果の報告にあたって談話を発表し,本件文書2(1)の性格や歴史的な位置付けについて,「当時の日米間には,沖縄返還に関連し,これまで日本政府が依拠し- 39 -てきた沖縄返還協定に定める3億2000万ドルにとどまらない負担や別途の使い途に関する秘められた約束があったと思われる。そして,「柏木-ジューリック文書」(本件文書2(1))は,こうした最終的な秘められた約束に至る日米間の交渉の出発点になったものと考えられる。同文書の存在は対外的に明らかにされず,そこから始まった交渉は,概ね沖縄返還協定へと取りまとめられたが,それとは別に,秘められた約束,あるいは私なりに総括すれば「広義の密約」になっていった部分もあると考える。 財政・経済上の秘められた約束があったことは,以下述べる今般の「無利子預金」の調査結果からも,うかがうことができ れた約束,あるいは私なりに総括すれば「広義の密約」になっていった部分もあると考える。 財政・経済上の秘められた約束があったことは,以下述べる今般の「無利子預金」の調査結果からも,うかがうことができる。」と述べた。そして,同日付け財務省の調査結果では,無利子預金について「広義の密約」が存在したと言えるとした。(乙13の1,2)オ有識者委員会報告書は,以下のように述べている。 「沖縄返還にともなう財政経済交渉は,アメリカの国際収支が悪化し,主要国の政策運営をめぐって黒字国と赤字国の責任分担をめぐる対立が激しさを増す,という国際経済環境のもとで行われた。大幅な黒字国としての日本は,「支出を伴わぬ復帰」という原則的立場から全面的な財政負担を迫る米政府の外交攻勢の前に,絶えず守勢に回り,早期返還の実現のために,財政負担の中身を詰めるより,「高度の政治的判断」を優先したことは充分に理解できる。その過程では,公表できない合意や了解も必要となり,「議論の要約」(本件各文書1(1))もその一つと言えるかも知れない。しかしながら,巨額の財政取り決めに関する不透明な処理は,その後の日米両政府による責任ある説明を不可能なものとし,密約疑惑の背景となるのである。」(乙12の2) 2 本件各文書1及び2の存否(争点(1)①)-行政文書の存否の主張立証責任(1) 情報公開法は,2条2項柱書き本文において,「この法律において「行政文書」とは,行政機関の職員が職務上作成し,又は取得した文書,図画及- 40 -び電磁的記録(…略…)であって,当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして,当該行政機関が保有しているものをいう。」と規定して開示の対象となる公文書を定義した上,3条において,「何人も,(…略…)行政機関の長(…略…)に対 ,当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして,当該行政機関が保有しているものをいう。」と規定して開示の対象となる公文書を定義した上,3条において,「何人も,(…略…)行政機関の長(…略…)に対し,当該行政機関の保有する行政文書の開示を請求することができる。」と規定し,また,5条において,「行政機関の長は,開示請求があったときは,開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記載されている場合を除き,開示請求者に対し当該行政文書を開示しなければならない。」と規定している。上記各規定によれば,ある行政文書の開示請求権が発生するためには,行政機関において当該行政文書を保有していることが必要であるということになるから,行政機関が文書を保有していることは,当該行政文書の開示請求権発生の要件ということができ,また,行政機関の長は,開示請求権が認められる以上,原則として当該行政文書を開示する義務を負い,例外的に開示を拒むことができるのは,当該行政文書に情報公開法5条各号に掲げる不開示情報のいずれかが記載されている場合に限られるから,情報公開法5条各号の非開示事由の存在は開示請求権行使の障害事由になるものと解される。 したがって,開示請求の対象である行政文書を行政機関が保有していないこと(当該行政文書の不存在)を理由とする不開示決定の取消訴訟においては,開示請求者が,行政機関が当該行政文書を保有していること(当該行政文書の存在)について主張立証責任を負い,不開示事由があることを理由とする不開示決定の取消訴訟においては,不開示事由の存在について国が主張立証責任を負うと解するのが相当である。 なお,情報公開法9条2項によれば,行政機関の長が不開示決定及び同決定の書面による通知をする際には,①開示請求に おいては,不開示事由の存在について国が主張立証責任を負うと解するのが相当である。 なお,情報公開法9条2項によれば,行政機関の長が不開示決定及び同決定の書面による通知をする際には,①開示請求に係る行政文書に情報公開法5条各号の不開示情報が記録されているとしてその全部を開示しない場合,②情報公開法8条の規定により行政文書の存否を明らかにしないで開示請求- 41 -を拒否する場合及び③開示請求に係る行政文書を保有していない場合は区別されていないが,そうであるからといって主張立証責任の分配について上記3つの場合を同様に解するべきであるとはいえず,また,被控訴人らが主張する,政府情報の公開制度の意義,開示請求者が当該行政情報の管理状況を直接確認・調査することが困難であること,情報公開制度の運用の実情,情報公開・個人情報審査会には調査権限が付与されているにもかかわらず,裁判手続にはこれに見合う制度がないことなどを考慮しても,上記のとおり説示した行政文書の存否に関する主張立証責任についての結論は左右されるものではない。 (2) そして,開示請求者は,不開示決定において行政機関が保有していないとされた行政文書に係る当該行政機関の管理状況を直接確認する権限を有するものではないから,上記の主張立証責任を果たすため,基本的には,①過去のある時点において,当該行政機関の職員が当該行政文書を職務上作成し,又は取得し,当該行政機関がそれを保有するに至り,②その状態がその後も継続していることを主張立証すべきことになる。 もっとも,被控訴人らも主張するように開示請求者は当該行政文書の管理状況を直接確認・調査することが困難であるのに対し,当該行政文書を保有するものとして開示請求を受けた当該行政機関はこれを調査し得る立場にあることや,行政機関が行政文 に開示請求者は当該行政文書の管理状況を直接確認・調査することが困難であるのに対し,当該行政文書を保有するものとして開示請求を受けた当該行政機関はこれを調査し得る立場にあることや,行政機関が行政文書を保有するに至った場合,当該行政文書が,通常であれば,当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして一定水準以上の管理体制下に置かれることなどの点を考慮すると,開示請求者の側において上記①を主張立証した場合には,上記のような管理体制下に置かれたことを前提として,上記②が事実上推認され,特段の事情がない限り,当該行政機関は上記不開示決定の時点においても当該行政文書を保有していたと推認されるものというべきである。これは,事実上の推認であるから,控訴人において,当該行政機関が不開示決定の時点においても当該行政文書を保有- 42 -していたと推認することを妨げる特段の事情を主張立証し,保有が失われた疑いがあるとの反証を挙げた場合には,その推認が破られることになることはいうまでもない。 3 本件各文書1及び2の存否(争点(1)①)-本件各文書1の存否(1) 外務省が昭和46年6月頃本件各文書1を保有するに至ったかどうか。 ア上記1(2)イ,ウのとおり,スナイダーと吉野は,外務省アメリカ局長室において,それぞれイニシャルを書き込み,昭和46年6月11日頃本件文書1(2)を,同月12日頃本件文書1(1)を完成させたことが認められる。 イ控訴人は,本件文書1(1)及び(2)の写しが作成され,これが外務省に保管されたかどうかを争う。 しかしながら,この点について,原審証人吉野は,吉野及びスナイダーが本件文書(1)及び(2)にイニシャルを書き込んだ後に,吉野が自ら写しを作成したこと又は写しの作成を部下職員へ指示したこ しかしながら,この点について,原審証人吉野は,吉野及びスナイダーが本件文書(1)及び(2)にイニシャルを書き込んだ後に,吉野が自ら写しを作成したこと又は写しの作成を部下職員へ指示したことの具体的な記憶はなく,また,外務省アメリカ局北米第1課の職員がその場に同席していた場面の具体的な記憶もないと証言しているものの,スナイダーを吉野の部屋に案内した北米第1課の職員がその場に同席したであろうと証言し,また,吉野がサインをした文書に関する通常の業務の流れとして写しが取られずはずであるという確実な根拠に基づき,吉野及びスナイダーが本件文書1(1)及び(2)にイニシャルを書き込んだ後,北米第1課の職員がコピー機により写しを作成したはずであると明確に証言しているところである(甲21・吉野作成の陳述書も同旨)。そして,上記1(2)アのとおり,本件原状回復費用の問題(請求権問題)と本件VOA施設の移転に関する問題は,沖縄返還協定調印を間近に控え,日米両国の交渉の最終局面における最重要の懸案事項であり,上記1(2)イ,ウのとおり,本件文書1(1)及び(2)は,愛知外務大臣等の承認を経て作成された,これらの事項に関- 43 -し日本国の巨額の財政負担を伴う合意に関わるもので,本件原状回復費用の問題を交渉決着に導いた文書であり,本件VOA施設の移転に関し少なくとも向後5年間日本政府の財政支出を規律することになる文書であるから,その形式にかかわらず外交上重要な文書であり,吉野が本件文書1(1)及び(2)をイニシャルを書き込んで完成させた後,その記録として,写しを作成しないことは到底考えられない。 以上によれば,吉野が,本件文書1(1)及び(2)をイニシャルを書き込んで完成させ,北米第1課の事務官にその写しをとらせ,所管課の北米第1 て,写しを作成しないことは到底考えられない。 以上によれば,吉野が,本件文書1(1)及び(2)をイニシャルを書き込んで完成させ,北米第1課の事務官にその写しをとらせ,所管課の北米第1課においてこれを保管することとなったこと(原審証人吉野は,他国の公使との交渉内容が記載された文書で署名された文書の保管状況についてのアメリカ局長時代における経験について,そのような文書を自分で保管していたことはほとんどなく,沖縄返還協定に関する文書については,アメリカ1課が主たる管理者だと思うと証言している。)が認められる。 したがって,外務省は,昭和46年6月頃,外務省の職員である吉野が職務上作成した文書である本件文書1(1)及び(2)を保有するに至ったと認めるのが相当である(なお,原審証人吉野の証言及び弁論の全趣旨に照らし,作成された原本は各1通で,これらをスナイダーが持ち帰ったものであり,外務省においては上記のとおりその写しを保有するに至ったと認められる。)。 ウまた,上記1(2)イのとおり,吉野がイニシャルを書き込んで本件文書1(1)及び(2)を完成させることについては,愛知外務大臣及び外務省条約局長があらかじめ了承していたこと,本件文書1(1)及び(2)の内容の重要性を考慮すると,外務省が本件文書1(1)及び(2)を保有するに至った頃,外務省内部,関係省庁間等における情報共有等のため,それらに係る報告書及び公電などの文書や翻訳文が,外務省の職員によって職務上作成されたと認めるのが相当であるから,本件文書1(3)及び(4)についても,その- 44 -頃外務省が保有するに至ったものというべきである。 (2) 上記(1)のとおり,外務省は,昭和46年6月頃,本件各文書1を保有するに至ったことが認められる。そう )についても,その- 44 -頃外務省が保有するに至ったものというべきである。 (2) 上記(1)のとおり,外務省は,昭和46年6月頃,本件各文書1を保有するに至ったことが認められる。そうすると,特段の事情がない限り,本件各文書1を外務省がその後も継続して保有していたと推認することができると一応いうことができる。 これに対し,控訴人は,外務省が本件処分1の時点においても当該行政文書を保有していたと推認することを妨げる特段の事情がある,推認の基礎となる事情は揺らいでいると主張する。 アまず,控訴人は,外務省における数次にわたる徹底的な探索の結果からして,本件処分1の当時,本件各文書1を保有していたとは認められないと主張する。そこで,検討する。 (ア) 上記1(3)エの事実並びに証拠(各末尾に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。 a 外務省においては,平成17年12月から平成18年2月にかけて,当時係属中であった東京地方裁判所平成○年(ワ)第○号謝罪文交付等請求事件(以下「別件事件」という。なお,別件事件の原告は,本件の被控訴人P3である。)に関連し,別件事件の甲第1号証から第5号証まで(別件事件の原告が米国国立公文書館において発見されたと主張する文書)に相当する文書等を保有しているか否かを確認する作業を行った。具体的な作業としては,まず,北米第1課において,昭和40年から昭和51年にかけて作成された沖縄返還交渉に関する行政文書ファイル合計308冊を特定し,1冊ごとに職員が確認した。 その結果,別件事件の甲第1号証から第5号証までに相当する文書及びこれらについての報告等の文書をいずれも保有していないことを確認した。 外務省においては,本件開示請求1を受理した が確認した。 その結果,別件事件の甲第1号証から第5号証までに相当する文書及びこれらについての報告等の文書をいずれも保有していないことを確認した。 外務省においては,本件開示請求1を受理した後,本件文書1(1)- 45 -及び(2)は,それぞれ,別件事件の甲第2号証及び第3号証と同一内容のものであると認められたことから,上記の探索結果に照らすと,外務省では本件文書1(1)及び(2)並びにこれらについての報告等の文書(本件文書1(3)及び(4)を含む。)を保有していないと判断し,不存在を理由とする本件処分1を行った。 (甲15の1ないし4,乙8)b 平成21年9月16日,岡田外務大臣は,外務事務次官に対し,「外交は国民の理解と信頼なくして成り立たない。しかるに,いわゆる「密約」の問題は,外交に対する国民の不信感を高めている。今回の政権交代を機に,「密約」をめぐる過去の事実を徹底的に明らかにし,国民の理解と信頼に基づく外交を実現する必要がある。」とした上で,1972年(昭和47年)の沖縄返還時の原状回復補償費の肩代わりに関する「密約」など4項目の「密約」について外務省内に存在する原資料を調査し,その調査結果を報告するよう命じた。 これを受け,同月25日,外務事務次官の下に大臣官房審議官をリーダーとする約15人のチームを起ち上げ,調査作業を開始した。 平成22年3月5日,外務省調査チームは,外務省調査報告書を公表した。 外務省調査チームは,4項目の「密約」の調査のため,外務省に存在する4423冊のファイル(整理されたファイルとして保管されているものだけではなく,バインダーに挟まれているもの,単なる文書の束等様々な形態のものがあった。)を調査した。調査対象となったファイルは,外務省に存在する日米安保 整理されたファイルとして保管されているものだけではなく,バインダーに挟まれているもの,単なる文書の束等様々な形態のものがあった。)を調査した。調査対象となったファイルは,外務省に存在する日米安保条約関係のファイル2694冊,沖縄返還関係のファイル571冊,在米大使館に存在する400冊のファイルに,日米安保及び沖縄返還問題の担当課室以外の課室から受領したいわゆる「密約」に関連する可能性のあるファイル及び関- 46 -連幹部が保管するファイルのうち,関連があり得ると思われるものを加えたファイル(外務本省に存在するもの3957冊及び在米大使館に存在するもの466冊)である。しかし,上記調査の結果によっても,本件文書1(1)は発見されず,本件文書1(2)ないし(4)も発見されなかった。 (乙11,12の1,2)c 平成21年11月27日,岡田外務大臣は,歴史研究者6名を構成員とする有識者委員会に対し,1972年(昭和47年)の沖縄返還時の原状回復補償費の肩代わりに関する「密約」を含む4項目の「密約」の存否・内容に関する検証を行い,かつ外交文書の公開の在り方について提言を行うことを委嘱した。 有識者委員会は,外務省調査報告書,外務省調査チームが「密約」の存否・内容を明らかにする文書として特定したものを精査し,更に資料を収集し,元外務省職員その他に対するインタビューを行うなどして調査を進め,平成22年3月9日に有識者委員会報告書を公表した。 有識者委員会報告書においても,「今回の外務省記録の調査ではこれら3件の「密約」(前後の文脈から,本件文書1(1)及び(2)並びに本件文書2(1)に関わるものを指すことは明らかである。)そのものの存在は,複製(コピー)を含めて確認できなかった。」とされ,「補章外交文書の管 (前後の文脈から,本件文書1(1)及び(2)並びに本件文書2(1)に関わるものを指すことは明らかである。)そのものの存在は,複製(コピー)を含めて確認できなかった。」とされ,「補章外交文書の管理と公開について」という見出しの下に,失われた関連文書や交渉記録の欠落があることについて,その背景と問題点を指摘し,外交文書の保存・管理及び公開の在り方について提言を行うとともに,「おわりに」という見出しの下に,多くの文書の欠落については,今後,何らかの調査が必要であろうと指摘した。 (乙12の2)- 47 -d 平成22年4月26日,岡田外務大臣は,有識者委員会報告書等で指摘された外交文書の欠落問題について,その事実関係を調査・確認するため,自らを委員長とし,他に外務副大臣及び大学教授2名を構成員とする欠落調査委員会を設置した。欠落調査委員会の調査対象のひとつは,本件文書1(1)及び(2)の存否であった。 欠落調査委員会は,原判決が,歴代の事務次官,アメリカ局長,条約局長,北米第1課長を始めとする同課在籍者等に対し,逐一,本件文書1(1)及び(2)の取扱いや行方等について聴取することによって,初めて合理的かつ十分な探索をしたと評価することができると指摘したことも踏まえ,本件文書1(1)及び(2)を知り得る立場にある事務次官,北米局長(アメリカ局長),条約局長経験者計6名に対し,聴き取りを行ったが,吉野の他に,本件文書1(1)及び(2)を見たとする者,あるいは記憶しているとする者はいなかった。 欠落調査委員会は,同年6月4日,「外交文書の欠落問題に関する調査委員会調査報告書」を公表したが,同報告書には,欠落調査委員会において,本件文書1(1)及び(2)を知り得る立場にある事務次官,アメリカ局長及び条約局 同年6月4日,「外交文書の欠落問題に関する調査委員会調査報告書」を公表したが,同報告書には,欠落調査委員会において,本件文書1(1)及び(2)を知り得る立場にある事務次官,アメリカ局長及び条約局長経験者計6名に対する聴き取りを行い,また,有識者委員会において別途2名の条約局長,アメリカ局長経験者に対する聴き取りを実施したが,本件文書1(1)及び(2)を見たとする者及びこれらの文書を記憶している者はいなかった旨記載されている。 (乙17)(イ) 上記(ア)bのとおり,外務省調査チームの調査は,大臣官房審議官をリーダーとする約15名の専従の職員が,外務本省や在米大使館に保管されている,いわゆる「密約」に関連する可能性のある計4423冊という膨大なファイルを精査するという,上記(ア)aの調査とは比較にならない,大掛かりで精密なものである。有識者委員会も,その調査を- 48 -「内部報告書はそれなりに優れたものであると考えている。」と評価し,対象文書が記録として編纂されず,別に保管されている可能性を探ったが,その事実はなかったとしている(乙12の2)。 そして,外務省調査チームの調査は,上記(ア)bのとおり,政権交代を機に,「密約」をめぐる過去の事実を徹底的に明らかにし,国民の理解と信頼に基づく外交を実現する必要があるとして,岡田外務大臣の大臣命令により始められたものであり,現に,外務省調査チームによる調査により,1960年(昭和35年)1月の安保条約改定時の核持込み及び朝鮮半島有事の際の戦闘作戦行動に関する「密約」については,対象文書が発見され,本件原状回復費用及び本件VOA施設移転費用の日本政府肩代わりについても関係する報告文書等が発見されていること,外務省調査チームによる調査の時点で,本件文書1(1 」については,対象文書が発見され,本件原状回復費用及び本件VOA施設移転費用の日本政府肩代わりについても関係する報告文書等が発見されていること,外務省調査チームによる調査の時点で,本件文書1(1)及び(2)が米国国立公文書館に存在することは明らかになっており(上記1(3)ウ),本件文書1(1)及び(2)の内容を秘匿する意味はなくなっていたことからすれば,調査の過程で本件文書1(1)及び(2)が発見されていたのであれば,むしろこれを公表しようとすることが外務省の対応として自然であり,外務省において,本件文書1(1)及び(2)の存在を殊更に秘匿しなければならない理由は見当たらない。 また,外務省調査チームの調査後には,上記(ア)c,dのとおり,有識者委員会や欠落調査委員会の調査が行われているが,有識者委員会は外部の歴史研究者によって構成されており,殊更に外務省に有利な結論を導く動機は認められず,有識者委員会は,吉野が原審において本件文書1(1)及び(2)にイニシャルを書き込んだことを認める証言をしたことを前提として,外務省調査チームの調査を検証したと考えられるが,これにつき特に問題があったとの指摘はなく,むしろ肯定的に評価していることは上記のとおりである。そして,欠落調査委員会の調査の時点で- 49 -は,日本政府が現状回復費用400万ドル及び本件VOA施設移転費用1600万ドルを肩代わりしたことを認定した有識者委員会の報告書が公表されており,欠落調査委員会の調査も,これを踏まえた上,文書の探索方法についての原判決の指摘に真摯に対応しようとしたものと評価できる。 (ウ) 以上のとおり,外務省調査チーム,有識者委員会及び欠落調査委員会の調査は,網羅的で大掛かりな徹底したものであり,その一連の調査の過程において に対応しようとしたものと評価できる。 (ウ) 以上のとおり,外務省調査チーム,有識者委員会及び欠落調査委員会の調査は,網羅的で大掛かりな徹底したものであり,その一連の調査の過程において,本件各文書1の存在を秘匿すべき理由がなくなっていたことは上記判示のとおりであるから,その信用性は高いというべきである。 イ本件文書1(1)及び(2)の管理状況について,吉野は,原審において,本件文書1(1)につき,「日本側の立場については,何らこのような英文の覚書は必要ないですから,適当に保存ないし,処分していたことがあり得ると思います。」と証言し,本件文書1(2)につき,「これは,やはり日本側も5年間は少なくとも保存していたと思います。しかしながら,アメリカのヴォイス・オブ・アメリカがフィリピンに移された瞬間,日本側としては,もはや余り意味のない,ただし歴史的には意味のある,しかし,外務省が特に保存する必要はないような気が致します。」と証言し,陳述書(甲21)において,本件文書1(1)及び(2)につきどのように保管したか分からない旨述べている。また,吉野は,有識者委員会や欠落調査委員会の聴取に対し,本件文書1(1)及び(2)を後任の局長や部下へ引継をしなかったと明確に説明しており,有識者委員会や欠落調査委員会が行った外務省事務次官,北米局長(アメリカ局長)及び条約局長経験者8名に対する聴取の結果でも,本件文書1(1)及び(2)を見たことがある者はいなかったとされている。 ウ上記1(2)イのとおり,沖縄返還協定7条に規定する3億2000万ド- 50 -ルという金額は,交渉の終盤において,本件文書2(1)では買取資産の対価としての1億7500万ドルだけであった現金による支払額がその後増加したことによる3億ドルに200 億2000万ド- 50 -ルという金額は,交渉の終盤において,本件文書2(1)では買取資産の対価としての1億7500万ドルだけであった現金による支払額がその後増加したことによる3億ドルに2000万ドル(本件原状回復費用の400万ドル及び本件移転費用の1600万ドルの合計額)が上乗せされたという経緯によって決まったものであり,沖縄返還協定4条3によって米国が自発的支払を行うこととされる本件原状回復費用と,日本に譲渡される米国の資産ではない本件VOA施設のための本件移転費用の両者について,実際には日本が負担することにしたということであるから,「米国から沖縄を金で買い戻す」という印象を日本国内で持たれたくないと考えていた日本政府としては,3億2000万ドルという金額が決まった上記の経緯やその実際の内訳について,これを国民に秘匿する必要があったものと考えられるところ,上記1(3)のとおり,実際にも,日本政府は,本件原状回復費用及び本件VOA施設移転費用の実質的財源を肩代わりしたことを一貫して否定していたことが認められる。 こうした事情に照らすと,かつて外務省においては,これらを直接裏付ける本件各文書1を秘匿する意図が強く働いていたことが窺われるのであって,このことと上記アのとおり外務省における網羅的で徹底した調査にもかかわらず本件各文書1等が発見されなかったことや上記イの本件文書1(1)及び(2)の管理状況に関する原審証人吉野の証言等を考え併せれば,これらの文書は,通常の管理方法とは異なる方法で,通常の場所とは異なる場所に限られた職員しか知らない方法で保管された可能性が高く,また,欠落調査委員会も,その報告書において,情報公開法の施行前には,同法施行への対応作業の中で不用意な文書廃棄により密約関連文書が廃棄された可能 れた職員しか知らない方法で保管された可能性が高く,また,欠落調査委員会も,その報告書において,情報公開法の施行前には,同法施行への対応作業の中で不用意な文書廃棄により密約関連文書が廃棄された可能性がある旨指摘している(乙17)とおり,情報公開法の制定により,情報公開請求に応じて本件各文書1を公開しなければならなくなり,それまでの外務省の説明が事実に反していたことを露呈することを防ぐた- 51 -め,その施行前に,上記のような通常の管理方法とは異なる方法で管理されていた可能性の高い本件文書1(1)及び(2)を秘密裏に廃棄し,ないし外務省の保管から外したという可能性を否定することができない。 以上のとおり,本件各文書1の管理状況については,通常の管理方法とは異なる方法で管理されていた可能性が高く,また,その後に通常とは異なる方法で廃棄等がされた可能性があり,上記2(2)で検討した,過去のある時点において当該行政機関が当該行政文書を保有するに至ったことから,その状態がその後も継続していることを事実上推認するための前提となる,当該行政文書が行政機関の職員が組織的に用いるものとして一定水準以上の管理体制下に置かれたこと自体について,これを認めるには合理的疑いがあるというべきである。 したがって,上記(1)のとおり,昭和46年6月頃,外務省が本件各文書1を行政文書として保有するに至ったことが認められることを前提としても,その後35年が経過した本件処分1の時点において,外務省が本件各文書1を保有していたと推認する前提を欠き,また推認することを妨げる特段の事情があるというべきである。 そうすると,外務省が本件処分1の時点において本件各文書1を保有していたことを認めるには足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はないと 認することを妨げる特段の事情があるというべきである。 そうすると,外務省が本件処分1の時点において本件各文書1を保有していたことを認めるには足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はないというほかはない。 (3) 被控訴人らは,仮に本件各文書1が存在しないとすれば,外務省において人為的,意図的に所在不明とした違法行為が介在したとしか考えられず,かかる違法な先行行為がある場合には,外務省において本件各文書1の合理的かつ十分な探索をしたと控訴人が主張することは,信義則上許されないと主張する。 確かに,上記1(2)で認定したところによれば,本件文書1(1)及び(2)は,交渉が終盤まで難航した本件原状回復費用の問題及び本件VOA施設移転の- 52 -問題について,これらを最終的に決着させるために作成されたものであるから,沖縄返還交渉における難局を打開した経緯又は手法を示す外交関係文書として,第一級の歴史的価値を有するものであり,極めて重要性が高い文書というべきであり,外務省においても,本件文書1(1)及び(2)の取得が問題となる昭和46年当時から現在まで文書の保管及び廃棄に関する規定(「外務省記録及び記録文書保管,保存,廃棄規程」(昭和36年9月1日改正施行のもの。乙3),「外務省主管文書,記録文書管理規程」(昭和55年外務省訓令第6号,その後数次の改正を経ている。乙4))が存在しており,これによれば,本件文書1(1)及び(2)は,日本国が諸外国と締結した一切の条約本書(文書保存廃棄類別基準の第一類文書1(1))又は条約の締結交渉に関する一切の文書(同(2))に該当し,永久保存されるべき文書に当たるものと解される。この点に関し,有識者委員会は,その報告書において,「重要な交渉について,戦前期の記録文書の多くが残され 結交渉に関する一切の文書(同(2))に該当し,永久保存されるべき文書に当たるものと解される。この点に関し,有識者委員会は,その報告書において,「重要な交渉について,戦前期の記録文書の多くが残され,戦後期の文書に欠落が目立つのはなぜか,という疑問が残る。対日交渉の記録を詳細に残しているアメリカと比べて,やはり,記録を作成して保存する,という意識に欠け,組織としての取り組みに欠けていたことは否めない。」と指摘しているところであり,本件文書1(1)及び(2)が,上記(2)ウのような保管状況にあったことには問題があったといわざるを得ない。 しかしながら,本件訴えは,行政文書の不開示決定を取り消し,行政機関が保有する行政情報の公開を求めるものであり,過去における行政庁の公文書管理の責任を直接問うものではないのであるから,被控訴人らの主張は理由がないというべきである。 4 本件各文書1及び2の存否(争点(1)①)-本件各文書2の存否(1) 大蔵省が昭和44年12月頃本件各文書2を保有するに至ったかどうか。 ア上記1(1)オのとおり,柏木とジューリックが,ワシントンD.C.において,それぞれイニシャルを書き込み,昭和44年12月2日頃本件文- 53 -書2(1)の原本を完成させたことが認められる。 上記1(1)で認定した経緯及び本件文書2(1)が沖縄返還交渉における財政経済問題についての日米合意の出発点とも位置付けられる(菅財務大臣の談話・乙13の1)極めて重要なものであったことからすれば,柏木は,本件文書2(1)について,福田大蔵大臣又は大蔵省に対して報告するため,2通の原本を作成し,その1通を日本に持ち帰ったか,あるいは,原本1通を作成し,その写しを取った上でこれを持ち帰ったものと考えられ,大蔵省は, について,福田大蔵大臣又は大蔵省に対して報告するため,2通の原本を作成し,その1通を日本に持ち帰ったか,あるいは,原本1通を作成し,その写しを取った上でこれを持ち帰ったものと考えられ,大蔵省は,そのころ,大蔵省の職員である柏木が職務上作成した文書である本件文書2(1)を保有するに至ったと認めるのが相当である。 イそして,上記1(1)オのとおり,柏木がイニシャルを書き込んで本件文書2(1)を完成させることについては,福田大蔵大臣があらかじめ了承していたことや,上記のとおりの文書の重要性を考慮すると,大蔵省内部及び関係省庁間における情報共有等のため,それに係る報告書及び公電などの文書や翻訳文が,大蔵省の職員によって職務上作成されたと認めるのが相当であるから,本件文書2(2)及び(3)についても,そのころ大蔵省が保有するに至ったものというべきである。 (2) 上記(1)のとおり,大蔵省は,昭和44年12月頃,本件各文書2を保有するに至ったことが認められる。そうすると,特段の事情がない限り,本件各文書2を大蔵省がその後も継続して保有していたと推認することができると一応いうことができる。 これに対し,控訴人は,大蔵省が本件処分2の時点においても当該行政文書を保有していたと推認することを妨げる特段の事情がある,推認の基礎となる事情は揺らいでいると主張する。 アまず,控訴人は,大蔵省における数次にわたる徹底的な探索の結果からして,本件処分2の当時,本件各文書2を保有していたとは認められないと主張する。そこで,検討する。 - 54 -(ア) 上記1(3)エの事実並びに証拠(各末尾に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。 a 本件開示請求2を受けて,財務省大臣官房総合政 - 54 -(ア) 上記1(3)エの事実並びに証拠(各末尾に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。 a 本件開示請求2を受けて,財務省大臣官房総合政策課政策推進室長及び同大臣官房文書課情報公開・個人情報保護室長は,本件各文書2について,本件開示請求2の別紙の体裁や記載内容から,沖縄返還交渉に関する文書であると判断し,平成20年9月9日,沖縄返還交渉に関する事務及びこれと関連性を有する事務を所掌していたと思われるすべての関係部局である大臣官房秘書課,同文書課,同総合政策課,主計局,理財局,国際局及び財務総合政策研究所に対し,本件文書2(1)及びその関連文書,これらを作成又は取得した事実を確認できる文書(本件文書2(2)及び(3)を含む。)並びにこれらを廃棄又は移管した記録の探索依頼を行った。財務省大臣官房総合政策課政策推進室(以下「政策推進室」という。)担当課長補佐は,上記探索依頼に当たり,上記各関係部局の担当者を審議官室に参集させ,依頼文書を交付するとともに,①財務省行政文書情報システムにおける行政文書ファイル管理簿において,「沖縄」をキーワードに,1969年(昭和44年)から1972年(昭和47年)までの間に作成又は取得された行政文書ファイルの有無を検索し,行政文書ファイルの存在が確認された場合には,当該行政文書ファイルに属するすべての行政文書を現物確認すること,②上記システム上では抽出し得なかったとしても,作成又は取得年度にかかわらず「沖縄」の文言を含む行政文書ファイル,又は1969年(昭和44年)から1972年(昭和47年)までの間に作成又は取得された行政文書ファイルについて,実地で確認することを指示した。この探索依頼を受けて,上記各関係部局において探索を行ったものの,いず (昭和44年)から1972年(昭和47年)までの間に作成又は取得された行政文書ファイルについて,実地で確認することを指示した。この探索依頼を受けて,上記各関係部局において探索を行ったものの,いずれの部局においても,本件文書2(1)及びその関連文書,これらを作成又は取得した事実を確認できる文書- 55 -(本件文書2(2)及び(3)を含む。)並びにこれらを廃棄又は移管した記録のいずれの文書も発見には至らなかった。 そこで,財務大臣は,本件各文書2を保有していないとして本件処分2を行った。 (甲14,16,乙2,9)b 政策推進室担当課長補佐は,本件訴訟提起後,原審裁判所から沖縄返還交渉の経過等について説明を求められたことから,平成21年9月,上記aに加えてより広く沖縄返還交渉に関する記録を確認することとし,まず,政策推進室において,行政文書ファイル管理簿上,財務省における行政文書から「沖縄」の文言を含む全行政文書ファイルを抽出し,その上で,1969年(昭和44年)から1972年(昭和47年)までの間に作成又は取得された文書の有無を検索したが,沖縄返還交渉に関する行政文書ファイルの発見には至らなかった。 そこで,平成21年10月14日に,財務省内全部局を対象に,「沖縄返還交渉に関する文書」について調査を行った。同調査依頼に当たっては,すべての行政文書ファイルのうち,作成又は取得年度にかかわらず「沖縄」の文言を含む行政文書ファイル,又は1969年(昭和44年)から1972年(昭和47年)までの間に作成又は取得された行政文書ファイルについて,実地で確認を行うよう指示した。 この探索依頼を受けて,「沖縄」の文言を含む行政文書ファイル,又は1969年(昭和44年)から1972年(昭和47年)までの間に作成され,若しくは取得 ァイルについて,実地で確認を行うよう指示した。 この探索依頼を受けて,「沖縄」の文言を含む行政文書ファイル,又は1969年(昭和44年)から1972年(昭和47年)までの間に作成され,若しくは取得された行政文書ファイルが存在した全部局において沖縄返還交渉に関する行政文書の探索が行われたものの,いずれの部局からも,沖縄返還交渉に関する行政文書又はその廃棄若しくは移管の記録は発見されなかった。 また,財務省では,沖縄返還交渉に関する直接の会談の記録に関与- 56 -したと考えられる財務官室及び大臣官房審議官室の平成13年1月当時の各行政文書担当者からも事情を聴取したが,財務官室の担当者は記憶にないとのことであり,大臣官房審議官室の担当者によれば,沖縄返還協定に関する文書と推察される文書としては,沖縄関係法の条文及び決裁がつづられた「沖縄関係法」の行政文書ファイル(平成13年度末に保存期間経過に伴い廃棄された。)以外には一切保存されていなかったとのことであった。同年1月以前に大蔵省の国際協議の窓口となることが多かった国際金融局における同月当時の行政文書担当者からも事情を聴取したが,記憶にないとのことであった。 (乙9,10)c 藤井財務大臣・菅財務大臣の指示を受け,平成21年12月から平成22年2月にかけて,省内全部局を対象に,本件各文書2を含め「沖縄返還交渉に関する行政文書」の再探索を実施するとともに,沖縄返還交渉に関わった当時の大蔵省担当者等からの聴取も行った。まず,探索依頼に当たっては,次のとおり指示した。①「沖縄」「返還」「交渉」等,沖縄返還交渉に関連する行政文書がまとめられていると想定されるあらゆるキーワードを用い検索すること,②検索結果にかかわらず,行政文書保管場所において保管されているすべての行政文 返還」「交渉」等,沖縄返還交渉に関連する行政文書がまとめられていると想定されるあらゆるキーワードを用い検索すること,②検索結果にかかわらず,行政文書保管場所において保管されているすべての行政文書ファイルのうち,沖縄返還交渉に少しでも関連があると想定される行政文書ファイルについては,当該行政文書ファイルに属するすべての行政文書を確認すること,③行政文書保管場所以外の場所で,文書が保管されていると想定される場所(書架が設置されている会議室,書庫と兼用している消耗品倉庫等)を実地で確認すること。この探索依頼を受けて,行政文書が保管されている事務室や書庫のほか,財務官執務室等の幹部室や会議室,消耗品倉庫等において,延べ1000人以上を投入して探索を行うなどしたものの,いずれの部局から- 57 -も,本件各文書2を含め沖縄返還交渉に関する行政文書,その廃棄又は移管の記録は発見されなかった。また,沖縄返還交渉に関わったと思われる当時の審議官及び課長に対して可能な範囲で接触し,当時の事情を聴取したが,本件各文書2について知る者はいなかった。(乙13の2)d 財務省は,原判決が,歴代の事務次官,財務官,財務官室在籍者等に対し,逐一,本件各文書2の取扱いや行方等について聴取することによって,初めて合理的かつ十分な探索をしたと評価することができると指摘したことも踏まえ,平成22年4月23日から同年6月14日にかけて,沖縄返還交渉時の関係者,歴代の事務次官及び財務官からの聴取並びに財務省関係幹部の執務室等の探索を行った。しかし,本件各文書2を始め沖縄返還関連の資料は発見できず,本件各文書2について知る者はいなかった。(乙18の1,2)(イ) 上記(ア)cの調査は,政権交代後,藤井財務大臣及び菅財務大臣からの徹底した調査の を始め沖縄返還関連の資料は発見できず,本件各文書2について知る者はいなかった。(乙18の1,2)(イ) 上記(ア)cの調査は,政権交代後,藤井財務大臣及び菅財務大臣からの徹底した調査の指示を受け,述べ1000人以上を投入し,省内に現存する1400冊以上のファイルを対象に財務省内全部局において探索を行う(乙13の1)という,上記(ア)a,bの調査とは比較にならない,大掛かりな徹底したものである。 そして,財務省は,この調査の結果を,平成22年3月12日,「「沖縄返還に伴う財政負担に係る文書」及びいわゆる「無利子預金」に関する調査結果について」と題する報告書(乙13の2)として公表した。これによれば,本件文書2(1)を「柏木-ジューリック文書」と呼び,「同文書に関連して,米国国立公文書館の公開資料や日本側関係者の記録等から,福田大蔵大臣の了解の下,当時の大蔵省と米国財務省との間で,1969年(昭和44年)秋(9月から12月)に沖縄返還に伴う財政負担に関する会談が行われたことが確認された。」「同文書- 58 -は,その冒頭部分にあるように,「今後の細部に渡る交渉(注:1970年(昭和45年)6月以降に開催)を行う際に両者が従うべき指針(principles)」について,1969年(昭和44年)秋の時点で共有された「理解( understanding)」を取りまとめたものと考えられる。」として,本件文書2(1)の存在や柏木による作成及び日米間の無利子預金の密約の存在を認めている。これを踏まえて,同日,上記1(3)エのとおり,菅財務大臣が談話を発表したものであり,上記の調査の過程で,財務省において本件文各書2の内容を秘匿する意味はなくなっていたことが認められ,このことからすれば,その過程で本件各文書2が発見されて り,菅財務大臣が談話を発表したものであり,上記の調査の過程で,財務省において本件文各書2の内容を秘匿する意味はなくなっていたことが認められ,このことからすれば,その過程で本件各文書2が発見されていたのであれば,むしろこれを公表しようとすることが財務省の対応として自然であり,財務省において,本件各文書2の存在を殊更に秘匿しなければならない理由は見当たらない。 また,その後も,上記(ア)dのとおり,財務省において,原判決の指摘に沿って,本件各文書2を探索したが,発見に至らなかったものである。 (ウ) 以上のとおり,財務省の本件各文書2の調査は,網羅的で徹底したものであり,その調査の過程において,本件各文書2の存在を秘匿すべき理由がなくなっていたことは上記判示のとおりであるから,その信用性は高いというべきである。 イ本件各文書2については,財務省が行った存命する歴代事務次官や財務官に対する聴取の結果でも,本件各文書2を見たことがある者はいなかったとされている。また,上記ア(ア)c,dのとおり,財務省の調査は,通常存在すべき場所について網羅的に徹底して行われたものであるところ,本件各文書2はもちろんのこと,その保管・廃棄等文書管理に関連する類のものが何ら発見されていない。 本件文書2(1)は,上記1(1)オのとおり,沖縄返還における財政経済問- 59 -題に関して後に行う詳細の折衝において日米両国が従うべき原則についての共通認識の概要を示したもので,①日本が米国に買取資産の対価として1億7500万ドルを5年間の均等年賦払いにより現金で支払うこと,②日本が米国に移転費等関連費用2億ドル相当の物品及び役務を提供すること,③日本銀行が通貨交換によって取得したドルの実際額又は6000万ドルのいずれ ルを5年間の均等年賦払いにより現金で支払うこと,②日本が米国に移転費等関連費用2億ドル相当の物品及び役務を提供すること,③日本銀行が通貨交換によって取得したドルの実際額又は6000万ドルのいずれか多い方の金額を米国の連邦準備銀行に25年間無利子で預金すること,④日本が社会保障費用として3000万ドルを負担することと要約される内容を含むものであり,日本が,佐藤・ニクソン共同声明の直後である昭和44年12月2日の時点で既に財政経済問題に関する交渉をほぼ終了させた上で,沖縄返還協定7条によって米国に支払う3億2000万ドルを上回る財政負担を国民に知らせないままに行うことを米国との間で前もって合意していたこと(密約)を示すものであるから,日本政府としては,その存在及び内容を秘匿する必要があったものと考えられるところ,上記1(3)ウのとおり,実際にも,日本政府は,「沖縄返還協定がすべてであり,それ以上の密約は存在しない。」との立場を堅持し,無利子預金の合意等の日米の財政取決めによる米国側の利益が沖縄返還協定の定める3億2000万ドルを超えることを一貫して否定していたことが認められる。 こうした事情に照らすと,かつて財務省においては,これを直接裏付ける本件各文書2を秘匿する意図が強く働いていたことが窺われるのであって,このことと上記のとおり財務省における網羅的で徹底した調査にもかかわらず,本件各文書2等は発見されなかったことを考え併せれば,本件各文書2については,通常の管理方法とは異なる方法で,通常の場所とは異なる場所に限られた職員しか知らない方法で保管された可能性が高く,また,情報公開法の制定により,情報公開請求に応じて本件各文書2を公開しなければならなくなり,無利子預金の合意等の日米の財政取決めによ- 60 -る米国側の利 らない方法で保管された可能性が高く,また,情報公開法の制定により,情報公開請求に応じて本件各文書2を公開しなければならなくなり,無利子預金の合意等の日米の財政取決めによ- 60 -る米国側の利益が沖縄返還協定の定める3億2000万ドルを超えることが明るみに出ることを防ぐため,その施行前に,上記のような通常の管理方法とは異なる方法で管理されていた可能性の高い本件各文書2を秘密裏に廃棄し,ないし財務省の保管から外したという可能性を否定することができない。 ウ以上のとおり,本件各文書2の管理状況については,通常の管理方法とは異なる方法で管理されていた可能性が高く,また,その後に通常とは異なる方法で廃棄等がされた可能性があり,上記2(2)で検討した,過去のある時点において当該行政機関が当該行政文書を保有するに至ったことから,その状態がその後も継続していることを事実上推認するための前提となる,当該行政文書が行政機関の職員が組織的に用いるものとして一定水準以上の管理体制下に置かれたこと自体について,これを認めるには合理的疑いがあるというべきである。 したがって,上記(1)のとおり,昭和44年12月頃,財務省が本件各文書2を行政文書として保有するに至ったことが認められることを前提としても,その後37年が経過した本件処分2の時点において,財務省が本件各文書2を保有していたと推認する前提を欠き,また推認することを妨げる特段の事情があるというべきである。 そうすると,財務省が本件処分2の時点において本件各文書2を保有していたことを認めるには足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はないというほかはない。 (3) 被控訴人らは,仮に本件各文書2が存在しないとすれば,財務省において人為的,意図的に所在不明とした違法行為 ことを認めるには足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はないというほかはない。 (3) 被控訴人らは,仮に本件各文書2が存在しないとすれば,財務省において人為的,意図的に所在不明とした違法行為が介在したとしか考えられず,かかる違法な先行行為がある場合には,財務省において本件各文書2の合理的かつ十分な探索をしたと控訴人が主張することは,信義則上許されないと主張する。 - 61 -確かに,上記1(1)オ,カで認定したところによれば,本件文書2(1)が作成された後の日米間の財政経済問題をめぐる交渉は,本件文書2(1)に示された原則に従い,基本的にはその範囲内で進められたのであり,交渉の終盤で上乗せされた2000万ドルを除けば,日本の財政負担の大枠は本件文書2(1)において決まっていたということができるから,本件文書2(1)は,我が国の財政負担の上限を画するという経済的な面からも重要であり,第一級の歴史的価値を有するのみならず,巨額の無利子預金の密約を直接裏付ける資料として,外貨準備の運用の面からも極めて重要な文書である。したがって,本件文書2(1)は,昭和44年当時の「大蔵省文書管理規程」(昭和27年大蔵省訓令特第1号。乙5の1)及び「大蔵省文書保存類別基準表」(乙5の2)によれば,「国際条約,国際協定又は国際会議に関する文書」(同表の第一類文書1(2))に該当し,永久保存されるべき文書に当たり,平成13年1月6日から施行の「財務省行政文書管理規則」(平成13年財務省訓令第1号。乙6)によってもこれに準じた扱いがなされるべきものであったと解される。また,平成22年3月12日の菅財務大臣の談話においても,「文書の保存管理において歴史的資料を残すという観点が希薄であり,重要な歴史事実の検証が困難になっていることなど,組織として あったと解される。また,平成22年3月12日の菅財務大臣の談話においても,「文書の保存管理において歴史的資料を残すという観点が希薄であり,重要な歴史事実の検証が困難になっていることなど,組織としての事務運営の在り方の問題点が判明した。こういった点については率直に反省しなくてはならない。」との指摘がなされているところである。本件各文書2が,上記(2)イのような保管状況にあったことには問題があったといわざるを得ない。 しかし,本件訴えは,行政文書の不開示決定を取り消し,行政機関が保有する行政情報の公開を求めるものであり,過去における行政庁の公文書管理の責任を直接問うものではないのであるから,被控訴人らの主張は理由がないものというべきである。 5 本件各文書1及び2が外務省等により作成・取得されたもののそれが現に存- 62 -在しない場合,外務大臣等が行政文書の情報開示の一態様として,米国国立公文書館で公開されている本件文書1(1),(2)及び本件文書2(1)と同一の文書の写しを入手し,説明文及び日本文の翻訳を付して被控訴人らに開示する義務があるか否か(争点(1)②)被控訴人らは,本件各文書1及び2が外務省等により作成・取得されたもののそれが現に存在しない場合でも, 被控訴人らは,情報公開法を超えたより高き法である憲法の知る権利に基づき,米国国立公文書館で公開されている本件文書1(1),(2)及び本件文書2(1)と同一の文書の写しを入手し,説明文及び日本文の翻訳を付して被控訴人らに開示を受ける権利を有するというべきであり,控訴人は,本件開示請求に対しこれに応じる義務がある旨主張する。 しかし,憲法上の知る権利が,知ることを妨げられない自由権としての性格を有することには異論がないものの,さらに,積極的に行 控訴人は,本件開示請求に対しこれに応じる義務がある旨主張する。 しかし,憲法上の知る権利が,知ることを妨げられない自由権としての性格を有することには異論がないものの,さらに,積極的に行政機関の長に対して情報の開示を求めることができる権利であるとまでいえるかについては論議があるところであり,これを積極に解するとしても,知る権利はそれ自体抽象的な権利にすぎず,行政情報に対する国民の公開請求権については,実定法の根拠が必要であり,いかなる限度で,どのような要件の下で付与するかについては,立法政策の問題であり,具体的な情報公開請求権の内容,範囲等は,情報公開法の定めるところによるというべきである。 そこで,現行の情報公開法を見るに,同法に基づく開示の対象となる行政文書に関し,同法2条2項柱書きでは,「この法律において「行政文書」とは」「当該行政機関が保有しているものをいう。」と定めており,情報公開法は,他の機関,まして他国の機関が保管している文書を開示請求の対象としたり,開示決定の対象とはしていない。また,情報公開法上,開示請求者に,行政機関の保有する情報を処理・加工して提供させる請求権や開示請求時点において保有していない行政文書を作成したり,代用品を入手したりして開示させる請求権を認める定めはない。被控訴人らの主張するところは,立法論をいうもの- 63 -に過ぎず,およそ法解釈論として採用することはできない。 6 本件処分1の理由付記の適否(争点(1)③))被控訴人らは,本件処分1の通知書における「当省は該当する文書を保有していないため,不開示(不存在)としました。」との記載だけでは,外務省が本件各文書1を物理的に保有していないのか,又は解釈上開示義務を負う文書を保有していないのかが不分明であり,本件各文書 を保有していないため,不開示(不存在)としました。」との記載だけでは,外務省が本件各文書1を物理的に保有していないのか,又は解釈上開示義務を負う文書を保有していないのかが不分明であり,本件各文書1がいかなる理由で存在しないのか全く明らかでないとして,行政手続法8条が求める理由付記を適切におこなっていない違法が存すると主張する。 しかし,前記第2の2前提となる事実(2)イ,ウのとおり,本件開示請求1に係る行政文書開示請求書には,本件文書1(1)及び(2)を特定するため,米国国立公文書館で公開されている文書の写しが添付され,開示請求の対象文書を極めて明確に特定しており,本件文書1(3),(4)の文書を特定する文言も明確であるから,本件処分1の通知書に上記のような記載をすれば,その趣旨は,探索をしたが開示対象文書を発見できなかったということであることは明らかであり,また,開示対象文書は作成されたとされる時点から40年近く経過している文書であり,本件開示請求1の時点で過去の一時点における作成や取得の有無を把握した上存在しない理由を記載することを求めるのはおよそ難きを強いることであるから,本件処分1の通知書には一応開示できない理由は示されているものというべきであり,このような理由付記をしたことに違法はない。 7 以上のとおり,外務省が本件各文書1を保有していると認めるに足りる証拠はなく,また,本件処分1に理由付記の違法はないから,本件開示請求1に対して対象文書を保有していないことを理由としてされた本件処分1は適法である。さらに,財務省が本件各文書2を保有していると認めるに足りる証拠はないから,本件開示請求2に対して対象文書を保有していないことを理由としてされた本件処分2は適法である。 第5 本件各義務付けを求める訴えの適法性及びそ 各文書2を保有していると認めるに足りる証拠はないから,本件開示請求2に対して対象文書を保有していないことを理由としてされた本件処分2は適法である。 第5 本件各義務付けを求める訴えの適法性及びその請求の当否(争点(2))及び- 64 -国家賠償請求の当否及び損害額(争点(3))について 1 本件各義務付けを求める訴えの適法性及びその請求の当否(争点(2))本件各義務付けを求める訴えは,行政庁に対し本件各文書1及び2を開示する旨の処分を求める旨の情報公開法に基づく開示請求がされた場合において,当該行政庁がその開示をすべきにもかかわらずこれがされないとして,その開示処分をすべき旨を命ずることを求める訴訟である(行訴法3条6項2号)ところ,かかる申請型義務付けの訴えは,行訴法37条の3第1項に定める要件のいずれかに該当するときに限り,提起することができるものである。 しかるに,上記のとおり,被控訴人らがした本件各文書1及び2の開示を求める請求に対しては,本件各処分がされ,かつ,本件各処分はいずれも適法であって,取り消されるべきものに当たらないから,本件各義務付けを求める訴えは,いずれも行訴法37条の3第1項の要件のいずれにも該当せず,不適法というべきである。 2 国家賠償請求の適否及び損害額(争点(3))被控訴人らの本件国家賠償請求は本件各処分が違法であることを前提とするものであるところ,本件各処分が適法であることは前記第4に説示したとおりであるから,本件国家賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。 第6 結論以上のとおりであるから,被控訴人らの本件訴えのうち,外務大臣が被控訴人らに対して本判決別紙行政文書目録1記載の各行政文書の開示決定をすべき旨を命ずることを求め 理由がない。 第6 結論以上のとおりであるから,被控訴人らの本件訴えのうち,外務大臣が被控訴人らに対して本判決別紙行政文書目録1記載の各行政文書の開示決定をすべき旨を命ずることを求める訴え及び財務大臣が被控訴人らに対して本判決別紙行政文書目録2記載の各行政文書の開示決定をすべき旨を命ずることを求める訴えは不適法であるから,いずれも却下すべきであり,被控訴人らのその請求は理由がないから,いずれも棄却すべきである。よって,上記と異なる原判決は相当でないから,これを取り消し,主文のとおり判決する。 - 65 - 東京高等裁判所第19民事部 裁判長裁判官青栁馨 裁判官生島弘康 裁判官小林敬子は転任につき署名捺印することができない。 裁判長裁判官青栁馨- 66 -(別紙1)行政文書目録1 (1) 「CONFIDENTIALSUMMATIONOFDISCUSSIONOfArticle Ⅳ,Para 3」と題する SNEIDER と YOSHINO 間の会話を記録した1971年6月12日付け文書(2) 「SECRETMemo」と題する1971年6月11日付け文書(3) 上記(1)及び(2)の各文書について報告,記録又は引用した報告書及び公電などの文書(4) 上記(1)及び(2)の各文書に関する翻訳文- 67 -(別紙2)行政文書目録2 (1) 「SECRETMemoNotedbyD.M.K.」と題する1969年12月2日付け文書(2) 上記(1)の文書につ -(別紙2)行政文書目録2 (1) 「SECRETMemoNotedbyD.M.K.」と題する1969年12月2日付け文書(2) 上記(1)の文書について報告,記録又は引用した報告書及び公電などの文書(3) 上記(1)の文書に関する翻訳文

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