主文 1 控訴人国の控訴に基づき,(1) 原判決主文第3項を取り消す。 (2) 同取消しに係る一審原告の控訴人国に対する請求を棄却する。 2 一審原告の控訴を棄却する。 3 一審原告の控訴費用は一審原告の負担とし,その余の訴訟費用は,第1,2審を通じて,一審原告,控訴人国及び被控訴人長崎市間に生じた各費用の4分の3を一審原告の負担とし,4分の1を控訴人国及び被控訴人長崎市の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 控訴人国(1) 原判決主文第3項を取り消す。 (2) 同取消しに係る一審原告の控訴人国に対する請求を棄却する。 2 一審原告(1) 原判決主文第5項中,被控訴人長崎市関係部分を取り消す。 (2) 被控訴人長崎市は,一審原告に対し,33万3920円及びこれに対する平成7年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (3) 被控訴人長崎市は,一審原告に対し,60万円を支払え。 第2 事案の概要等 1 事案の概要(1) 一審原告は,ア(ア) 長崎市に投下された原子爆弾によって被爆し,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(昭和32年法律第41号。以下「原爆医療法」という。)に基づいて,長崎市長から被爆者健康手帳の交付を受け,(イ) 原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(昭和43年法律第53号。 以下「原爆特別措置法」という。ただし,平成7年7月1日以降は上記各法律を一本化した原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(平成6年法律第117号。以下「被爆者援護法」という。))に基づいて,長崎市長から健康管理手当の支給を受けていたが,イ中華人民共和国(以下「中国」という。)の大学における日本語講師として,日本から出国して中国国内に居住していた間のうち,平成6年10月分から平成7年7月分までの健康管理手当合計33万3 いたが,イ中華人民共和国(以下「中国」という。)の大学における日本語講師として,日本から出国して中国国内に居住していた間のうち,平成6年10月分から平成7年7月分までの健康管理手当合計33万3920円(以下「本件健康管理手当」という。)の支給を長崎市長から停止されたこと等に関連して,(ア) 控訴人国及び被控訴人長崎市各自に対し,本件健康管理手当及びこれに対する平成7年8月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金(以下「本件健康管理手当等」という。)の支払(イ) 被控訴人長崎市に対し,一審原告が,平成6年8月20日,被控訴人長崎市の市民課に転出届を提出したところ,同市職員が,故なくこれを同被控訴人の援護課に秘密漏洩したことにより,本件健康管理手当の支給を長崎市長から停止されたなどと主張して,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき,慰謝料50万円及び弁護士費用10万円,以上合計60万円(以下「本件損害賠償」という。)の支払等を求めた。 (2) 原審は,ア (1)イ(ア)の本件健康管理手当等請求関係で,(ア) 控訴人国に対して,本件健康管理手当(33万3920円)及びこれに対する平成7年8月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を命じ(原判決主文第3項),(イ) 被控訴人長崎市に対する請求を棄却し(原判決主文第5項),イ (1)イ(イ)の本件損害賠償請求関係で,被控訴人長崎市に対する請求を棄却する(原判決主文第5項)等した。 2 本件控訴の要旨そこで,(1) 控訴人国は,1(2)ア(ア)の部分を不服として,第1の1のとおり,ア同部分を取り消した上,イ同取消しに係る一審原告の控訴人国に対する本件健康管理手当等請求を棄却するよう求めて,(2) 一審原告は,1(2) 2)ア(ア)の部分を不服として,第1の1のとおり,ア同部分を取り消した上,イ同取消しに係る一審原告の控訴人国に対する本件健康管理手当等請求を棄却するよう求めて,(2) 一審原告は,1(2)ア(イ)及び同イの各部分を不服として,第1の2のとおり,ア同各部分(原判決主文第5項中,被控訴人長崎市関係部分)を取り消した上,イ被控訴人長崎市は,一審原告に対し,(ア) 本件健康管理手当等(33万3920円及びこれに対する平成7年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員),(イ) 及び本件損害賠償(60万円)を支払うよう求めて,控訴しているものである。 3 基礎となる事実次のとおり補正するほか,原判決5ページ10行目から9ページ7行目までのとおりであるから,これを引用する。 (1) 6ページ12行目の「402号通知」を「402号通達」に改める。 (2) 7ページ分ア 2行目冒頭の「分」を削る。 イ同行目の「支給については」の次に「,前条3項の規定を適用する場合を除き,なお」を加える。 ウ 17行目の「平成6年8月から」の次に「,1年契約で(ただし,3回更新した結果)」を加える。 エ 18行目の「中国国内に」の次に「主に」を加える。 (3) 8ページ分ア 10行目の「提出したが,」の次に次を加える。 「一審原告が,現在所持している被爆者健康手帳(甲1)には,『1 長崎市外に住所を移したときは,この手帳を新住所の市町村役場などに提示して住所変更の手続を必ず行ってください。2 長崎市内で住所がかわったり,氏名がかわったときは,市民課又は支所で住民票の手続をする際にこの手帳を提示して新住所,新氏名に訂正してもらってください。』との記載があるから,平成6年8月20日当時も,同趣旨の記載があったと推認されること,これに,甲18(一審原 支所で住民票の手続をする際にこの手帳を提示して新住所,新氏名に訂正してもらってください。』との記載があるから,平成6年8月20日当時も,同趣旨の記載があったと推認されること,これに,甲18(一審原告の陳述録取書),原審における一審原告の供述及び一審原告の2002年12月3日付け準備書面(2)の第2の3(5)を合わせ考慮すれば,この転出届の提出は,一審原告が,中国の大学への赴任は,上記住所変更等の記載事項のいずれにも当たらないことから,同記載上の市民課に相談に赴いたところ,同課職員から指導を受けて提出したものと認められるところ(これが,後日,どういう意味をもつかは,一審原告は知る由もなかった。これが,本件健康管理手当の支給停止に連動する。),」イ 18行目の「被爆者健康手帳の交付」を「被爆者健康手帳(甲1)の再交付」に改める。 (4) 9ページ5行目の「で,原告が」から7行目「57万0010円」までを削る。 第3 当審での争点 1 狭義の在外被爆者に対する健康管理手当の支給義務者(以下「争点①」という。)(1) 控訴人国の主張ア控訴人国は,(ア) 原爆三法が,「被爆者」たる地位をいったん取得した後に日本国内に居住も現在もしなくなった「被爆者」(以下「狭義の在外被爆者」という。)をも適用対象としていること,(イ) 本件で問題となっている原爆特別措置法及び被爆者援護法に基づく健康管理手当の支給が国の機関委任事務であったことは,争わない。 イ狭義の在外被爆者は健康管理手当受給権を失わないところ,この支給も,国の機関委任事務であった。 ウしたがって,一審原告に対する本件健康管理手当支給義務者は,被控訴人長崎市であり,控訴人国ではない。その理由は,次のとおりである。 (ア) 国の機関委任事務については,普通地方公共団体の長は「 。 ウしたがって,一審原告に対する本件健康管理手当支給義務者は,被控訴人長崎市であり,控訴人国ではない。その理由は,次のとおりである。 (ア) 国の機関委任事務については,普通地方公共団体の長は「国の機関として」(平成11年法律第87号による改正前の地方自治法(以下「旧地方自治法」という。)150条,同法律第87号による改正前の国家行政組織法15条2項)事務を処理するのであるが,そうであるからといって,当然に国がその費用の支給義務者となるわけではなく,支給義務者が誰であるかは,実定法の定めるところによるべきである。 (イ) 旧地方自治法232条1項は,機関委任事務に関する「支弁」について定めていたが,同項は,普通地方公共団体の長が管理,執行する国の機関委任事務についての所要経費はすべて当該普通地方公共団体がその財政から支出する義務を負うことを規定していた。 そして,普通地方公共団体が支弁した経費については,「当該地方公共団体が全額これを負担する」のが原則であり(平成11年法律第87号による改正前の地方財政法9条本文),同改正前の同法10条ないし10条の4所定の事務について国がその全部又は一部を「負担する」にすぎなかった。 このように,機関委任事務については,国の機関として処理する国の事務であっても,その経費は普通地方公共団体において支弁し,国は所定の事務に限り当該普通地方公共団体との間でその経費の一部又は全部を負担するという立法政策が採られていた。 エところで,(ア) 原爆特別措置法は,都道府県知事が健康管理手当を支給する(5条1項)とした上で,健康管理手当の支給に要する費用は当該都道府県が支弁する(10条1項)と規定していたし,被爆者援護法も,被爆者に対する健康管理手当の支給義務の実施機関は都道府県知事である(27条1項)とし た上で,健康管理手当の支給に要する費用は当該都道府県が支弁する(10条1項)と規定していたし,被爆者援護法も,被爆者に対する健康管理手当の支給義務の実施機関は都道府県知事である(27条1項)とした上で,その費用を都道府県が支弁する(42条)と規定している(ただし,原爆特別措置法15条,被爆者援護法49条により,同法中「都道府県知事」又は「都道府県」とあるのは,広島市及び長崎市については,「市長」又は「市」と読み替える。以下,併せて「都道府県知事等」,「都道府県等」という。)。 (イ) (ア)の「支弁する」という規定も,旧地方自治法232条1項と同じく,支給事務の所要経費を都道府県等がその財政から支出する義務を負うという意味である。 (ウ) したがって,「被爆者」に対する健康管理手当の支給義務者は都道府県等である。 オ一般に,行政機関相互における権限の委任とは,行政機関がその権限の一部を自己の意思により他の行政機関に移譲することをいう。権限が委任されると,委任機関はその権限を失い,後は受任機関がその権限を自己の権限として,自己の名と責任においてこれを行使するにすぎない。このように権限の委任は,権限が移譲される点において,権限の移譲を伴わない代理・専決又は代決と区別されるものであり,民法上の委任ともまったく異なる概念である。 機関委任事務は,同一の行政組織内の行政機関相互間の権限委任ではないが,以上の理は,機関委任事務の委任後の法律関係にも同様に妥当する。 したがって,機関委任事務に関する権限は,受任機関である普通地方公共団体の長に移譲され,主務大臣には,原則として直接管理・執行する権限はなく,普通地方公共団体の長に対して指揮監督権限を有するのみである(旧地方自治法150条)。例外的に,旧地方自治法151条の2が規定するところにより, 主務大臣には,原則として直接管理・執行する権限はなく,普通地方公共団体の長に対して指揮監督権限を有するのみである(旧地方自治法150条)。例外的に,旧地方自治法151条の2が規定するところにより,当該都道府県知事が,主務大臣の勧告(1項)及び職務執行命令(2項)に従わず,高等裁判所の職務執行命令判決(3項ないし7項)にも従わない場合に,主務大臣が機関委任事務を直接管理,執行することができる(8項)にすぎなかった。 カ狭義の在外被爆者に対する健康管理手当の支給事務も,次の理由から,当該被爆者の日本国内における最後の居住地又は現在地の都道府県(以下「最後の都道府県」という。)の都道府県知事等を受任機関とする機関委任事務であったと解される。 (ア) 狭義の在外被爆者は,日本国内で都道府県知事等から被爆者健康手帳交付決定及び健康管理手当支給認定を受けていたのであるから,出国するまでの間は,その居住地又は現在地の都道府県等に対して健康管理手当受給権を有している状態にあり,いったん同受給権を取得した者は,日本国内に居住も現在もしなくなっても同受給権を失わず,国外において同受給権を有する。 (イ) 最後の都道府県等が狭義の在外被爆者に対して負担していた手当支給義務が同人の出国により消滅すると解するためには,その手当支給事務を行う権限が同人の出国によって他の都道府県知事等に移転したと解するほかない。しかしながら,原爆特別措置法及び被爆者援護法には,狭義の在外被爆者の出国により手当支給事務を行う権限が,最後の都道府県等の都道府県知事等から他の行政機関に移転するとの規定はまったく存在しない。そこで,最後の都道府県等の都道府県知事等が引き続きその支給事務を行う権限を有するものと解するべきであり,最後の都道府県等(本件については長崎市)が健康管理手当の支給義 の規定はまったく存在しない。そこで,最後の都道府県等の都道府県知事等が引き続きその支給事務を行う権限を有するものと解するべきであり,最後の都道府県等(本件については長崎市)が健康管理手当の支給義務を負うことになった。 (ウ) 確かに,平成14年厚生労働省令第74号による改正前の被爆者援護法施行規則35条1項は「医療特別手当受給権者は,居住地を移したときは,次に掲げる事項を記載した届書に,住民票の写し・・・を添えて,14日以内に,これを居住地(都道府県の区域を越えて居住地を移した場合にあっては,新居住地)の都道府県知事に提出しなければならない」とし,同条2項は「都道府県知事は,都道府県の区域を越えて居住地を移した者から前項の規定による届出が提出されたときは,その者の従前の居住地の都道府県知事に,文書でその旨を通知しなければならない」と規定し,同条は健康管理手当にも準用していた(同施行規則54条)。 しかしながら,これらの規定は,日本国内における移転に関する規定である上,旧居住地の都道府県等から新居住地の都道府県等に手当支給義務が移転することに伴う事務手続が円滑に行われるようにするための規定にすぎないから,狭義の在外被爆者の出国によって,最後の都道府県等が負っていた手当支給義務が消滅する根拠となるものではない。 キ以上のとおり,原爆特別措置法及び被爆者援護法上,最後の都道府県等が狭義の在外被爆者に対して負担していた手当支給義務が,同人の出国により消滅する根拠はないから,消滅事由のない限り,最後の都道府県等の手当支給義務は同出国後もそのまま存続するものと解される。 (2) 一審原告の反論ア原爆三法の実体法的解釈として,第一次的かつ究極的責任主体は国である。被爆者の便宜のために,その事務を国の機関たる長崎市長に委任した結果 るものと解される。 (2) 一審原告の反論ア原爆三法の実体法的解釈として,第一次的かつ究極的責任主体は国である。被爆者の便宜のために,その事務を国の機関たる長崎市長に委任した結果,被控訴人長崎市が支払義務者となったにすぎない。同被控訴人に健康管理手当支給義務が課せられるからといって,控訴人国の同義務が免除されるものではない。 イ控訴人国が受任機関に権限を委任したとしても,被爆行政において,受任機関が自己の名と責任において権限を行使する実態はなく,控訴人国は受任機関の自主性を許さず,控訴人国の指示どおりに実務をしている実態にある。 ウ原爆三法の国家補償的趣旨や目的から,地方自治体的特徴はありえず,健康手当支給行政を行う権限は,なお控訴人国自らの行政機関に留保されているもので,一般論としての機関委任事務の法的性格論はなじまない。 2 本件健康管理手当請求権の時効消滅の当否(以下「争点②」という。)(仮に,一審原告が,控訴人国又は被控訴人長崎市に対し,本件健康管理手当請求権を有していたとしても)(1) 控訴人国及び被控訴人長崎市の主張ア平成6年10月分から平成7年7月分までの本件健康管理手当請求権は,(ア) 控訴人国に対する関係では,会計法30条及び31条1項に規定する「国に対する権利で,金銭の給付を目的とするもの」であり,(イ) 被控訴人長崎市に対する関係では,地方自治法236条1,2項に規定する「普通地方公共団体に対する権利で,金銭の給付を目的とするもの」である。 イ 「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」(ア) 会計法31条2項及び地方自治法236条3項が準用する民法166条1項にいう「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは,権利を行使するについて法律上の障害がなくなったときのことをいい,事実上の障害 (ア) 会計法31条2項及び地方自治法236条3項が準用する民法166条1項にいう「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは,権利を行使するについて法律上の障害がなくなったときのことをいい,事実上の障害はこれに含まれないところ,402号通達に基づく行政の取扱いや大阪地方裁判所平成13年6月1日判決以前の裁判例が在外被爆者に原爆三法の適用を排除していたことは,権利を行使するについての事実上の障害にすぎず,法律上の障害にはなり得ない。 (イ) 一審原告は,本件健康管理手当については,当該支給月の末日経過後,不支給分の支払を求めて直ちに権利行使することが可能であった。 ウ(ア) 一審原告が,本件健康管理手当の支払を求める本訴を提起したのは,平成13年9月11日であった。 (イ) したがって,本件健康管理手当請求権は,本訴提起前の平成12年7月末日の経過により,「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」から5年を超えて経過しているので,会計法30条後段及び(又は)地方自治法236条1項後段により,時効により消滅している。 エ会計法31条1項及び地方自治法236条2項は,各同項に規定する,金銭の給付を目的とするものについての不安定な状態をなるべく速やかに解決し,大量かつ複雑多様な会計上の決済を早期に完了させる必要性があることを理由として,時効の援用・時効の利益の放棄という個別の事情に係る行為を排斥し,画一的にこれを処理し規律することを目的として,時効期間の経過により一律に時効消滅の効果を生ずるとするものであるから,会計法31条後段及び地方自治法236条1項後段の消滅時効は,それらの文理及び趣旨からみて,時効の援用がなくとも当然に消滅するものである。 オエの趣旨にかんがみれば,会計法31条1項及び(又は)地方自治法236条2項の適用される場面にお の消滅時効は,それらの文理及び趣旨からみて,時効の援用がなくとも当然に消滅するものである。 オエの趣旨にかんがみれば,会計法31条1項及び(又は)地方自治法236条2項の適用される場面において,時効消滅の援用も主張も不要であり,したがって,時効消滅の援用や主張を観念する余地はないから,権利濫用を観念する余地がない。すなわち,上記法条が適用される場面においては,請求権が一定期間の経過により当然に消滅したものと判断すべきであって,その主張も要しないのである。最高裁判所第一小法廷平成元年12月21日判決・民集43巻12号2209ページが,除斥期間の規定の適用に関して,除斥期間の経過による請求権の消滅の主張は,実体法上も手続法上も要件ではないといっているのと同趣旨である。 カ仮に,主張を要すると解する余地があるとしても,国の行政機関が法令の解釈・運用を統一するため,通達を発し,関係者にその周知を図り,普通地方公共団体の長が当該通達に示された解釈に従うのは当然のことであり,402号通達で示された解釈は,相応の論拠を有するものであって,原爆三法の規定に明白に反するというものではなく,当時の厚生省が違法な解釈であると認識していたわけでもないから,控訴人国及び(又は)被控訴人長崎市が時効を主張することは権利の濫用にはならない。 (2) 一審原告の反論ア行政が,法の明文もなく,解釈によって権利や法的地位を喪失させ,被爆者の請求権行使の途を閉ざしている場合には,確定判決で行政の解釈・運用が否定されて始めて権利が確定するのだから,時効は判決確定日から進行する。 イ従前の行政行動に照らして,控訴人国又は被控訴人長崎市が,消滅時効を主張するのは(ア) 援用権の濫用であり,(イ) 権利の濫用である。 3 被控訴人長崎市の本件損害賠償義務 ら進行する。 イ従前の行政行動に照らして,控訴人国又は被控訴人長崎市が,消滅時効を主張するのは(ア) 援用権の濫用であり,(イ) 権利の濫用である。 3 被控訴人長崎市の本件損害賠償義務の有無(以下「争点③」という。)一審原告及び被控訴人長崎市の各主張は,原判決13ページ20行目から14ページ24行目まで(ただし,同被控訴人関係部分のみ)のとおりであるから,これを引用する。 第4 争点①(狭義の在外被爆者に対する健康管理手当の支給義務者)についての 判断 1 はじめに(1) 控訴人国は,原審における主張(402号通達で示された解釈・運用)を改め,当審において,次を承認している。 ア原爆三法は,狭義の在外被爆者をも適用対象としている。 イ本件で問題となっている原爆特別措置法及び被爆者援護法に基づく健康管理手当の支給は,国の機関委任事務であった。 ウ狭義の在外被爆者は,同手当受給権を失わず,国外において同手当受給権を有する。 (2) そして,控訴人国と被控訴人長崎市の指定代理人が一部重複していること及び同被控訴人の当審における主張態度からすれば,同被控訴人も,(1)について,同様の見解に立っているものと解される。 (3) (1)については,次の事情にかんがみ,当裁判所も,同様に解する。 ア原爆三法の趣旨イ不法入国した被爆者に関する事件において,最高裁判所第一小法廷昭和53年3月30日判決(民集第32巻2号435ページ,以下「A事件」という。)が,「原爆医療法は,被爆者の健康面に着目して公費により必要な医療の給付をすることを中心とするいわゆる社会保障法としての他の公的医療給付立法と同様の性格をもつと同時に,原子爆弾の被爆による健康上の障害がかつて例をみない特異かつ深刻なものであることと並んで,かかる障害が遡れば戦争とい 心とするいわゆる社会保障法としての他の公的医療給付立法と同様の性格をもつと同時に,原子爆弾の被爆による健康上の障害がかつて例をみない特異かつ深刻なものであることと並んで,かかる障害が遡れば戦争という国の行為によつてもたらされたものであり,しかも,被爆者の多くが今なお生活上一般の戦争被害者よりも不安定な状態に置かれているという事実を見逃すことはできず,このような特殊の戦争被害について戦争遂行主体であつた国が自らの責任によりその救済をはかるという一面をも有し,実質的に国家補償的配慮が制度の根底にあり,かかる原爆医療法の人道的目的からも,不法入国した被爆者にも,同法の適用が拒否されることがあってはならない」旨を判示していること,原爆二法を一本化した被爆者援護法が,その前文で,「たとい一命をとりとめた被爆者にも,生涯いやすことのできない傷跡と後遺症を残し,不安の中での生活をもたらした。・・・国の責任において,原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講・・・ずるため,この法律を制定する」と,その立法趣旨を宣言していること等に照らすと,これらの趣旨は,健康管理手当を巡る権利関係を考えるに当たっても忘れてならないことウ平成15年政令第14号被爆者援護法施行令5条1,2項及び同年厚生労働省令第16号同法施行規則35の3第2項等の改正により,狭義の在外被爆者に対しては,当該被爆者の日本国内における最後の居住地又は現在地の都道府県知事等が実施機関となることを前提とした規定を設け,実定法上も,(1)ウについて根拠付けがされたと解されること(4) 以上によれば,一審原告は,仮に平成6年10月から平成7年7月 は現在地の都道府県知事等が実施機関となることを前提とした規定を設け,実定法上も,(1)ウについて根拠付けがされたと解されること(4) 以上によれば,一審原告は,仮に平成6年10月から平成7年7月まで(本件健康管理手当の支給が停止されていた間),狭義の在外被爆者に該当したとしても(この点については疑問の余地があることについては,後記第5の8(3)ケで述べる。),本件健康管理手当(33万3920円)の受給権を有していたものである。 2(1) そして,一審原告が有していた本件健康管理手当受給権の給付義務者は,ア控訴人国ではなく,被控訴人長崎市であると解するのが相当であり,その理由は,控訴人国が,第3の1(1)ウないしキで主張するとおりである。 イ第3の1(2)の一審原告の反論は採用しない。 (2) したがって,ア控訴人国を本件健康管理手当支給義務者と判断して,控訴人国に対し,平成6年10月分から平成7年7月分までの本件健康管理手当(33万3920円)及びこれに対する平成7年8月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を命じた原判決主文第3項は相当でないから,イ控訴人国の控訴に基づいて,(ア) 同主文第3項を取り消した上,(イ) 同取消しに係る一審原告の控訴人国に対する請求を棄却することにする。 第5 争点②(本件健康管理手当請求権の時効消滅)についての判断1(1) 第4の1(4)及び同2(1)アによれば,一審原告は,被控訴人長崎市に対し,平成6年10月分から平成7年7月分までの本件健康管理手当(33万3920円)の受給権(請求権)を有するものである。 (2) そこで,被控訴人長崎市に対する関係で,争点②について判断する。 2 一審原告が同被控訴人に対して有する1(1)の請求権,すなわち,本件健康管理手当請求権は,地方 請求権)を有するものである。 (2) そこで,被控訴人長崎市に対する関係で,争点②について判断する。 2 一審原告が同被控訴人に対して有する1(1)の請求権,すなわち,本件健康管理手当請求権は,地方自治法236条1項後段にいう「普通地方公共団体に対する権利で,金銭の給付を目的とするもの」であることは明らかである。 3 同条は,(1) 1項後段で,時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか,5年間これを行わないときは,時効により消滅する旨,(2) 3項後段で,消滅時効の中断,停止その他の事項(前項に規定する事項を除く。)に関し,適用すべき法律の規定がないときは,民法の規定を準用する旨をそれぞれ定めているから,本件健康管理手当請求権(平成6年10月分から平成7年7月分まで)の消滅時効の起算点については,民法166条が適用されることになる。 4 「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」(民法166条1項)(1) 「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは,権利を行使するについて法律上の障害がなくなったときのことをいい,ア原則として,事実上の障害はこれに含まれない(最高裁判所第二小法廷昭和49年12月20日判決・民集28巻10号2072ページ参照)のであるが,イ事実上の障害であっても,権利を行使することが,現実には期待し難い特段の事情がある場合には,その権利行使が現実に期待することができるようになった時以降において消滅時効が進行すると解するのが相当である(同大法廷昭和45年7月15日判決・民集24巻7号771ページ,同第三小法廷平成8年3月5日判決・民集50巻3号383ページ,同第一小法廷平成15年12月11日判決・裁判所時報1354号1ページ)。 (2) 補正後の引用に係る原判決(6ページ9行目から7ページ4行目まで)に認定したとおり,被控訴人長崎市は 号383ページ,同第一小法廷平成15年12月11日判決・裁判所時報1354号1ページ)。 (2) 補正後の引用に係る原判決(6ページ9行目から7ページ4行目まで)に認定したとおり,被控訴人長崎市は,402号通達に基づき,狭義の在外被爆者を含む在外被爆者一般に対する健康管理手当の支給を排除する解釈・運用をしていたものである。 ア当裁判所も,上記解釈・運用は採用しないものであるが,その理由は,原判決15ページ20行目から18ページ24行目までのとおりであるから,これを引用する。 イ一審原告は,第3の2(2)アのとおり主張する。 (ア) 確かに,一介の市民が,行政庁の解釈に反して裁判まで提起することは大きな困難を伴うものである。 (イ) しかしながら,憲法は,三権分立を定め,最終的な法解釈は,司法権を司る裁判所に委ねられている。下級行政庁が,上級庁の通達に従った法解釈・運用をしなければならないとしても,同通達をもって最終的な法解釈ということはできないことは明らかであるから,それは,やはり事実上の障害にすぎず,法律上の障害とはいえないと解するのが相当である。 (3) 次に,権利を行使することが,現実には期待し難い特段の事情があったか否かにつき検討するに,補正後の引用に係る原判決(7ページ17行目から8ページ8行目まで)認定の事実,甲11,14及び一審原告の供述(53~58項)によれば,ア一審原告が,平成6年10月分以降の健康管理手当が支給されなくなったこと(振込入金がされなくなったこと(甲14によれば,平成13年8月ころは,毎月24日に当該月分の同手当を銀行振込の方法で支給されていた。))を知ったのは,平成7年7月10日,2回目の一時帰国をした後,配偶者から指摘されて預金通帳を見てからである。 イこれはおかしいと考え,改めて同月17日, 同手当を銀行振込の方法で支給されていた。))を知ったのは,平成7年7月10日,2回目の一時帰国をした後,配偶者から指摘されて預金通帳を見てからである。 イこれはおかしいと考え,改めて同月17日,長崎市長に被爆者健康手帳の交付申請をし,同手帳の再交付を受けて翌8月分から健康管理手当の支給が再開された。 ウ上記に遡る同年1月15日の第1回目の帰国,同年2月23日の第2回目の出国についても,一審原告は,長崎市への転入届,長崎市からの転出届を提出したが(甲11),そのときは,アの不支給については気付かなかったようである。 そうとすれば,一審原告がその後,5回も出国,帰国を繰り返して,中国の大学への赴任を終え,平成10年7月20日,最終の帰国に至ったとしても,遅くとも,平成7年8月1日(後記5(2)イ参照)の時点において,被控訴人長崎市に対し,本件健康管理手当の請求をすることが現実には期待し難かったともいい難いのであるから,やはり,同時点において,(1)イにいう特段の事情があったとはいい難い。 5 ところで,(1) 原爆特別措置法5条4,5項及び被爆者援護法27条4,5項によれば,健康管理手当の支給期限は,各手当の当該月の末日であると解されるから,本件健康管理手当について,一審原告は,各手当の当該月の末日経過後は,不支給となった同手当の支払を求めて権利行使することが可能であった。 (2) すなわち,本件健康管理手当について支給を停止されたア最初の平成6年10月分は同年11月1日から,イ最後の平成7年7月分は同年8月1日からいずれも健康管理手当請求権を行使することが可能であった。 (3) 本件訴訟の提起は,平成13年9月11日である(本件記録上明らかである。)。 (4) とすれば,一審原告に生じた本件健康管理手当請求権については,ア同手当 権を行使することが可能であった。 (3) 本件訴訟の提起は,平成13年9月11日である(本件記録上明らかである。)。 (4) とすれば,一審原告に生じた本件健康管理手当請求権については,ア同手当の支払を現実に請求した,(3)の本件訴訟の提起時点では,既に,遅くとも権利行使が可能であったと解される平成7年8月1日(4(3)参照)から,5年を超えて経過しているから,イ地方自治法236条2項に基づき,被控訴人長崎市の消滅時効の援用を要せずして,時効により消滅したことになるといえそうである。 6 しかしながら,一審原告は,本件健康管理手当請求権が時効消滅したと主張することは,援用権の濫用又は権利濫用になると主張するので,この点について,検討を進める。 (1) 地方自治法236条2項の趣旨同条項が,金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利(以下,便宜「公債権」という。)及び,普通地方公共団体に対する権利で,金銭の給付を目的とするもの(以下,便宜「公債務」という。)の不安定な状態をなるべく速やかに解決し,大量かつ複雑多様な会計上の決済を早期に完了させる必要があることから,時効の援用や時効利益の放棄という個別の事情に係る行為を排斥し,画一的にこれを処理し規律することを目的として,民法上の一般債権の消滅時効期間が10年(民法167条1項)であるのに比して,商法上の一般債権並みに5年(商法522条)という期間の経過により,一律に時効消滅の効果を生じさせるものであることは,被控訴人長崎市の主張するとおりである。 (2) 消滅時効の援用権の濫用についてア地方自治法236条2項の文言及び(1)の趣旨にかんがみれば,被控訴人長崎市は,同項の適用される場面において,消滅時効を援用しているわけではない(この「援用」とは,実体法上要求される「援 ついてア地方自治法236条2項の文言及び(1)の趣旨にかんがみれば,被控訴人長崎市は,同項の適用される場面において,消滅時効を援用しているわけではない(この「援用」とは,実体法上要求される「援用」を意味する。後記7(1)ア参照)ので,援用権の濫用を観念する余地はない。結論において,同被控訴人の主張するとおりである。 イよって,同被控訴人が消滅時効を援用するのは援用権の濫用に当たるとの一審原告の主張は採用できない。 ウ次に,同被控訴人が消滅時効を主張することが権利の濫用に当たるか否かについて検討するが,問題をはらむので,項を改めて論じる。 7 消滅時効の主張の権利濫用(問題の所在)(1)ア実体法上,消滅時効の援用が不要ということ(地方自治法236条2項)と,イ手続法上,すなわち民事訴訟手続において,弁論主義の建前上(例えば,民事訴訟法159条,179条等),消滅時効の主張(これをも「援用」という言葉を使用するので,アとの関係で誤解が生じやすい。)を要するということは,別個の問題であると解される。 (2) というのは,もし,地方自治法236条2項の「時効の援用を要せず」ということを,民事訴訟手続における弁論主義の建前を廃して,消滅時効の主張さえ不要ということを意味すると仮定するのであれば,ア(ア) 実体法である民法145条は言わずもがなの規定であり,(イ) 実体法において,手続法上の大原則をことさらに規定する必要も実益もないということにつながるが,そうであれば,無駄を省いて規定している民法の体系にそぐわないと解されるし,イそもそも,民法145条が消滅時効の援用を必要としている実体法上の理由にも,手続法(弁論主義)上,消滅時効の主張を要する理由にも反すると解されるからである。 (3) 被控訴人長崎市は,最高裁判所第一小法 そも,民法145条が消滅時効の援用を必要としている実体法上の理由にも,手続法(弁論主義)上,消滅時効の主張を要する理由にも反すると解されるからである。 (3) 被控訴人長崎市は,最高裁判所第一小法廷平成元年12月21日判決・民集43巻12号2209ページを引用し,地方自治法236条2項の「時効の援用を要」しない趣旨からして,公債務に係る請求権は,一定期間の経過により時効によって当然に消滅するものであって,その旨の主張は不要であるから,実体法上も手続法上も「援用」という行為は要件ではないと主張する。 しかし,同判決は,除斥期間についてのものであるところ,本件は,時効についてのものであり,事例を異にし,適切ではない。 こと消滅時効に関しては,ア実体法上は,(ア) 原則は「援用」を要し(民法145条),(イ) 例外的に「援用」を要しない場合もある(地方自治法236条2項のように,実体法で明示している場合がこれに当たる。)が,イ手続法上は,弁論主義の建前から,実体法上の請求権消滅の原因事実としての消滅時効を,裁判所の審理の俎上にのせるべく主張を要するのを必要不可欠としていると解するのが,実体法と手続法の統一的解釈に沿う所以である。その理由を,次に,それぞれ項を改めて補足説明する。 (4) 消滅時効の援用を必要とする実体法上の理由ア実体法である民法上,消滅時効は,実体法上いったん成立し,存在する権利を,実体法上消滅させる構造(民法167条以下)になっている。 イ時効によって権利が消滅するということの意味するところは,権利消滅という効果が,法が定めた一定の時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく,時効が「援用」されたときに初めて確定的に生ずるということである(最高裁判所第二小法廷昭和61年3月17日判決・民集40巻2号42 ,法が定めた一定の時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく,時効が「援用」されたときに初めて確定的に生ずるということである(最高裁判所第二小法廷昭和61年3月17日判決・民集40巻2号420ページ参照)。 ウ民法145条が,時効は当事者の援用がなければ,裁判所は時効によって裁判をしてはいけないとしているのは,実体法上,「援用」という援用権者の行為(意思表示)が必要であることを意味する。その背景にある実質的理由は,次のとおり解される。 (ア) 一方で,消滅時効による利益を甘受するのを潔しとしない援用権者もいるところ,かかる人には,消滅時効を援用する権利を行使しない自由を与えるのが,私的自治の観点(利益を押しつけられない自由,自己決定権を尊重する。)からも必要である。相手方の権利といえども,義務者の意思と無関係に,いったん発生し,存在する権利を当然に消滅させるというのは,義務者にとっても,自由意思を有する人(民法はこれを当然の前提としている。)としてはありがた迷惑なのである。 (イ) 他方,いったん発生し,存在する権利を,消滅時効によって消滅させたいと願う援用権者もおり,かかる人には,消滅時効を援用する権利を行使する権能を付与しているが,それを実体法上「援用」権として,規定しているのが民法145条である。 (ウ) すなわち,民法(実体法)は,消滅時効を援用して,相手方の権利の消滅をさせる方法と,これを援用しないで,他の方法で戦う方法,あるいは戦わない方法の選択を,援用権者の自由に委ねるのを原則としているのである。 エしたがって,実体法上,消滅時効を援用するのは,裁判上でも裁判外でも構わないことになる。 (5) 消滅時効の援用(主張)を必要とする手続法上の理由アさて,手続法は,実体法上の権利の有無,存在(発生,障害,変更,消滅)に 滅時効を援用するのは,裁判上でも裁判外でも構わないことになる。 (5) 消滅時効の援用(主張)を必要とする手続法上の理由アさて,手続法は,実体法上の権利の有無,存在(発生,障害,変更,消滅)につき争いがある場合に,その当否を,裁判において最終的に解決する手続,方法(ルール)を定めるものである。 イ当事者は,民事訴訟手続で,争いある実体法上の権利の発生,障害,変更,消滅に係る主要事実(具体的事実)を主張して証明すべき対象事実を裁判所に提供して(当事者が攻撃防御を尽くすとは,このことを意味する。),裁判所の法的当てはめ,判断を求めることになる。 ウこれを消滅時効についてみると,(ア) 援用権者が,消滅時効を援用(主張)するとは,実体法上いったん発生し,存在する権利を,実体法上消滅させる要件事実として,a 消滅時効が完成した事実と,b それを援用権者が「援用」した事実(これによって初めて,権利消滅という効果が確定的に生ずることは(4)イのとおりである。)を,(イ) 訴訟手続において,具体的に主張し,審理の対象として,裁判の俎上にのせる訴訟行為が,手続法上の「援用」に他ならない。 (ウ) (イ)の訴訟行為があった上,裁判所が(ア)a・bの主張事実を認めて初めて,いったん成立し,存在する権利が,裁判手続において,確定的に消滅すると判断されるのである。 エウ(ア)bの「援用」を要するのは,(4)ウ(ウ)で述べたとおり,実体法上は,援用する,しないが援用権者の自由な選択に委ねられているからに他ならない。 オウ(イ)の「援用」は,手続法上,審理の対象として,当事者が裁判の俎上にのせる訴訟行為のことであるから,それは,裁判上でされることを論理的前提としている。 カ援用権者たる当事者が民事訴訟手続で消滅時効を援用(主張)する場合は,(ア) 実 として,当事者が裁判の俎上にのせる訴訟行為のことであるから,それは,裁判上でされることを論理的前提としている。 カ援用権者たる当事者が民事訴訟手続で消滅時効を援用(主張)する場合は,(ア) 実体法上必要とされる援用権者の意思表示としてのウ(ア)bの「援用」と,(イ) 手続法上必要とされる当事者が訴訟行為としてするウ(イ)の「援用」とが,観念的に競合しているにすぎない。 (6) ところで,ア地方自治法236条2項が,公債務について,消滅時効の援用を要しないといっているのは,(ア) 消滅時効による相手方の権利消滅の要件事実として,(5)ウ(ア)bの実体法(民法)上,原則的に要求されている「援用」という行為(意思表示)を,(イ) 地方自治法236条2項が,例外的に不要としていることを意味するにすぎない。 イ援用という意思表示を不要とすることによって,大量の公債務についても,相手方の権利を行政手続上スムーズに消滅させることが可能になるから,その意義は大きい。 ウア,イ及び(5)の趣旨にかんがみれば,公債務の存在が裁判上争われる事態になったときは,普通地方公共団体が,消滅時効による相手方の権利消滅につき,裁判所の法的判断を求めるために,訴訟行為として,消滅時効によって相手方の権利が消滅した旨を具体的事実に基づいて主張((5)ウ(イ)の援用)することは,民事訴訟手続の本質から必要不可欠なのである。というのは,次のとおりである。 (ア) 当事者の自由な処分を許す権利関係について,いかなる法的主張を尽くして,権利の発生,障害,変更,消滅についての自己の法的正当性を認めてもらうかは,当事者の自由であるところ,(イ) 自己の法的正当性を訴訟手続上主張することによって,裁判所の判断対象として俎上にのせることになり,それがあって初めて,裁判所は,自 の法的正当性を認めてもらうかは,当事者の自由であるところ,(イ) 自己の法的正当性を訴訟手続上主張することによって,裁判所の判断対象として俎上にのせることになり,それがあって初めて,裁判所は,自らの権能として,法規の当てはめ,法的判断が可能となるからであり,(ウ) 裁判所の判断を求めるための,かような素材提供に相当する(5)ウ(イ)の訴訟行為としての援用(主張)までも不要といっているのではないことが理解できよう。 (7) そこで,次に,被控訴人長崎市が,いったん発生し,存在していた本件健康管理手当請求権が,時効により消滅したと主張(訴訟手続上の主張)することが権利の濫用に当たるかどうかの検討に進むが,重大な問題を内包するので,これも,項を改めて論じることにする。 8 権利濫用の有無について(1) 6(1)のとおり,地方自治法236条2項は,公債権・債務の不安定な状態をなるべく速やかに解決し,大量かつ複雑多様な会計上の決済を早期に完了させる必要があることから,時効の援用や時効利益の放棄という個別の事情に係る行為を排斥し,画一的にこれを処理し規律することを目的として,時効期間の経過により一律に時効消滅の効果を生じさせる規定である。すなわち,同項は,公債務については,原則的に必要な実体法上の「援用」を,例外的に不要といっているのである。 (2) 7(5)・(6)で述べたとおり,手続法は,実体法上の権利の有無,存在(発生,障害,変更,消滅)につき争いがある場合に,その当否を,最終的に裁判において解決する手続,方法(ルール)を定めるものである。訴訟手続上,弁論主義の建前からして,訴訟行為としての「援用」が必要であるとしても,その手続上の「援用」を許さない(一審原告の主張はこのように解される。)というためには,ア実体法上の「援用」を許さないとい ,弁論主義の建前からして,訴訟行為としての「援用」が必要であるとしても,その手続上の「援用」を許さない(一審原告の主張はこのように解される。)というためには,ア実体法上の「援用」を許さないという事情だけで,イあるいはその事情に加えて,ウあるいはまたそれとは無関係に,訴訟手続上の信義則にもとると評価できる特段の事情がなければならないと解される。 というのは,手続法の性格上,実体法上定められた,権利の発生,障害,変更,消滅規定を,手続法が作用する場面で実質上没却させる事態を来すことを認めることは,明確な規定がない以上,原則的には許されないからである。 (3) そこで,検討するに,前記認定の事実及び摘示した証拠によれば,次のとおり認定判断される。 ア一審原告は,平成6年8月から1年間(ただし,更新可)の予定で,中国の大学へ日本語講師として赴任するために長崎市を留守にすることが,被爆者健康手帳に記載してある,長崎市外への住所変更の際の注意事項のいずれにも当たらないことから,同手帳に記載のある市民課に相談に赴いたところ,同課職員から指導を受けて,中国への転出届をしたものであるが,これが,本件健康管理手当の支給停止に連動することは知る由もなかった。 イ被控訴人長崎市で健康管理手当を担当する援護課は,402号通達に基づき,在外被爆者には原爆三法の適用を排除する解釈・運用をしていたところ,アの転出届を知り,同運用に従い,平成6年10月分以降,一審原告に対する健康管理手当の支払を停止した。一審原告が,同支払停止の事実を認知したのは,中国から2回目に一時帰国した平成7年7月10日の後であった。 ウ当裁判所が,同被控訴人のイの解釈・運用を採用しないことは前記した。 エ一審原告は,本件健康管理手当の支払停止を不審には思ったものの,直ちに,再度 に一時帰国した平成7年7月10日の後であった。 ウ当裁判所が,同被控訴人のイの解釈・運用を採用しないことは前記した。 エ一審原告は,本件健康管理手当の支払停止を不審には思ったものの,直ちに,再度の被爆者健康手帳の交付申請をし,同交付を受けて平成7年8月分から健康管理手当の支給が再開されたのであるから,当座の不審・不満は解消された。 オ一審原告は,エのとおり健康管理手当支給が再開されたのであるから,イの解釈・運用を間違いであるとして,未払分の本件健康管理手当の支払を求めて訴訟を提起することができたと解することもできる反面,一介の市民が,通達という行政庁の解釈に反して裁判を提起することは大きな困難を伴い,事実上難しかったであろうとも解される。 というのは,前記したとおり,通達をもって最終的な法解釈ということはできないから,訴訟提起をしなかったことは法律上の障害とはいえないし,訴訟提起をすること(行政庁が通達に従った行政をしている以上,これを不満とする当事者が請求するには,裁判する以外にない。)が現実に期待し難かったとまでもいえないのではあるが,なお,一審原告から,同被控訴人に対し,本件健康管理手当の請求を裁判ですることは,現実には非常に困難を伴うものであろうことは,容易に推測できるからである。 カ一審原告の供述(58項)及び当裁判所に顕著な事実によれば,一審原告は,(ア) 大阪地方裁判所が,同庁平成10年(行ウ)第60号被爆者援護法上の被爆者たる地位確認等請求事件について,平成13年6月1日言い渡した判決において,在韓被爆者(広島市で被爆し,韓国籍を有している。来日して大阪府知事から被爆者健康手帳の交付と健康管理手当の支給認定を受け,その後出国した。)が原告となって起こした健康管理手当の支給等を求める裁判で,同手当の支払請求について 韓国籍を有している。来日して大阪府知事から被爆者健康手帳の交付と健康管理手当の支給認定を受け,その後出国した。)が原告となって起こした健康管理手当の支給等を求める裁判で,同手当の支払請求について勝訴したことを報道で知り,(イ) また,長崎地方裁判所においても,同じく,在韓被爆者(長崎市で被爆し,韓国籍を有している。来日して長崎市長から被爆者健康手帳の交付と健康管理手当の支給認定を受け,その後出国した。)が原告となって起こしている健康管理手当の支給等を求める裁判(長崎地方裁判所平成11年(行ウ)第5号在外(韓)被爆者の健康管理手当支給停止処分取消請求事件)の手助けになればとの思いで,(ウ) 402号通達に基づく被爆者援護法上の行政庁の運用を正すべく,本件訴訟を平成13年9月11日提起した。 キ被控訴人長崎市は,当審において,一審での主張を改め,「被爆者」たる地位をいったん取得し,健康管理手当受給権を取得した後に日本国内に居住も現在もしなくなった「被爆者」である,狭義の在外被爆者が,同手当受給権を失わず,国外において同手当受給権を有することを事実上承認するに至った。 ク健康管理手当の支給が再開された後も,引用に係る原判決(7ページ25行目から8ページ8行目まで)のとおり,中国の大学の日本語講師として,中国への出国,日本への帰国を5回繰り返したが,その間,健康管理手当の支給が閉ざされることはなかった。 ケ仮に,402号通達に従ったとしても,「海外出張者の住所は,出張の期間が1年以上にわたる場合を除き,原則として家族の居住地にある」との昭和46年3月31日自治振第128号自治省行政局振興課長通知に基づけば,一審原告が中国の大学に任期1年の契約(更新可)により赴任すること(補正後の引用に係る原判決(7ページ17行目から8ページ8行目まで) 月31日自治振第128号自治省行政局振興課長通知に基づけば,一審原告が中国の大学に任期1年の契約(更新可)により赴任すること(補正後の引用に係る原判決(7ページ17行目から8ページ8行目まで)参照)は,未だ,その居住地は日本国内にあったものと解する余地もある。というのは,(ア) 住所や居住地という概念が一義的でなく,相対的概念であり(最高裁判所第三小法廷昭和38年11月19日判決・民集17巻11号1408ページ,同第三小法廷昭和35年3月22日判決・民集14巻4号551ページ,同大法廷昭和29年10月22日判決・民集8巻10号1907ページ等),(イ) 前記A事件判決の趣旨を念頭におけば,一審原告の出国は,同通知を適用すべき実態にはなかったのではないかと解する余地があるからである。 しかも,一審原告の供述(58項)によれば,その不在中は,長崎市内の住宅は,一審原告の子がときどき訪れて管理し,電気,ガス,水道等の支払は,預金通帳から自動引き落としの方法で支払い続け,固定資産税も払い続けていたことが認められるから,中国赴任中,長期不在の期間(1年に満たないうちに日本にたびたび帰国していた。)があったとはいえ,健康管理手当の支給関係においては,長崎市民としての実態があったものと認めることも十分可能であった。 (4) 一審原告の権利濫用の主張の当否ア (3)認定の事情を含む前記認定の事情を総合勘案すれば,被控訴人長崎市が,地方自治法236条2項によって,本件健康管理手当請求権が当然に消滅した旨を,訴訟行為として主張することを容認することにためらいがないわけではない。しかしながら,前記した同条項の趣旨にかんがみれば,なお,訴訟手続上の信義則にもとると評価できる特段の事情があるとまでは判断し難い。 イまた,本件全証拠を検討しても,(ア らいがないわけではない。しかしながら,前記した同条項の趣旨にかんがみれば,なお,訴訟手続上の信義則にもとると評価できる特段の事情があるとまでは判断し難い。 イまた,本件全証拠を検討しても,(ア) (3)認定の事情とは無関係に,(イ) あるいは,(3)認定の事情に加えて,訴訟手続上の信義則にもとると評価できる特段の事情を認めるに足りない。 ウしたがって,訴訟行為として,消滅時効を「援用」することが権利濫用にあたるとの,一審原告の主張は採用できない。 9 まとめ(1) 以上要するに,ア 1(1)のとおり,一審原告は,被控訴人長崎市に対し,平成6年10月分から平成7年7月分までの本件健康管理手当(33万3920円)の請求権を有したが,イ 5(4)イ及び7(2)アのとおり,同請求権は,地方自治法236条2項によって,実体法上の「援用」を要せずして,当然に時効により消滅しているものであり,ウ 8(4)のとおり,訴訟手続において,同被控訴人が,訴訟行為としてイの事実を主張することを信義則上許さない特段の事情があるということはできないから,(2) 同被控訴人に対する本件健康管理手当(33万3920円)請求権は時効により消滅しているものである。 (3) よって,一審原告の,同被控訴人に対する本件健康管理手当等請求は理由がなく,アこれと同旨の原判決主文第5項中の被控訴人長崎市関係部分のうち,本件健康管理手当等請求を棄却した部分は結論において相当であり,イ同部分に関する一審原告の控訴は理由がないものとして棄却を免れない。 第6 争点③(被控訴人長崎市の本件損害賠償義務の有無)についての判断 1 市町村において,住民の居住関係の公証,その他の住民に関する事務は,住民基本台帳に基づいて処理され(住民基本台帳法1条),また,市長村長その他の市町 の本件損害賠償義務の有無)についての判断 1 市町村において,住民の居住関係の公証,その他の住民に関する事務は,住民基本台帳に基づいて処理され(住民基本台帳法1条),また,市長村長その他の市町村の執行機関は,住民基本台帳に基づいて住民に関する事務を管理し,又は執行しなければならない(同法3条2項)のであるから,長崎市内に居住関係を有する「被爆者」に関する事務を住民基本台帳に基づいて行うことは,そもそも同法(7条14号,同法施行令6条の2)が要求するものである。そして,一審原告からの転出届を受理した被控訴人長崎市の市民課担当職員が,同法3条2項に基づいてこれを援護課に伝達することは,地方公務員法32条(法令等及び上司の職務上の命令に従う義務)により義務付けられているのである。市民課担当職員が上記転出の情報を援護課に提出したことをもって違法といえる筋合いはない。 2 被控訴人長崎市の担当職員は,402号通達に基づき,被爆者が日本国の領域を越えて居住地を移した場合には,原爆三法の適用がなく,健康管理手当受給権を失うとの上級庁の解釈に従い,同手当支給事務を運用していた。 3(1) 2の解釈・運用を採り得ないことは,前記したが,証拠(乙5,6,9~11)に照らすと,同解釈・運用が誤りであったことが,一義的に明らかであったというのも言い過ぎである。同解釈・運用が改められたことは,従前のそれが無理であったこと,あるいは時代の進展に伴ってより良い方向に行政が梶を切ったということであって,喜ぶべきことである。 (2) 同担当職員が,法令の解釈・運用を統一するために国の行政機関が発した通達に示された解釈に従うのは,機関委任事務の性格から当然のことである。 (3)ア以上によれば,特段の事情がない限り,同通達で示された解釈に従って行政実務を運用していたことを に国の行政機関が発した通達に示された解釈に従うのは,機関委任事務の性格から当然のことである。 (3)ア以上によれば,特段の事情がない限り,同通達で示された解釈に従って行政実務を運用していたことをもって国賠法1条1項にいう違法性があると認めるのは相当でないところ,同特段の事情についてこれを認めるに足りる証拠もない。 イ確かに,第5の8(3)ケで述べたとおり,昭和46年3月31日自治振第128号自治省行政局振興課長通知に従っても,一審原告が,中国の大学への任期1年(ただし,更新可)の契約により赴任した実態は,同通知に当てはまるものと解することには疑問もあるが,このことも,アの判断を左右しない。 (4) 結局,同被控訴人の市民課による一審原告に対する転出届提出の指導を誤りということもできない。 4 同被控訴人の援護課が,市民課からの転出届の通知だけで被爆者の地位喪失扱いをしたのも,402号通達に基づいた運用を行っていたからであるから,3と同じ理由により,国賠法1条1項にいう違法性があったとはいい難い。 5 一審原告は,その他にも,種々主張するが,その論旨は多岐にわたり何をもって違法な行為と主張するのか判然とせず,控訴審においても,その違法行為を特定しないから,これ以上判断を加える必要をみない。 6 よって,一審原告の同被控訴人に対する本件損害賠償請求は理由がないから,(1) これと同旨の,原判決主文第5項中の被控訴人長崎市関係部分のうち,本件損害賠償請求を棄却した部分は相当であり,(2) 同部分に関する本件控訴は理由がない。 第7 結論以上によれば, 1 控訴人国の一審原告に対する控訴は理由があるから,同控訴に基づき,第4の2(2)のとおり,(1) 原判決主文第3項を取り消して,(2) 同取消しに係る一審原告の控訴人国に対する請求を よれば, 1 控訴人国の一審原告に対する控訴は理由があるから,同控訴に基づき,第4の2(2)のとおり,(1) 原判決主文第3項を取り消して,(2) 同取消しに係る一審原告の控訴人国に対する請求を棄却し, 2 一審原告の被控訴人長崎市に対する控訴は,第5の9(3)及び第6の6のとおり,理由がないから,これを棄却し, 3 一審原告の控訴費用及びその余の1,2審を通じた訴訟費用の負担につき,民事訴訟法67条,65条,64条,61条を適用して主文のとおり判決する。 福岡高等裁判所第1民事部裁判長裁判官簑田孝行裁判官駒谷孝雄裁判官藤本久俊
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