令和7年2月26日宣告令和5年(わ)第232号殺人未遂被告事件 主文 被告人を懲役4年6月に処する。 未決勾留日数中350日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、かねてより人の首を絞めて殺したいとの性的嗜好を有していたところ、本業の勤務先社長から虐待・搾取される状況に耐えられなくなり、同人から逃げるためには刑務所に行くしかない、どうせなら自分の性的嗜好をかなえたいなどと考え、令和5年8月12日午前0時16分頃から同日午前0時18分頃までの間、兼業のアルバイト先である大分県佐伯市ab 番地cAにおいて、顔見知りの常連客であったB(当時45歳、以下「被害者」という。)をその対象に選んで休憩室へ招き入れた上、殺意をもって、被害者の頸部を両手で絞めつけ、被害者が意識消失したのを見て死亡したものと思い込み、両手を離したが、間もなく、被害者が意識を取り戻し、いまだ死亡するに至っておらず、かつ、更にその頸部を両手で絞めつけるなどして被害者を殺害するのに支障はないことを認識しながら、すでに満足感を得たことにより、あえてそのような行為に及ばず、もって被害者の殺害を中止したため、被害者に約7日間の加療を要する見込みの圧挫痕の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げず、その頃、同県警察本部生活安全部地域課に110番通報をして自首した。 (争点に対する判断)第1 争点本件の争点は被告人の責任能力の有無・程度であり、検察官は完全責任能力を主張するのに対し、弁護人は心神喪失を主張する。 第2 当裁判所の判断 1 本件犯行の動機・経緯に関する被告人供述の信用性被告人は、当公判廷において、本件犯行の動機・経緯が判示のとおりであったことを供述した上、「捜査段階では、同 第2 当裁判所の判断 1 本件犯行の動機・経緯に関する被告人供述の信用性被告人は、当公判廷において、本件犯行の動機・経緯が判示のとおりであったことを供述した上、「捜査段階では、同情されて刑が軽くならないよう、当該社長のことを捜査機関等に話さなかったが、令和6年12月、同人の下での生活ぶりを記載した日記を読まれれば隠し切れないと思い、弁護人らに話すことにした。本件犯行の際、被害者が意識を取り戻したのを見てもとどめを刺さなかったのは、自分の欲が満たされたからである」などと供述する。 被告人が判示のような性的嗜好(以下「本件性的嗜好」という。)を有していたことは、女性の首を絞める内容を含むアダルトサイトへのアクセスが複数回確認できたことによって裏付けられており、当事者間にも争いがない。また、関係証拠によれば、被告人は、本件当時、当該社長の下で同僚らと共に同居生活を送っていたところ、そこでは、罰ゲームや罰金と称した当該社長による暴力的言動や経済的搾取が横行していたようである上、借金の返済と称して給与から相当額を天引きされていたこともあり、日中の本業に加えて夜間にも犯行現場となったA等でアルバイトをしていたことが認められ、これらの事情は被告人の供述と整合するし、被告人が本件犯行直後自首したことも裏付けとなる。そして、供述経過についての説明内容や、被害者にとどめを刺さなかった理由について述べるところも、不合理とは断じ得ない。以上によれば、被告人供述の信用性を排斥することはできない。 2 被告人の責任能力の有無・程度捜査段階で精神鑑定を担当したC医師と弁護人の依頼を受けて鑑定書を作成したD医師は、いずれも、被告人の前記供述を前提にすれば、被告人は、当該社長による虐待・搾取をきっかけに、同人から逃げて刑務所に行くため、かねて 鑑定を担当したC医師と弁護人の依頼を受けて鑑定書を作成したD医師は、いずれも、被告人の前記供述を前提にすれば、被告人は、当該社長による虐待・搾取をきっかけに、同人から逃げて刑務所に行くため、かねてより有していた本件性的嗜好に基づいて本件犯行に及んだことになる旨の意見を示しており、本件犯行の動機形成過程には、発想の飛躍が見られるとともに、普通一般とは異なる特別な性的嗜好の影響が認められる。 しかし、被告人は、長年にわたって本件性的嗜好を有していたものの、人の首を 絞めることは悪いことだと理解して本件まで実行せず、本件の2か月ほど前から実行を意識するようになっても、勇気が出なかったとして実行せずにいた上、本件犯行時は悪いことをしているとの認識からドキドキし、本件犯行直後も自首していることからみて、人の首を絞めて殺すことが悪いことであるとの認識を有していたといえる。また、本件の2か月ほど前から、人目につかない休憩室で実行しよう、警戒心を持っていない被害者を対象にしようなどと犯行計画を徐々に具体化させていること、本件当夜、同じシフトに入っていた同僚や被害者と共に来店したその友人の首を絞めることも考えたが、恋愛感情や関係性の希薄さ等を理由に実行を思いとどまっていること、一人で勤務する時間帯を作るべく、同僚を通じて同人の退勤後に出勤する予定であったアルバイト先の社長に出勤を遅らせてよい旨連絡していること、トイレに向かう被害者とすれ違った際には実行せず、トイレ付近で被害者を待ち、出てきた被害者に声を掛けて休憩室へ招き入れるなどしていること、本件犯行時意識を取り戻した被害者を見ても再び首を絞めることなく被害者の殺害を中止し、直ちに自首していることからみて、被告人は、目的達成に向け、犯行計画を具体化させるとともに、周囲の状況等に応じて自己の行動 時意識を取り戻した被害者を見ても再び首を絞めることなく被害者の殺害を中止し、直ちに自首していることからみて、被告人は、目的達成に向け、犯行計画を具体化させるとともに、周囲の状況等に応じて自己の行動を制御していたといえ、そこに異常な点は見受けられない。この点、D医師は、被告人は発達障害にり患しているとした上で、本件犯行をその影響による衝動的なものと評価するが、発達障害のり患の有無についてはともかく、少なくとも本件犯行が衝動的なものであるとの評価は、前記の諸事情に照らし、賛同できない。 以上によれば、被告人は、本件犯行当時、自分の行為がしてもよいことか悪いことかを判断する能力又はその判断に従って行動をコントロールする能力を喪失していなかったのはもちろん、これらが著しく減弱した状態にもなく、完全責任能力を有していたと認められる。 (量刑の理由)アルバイト先の社長の出勤を遅らせて一人で勤務する時間帯を作った上、顔見知りの常連客で警戒心を持っていない被害者に狙いをつけて人目につかない休憩室へ 招き入れ、確定的な殺意に基づき、突然その頸部を強い力で絞めつけたという犯行態様全般は、巧妙で悪質性の高いものであり、被害者が感じた恐怖や事件後の日常生活への悪影響は大きい。事後的に見ると実行行為そのものは人を死亡させる危険性がかなり低く、被害者の負傷結果も比較的軽いものにとどまったが、それは被害者が早期に意識消失したことによる偶然の結果にすぎない。 次に、本業の勤務先社長から虐待・搾取を受けていたこと自体は同情の余地があり、本件犯行につき中止未遂と自首が成立することは、被告人のために相応に酌むべきである。しかし、当該社長による虐待・搾取は、飽くまで本件犯行に至るきっかけであり、責任能力に問題がなく、犯行を思いとどまることが十分期待できた被告 首が成立することは、被告人のために相応に酌むべきである。しかし、当該社長による虐待・搾取は、飽くまで本件犯行に至るきっかけであり、責任能力に問題がなく、犯行を思いとどまることが十分期待できた被告人が、自らの性的嗜好をかなえるべく、自身の境遇とは無関係な被害者を巻き添えにして犯行に及んだ意思決定は、短絡的かつ身勝手なものとして厳しい非難を免れない。 以上の諸事情に照らすと、本件は、検察官が主張する量刑傾向(凶器等を用いない殺人未遂の単独犯であって、傷害の程度が加療期間2週間以内のもの)の中で、中程度に属する事案であり、当該量刑傾向の中で執行猶予が選択されている事案の多くは、動機が心中、介護疲れ、育児疲れ等の家庭内の問題に起因するものか、精神障害の影響が大きいものであって、本件の犯情、特に責任非難の程度について、そうした事案と同等の評価をするのが困難であることからすれば、実刑相当である。 その上で、被告人には前科前歴がなく、本件犯行を認めて被害者に対する謝罪の言葉を口にしていること、母が出廷して更生に協力する旨証言していることなどを考慮し、主文の刑を量定した。 (求刑:懲役6年、弁護人の科刑意見:執行猶予)令和7年2月27日大分地方裁判所刑事部 裁判長裁判官辛島靖崇 裁判官北島聖也 裁判官山西健太
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