平成12(わ)1480 窃盗,殺人未遂

裁判年月日・裁判所
平成14年2月26日 神戸地方裁判所
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判決文本文12,351 文字)

判決平成14年2月26日宣告平成12年(わ)第1480号窃盗,殺人未遂被告事件 主文 被告人を懲役2年に処する。 未決勾留日数中390日をその刑に算入する。 本件公訴事実中殺人未遂の点については,被告人は無罪。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,第1 平成12年11月11日午前7時25分ころ,兵庫県明石市ABa番地のb所在のV方敷地の駐車場において,同所に駐車中の普通乗用自動車内から同人の所有又は管理に係る同車のエンジンキー1個,CD合計58枚在中のCDケース2個等合計63点(時価合計約5万円相当)を窃取した第2 Yと共謀の上,同月12日午前2時25分ころ,前記駐車場において,同所に駐車中の前記Vの管理に係る普通乗用自動車1台(時価150万円相当)を窃取したものである。 (証拠の標目)―括弧内の数字は証拠等関係カード記載の検察官請求証拠番号―省略【本件公訴事実中殺人未遂の点について無罪とした理由】第1 本件公訴事実第3の要旨被告人は,判示第2の犯行直後,窃取した普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)を運転して逃走中,兵庫県明石市ABa番地付近路上で停車した際,V(当時20歳。以下「被害者」という。)を同車下部に引っ掛けて同所まで引きずってきたことを認識したものの,逃走を続けるため,同人を死亡させる結果になるのもやむを得ないと決意して,同人を同状態にしたまま同車を急発進させ,約8メートルにわたって同人を引きずり走行したが,同人が同車から脱落するなどしたため,死亡させるに至らなかった。 第2 弁護人の主張の要旨被告人は,Y 同人を同状態にしたまま同車を急発進させ,約8メートルにわたって同人を引きずり走行したが,同人が同車から脱落するなどしたため,死亡させるに至らなかった。 第2 弁護人の主張の要旨被告人は,Y(注:女性である。)を乗車させるため本件自動車を停車させておらず,同車を減速してYを乗車させ,クリープ現象(オートマティック車がアイドリング状態でのろのろと動く現象をいう。以下同じ。)により進行したのであり,その後,Yから人を巻き込んだ旨告げられて加速したものであるところ,その段階においては,被害者は本件自動車下部から脱落していたから,殺人未遂の実行行為は存在せず,被告人は無罪である。 第3 争点の整理争点は,第1に,被告人が,乗車したYから,被害者を本件自動車下部に引っ掛けたまま,同車を運転して同所まで引きずってきたことを聞かされ,その旨認識した後,同車を走行加速させた時点において,すでに被害者が同車下部から脱落していた可能性のないことが本件証拠上合理的疑いを容れない程度に立証されているか(争点1)であり,仮に,これが認められるとして,第2に,その時点で,被告人に被害者に対する未必の殺意が認められるか(争点2)である。 第4 当裁判所の判断 1 当裁判所は,関係証拠に照らすと,被告人が,Yを乗車させて同車を発進させ,同女から被害者を本件自動車下部に引っ掛けて引きずってきたと聞かされ,同車を走行加速させた時点において,すでに被害者が同車下部から脱落していた可能性が完全には否定できないし,さらに,被告人が,その時点において,被害者に対し未必的殺意を有して同車を加速進行させた点についても,合理的な疑いを容れる余地が残るから,結局前記殺人未遂の公訴事実については犯罪の証明がないと判断したのであるが,その理由について,補足して説明する。 的殺意を有して同車を加速進行させた点についても,合理的な疑いを容れる余地が残るから,結局前記殺人未遂の公訴事実については犯罪の証明がないと判断したのであるが,その理由について,補足して説明する。 2 関係各証拠によれば,次の事実が認められる(なお,括弧内の数字は証拠等関係カード記載の検察官請求証拠番号を示す)。 (1) 被告人は,平成12年11月12日午前2時ころ,Yとともに判示第1の犯行により盗んだエンジンキーを使用して本件自動車を盗もうと,判示被害者方敷地の駐車場に至り,Yにおいて被告人から受け取った前記エンジンキーを使用して解錠して運転席ドアを開け,同車に乗り込もうとした。 (2) 被害者は,当夜,同人方2階自室において,本件自動車が盗まれないよう警戒していたのであるが,同車運転席側付近に近付いた被告人らを発見し,「こらー」と叫んだところ,Yは走って南方に逃走しはじめたが,被害者は,このままではその場に残った被告人に同車を盗まれると考え,2階自室の窓から庇伝いに本件自動車に向け飛び降り,同車の前部付近に,頭を道路側に向けて仰向けに転落し,転倒した。 (3) 同車に乗り込みこれを発進させた被告人は,同車が何かに乗り上げた衝撃を感じ,また,何かを同車下部に引っ掛かけて引きずっているような音を聞いたが,車止めあるいは花壇の煉瓦等を巻き込んだものと考え,そのまま同車を被害者方前から南方に向けて走らせ,ほどなくサイドブレーキを解除していなかったことに気付いてこれを解除し,いったん加速した後,同じ方向に走って逃げていたYを乗車させるため,被害者方西側に接する南北道路上,被害者方北西角(司法警察員作成の実況見分調書(39)添付の現場見取図第4号の「基準地点」。以下「基点」という。)から南に概略約50メートル付近に所在するC方の南西角 被害者方西側に接する南北道路上,被害者方北西角(司法警察員作成の実況見分調書(39)添付の現場見取図第4号の「基準地点」。以下「基点」という。)から南に概略約50メートル付近に所在するC方の南西角付近前の路上において,同車を同女の右側に減速しながら横付けした。 (4) 一方,Yは,被害者方前の南北道路を南に向け走って逃走中,被害者が,被害者方前駐車場において,本件自動車の前部付近に転落したのを目撃し,次いで,背後から「ゴロゴロ」という音が聞こえたので振り返ると,発進直後の本件自動車がボコボコと宙に浮いたような感じになると同時に,同車の前部付近に転落した被害者の姿が見えなくなったのを目撃した。その後,Yは,C方の南西角付近前の路上において,横付けされ,ほぼ停止した状態になった本件自動車に乗り込むと,被告人に対し,同車に人を巻き込んでいる旨伝えた。 (5) 被害者は,Yが本件自動車に乗車した後,ほどなく,前記実況見分調書(39)添付の現場見取図第4号のD点付近(位置関係は後記のとおり)で同車から路上に脱落したが,この一連の行為により,加療約60日間を要する頭部外傷Ⅱ型,全身擦過傷等の傷害を負うに止まり,奇跡的に生命に別状はなかった。 被告人は,そのまま本件自動車を南に向けて進行させて逃走した。 (6) 現場に残された痕跡等① 被害者方西側に接する南北道路上,基点から南に17.7メートルの地点(前記実況見分調書中に「1.77メートル」とあるのは,「17.7メートル」の誤記である。)から南に向け,同道路の西側部分に,長さ約26.8メートルの擦過痕様のものが印象されているところ,これは,本件自動車下部に引っ掛かったまま,被害者が引きずられた痕跡である。 ② ①の擦過痕上の,基点から南に32.7メートル,西に6.2 6.8メートルの擦過痕様のものが印象されているところ,これは,本件自動車下部に引っ掛かったまま,被害者が引きずられた痕跡である。 ② ①の擦過痕上の,基点から南に32.7メートル,西に6.2メートルの地点(前記現場見取図第4号のB点)及び基点から南に47.9メートル,西に6.1メートルの地点(同C点)に極少量の血痕様のものが付着していた。 ③ 基点から南に56.4メートル,西に5.6メートルの地点(同D点)の直径1メートルの範囲に血痕様のものが密集して付着しており,同地点から南側の同道路上には血痕様のものの付着は認められない。 ④ 被害者方駐車場から①の擦過痕の北端に至る途中の,基点から南へ12.9メートル,西に5.8メートルの地点には被害者着用の銀色ブレスレットが,同擦過痕上の,基点から南に46.7メートル,西に6.2メートルの地点には被害者着用の衣服の一部であるひもが遺留されていた。 ⑤ 本件自動車は,普通乗用自動車・ホンダSーMX(ステーションワゴン。ミニバンタイプのRV車)であり,同車の前面の下部にエアロ(アンダー)スポイラーが設置されているが,その下端から車両タイヤ接地面までの高さは約12センチメートルである。そのエアロ(アンダー)スポイラーに何か所か破損が認められたほか,本件自動車の前部エアロパーツ右下部(運転席側)に本件犯行前にはなかった破損が認められた。また,同車の底部運転席側から,擦過痕や被害者の血液型と同一の血痕のほか,被害者の着衣と同一の繊維かすを含む微物が採取された。さらに,被害者の着衣の背面には本件自動車のタイヤ痕が印象されていた。 (7) 被告人は,被害者方駐車場から本件自動車を発進させた際,同車の前部付近に転倒していた被害者を同車下部に巻き込み,同人を同車下部に引っかけたまま進行し 件自動車のタイヤ痕が印象されていた。 (7) 被告人は,被害者方駐車場から本件自動車を発進させた際,同車の前部付近に転倒していた被害者を同車下部に巻き込み,同人を同車下部に引っかけたまま進行したのであるが,被告人は,そのことの認識のないまま,前記のとおり同車を進行させた。なお,被害者が本件自動車下部のどのような位置に,いかなる態様で引っ掛かっていたのか,どのような契機で同車下部から脱落するに至ったのかなどの詳細については,本件証拠上,明らかではない。 3 以上の事実を前提に検討する。 (1) Yの乗車地点及びその際の本件自動車の停止の有無等前認定のとおり,被告人は,C方の南西角付近前の路上において,本件自動車をほぼ停止させ,Yを乗車させたものと認められる。 Zは,被告人が本件自動車を発進させてしばらくした後,被害者方2階被害者の部屋の窓から,本件自動車の挙動を注視していた被害者の実姉であるが,第2回公判調書中の証人Zの供述部分(以下「Z供述」という。)及び犯行日の翌日同人立会の下で実施された前記実況見分調書(39)によれば,本件自動車が停車しているように見えた位置は,基点から南に約48メートルの地点(概ね前記C点付近)であるというのであり,一方,Yに対する当裁判所の尋問調書(108。以下「Y供述」という。)によっても,Yが本件自動車に乗車した地点はほぼ同じ地点であるというのであるから,両者の供述は概ね一致しているところ,Z供述は,深夜,約45メートル離れた位置から本件自動車後部を視認したというその目撃状況に照らすと,目撃した本件自動車の具体的な位置関係や,停止したように見えたという経過時間等については,後記のとおり,その正確性について慎重な吟味を加える必要があるし,他方で,Y供述も,概ね信用できると思われる ,目撃した本件自動車の具体的な位置関係や,停止したように見えたという経過時間等については,後記のとおり,その正確性について慎重な吟味を加える必要があるし,他方で,Y供述も,概ね信用できると思われるが,当時動転した心理状態にあったことなどを考慮すると,その正確性については,Z供述同様に慎重な吟味が必要である。 そこで,さらに検討すると,Zは,本件自動車が停車しているように見えた地点を,「ブレーキランプが両方見えた地点」として記憶しており,このことを主要な根拠としてその地点を特定しているのであって,その供述自体から,その地点がさらに南方である可能性は必ずしも否定できないこと,Yも,その供述によれば,その位置関係を厳密に正確に記憶しているというわけでもないこと,被告人も,捜査段階において,Yの乗車位置を,前記両名の指示説明と概ね一致する地点であると述べ,公判廷においては同地点又はもう少し南方かもしれない旨述べていること,以上検討したYの乗車地点は,被害者の脱落地点とは異なり,現場路上に残された血痕等の痕跡により裏付けられる一義的に特定された地点とはいえないことなどを総合すると,本件自動車がほぼ停止してYが乗車した地点は,概ねZらが指示する地点付近とは考えられるものの,本件証拠上,それよりもさらに南方であった可能性は否定できないというべきである。 ところで,弁護人は,Z供述,Y供述及び被告人の供述中,本件自動車が一時停止した旨及びその乗車位置に関する各供述部分は,いずれも捜査官の誘導によりなされたものであり,本件自動車が停車したのであれば,そこに血だまりができるはずであるのにそのような形跡はないことに照らしても,信用性がない旨主張するが,Z供述によれば,本件自動車がある程度の時間停止していたように見えたこと自体は間違いない あれば,そこに血だまりができるはずであるのにそのような形跡はないことに照らしても,信用性がない旨主張するが,Z供述によれば,本件自動車がある程度の時間停止していたように見えたこと自体は間違いないものと認められること,Yは,乗車する際には本件自動車は停止していた旨述べているところ,同人の供述は本件現場付近の建物配置等とも矛盾するところがなく信用できること,被告人も,当公判廷において,Yを乗車させる際には本件自動車が一時停止した状態になっていたかも知れない旨供述していること,前記擦過痕上に認められる二つの血痕は,その形状に照らすと,本件自動車が停止したために生じたものとは認められないこと,Yを乗せるために本件自動車が停止し,あるいはほぼ停止した時間は,後記のとおり,さほど長いものではないと考えられることなどを総合すれば,前記各供述は,いずれもその信用性に欠けるところはないというべきであるから,弁護人の主張は採用できない。 もっとも,Z供述中,「同車が10秒もの間停車していた」旨述べる部分については,信用性の十分なY供述と食い違うこと,逃走中であった被告人らの行動としては悠長に過ぎること,弁護人も主張するように,同車が10秒もの間停車していたのであれば現場路上に血痕等の痕跡があって不思議はないのに,そのような形跡はないこと,前記のとおり,夜間,約45メートル離れた後方から本件自動車の動静を注視していたZが,本件自動車の動静,ことにその前後のわずかな動きを正確に認識するのは容易ではなかったと認められることなどに照らし,そのまま信用することはできない。また,Z供述中には,本件自動車が止まっているように見えた際,アクセルの空ぶかし音が聞こえ,かくかくという感じで車体は動いているのに前方に進まない状態であり,急発進・急加速して進行しようと できない。また,Z供述中には,本件自動車が止まっているように見えた際,アクセルの空ぶかし音が聞こえ,かくかくという感じで車体は動いているのに前方に進まない状態であり,急発進・急加速して進行しようとしているのに,なかなか発進できない様子であったとする部分があるが,Y供述によれば,当時,そのように急発進,急加速しようとした状況は窺われないから,信用し難い。 そうすると,前認定のとおり,本件自動車はいったんほぼ停止し,その後,ゆっくりと進行しつつ,Yを乗車させたに止まると認められるところ,被告人がYを乗車させた地点と被害者が本件自動車から脱落して倒れていた地点(前記現場見取図第4号のD点)との間の距離は,概ね8メートル余り(8.8メートルないし8.4メートル)とはいえるものの,それ以下の可能性も否定できないと認められる。 (2) Yが乗車して被告人に「人を巻き込んでいる」旨告げるまでの状況関係証拠によれば,被告人は,Yを乗車させた後,同人が助手席のドアを閉める間もなく,直ちに本件自動車を緩やかに発進させ,助手席ドアを閉めた後に,Yから本件自動車の下部に人を巻き込んでいる旨聞いたものと認めるのが相当である。 検察官は,被告人が,Yを乗車させるために本件自動車を一時停車させ,乗車したYから人を巻き込んでいる旨告げられた後,アクセルを踏み込んで急加速しながら進行した旨主張するが,Yは,同人が本件自動車に乗り込むと,助手席ドアを閉める前には,同車はすでにゆっくりと発進していたこと,助手席ドアを閉めた後に被告人に対して人を巻き込んでいる旨告げたこと,その時には助手席ドアを閉めた時点の速度よりも同車は相当程度加速していたこと,それまでに被告人がアクセルを強く踏み込んだことはなかったこと等を供述しているところ,その供述は,自 でいる旨告げたこと,その時には助手席ドアを閉めた時点の速度よりも同車は相当程度加速していたこと,それまでに被告人がアクセルを強く踏み込んだことはなかったこと等を供述しているところ,その供述は,自己の体験に基づいた具体的かつ詳細な供述であり,被告人の公判供述とも矛盾しないことに照らすと,十分な信用性が認められるから,検察官の主張は採用できない。 (3) 被害者がすでに本件自動車から脱落していた可能性の有無そうすると,本件自動車は,被告人がYを乗車させてから被害者が脱落するまでの間に,長くても8メートル余り前進しているのであるが,関係証拠によれば,Yが乗車してから同女が被告人に人を巻き込んだ旨告げるまでの間,アクセルを踏まずにクリープ現象により,あるいは被告人がアクセルを若干踏んでゆるやかに加速しながら進行していたものと認められる(少なくとも,その可能性は否定できない)ところ,8メートル余りを進行するために,さほどの時間を要するものではないと認められること,加えて,Yの実際の乗車地点は,前記実況見分調書で指示された地点よりも南方である可能性も否定できないのであるから,そうであるとすればその時間はなお一層短くなる可能性があること,Yは,本件自動車に乗車後,同車下部から「ギー」という音を聞いたが,被告人に人を巻き込んだ旨告げたときにもその音が聞こえていたかどうかは覚えておらず,その旨告げた直後,同車の後方を振り返ると被害者が路上に倒れているのを見た旨供述していること,被告人は,当公判廷において,Yを乗車させるためにブレーキを踏んで減速すると,同車下部から聞こえていた何かを巻き込んでいるかのような音や引っ張られる感じが次第になくなり,Yの乗車後同女から人を巻き込んだ旨告げられるまでの間には,自動車1台半ないし2台分(およそ6ない ると,同車下部から聞こえていた何かを巻き込んでいるかのような音や引っ張られる感じが次第になくなり,Yの乗車後同女から人を巻き込んだ旨告げられるまでの間には,自動車1台半ないし2台分(およそ6ないし8メートル程度)ほど進行したが,同車下部からの音や引っ張られる感じは依然としてなかった旨供述しており,捜査段階における被告人の司法警察員に対する供述調書(90)にも,これと同趣旨の供述部分が認められること,被告人立会に係る前記実況見分においても,Yから人を巻き込んだ旨告げられるまでの間に,自動車1台半ないし2台分ほど進行した旨指示していたこと(前記実況見分調書(79)添付の現場見取図第4号の⑤点の指示説明)等に鑑みると,Yの乗車後被告人がYから人を巻き込んだ旨告げられるまでの間に,被害者が同車から脱落した可能性は完全には否定できないというべきであり,前記検察官の主張に沿うY供述及び被告人の捜査段階における供述調書の各供述部分は,被告人が,被害者を本件自動車下部に引っ掛けて引きずってきたことを認識しながら,本件自動車を進行させた時点において,なお被害者が同車下部に引っ掛かって引きずられたままの状態であったと断定するに足りる証明力はないといわざるを得ない。 (4) さらに進んで,念のため,Yから被害者を本件自動車下部に引っ掛けて引きずってきたと聞かされた時点において,被告人が,被害者に対する未必的殺意を有して同車を加速進行させたか否かの点について,検討を加える。 本件証拠上,被告人がYから「人を巻き込んでいる」旨聞かされるまでに,被告人にその旨の認識がなかったことは疑いがない。 そして,Yからその旨聞かされた後の被告人の心理状態について,被告人の検察官(2通。99,109)及び司法警察員(92)に対する各供述調書には,被告人 の旨の認識がなかったことは疑いがない。 そして,Yからその旨聞かされた後の被告人の心理状態について,被告人の検察官(2通。99,109)及び司法警察員(92)に対する各供述調書には,被告人が本件自動車下部に被害者を引っ掛けていることを認識しながらアクセルを踏み込んで発進させ,その際巻き込んでいる人を死なせてしまっても仕方がないという気持ちであった旨,未必的殺意を自認する供述がある。 しかしながら,被告人の当公判廷における供述その他の関係各証拠によれば,前記各供述調書の被告人が認識した音に関する供述部分は,勾留満期の数日前の時期に,格別の合理的な理由もないのに,それまで捜査段階において一貫していた供述内容と異なり,顕著な変遷を遂げていること,前記供述部分の内容自体が,Y供述中の同女が本件自動車乗車後に聞いた音に関する供述部分と著しく相反していること,被告人は,当公判廷において,前記司法警察員に対する供述調書が作成された経過につき,警察官の取調べの際,同人から被害者に対して申し訳ないと思うのであれば男らしく殺意を認めたらどうだ等として同供述調書に署名指印するよう求められた旨供述しているところ,同供述調書自体にこれに沿う変遷理由の供述部分がある上,同供述調書の作成後直ちに前記検察官に対する供述調書が同警察署内で作成されたこと等に照らすと,被告人の前記供述の信用性はあながち否定できず,他に前記のような供述の変遷を首肯するに足りる合理的な理由も見い出し難いから,前記各供述調書中の未必的な殺意のあったことを自認する部分は,警察官らの誘導や被告人の投げ遺りな性格等が相俟って,被告人の当時の心理状態をありのままに述べた供述ではないとの疑いを排斥できず,信用するに足りるものではないというべきである。 もっとも,被告人の前記自白を除 告人の投げ遺りな性格等が相俟って,被告人の当時の心理状態をありのままに述べた供述ではないとの疑いを排斥できず,信用するに足りるものではないというべきである。 もっとも,被告人の前記自白を除いても,前認定の各事実及び関係各証拠によれば,被告人は,被害者方前駐車場付近において,被害者を本件自動車下部に巻き込み,その状態で走行を開始し,少なくとも前記擦過痕の北端から南端地点までは被害者を引きずったままで走行し,その後いったん同車の速度をほぼ停止させてYを同乗させ,人を巻き込んだ旨聞いた後も,なおも同車を走行させたことが認められる上,前記被告人の司法警察員に対する供述調書(90)中には,Yから人を巻き込んでいると聞いて「えらいことになった,どうしょうとパニック状態になり,車から降りて(そのことの真偽を)確認する勇気もないまま,そのまま車を走らせた。」旨の供述部分があるから,これらを総合すると,検察官の主張する未必的殺意を認めることができるようにも思われる。 しかしながら,Yは,被告人に対しても,「人」を同車に巻き込んだ旨告げただけで,具体的かつ詳細な状況説明をしたわけではないこと,前認定のとおり,事後的に判断しても,被告人が人を巻き込んでいると聞いた直後の段階において,被害者がすでに脱落していた可能性が否定できない状況にあったのであるから,被告人にとってみれば,Yから本件自動車下部に人を巻き込んでいると聞いたものの,その前後において,人の悲鳴や身動きする音など,人の存在自体を認識するに足りるだけの事情を認識していなかったから,その真偽を疑うなどして,事態を了解するにはしばらく時間を要したとしても不思議はないこと,その間にも本件自動車は速度を上げつつ進行を続けていること,被告人も,当公判廷において,Yを乗車させるために減速して一 疑うなどして,事態を了解するにはしばらく時間を要したとしても不思議はないこと,その間にも本件自動車は速度を上げつつ進行を続けていること,被告人も,当公判廷において,Yを乗車させるために減速して一時停止状態にした際,聞こえていた何かを引きずっているような音は消失しており,Yの乗車後においても何かを引きずっているような音や引っ張られるような感じは全くしなかった旨供述していること等の事実を総合勘案すると,被告人がYを乗車させた後同車を発進させ,Yから同車下部に人を巻き込んでいる旨告げられた直後の時点において,被告人が,同車下部に人を巻き込んでいる可能性は認識しつつも,そのようなことはないのではないかと考えつつ同車を走行させた,あるいは,そのことに対する判断をする間もなく同車を走行させるうち被害者が脱落するに至った可能性はなお否定できず,被告人が被害者に対し,未必的にせよ殺意を抱いて本件自動車を走行させたと断ずるには,なお合理的な疑いを容れる余地が残るといわざるを得ない。 検察官は,本件犯行前後の被告人の言動,すなわちYから同車下部に人を巻き込んでいる旨告げられた際に「うそ」と言ってひどく驚き,また,逃走を遂げホテルにおいてYに対して自らが「人殺し」であるなどと告げたことなどからも,未必的殺意を推認できる旨主張するが,被告人がYから人を巻き込んでいる旨告げられるや,被告人において,そのような事実を到底信用できず,あるいは否定したくなるのも無理からぬところであるし,Yの言葉によれば,被告人は人を本件自動車の下部に巻き込んだまま相当の距離を走行していたことになるところ,冷静になって記憶をたどると,そのことは十分あり得ることと感じられ,同人が死亡してしまったとすれば自らが殺したことになると自責の念に苛まれることになったとしてもこれもまた不 ていたことになるところ,冷静になって記憶をたどると,そのことは十分あり得ることと感じられ,同人が死亡してしまったとすれば自らが殺したことになると自責の念に苛まれることになったとしてもこれもまた不自然とはいえないから,検察官の主張するような推認ができるとまではいい難く,上記の認定を左右するには至らない。 第5 結論以上のとおり,被告人が,被害者を本件自動車下部に引っ掛けて引きずってきたことを認識し,同車を走行させた時点において,被害者が同車下部からすでに脱落していた可能性が否定できず,さらに,被告人が,その時点において,被害者に対して未必的殺意を有して本件自動車を走行させた点についても,合理的な疑いを容れる余地が残るので,結局,本件公訴事実中殺人未遂の点については犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。 (法令の適用)被告人の判示各所為はいずれも刑法235条に該当するが,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により犯情の重い判示第2の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役2年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中390日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (量刑の理由)本件は,被告人が,本件自動車内から被害者の所有又は管理に係る同車のエンジンキー等を盗んだ上,その翌日,共犯者と共謀の上,前記エンジンキーを使用して本件自動車を盗んだという窃盗2件の事案である。 被告人は,当時,窃盗による前刑の懲役刑について執行猶予期間中の身であったにもかかわらず,無施錠の本件自動車を発見するや,同行していた友人に見張りをさせながら,第1の犯行に及び,しかも,その翌日,共犯者とともに本件自 盗による前刑の懲役刑について執行猶予期間中の身であったにもかかわらず,無施錠の本件自動車を発見するや,同行していた友人に見張りをさせながら,第1の犯行に及び,しかも,その翌日,共犯者とともに本件自動車を盗もうと前記エンジンキーを使用して解錠したところを被害者に発見されたにもかかわらず,本件自動車に乗り込み現場から逃走して第2の犯行に及んだものであり,その短絡的かつ自己中心的な動機に酌量の余地はないこと,被害額は多額であること,第2の犯行については,被告人において,窃取行為を行っており,その果たした役割が大きいこと,第2の犯行の際,急発進させた本件自動車の車体下部に被害者を巻き込んだまま相当の距離を進行し,同人に瀕死の重傷を負わせているにもかかわらず,被害者に対し治療費すら支払っていないこと,そのためもあって,窃盗被害者の被害感情は極めて厳しいこと,犯行当時の生活行状全般は不良であり,前刑以外にも毒物及び劇物取締法違反の罪による罰金前科2犯もあって,規範意識は低調といわざるを得ないこと等に徴すると,犯情は極めて悪質であって,被告人の刑事責任は相当に重いというべきである。 そうすると,第1の犯行は,偶発的犯行であること,第2の犯行は,共犯者が強く望んだため敢行された犯行であること,本件被害品のほとんどは被害者に還付されたこと,被告人の実父が,当公判廷において,被告人の指導監督を誓約していること,未決勾留が相当長期に及んでいること,被告人が未だ若年であり,社会復帰後の勤め先も確保されていること,被告人なりの反省悔悟の情等被告人のために酌むべき事情を最大限斟酌しても,主文掲記程度の実刑は免れない。 よって,主文のとおり判決する。 平成14年2月26日神戸地方裁判所第1刑事部裁判長裁判官杉森研 主文 を最大限斟酌しても、主文掲記程度の実刑は免れない。よって、主文のとおり判決する。 理由 平成14年2月26日神戸地方裁判所第1刑事部裁判長裁判官杉森研二 裁判官溝國貞久 裁判官林史高

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