主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 原告(1) 被告が平成9年2月27日付けで原告に対してした,昭和61年分及び昭和62年分の所得税に係る各更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の各通知処分を取り消す。 (2) 被告が平成10年3月18日付けで原告に対してした,昭和61年分及び昭和62年分の所得税に係る各更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の各通知処分を取り消す。 (3) 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告主文同旨第2 事案の概要本件は,所得税法違反被告事件として起訴され,その勾留中に起訴事実と同じ年分の所得税修正申告をした原告が,この修正申告は,検察官の強要によるものであり,明白に誤った内容のもので無効であるとして,被告に対し,2回にわたり,更正の請求をしたところ,被告が更正をすべき理由がない旨の各通知処分をしたことにつき,①原告が主張する総所得金額及び税額と同一内容の認定をした前記刑事判決があり,これが確定したことにより,あるいは,上記刑事裁判の審理中に検察官と原告の弁護人との間で訴因変更の合意があり,これに沿って刑事事件の訴因変更がなされたことにより,国税通則法(以下「法」という。)23条2項1号に該当する更正の請求ができる事由があり,②また,検察官の不当な行為によって刑事裁判が長期化し,真実発見に至るまでに長期間を要した特別の事情があるから,法23条2項3号に該当する更正の請求ができる事由があり,③さらに,信義則上も更正の請求ができるとして,被告に対し,前記各通知処分の取消を求める事案である。 1 争いのない事実(1) 原告は,被告に対し,昭和61年分及び昭和62年分の所得税について総所得金額及び納付すべ 更正の請求ができるとして,被告に対し,前記各通知処分の取消を求める事案である。 1 争いのない事実(1) 原告は,被告に対し,昭和61年分及び昭和62年分の所得税について総所得金額及び納付すべき税額を別表「確定申告」欄記載のとおりとする確定申告書をそれぞれ提出した。 (2) 原告は,昭和63年9月,所得税法違反について広島国税局調査査察部所属の職員の強制調査を受け,平成3年3月1日,岡山地方検察庁検察官に逮捕され,勾留されたまま,同月20日,岡山地方裁判所に起訴された。 (3) 原告は,被告に対し,原告が勾留中であった平成3年4月1日,昭和61年分及び昭和62年分の所得税について総所得金額及び納付すべき税額を別表「修正申告」欄記載のとおりとする各修正申告書をそれぞれ提出した。 (4) 前記(2)の原告の所得税法違反被告事件に係る刑事裁判の経緯及び内容は,次のとおりである。 ア平成3年10月15日,岡山地方裁判所において,原告に対し,有価証券売買による所得を秘匿した上,昭和61年分の所得税2億9657万2400円,昭和62年分の所得税1億9667万5300円をそれぞれほ脱していたとして,懲役1年6月(罰金1億2000万円を併科)の実刑判決が言い渡された。 イこれに対し,原告は,広島高等裁判所岡山支部に控訴した。 ウ平成7年10月25日,広島高等裁判所岡山支部において,原判決は,有価証券売買に関連する所得の帰属の点で事実を誤認したものであり,この誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるとして,原判決を破棄し,岡山地方裁判所に差し戻すとの判決があった。 エ平成8年9月12日,差戻審において,平成3年3月20日付け起訴状記載の公訴事実について,本件各係争年分の所得税のほ脱額を,それぞれ9555万円,6480万3700円とする訴因変更( があった。 エ平成8年9月12日,差戻審において,平成3年3月20日付け起訴状記載の公訴事実について,本件各係争年分の所得税のほ脱額を,それぞれ9555万円,6480万3700円とする訴因変更(以下「本件訴因変更」という。)がなされた。 オ平成8年10月18日,この差戻審において,原告に対し,有価証券売買による所得を秘匿した上,昭和61年分の所得税9555万円,昭和62年分の所得税6480万3700円をそれぞれほ脱していたとして,懲役1年2月,執行猶予3年(罰金4000万円を併科)の判決(以下「本件差戻審判決」という。)が言い渡された。 カこれに対し,原告は,量刑不当を理由に広島高等裁判所岡山支部に控訴したが,同裁判所は,平成9年3月21日,同控訴を棄却した。 キこれに対し,原告は,最高裁判所に上告したが,同裁判所は,同年11月21日,上告を棄却する旨決定し,本件差戻審判決が確定した。 (5) 原告は,被告に対し,平成8年12月9日,本件差戻審判決が法23条2項1号の規定に該当するとして,昭和61年分及び昭和62年分の所得税について総所得金額及び納付すべき税額を別表「第1次更正請求」欄記載のとおりとする更正の請求をなした(以下「第1次更正請求」という。)。 (6) また,原告は,被告に対し,平成10年1月20日,前記最高裁決定が法23条2項1号の規定に該当するとして,昭和61年分及び昭和62年分の所得税について総所得金額及び納付すべき税額を別表「第2次更正請求」欄記載のとおりとする更正の請求をした(以下「第2次更正請求」といい,第1次更正請求と第2次更正請求とを併せて「本件各更正請求」という。)。 (7) 被告は,平成10年3月18日,原告の本件各更正請求に対して,いずれも更正をすべき理由はないとする各通知処分(以下「本件各通知処分 求と第2次更正請求とを併せて「本件各更正請求」という。)。 (7) 被告は,平成10年3月18日,原告の本件各更正請求に対して,いずれも更正をすべき理由はないとする各通知処分(以下「本件各通知処分」という。)をした。 (8) その後,原告による異議申立て及び審査請求並にこれらに対する判断が,別表のとおりなされた。 2 主たる争点(1) 刑事事件(所得税法違反被告事件)の判決が法23条2項1号に規定する「判決」に該当するか否か。 ア原告の主張法23条2項1号の文言には,「刑事判決」や「犯罪事実」といった表現はされていないし,租税ほ脱犯における刑事訴訟では,犯罪事実の存否と犯則所得金額とが争点となるのであって,これは,同条項にいう「課税標準又は税額等の基礎となった事実」についての争いである。 また,刑事裁判においては,証拠調べを厳格に行い,事実認定を正確にしているから,より真実に近い判決がされているので,本件のように刑事裁判所の判断であっても,申告内容が誤りであることが明らかになっている場合には,この判断を前提とする更正請求が許容されるべきである。 なお,原告は,検察官によって,強迫,強要,誤導されたうえで虚偽の自白をし,原告の誤った意を受けた税理士が修正申告をしたのであり原告は,納税申告時に減額更正をすべき事由の存在を当然に予想し得る状況にはなかった。 イ被告の主張本件差戻審判決は,刑事事件に係る判決であり,申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実についての私法行為又は行政行為上の紛争を解決することを目的とする民事事件の判決ではない。 なお,原告は,刑事事件においてそのほ脱額を争っていたから,納税申告時に減額更正をすべき事由の存在を当然に予想し得たものである。 (2) 刑事事件における検察官の訴因変更が法23 件の判決ではない。 なお,原告は,刑事事件においてそのほ脱額を争っていたから,納税申告時に減額更正をすべき事由の存在を当然に予想し得たものである。 (2) 刑事事件における検察官の訴因変更が法23条2項1号に規定する「判決と同一の効力を有する和解その他の行為」に該当するか否か。 ア原告の主張本件差戻審における進行協議の際,当時の公判担当検察官と弁護人らとの間で,検察官が刑事事件の訴因を変更すること及び弁護人らは,訴因変更後の内容を争わないことの合意をし,その合意に従って訴因変更がなされたのであるから,この訴因変更は,判決と同一の効力を有する和解その他の行為にあたる。 イ被告の主張検察官がなした本件訴因変更は,刑罰権の存否及び範囲を確定するための刑事手続上の行為にすぎず,民事上の紛争の法律的解決のための和解等ではない。 (3) 本件において法23条2項3号に規定する「やむを得ない理由」が認められるか否か。 ア原告の主張原告が逮捕された際に,原告の帳簿書類は押収されたため,原告は,帳簿書類等に基づいて国税の税額等を正しく計算することができなかったが,その後,検察官が本件訴因変更を行ったことによって,その事情が消滅したから,本件は国税通則法施行令(以下「施行令」という。)6条1項3号に該当し,法23条2項3号に規定する「やむを得ない理由」があると認められる。 イ被告の主張施行令6条1項3号の「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」とは,法定申告期限内に帳簿書類の押収,又はこれに類するような事情,少なくとも納税申告書を提出した者の責めに帰すべきでない事情により,その手元に課税標準等や税額等の計算の根拠となるべき帳簿書類が存在せず,そのため,この時点において,税額等の計算ができない場合を指すものと解すべきであるところ,本件にお めに帰すべきでない事情により,その手元に課税標準等や税額等の計算の根拠となるべき帳簿書類が存在せず,そのため,この時点において,税額等の計算ができない場合を指すものと解すべきであるところ,本件において,原告の帳簿書類が押収されたのは,昭和61年分及び昭和62年分の所得税の法定申告期限を経過した後であるから,本件は,施行令6条1項3号ひいては法23条2項3号に該当しない。 また,本件は修正申告がなされた事案であるところ,修正申告の場合にはその提出が任意で提出期限も法定されていないため,いわゆる確定申告の税額等を計算した上で,修正申告書の記載内容も十分検討した結果に基づいてなされるものであると認められ,現に原告は,逮捕当初,有価証券売買による所得について,検察官に対し,原告,原告の兄A及び原告の母Bの3名に帰属するとの供述をし,また,3名の帰属割合についても平成元年8月13日付けの「覚書」を作成して明らかにしていたのであるから,当該修正申告の提出時において,原告が正当であるとする所得金額,税額等は,原告において容易に計算できたのであり,施行令6条1項3号による特例的な救済は認められない。 さらに,本件訴因変更によって,同号にいう「・・・その後,当該事情が消滅したこと」にはならないし,本件各更正請求は,本件訴因変更から2か月を経過した後になされたものであるから,本件各更正請求は,不適法なものである。 (4) 本件各更正請求は,信義則の法理により,認められるか否か。 ア原告の主張原告は,検察官の強要,強迫及び誤導並にこれに乗じた国税当局の誤った調査資料の開示によって本件修正申告をなし,実刑判決を受けたが,差戻審では検察官が訴因変更をすることで本件修正申告が誤っていたことを認めたものである。そして,以上の次第であるから,本件修正申告をし 調査資料の開示によって本件修正申告をなし,実刑判決を受けたが,差戻審では検察官が訴因変更をすることで本件修正申告が誤っていたことを認めたものである。そして,以上の次第であるから,本件修正申告をしたことにつき,原告の責めに帰すべき事由はない。にもかかわらず,被告課税庁が更正処分をしないというのは著しく正義に反するから,最高裁昭和62年10月30日第3小法廷判決の趣旨により,本件各更正請求は認容されるべきである。 イ被告の主張本件では,そもそも被告課税庁は原告に対し,原告が信頼すべき公的見解を表示したことも,後日当該表示に反し,原告に経済的不利益を与えるような課税処分を行ったこともなく,原告は,税理士を通じて自らの自由な意思により本件各修正申告をなしたのである。 また,原告が主張するような検察官の強要,強迫等の事実はない。 第3 争点に対する判断 1 主たる争点(1)(刑事事件の判決が法23条2項1号に規定する「判決」に該当するか否か)について法23条2項1号には,「その申告・・・の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決・・・」と規定されていること,また,刑事事件は刑罰権の存否,範囲を確定することを直接の目的とし,犯則所得金額やほ脱額の認定はそのための前提として行うにすぎず,その認定に当たっても,証拠能力の制限や証拠の証明力の評価,立証責任の分配等に関して民事事件とは異なった法規,法則が適用されるために,刑事事件における事実認定と民事事件におけるそれとは相違するものになる可能性が十分考えられることからすると,同号に規定する「判決」とは,申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実についての私法行為又は行政行為上の紛争を解決することを目的とする民事事件の判決を意味し,犯罪事実の存否,範囲を確定することを目的と 」とは,申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実についての私法行為又は行政行為上の紛争を解決することを目的とする民事事件の判決を意味し,犯罪事実の存否,範囲を確定することを目的とする刑事事件の判決はこれに含まれないと解するのが相当である。 これを本件について見るに,本件差戻審判決は,刑事事件に係る判決であるから,法23条2項1号に規定する「判決」には該当しない。よって,この点に関する原告の主張は理由がない。 2 主たる争点(2)(刑事事件における検察官の訴因変更が法23条2項1号に規定する「判決と同一の効力を有する和解その他の行為」に該当するか否か)について法23条2項1号に,「更正に係る課税標準等又は税額等の基礎となった事実に関する訴えについての判決(判決と同一の効力を有する和解その他の行為を含む。)・・・」と規定されていることからすると,同号かっこ書き内の「判決」とは,前記1で判示した「判決」と同一の趣旨であると解するのが相当である。 したがって,同号にいう「判決と同一の効力を有する和解その他の行為」とは,国家機関としての裁判所で行う民事上の紛争の法律的解決のための民事訴訟手続等における訴訟上の和解(民訴法89条),起訴前の和解(同法275条),その他請求の認諾又は請求の放棄等をいうものと解すべきである。 ところで,本件訴因変更は,刑事手続上の行為であり,民事上の紛争の法律的解決のための民事訴訟手続等における訴訟上の和解等ではないから,「判決と同一の効力を有する和解その他の行為」には当たらず,原告の主張は理由がない。 3 主たる争点(3)(本件において法23条2項3号に規定するやむを得ない理由が認められるか否か)について法23条2項の趣旨は,納税者が法定の申告期限内に適正な納税申告をすることを原則としつつ 3 主たる争点(3)(本件において法23条2項3号に規定するやむを得ない理由が認められるか否か)について法23条2項の趣旨は,納税者が法定の申告期限内に適正な納税申告をすることを原則としつつも,納税申告書の提出当時には予想できなかったような後発的な減額事由が発生し,当初,この事由を申告に反映させることができなかった場合に,同条1項に定める法定申告期限から1年の期間を経過した後であっても,その減額事由が発生してから2月以内に限り,納税者からその更正を請求できる方法を認めた例外的な権利救済の規定である。 そうであるならば,同条2項3号を受けて規定された施行令6条1項3号にいう「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」とは,法定申告期限内に帳簿書類の押収又はこれに類するような事情により,納税申告書提出者の手元に課税標準等や税額等の計算の基礎となるべき帳簿書類が存在せず,そのために法定の申告期限内に適正な税額等の計算ができなかった場合を指すと解するのが相当である。 本件においては,本件各更正請求の対象となっている昭和61年分及び昭和62年分の所得税の法定申告期限は,それぞれ昭和62年3月16日と昭和63年3月15日であるところ,前記争いのない事実によれば,原告が広島国税局調査査察部所属の職員の強制調査を受けたのは昭和63年9月であり,岡山地方検察庁の検察官によって逮捕されたのは平成3年3月であるから,帳簿書類の押収があった日は,昭和61年分及び昭和62年分の所得税の法定申告期限の後であることは明らかである。 したがって,本件は,施行令6条1項3号の事由には当たらず,法23条2項3号の「やむを得ない理由」が存在しないから,原告のこの点に関する主張は理由がない。 4 主たる争点(4)(本件各更正請求は,信義則の法理により,認められるか否か 号の事由には当たらず,法23条2項3号の「やむを得ない理由」が存在しないから,原告のこの点に関する主張は理由がない。 4 主たる争点(4)(本件各更正請求は,信義則の法理により,認められるか否か)について租税法律関係についても,信義則が適用されることがあるが,租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては,信義則の法理の適用については慎重でなければならず,租税法規の適用における納税者間の平等,公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて,納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に,初めて同法理の適用の是非を考えるべきものである。そして,この特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては,少なくとも,税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより,納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ,後にその表示に反する課税処分が行われ,そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか,また,納税者が税務官庁の当該表示を信頼し,その信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであるといわなければならない(最高裁昭和62年10月30日第3小法廷判決)。 しかし,本件においては,被告が納税者たる原告に対し信頼の対象となる公的見解を表示し,後日当該表示に反する課税処分が行われ,そのために原告が経済的不利益を受けることになったと認めるに足る証拠はない。 また,本件において,検察官の強要,強迫及び誤導があったと認めるに足る証拠はない上,検察官の訴因変更は前記のとおり,犯罪事実の存否,範囲を確定する刑事事件における手続上の行為にすぎず,当該訴因変更があったからといって,本件修正 要,強迫及び誤導があったと認めるに足る証拠はない上,検察官の訴因変更は前記のとおり,犯罪事実の存否,範囲を確定する刑事事件における手続上の行為にすぎず,当該訴因変更があったからといって,本件修正申告が誤っていたことを検察官が認めたわけではないし,本件訴因変更があったからといって,被告が本件修正申告が誤りであったことを認め,更正処分をする必要はないのであって,被告が更正処分をしないことが著しく正義に反するとする原告の主張は理由がない。 5したがって,原告の本件各請求はいずれも理由がないから,棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 岡山地方裁判所第2民事部裁判長裁判官小野木等裁判官政岡克俊裁判官内山真理子
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