平成21年6月18日判決言渡平成17年(ワ)第114号損害賠償請求事件主文 被告は,原告に対し,7866万9609円及びこれに対する平成15年11月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 原告のその余の請求を棄却する。 訴訟費用はこれを2分し,その1を原告の,その余を被告の負担とする。 事実 及び理由第1請求 被告は,原告に対し,1億5208万8038円及びこれに対する平成15年11月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 訴訟費用は被告の負担とする。 第2事案の概要本件は,原告が,動悸及び呼吸困難を感じて,被告が開設し経営管理するA病院(なお,現在は,「B医療センター」に改称。)を受診したところ,不整脈である心房細動と診断されて入院し,脈拍を正常に戻すための電気的除細動という治療を受け(以下「本件除細動」という。),同治療実施の4日後に退院したところ,その翌日,脳梗塞で倒れ(以下「本件脳梗塞」という。),再びA病院に入院したが,結局,右半身不随,言語障害等の後遺障害が生じたとして,A病院の医師の手術の選択又は術後管理の過失により損害が生じた旨主張して,被告に対し,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償及びこれに対する本件除細動実施の日である平成15年11月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。 前提事実等(争いのない事実のほかは,各項に掲記の各証拠により認める。)(1)当事者 ア原告は,昭和24年8月17日生まれの男性(本件除細動当時54歳,身長177センチメートル,体重73キログラム)である。(乙A1・3頁)イ被告は,岐阜市ab丁目c番d号においてA病院を開設し経営管理する地方自治体である。 (2) 男性(本件除細動当時54歳,身長177センチメートル,体重73キログラム)である。(乙A1・3頁)イ被告は,岐阜市ab丁目c番d号においてA病院を開設し経営管理する地方自治体である。 (2)A病院受診の経緯原告は,平成15年10月23日,動悸及び呼吸困難を感じたため,羽島市内のC内科を受診し,数種類の薬剤を処方された。 (3)原告のA病院への入院及び施術ア原告は,C内科で処方された薬剤を服用したものの症状が改善しないため,同月29日,A病院を受診したところ,心房細動と診断され,同日A病院に入院し,同日より抗凝固薬ヘパリンが,また翌30日より抗凝固薬ワーファリン等が投与された。 A病院での原告の主治医はD医師であった。(乙A1・3頁)イD医師は,同年11月4日,原告に対し,電気的除細動を受けることを勧め,原告は,同月5日同意した。 ウ原告は,同月7日に電気的除細動の術前検査として経食道心エコー(エコーを受診する探触子を食道の中に入れ,心臓のすぐ近くから超音波を発射し,これを受診して行う検査)を受けたところ,「左房内に明らかな血栓は認めませんが,血栓はできやすいと思われます」とのコメントがなされ,画像上モヤモヤエコー(血流のうっ滞によってみえる渦巻き状の煙が漂うようなエコー,甲B8)が描出された。 エ原告は,同日,D医師より電気的除細動の施術を受け(本件除細動),一度は,心臓が規則正しく拍動する正常洞調律に戻り,その後,心房性期外収縮が頻発するなど不整脈が出現していたが,同月10日,原告はA病院を退院した。 (4)原告の本件脳梗塞発症状況ア原告は,A病院退院の翌日である同月11日の午後7時30分頃,自宅において上体を起こそうとしたところ,右上肢が麻痺し立ち上がることができず,原告の妻であるEの呼びかけに対して反 件脳梗塞発症状況ア原告は,A病院退院の翌日である同月11日の午後7時30分頃,自宅において上体を起こそうとしたところ,右上肢が麻痺し立ち上がることができず,原告の妻であるEの呼びかけに対して反応しなかったため,妻Eが救急車の出動要請をした。 イ原告は,同日午後9時10分頃,救急車でA病院に搬送され,入院した。 被告病院では,被告病院の医師であるF医師により,脳梗塞の疑いがあり,右半身不全麻痺,失語と診断されたが,血栓溶解療法は施行されなかった。 ウ本件脳梗塞は,左中大脳動脈領域の広範囲脳梗塞であり,原告は,右不全麻痺と言語障害を発症していた。(乙A1・117頁)(5)原告の後遺症原告は,同月25日にリハビリを開始し,同年12月12日にG病院に転院し,その後,Hリハビリテーションセンター,I病院の入院を経て,平成16年12月27日に自宅に戻ってきた。 原告は,平成15年11月25日にリハビリを開始して以降,リハビリ治療を継続しているが,現在も右半身不随,言語障害等の後遺障害が残存している。(甲A1,乙A1・104頁)(6)その余の診療経過の概略は,別紙「診療経過一覧表」記載のとおりである。 (同表の「診療経過」「投薬」の各欄の記載の事実は,「原告の認否」欄においてこれらに反する事実が記載されたものを除き,当事者間に争いがないか,「証拠(乙A1)」の各欄に記載された証拠により容易に認められる。 当事者間に争いのある事実は「診療経過」の各欄においてゴシック体で示した。なお,「証拠(乙A1)」の各欄に記載されたページ数は,特段の記載のない限り,乙A1の該当ページを指す。) 本件で前提となる医学的知見(争いのない知見の他は各項に掲記の証拠により認められる。) (1)心房細動(甲B1・346頁,乙B1,5・53頁)心房細動は,心 ,乙A1の該当ページを指す。) 本件で前提となる医学的知見(争いのない知見の他は各項に掲記の証拠により認められる。) (1)心房細動(甲B1・346頁,乙B1,5・53頁)心房細動は,心房全体が細かく震え,心房のまとまった収縮と弛緩がなくなる不整脈であり,不整脈の中で,期外収縮(本来の予想される洞収縮の時期よりも早期に出現する心臓の刺激興奮)を除けば最も遭遇することが多く,加齢とともに増加する。脳梗塞(脳塞栓症)や心筋梗塞の原因となりやすい。 その発現形態の変化に伴って対処法が変化することが特徴である。一過性心房細動であれば,その誘因となった飲酒,不眠,病労,ストレスを避けることによって,心房細動の再発を防ぐことができる。しかし,心房細動を繰り返すような発作性心房細動や,自然には洞調律(心電図上正常なリズムの脈拍のこと)に戻らないが除細動可能な持続性心房細動では,早期の除細動と心房細動予防が必要となる。 (2)心房細動の治療方法ア心房細動の治療の選択肢(甲B6・120頁)心房細動の治療は,リズムコントロール(除細動により洞調律に戻し維持する方法)及び再発予防とレートコントロール(心房細動のまま心拍数のみを整える方法)とに大別される。リズムコントロールには,薬物的除細動と電気的除細動がある。 イレートコントロールか,リズムコントロールか(甲B12・968頁・969頁)日本循環器学会が平成13年に策定したガイドライン(甲B12,以下「平成13年ガイドライン」という。)によれば,心房細動が持続している症例のうち,心拍数が毎分100以上の場合で緊急性がない場合には,まず,薬物によるレートコントロールを行い,心拍数が毎分99以下に低下した段階で,除細動を行うか検討するとされている。 もっとも,同ガイドラインでは,ショック(血圧 以上の場合で緊急性がない場合には,まず,薬物によるレートコントロールを行い,心拍数が毎分99以下に低下した段階で,除細動を行うか検討するとされている。 もっとも,同ガイドラインでは,ショック(血圧が80㎜Hg以下),肺水腫の合併など緊急を要する場合は電気的除細動を行うこととし,この場 合,可能な限りヘパリン投与の上で行うのが望まれるとされている。 (3)電気的除細動の適応基準平成13年ガイドラインには,心房細動が合併する種々の基礎疾患に応じて電気的除細動の適応基準が示されているが,本件で問題となる,ア発作性心房細動共通の基準,イ拡張型心筋症(心筋細胞の変性間質の線維化により左室の拡大及び収縮能の低下を主徴とする疾患)患者に対する基準,ウ重症心不全患者等に対する適応の基準を示すと次のとおりである。(なお,本件では,緊急的除細動の適応はなく,亜緊急的除細動又は選択的除細動若しくは重症心不全における除細動の適応が主に問題となる。)なお,電気的除細動の手順としては,いずれにおいてもヘパリン静注(70~150IU/㎏)後に行い,電気的除細動後,血栓塞栓症発生の予防のため,一定期間の経口抗凝固療法を行うことが推奨されている。 ア発作性心房細動における電気的除細動(甲B12・969頁・970頁)(ア)緊急的除細動基礎疾患のいかんに関わらず,心拍数が100拍/分以上の発作性心房細動例であって,かつ血圧低下,急性左心不全,狭心痛の合併など血行動態(心臓の収縮による血液の循環状態のこと。心臓の収縮は循環系にエネルギーを加え,血液に末梢循環系に灌流するための運動を与える。血行動態は,右房圧,右室圧,左室圧,心拍出量等心筋収縮力を解析して判断される。)の著しい悪化がある場合,電気的除細動の適応がある。 (イ)亜緊急的除細動心拍数が100拍/分 ための運動を与える。血行動態は,右房圧,右室圧,左室圧,心拍出量等心筋収縮力を解析して判断される。)の著しい悪化がある場合,電気的除細動の適応がある。 (イ)亜緊急的除細動心拍数が100拍/分以下,あるいは血行動態が比較的保たれている発症48時間以内の発作性心房細動例,あるいは発症後48時間を超えていても経食道心エコー法により左房,特に左心耳内血栓を認めない例で,除細動によって自覚症状や血行動態の改善が期待される場合,電気的除細動の適応が ある。 イ拡張型心筋症の患者に対する電気的除細動の適応の判断基準(甲B12・940頁ないし942頁)(ア)緊急的除細動拡張型心筋症の患者が,頻脈性心房細動により,肺うっ血(呼吸困難と低酸素血症を伴う。)をきたしたり,血行動態が悪化(血圧80mmHg以下)した場合には,緊急電気的除細動をする。 (イ)選択的除細動血行動態的に許されると判断される場合,薬物(ジギタリス等)によるレートコントロールを行い,心不全を管理した上で,除細動の適応を検討する。薬剤による治療を実施しても無効な例では,電気的除細動の適応がある。ただし,心房細動が1年以上持続,左房径50mm以上の例では,心房細動再発の可能性が高いため,除細動の適応がない。 ウ中等症から重症心不全の患者に対する電気的除細動の適応の判断基準平成13年ガイドラインでは,中等症から重症心不全の患者に対しては,心房細動が持続していれば,(血栓塞栓症の危険が少ない時点で)電気的除細動を行うのが望ましいとされている。(甲B12・946)エなお,日本循環器学会が平成16年に策定したガイドライン(以下「平成16年ガイドライン」という。)によれば,心機能が中等度以上低下した例において早期に停止を求める場合,あるいは長期間持続する心房細動を停止に導きた 学会が平成16年に策定したガイドライン(以下「平成16年ガイドライン」という。)によれば,心機能が中等度以上低下した例において早期に停止を求める場合,あるいは長期間持続する心房細動を停止に導きたいときには,電気的除細動を第1選択とすることが推奨されている。(乙B1・2頁・3頁)(4)塞栓症の予防アヘパリン(注射薬)やワーファリン(経口薬)による抗凝固療法は心房細動の塞栓症を予防することが確認されているが,抗凝固の程度が緩ければ塞栓症の予防が不十分となり,強すぎれば脳出血などの重大な問題を引 き起こす。 イ塞栓症の予防の推奨レベル(甲B2・165頁,3・153頁・証人D17頁)塞栓症の予防について,欧米のガイドラインでは,除細動に先立つ3週間と除細動後の4週間にわたり至適レベル(INR2~3)の抗凝固療法を行うことが推奨されている。わが国においては,INR2程度を目標とすることが現実的であるとされている。 なお,INR(internationalnormalizedratio,国際標準比)とは,血液凝固検査の数値であり,従来,ワーファリンによる抗凝固の強度はプロトロピン時間(PT,凝固時間)やトロンボテスト(TT,凝固検査試薬)が用いられてきたが,生物試薬を用いるために,測定結果にばらつきが大きく,互いに比較することに問題があったため導入されたのが,INRであり,以下の計算式で求められる。 ISIINR=[患者のPT(秒)/正常例のPT(秒)](ISIは,PT試薬ごとに設定された国際感受性指標(InternationalSensitivityIndex)で,1.0~1.4が多い。)INR値が高いほど血がさらさらで出血しやすくなり,低いほど血が固まって塞栓症のリスクが高くなる。 ウ平成13年ガイドラインの基準(甲 ensitivityIndex)で,1.0~1.4が多い。)INR値が高いほど血がさらさらで出血しやすくなり,低いほど血が固まって塞栓症のリスクが高くなる。 ウ平成13年ガイドラインの基準(甲B2・164頁,12・970頁,乙B5・40頁)心拍数が毎分99以下の発作性心房細動及び慢性心房細動の場合,心房細動が発症後48時間以内であれば,心房内血栓が形成が形成される可能性が低いとの報告から,ヘパリン投与下で除細動を行う。 心房細動が48時間を超える場合には,経食道心エコーにて左房内血栓の有無を確認し,無ければヘパリンのみで除細動を行い,血栓が確認できた,又は経食道エコーができない場合であればワーファリンコントロール されてから3週間以後に除細動を行う。 エ除細動後の塞栓症の危険(甲B2・164頁・165頁,3・152頁,鑑定書6頁)薬物的除細動と電気的除細動の方法にかかわらず,除細動後,洞調率に戻った後に一過性の機械的機能不全(心房の収縮性の低下)が生じ(その頻度は38~80パーセント),この時期に心房内に血栓が形成され,機械的興奮が回復してから血栓が剥がれてとんで塞栓症の原因となる。そのため,除細動後に抗凝固療法を継続する必要がある。 (5)脳梗塞の治療(甲B4・221頁)脳梗塞の治療では,脳梗塞の発症機序,臨床病型及び病期を考慮して治療方針を立てることが重要である。血管閉塞の機序は,血栓性,塞栓性,血行動態性に区別される。血行動態性とは,脳灌流圧(血圧)の急激な低下により潜在性狭窄血管の潅流領域や境界領域に脳梗塞が生ずるものである。臨床病型は,アテローム血栓性梗塞(アテロームに起因する血栓,塞栓),ラクナ梗塞(細動脈硬化による小梗塞)と心原性脳塞栓に分類される。 具体的な治療法としては,血栓溶解療法,抗凝固療法,抗血小板 る。臨床病型は,アテローム血栓性梗塞(アテロームに起因する血栓,塞栓),ラクナ梗塞(細動脈硬化による小梗塞)と心原性脳塞栓に分類される。 具体的な治療法としては,血栓溶解療法,抗凝固療法,抗血小板療法等がある。 争点 争点1適応がないにもかかわらず,電気的除細動を実施した過失の有無(過失①)争点2脳梗塞の発症する危険性が高い状態で電気的除細動を実施した過失の有無(過失②)なお,争点1と2は,共通する問題を含むが,争点1は原告に対する治療法として電気的除細動を選択した適応基準との関係での過失を問題とし,争点2は電気除細動をするにあたり,抗凝固が不十分であった過失を問題とするものである。 争点3除細動後の抗凝固療法が不適切であった過失の有無(過失③)争点4脳梗塞の治療(血栓溶解療法)を怠った過失の有無(過失④)争点5適応がない又は脳梗塞の発症する危険性が高いにもかかわらず,電気的除細動を実施した過失(過失①又は過失②)と脳梗塞発症との因果関係争点6抗凝固療法が不十分だった過失(過失③)と脳梗塞発症との因果関係争点7原告の損害 争点に関する当事者の主張(1)争点1(適応がないにも関わらず,電気的除細動を実施した過失の有無)(原告の主張)ア注意義務の内容及びその違反A病院医師には,電気的除細動の適応がない場合,これを差し控える注意義務がある。しかるに,A病院医師は,以下のとおり,原告には適応がないにもかかわらず,電気的除細動を強行した注意義務違反がある。 イ電気的除細動の適応の有無原告は,本件除細動当時,拡張型心筋症であったのであるから,原告に対する電気的除細動の適応の有無は,2(3)イの基準(平成13年ガイドラインの拡張型心筋症の患者に対する電気的除細動の判断基準)によるべきであるところ,以下の 張型心筋症であったのであるから,原告に対する電気的除細動の適応の有無は,2(3)イの基準(平成13年ガイドラインの拡張型心筋症の患者に対する電気的除細動の判断基準)によるべきであるところ,以下のとおり,同基準には該当せず,原告には電気的除細動の適応がなかった。 (ア)緊急的電気的除細について原告には,電気的除細動実施前の段階で,呼吸困難や低酸素血症を伴う肺うっ血は存在せず,血圧は123/83で,血行動態的にも問題が無く,薬理学的除細動が行われる場合であった。 (イ)選択的除細動について 原告の左房径は10月29日には53mm,11月5日には50mmであり,電気的除細動の成功率が低く,再発のリスクが高かった。また,本件では,薬理学的除細動が行われていないので,薬理学的除細動が無効か否かも不明である。 よって,選択的除細動の適応はなかった。 ウ本件除細動当時,除細動当時心機能の改善を図る緊急の必要がなかったこと。 被告は,電気的除細動実施時,重症心不全であり,心機能の改善を図る必要があった旨主張するが,同主張は,以下のとおり,失当である。 (ア)心不全の治療方法について心不全の治療は,A病院でも実施されていたように,利尿剤投与等の治療が主体となるものであって,原告の心不全を改善するために電気的除細動を施行したとの被告の反論は失当である。 また,致死的な不整脈に移行する危険がある場合というのは,心室頻拍が頻発する場合であり,原告のように無症候性の心室性期外収縮や非持続性心室頻拍は積極的に治療せずに経過観察されることが多く,心室頻拍が認められるからといって緊急に除細動する理由とならない。 (イ)原告の心不全の重症度について原告は,10月29日の胸部レントゲン写真上,肺うっ血が認められ,うっ血性心不全の状態であったが,これに対す られるからといって緊急に除細動する理由とならない。 (イ)原告の心不全の重症度について原告は,10月29日の胸部レントゲン写真上,肺うっ血が認められ,うっ血性心不全の状態であったが,これに対する治療として,利尿剤,カテコラミン製剤の投与が開始され,同月31日の胸部レントゲン写真ではうっ血が軽快し,同日利尿剤投与が中止され,翌11月1日にはカテコラミン製剤投与も中止されていることから,原告の心不全は除細動前に改善しており,重症心不全であったとはいえない。 また,心不全の重症度について,NewYorkHeartAssociation(NYHA)の分類が広く用いられるが,原告はNYHA分類のⅡ度に該当するにす ぎず,Killipの分類でもⅡ度に該当するもので,原告の心不全が重症であったとはいえない。 (被告の主張)適応の有無発作性心房細動にあっては,拡張型心筋症であったとしても,拡張型心筋症及び発作性心房細動の基準のみならず,患者の心機能その他の状態,電気的除細動施行の必要性を総合的に判断して決定されるべきものである。 平成16年ガイドラインにおいて,心機能が中等度以上低下した例において早期に停止を求める場合,あるいは長期間持続する心房細動を停止に導きたいときは,電気的除細動を第一選択とするとされている。 原告の症例には,以下のとおり,電気的除細動の適応があり,電気的除細動を実施したことは医学的に妥当性を著しく欠くと評価されるような過誤はない。 ア原告の場合は,心房細動が1年以上持続する慢性心房細動ではなく,平成15年10月25日に発症した発作性心房細動である。 イ原告の場合は,以下のとおり,高度に左室機能が低下した重症心不全の症例であって,すみやかに洞調律を回復させ,心機能を改善させることが強く必要とされる事例であった。 発症した発作性心房細動である。 イ原告の場合は,以下のとおり,高度に左室機能が低下した重症心不全の症例であって,すみやかに洞調律を回復させ,心機能を改善させることが強く必要とされる事例であった。 (ア)心不全の重症度は,症状や胸部エックス線検査所見,血行動態の解析から多角的総合的に判断されるものであり,左室駆出率(左心室駆出分画率。 左心室の収縮率の良し悪しを判定する指標であり,臨床では,55パーセント以上が正常とされ,30パーセント以下は重症心不全とされている。)や左室拡張末期径(同様の指標であり,臨床では55ミリメートル以下が正常とされている。)も判断資料とされる。 (イ)原告は,平成15年10月25日ころより呼吸困難,動悸を自覚し,同月29日呼吸困難を訴えてA病院を受診し,胸部レントゲン写真結果からも 著明な肺うっ血が認められた。心エコー検査で左室駆出率24パーセントと心機能が高度に低下,心嚢液貯留も認め重症心不全と診断された。心不全の誘因は頻脈性心房細動と考えられた。 同年11月4日の胸部レントゲン写真では肺うっ血は改善していたものの,心胸比58パーセントと以前拡大を認めた。同月5日の経胸壁心エコーでも左室駆出率21パーセント,左室拡張末期径64ミリメートルと依然低心機能だった。 (ウ)原告の心不全の重症度について,NYHA分類によっても,原告は身体活動が著しく制限されるというNYHAⅢ度に該当する。 (エ)以上のとおり,心エコー検査による左室駆出率等,自覚症状及びレントゲン写真の各観点から総合して,原告が,重症心不全であると判断した。 以上のような重症心不全の状況下で除細動をしなければ,心不全がさらに悪化すること,塞栓性合併症(脳梗塞,心筋梗塞,腎梗塞など)の起こる確率が高まること,しばしば危険な心室頻拍も認められ, 判断した。 以上のような重症心不全の状況下で除細動をしなければ,心不全がさらに悪化すること,塞栓性合併症(脳梗塞,心筋梗塞,腎梗塞など)の起こる確率が高まること,しばしば危険な心室頻拍も認められ,致死的な不整脈(例えば心室細動)に移行する可能性も高くなること,心機能が低下した状態で抗不整脈約薬ではその薬物の作用によって心機能を更に低下させる危険があることなどが危惧された。 そこで,経過観察などという悠長なことはいっておられず,心機能の回復と致死性不整脈の発生・突然死を回避するため,早期に除細動を施行したものである。 ウ上記イの治療の必要性と再発の可能性を比較した場合,左房径が50ミリメートルという境界値であるということのみで,電気的除細動を回避する理由にならない。 エ薬理学的除細動では,Naチャネル遮断薬を用いるが,この遮断薬には,陰性変力作用(心筋収縮力を低下させる作用のことで,心不全などを引き起こす可能性がある。)や催不整脈作用の副作用の危険性があり,心機能 が中等度以上低下した例では,原則として,同遮断薬は使用せず,電気的除細動を第一選択とすべきである。 (2)争点2(脳梗塞の発症する危険性が高い状態で電気的除細動を実施した過失の有無)(原告の主張)ア注意義務の内容及びその義務違反電気的除細動を施行するにあたっては,除細動により洞調律に戻った後,血栓が形成され,塞栓症を起こす危険性のあることから,医師としては,少なくともINRが2程度になるよう抗凝固療法を行った上で除細動を行うべき注意義務がある。 しかるに,D医師は,同注意義務に違反して,原告に対して電気的除細動を行った過失がある。 イ塞栓症の発症の危険性が高い状態であったことについて原告のINRは,入院後1.15ないし1.14と低値で推移しており,ワーファ 注意義務に違反して,原告に対して電気的除細動を行った過失がある。 イ塞栓症の発症の危険性が高い状態であったことについて原告のINRは,入院後1.15ないし1.14と低値で推移しており,ワーファリンによる十分なコントロールが行われていないことは明らかであり,電気的除細動施行前の原告の状態は塞栓症の発症の危険性が高かった。 ウ亜緊急的除細動の実施の条件を満たしていないこと被告は,INRが2.0を超えていなくても,平成13年ガイドラインの亜緊急的電気的除細動が認められる場合であると主張するが,原告は,電気的除細動が実施された当時,以下のとおり,同ガイドラインの要件(前記医学的知見(3)ア(イ))を充たしていなかった。 (ア)左房,特に左心房内に血栓のないとはいえないこと平成15年11月7日に経食道心エコー検査が行われているが,エコー検査では大きな血栓しか描出されず,明らかな血栓が認められないからといって塞栓症の危険性がないと断定はできない。 しかも,原告の場合,エコー検査からも血栓ができやすいとコメントされ ており,血栓塞栓症,左房内血栓の危険因子であるモヤモヤエコーも認められていた。 よって,左房,特に左心房内に血栓がないとはいえない。 (イ)除細動によって自覚症状や血行動態の改善が期待されないこと本件では,入院後,原告には特に自覚症状はなく,血圧が80mmHgに低下するなどの早期に改善すべき血行動態の悪化も認められていないから,除細動によって自覚症状や血行動態の改善が期待されない。 エ除細動時のヘパリン使用の必要性緊急的除細動においては,まずヘパリン静注が必須であるが,A病院医師は電気的除細動時にヘパリン静注を行わずに除細動を実施し,このため血栓の形成が促進された可能性があり,除細動の手順についても問題があったものである。 ては,まずヘパリン静注が必須であるが,A病院医師は電気的除細動時にヘパリン静注を行わずに除細動を実施し,このため血栓の形成が促進された可能性があり,除細動の手順についても問題があったものである。 被告は,入院後ヘパリン投与を行い,除細動中も投与を継続していると主張するが,ヘパリンに関する医師指示録によれば,電気的除細動を行った11月7日にヘパリンを投与していたとは認められない。 オまとめ以上のとおり,原告は,除細動時,脳梗塞の発症する危険性が高い状態であったし,前記のとおり,除細動を行う必要性もなかったから,A病院医師には,原告に除細動を行うべきでなかったのにこれを怠った注意義務違反がある。 (被告の主張)ア注意義務の内容及びその義務違反一般論として,INRが2程度になるように抗凝固療法を行った上で除細動を行うことが望ましい。 しかし,原告は,前記のとおり,重症心不全であり,INRが上昇するまで待機していたら,その間に原告の心不全が悪化し,致死性不整脈が出現する ことによる生命の危険や脳梗塞が起きる危険があったため,早期に電気的除細動を実施する必要があった。上記危険性と除細動により脳梗塞の起きる可能性とを比較して,後者の方が低率であると考えて除細動を実施した。 そして,INRが2.0を超えていなくても,平成13年ガイドラインのとおり,亜緊急的電気的除細動が認められる場合があり,原告の症例は,以下のとおり,この場合に該当する。 よって,D医師が,電気的除細動を実施したことに過失はない。 イ亜緊急的電気的除細動実施の条件を充たすこと原告は,電気的除細動が実施された当時,平成13年ガイドラインのうち,亜緊急的電気的除細動実施の条件(前記医学的知見(3)ア(イ))を充たしていた。 (ア)左房,左心房内に血栓のないことA病院の医 告は,電気的除細動が実施された当時,平成13年ガイドラインのうち,亜緊急的電気的除細動実施の条件(前記医学的知見(3)ア(イ))を充たしていた。 (ア)左房,左心房内に血栓のないことA病院の医師は,電気的除細動を施行する当日に血栓を抽出する現在最も優れた検査であるとされている経食道心エコー検査によって左心房内に血栓のないことを確認している。 (イ)除細動によって自覚症状や血行動態の改善が期待されることa前記(1)(被告の主張)イのとおり,原告の場合は,高度に左室機能が低下した重症心不全の症例であり,すみやかに洞調律を回復させ,心機能を改善させることが強く必要であり,かつ,それが期待できる症例であった。 b原告は,血行が80mmHgに低下する等の血行動態の悪化も認められていなかったから,電気的除細動を行う必要はなかったと主張するが,血行動態は血圧のみから判断されるものではない血行動態とは,心臓の収縮による血液の循環状態をいう。心臓の収縮は循環系にエネルギーを加え,血液に末梢循環系に灌流するための運動を与えるものである。血行動態は,右房圧,右室圧,左室圧,心拍出量等心筋 収縮力を解析して判断されるものである。 ウヘパリン使用原告は,A病院医師は電気的除細動時にヘパリン静注を行わずに除細動を実施したと主張する。 しかし,本件除細動は入院後10日後に施行されたが,その間ヘパリン投与を行い,除細動中も投与を継続している。また除細動後も退院するまでヘパリン投与を継続している。 また,原告は,電気的除細動を行った11月7日にヘパリンを投与していないと主張するが,同日もヘパリンを投与していた。 エまとめ以上のとおり,原告は,早期に除細動を行う必要があり,除細動により脳梗塞を発症する危険性が高い状況にはなかったから,A病院の医師が, ていないと主張するが,同日もヘパリンを投与していた。 エまとめ以上のとおり,原告は,早期に除細動を行う必要があり,除細動により脳梗塞を発症する危険性が高い状況にはなかったから,A病院の医師が,原告に除細動を行った行為にはなんら問題はない。 (3)争点3(除細動後の抗凝固療法が不適切であった過失の有無)(原告の主張)ア経食道心エコー検査を行っても血栓を見落とす可能性があり,また,除細動後にartialstunning(いわゆる気絶心筋)が生じて新たな血栓の形成が促進され,塞栓症が発症することが考えられるから,除細動後に抗凝固療法を行うことは,一般的に重要である。 特に,原告の場合,電気的除細動後も,INRは低値で推移し,トロンボテストは高値で推移していた上,除細動前の経食道心エコー検査では,左房内に血栓は確認されなかったものの,モヤモヤエコーが認められており,この存在は血栓形成の前段階であるというのであるから,原告は,電気的除細動後も,心房性期外収縮が頻発するなど心房細動が再発し,塞栓症を起こす危険性が高い状態であったというべきであり,医師としては,十分に抗凝固療法を行う注意義務があり,除細動後,INRが至適レベルに至るまでヘパリンの投与を持 続すべきであった。 ところが,D医師は,11月10日の退院当日の原告の状態が,トロンボテストは50.3%と高値で,INRは1.20と極めて低値であり,大梗塞の危険が高い状態であったため,INRが至適なレベルである2.0~3.0になるまで即効性のあるワーファリンによる抗凝固療法を行うべきであったのに,原告を退院させ,ヘパリンに比べ効果が出るまで時間のかかるワーファリンの投与のみにし,ヘパリンの投与を中止したのは不適切である。 イ被告は,原告の意向によって退院が早まったかのような主張を たのに,原告を退院させ,ヘパリンに比べ効果が出るまで時間のかかるワーファリンの投与のみにし,ヘパリンの投与を中止したのは不適切である。 イ被告は,原告の意向によって退院が早まったかのような主張をするが,原告は,当時,失業保険の給付手続のためハローワークに出向く必要があったのは確かであるが,治療費が高額化するのを懸念して早期退院を希望したことはない。 11月4日に,原告の妻が電気的除細動の危険性を尋ねたところ,D医師は,電気的除細動は確実に安全と確認してからでないと行わず,これまでに失敗は一度もない旨答え,電気的除細動による脳梗塞等の合併症発症の可能性や除細動施行後に抗凝固療法が必要であることは全く説明されなかった。そして,D医師は,本件除細動後の11月9日,「24時間様子を見て,何もなければ10日には退院できます」と説明しており,看護記録に「先生が明日退院と言われたんだけど…」と記述してあるように,原告は,医師から脳梗塞発症のおそれや抗凝固療法の必要性等について一切説明を受けず,医師が退院許可を出したから退院できると考えていたのであり,原告の意向で退院が早まったということはない。 (被告の主張)ア原告は,除細動後,血栓形成の危険性を考慮して,ワーファリンは即効性の点でヘパリンに劣るから,INRが至適レベルに至るまでヘパリン投与を持続すべきであったと主張する。 しかし,ワーファリン投与は平成15年11月10日の退院以降に行われた ものではなく,入院中である同月4日から1日あたり3錠,同月7日から同4錠,退院日である同月10日からは同4.5錠のワーファリンを投与してきていた。 したがって,ワーファリンの効果は退院の時点で既に出ていたし,退院時の原告の症状は軽快しており,安静度も病院内フリーになっており,ワーファリンと同じ効果を .5錠のワーファリンを投与してきていた。 したがって,ワーファリンの効果は退院の時点で既に出ていたし,退院時の原告の症状は軽快しており,安静度も病院内フリーになっており,ワーファリンと同じ効果を有するヘパリンをどうしても投与しなければならないというような状態ではなかった。 また,主治医は入院の継続を原告に説得したが,下記のとおり原告が継続入院を拒否したため,やむなく外来にてワーファリンの投与を継続することを約束し退院するという結果になったという事情もある。 イD医師は,原告が退院を強く希望していると聞き,11月9日午前中,病室で,原告に対し,ワーファリンの効き目がまだ弱いので入院をし,ヘパリンの点滴をした方がよいと説明したところ,原告は,10月31日に請求された治療費10万5980円やその後の入院費用を気にしていたようであり,現在,失業中であり,2週間たつと保険が変わるので早く退院したいと答えた。それでも,D医師は,再度,入院継続を勧めたが,原告は退院を希望した。そのため,D医師は翌10日の採血の結果で退院を決めると説明した。D医師は,翌日の10日にも前日同様の説明をし入院継続を薦めたが,原告の退院の希望は変わらなかった。D医師は,やむなく,ワーファリンを増量して外来で経過観察するとうい選択肢もあるが,ただし脳梗塞発症のリスクは入院を継続して点滴をしたほうが少ないと説明した上,ワーファリンを4.5錠に増量し,外来予約をさせ,禁酒禁煙を指示した。 (4)争点4(脳梗塞の治療(血栓溶解療法)を怠った過失の有無)(原告の主張)ア原告は,平成15年11月11日午後7時30分ころ,右上肢に麻痺が生じるなど脳梗塞の症状が出現し,同日午後9時10分ころ,A病院に搬送された ものであるが,原告には,心房細動の既往があり,電気的除細動が実施 15年11月11日午後7時30分ころ,右上肢に麻痺が生じるなど脳梗塞の症状が出現し,同日午後9時10分ころ,A病院に搬送された ものであるが,原告には,心房細動の既往があり,電気的除細動が実施された直後であって,脳梗塞の発症が強く疑われたのであるから,診察に当たったF医師としては,脳梗塞の急性期の治療としてウロキナーゼ等による血栓溶解療法を実施すべき注意義務があったものである。 ところが,F医師は,血栓溶解療法を行わず,このため,原告の脳梗塞が重篤化し,原告には重篤な後遺障害が残存したものである。 イなお,被告は,原告の脳梗塞発症時期が不明であるため,血栓溶解療法を行うと予後が悪くなるため血栓溶解療法を施行しなかったと主張するが,11月11日午後7時30分頃原告の妻が帰宅した際,妻が「ただいま」と言ったところ,原告は「お帰り」と返事をしており,その時点においては異常は見られなかった。そして,原告は,その直後,上体を起こすことができなくなったもので,原告の脳梗塞発症時期は午後7時30分以降と考えられ,A病院に搬送された時点では発症後3時間以内であり,血栓溶解療法は経静脈投与及び経動脈投与のいずれも適応があったものである。 (被告の主張)ア通常血栓溶解療法の経動脈的投与は発症6時間以内に治療開始が可能な症例に対して行われ,血栓溶解療法の経静脈的投与は発症3時間以内に治療開始可能な症例に対して行われる。血栓溶解療法は条件を満たさないときは予後を悪化させる可能性があるとされている。 原告の場合,妻が帰宅した午後7時30分ころには原告に右半身麻痺が存在し,脳梗塞の症状は既に認められており,その発症時間は不明であり,血栓溶解療法を行うと逆に予後が悪くなるため血栓溶解療法を施行しなかった。したがって,血栓溶解療法を施行しなかったことは妥当な が存在し,脳梗塞の症状は既に認められており,その発症時間は不明であり,血栓溶解療法を行うと逆に予後が悪くなるため血栓溶解療法を施行しなかった。したがって,血栓溶解療法を施行しなかったことは妥当な治療選択であって,過失とされるようなことではない。 仮に原告の脳梗塞が発症後3時間以内であったとしても,原告は当時ワーファリンを服用中であったところ,経口抗凝固薬(ワーファリン)使用中の症例 には血栓溶解療法は出血性合併症の危険が高く推奨できないとされており,いずれにしても血栓溶解療法は適応がなかった。 イ原告は,原告の脳梗塞発症時期は午後7時30分以降と考えられると主張するが,2名の医師が別々に妻Eに対し患者発見時の状態を詳細に問診した結果は,原告は既に午後7時30分ころには脳梗塞を発症して倒れていたという情報であった。 (5)争点5(適応がない又は脳梗塞の発症する危険が高いにもかかわらず,電気的除細動を実施した過失と脳梗塞発症との因果関係)(原告の主張)ア電気的除細動施行前の原告の状態は塞栓症の発症の危険性が高かったにもかかわらず,D医師は原告に対して11月7日電気的除細動を強行したところ原告は心房内に血栓が形成され,同月11日に本件脳梗塞を発症した。 洞調律が回復した後,有効な心房収縮機能が回復するまでの3週間は血栓塞栓症発症のリスクが高いのであり,除細動後4日目の発症であれば,本件除細動の施行と本件脳梗塞の発症との間には因果関係がある。 イ被告は,電気的除細動を施行する直前には血栓が左房内になかったことを確認しているので,電気的除細動による脳梗塞の発症は考えられないと主張するが,経食道心エコーを行っても血栓を見落とす可能性は高く,除細動後に新たな血栓の形成が促進され塞栓症が発症することは一般的な医学的知見であり,電気的除細 動による脳梗塞の発症は考えられないと主張するが,経食道心エコーを行っても血栓を見落とす可能性は高く,除細動後に新たな血栓の形成が促進され塞栓症が発症することは一般的な医学的知見であり,電気的除細動前に心エコーによって血栓が確認されなかったことをもって,本件除細動と本件脳梗塞発症との間の因果関係を否定することはできない。 (被告の主張)ア電気的除細動の合併症である脳塞栓症は,除細動直後に起こるとされている。 これに反して,原告の本件脳梗塞発症は除細動後4日目のことであり,本件除細動が脳梗塞の直接の原因であるとはとうてい考えがたい。原告の場合,塞栓症ではなく脳血管自体が原因の脳血栓症の可能性も否定できない。 被告は,本件除細動施行時には,トロンボテストやINRよりさらに正確に診断できる経食道心エコーを施行し脳塞栓症の原因となる血栓のないことを確認し,さらに抗凝固療法としては,ワーファリン以外にヘパリンの投与を持続施行した上で除細動を施行しているので,本件除細動が脳梗塞を発症させたとは考えがたい。 塞栓症の危険因子を1~2個有する心房細動の例にワーファリン投与を行った場合,日本における成績では,年間2パーセントの頻度で塞栓症が発生するところ,原告には塞栓症の危険因子は1個(心不全)あるのであるから,除細動せずにレートコントロールとワーファリン治療を継続した場合でも,年間2パーセント程度の頻度で塞栓症を合併する可能性がある。 したがって,原告が主張するように,11月7日の時点で除細動を実施せずに他の治療方法を選択していたならば,心機能がさらに悪化したばかりでなく,脳梗塞を発症していた可能性があるのであるから,本件除細動と脳梗塞発症との間に因果関係はない。 イ原告は,経食道心エコー検査を行っても血栓を見落とす可能性は高く,新たな血栓の形 したばかりでなく,脳梗塞を発症していた可能性があるのであるから,本件除細動と脳梗塞発症との間に因果関係はない。 イ原告は,経食道心エコー検査を行っても血栓を見落とす可能性は高く,新たな血栓の形成が促進され,塞栓症が発症することは一般的な医学的知見であると主張するが,これは誤りである。すなわち,経食道心エコー検査を施行してから除細動を行った場合,臨床的な血栓塞栓症の発生は0であったと報告が複数ある。 ウ原告は,INRが至適レベルに至るまで抗凝固療法を行うべきであると主張しているが,経食道心エコー検査を実施して除細動直前にヘパリンによる抗凝固療法を行うのみで除細動を実施した群と,除細動前に3週間抗凝固療法を実施してから除細動を実施した群の追跡期間8週間後の脳卒中リスクは,両群とも同程度に低く,両群間に差はなかったと報告されており,本件除細動と本件脳梗塞との間には因果関係がない。 (6)争点6(抗凝固療法が不十分だった過失と脳梗塞発症との因果関係) (原告の主張)ア本件では,①除細動後の塞栓症好発時期(除細動により洞調律が回復した後,3週間)である除細動後の4日目に塞栓症が発症している,②抗凝固の強度が不十分であったこと,③適切に抗凝固療法を実施した場合に塞栓症の発生が有意に低頻度である(抗凝固療法ありの郡の塞栓症発生は0.8パーセント,なしの郡は5.3パーセント)こと等の事情からして,電気的除細動が実施され後に適切な抗凝固療法が行われていれば,原告には脳梗塞が発症しなかった高度の蓋然性が認められ,よって,D医師の抗凝固療法が不十分であった過失と原告の脳梗塞発症との間には相当因果関係がある。 イ被告が適切な抗凝固療法を施行せずに脳梗塞が発症したのであるから,因果関係は当然認められるべきである。 (被告の主張)ア本件脳梗塞 あった過失と原告の脳梗塞発症との間には相当因果関係がある。 イ被告が適切な抗凝固療法を施行せずに脳梗塞が発症したのであるから,因果関係は当然認められるべきである。 (被告の主張)ア本件脳梗塞は,塞栓症ではなく脳血管自体が原因の脳血栓症の可能性が否定できない。 イ除細動中には血栓がなくても,除細動後にatrialstunningが生じて,新たな血栓の形成を促進する可能性がある。本件のように,経食道新エコーで左房内血栓がないことを確認して除細動して,除細動後に確実に抗凝固療法を行っても,塞栓症の発生率は8週間の経過で0.8パーセントであり,塞栓症の発生をゼロに押さえることは不可能である。 本件では,A病院医師は,除細動後もヘパリンやワーファリン投与を行っていたのであって,それでもなお塞栓症が発生したならば,これはいかんともしがたいことであり,A病院医師の手技・治療方法との間に因果関係はない。 ウ経食道心エコー検査を実施して除細動直前にヘパリンによる抗凝固療法を行うのみで除細動を実施した群と,除細動前に3週間抗凝固療法を実施してから除細動を実施した群の追跡期間8週間後の脳卒中リスクは,両群とも同程度に低く,両群間に差はなかったと報告されており,原告に対して行われた抗凝固 療法と本件脳梗塞との間には因果関係がない。 (7)争点7(損害)(原告の主張)ア逸失利益6748万9291円原告は,昭和24年8月17日生まれで,本件事故当時54歳であり,13年間働くことができたはずであった。 そこで,平成14年度の原告の収入金718万4680円を基礎とし(甲C1),原告の後遺障害は後遺障害別等級表第2級3の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,随時介護を要するもの」に該当するので労働能力喪失率を100パーセント,原告の就労可能 円を基礎とし(甲C1),原告の後遺障害は後遺障害別等級表第2級3の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,随時介護を要するもの」に該当するので労働能力喪失率を100パーセント,原告の就労可能年数に対するライプニッツ係数9.3935として計算すると,原告の逸失利益は金6748万9291円となる。 718万4680円×1.00×9.3935=6748万9291円イ後遺障害慰謝料3000万円原告は,A病院医師の過失により重篤な後遺障害が残存したもので,上記苦痛を慰謝するには,金3000万円が相当である。 ウ付添看護料4459万8747円原告は,本件事故当時の平均余命年数である26年間近親者の付添看護を要し,看護料として1日当たり8500円が必要であるところ,ライプニッツ方式により中間利益を控除して付添看護料の現価を求めると,金4459万8747円となる。 8500円×365日×14.3751=4459万8747円エ弁護士費用1000万円被告は,任意の賠償に応じないため,原告は原告代理人らに本訴提起及び訴訟追行を委任したが,本件医療事故と相当因果関係にある弁護士費用は金1000万円をもって相当とする。 (被告の主張) いずれも争う。 第3当裁判所の判断 争点1(適応がないにもかかわらず,電気的除細動を実施した過失の有無)(1)認定事実前記前提事実,証拠(乙A1)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア原告は,平成15年10月29日,同月25日から継続する呼吸困難,動悸を訴えてA病院を受診し,重症心不全との診断を受けてA病院に入院した。(乙A1・2頁・3頁)胸部レントゲン写真結果からも著明な肺うっ血が認められ,左室駆出率は24パーセントで,心嚢液貯留があり,重症心不全と診断された。 同月29日の の診断を受けてA病院に入院した。(乙A1・2頁・3頁)胸部レントゲン写真結果からも著明な肺うっ血が認められ,左室駆出率は24パーセントで,心嚢液貯留があり,重症心不全と診断された。 同月29日の検査結果は,収縮期血圧が171ないし160mmHg,左房径(LAD)53ミリメートル,脈拍68であった。(乙A1・7頁・78頁)イD医師は,同日以降,心不全治療のため,利尿剤,カテコラミン,酸素投与などを行った。同月31日に点滴の利尿剤を中止し,同年11月1日にはカテコラミンを中止した。(乙A1・53頁ないし55頁・82頁・83頁)ウ原告は,同年11月4日,トイレのために歩行したが,自覚症状がなかった。(乙A1・86頁)エ原告は,同月5日,心房細動持続し,左室駆出率21パーセントで,肺うっ血は改善し,左房径50ミリメートル,左室拡張末期径64ミリメートルで,拡張型心筋症様と認められた。同日の脈拍は78であった。(乙A1・8頁)オ原告は,同月7日の経食道心エコーの結果,左房,左心耳内に血栓は認められず,モヤモヤエコーが認められ,拡張型心筋症であると診断された。 同日の収縮期血圧は123mmHgであった。(乙A1・9頁)(2)医学的知見前記前提となる医学的知見,前記前提事実,証拠(甲B5,15,乙B11,鑑定書添付資料1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,以下の医学的知見が認められる。 ア心不全心不全とは,心臓の異常により,血行動態,腎臓,神経体液因子の異常を伴う臨床症候群であり,その重症度は,自覚症状,胸部エックス線(肺うっ血の診断),運動耐用能,心エコー法(左室駆出率など)などから評価され,これらのいずれの評価でも単独では重症度の評価に感度・特異度とも完全ではない。 重症心不全は,従来,生理学的側面や臨床症状の上か 血の診断),運動耐用能,心エコー法(左室駆出率など)などから評価され,これらのいずれの評価でも単独では重症度の評価に感度・特異度とも完全ではない。 重症心不全は,従来,生理学的側面や臨床症状の上から定義されてきた。 生理学的には,個々の循環器器官の機能不全の程度から,臨床症状の上からは呼吸困難や体液貯留の程度から定義されてきた。統一的に定義はなく,個々の研究の目的に応じて定義されるのが現状である。(乙B11・1頁,鑑定書添付資料1・505・511頁)イ心機能の低下等心機能の低下は,肺うっ血像,心拍出率,左室駆出率などにより診断する。(甲B5・32頁)(ア)左室駆出率左室駆出率(左心室駆出分画率)とは,心臓が最大に拡張したときの容量から最小に収縮した容量を引き,その値を心室が最大に拡張したときの容量で除し,100をかけたもの。左心室の収縮率の良し悪しを判断する指標となる。 左室駆出率は,心不全の予後との関連性が示され,左室駆出率40パーセント未満が一般に低心機能と判断され,駆出率30パーセント以下 は重症心不全の診断基準の主条件とする見解もある。(甲B15・45頁,乙B11・4頁)(イ)左室拡張末期径とは,左心室が最大に拡張したときの径であり,臨床では55ミリメートル以下が正常とされている。左心室の収縮率の良し悪しを判断する指標となる。 (ウ)左房径の正常値は40ミリメートルで一般に,左房径が45ミリメートルを超えると血栓形成のリスクが高まると言われている。(甲B15・45頁)ウ臨床症状の上からの心不全の程度(甲B5・33頁,乙B11・4頁)自覚症状により重症度を定量的に評価する方法としてNYHA心機能分類がある。 長期的な治療の目安としての重症度の診断に利用される診断基準で,心疾患患者の全体像をおおまかに表現し 頁,乙B11・4頁)自覚症状により重症度を定量的に評価する方法としてNYHA心機能分類がある。 長期的な治療の目安としての重症度の診断に利用される診断基準で,心疾患患者の全体像をおおまかに表現し実際的で使いやすいが,他方,大雑把で治療や予後との関連もはっきりしない等の批判のある診断基準である。 NYHAがⅢ度,Ⅳ度の患者においては臨床症状は重篤で,予後も不良であることが多い。 Ⅰ度心疾患はあるが,日常生活における身体活動では疲れ・息切れ動悸・狭心症状などは起こらない。 Ⅱ度身体活動を軽度に制限する必要のあるもので,安静時や軽い作業では何ともないが日常の活動を超えた身体活動で,疲れ・息切れ・動悸・狭心症状などを起こす。 Ⅲ度身体活動が著しく制限され,安静時には訴えはないが,軽い日常生活の身体活動でも疲れ・息切れ・動悸・狭心痛などがあらわれる。 Ⅳ度身体活動を制限して安静にしていても,心不全症状や狭心痛があり,少しでも軽い労作を行うと訴えが増強される。 エ心房細動で頻脈となると,心拍出量(1分間当たりに心臓から駆出される血液量)が洞調律の場合に比して30パーセント前後低下する。 頻脈が長時間持続すると心拡大と心収縮力の低下が生じ,一見して拡張型心筋症に似た病像を呈するようになる(頻脈誘発性心筋症)。(鑑定書添付資料2・25頁)。 オ頻脈誘発性拡張型心筋症の患者が心房細動により左室機能不全がある場合,レート・コントロールには,リズム・コントロールに劣らない心機能改善効果があり,洞調律に回復する例が報告されている。(鑑定書5頁,同添付資料3)(3)争点1に対する判断ア原告は,D医師には,原告には電気的除細動の適応がないにもかかわらず電気的除細動を行った過失がある旨主張する。 イ本件除細動時の原告の心不全の状態前記医学 資料3)(3)争点1に対する判断ア原告は,D医師には,原告には電気的除細動の適応がないにもかかわらず電気的除細動を行った過失がある旨主張する。 イ本件除細動時の原告の心不全の状態前記医学的知見のとおり,心不全とは,心臓の異常により,血行動態,腎臓,神経体液因子の以上を伴う臨床症候群であり,その重症度は,自覚症状,胸部エックス線(肺うっ血の診断),運動耐用能,心エコー法(左室駆出率など)などから評価され,これらのいずれの評価でも単独では重症度の評価に感度・特異度とも完全ではないさらに,前記医学的知見によれば,重症心不全は,従来,生理学的側面や臨床症状の上から定義されてきたが,統一的な定義はなく,個々の研究の目的に応じて定義されるのが現状であること,生理学的側面から検討すると,左室駆出率30パーセント以下が重症心不全の1つの指標となりうること,臨床症状の上から検討すると,NYHA心機能分類があり,同分類のⅢ度,Ⅳ度の患者においては臨床症状が重篤で予後も不良であることなどが認められる。 前記認定事実によれば,原告は,本件除細動3日前(11月4日)はト イレ歩行が可能で自覚症状がない等,NYHAの分類で言えばⅡ度程度に改善していた。 しかし,前記認定事実によれば,原告は,本件入院当時,胸部レントゲン写真結果からも著明な肺うっ血が認められ,左室駆出率は24パーセントで,心嚢液貯留があり,重症心不全と診断されたことが認められ,原告は,本件入院時,呼吸困難を訴えて循環器科を受診し入院するなど,NYHAの分類の分類で言えばⅣ度に該当していたと認められる(鑑定書4頁)。 そして,前記認定事実によれば,利尿剤,カテコラミンの投与などの心不全の治療により症状は改善したものの,原告の左室区出率は,本件除細動の2日前(11月5日)には21パー 認められる(鑑定書4頁)。 そして,前記認定事実によれば,利尿剤,カテコラミンの投与などの心不全の治療により症状は改善したものの,原告の左室区出率は,本件除細動の2日前(11月5日)には21パーセントと,依然重症心不全のひとつの指標を満たしている状態であった。 以上より,本件除細動時の原告の状態は,重症心不全に該当する状況であったといえる。 ウ鑑定意見は,本件除細動を行ったことは不適切とはいえないとし,理由として,以下のとおり述べる。 (ア)心房細動で頻脈になると,心拍出量(1分当たりに心臓から駆出される血液量)が洞調律に比して30パーセント程度低下するところ,基礎に拡張型心筋症のような心疾患がある場合に30パーセント程度の心拍出量が低下すると心不全をきたしうること,頻脈がコントロールされずに長期間放置されると拡張型心筋症に似た病床を呈するようになること(頻脈誘発性心筋症),本件においては,A病院へ入院する以前の心臓に関する病歴が不明なため,拡張型心筋症に心房細動が加わり心不全を来したものか,頻脈誘発性心筋症による心不全のいずれかであるかは判別しがたいが,本件の場合,いずれにしろ心不全増悪期の治療方針を採るべき状況だった。(鑑定書4頁・5頁) (イ)リズム・コントロールの方が理想的ではあるが,レート・コントロールにより心機能は改善する。 原告が頻脈誘発性拡張型心筋症の場合には,レート・コントロールもリズム・コントロールに劣らない心機能改善効果がある。 一方,原告が拡張型心筋症の場合,リズム・コントロールを行えば,心房の補助ポンプ機能の動員も可能となり,心拍出量の増加が期待できる。 (ウ)平成13年ガイドラインでは,除細動により自覚症状や血行動態(ポンプ機能と同義)の改善が期待される場合には,電気的除細動の適応があるとさ 能の動員も可能となり,心拍出量の増加が期待できる。 (ウ)平成13年ガイドラインでは,除細動により自覚症状や血行動態(ポンプ機能と同義)の改善が期待される場合には,電気的除細動の適応があるとさていること,同ガイドラインでは,除細動しても再発率が高く,効果が期待できない例として,①心房細動の持続が1年以上の慢性心房細動,②左房径が5センチメートル以上,③過去に除細動歴が2回以上,④患者が希望しないという条件が1つでもある場合は,積極的な除細動を勧めていないところ,①については判断できないが,②については11月5日の左房径は5センチメートルとぎりぎりの基準であったこと,同ガイドラインでは,重症心不全では,心房細動が持続していれば電気的除細動を行うのが望ましいとされていることなどから,平成13年ガイドラインから逸脱していない。 エ鑑定結果の検討上記鑑定意見は,医学的知見を踏まえた上で平成13年ガイドラインの適応基準を総合的に検討した専門的見地からの合理的なものと認められる。 すなわち,前記医学的知見に示した,平成13年ガイドラインによれば,重症心不全の場合,心房細動が持続していれば電気的除細動を行うのが望ましいことされているところ,前記認定のとおり,本件除細動時,原告は重症心不全の状態にあったこと,前記前提事実によれば,原告は,本件入院時(10月29日)から本件除細動時(11月7日)の約10日間心房 細動が持続していたこと等が認められることから,平成13年ガイドラインによって照合しても電気的除細動を行う適応があったといえる。 以上を総合すると,D医師が,原告に対して本件除細動を行ったことは裁量の範囲内の医療行為といえる。 オ以上により,D医師が,原告に対し,本件除細動を行ったことは不適切とはいえず,したがって,原告の,D医師には ると,D医師が,原告に対して本件除細動を行ったことは裁量の範囲内の医療行為といえる。 オ以上により,D医師が,原告に対し,本件除細動を行ったことは不適切とはいえず,したがって,原告の,D医師には,電気的除細動の適応がないにもかかわらず原告に対して電気的除細動を行った過失がある旨の主張は採用できない。 争点2(脳梗塞の発症する危険性が高い状態で電気的除細動を実施した過失の有無)(1)前記前提事実,証拠(乙A1)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア原告のINRは,平成15年10月29日に1.15,同年11月4日に1.14,同月6日に1.15だった。(乙A1)イD医師は,同月7日の本件除細動前,原告に対して経食道心エコーを行い,左房・左心耳内に血栓がないことを確認した。(乙A1・9頁)ウD医師は,原告が入院した同年10月29日から退院した同年11月10日まで,原告に対してヘパリンを投与していた。(甲B8・247・248,9・139頁,乙A1・60頁・92頁)ところで,原告は,同月7日の経食道心エコーの結果,もやもやエコーが認められることなどを理由に,左房内に血栓がなかったとは言えない旨主張する。 もやもやエコーは,渦巻き上の煙が漂うようなエコーのことをいい,心腔内におけるモヤモヤエコーは心房細動で左心耳血栓を有する症例の80パーセント以上で観察され,血流の停滞によりずり応力の低下から赤血球凝集により発生すると考えられている。血栓塞栓症,左房内血栓の危険因 子である。 しかし,もやもやエコーは,血栓そのものではないので,左房内に血栓がなかったとは言えない旨の原告の主張は裏付けを欠き,採用できない。 (2)争点2に対する判断ア原告は,電気的除細動を施行するにあたっては,除細動により洞調律に戻った後, ないので,左房内に血栓がなかったとは言えない旨の原告の主張は裏付けを欠き,採用できない。 (2)争点2に対する判断ア原告は,電気的除細動を施行するにあたっては,除細動により洞調律に戻った後,血栓が形成され,塞栓症を起こす危険性のあることから,医師としては少なくともINRが2程度になる様に抗凝固療法を行った上で除細動を行うべき注意義務があるところ,D医師は同注意義務に違反して,原告に対して電気的除細動を行った過失がある旨主張する。 イ鑑定意見は,本件除細動前に経食道心エコーを行い左房・左心耳内に血栓がないことを確認し,ヘパリン投与下に電気的除細動を行ったことは不適切ではないとしている。(鑑定書6頁)ウ検討前記前提となる医学的知見によれば,心房細動の持続が48時間以上となると左房内に血栓が形成されて塞栓症を起こす危険が高まること,心房細動では,除細動後,洞調律に戻った後に一過性の機械的機能不全が生じ,この時期に心房内に血栓が形成され,機械的興奮が回復してから血栓が剥がれて飛んで塞栓症の原因となると考えられていること,日本では,INR2程度を目標とすることとされていること,平成13年ガイドラインによれば,心拍数が毎分99以下の発作性心房細動の項で,心房細動の持続時間が48時間を超える場合には,経食道心エコーにて左房内血栓の有無を確認し,無ければヘパリン投与下で除細動を行うとされていることが認められる。 そして,前記認定事実によれば,原告のINRは,10月29日に1. 15,11月4日に1.14,6日に1.15だったこと,D医師は,本件除細動前に,原告に対して経食道心エコーを行い,左房・左心耳内に血 栓がないことを確認したこと,本件除細動時,ヘパリンを投与していたこと等が認められる。 以上を総合すると,D医師が電気的除細動の実 細動前に,原告に対して経食道心エコーを行い,左房・左心耳内に血 栓がないことを確認したこと,本件除細動時,ヘパリンを投与していたこと等が認められる。 以上を総合すると,D医師が電気的除細動の実施に際し,抗凝固の目標値であるINR2~3でワーファリン2をかなり下回るINR1.5程度で本件除細動を行ったことは塞栓症のリスク管理という点から疑問がないとは言えないが,D医師はガイドラインの指針に従って,経食道心エコーにより,左房・左心耳内に血栓がないことを確認し,ヘパリン投与下で本件除細動を行ったのであり,鑑定意見及び医学的知見に照らすと,INRが2程度になる様に抗凝固療法を行った上で除細動を行うべき注意義務があったとまではいえない。 (3)以上より,原告の,D医師がINRが2程度になる用に抗凝固療法を行った上で除細動を行うべき注意義務に違反して,原告に対して電気的除細動を行った過失があるとの主張は採用できない。 但し,本件除細動前日にINRが1.15と低値であったことは,塞栓症のリスクが高い状態で,医師の裁量的判断で敢えて本件除細動を行ったことになるから,除細動後の抗凝固療法をより慎重に行うべきことを基礎付ける事由であるといえる。 争点3(除細動後の抗凝固療法が不適切であった過失の有無)について(1)前記前提事実,証拠(乙A1ないし4,証人D医師)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 アD医師は,原告がA病院に入院した平成15年10月29日,原告に対し,ヘパリンを8000単位/日の静脈投与を開始し,その後同量のヘパリンを継続投与していたが,原告が退院する同年11月10日に投与を中止した。(乙A1)イD医師は,原告がA病院に入院した翌日である同年10月30日,原告に対し,ワーファリンを1日2錠(2ミリグラム), 継続投与していたが,原告が退院する同年11月10日に投与を中止した。(乙A1)イD医師は,原告がA病院に入院した翌日である同年10月30日,原告に対し,ワーファリンを1日2錠(2ミリグラム),同年11月4日から 1日3錠(3ミリグラム),同月9日に1日4錠(4ミリグラム),原告が退院する前日の10日に1日4.5錠(4.5ミリグラム)に増量した。 (乙A1・53頁,乙A4,証人D医師)ウ原告は,本件除細動後直後から,「大丈夫,痛くもないよ。」などと述べ,退院を希望した。(乙A1・90頁・92頁・93頁)エ原告のINR値は,原告がA病院を退院した同月10日には1.2だった。 D医師は,原告がA病院に本件脳梗塞で入院した11月11日のINRは測定しなかったが,同月13日のINR値は1.21だった。(乙A1,2,4,証人D医師)(2)医学的知見前記前提となる医学的知見,前記前提事実,証拠(甲B2,3,10,乙B9,鑑定書添付資料9)及び弁論の全趣旨によれば以下の医学的知見が認められる。 ア海外の報告によると,①除細動直前にヘパリンによる抗凝固療法を行い,血栓が認められた場合には経食道心エコーを再度実施する前に3週間ワーファリンを投与する場合と,②除細動前に3週間抗凝固療法を実施する場合とを比較すると(いずれも除細動後に4週間抗凝固療法を行った)追跡期間8週間の脳卒中リスクは①群0.8%,②群0.5パーセントとあまり変わらなかった。(乙B9・22頁)イ海外の報告によると,437例の572回の除細動について,抗凝固療法されていた228例とされていない209例の塞栓症の頻度が検討されており,除細動の6日後までに塞栓症が発生した率は,抗凝固療法ありの郡の塞栓症発生は0.8パーセントで,なし郡の5.3パーセントに比べて有意に低 28例とされていない209例の塞栓症の頻度が検討されており,除細動の6日後までに塞栓症が発生した率は,抗凝固療法ありの郡の塞栓症発生は0.8パーセントで,なし郡の5.3パーセントに比べて有意に低頻度である。(甲B2・165頁)ウ経食道心エコーで左房内血栓がないことを確認して除細動を実施して, 除細動後に確実な抗凝固療法を行った場合の塞栓症発生率は8週間の経過で0.8パーセントである。(鑑定書添付資料9)エ除細動後,有効な心房収縮期が回復するまでに約3週間を要するため,この間は血栓塞栓症を生じるリスクが高い。塞栓症の発生は,除細動後7日前後までに多く見られる。(甲B3・152頁,甲B10・204頁)オ日本人の場合,INRが1.6より低い場合に特に重大な塞栓症が発症する可能性が高い。(甲B3・153頁・154頁)カワーファリンは完全な抗凝固療法の達成に72時間ないし96時間かかる。そこで,アメリカのガイドラインでは,抗凝固療法の方法として,ヘパリンを中止する前に4,5日間ワーファリンを同時に投与し,INRが治療域に入てからヘパリンを中止することが勧められている。(甲B9・205頁,甲B10・205頁,鑑定書7頁)(3)争点3に対する判断ア原告は,D医師には,本件除細動後に行った抗凝固療法が不十分であった過失がある旨主張する。 イ前記前提となる医学的知見及び前記医学的知見によれば,除細動後に心房の機械的収縮の回復に遅れが生じ,この間に血栓が左房内に形成され,心房の機械的収縮が徐々に改善してきて,剥がれて飛んで塞栓症を起こす危険があるため,除細動後に抗凝固療法を継続する必要があること,有効な心房収縮期が回復するまでに約3週間を要するため,この間は血栓塞栓症を生じるリスクが高いこと,日本人の場合,INRが1.6より低い 危険があるため,除細動後に抗凝固療法を継続する必要があること,有効な心房収縮期が回復するまでに約3週間を要するため,この間は血栓塞栓症を生じるリスクが高いこと,日本人の場合,INRが1.6より低い場合に特に重大な塞栓症が発症する可能性が高いこと,具体的な方法としては,平成13年ガイドラインで,電気的除細動施行後はワーファリンによる抗凝固療法(INR2~3)を4週間継続することが推奨されていること,ヘパリンとワーファリンの併用方法としては,ワーファリンの抗凝固療法の効果が出るまでに約72時間ないし96時間を要するため,INR が治療域に入ってからヘパリンを中止することが勧められていることが認められる。 ウ前記前提事実及び前記認定事実によれば,D医師は,原告退院時,ワーファリンを従前の4錠(4ミリグラム)から4.5錠(4.5ミリグラム)に増量した上で退院させていることが認められる。 エしかし,前記前提事実及び前記認定事実によれば,原告の退院時(平成15年11月10日)のINRは1.20と,平成13年ガイドラインの推奨するINRの値及び重大な塞栓症が発症する可能性の高いINR1. 6を相当下回っていたこと,鑑定書によれば,原告は心不全を合併していたことから特に,脳塞栓症の発生リスクが高まっていたことが認められる(鑑定書7頁)。 そして,前記認定事実によれば,原告が本件脳梗塞を発症した後の11月13日のINRは1.21であることが認められ,脳梗塞発症時には抗凝固療法のレベルがINR1.2前後であったことが推認できる。 鑑定書においては,平成13年ガイドラインで,電気的除細動施行後はワーファリンによる抗凝固療法(INR2~3)を4週間継続する事が推奨されているところ,本件の場合,原告退院時のINR値(INR1. 2)が推奨レベルに(INR 年ガイドラインで,電気的除細動施行後はワーファリンによる抗凝固療法(INR2~3)を4週間継続する事が推奨されているところ,本件の場合,原告退院時のINR値(INR1. 2)が推奨レベルに(INR2~3)達しておらず,ワーファリンを増量して退院させたとしても,ワーファリン増量の効果が発現するまでには2日ほど要することを理由として,抗凝固療法レベルが不十分である場合には,入院を継続してヘパリンによる抗凝固療法を併用しつつ,ワーファリンの投与量を調節して推奨抗凝固レベルを確保するのが理想的対応であった旨記載されている。(鑑定書7頁)オ以上の事実を総合すると,原告の退院時の抗凝固レベルは不十分かつ塞栓症発生の危険が高い状態であり,原告退院後,ワーファリン増量の効果が発現するのになお数日を要する状態であったのであるから,D医師には, 入院を継続してヘパリンによる抗凝固療法を中止することなく併用しつつ,ワーファリンの投与量を調節して推奨抗凝固レベルを確保する入院を継続させて原告の抗凝固レベルが推奨レベルになるまでの間,特段の事情がない限り,入院を継続し,原告の状態を観察する注意義務があったといえる。 しかし,前記認定事実によれば,D医師はこれを怠り,本件除細動の3日後に原告を退院させ,ヘパリンによる抗凝固療法を中止しした。 この点,被告は,原告が退院を強く希望したため入院継続ができなかった旨主張する。 しかし,患者が早期退院を希望するのは通常のことであり,医師が患者に対して,退院によるリスクを十分説明した上でなお患者がリスクを承知の上で退院をしたような場合には医師の責任を問えない場合があるといい得るが,本件において,A病院の医師が退院によるリスクを原告に対して十分に説明したと認めるに足りる証拠はない。かえってD医師が,原告の洞調律が維持 ような場合には医師の責任を問えない場合があるといい得るが,本件において,A病院の医師が退院によるリスクを原告に対して十分に説明したと認めるに足りる証拠はない。かえってD医師が,原告の洞調律が維持されていたため,原告の退院希望を制することなく受け入れたことが窺われる(乙A1・19頁・90頁・92頁・93頁)。 よって,D医師は原告の抗凝固レベルが推奨レベルになるまでの間,入院を継続し,原告の状態を観察する注意義務を怠ったといえる。 以上より,D医師には,本件除細動後に抗凝固療法を十分に行わなかった過失があるというべきである。 争点4(脳梗塞の治療を怠った過失の有無)について(1)証拠(乙A1,乙A4,証人E)によれば次の事実が認められる。 妻Eは,平成15年11月11日,午後7時30分頃帰宅し,しばらくして原告の以上に気付き,午後8時頃,救急車を呼んだ。 原告は,同日午後9時過ぎ,A病院の救急救命センターに搬送され,当直医及び循環器科のF医師の診察を受けた。 F医師は,脳梗塞の可能性が高いと判断したが,発症時間が不明であり, 血栓溶解療法の適応時間は経過していると考え,保存的にラジカットによる点滴等を行った。(乙A1・15頁・118頁・119頁)原告は,翌12日にMRI検査を受け,左大脳半球の広範囲にわたる脳梗塞があると診断された。(乙A1・120頁)(2)争点に対する判断ア原告は,F医師には,原告に対し,血栓溶解療法を実施すべき注意義務があったにも関わらず,これを怠った過失がある旨主張する。 イ鑑定意見は,原告の入院時の頭部CT(乙A5)から,①CT右側のレンズ核(被殻・淡蒼球をあわせた部位)の輪郭が不鮮明になっていること,②CT左側の側頭部にある脳溝(外側溝)の部分の皮髄境界(脳の皮質と髄質の境界のこと)が不鮮明になっ 乙A5)から,①CT右側のレンズ核(被殻・淡蒼球をあわせた部位)の輪郭が不鮮明になっていること,②CT左側の側頭部にある脳溝(外側溝)の部分の皮髄境界(脳の皮質と髄質の境界のこと)が不鮮明になっているなどの広範な「earlyCTSign」の所見が見られ,広範な「earlyCTSign」の所見がある場合には,梗塞内出血を来たし,病態が悪化するおそれが大きいため,血栓溶解療法は禁忌であることを理由に,血栓溶解療法が行われなかったことは適切だったとしている。 ウ本件当時,「earlyCTSign」のうち,レンズ核構造の不鮮明化と,中大脳動脈領域の3分の1以上を占める脳溝の消失が血栓溶解療法の除外基準とされていた。(鑑定書添付資料13・97頁)エ前記医学的知見によれば,本件当時,「earlyCTSign」のうち,レンズ核構造の不鮮明化と,中大脳動脈領域の3分の1以上を占める脳溝の消失が血栓溶解療法の除外基準とされていたのであるから,上記鑑定結果は医学的に合理的なものといえる。 以上より,F医師が,本件脳梗塞時,原告に対し,血栓溶解療法を実施すべき注意義務はなかった。 オよって,F医師には原告に対し,血栓溶解療法を実施すべき注意義務があったにも関わらず,これを怠った過失があるとの原告の主張は採用でき ない。 争点5(適応がない又は脳梗塞の発症する危険性が高いにもかかわらず,電気的除細動を実施した過失と脳梗塞発症との因果関係)については,前提となる過失が認められないから判断する必要がない。 但し,本件除細動と本件脳梗塞発症との因果関係については,争点6に必要な限度で後述する。 争点6(抗凝固療法が不十分だった過失と脳梗塞発症との因果関係)について(1)訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的 の因果関係については,争点6に必要な限度で後述する。 争点6(抗凝固療法が不十分だった過失と脳梗塞発症との因果関係)について(1)訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし,かつ,それで足りるものである(最高裁昭和50年10月24日第2小法廷判決・民集29巻9号1417頁参照)。 (2)本件脳梗塞の発生原因ア鑑定意見について鑑定人は,鑑定書において,本件の場合には,「心機能低下例であるので塞栓症を起こす危険が元々あり,除細動とは関係なく11月11日にたまたま塞栓症を起こしたもの」という説明を「100%誤っている」と確信を持って否定することは不可能であるとして,本件除細動と脳梗塞の発生の因果関係があることの断定を避けている。(鑑定書9頁・10頁)しかし,一方で鑑定意見は,本件脳梗塞の発症時期が,除細動との塞栓症好発時期に一致していること,抗凝固の強度が十分ではなかった可能性が否定できないことを理由として,本件除細動と塞栓症発生との間に関連があることが示唆されるとしている。(鑑定書9頁・10頁)イ医学的知見に基づく検討 前記前提となる医学的知見,3(2)エで認められる医学的知見,前記前提事実によれば,心房細動では,除細動法にかかわらず,洞調律化後に一過性に心房の機械的収縮が低下し,この時期に心房内に血栓が形成されて塞栓症の原因となること,塞栓症の発生は,除細動後7日前後まで見られること,本件では除細動後の4日目に塞栓症を発生しており,除細動後の塞栓症好発時期に一致している。(甲 期に心房内に血栓が形成されて塞栓症の原因となること,塞栓症の発生は,除細動後7日前後まで見られること,本件では除細動後の4日目に塞栓症を発生しており,除細動後の塞栓症好発時期に一致している。(甲B2・164頁・165頁,鑑定書9頁)そうであれば,特段の事情のない限り,本件脳梗塞は,本件除細動により誘発されたものと推認することができる。 この点,被告は,本件脳梗塞は,本件除細動とは関係なく脳血管自体が原因の脳血栓症の可能性も否定できない旨主張するが,同主張を裏付けるに足りる証拠はなく,採用できない。 よって,本件脳梗塞は,本件除細動により誘発されたものと推認することができる。 (3)抗凝固療法が不十分であったことと本件脳梗塞との因果関係ア3(2)ウで認められる医学的知見によれば,除細動後に確実に抗凝固療法を行っても,塞栓症の発生率は8週間の経過で0.8パーセントであり,塞栓症の発生をゼロに抑えることは不可能である。 しかし,3(2)イで認められる医学的知見によれば,抗凝固療法されていた228例とされていない209例の塞栓症の頻度を検討した海外の報告では,除細動の6日後までに塞栓症が発生した率は,抗凝固療法ありの群は0.8パーセントで,抗凝固療法なしの群の5.3パーセントの比べて有意に低頻度であった事が認められる。 また,前記前提事実,3(1)で認定した事実及び前記3(2)で認められる医学的知見によれば,原告の退院時のINRは1.2であったこと,本件脳梗塞時のINRは1.2前後と,塞栓症発生の高いレベルであったこと,原告が退院した当日にワーファリンが増量されたものの,ワーファリン増 量の効果が現れるには72時間ないし96時間必要であること,本件脳梗塞は,原告退院の翌日,すなわち,ヘパリンによる抗凝固療法を中止した翌日に発生したこ ァリンが増量されたものの,ワーファリン増 量の効果が現れるには72時間ないし96時間必要であること,本件脳梗塞は,原告退院の翌日,すなわち,ヘパリンによる抗凝固療法を中止した翌日に発生したこと等が認められる。 イ以上の事実を総合して判断すると,D医師が,原告の抗凝固レベルが推奨レベルになるまでの間,入院を継続し,ヘパリンによる抗凝固療法を中止することなく併用しつつ,ワーファリンの投与量を調節しなかったことにより,原告が脳梗塞を発症した高度の蓋然性があるといえ,他に特段の事情がない限り,除細動後の抗凝固療法が不十分だった過失と本件脳梗塞発症とのとの間に因果関係を肯定するのが相当である。 ウこの点,被告は,A病院の医師は,本件除細動後もヘパリンやワーファリン投与を行っていたのにも関わらず塞栓症が発生したのであるから,これはいかんともしがたいことであり,A病院医師の手技・治療方法との間に因果関係はない旨主張する。 しかし,3で認定したとおり,D医師の抗凝固療法は不十分であったのであるから,被告の同主張は採用できない。 また,被告は,経食道心エコー検査を実施して除細動直前にヘパリンによる抗凝固療法を行うのみで除細動を実施した群と,除細動前に3週間抗凝固療法を実施してから除細動を実施した群の追跡期間8週間後の脳卒中リスクは,両群ともに同程度に低く,両群間に差はなかったと報告されており,A病院の医師が行った抗凝固療法の有無と本件脳梗塞との間には因果関係がない旨主張するが,被告主張の両群はいずれも抗凝固療法が十分であった場合の比較であり,前記認定のとおり抗凝固療法が不十分であった本件において,抗凝固療法が不十分であったことと本件脳梗塞の発生との因果関係を否定する理由にはならず,同主張は採用できない。 エ以上より,除細動後の抗凝固療法が不十 とおり抗凝固療法が不十分であった本件において,抗凝固療法が不十分であったことと本件脳梗塞の発生との因果関係を否定する理由にはならず,同主張は採用できない。 エ以上より,除細動後の抗凝固療法が不十分だった過失と本件脳梗塞発症との間には因果関係があるものと認めるのが相当である。 争点7(原告の損害)について(1)認定事実前記前提事実,証拠(甲A1,2の1,2の2,C1,乙A2,4,証人E)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。 ア原告の平成14年度の所得は1年間で718万4680円だった。 (甲C1)イ原告は,J株式会社Kに勤務していたところ,平成14年12月31日に同社を退職し,平成15年11月4日からL製作所への就職が決まっていた。(甲A1,証人E1頁・22頁)ウ原告は,平成12年頃より高血圧を指摘され,約2年間降圧剤を服用していたが,本件当時は降圧剤を服用していなかった。(甲A1・乙A2・4,証人E2頁)エ原告は,本件脳梗塞により,右上肢及び右下肢機能全廃並びに言語機能喪失の後遺症が生じ,遅くとも平成16年5月12日には症状が固定した。(甲A2の1・2の2,証人E13頁・14頁)オ原告の状態は次のとおりである。食事は介護者が用意する。原告は,右利だが,右半身不随のため,食事や歯磨きを左手で行う。杖歩行はできるものの,不定期に痙攣発作が起きるため,一人で外出できず,散歩には付き添いが必要である。着替えは,ファスナーやひもを結ぶ等片手では困難な作業を行うために介助者が必要で,入浴は脇の下など片手では届かない部位を洗うために介助者が必要である。また,失語症により,意思の表出が困難で,他人との会話はできない。 介護は日中は介護士が行い,妻Eの帰宅後は同人が行う。(甲A1・証人E14頁ないし17頁)( い部位を洗うために介助者が必要である。また,失語症により,意思の表出が困難で,他人との会話はできない。 介護は日中は介護士が行い,妻Eの帰宅後は同人が行う。(甲A1・証人E14頁ないし17頁)(2)争点に対する判断ア逸失利益3507万5786円(原告主張6748万9291円) 前記認定事実のとおり,原告は脳梗塞により右上肢及び右下肢機能全廃並びに言語機能喪失の後遺障害を生じ,食事,入浴,歩行等に際し,随時介助者の手助けが必要な状態であるから,労働能力を100%喪失したと認められる。 前記認定事実のとおり,原告に上記損害が起こったものと確定したのは平成16年5月12日であり,その当時原告は54歳であった。 前記認定事実のとおり,原告の平成14年度の所得は1年間で718万4680円だったことが認められるが,原告は,本件除細動時,同社を退職していたこと,心房細動及び高血圧の疾患があったこと等が認められ,これらの事実を総合すると,平成16年賃金センサス男性全労働者全年齢平均の年収額である542万7000円を基礎収入と認めるのが相当である。 原告の心房細動は,重症心不全に伴うものであったこと,原告が拡張型心筋症と診断されたことなどを考慮すると,原告の就労可能期間は痛常人の13年に比し,3分の2程度に相当する8年と認めるのが相当であり,そのライプニッツ係数は6.4632である。 以上の事情を考慮すると,逸失利益の額は次の計算式のとおりとなる。 (1円未満切り捨て)542万7000円×1×6.4632=3507万5786円イ後遺症慰謝料2600万円(原告主張3000万円)原告は,A病院医師の過失により,前記のとおり重篤な後遺障害が残存したことにより精神的苦痛を受けたのであり,後遺障害の内容及び程度に鑑みると,同精神的苦痛を慰謝する 00万円(原告主張3000万円)原告は,A病院医師の過失により,前記のとおり重篤な後遺障害が残存したことにより精神的苦痛を受けたのであり,後遺障害の内容及び程度に鑑みると,同精神的苦痛を慰謝するには2600万円が相当である。 ウ付添看護料1049万3823円(原告主張4459万8747円)前記認定事実によれば,原告は,歩行については杖歩行が可能で,食事,着替え,入浴については片手で可能な範囲では一人で行うことができるこ と,そのため,原告に対する介護は原告が痙攣を起こした際に対応できるよう注意すること,原告が両手が必要となるような行動を行う際でなければ基本的には不要であること等が認められ,以上の事実を総合すると,症状固定時から平均余命年数26年の近親者の付添看護料は1日当たり2000円が相当であり,中間利息を控除することを考慮すると,付添看護料の額は以下のとおりである。 2000円×365日×14.3751=1049万3823円エ小計7156万9609円(原告主張1億4208万8038円)オ弁護士費用710万円(原告主張1000万円)原告は,本件訴訟追行を原告訴訟代理人らに委任し,弁護士費用を支払う旨を約束したところ,その費用のうち,上記損害額の1割弱に相当する710万円は通常生ずべき損害であると認められる。 カ合計7866万9609円(原告主張1億5208万8038円)上記エ及びオの損害額を合計すると,上記のとおりとなる。 結論 以上によれば,被告は,原告に対し,民法715条1項の不法行為責任に基づき,上記損害合計7866万9609円及びこれに対する不法行為の日である平成15年11月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度で認容し,その余の請求に 66万9609円及びこれに対する不法行為の日である平成15年11月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度で認容し,その余の請求には理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 岐阜地方裁判所民事第1部裁判長裁判官野村高弘裁判官井口礼華 裁判官岩井直幸は,填補のため署名押印できない。 裁判長裁判官野村高弘
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