平成20年3月27日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成18年(ワ)第19571号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成20年1月24日判決主文 原告らの請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実 及び理由第1請求 被告は,原告Aに対し,4264万5356円及びこれに対する平成15年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告は,原告Bに対し,1364万0119万円及びこれに対する平成15年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告は,原告Cに対し,1364万0119万円及びこれに対する平成15年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告は,原告Dに対し,1364万0119万円及びこれに対する平成15年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,E(昭和27年4月19日生まれ,女性。)が,IgA腎症に対するステロイド療法を受ける目的で,被告の開設するF病院(以下「被告病院」という。)に入院していたところ,重症肺炎により死亡したことについて,Eの相続人である原告らが,被告病院の担当医師には,カリニ肺炎に対する治療義務違反及び検査義務違反があると主張して,被告に対し,不法行為(使用者責任)に基づき,損害賠償を請求する事案である。 前提事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)(1)当事者 ア原告ら原告Aは,Eの夫であり,原告B,原告C及び原告Dは,いずれもEと原告Aの間の子である。 イ被告被告は,栃木県佐野市に被告病院を開設するI組合連合会である。 (2)診療経過Eは,平成12年,被告病院の人間ドックで尿蛋白(2+)を指摘されて,同年1 れもEと原告Aの間の子である。 イ被告被告は,栃木県佐野市に被告病院を開設するI組合連合会である。 (2)診療経過Eは,平成12年,被告病院の人間ドックで尿蛋白(2+)を指摘されて,同年12月19日,被告病院の外来受診を開始し,降圧剤の処方を受けていたが,その後も尿蛋白(2+)が続いたため,平成15年7月28日から同年8月5日まで被告病院に入院して腎生検を受けた。その結果,同月19日,IgA腎症(原発性糸球体腎炎のうち,糸球体のメサンギウム領域にIgAを主体とする沈着物が認められるもの)と診断され,同月27日,IgA腎症に対するステロイド療法を受ける目的で,被告病院に入院した。そして,同月28日からステロイド療法(プレドニゾロン40mg/日)を受けたが,同年10月22日,重症肺炎により死亡した(以下,特に年を記載しない限り,すべて平成15年のことである。)。 被告病院におけるその余の診療経過は,別紙診療経過一覧表のとおりである。 (3)カリニ肺炎(甲B3ないし9,12ないし15〔枝番含む。〕,乙B1ないし4)カリニ肺炎(ニューモシスティス・カリニ肺炎)は,真菌に近い微生物と考えられているニューモシスティス・カリニ(Pneumocystiscarinii)を病原体とする亜急性びまん性肺炎であり,ステロイドや免疫抑制薬投与により免疫機能の低下した患者等に生じる日和見感染症の1つである。発熱,乾性咳嗽,呼吸困難を3大症状とし,胸部レントゲン写真では両側性,びまん性のすりガラス状陰影を示すのが基本である。治療は,バクトラミンなどのS T合剤の投与が第1選択となる。 争点 (1)注意義務違反の有無ア9月18日時点における治療義務違反の有無(原告らの主張)以下の点からすれば,被告病院の担当医師には,9月18日の時点で, T合剤の投与が第1選択となる。 争点 (1)注意義務違反の有無ア9月18日時点における治療義務違反の有無(原告らの主張)以下の点からすれば,被告病院の担当医師には,9月18日の時点で,Eがカリニ肺炎に罹患したことを疑い,バクトラミンなどのST合剤の投与を開始すべき注意義務があった。 にもかかわらず,被告病院の担当医師がバクトラミンの投与を開始したのは9月26日のことであり,カリニ肺炎に対する治療が遅れた。 (ア)免疫機能の低下Eは,8月28日から,ステロイド療法としてプレドニゾロン40mg/日の投与を受けており,免疫機能が低下していた。文献上,ステロイド療法中の特に警戒すべき日和見感染症の例としてカリニ肺炎が挙げられている(甲B15の17)。 血液検査の結果からしても,Eのリンパ球は,9月8日に598に減少し,同月17日には1117に増加したものの,同月18日には297,同月19日には273,同月22日には194に激減しており,Eが細胞性免疫不全で,カリニ肺炎に罹患しやすい状態だったことが示されている。 (イ)検査所見a9月17日,Eは,白血球数が22800と急増して感染症が疑われる状況にあり,午後7時ころからはSpOが低下して,胸部レン トゲン検査でも肺透過性の低下がみられた。 b9月18日には,SpO,PaOの低下が続き,白血球数のさら なる増加,CRPの急激な上昇がみられ,さらに,同日施行の胸部レ ントゲン検査において,両肺にびまん性の浸潤影が認められた。 (被告の主張)以下のとおり,9月18日の時点でカリニ肺炎の発症を疑うべき義務はなく,ST合剤の投与を開始すべき義務もなかった。 (ア)カリニ肺炎の疑いについてEは,9月17日に重症肺炎を生じたと考えられるが,以下の点に照らせば,その主たる原因 ニ肺炎の発症を疑うべき義務はなく,ST合剤の投与を開始すべき義務もなかった。 (ア)カリニ肺炎の疑いについてEは,9月17日に重症肺炎を生じたと考えられるが,以下の点に照らせば,その主たる原因がカリニ肺炎であると強く疑うべき状況にはなく,むしろ細菌性肺炎を疑う方が合理的であった。 a免疫機能の低下について重症肺炎の発症が9月17日であるとすると,肺炎発症までにEに対してプレドニゾロン40mg/日を投与していた期間は約3週間(8月28日から9月17日)である。これは,むしろ短期投与というべきものであり(乙B1ないし4),また,Eは,腎不全やネフローゼを呈しておらず,ほぼ健康体に近く,カリニ肺炎と親和的な細胞性免疫不全をきたす基礎疾患,状態ではなく,カリニ肺炎が発症するような高度の細胞性免疫障害が生じていたとは考えられない。 なお,原告らの主張するリンパ球数は,機械法の測定値であり,検査技師の測定値は,9月17日は1596,同月18日は248,同月19日は546,同月22日は216である。 b臨床症状,検査所見について(a)原告らが主張する所見は,細菌性肺炎でもみられるものであり,直ちにカリニ肺炎を疑うべきものではない。 (b)カリニ肺炎ではCRPの上昇は軽度ないし中度とされているが(甲B13・124頁),9月18日,EのCRPは26.66という高値を示した。また,白血球の上昇も軽度から中程度とされるが(甲B12・283頁,乙B2・6:81頁),9月17日に2 2800,同月18日に24800,同月19日に18200と高値を示した。 (c)Eにはカリニ肺炎の3大症状のうち乾性咳嗽がみられず,湿性咳嗽がみられたにすぎなかった。 c症状経過についてEは,9月17日から1~2日のうちに急速に呼吸不全が進行し,炎症反応が亢進 。 (c)Eにはカリニ肺炎の3大症状のうち乾性咳嗽がみられず,湿性咳嗽がみられたにすぎなかった。 c症状経過についてEは,9月17日から1~2日のうちに急速に呼吸不全が進行し,炎症反応が亢進しており,このような急速な症状経過は,細菌性肺炎や急性呼吸促迫症候群(以下「ARDS」という。)に親和的である。 確かに,非AIDS患者のカリニ肺炎は急速な経過をとるといわれているが,それは1~2か月で経過するAIDS患者と比較してのことであって,非AIDS患者であったとしてもカリニ肺炎が本件のように1~2日で進行するのはまれである。 (イ)ST合剤の投与について①前記(ア)のとおり,9月18日時点でカリニ肺炎を強く疑うべき状況にはなく,むしろ細菌性肺炎を考える方が合理的であったこと,②Eは,9月8日,薬疹の疑いを診断されており,薬剤アレルギーを起こしやすいST合剤を投与するのには慎重を期す必要があったことからすれば,9月18日からST合剤を投与すべきであったとはいえない。 被告病院の担当医師は,9月25日,同月19日に採取した気管支肺胞洗浄液(以下「BAL」という。)のPCR検査でカリニDNA陽性であったとの検査結果報告を受けて,9月26日からバクトラミンの投与を開始しており,カリニ肺炎に対する治療が遅れたとはいえない。 イ9月18日時点における検査義務違反の有無(原告らの主張)前記ア原告らの主張のとおり,被告病院の担当医師は,9月18日時点で,Eがカリニ肺炎に罹患したことを疑うべきであったところ,カリニ肺 炎の診断にはCD4陽性リンパ球の測定が有効であるとされている。 したがって,被告病院の担当医師には,9月18日時点で,CD4陽性リンパ球の測定を行うべき注意義務があった。 にもかかわらず,被告病院の担当医師は,同日,CD4陽性リンパ 定が有効であるとされている。 したがって,被告病院の担当医師には,9月18日時点で,CD4陽性リンパ球の測定を行うべき注意義務があった。 にもかかわらず,被告病院の担当医師は,同日,CD4陽性リンパ球の測定を行わなかった。 (被告の主張)前記ア被告の主張のとおり,9月18日時点において,Eにつきカリニ肺炎の発症を強く疑うべき事情はなかったこと,また,CD4陽性リンパ球の測定は,臨床的には,HIV感染者に意味がある検査であり,カリニ肺炎を調べるというより,カリニ肺炎にかかり易い状態かどうかを調べるものであることからすれば,同時点でカリニ肺炎の診断のためにCD4陽性リンパ球を測定すべき義務もなかった。 ウ9月19日時点における治療義務違反の有無(原告らの主張)(ア)前記ア原告らの主張(ア)及び(イ)の事実に加え,9月19日には,画像診断医から,前日に撮影した胸部CT画像について,「両側上葉において,肺病変はすりガラス陰影から成り,二次小葉単位で占拠しています。これは,カリニ肺炎の合併を疑わせる所見です。」との報告がされたこと(乙A1・225頁)からすれば,被告病院の担当医師は,遅くとも9月19日の時点で,バクトラミンなどのST合剤の投与を開始すべきであった。 にもかかわらず,被告病院の担当医師がバクトラミンの投与を開始したのは9月26日のことであり,カリニ肺炎に対する治療が遅れた。 (イ)なお,被告は,9月19日に行ったBALの細胞診検査でカリニが陰性であったと主張するが,同検査でカリニ肺炎を診断できるのは約90%といわれているから(甲B7・1頁,乙B3・578頁),同検査 でカリニが検出されなかったからといって,カリニ肺炎を否定することはできない。 (被告の主張)以下のとおり,被告病院の担当医師には,9月19日時点で,ST合 7・1頁,乙B3・578頁),同検査 でカリニが検出されなかったからといって,カリニ肺炎を否定することはできない。 (被告の主張)以下のとおり,被告病院の担当医師には,9月19日時点で,ST合剤の投与を開始すべき義務はなかった。 (ア)画像診断医は,9月18日施行の胸部CT検査報告書において,細菌性肺炎の診断をしたものであり,カリニ肺炎については「肺炎(+カリニ肺炎?)」と記載されているにすぎない(乙A1・225頁)。 また,画像診断医からカリニ肺炎の疑いがあるとの報告がされたとしても,画像所見だけでカリニ肺炎の診断をすることはできず,直ちにST合剤の投与を開始すべきものでもない。 (イ)被告病院の担当医師は,9月19日,画像診断医からカリニ肺炎合併の疑いを指摘され,カリニ肺炎を鑑別すべき重要な疾病と考え,緊急にBALの細胞診検査を施行したところ,カリニは陰性であり,その細胞分画において好中球が優位を示した(乙A1・211頁)。これも細菌性肺炎の根拠となる所見であり(甲B13・82頁),被告病院の担当医師が,同検査結果からカリニ肺炎を否定し,ST合剤を投与しなかったのは合理的な選択であった。 エ9月19日時点における検査義務違反の有無(原告らの主張)①前記ア原告らの主張(ア)及び(イ)の事実に加え,9月19日には,画像診断医から,前日に撮影した胸部CT画像について,「両側上葉において,肺病変はすりガラス陰影から成り,二次小葉単位で占拠しています。これは,カリニ肺炎の合併を疑わせる所見です。」との報告がされたこと(乙A1・225頁),②カリニ肺炎の診断にはCD4陽性リンパ球の測定が有効であるとされていることからすれば,被告病院の担当医師には,遅く とも9月19日の時点で,カリニ肺炎の診断のためにCD4陽性リンパ球の測定を ,②カリニ肺炎の診断にはCD4陽性リンパ球の測定が有効であるとされていることからすれば,被告病院の担当医師には,遅く とも9月19日の時点で,カリニ肺炎の診断のためにCD4陽性リンパ球の測定を行うべき注意義務があった。 にもかかわらず,被告病院の担当医師は,同日,CD4陽性リンパ球の測定を行わなかった。 (被告の主張)①前記ア被告の主張のとおり,9月18日までの時点において,Eにつきカリニ肺炎を疑わせる所見は認められなかったこと,②前記ウ被告の主張(イ)のとおり,9月19日に施行されたBALの細胞診検査でカリニは陰性であり,むしろ細菌性肺炎の根拠となる所見が得られたことからすれば,被告病院の担当医師に,9月19日の時点において,CD4陽性リンパ球の測定を行うべき義務はなかった。 (2)因果関係(死亡原因)(原告らの主張)ア治療義務違反(前記(1)ア,ウ)と死亡との因果関係Eの直接の死亡原因は重症肺炎であるが,これは主にカリニ肺炎を原因とするものである。 そして,非AIDS症例のカリニ肺炎は,病状が急速に進行する反面,治療には反応しやすく,早期に適切な治療を開始すれば救命は可能である。 よって,被告病院の担当医師が,9月18日又は同月19日の時点で,バクトラミンなどのST合剤の投与を開始していれば,本件死亡結果を回避することができたものであり,前記(1)ア及びウの治療義務違反とEの死亡とには因果関係がある。 イ検査義務違反(前記(1)イ,エ)と死亡との因果関係被告病院の担当医師が,9月18日又は同月19日の時点で,CD4陽性リンパ球の測定を行っていれば,カリニ肺炎の診断をすることができ,同日からST合剤の投与が開始され,そうすれば本件死亡結果を回避する ことができた。 よって,前記(1)イ及びエの検査義務違反とEの死亡とに の測定を行っていれば,カリニ肺炎の診断をすることができ,同日からST合剤の投与が開始され,そうすれば本件死亡結果を回避する ことができた。 よって,前記(1)イ及びエの検査義務違反とEの死亡とには因果関係がある。 (被告の主張)PCR検査でカリニDNA陽性の結果が得られたことからすれば,合併症の1つとしてカリニ肺炎が存在していた可能性は否定できない(ただし,PCR法による陽性が直ちに起炎菌を示すものでないことや偽陽性である可能性も指摘されている〔甲B12・284頁,乙B3・578頁〕)。しかし,カリニ肺炎は,早期に治療を開始すれば,ほとんど全ての症例において完治させることができるとされているところ,Eは,9月26日から10月15日まで,バクトラミンの投与を受けていたにもかかわらず,症状が悪化し,死亡するに至ったものである。このように,ST合剤の投与が奏効しなかったことからすれば,Eの重症肺炎がカリニ肺炎によるものであったと考えることはできない。むしろ,前記(1)ア被告の主張(ア)によれば,Eは,細菌性肺炎が重症化し,又はARDSなどを発症して呼吸不全に陥り,さらに耐性菌によるコントロール不能な感染症を併発した結果,死亡したと考えるのが合理的である。 よって,原告らの主張する各注意義務違反とEの死亡とには因果関係がない。 (3)損害(原告らの主張)アEに生じた損害(ア)逸失利益合計4616万5836円a死亡時51歳から60歳(定年)までEは,本件当時,佐野市役所主査として勤務しており,平成14年には743万2491円の収入を得ていた。よって,これを基礎に, 生活費控除割合を30%として,ライプニッツ方式により中間利息を控除すれば,定年である60歳までの9年間の逸失利益は,次のとおり3698万0062円である。 を得ていた。よって,これを基礎に, 生活費控除割合を30%として,ライプニッツ方式により中間利息を控除すれば,定年である60歳までの9年間の逸失利益は,次のとおり3698万0062円である。 743万2491円×(1-0.3)×7.1078=3698万0062円b60歳から67歳まで351万8200円(平成14年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計の女性労働者平均年収)を基礎に,生活費控除割合を30%として,ライプニッツ方式により中間利息を控除すれば,60歳から67歳までの7年間の逸失利益は,次のとおり918万5574円である。 351万8200円×(1-0.3)×3.7299=918万5574円(イ)死亡慰謝料2500万円(ウ)原告らの相続Eの上記損害賠償請求権につき,原告Aはその2分の1(3558万2918円)を,その余の原告らは各6分の1(1186万0973円)をそれぞれ相続した。 イ原告Aに生じた損害(ア)葬儀費用150万円(イ)弁護士費用556万2438円ウその余の原告らに生じた費用弁護士費用各177万9146円エ請求のまとめよって,原告らは,被告に対し,不法行為(使用者責任)に基づき,原告Aにつき損害賠償金4264万5356円,その余の原告らにつき各1364万0119円及びこれに対する不法行為の日である平成15年10月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支 払を求める。 (被告の主張)原告らの主張は争う。 第3当裁判所の判断 認定事実前記前提事実のほか,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,Eの診療経過について,以下の事実が認められる。 (1)被告病院入院後の経過アEは,IgA腎症に対するステロイド療法を受ける目的で,8月27日,被告病院に か,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,Eの診療経過について,以下の事実が認められる。 (1)被告病院入院後の経過アEは,IgA腎症に対するステロイド療法を受ける目的で,8月27日,被告病院に入院し,同月28日から,ステロイド剤(プレドニゾロン40mg/日)の内服治療が開始された(乙A1・50頁)。入院時,Eには,IgA腎症による蛋白尿以外に明らかな病的所見は認められなかった(甲A27,乙A7,証人G反訳書1・2,3頁,原告A反訳書5・3頁)。 イ9月8日,Eは,皮膚がチクチクするとの感覚,発疹が出現し,被告病院の皮膚科を受診したところ,薬疹の疑いがあると診断された(乙A1・56頁)。翌9日には皮疹が全身に広がり,37.9℃の発熱も認められた(乙A1・57頁)。 (2)9月17日の経過ア9月17日昼,血液検査の結果,Eの白血球数が22800に上昇しており,炎症所見が認められた。被告病院の担当医師は,細菌感染症合併の可能性を疑い,感染原発巣は不明であったものの,念のためにホロサイル(抗生剤)の処方を開始した(乙A1・64,65,179頁,乙A7,証人G反訳書1・4,5頁)。 イ同日午後7時ころ,EのSpOが91~92%に低下し,喀痰も認め られたため,担当医師がコールされ,酸素2リットルの投与が開始された。 酸素投与開始直後の動脈血液ガス分析では,pH7.449,PaO 2.6,PCO32.3,SaO89.3%であり,低酸素血症が認 められた。肺の聴診では,右肺野優位に大水泡性ラ音が聴取された。胸部レントゲン撮影が施行され,8月28日撮影の画像(甲A3)から顕著な変化はなかったものの,左肺野の透過性がやや低下していることが疑われた。被告病院の担当医師は,レントゲン画像上,顕著な変化は認められなかったこ 影が施行され,8月28日撮影の画像(甲A3)から顕著な変化はなかったものの,左肺野の透過性がやや低下していることが疑われた。被告病院の担当医師は,レントゲン画像上,顕著な変化は認められなかったこと,ホロサイルの投与を開始したばかりであったことから,翌日からステロイドを減量しつつ,酸素投与によって経過をみることとした(乙A1・65頁,乙A7,証人G反訳書1・5,18頁)。 ウ同日午後8時ころ及び午後9時ころ,EのSpOは87~88%であ り,酸素の投与量が増量された。午後10時ころ,Eから呼吸苦の訴えはなく,SpO92%であった(乙A1・65頁)。 (3)9月18日の経過ア9月18日朝,Eは,SpO90~92%で,右肺野に軽度の大水泡 性ラ音が聴取され,喀痰もあった。被告病院の担当医師は,Eが呼吸苦等の自覚症状に乏しかったものの,SpOが低値であったため,同日,胸 部レントゲン検査,胸部CT検査,CRP値の確認を行うこととした(乙A1・66頁)。 イ同日午後0時30分,Eは,体温が37.1℃に上昇し,SpO %であり,湿性咳嗽が認められた(乙A1・66頁)。 ウ同日に施行された血液検査の結果,Eは,白血球数24800,CRP26.66に上昇し,炎症所見の悪化が認められた。また,同日午前9時に撮影された胸部レントゲン画像上,Eの両肺にはびまん性の浸潤影が認められた(乙A1・66,67,179,184頁,乙A4,7,証人G反訳書1・19頁)。 エ同日午後7時,Eは,体温が38.2℃に上昇し,もうろうとしている様子であった(乙A1・67頁)。 オ被告病院の担当医師は,Eの病態について,レジオネラ肺炎等の非定型肺炎やカリニ肺炎,ARDSなどの可能性も疑ってはいたものの,レントゲン画像上の陰影が浸潤影であ あった(乙A1・67頁)。 オ被告病院の担当医師は,Eの病態について,レジオネラ肺炎等の非定型肺炎やカリニ肺炎,ARDSなどの可能性も疑ってはいたものの,レントゲン画像上の陰影が浸潤影であったこと,水泡性ラ音が聴取されたこと,喀痰や湿性の咳嗽があったこと,白血球数及びCRPが非常に高値であり,炎症反応が強かったことなどから細菌性肺炎の可能性を最も疑い,呼吸器の専門医とも相談しながら,ホロサイルを増量するとともに抗菌スペクトルの広いカルベニンを追加投与して経過をみることとした(乙A1・66,67頁,乙A7,証人G反訳書1・1,6,7頁,反訳書3・4,30頁)。 (4)9月19日の経過ア9月19日,被告病院の画像診断医は,9月18日に撮影されたEの胸部CT画像(乙A2の1ないし3)の読影を行い,「肺炎(カリニ肺+炎?):両肺各葉に比較的広範囲にconsolidation(浸潤影)が占めています。Bacterialpnemonia(細菌性肺炎)と思われます。ただし,両側上葉において,肺病変はすりガラス陰影から成り,二次小葉単位で占拠しています。これは,カリニ肺炎の合併を疑わせる所見です。」との検査報告書を作成した(乙A1・225頁)。 イ同日午前9時35分,Eは,SpO88~89%で,呼吸苦が認めら れ(乙A1・71頁),また,同日撮影の胸部レントゲン画像上,肺の浸潤影の増強が認められた(乙A1・71頁,乙A5,6)。 ウ被告病院の担当医師は,前記アの検査報告を受け,原因菌の特定,治療方針の決定のために,BALの細菌検査を施行した。その結果,細胞分画は,好中球88.8%,リンパ球0.4%,マクロファージ10.8%であった。細胞診では,カリニ,サイトメガロ,ヘモジデリン貧食細胞がいずれも陰性であった(乙A1・71,7 行した。その結果,細胞分画は,好中球88.8%,リンパ球0.4%,マクロファージ10.8%であった。細胞診では,カリニ,サイトメガロ,ヘモジデリン貧食細胞がいずれも陰性であった(乙A1・71,73,211,212頁,乙A7)。 また,被告病院の担当医師は,同日,カリニDNA,クラミジア,レジ オネラなどを検査項目とするBALのDNA検査を外部の検査会社に依頼した(乙A1・213頁,証人G反訳書1・12頁,反訳書3・26頁)。 エ被告病院の担当医師は,前記ウの検査データは細菌性肺炎にかなり親和的であると判断し,マイコプラズマ,クラミジア,レジオネラ肺炎等の可能性も考えて,同日,投与抗生剤をホロサイルからエリスロマイシンに変更した。他方,細胞診でカリニは陰性であったため,カリニ肺炎に関しては,抗生剤の治療反応性及びPCR法によるDNA検査の結果が判明してからST合剤投与の要否を決定することとした(乙A1・72頁,乙A7,証人G反訳書1・12頁,反訳書3・22頁)。 (5)その後の経過ア9月20日,胸部レントゲン検査で上肺野の透過性低下がみられ,肺炎症状の悪化が認められた。被告病院の担当医師は,Eに対し,ステロイドパルス療法を同日から22日まで施行した(甲A4,乙A1・75頁,乙A7)。 イ9月21日,胸部レントゲン検査では,全肺野に浸潤影があるが前日に比べ改善していた。被告病院の担当医師は,Eに対し,急性肺障害についてエラスポールの投与を開始した(甲A5,乙A1・76,77頁)。 ウ9月22日,胸部レントゲン検査で肺の透過性低下が認められた。白血球数7200,CRP12.94,血小板数94000であった。被告病院の担当医師は,同月23日から投与抗生剤をカルベニンからパシルに変更することとした(甲A6,乙A1・78,79頁)。 られた。白血球数7200,CRP12.94,血小板数94000であった。被告病院の担当医師は,同月23日から投与抗生剤をカルベニンからパシルに変更することとした(甲A6,乙A1・78,79頁)。 エ9月25日,被告病院の担当医師のもとに,同月19日に採取したEのBALを検体とする同月24日付けDNA検査報告書が到着し,被告病院の担当医師は,PCR法でカリニDNAが陽性であったことを確認した。 被告病院の担当医師は,カリニ肺炎の合併も否定できないと考え,同月26日からバクトラミンの投与を開始した(乙A1・87,213頁,乙A 7,証人G反訳書1・14,15頁,反訳書3・37頁)。 オ9月27日,同月26日に採取したEの唾液成分の細胞診検査が行われたが,カリニは認められなかった(乙A1・195頁)。 カ9月30日,同月25日に採取したEの喀痰から,腸球菌,MRSA,カンジダが検出され,その後,抗生剤投与等によってもEの肺炎症状は改善せず,Eは,10月22日,死亡した。被告病院の担当医師は,Eの死亡後,原告Aらに対し,Eの死亡転帰は通常の単純な細菌性肺炎として考えにくく,免疫異常やその他の要因が関係していたことも考えられるため,死亡原因を明らかにするために解剖を行いたい旨依頼した。しかし,原告Aらの同意が得られなかったため,解剖は行われず,被告病院の担当医師は,Eの死亡診断書に直接死因を重症肺炎と記載し,その原因については不詳と記載した(乙A1・2,155,156,202頁)。 (6)白血球分画の推移7月30日から9月29日までのEの白血球分画の推移は以下のとおりであった(乙A1・178ないし182頁)。 機械法検査技師による測定値日付白血球数好中球好中球数リンパ球リンパ好中球好中球数リンパ球リンパ(%)(%)球 球分画の推移は以下のとおりであった(乙A1・178ないし182頁)。 機械法検査技師による測定値日付白血球数好中球好中球数リンパ球リンパ好中球好中球数リンパ球リンパ(%)(%)球数(%)(%)球数7/301240084.6104909.8121584.01041612.014888/28680065.5445425.017009/041130070.2793221.924749/081150089.0102355.2 9/172280091.3208164.9111790.0205207.015969/182480098.2243531.2 92.0228161.0 9/191820097.6177631.5 85.0154703.0 9/22720095.768902.7 94.067683.0 9/24670095.664053.1 92.061644.0 9/251090094.7103224.0 95.0103554.0 9/261230095.0116854.2 95.0116854.0 9/291920095.6183551.4 94.018048 争点(1)ア(9月18日時点における治療義務違反の有無)について(1)原告らは,被告病院の担当医師には,9月18日時点で,Eがカリニ肺炎に罹患したことを疑い,バクトラミンなどのST合剤の投与を開始すべき注意義務があったと主張する。 そこで,9月18日の時点で,Eの症状をカリニ肺炎によるものであると疑うべきで 時点で,Eがカリニ肺炎に罹患したことを疑い,バクトラミンなどのST合剤の投与を開始すべき注意義務があったと主張する。 そこで,9月18日の時点で,Eの症状をカリニ肺炎によるものであると疑うべきであったかについて検討する。 (2)まず,前記1(2)のとおり,9月17日,Eに喀痰等がみられたこと,SpO,PaOが低下して低酸素血症が認められたこと,肺野に大水泡性の ラ音が聴取されたこと,胸部レントゲン画像上,左肺野の透過性がやや低下していたことなどからすれば,Eは,同日,肺炎を発症したと認められる(乙A7,証人G反訳書1・4,5頁)。 この点について,H医師は,Eがステロイドホルモン投与中の患者であったこと,9月17日から呼吸器症状と低酸素血症が認められ,酸素投与が開始されたにもかかわらずその改善が不良であったこと,9月18日の時点で高熱が出現したこと,計算上,CD4陽性リンパ球数が200以下に低下していたことなどからすれば,被告病院の担当医師において,遅くとも9月18日の時点で,Eがカリニ肺炎を発症した疑いが極めて強いと判断し,ST合剤の投与を開始する必要があったとの意見を述べている(甲B14,証人H反訳書2・17頁)。 そして,前記認定事実によれば,Eは,①8月28日からステロイド療法 として継続的にプレドニゾロン40mg/日の投与を受けていたこと(前記1(1)ア),②9月17日,低酸素血症が認められ,酸素投与が開始されたものの,呼吸状態の改善がみられなかったこと(前記1(2)イ,(3)),③9月18日午後7時,38℃以上の発熱が認められたこと(前記1(3)エ),④9月18日施行の胸部レントゲン検査で両肺にびまん性の浸潤影が認められたこと(前記1(3)ウ)が認められ,カリニ肺炎がステロイド投与等により免疫機能の低下した患 認められたこと(前記1(3)エ),④9月18日施行の胸部レントゲン検査で両肺にびまん性の浸潤影が認められたこと(前記1(3)ウ)が認められ,カリニ肺炎がステロイド投与等により免疫機能の低下した患者等に生じる日和見感染症の1つであること,発熱,乾性咳嗽,呼吸困難を3大症状としていること(前記前提事実(3))に照らせば,前記②及び③はカリニ肺炎の症状としても矛盾しない所見といえる。 また,⑤文献「今日の診療」後藤元医師執筆部分では,カリニ肺炎の診断基準の1つとしてCD4陽性リンパ球数200以下という基準が挙げられているところ(甲B7,15の1),9月18日におけるEのリンパ球数は検査技師による測定で248に減少しており(前記1(6)。なお,機械法による数値よりも検査技師による測定値の方が信頼性が高いと認められる〔証人G反訳書1・9頁〕。),CD4陽性リンパ球は通常でリンパ球の25~56%程度であり,ステロイド投与例ではその割合がさらに減少すること(甲B14,甲B15の8,12,14)からすれば,9月18日におけるEのCD4陽性リンパ球数は200以下であったと推認することができる(甲B14,証人G反訳書3・8頁,証人H反訳書2・5頁)。 (3)しかしながら,この点については,以下のとおり指摘することができる。 ア免疫機能の低下についてカリニ肺炎は,高度の細胞性免疫不全症例に限って発現する日和見感染症であり(甲B7・2頁,甲B13・124頁,証人H反訳書4・4頁),文献上,これを発症するほとんどの場合,細胞性免疫不全をきたす基礎疾患,状態が1か月以上持続しているとの指摘がなされている(乙B1・123,129頁,乙B2・6:80頁)。また,カリニ肺炎発症の背景と してステロイドの中等量以上を1か月以上全身投与している例を挙げる文献(甲 以上持続しているとの指摘がなされている(乙B1・123,129頁,乙B2・6:80頁)。また,カリニ肺炎発症の背景と してステロイドの中等量以上を1か月以上全身投与している例を挙げる文献(甲B15の16・883頁),カリニ肺炎を発症した非AIDS患者の場合,90%近くはステロイド投与に引き続いて発症しており,プレドニゾロン換算では30mg/日で投与開始後平均12週で発症しているとの文献(甲B12・282頁),間質性肺炎の治療を目的としてプレドニゾロン換算で0.5mg/kg以上のステロイドを3週間以上投与された74例のうち7例がカリニ肺炎を発症し,その発症時期は治療開始後平均71日,発症時平均投与量はプレドニゾロン換算で平均37mgであったとの症例報告(甲B17,乙B4)も存在する。 しかしながら,Eは,非AIDS患者であり,IgA腎症以外に病的所見は認められなかったものであり(前記1(1)ア),高度の免疫不全をきたす基礎疾患を有していなかった。また,8月28日から継続的にプレドニゾロン40mg/日の投与を受けていたものの,9月18日までの投与期間は約3週間であって,前記文献及び症例報告に記載されているカリニ肺炎発症までの平均投与期間には達していなかった。さらに,9月18日には,リンパ球数が200台に低下しており,同日CD4陽性リンパ球数が200以下に減少したと推認できるが,肺炎症状の確認された9月17日には,リンパ球数は1000以上を保っていたものであり(前記1(6)),肺炎症状の生じた9月17日の時点で,細胞性免疫の著明な低下は認められていなかった。したがって,Eにステロイドが継続投与されていたことを考慮したとしても,9月17日以前に高度の免疫不全状態が継続していたとは考えにくく,9月17日に発症した肺炎症状が,カリニによ られていなかった。したがって,Eにステロイドが継続投与されていたことを考慮したとしても,9月17日以前に高度の免疫不全状態が継続していたとは考えにくく,9月17日に発症した肺炎症状が,カリニによるものであると強く疑われる状況であったとはいえない。 イ臨床所見,炎症反応について(ア)発熱,呼吸不全についてカリニ肺炎の3大症状に発熱,呼吸不全があるところ(前記前提事実 (3)),9月17日ないし18日,Eにこれらの症状が認められたことは前記認定のとおりである(前記1(2),(3))。しかしながら,これらはカリニ肺炎に特異な症状ではなく,細菌性肺炎等の他の感染症でも一般的にみられるものである(乙B7,証人H反訳書4・7頁)。よって,Eについて9月17日から呼吸不全がみられ,9月18日夜に38℃以上の発熱が認められたことから直ちにカリニ肺炎の可能性を強く疑うべきことにはならない。 (イ)咳嗽,喀痰についてまた,カリニ肺炎においては,免疫不全状態では宿主の免疫応答がほとんど生じず,浸出性の炎症機転に乏しいため(甲B12・282頁,乙B1・123,124頁),「乾性」の咳嗽が3大症状の1つに挙げられており(前記前提事実(3)),喀痰はほとんど生じないとされている(甲B12・282頁)。 しかしながら,Eには,9月17日,喀痰がみられ,水泡性ラ音も聴取され,9月18日には「湿性」の咳嗽も認められた(前記1(2),(3))。これらはカリニ肺炎になじまない所見であり,むしろ,液体性の浸出機転が生じる細菌性肺炎によるものとした方が説明しやすい症状である(乙B6,7)。 この点について,H医師は,上記の議論はカリニ肺炎の症状が緩徐に進行するAIDS症例を念頭においたものであり,Eは非AIDS症例で,症状が急速に進行し,カリニ肺炎にARDSを である(乙B6,7)。 この点について,H医師は,上記の議論はカリニ肺炎の症状が緩徐に進行するAIDS症例を念頭においたものであり,Eは非AIDS症例で,症状が急速に進行し,カリニ肺炎にARDSを合併していたと考えられるため,上記の点はカリニ肺炎と矛盾しない旨の証言をする(証人H反訳書4・9ないし12頁)。しかし,「乾性」の咳嗽は,複数の文献(甲B5ないし7,甲B13・124頁,甲B15の3・1頁,甲B15の4,甲B15の5・166頁,甲B15の6・696頁,乙B1・124頁,乙B2・6:80頁,乙B3・577頁)において,特に AIDS症例と非AIDS症例とを区別することなく,カリニ肺炎の3大症状の1つとして挙げられていることからすれば,「乾性」の咳嗽がAIDS症例のみを念頭においたものとは解し難く,9月18日の時点で,Eに喀痰や「湿性」咳嗽の存在が認められたことは,カリニ肺炎よりもむしろ細菌性肺炎を疑わせる所見といえる。また,Eは,9月17日に肺炎症状が現れると同時に大水泡性ラ音や喀痰が確認されており,これに先立ち「乾性」の咳嗽が確認された形跡も窺われないから,Eはカリニ肺炎の症状が急速に進行しARDSを合併したとのH医師の前記見解を採用することはできない。 (ウ)炎症反応についてさらに,カリニ肺炎ではCRPの上昇は軽度から中等度にとどまる場合が多く,おおむね1桁台の上昇であるとされており(甲B13・124頁,甲B15の16・885頁),白血球の上昇も軽度から中等度であるといわれている(甲B12・283頁,乙B2・6:81頁)。 しかし,Eは,9月16日までには明確な炎症反応や呼吸器症状がみられていなかったにもかかわらず,9月17日,WBC22800と白血球増多が認められ,さらに9月18日には,WBC24800,CRP しかし,Eは,9月16日までには明確な炎症反応や呼吸器症状がみられていなかったにもかかわらず,9月17日,WBC22800と白血球増多が認められ,さらに9月18日には,WBC24800,CRP26.66と高度の炎症反応を示した(前記1(2)ア,(3)ウ)。このような経過からしても,被告病院の担当医師がEに生じた呼吸器症状の原因として細菌性肺炎を第一に疑ったことには合理性があるといえる。 ウ画像所見について(ア)Eは,9月17日,強い呼吸不全症状を呈していたにもかかわらず,胸部レントゲン画像では,左肺野の透過性がやや低下していたのみであり,明確な肺炎像が現れなかった(前記1(2))。この点は,細菌性肺炎の所見としては典型的でなく,カリニ肺炎に親和的な所見であるとみることができる(甲B12・283頁,証人G反訳書3・33頁,証人 H反訳書4・27,28頁)。 しかし,9月17日は,肺炎症状が初めて確認された日であることからすれば,明確は肺炎像が現れていなかったとしても,細菌性肺炎として不自然とはいえず,上記画像所見からカリニ肺炎の可能性を強く疑うべきであったとまではいえない。 (イ)また,9月18日には胸部レントゲン画像上,両側にびまん性の浸潤影が認められている(前記1(3))。 カリニ肺炎で浸潤影を伴う症例も存在する(甲B15の6)とはいえ,カリニ肺炎では,基本的にはすりガラス状陰影を示すとされていること(前記前提事実(3)),細菌性肺炎等が画像所見で浸潤影を呈するとされていること(乙B6)などからすれば,上記画像所見は,むしろ細菌性肺炎を疑わせる所見といえる。 以上の点に鑑みれば,H医師の前記意見は採用することができず,9月18日時点で,被告病院の担当医師において,Eがカリニ肺炎に罹患したことを疑い,ST合剤の投与を開始 性肺炎を疑わせる所見といえる。 以上の点に鑑みれば,H医師の前記意見は採用することができず,9月18日時点で,被告病院の担当医師において,Eがカリニ肺炎に罹患したことを疑い,ST合剤の投与を開始すべき注意義務があったとは認められない。 争点(1)イ(9月18日時点における検査義務違反の有無)について(1)原告らは,被告病院の担当医師には,9月18日時点で,CD4陽性リンパ球の測定を行うべき注意義務があったと主張する。 (2)この点について,H医師は,リンパ球の低下が認められたのであれば,CD4陽性リンパ球を測定して,本当に細胞性免疫機能が低下しているのかを確認する必要があったと証言する(証人H反訳書2・15頁)。 そして,文献の中には,大量糖質ステロイド製剤投与時に末梢血リンパ球数,CD4又はCD8陽性リンパ球数のモニタリングの実施を推奨する文献も存在する(甲B4)。 (3)しかしながら,ほとんどの文献において,CD4陽性リンパ球数200以下という数値は,AIDS症例においてカリニ肺炎の発症を疑わせる所見 として挙げられているにすぎないこと(甲B6,8,12,13,甲B15の2ないし4,6,16,乙B2),カリニ肺炎の確定診断は,肺組織又は気道分泌物中からカリニの菌体が検出されるか,PCR法によるDNA診断によりされるのであり,そのためにはBALや喀痰の染色,肺生検,PCR検査等が行われること(甲B6,7,12,13,甲B15の5,6,乙B1ないし3),ステロイド大量投与中の非AIDS症例に対してルーティンでCD4陽性リンパ球の測定は行われていないと認められること(乙A7,乙B6,証人G反訳書1・8頁,証人H反訳書2・15頁)などからすれば,非AIDS症例においてカリニ肺炎の診断のためにCD4陽性リンパ球数の測定を行うべ 定は行われていないと認められること(乙A7,乙B6,証人G反訳書1・8頁,証人H反訳書2・15頁)などからすれば,非AIDS症例においてカリニ肺炎の診断のためにCD4陽性リンパ球数の測定を行うべき必要性があるとは認められない。 (4)以上に加えて,前記2に判示したとおり,9月18日の時点において,Eについてカリニ肺炎の発症を強く疑うべきであったとは認められないこと,9月18日の白血球分画検査で,リンパ球数が248に低下しており,このこと自体からCD4陽性リンパ球数が200以下であろうことはすでに推測可能であったことに鑑みれば,同時点で,Eに対し,あえてCD4陽性リンパ球の測定を行うべき注意義務があったとは認められない。 争点(1)ウ(9月19日時点における治療義務違反の有無)について(1)原告らは,9月19日,画像診断医から,前日に撮影した胸部CT画像について,「両側上葉において,肺病変はすりガラス陰影から成り,二次小葉単位で占拠しています。これは,カリニ肺炎の合併を疑わせる所見です。」との報告がされたことからすれば,被告病院の担当医師には,遅くとも同日時点で,バクトラミンなどのST合剤の投与を開始すべき注意義務があったと主張する。 確かに,前記胸部CT検査の検査報告書に「肺炎(カリニ肺炎?)」,+「両側上葉において,肺病変はすりガラス陰影から成り,二次小葉単位で占拠しています。これは,カリニ肺炎の合併を疑わせる所見です。」との記載 があることは原告ら指摘のとおりである。 (2)しかしながら,証拠及び前記認定事実によれば,前記2(3)に加え,以下の点を指摘することができる。 ア画像所見について前記検査報告書に記載された胸部所見は,「肺炎(カリニ肺炎?)+:両肺各葉に比較的広範囲にconsolidation(浸潤影) (3)に加え,以下の点を指摘することができる。 ア画像所見について前記検査報告書に記載された胸部所見は,「肺炎(カリニ肺炎?)+:両肺各葉に比較的広範囲にconsolidation(浸潤影)が占めています。 Bacterialpnemonia(細菌性肺炎)と思われます。ただし,両側上葉において,肺病変はすりガラス陰影から成り,二次小葉単位で占拠しています。 これは,カリニ肺炎の合併を疑わせる所見です。」というものであって(前記1(4)ア,乙A1・225頁),画像診断医の診断も第一次的にはカリニ肺炎ではなく細菌性肺炎であった。 そして,カリニ肺炎ではすりガラス様の陰影を示すのが基本であるものの(前記前提事実(3)),細菌性肺炎やマイコプラズマ肺炎でもすりガラス様陰影を呈することがあり(乙B7,証人H反訳書2・11,12頁),画像診断がカリニ肺炎の診断の決め手になるものでもないこと,前記2(3)に指摘のとおり,Eには,カリニ肺炎より細菌性肺炎になじむと考えられる所見が多数存在していたことに照らせば,上記所見から,直ちにカリニ肺炎が強く疑われるとはいえず,被告病院の担当医師において,直ちにST合剤の投与に踏み切らなかったことが不合理とはいえない。 イBALの細菌検査の施行について(ア)被告病院の担当医師は,前記アの検査報告を受けて,診断,治療方針決定のためにBALの細菌検査を施行したが,カリニは陰性であった(前記1(4)イ)。そして,上記検査によるカリニの検出率は80~100%と報告されており,感度の高い検査であると認められる(甲B7・1頁,甲B12・284頁,甲B15の5・167頁,乙B2・6:81,82頁)。したがって,被告病院の担当医師が,まずは細菌性肺 炎として対処し,その対応中に病状が悪化したり,カリニの診断が確定 頁,甲B12・284頁,甲B15の5・167頁,乙B2・6:81,82頁)。したがって,被告病院の担当医師が,まずは細菌性肺 炎として対処し,その対応中に病状が悪化したり,カリニの診断が確定したら,必要な治療を行おうと考えたことは不合理とはいえず,同日時点で,バクトラミンなどのST合剤の投与を開始すべき注意義務があったとは認められない。 (イ)これに対して,原告らは,BALの上記検出率はあくまでAIDS症例に関するものであり,非AIDS症例においては検出率は必ずしも高くないと主張し,H医師もこれと同旨の証言をする(証人H反訳書2・13頁,反訳書4・29頁)。 確かに,非AIDS症例の場合は検体中の菌体の量が少なく,塗沫陰性でもカリニ肺炎を否定することができないとする文献(甲B15の16・885頁)や,BALからのPCR法によるカリニDNA検出が陽性であった非AIDS症例8例のうち,Grocott染色による直接検鏡法では2例のみが陽性であったとの症例報告も存在する(甲B18)。 しかしながら,①前記のとおり,多くの一般的な文献ではAIDS症例と非AIDS症例とが区別されることなく,BALからの検出率が高いことが示されていること(甲B7・1頁,甲B12・284頁,甲B15の5・167頁,乙B2・6:81,82頁),②前記症例報告は,症例数がわずか8例のものにすぎず,しかも,本件診療後である平成16年6月に発表されたものであることなどに照らせば,前記文献記載や症例報告の存在によって,本件診療当時におけるBALの細胞診の有用性が否定されるものとは認められず,原告らの主張は採用することができない。 ウBALの細胞分画検査についてさらに,前記イのBALの細胞分画検査の結果,好中球が88.8%と優位を示しており(前記1(4)ウ),これは とは認められず,原告らの主張は採用することができない。 ウBALの細胞分画検査についてさらに,前記イのBALの細胞分画検査の結果,好中球が88.8%と優位を示しており(前記1(4)ウ),これは細菌性肺炎に親和的な所見であると認められる(甲B13・82頁,乙B7・1頁)。 この点につき,H医師は,Eがカリニ肺炎にARDSを併発していたとすれば,Eの症状の主たる原因をカリニ肺炎と考えても,好中球が優位を示したことと矛盾しない旨証言する(証人H反訳書2・16頁)。しかし,その点を考慮したとしても,9月19日時点における前方視的な判断としては,好中球増加が著明に認められたこともって細菌性肺炎を強く疑う根拠の1つとすることには合理性があり,9月19日時点で,バクトラミンなどのST合剤の投与を開始すべき注意義務があったと認めることはできない。 以上のほか,前記2(3)に指摘した事実を総合すれば,被告病院の担当医師が,9月19日,Eに対して,細菌性肺炎等を念頭においた抗生剤投与を続けることとし,カリニ肺炎については抗生剤の治療反応性及びPCR法によるDNA検査の結果が判明してからST合剤投与の要否を決定することとしたのにも合理性があったということができる。 以上によれば,被告病院の担当医師に,9月19日時点で,Eに対しST合剤の投与を開始すべき注意義務があったとは認められない。 (3)なお,原告らは,日本呼吸器学会が平成14年3月に公刊した「呼吸器感染症に関するガイドライン」において,CD4陽性リンパ球の減少から免疫不全が確認された場合は,PCR法の検査結果を待たずに,エンピリック治療(経験的治療)としてバクトラミンの投与を開始すべきであると定められていることからしても,被告病院の担当医師には,遅くとも9月19日にはバクトラミンの投与を 法の検査結果を待たずに,エンピリック治療(経験的治療)としてバクトラミンの投与を開始すべきであると定められていることからしても,被告病院の担当医師には,遅くとも9月19日にはバクトラミンの投与を開始すべき注意義務があったと主張する。 確かに,上記ガイドラインでは,免疫不全に合併する肺炎のエンピリック治療として,①CD4陽性リンパ球が200以下,②両側性陰影,and/or③PaO70以下の場合には,ST合剤の投与を開始するものと定められて おり(甲B15の15・138頁,甲B19・39頁),これを踏まえ,H医師も,上記の条件が揃えば,PCR法による検査の結果を待たずにST合 剤の投与を開始するのが一般的である旨証言する(証人H反訳書2・17ないし20頁,反訳書4・32ないし34頁)。 しかしながら,前記2(3)アに判示したとおり,Eは,肺炎を発症したと考えられる9月17日の時点でいまだリンパ球の著明な低下はなく,9月18日以降にその明確な低下が認められるようになったものであり(前記1(6)),この点に照らせば,Eは,前記ガイドラインが念頭に置いているような免疫不全に肺炎を合併した症例であると正面から評価することはできない。また,Eには,前記2(3)に指摘のとおり,カリニ肺炎になじまず,むしろ細菌性肺炎の所見に合致する症状が多くみられたのであるから,前記ガイドラインの治療方針がそのまま妥当する症例であったとはいい難い。さらに,カリニ肺炎に投与されるST合剤は,薬剤過敏症(発熱,発疹),腎障害等,高頻度の副作用の発現が指摘されているところ(甲B15の16・886頁,乙B2・6:83頁),Eは,9月8日,薬疹と疑われる皮疹が生じており(前記1(1)イ),ST合剤の投与には注意が必要であったといえることからすれば,前記ガイドラインの定 甲B15の16・886頁,乙B2・6:83頁),Eは,9月8日,薬疹と疑われる皮疹が生じており(前記1(1)イ),ST合剤の投与には注意が必要であったといえることからすれば,前記ガイドラインの定めを考慮したとしても,被告病院の担当医師が,9月19日,カリニ肺炎のエンピリック治療としてST合剤の投与を開始しなかったことに注意義務違反があると認めることはできない。 争点(1)エ(9月19日時点における検査義務違反の有無)について原告らは,被告病院の担当医師には,遅くとも9月19日の時点で,Eに対し,CD4陽性リンパ球の測定を行うべき注意義務があったと主張する。 しかしながら,非AIDS症例においてカリニ肺炎の診断のためにCD4陽性リンパ球数の測定を行うべき必要性があると認められないことは前記3に判示したとおりである。 加えて,9月19日,被告病院の担当医師が,カリニ肺炎の診断に有用なBALの細菌検査を行い,さらに,極めて高い感度があるとされているPCR法によるDNA検査を外注していたことからすれば,被告病院の担当医師におい て,同日時点で,さらにCD4陽性リンパ球の測定を行うべき検査義務があったとは認められない。 第4 結論 以上によれば,被告病院の担当医師に原告らの主張する注意義務違反があったとは認められず,原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。 よって,原告らの請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第30部裁判長裁判官秋吉仁美裁判官田代雅彦裁判官渡邉隆浩 浩
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