平成21年(わ)第369号殺人被告事件 主文 被告人を懲役12年に処する。 未決勾留日数中500日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,知人であるA(当時67歳)の酔余の言動等に激高し,平成21年3月23日の夕方から同月24日午前10時ころまでの間のいずれかの時点に,神戸市G区HI丁目J番K号所在の被告人方において,上記Aに対し,同人が死亡するに至るかもしれないことを認識しながら,あえて,多数回にわたり,その頭部,顔面,左右上下肢等を炊飯器の内釜(平成23年押第1号符号3)や木刀等の硬い物体で殴打し,ほぼ全身を手で殴る,足蹴りするなどの暴行を執ように加え,よって,そのころ,同所において,同人を多発性両側性肋骨骨折及び失血による呼吸循環不全により死亡させたものである。 (証拠の標目)省略(事実認定の補足説明及び弁護人の主張に対する判断)第1 当事者の主張本件公訴事実の要旨は,被告人が,平成21年3月22日ころから同月24日ころまでの間,被告人方において,A(以下「被害者」という。)に対し,殺意をもって,多数回にわたり,その全身を手拳,木刀等で殴打し,足蹴にするなどの暴行を執ように加え,よって,そのころ,同所において,同人を左右肋骨多発骨折及び失血による呼吸循環不全により死亡させたというものである。 これに対し,弁護人は,(1) 被告人は,同月23日午後10時30分ころか同日午後11時5分過ぎころまでの間,被害者の胸部を右の平手で突き押す,膝蹴りする,頭部を折れたほうきの柄で約5回叩く,左前額部付近を木刀で1回殴る暴行を加えて同人の頭部から出血させたが,同月24日午前零時15分過ぎころには眠ってしまったため, を右の平手で突き押す,膝蹴りする,頭部を折れたほうきの柄で約5回叩く,左前額部付近を木刀で1回殴る暴行を加えて同人の頭部から出血させたが,同月24日午前零時15分過ぎころには眠ってしまったため,それ以外の暴行は加えておらず,上記暴行時に暴行又は傷害の故意しか有していなかった被告人には,傷害罪が成立するにすぎない,(2) 仮に,被告人が,上記犯行後,眠らずに被害者に著しい暴行を加えて同人を死亡させたとしても,被告人には殺意はなく,傷害致死罪が成立するにとどまる上,当時,被告人は飲酒によって著しく酩酊しており,心神喪失の状態にあったので,無罪である旨主張し,被告人も公判廷でこれに沿う供述をしている。 そこで,以下,判示事実を認定した理由を補足して説明するとともに,弁護人の主張に対する判断を示す。 第2 本件の概要等関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。 1 被告人と被害者の関係等被告人は,平成6年ころ,立ち飲み屋で被害者と知り合い,以後,一緒に酒を飲んだりする付き合いを続けていたが,同人が酔って万引きをしたときや,飲み過ぎてバケツに排便をしたり,寝小便をしたときなどに,立腹して力一杯手拳や平手でその顔面や頭部を殴打したことがあり,平成20年11月下旬ないし同年12月初旬ころには,被害者とCが経営するお好み焼き屋へ行き,酒を飲むなどして店を出る際,Cにタクシーの手配を依頼した被害者に対し,同人が被告人の知り合いの運転手を指名したのに腹を立て,「お前の知り合いとちゃうやろ」などと言って怒鳴り付け,その後,あお向けに倒れて意識がない状態の被害者に対し,その頭を手で何度か殴り,無理やり起き上がらせてさらに殴ろうとした上,まともに歩くことのできない被害者をタクシーに押し込むように乗車させてその場を去るというこ に倒れて意識がない状態の被害者に対し,その頭を手で何度か殴り,無理やり起き上がらせてさらに殴ろうとした上,まともに歩くことのできない被害者をタクシーに押し込むように乗車させてその場を去るということがあり,それを見ていたCにとっては,あまりにも凄惨な状況で被害者が死んでしまったのではないかと思い,恐怖心を抱くようなものであった(なお,被告人は,公判廷において,このとき被害者を殴っていないと供述しているが,上記事実を目撃したCの警察官調書(ただし,不同意部分を除く。甲11)の供述内容は,具体的で,不自然,不合理な点もなく,十分信用できる。)。 2 平成21年3月18日から同月23日までの被告人と被害者の行動等(1) 被告人は,判示の被告人方に両親と居住していたが,平成20年4月ころ,両親が被告人の暴力に耐えきれなくなって家出したことから,同所で単身で居住し始め,翌年の3月18日からは同所で被害者と飲酒したりしながら一緒に過ごすようになり,同月23日は,昼ころに目を覚ました。 被告人は,起きがけに焼酎をストレートで1口飲み,被害者と生活協同組合コープLコープM駅前店へ行き,缶酎ハイ(350ミリリットル入り)2本と焼酎(220ミリリットル入り)3本を買い,同店入口付近で,被害者とこれらを飲み(被告人は,少なくとも,缶酎ハイ1本と焼酎2本を飲んだ。),三,四時間過ごした後,被害者と帰宅した。 (2) 帰宅後も,被告人と被害者は,2階の東側洋間で焼酎を飲んだりしながら過ごした。 この間,被告人は,被害者が2階のトイレで転倒したため,上記洋間に連れ戻し,大丈夫かと声をかけたが,その後,被害者が再び同トイレで転倒し,便座を壊したことから,腹を立て,被害者に対し,その頬を平手打ちしたり,胸部を右手の平で突いたり レで転倒したため,上記洋間に連れ戻し,大丈夫かと声をかけたが,その後,被害者が再び同トイレで転倒し,便座を壊したことから,腹を立て,被害者に対し,その頬を平手打ちしたり,胸部を右手の平で突いたり,膝蹴りしたり,頭部をほうきの柄で四,五回叩いたり,木刀で1回叩くなどの暴行を加えた(以下「第1暴行」という。)。 3 被告人の通報状況等被告人は,翌24日の午後1時1分,N警察署O交番に「友人のAが自宅の廊下で倒れている。警察官に来てほしい。」旨の110番通報をし,午後1時16分,知人のDに電話をかけ,うろたえた様子で,被害者を捜しに行くと廊下で倒れていて体が冷たくなっていたなどと言い,午後1時18分,119番通報をした。 被告人からの通報を受けた警察官は,直ちに被告人方へ臨場し,同日午後1時25分,2階の廊下において,被害者が倒れているのを発見したが,既に被害者は死亡していた。 なお,被告人が被害者に対して第1暴行を加えた時点から,警察官が被告人方へ臨場するまでの間,被告人及び被害者以外の者が被告人方に侵入した形跡はなかった。 その後,被告人は,警察署への任意同行に応じ,飲酒検知や事情聴取等を受け,翌25日,被害者に対する殺人の被疑事実で通常逮捕された。 4 被告人方の状況等警察官臨場後,当日の午後2時53分から午後6時25分までの間に行われた被告人方の実況見分によると,特に2階の状況は,以下のとおりであった。 (1) 被告人方の2階は,中央に東西を通る廊下があり,その廊下を挟んで南西側の洋間(西側洋間),南東側の洋間(東側洋間),北東側の和室(四畳半和室)及び北西側の和室(六畳和室)の四部屋があり,東側洋間と四畳半和室との間にはトイレ(洋式)があった。各洋間の出入口はドア,各和室の出入 側洋間),南東側の洋間(東側洋間),北東側の和室(四畳半和室)及び北西側の和室(六畳和室)の四部屋があり,東側洋間と四畳半和室との間にはトイレ(洋式)があった。各洋間の出入口はドア,各和室の出入口は片側引き戸であり,これらの出入口は,いずれも廊下に面していた。 (2) 廊下の状況被害者は,廊下の中央付近に,長そでトレーナーとフリースズボンを着用し,頭を西に向け,両手を体側からやや開いた状態で伸ばし,両足を左側に曲げ,左足を下にしたあお向けの状態で倒れており,胸の下辺りから下半身にかけて毛布がかけられていた。 被害者の顔面のうち,額の多くの箇所や口の周囲,ほぼ左顔面全体から左側頭部にかけての部位や頭頂部周辺には血痕様のものが多数付着しており,頭部の左右の床には血液様のものが流れ出て,一部にそれが溜まった状態にあった。被害者の顔面の両目の周辺及び顔面左側の大部分と顎から首にかけての部分はいずれも暗赤色に変色していた。そして,頭部の40センチメートルくらい北側に離れた廊下西面壁際には炊飯器の内釜(平成23年押第1号符号3。直径約21.5センチメートル(底部の直径約17センチメートル),高さ約12センチメートル,重量約247.5グラム。以下「本件内釜」という。)が置かれ,その傍の壁の床寄りには血痕様のものが上下にこすれたような形で付着していた。 本件内釜は,底部と側面に複数の凹みがあり,底部と側面の外側には数か所にわたって一定の広がりを持った血痕様のものが付着していたほか,側面内側及び外側には被害者の肉片が,側面外側には被害者の毛髪様のものがそれぞれ付着していた。 また,廊下の壁や床,各和室の出入口引き戸,東側洋間出入口付近の壁等にも飛沫血痕様のものや,塊状の血痕様のもの(六畳和室の引き戸の上 面外側には被害者の毛髪様のものがそれぞれ付着していた。 また,廊下の壁や床,各和室の出入口引き戸,東側洋間出入口付近の壁等にも飛沫血痕様のものや,塊状の血痕様のもの(六畳和室の引き戸の上部及び下部等)が多数付着しており,トイレ前の壁沿いに置かれていたウォシュレット便座の上部分が入ったビニール袋にも少量の血痕様のものが付着していた。 (3) 東側洋間の状況北面には,西から順にローボード,アングル棚があり,西面には,南から順にクローゼット,棚,テレビ,冷蔵庫があり,冷蔵庫前の床には炊飯器が置かれ,壁際にはジャケットや背広等がかけられていた。南面には,カーテンのかかった掃き出し窓があり,南東角にはアングル棚が,中央南側にはベッドが,東面北寄りにはソファーが,ソファー前にはテーブルがあった。室内はゴミ等が散乱していた。 ローボード上には中心部分が折れた木刀1本及び折れた木刀の柄の部分が,ベッド上には掛け布団及び敷き毛布が,ベッド北側床上には柄の部分が折れている木刀1本(平成23年押第1号符号2。最長部分の長さ約74センチメートル,重量約197グラム)が,ベッド北西側床上には青色ジーパンが,ベッド西側床上にはほうきの柄の部分や青色ジーパン地長そでシャツ,トレーナー1着が,ベッド南側床上には黒色ブルゾン1着が,南東角アングル棚西寄りにはほうきの柄の部分が折れたものが,同棚北側床上には模造刀剣1本が,ソファー上には白色ガウン1着がそれぞれ置かれており,これらすべてに血痕様のものが付着していた。 また,上記カーテンやクローゼット扉,背広,テレビ,テレビ前の床等にも血痕様のものが多数付着していた。 (4) 西側洋間の状況室内に吊されていた長そでシャツ及びベージュ色ジーパンに血痕様のも カーテンやクローゼット扉,背広,テレビ,テレビ前の床等にも血痕様のものが多数付着していた。 (4) 西側洋間の状況室内に吊されていた長そでシャツ及びベージュ色ジーパンに血痕様のものが付着していた。 (5) 各和室の状況四畳半和室内のベッド上には血痕様のものが付着していたが,六畳和室には血痕様のものの付着はなかった。 (6) なお,被告人方の1階は,北側の玄関から南北に廊下が通り,廊下南側にはダイニングリビングが,廊下西側には北から順にふろ場,洗面所,階段,トイレが,廊下東側には物置があったところ,廊下北端東寄りに多数の血痕様のものが付着したゴミ入りの紙袋があったほか,リビング内のテーブル上にあった白色ステテコ及び白色長そでシャツ,物干しハンガーに掛かっていた青色ジーパン,洗面所内のタオル掛けに掛かっていたタオルにも血痕様のものが付着していた。 5 被害者の創傷状況及び死因等(1) P大学医学部法医学教室医師である証人Eの公判供述及び同人作成の鑑定書(以下,両者を併せて「E鑑定」という。)によると,平成21年3月25日の司法解剖時,被害者(当時67歳。身長162センチメートル,体重49.7キログラム)の死体には,大小様々な創傷が200個以上認められ,そのうち主なものは,以下のとおりであった。 ア皮下出血左右下肢背面を除くほぼ全身,すなわち,頭部,前額正中部,顔面,右耳介部,頸部,前胸部,腹部,胸背部,腰部,左右臀部及び左右上下肢(左右下肢背面を除く)に多数の皮下出血があり,特に,頭部,顔面,左頸部は広範にわたっていた。 イ表皮剥脱頭部,前額正中部,顔面,左右耳介部,左鎖骨部及び左右上下肢(左右下肢背面を除く)に表皮剥脱があり,特に,頭部,顔面には多数あった。 ウ ,顔面,左頸部は広範にわたっていた。 イ表皮剥脱頭部,前額正中部,顔面,左右耳介部,左鎖骨部及び左右上下肢(左右下肢背面を除く)に表皮剥脱があり,特に,頭部,顔面には多数あった。 ウ挫(裂)創左頭頂後頭部及び頭頂正中部には弁状挫創が,左眉毛内端部,右前額髪際際部,右耳輪中央部,左前腕伸側面下部,左手背面及び左拇指中手指節関節部には挫創が,左耳介部には挫裂創や軟骨破裂があった。 このうち,左頭頂後頭部の弁状挫創は,長さ4センチメートル,深さ1. 3センチメートルのもの,頭頂正中部の弁状挫創は,長さ5.7センチメートル,深さ1.5センチメートルのもので,いずれも頭皮内にとどまっていた。 エ筋出血右肩胛部,胸背中央部,前胸部及び頸部に筋出血があった。 オ骨折骨格には,多発性両側性肋骨骨折及び胸骨骨折(第1及び第2肋間)があり,このうち,肋骨骨折は,前胸部(左右第2ないし第9肋骨,外寄りも含む),胸背部(左第1ないし第12肋骨及び右第2ないし第12肋骨で,胸膜破損あり)及び左側胸部(左第4ないし第6肋骨)にわたるもので,ほぼすべての肋骨が骨折し,かつ,大半の肋骨が複数箇所で連続して骨折していた。また,ほぼすべての骨折が出血を伴っており,生前に生じた骨折であった。 カ臓器損傷腹腔には,肝臓破裂,脾臓破裂及び後腹膜腔等の出血があった。 (2) また,被害者の血液から1ミリリットル当たり0.86ミリグラム,尿から1ミリリットル当たり0.46ミリグラムの低濃度のアルコール分が検出され,E鑑定によれば,被害者は,死亡時,弱度の酩酊状態であったが,アルコールに強い体質であれば無症状であったと考えられた。 (3) そして,E鑑定は,被害者が多発性両側性肋骨骨折による呼吸不全を主因とし,これに全身性皮下出血, 亡時,弱度の酩酊状態であったが,アルコールに強い体質であれば無症状であったと考えられた。 (3) そして,E鑑定は,被害者が多発性両側性肋骨骨折による呼吸不全を主因とし,これに全身性皮下出血,筋出血,頭部挫創,肝臓破裂,脾臓破裂,後腹膜腔等の出血等の失血による循環不全が加わり,呼吸循環不全を来して死亡したと考えられるとし,その死亡時刻は,同月23日午後10時ころから翌24日午前10時ころまでの間であったと推定している(なお,弁護人は,被害者の死体の直腸温(同月24日午後8時27分の時点で23度)を基に,死亡時の体温が37度であることを前提として,死亡推定時刻を同月23日午後11時30分ころから翌24日午前1時30分ころまでの間であったと主張しているが,少なくとも,被害者の死亡時の体温が証拠上明らかでないことから,これを直ちに採用することはできない。)。 以上の事実が認められる。 第3 被害者の受傷原因等 1 被害者の受傷原因上記認定のような被告人方の状況,とりわけ,被害者の死体の状況や血痕様のものの付着状況のほか,被害者の創傷状況,死因等に照らすと,被害者の主要な創傷は,被告人方において,何者かによって暴行を加えられたことにより生じたものであることは明白である。 そして,被告人は,平成21年3月18日から被害者と二人きりで行動する中,同月23日の夕方以降,被告人方において,現に生前の被害者に対して第1暴行を加えており,本件の証拠上,その時点から翌24日午後1時25分警察官が被告人方へ臨場するまでの間,被告人及び被害者以外の者が被告人方に侵入した形跡もないのであるから,被害者の受傷原因である暴行を加えた犯人が被告人であることに疑いを入れる余地は全くない。 2 被告人の暴行の態様等(1) そうす 被害者以外の者が被告人方に侵入した形跡もないのであるから,被害者の受傷原因である暴行を加えた犯人が被告人であることに疑いを入れる余地は全くない。 2 被告人の暴行の態様等(1) そうすると,次に,被告人が被害者に対して加えた第1暴行以外の暴行(以下「本件暴行」という。)の態様等が問題となるが,上記のとおり,本件当時,現場である被告人方には,被告人と被害者しかおらず,被害者は死亡しているから,被告人以外にその際の状況を直接に知っている者はいない。 しかし,被告人は,一旦は,検察官調書(乙4)の中で,被害者に無茶苦茶な暴力を振るったことを認める供述をしたものの,同時に,「具体的にどのような暴力をどんな順番で振るったのかは,頭に血が上っていたし,酒に酔っていたこともあって,はっきりと覚えていない。」とも供述しており,公判廷においては,第1暴行以外の暴行を否認しているため,被告人の供述から,本件暴行の具体的な態様を認定することはできない。 (2) ところで,この点に関しては,E医師が被害者の各創傷に対する成傷器の種類及び形状等を鑑定しているので,以下,E鑑定を踏まえながら,被害者の主要な創傷状況から,どのような暴行が加えられたと推認できるかを検討していく。 アまず,E鑑定によると,①被害者の頭部,顔面等に存した挫(裂)創は,人体の各部位以外の硬い物体による打撲により生じたもので,その挫(裂)創のうち,左頭頂後頭部及び頭頂正中部の各弁状挫創は,角又は稜を持つ硬い物体による斜め方向からの打撃,あるいは平面的な鈍体で強く打撲されたことにより生じたもの,左耳介部の挫裂創は,角又は稜のある硬い物体による強い打撲が加えられたことにより生じたもの,②頭部,顔面,左右上下肢(左右下肢背面を除く)等に存した表皮剥脱は,人体 打撲されたことにより生じたもの,左耳介部の挫裂創は,角又は稜のある硬い物体による強い打撲が加えられたことにより生じたもの,②頭部,顔面,左右上下肢(左右下肢背面を除く)等に存した表皮剥脱は,人体の各部位以外の硬い物体による擦過又は打撲,圧迫により生じたものであることが認められる。 そして,上記のとおり,警察官が被告人方に臨場した際,2階の廊下で倒れていた被害者の顔面,頭部には血痕様のものが多数付着し,頭部横に放置されていた本件内釜には,底部と側面に複数の凹みがあり,側面と底部の外側には数か所に血痕様のものが広がって付着していたほか,側面内側及び外側には被害者の肉片が,側面外側には被害者の毛髪様のものがそれぞれ付着していたこと,2階の東側洋間には,中心部分が折れた木刀及び折れた木刀の柄の部分や,柄の部分が折れている別の木刀があり,いずれも血痕様のものが付着していたところ,E鑑定によれば,炊飯器の内釜や木刀も上記硬い物体に含まれるというのであるから,上記創傷をもたらした暴行時に本件内釜及び上記2本の木刀もしくはそのうちのどちらかの1本が凶器として使用されたことが強く推認されるのである。 もっとも,E鑑定を踏まえても,本件内釜及び上記木刀による暴行を除き,上記挫(裂)創及び表皮剥脱の原因となった暴行の具体的な態様を確実に認定することは困難であるから,この点は,被告人が,被害者の頭部,顔面,左右上下肢等を本件内釜や木刀等の硬い物体で殴打するなどし,それらにより上記挫(裂)創及び表皮剥脱の創傷を生じさせたとの認定にとどめるのが相当である。 イ次に,E鑑定によると,被害者の左右下肢背面を除くほぼ全身に多数存した皮下出血のほか,筋出血,多発性両側性肋骨骨折及び胸骨骨折,肝臓及び脾臓破裂,後腹膜腔出血等は,多数回 が相当である。 イ次に,E鑑定によると,被害者の左右下肢背面を除くほぼ全身に多数存した皮下出血のほか,筋出血,多発性両側性肋骨骨折及び胸骨骨折,肝臓及び脾臓破裂,後腹膜腔出血等は,多数回にわたる鈍体による打撲又は圧迫により生じたもので,殊に,多発性両側性肋骨骨折及び胸骨骨折は,胸部及び胸背部への強い打撲又は圧迫により生じたものであったと認められる。 そして,E鑑定によれば,上記鈍体とは,刃のないすべてのものであって,手や足などの人体の各部位も含まれるというのであり,手で殴る,足で蹴るといった行為が,暴行の態様として,ごく一般的なものであることからすると,被害者の左右下肢背面を除く身体に対してこうした暴行が加えられたことは優に推認することができる。この点,上記のような本件内釜や木刀等の物件が上記創傷をもたらした暴行時に凶器として使用された可能性も否定はできないが,これを積極的に裏付ける証拠もないから,上記創傷の原因となった暴行の態様としては,被告人が,多数回にわたって被害者の左右下肢背面を除くほぼ全身を手で殴る,足蹴りするなどしたこと,特に,胸部及び胸背部に対する攻撃は強いものであったことを認定するにとどめるのが相当である。 なお,検察官は,被害者の呼吸循環不全の主たる要因となった多発性両側性肋骨骨折は,呼吸困難な状態の中,しゃがんだり横たわったりしていた被害者に対し,被告人が体重を掛けて踏み付けるなど極めて強力な暴行を複数回加えたために生じたものと認められる旨主張しており,常識的にみて,そのような態様による踏み付け行為等が上記骨折を生じさせた可能性は高いと思われるものの,それはあくまで可能性にとどまるもので,裏付ける証拠はない上,E鑑定によっても,同骨折が生じたときの被害者の体勢を推測することは困 踏み付け行為等が上記骨折を生じさせた可能性は高いと思われるものの,それはあくまで可能性にとどまるもので,裏付ける証拠はない上,E鑑定によっても,同骨折が生じたときの被害者の体勢を推測することは困難であるというのであるから,検察官の主張する暴行態様まで認定することはできない。 ウ以上に加え,E鑑定によれば,被害者の左右上肢及び左右手背部の皮下出血や表皮剥脱,左手背部及び左拇指挫創の一部又は全部は,頭部,顔面等に対する攻撃を防ごうとして生じた防御創と理解することができることなども併せ勘案すると,被告人の本件暴行の態様は,左右上肢で頭部,顔面等に対する攻撃を防ごうとする被害者に対して,多数回にわたり,その頭部,顔面,左右上下肢等を本件内釜や木刀等の硬い物体で殴打し,ほぼ全身を手で殴る,足蹴りするなどの暴行を加えたものと認められる。 もっとも,上記認定のとおり,被害者の死亡推定時刻には幅がある上,これまでの検討だけでは,本件暴行が連続的に行われたものなのか,断続的に行われたものなのかを確定することができない。 そこで,進んで,被告人が本件暴行を加えるに至った経緯及び動機を検討し,それをも踏まえた上で,この点を判断することとする。 第4 被告人が本件暴行を加えるに至った経緯及び動機等 1 被告人の捜査段階における供述被告人は,被害者に対して第1暴行を加えた後の状況等について,検察官調書(乙4)の中で,次のような供述をしている。 「3月23日の夜の何時頃かははっきり覚えていないが,被害者がトイレで2回倒れて寝ていたことに腹を立てて,被害者に暴力を振るい,その後,被害者にご飯を食べさせて,一緒に酒を飲んでいた。それからどのくらいの時間が経ってからのことだったかはっきりと思い出せないが,被害者が,『今住んで いたことに腹を立てて,被害者に暴力を振るい,その後,被害者にご飯を食べさせて,一緒に酒を飲んでいた。それからどのくらいの時間が経ってからのことだったかはっきりと思い出せないが,被害者が,『今住んでいるアパートの周りの住人がうっとおしい。もうこんな生活しんどいわ。死んだ女房とにゃんこのところに行きたい。早く死にたい。』などと言い出した。 被害者は,酒を飲むと,しょっちゅう『早く死にたい。』と漏らしており,また愚痴が始まったと思い,『そんなこと言わんと,しゃんとせえや。』などと言って,平手で被害者の頭を軽く叩いた。普段であれば,被害者は,私に頭を叩かれると,『早く死にたい。』と言うのを止めていた。ところが,この日は,私が頭を叩いた後も,何度も『早く死にたい。』と繰り返した。私は,被害者に『そんなことで早く死にたいとか言うな。あそこが嫌やったら引っ越したらいいやん。風呂なしのアパートで三万なんぼは高いで。今やったら公団でもええとこあるやんか。』などと言った。ところが,この日はどういうわけか,被害者は,『早く死にたい。』と何度も繰り返し,挙げ句の果てには,『殺してくれ。』と言い出した。 被害者は,身寄りがおらず,よく私に対し,『Bちゃんしか頼る人間がおらへんねん。』と言っていた。私は,それを聞いてとても嬉しく思い,『それは,こっちも同じやで。』などと言っていた。私は,被害者を心の拠り所にしていたので,被害者がいなくなってしまうということは,耐えられないことであり,『何でAちゃんは,俺と一緒におるのに,死にたいなんて言うんや。Aちゃんは死んでそれでええかも知れんけど,残った俺はどうなるんや。Aちゃんが死んだら,俺は一人きりになるやないか。俺は,Aちゃんと一緒におって楽しいのに,Aちゃんは,俺とおっても楽しくないんか。Aちゃんにとって,俺 れでええかも知れんけど,残った俺はどうなるんや。Aちゃんが死んだら,俺は一人きりになるやないか。俺は,Aちゃんと一緒におって楽しいのに,Aちゃんは,俺とおっても楽しくないんか。Aちゃんにとって,俺の存在はそんな程度なんか。』と思い,私の存在価値を否定されたように感じて,もの凄く腹が立ち,頭に血が上った。これまでの人生の中でも,これほど腹を立てた記憶はない。私は,被害者が『早く死にたい。』と繰り返し言っていたことで,怒りの気持ちがだんだんと膨らんでいたが,最後の『殺してくれ。』との言葉で,怒りが爆発し,『そんなに早く死にたいんか。そんなに死にたいんやったら,俺が殺したるわ。』と思い,被害者に無茶苦茶な暴力を振るった。 ここまでの被害者とのやり取りは,はっきり覚えている。しかし,私は,被害者に無茶苦茶な暴力を振るったということは覚えているが,具体的にどのような暴力をどんな順番で振るったのかは,頭に血が上っていたし,酒に酔っていたこともあって,はっきりと覚えていない。私は,一生懸命思い出そうと努力したが,どうしても思い出せない。」 2 被告人の上記供述の任意性及び信用性等(1) 弁護人は,被告人の上記供述の任意性を争っているところ,被疑者ノート(弁(書)5)等によれば,被告人の取調べ状況として,担当の検察官及び警察官が,被告人に対し,供述のあいまいな部分を厳しく追及し,怒鳴ることもあったことが認められる。 しかし,それが強制に当たるような違法な取調べであったとまでは認められず,被告人自身,公判廷において,捜査官から暴行,脅迫,利益誘導を受けたことはなかったと供述していること,被告人が捜査段階当初から弁護人を選任し,意に沿わない供述調書には署名しないように助言され,実際に調べの途中で黙秘権を行使したこともあったことなどを 益誘導を受けたことはなかったと供述していること,被告人が捜査段階当初から弁護人を選任し,意に沿わない供述調書には署名しないように助言され,実際に調べの途中で黙秘権を行使したこともあったことなどを考慮すると,被告人の捜査段階における上記供述の任意性は認められる。 (2) そして,被告人の同供述は,兄弟同然のように思い,心の拠り所としていた被害者が,飲酒の上,愚痴をこぼし出したので,しっかりしてほしいとの思いから諭したものの,愚痴が収まらず,「殺してくれ。」とまで言い出したため,自分の存在価値を否定されたように思って激高し,激しい暴行を加えた,という心情の推移が具体的かつ迫真的に語られており,上記認定のような両者のこれまでの関係や本件の数日前からの行動等に照らすと,特段不自然,不合理な内容ともいえない。また,被告人は,明りょうに記憶している事柄とそうでない事柄とを明確に区別して供述しており,殊更捜査機関に迎合するような供述態度もうかがわれない。 (3) これに対し,被告人は,公判廷において,「第1暴行を加えた後の状況に関する捜査段階の供述は,捜査官から黙っていたら心証が悪くなるぞと言われていたので,被害者が以前に言っていたことを思い出し,話のつじつまが合うように二,三日文章を考えて供述したもので,真実ではない。」などと供述している。 しかし,上記被疑者ノートによれば,被告人は,上記検察官調書作成以前の段階,例えば,平成21年4月8日の警察官による取調べにおいて,既に被害者の創傷状況等に関する写真を見せられていたことが認められるのであるから,自己の心証を良くするために話のつじつまを合わせようとするのであれば,本件暴行を加えるに至った経緯や動機のみならず,暴行の態様についても,被害者の創傷状況に符合するような内容の供 れるのであるから,自己の心証を良くするために話のつじつまを合わせようとするのであれば,本件暴行を加えるに至った経緯や動機のみならず,暴行の態様についても,被害者の創傷状況に符合するような内容の供述をしてもよさそうなところ,被告人は,この点についてはどうしても思い出せない旨供述し,これを上記検察官調書に記載させているのであって,この点は不自然であること,また,被告人は,精神鑑定の際の鑑定人の問診時に自らが被害者に振るった暴行について,公判廷で供述した内容よりも小さく,かつ少ない話をしているのであって,時間の経過により自らの責任を軽減しようとする心理が働いているのではないかと疑われることなどにかんがみると,被告人の上記公判供述の信用性は乏しいといわざるを得ない。 (4) 以上によれば,被告人の捜査段階における上記供述は基本的に信用できるから,その供述どおりの本件暴行に至る経緯及び動機を認めることができる。 したがって,被告人と被害者は飲み友達であったものの,時々被告人が些細なことに立腹して被害者に力一杯殴るなどの暴行を加え,時には同人を失神させているのに,それでも何度か同人を殴打し更に無理やり起き上がらせて殴ろうとするなど,徹底して暴力を振るうこともあり,それは見ている者をして恐怖心を抱かせる凄惨ともいえるようなものであったこと,被害者の創傷状況からすると,被告人は被害者に対し,怒りにまかせた容赦のない暴行を執ように加えていると見るのが自然であること,本件暴行のきっかけが,被告人の捜査段階における上記供述のように,飲酒中の被害者の発言に被告人が自己の存在を否定されたものと感じ,怒りを爆発させたことにあることなどにかんがみると,本件暴行は,被告人が一時的に逆上し,怒りのおもむくままに,ほぼ連続的に行われたものと推認するの の発言に被告人が自己の存在を否定されたものと感じ,怒りを爆発させたことにあることなどにかんがみると,本件暴行は,被告人が一時的に逆上し,怒りのおもむくままに,ほぼ連続的に行われたものと推認するのが合理的であり,それを踏まえて上記認定のような本件暴行の態様や被害者の創傷状況等を考慮すれば,本件暴行が殺人の実行行為性を有することは明らかといえる。 第5 殺意の有無そこで,被害者に対して本件暴行を加えた際の被告人の殺意の有無について検討する。 まず,①本件で使用された凶器として認定できるのは本件内釜と木刀等であるところ,その形状等からは,優に人を殺害するに足りる性能を有する凶器であるとまでは認め難いこと,②その本件内釜や木刀等の硬い物体による殴打行為が加えられたのは,被害者の頭部,顔面等であったものの,生じた創傷の程度は,表皮剥脱が主であり,数個の挫(裂)創のうち比較的重いものでも,深さ1.3ないし1.5センチメートル程度の頭皮内にとどまるものであったこと,③その他の攻撃は,専ら手で殴る,足蹴りするなどの凶器を使用しない方法であったと認められること,以上の点は,殺意の認定につき消極的な事情であることは否定できない。 しかし,他方,関係各証拠によれば,④被告人は,当時67歳と高齢であり,飲酒の上,トイレで転倒するなどの状態にあった被害者に対し,その防御を排して,多数回にわたり,頭部や顔面,胸腹部等の身体の枢要部分を含む左右下肢背面を除くほぼ全身を手で殴る,足蹴りするなどし,とりわけ,胸腹部及び胸背部に対しては,多発性両側性肋骨骨折や肝臓破裂等を生じさせるほどの相当強い攻撃を加え,頭部や顔面に対しては,本件内釜や木刀等の硬い物体でも殴打しており,その結果,被害者に大小様々な200個以上にも及ぶおびただしい数の創傷を 肋骨骨折や肝臓破裂等を生じさせるほどの相当強い攻撃を加え,頭部や顔面に対しては,本件内釜や木刀等の硬い物体でも殴打しており,その結果,被害者に大小様々な200個以上にも及ぶおびただしい数の創傷を負わせて,上記骨折及び失血による呼吸循環不全により死亡させたこと,⑤被告人は,本件当時,既に検討した経緯から被害者の酔余の言動等に激高し,酒の勢いも手伝って,上記のような激しい暴行を加えたことがそれぞれ認められる。 このような本件暴行の態様,被害者の創傷の部位,程度及びその数,並びに,犯行に至る経緯及び動機等を総合すると,上記①ないし③の事情を考慮しても,被告人は,本件暴行という被害者の生命に対する危険性が高い行為をそのような行為であると分かって行ったものと認められるから,被害者の死の結果に対する認識・認容があったと推認できる。 したがって,被告人には,少なくとも未必的殺意が肯認できる。 なお,被告人は,公判廷において,①平成21年3月24日昼ころ目覚め,2階の廊下で倒れていた被害者を見て寝ているものと思い毛布を掛けてやった旨供述しており,また,②上記第2の3のとおり,被告人は,110番通報後,知人に電話をかけ,うろたえた様子で,被害者を捜しに行くと廊下で倒れていて体が冷たくなっていたなどと告げているところ,こうした行動は,一見すると,被告人が被害者の死の結果を認識・認容していなかったことをうかがわせるもののようにも思える。しかし,①については,倒れていた被害者の顔面等に多数の血痕様のものが付着し,床にも血痕様のものが流れ出て溜まった状態にあったのであり,当然,被告人はそれらのを見ているはずであるから「寝ていると思った」との供述は信用できない。また,②は,本件は飲酒の上での激情的な犯行であり,相当程度飲酒した者が一眠りし った状態にあったのであり,当然,被告人はそれらのを見ているはずであるから「寝ていると思った」との供述は信用できない。また,②は,本件は飲酒の上での激情的な犯行であり,相当程度飲酒した者が一眠りした後に就寝前の出来事の記憶を部分的に失うことは通常考え得るところであるから,この点は必ずしも未必的殺意の推認を妨げる事情とはいえない。 また,弁護人は,被告人が本件犯行に及んでいたとしても,被告人の精神運動性興奮はかなり高まっており,それとともに意識障害も高度近くまで進行していたはずであるから,かかる程度の意識障害のもとでは,せいぜい被害者を痛い目に会わせようという漠然とした意図くらいしかなく,未必的殺意すら抱くことはできなかった旨主張する。しかし,上記のとおり,被告人は,捜査段階において,本件犯行に至る経緯及び動機につき具体的かつ迫真的な供述をしており,本件犯行当時も,被害者に対して激しい暴行を加えていること自体の認識に欠けるところはなかったと認められるから,その見当識が障害された状況になかったことは明らかであって,弁護人の上記主張は前提を欠いている。 第6 小括以上のとおり,被告人は,被害者の酔余の言動等に激高し,被害者が死亡するに至るかもしれないことを認識しながら,あえて,多数回にわたり,その頭部,顔面,左右上下肢等を本件内釜や木刀等の硬い物体で殴打し,ほぼ全身を手で殴る,足蹴りするなどの暴行を執ように加えて,同人を多発性両側性肋骨骨折及び失血による呼吸循環不全により死亡させたものと認められる。 ところで,本件犯行が行われたのは,被告人が被害者とコープM駅前店から帰宅した平成21年3月23日の夕方以降であったことは明らかであるが,信用できる被告人の検察官調書(乙4)によっても,その具体的な時間は判然としないから れたのは,被告人が被害者とコープM駅前店から帰宅した平成21年3月23日の夕方以降であったことは明らかであるが,信用できる被告人の検察官調書(乙4)によっても,その具体的な時間は判然としないから,被害者の死亡推定時刻が同日午後10時ころから翌24日午前10時ころまでの間であることも踏まえると,本件犯行は,同月23日の夕方から翌24日午前10時ころまでの間のいずれかの時点で行われたものと幅のある認定をせざるを得ない(なお,上記のとおり,本件訴因の犯行日時は,「平成21年3月22日から同月24日までの間」というものであるところ,公判前整理手続において,検察官は,弁護人からの求釈明を受け,被告人が殺意を抱くに至ったのは,「遅くとも平成21年3月23日深夜から翌24日未明ころの間」であると釈明しているが,当裁判所の上記認定は,検察官の上記釈明内容よりもはみ出してはいるものの,訴因の範疇にあるし,本件訴訟の争点や弁護人の防御の状況等からして,弁護人に対して何ら不意打ちとなるものではないので,許容されると考える。)。 第7 責任能力の有無・程度1(1) 被告人の精神鑑定を行った医師F作成の鑑定書(職5。以下「F鑑定」という。)等関係各証拠によれば,被告人は,本件犯行当時,統合失調症,躁うつ病,てんかん,脳器質性疾患,身体疾患による症候性精神疾患等には罹患していなかったが,非社会性パーソナリティ障害及びアルコール依存症に罹患していたもので,当時の飲酒量は不明であるものの,相当量の飲酒をし,酩酊状態で本件犯行に及んだことが認められる。 (2) また,健忘の有無・程度に関し,被告人は,公判廷において,「被害者に対して第1暴行を加えた後,食事をとらせ,米をといでくるように言って本件内釜を渡すと,それを持って部屋から出ていった。私は,部屋でテ また,健忘の有無・程度に関し,被告人は,公判廷において,「被害者に対して第1暴行を加えた後,食事をとらせ,米をといでくるように言って本件内釜を渡すと,それを持って部屋から出ていった。私は,部屋でテレビを見ていたが,途中で寝てしまい,翌日の昼ころ目覚めた。そして,2階の廊下で倒れていた被害者を見て寝ているものと思い毛布を掛けてやったが,様子がおかしく,死亡していることに気が付いた。」などと供述しており,被害者に対して激しい暴行を加えたことを認めている検察官調書(乙4)においても,具体的な態様ははっきりと覚えていない旨供述している。 これらの供述については,被告人が,公判廷において,過去の被害者に対する暴行につき信用できる目撃者の供述と齟齬する供述をするなど(上記第2の1),自らの暴行を過小に供述するような態度をとっていることや,本件犯行に至る経緯及び動機について,おおむね正確な記憶を有しているといえることなどにかんがみると,自己の罪責を軽減させるためにあいまいな供述をしている可能性も否定できず,その信用性を慎重に吟味する必要があるけれども,F鑑定も言及しているように,通常,アルコール性健忘は,一旦睡眠をとった後に生じるため,本件犯行当日には記憶に残っていた出来事が翌日にはその記憶が失われていることはあり得ることであって,被告人が,110番通報後,知人にうろたえた様子で電話をかけている事実(上記第2の3)なども,上記供述に沿うものであるから,これを直ちに虚偽として排斥することはできない。 (3) 以上によれば,本件犯行当時,被告人は,非社会性パーソナリティ障害及びアルコール依存症に罹患しており,相当量の飲酒をし,その影響の下で本件犯行に及んだもので,本件犯行及びその後の行動につきアルコール性健忘があることが否定できない 人は,非社会性パーソナリティ障害及びアルコール依存症に罹患しており,相当量の飲酒をし,その影響の下で本件犯行に及んだもので,本件犯行及びその後の行動につきアルコール性健忘があることが否定できない。 2 しかし,以下の事情に照らすと,本件犯行当時の被告人の酩酊は単純酩酊の範囲内にとどまっており,被告人が上記のような状態にあったことは,その責任能力に影響を及ぼすものではないと認められる。 すなわち,(1) 関係証拠によると,警察署に任意同行された日の午後3時ころ,被告人は警察官による飲酒検知を受けているが,その時点の被告人の呼気1リットル当たりのアルコール濃度は「測定不能」(呼気1リットル当たり0.9ミリグラム以上)であったものの,同日午後3時3分に実施された警察官による見分状況の結果は,被告人の「言語態度状況」は「くどい」「質問に対しては正常に応答した」,「歩行能力」(約10メートルをまっすぐ歩行させた)は「正常に歩行した」,「直立能力」(約10秒間直立させた)は「直立できた」,「酒臭」は「顔から30センチ離れた地点で強い」というもので,本件犯行後,上記の飲酒検知の前にもある程度の量の焼酎を飲んでいる点を考慮に入れても,本件犯行当時,相当量のアルコールを飲酒していたことはうかがえるとはいえ,症状自体は中等度酩酊というよりも単純酩酊のレベルにあったといえること,被告人が肝硬変に罹患していることから,アルコールを代謝して分解する機能が劣っているのではないかとの疑いもあるものの,平成20年12月に起こした暴行事件の時にも,飲酒しており,飲酒検知の結果からは中等度酩酊の場合の数値が検出されたが,発語やや不明瞭,歩行失調等といった中等度酩酊の症状を呈していなかったもので,被告人はもともとアルコールに強い体質であったと認められ おり,飲酒検知の結果からは中等度酩酊の場合の数値が検出されたが,発語やや不明瞭,歩行失調等といった中等度酩酊の症状を呈していなかったもので,被告人はもともとアルコールに強い体質であったと認められ,これらの事情にかんがみると,F鑑定も言及しているように,本件犯行当時,仮に,被告人が数値的には中等度酩酊であったとしても,症状としては,単純酩酊のレベルであり,判断力と認識力の低下をきたしたり,歩行失調等を生ずるようなものではなかったと考えられる。 (2) また,本件犯行に至る経緯及び動機は,上記第4で検討したとおりであり,被告人は,兄弟同然のように思い,心の拠り所としていた被害者が,飲酒の上,愚痴をこぼし出したので,しっかりしてほしいとの思いから諭したものの,愚痴が収まらず,「殺してくれ。」とまで言い出したため,自分の存在価値を否定されたように思って激高し,本件犯行に及んだものであるが,上記第2の1のとおり,被告人は,平成6年ころ被害者と知り合って以来,一緒に酒を飲んだりする付き合いを続ける中,これまでにも被害者の酔余の行動に立腹して激しい暴力を振るったことがあったこと,また,関係各証拠によると,被告人は,飲酒すると家族にも暴力を振るったことがあり,飲酒の上での粗暴犯前科もあることが認められる。 こうした事情に照らすと,本件犯行は,被告人の平素の人格と異質なものとはいえず,その動機も了解可能である。 (3) さらに,被告人は,愚痴をこぼし出した被害者に対し,いきなり激しい暴行を加えたものではなく,当初は被害者を諭すなどの合理的な行動をとっているのであって,本件犯行当時の被告人は,自己の行為を一定程度制御しており,行動制御能力もある程度保たれていたものと認められる。 そして,既述のとおり,被告人は,本件犯行 的な行動をとっているのであって,本件犯行当時の被告人は,自己の行為を一定程度制御しており,行動制御能力もある程度保たれていたものと認められる。 そして,既述のとおり,被告人は,本件犯行に至る経緯及び動機につきおおむね正確な記憶を有しているといえる上,本件犯行当時も,被害者に対して激しい暴行を加えていること自体の認識に欠けるところはなかったと認められるから,その見当識が障害された状況になかったことは明らかである。 (4) さらに,F鑑定は,被告人の経歴や本件犯行に至る経緯,犯行状況等を総合し,被告人は,平成21年3月22日から同月24日にかけて相当の飲酒をしたと考えられるが,著しい見当識障害がなかったと考えられること,無差別的盲目的な興奮や幻覚妄想はなかったことから,病的酩酊ではなかったことが明らかであり,了解可能なきっかけと腹立ちあるいは怒りがあったことから,状況と無関係にわき上がってくる生気的興奮とはいい難く,また,過去にしばしば飲酒時には粗暴な言動があったことから,激しい暴力が平素の人格と異質な行為とはいい難いため,単純酩酊の範囲内であると考えられると結論づけているところ,この判断は,動機の了解可能性等に関する当裁判所の上記検討に照らしても合理的なもので,十分首肯することができる。 これに対し,弁護人は,被告人が被害者に対してこれ程にまで多数の損傷をもたらしたのは,酩酊中の行為としては,尋常とは思えず,躁暴状態といえる高度の精神運動性興奮が発現していたといってもよく,かかる状態の時は,是非善悪の弁識にしたがって行動する能力を喪失している状態ということができるのに,F鑑定は,被害者の死体の損傷が物語っている精神運動性興奮という被告人の精神状態を考慮していない旨主張する。 しかし,被告人の本件犯 行動する能力を喪失している状態ということができるのに,F鑑定は,被害者の死体の損傷が物語っている精神運動性興奮という被告人の精神状態を考慮していない旨主張する。 しかし,被告人の本件犯行当時の行動制御能力がある程度保たれていたものと認められることは,上記のとおりであるし,F鑑定は,被害者の創傷状況等を前提に,被告人の暴行が激しいものであったことを認めた上で,当時の被告人は興奮状態ではあったが,これが状況と無関係にわき上がってくる生気的興奮とはいい難いなどとしているのであるから,F鑑定が被害者の死体の創傷状況や被告人の精神運動性興奮を考慮していないとはいえず,弁護人の論難は当たらない。 3 以上のとおり,被告人は,本件犯行当時,非社会性パーソナリティ障害及びアルコール依存症に罹患しており,相当量の飲酒をしていたものではあるが,症状としては単純酩酊の範囲内にとどまっており,行為の是非善悪を弁識し,これに従って行動する能力を喪失していなかったのはもちろん,これが著しく減弱した状態にもなかったものと認められる。 第8 結論したがって,被告人は判示殺人の罪責を免れない。 (累犯前科)省略(法令の適用)省略(量刑の理由)本件は,被告人が,自宅において,知人に対し,死亡するに至るかもしれないことを認識しながら,あえて,多数回にわたり,凶器を使用するなどしてほぼ全身を殴る蹴るなどの暴行を執ように加え,よって,同人を多発性両側性肋骨骨折等による呼吸循環不全により死亡させたという殺人1件の事案である。 本件犯行に至る経緯や動機,犯行態様については,上記「事実認定の補足説明及び弁護人の主張に対する判断」で認定したとおりであり,被害者の酔余の言動等に激高し,短絡的に本件犯行に及んだという動機に酌むべきも 犯行に至る経緯や動機,犯行態様については,上記「事実認定の補足説明及び弁護人の主張に対する判断」で認定したとおりであり,被害者の酔余の言動等に激高し,短絡的に本件犯行に及んだという動機に酌むべきものはなく,被害者の凄惨な創傷状況が物語っているように,本件犯行の態様は,誠に苛烈であり,悪質極まりない。 本件暴行を受けていた間の被害者の肉体的,精神的苦痛には想像を絶するものがある上,同人の死亡という取り返しのつかない重大な結果が生じており,突然,その生命を絶たれた同人の無念さは察するに余りある。 被告人には,傷害,暴力行為等処罰に関する法律違反,暴行等の粗暴犯による前科が複数あり,服役もしているのに,平成21年1月,飲酒の上での暴行により罰金刑に処せられて2か月も経過しないうちに本件犯行に及んでいることなどから,その粗暴傾向や規範意識の欠如は顕著であるといわざるを得ない。 これらの諸事情に照らすと,被告人の刑事責任は非常に重いといわざるを得ない。 しかし,他方,本件が飲酒の上での激情的な犯行であり,被告人の殺意も未必的なものにとどまること,被告人が被害者に対して犯行前に暴力を振るったことなどは認めており,公判廷において,記憶がないが,自らの暴行によって被害者が死亡したのであれば申し訳ない,同人の冥福を祈るとも述べていること,今後は酒を断つと誓っていること,被告人の父親が公判廷において社会復帰後の被告人の更生に協力する旨を約束していること,被告人が肝硬変等を患っていることなど,被告人にとって酌むべき事情も認められるので,これらの事情も考慮し,被告人に対しては,主文の刑に処するのが相当であると考えた。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑・懲役15年)平成23年3月24日 神戸地方裁判所第1刑事部 主文 よって,主文のとおり判決する。 (求刑・懲役15年)平成23年3月24日 神戸地方裁判所第1刑事部 裁判長裁判官東尾龍一 裁判官辛島靖崇 裁判官村井美喜子
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