平成21年(わ)第656号判決 被告人 a被告事件名特別公務員暴行陵虐主文 被告人を懲役10月に処する。 未決勾留日数中70日をその刑に算入する。 この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。 訴訟費用は全部被告人の負担とする。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,法務教官として広島県東広島市b町cd番地のe所在のf少年院に勤務し,法令により拘禁された者を看守するなどの職務に従事していた者であるが,平成17年9月16日,同少年院体育館において,法令により拘禁されていたg(当時16歳)に対し,シーツを同人の頸部に巻き付けた上で,自分で頸部を絞め付けて死ぬように迫る旨の文言を申し向け,続けて,同人に遺書を作成するよう申し向けた上,同人がこれを拒絶すると,同少年院の他の法務教官に指示し,「イショ」「ぼくは死にます。」などと記載した文書を作成させて,これを読み上げさせ,さらに,同少年院学科教室洗濯棟において,前記gの面前で,塩素系漂白剤と酸性洗剤をビニール袋内で混合して有毒な気体が発生しているかのように装った上,同ビニール袋を同人の顔面に近づけて,そこから発生している有毒な気体を吸えば死ねるなどと迫る旨の文言を申し向けるなどし,もって,その職務を行うに当たり,同人に対して暴行及び陵辱・加虐の行為をしたものである。 (証拠の標目)略(事実認定の補足説明) 争点 本件の公訴事実中,被告人が行ったとされる暴行及び陵辱・加虐の行為は,g(以下「本件少年」という。)に対し,f少年院体育館において,シーツを同人の頸部に巻き付けた上で「絞めたら死ねるぞ。」などと自ら頸部を絞め付けるように言うとともに,同シーツで同人の頸部を絞め付け,続けて,同人に「遺書を書け。 に対し,f少年院体育館において,シーツを同人の頸部に巻き付けた上で「絞めたら死ねるぞ。」などと自ら頸部を絞め付けるように言うとともに,同シーツで同人の頸部を絞め付け,続けて,同人に「遺書を書け。」などと遺書を作成するよう言った上,同人がこれを拒絶すると,同少年院の他の法務教官に「イショ」「ぼくは死にます。」などと記載した文書を作成させて,これを読み上げさせるなどし,同少年院学科教室洗濯棟において,本件少年の面前で塩素系漂白剤と酸性洗剤をビニール袋内で混合して塩素ガス様の気体を発生させた上,同ビニール袋を同人の顔面に近づけて,「吸ってみい。これを吸ったら死ねるぞ。」と言うなどし,さらに,同少年院雑居寮舎第1学寮寮監室において,「特別少年院に行けば,23歳までおらすことができる。医療少年院に行けば,26歳までおらすことができる。ずっとおらせることができる。」などと言うなどした,というものである。 本件の争点は,①被告人が,本件少年に対し,公訴事実記載の暴行及び陵辱・加虐の行為とされている行為を行ったか否か(被告人が行った行為の内容),②上記①を前提として,特別公務員暴行陵虐罪の成否(構成要件該当性及び違法性阻却事由の存否)である。 弁護人は,被告人が公訴事実記載の行為を行ったことはない上,被告人が本件少年に対して行った行為は,少年院という矯正教育の場において,正当な目的(教育上の指導目的及び保安上の目的)から行われたものであることなどに照らすと,特別公務員暴行陵虐罪として問擬すべきものではないから,被告人は無罪であると主張するので,以下検討する(以下,人名については,特に断らない限り,初出のとき以外は名の表示を省略する。)。 前提事実関係各証拠によれば,本件に至る経緯及び本件前後の状況等について,以下の 事実が認められる。 る(以下,人名については,特に断らない限り,初出のとき以外は名の表示を省略する。)。 前提事実関係各証拠によれば,本件に至る経緯及び本件前後の状況等について,以下の 事実が認められる。 (1) 被告人は,昭和61年4月に法務教官として採用され,h少年院で勤務し始め,そのころから,発達の視点を取り入れた矯正教育のあり方を研究・実践してきた。その後,各地の少年院等で勤務し,平成15年4月からf矯正管区で勤務した後,平成17年4月から平成19年3月までの間,首席専門官としてf少年院において勤務した。 (2) f少年院は,平成14年ころ以降,いわゆる荒れた状態(在院者による規律違反が横行し,暴力やいじめのほか,教官の指導に従わずに反抗することもあるような状態)であり,その後の取組みによって改善されたものの,被告人が着任した当時,まだ荒れた状態は残っており,被告人もこのような経過を熟知していた。 被告人は,f少年院のこのような状況を建て直すため,長年にわたって研究・実践してきた指導方法に基づき,集団処遇と個別処遇を組み合わせて,「統制,参加,委任」という段階的な指導方法のほか,個々の在院者の特性に応じて発達の視点を取り入れた指導方法を導入し,そのような処遇や指導方法を他の法務教官に対して教示する傍ら,自らも院内を頻繁に巡回したり,少年との個別面接を繰り返すなどして,これを実践しており,一定の成果を上げていた。 (3) 本件少年は,平成17年2月にf少年院に入所した後,規律違反行為を繰り返しており,同年3月に2回,同年4月に1回それぞれ訓戒処分を受け,同年6月には謹慎3日の処分を受けた。また,本件少年が所属していた第1学寮は,規律違反が相次いだため出寮停止となり,寮生全員が寮内で終日内省をしていた最中であったにもかかわらず,同年9月13 受け,同年6月には謹慎3日の処分を受けた。また,本件少年が所属していた第1学寮は,規律違反が相次いだため出寮停止となり,寮生全員が寮内で終日内省をしていた最中であったにもかかわらず,同年9月13日,本件少年は,巡回中の被告人を目で追ったことにより,被告人から厳しく注意を受けた。 (4) 本件当日である同月16日(金曜日)は,午前9時30分から進級式が行われたが,その際に年長少年が所属する第2学寮の在院者で礼の仕方が悪い者がおり,i教官から注意を受けた。被告人は,これを機に,院内全体で問題解決 型のロールプレーを行おうと考え,在院者がこのような態度をとっているようでは後日予定されている運動会は中止にする旨発言し,その後は,各学寮において問題解決に向けた取組みが行われた。このため,同日午後2時30分から予定されていた院内護身術検定は延期となった(実際には,同月22日に行われた。)。 (5) 同月16日夕方,第1学寮の在院者と面談をしたj教官は,以前に,本件少年及び同室の在院者であったk(以下「k少年」という。)が,夜間私語をしており,その際,「クソ首席(被告人のこと)を殺す。」「逃走する。」などという話をしていたことを聞き,教育部門に赴いて報告し,被告人にもその旨伝わった。被告人は,教育部門にいたl統括専門官,m統括専門官,n教官らに同行するよう指示をして,同人らとともに本件少年のいる第1学寮に向かい,夕食をとっていた本件少年を立たせ,逃走防止のために小手取り連行を指示し,体育館に連れて行った。その後,被告人は,本件少年を洗濯棟に連れて行った(なお,体育館及び洗濯棟において被告人が本件少年に対して行った行為については,後に検討する。)。さらに,被告人は,第2学寮にも本件少年を連れて行って,1時間くらい同学寮の在院者との集会の場を持ち, (なお,体育館及び洗濯棟において被告人が本件少年に対して行った行為については,後に検討する。)。さらに,被告人は,第2学寮にも本件少年を連れて行って,1時間くらい同学寮の在院者との集会の場を持ち,その際,被告人に促され,本件少年が首席(被告人)を殺すという私語をしたことを告げたところ,同学寮の在院者から,本件少年の言動をたしなめる発言や助言が相次いだ。その後,同日か後日,被告人は,本件少年に対して個別面接をした(なお,その際の被告人の本件少年に対する発言については,後に検討する。)。 (6) 本件少年の担任であったj教官は,本件少年が他人からの言葉を理解しづらく,他人の感情を言葉ではなく表情で理解していると考えており,ゆっくり指導するよう心掛けていたところ,被告人も,本件少年には聴覚系のLD(学習障害)など発達上の問題があり,本件少年が私語をしていたk少年にはバイポーラ(双極性障害)の傾向があるなどと認識していた。被告人は,同月17日から同月19日の連休中に,本件少年のみならず(同月19日夕刻に実施), k少年に対しても面接指導を行い,その結果をも踏まえて,連休明けの同月20日(火曜日)に行われた教育部門のミーティングにおいて,他の法務教官らに対し,それぞれの特性を踏まえた両少年に対する指導方法等について指示をした。 (7) 本件少年は,同月16日から調査のため単独寮に収容されていたが,特に食事が十分に取れなくなるなどといった様子は見受けられず,同月21日には,自ら,ゴミ箱に落書きがある旨の申告を行った。なお,本件少年は,同月22日に謹慎20日及び1階級降下の処分を受けたが,その後は,平成18年4月まで規律違反行為で処分を受けることはなかった。 本件当日に被告人が本件少年に対して行った行為について(1) シーツを使った行為につい 0日及び1階級降下の処分を受けたが,その後は,平成18年4月まで規律違反行為で処分を受けることはなかった。 本件当日に被告人が本件少年に対して行った行為について(1) シーツを使った行為についてア検察官は,被告人は,本件少年を体育館に連れて行った後,本件少年の頸部にシーツを巻き付けた上で,「絞めたら死ねるぞ。」などと自ら頸部を絞め付けるように言うとともに,そのシーツで本件少年の頸部を絞め付けたと主張している。 これに対し,被告人は,当公判廷において,シーツをまず自分の首に掛け,本件少年に対し,「殺したいんだろう。殺せるものなら先生を殺してごらん。」などと申し向けたところ,本件少年がこれを断ったことから,本件少年の首にシーツを掛け(巻き付けてはいない。),「自分で自分のことをやれるか。」などと言ったなどと供述している。 イ本件少年は,当裁判所が実施した公判期日外の証人尋問において,概ね,上記検察官の主張に沿った内容の供述をしており,被告人からシーツで首を絞められて苦しんだ状況や,これをほどこうと抵抗した状況等に関する供述は,確かに,検察官が指摘するとおり,自ら体験したものでなければ語り得ないような具体性と迫真性を備えているといえる。 しかしながら,本件少年は,公訴事実に記載された行為以外にも,被告人 から,体育館に連れて行かれる前及びその後に足をかけられて転倒させられたことのほか,体育館において,片方の手で首をわしづかみのように掴まれ,30秒くらい首を絞められたこと,さらに,被告人か他の法務教官から,ぬれたティッシュを口の中に入れられそうになったことなども証言している。 これらの証言についてもまた,上記のような評価が当てはまり,本件少年の頸部にシーツを巻き付けるなどした行為に劣らず,印象的な出来事であるが,l教官ら 中に入れられそうになったことなども証言している。 これらの証言についてもまた,上記のような評価が当てはまり,本件少年の頸部にシーツを巻き付けるなどした行為に劣らず,印象的な出来事であるが,l教官ら数名の法務教官が被告人に同行し,現場に居合わせたにもかかわらず,これに沿う目撃証言はなく,他にこれを裏付ける証拠も見当たらない。 このように,本件少年の証言は,体験者でなければ語り得ないような具体的かつ迫真的な内容とはいえ,裏付けを全く欠いている部分がある上,そもそも,証言時点から4年以上も前の出来事に関する証言であることなどから,被告人の行った行為を認定するに当たっては,この点に留意しつつ,本件少年の証言や被告人の供述のみならず,他の客観的な証拠や,本件の現場に立ち会った他の法務教官の目撃証言等を慎重に吟味する必要があるというべきである。 ウそこで,他の目撃証言等について検討すると,被告人がシーツを使った行為の場面に立ち会った法務教官は複数いたにもかかわらず,被告人がシーツで本件少年の頸部を絞め付け,本件少年が苦しんでいる状況について明確に証言している者はおらず,そのような状況を裏付ける証拠もないのであり,わずかにn証人が,本件少年の首が絞まったような場面の記憶があり,わずかな時間だが,本件少年のあごが引いて表情が少し赤くなったように思うなどと述べているのみであるが,本件少年の証言内容とは,やや隔たりがあると評価せざるを得ない。また,n証人は,被告人と本件少年のどちらが絞めたかは分からないと証言するにとどまっている。 本件少年が述べるように,真実,被告人がシーツを本件少年の頸部に巻き付け,左右に引っ張って30秒くらい絞め付けたのに対し,本件少年が苦し んでおり,それをほどこうと抵抗している場面があったとするならば,それは異常な出来事であ 被告人がシーツを本件少年の頸部に巻き付け,左右に引っ張って30秒くらい絞め付けたのに対し,本件少年が苦し んでおり,それをほどこうと抵抗している場面があったとするならば,それは異常な出来事であって,当然,現場に居合わせた法務教官らにとっては極めて印象に残る場面であるはずである。しかも,被告人が,首席専門官として,他の法務教官に対し,在院者を指導する際に暴力を振るうことのないよう指導していたことは,当公判廷に出廷した法務教官が一致して証言しているところであり,そのような被告人が,周囲に複数の法務教官がいる面前で,本件少年の首をシーツで絞める暴行を加えたというのである。そして,この場面について証言しているn証人及びm証人らには,被告人に不利な内容の証言を回避して被告人を庇おうという供述態度は見受けられないことに照らすと,目撃証言を含め,本件少年の証言を裏付ける明確な証拠が全くないというのは,不自然であるといわざるを得ない。それ以外の場面でも,既に説示したとおり,本件少年の証言には印象的な出来事であるはずの場面について裏付けを欠いている部分があることも考え併せると,被告人がシーツで本件少年の頸部を絞め付けたと認定するには合理的な疑いが残るというべきである。 他方で,被告人の上記公判供述のうち,シーツをまず自分の首に掛けたという部分についても,これを窺わせるような事情は本件少年の証言に現れていないばかりか,これに沿う目撃証言も全くなく,たやすく信用することはできない。 もっとも,n証人やm証人は,いずれも,被告人が本件少年の首にシーツを1回巻き付けて自分で首を絞めるように迫った旨証言しているところ,その限度では本件少年の証言とも符合している。そして,本件につき任意の取調べを受けていた際に被告人が作成した供述書写し(乙4) ーツを1回巻き付けて自分で首を絞めるように迫った旨証言しているところ,その限度では本件少年の証言とも符合している。そして,本件につき任意の取調べを受けていた際に被告人が作成した供述書写し(乙4)によれば,被告人は,シーツを使用した場面について,シーツを本件少年の首に巻いて絞めた記憶はないとしながらも,具体的な状況に関する記憶は甚だ曖昧であることが窺われる。被告人の上記公判供述を前提にしても,本件少年に自ら首を 絞めるように促すためには,単に首の後ろからシーツを掛けるのみならず,シーツを首に巻き付けるのがより自然な動作というべきであることも併せ考えると,被告人は,本件少年の頸部にシーツを巻き付け,自分で頸部を絞め付けて死ぬように迫る旨の文言を申し向けたと認めるのが相当である。 エそうすると,本件公訴事実中,被告人が,体育館において,本件少年の頸部にシーツを巻き付けた上で,自分で頸部を絞め付けて死ぬように迫る旨の文言を申し向けたことは認められるが,シーツで本件少年の頸部を絞め付けたとまでは認められない。 (2) 遺書を書かせる行為についてア検察官は,被告人は,体育館において,本件少年に「遺書を書け。」などと遺書を作成するよう言った上,同人がこれを拒絶すると,m教官に「イショ」「ぼくは死にます。」などと記載した文書を作成させて,これを読み上げさせるなどしたと主張しているところ,m証人はこれに沿う証言をしており,o証人もm証人の証言に符合する証言をしている。 これに対し,被告人は,当公判廷において,本件少年に遺書を書くように言ったところ,m教官が,本件少年が遺書を書けない様子を見て,「書けないんだったらおれが書いてやるよ。」などと言い出して代わりに書き,自分に「どう書けばいいんですか。」などと尋ねてきた旨供述している。 イm証人 m教官が,本件少年が遺書を書けない様子を見て,「書けないんだったらおれが書いてやるよ。」などと言い出して代わりに書き,自分に「どう書けばいいんですか。」などと尋ねてきた旨供述している。 イm証人は,この行為の場面について,被告人から指示された際,早く書いて早くその現場から立ち去りたいという気持ちであったことや,頭が混乱していて「遺書」という漢字が思いつかず,片仮名で「イショ」と記載したこと,「ぼくは死にます。」という文言についても被告人から指示されて記載したこと,作成した遺書は被告人の指示で読み上げたことなどを自らの心理状態や本件少年の様子などを交えて具体的に述べた上で,自分が関わっているところなので,他のところよりは記憶がはっきりしている旨証言しており,o証人も,被告人が嫌がっているm教官に指示して遺書を書かせた旨証言し ている。 そして,関係証拠によれば,被告人は,遺書を使った指導について知見を有していたのに対し,本件当時,f少年院内で遺書を使った指導が広く行われていたとは認められないことに照らすと,m教官をはじめ,被告人の行為の趣旨が周囲の法務教官らに十分に理解されていたとは認められない状況においては,m教官が,被告人が本件少年に対する行為を行っている真っ最中であるにもかかわらず,被告人に何の断りもなく,いきなり率先して,本件少年に代わって自ら遺書を書くように申し出るなどとは考えにくいのであって,むしろ,遺書を使った指導につき知見を有する被告人が,遺書を書くことを拒んでいる本件少年に代わり,m教官に遺書を書くことなどを指示することは,流れとして自然であることからすると,被告人からの指示で遺書を作成して読み上げたというm証人の上記証言の根幹部分は十分信用でき,これに反する被告人の上記供述は信用できない。 ウそうすると,本件 は,流れとして自然であることからすると,被告人からの指示で遺書を作成して読み上げたというm証人の上記証言の根幹部分は十分信用でき,これに反する被告人の上記供述は信用できない。 ウそうすると,本件公訴事実中,被告人が,体育館において,本件少年に遺書を作成するよう申し向けた上,同人がこれを拒絶すると,m教官に指示し,「イショ」「ぼくは死にます。」などと記載した文書を作成させて,これを読み上げさせた事実が認められる。 (3) 洗剤を使った行為についてア検察官は,被告人は,体育館から洗濯棟に移動した後,本件少年の面前で塩素系漂白剤であるpと酸性洗剤であるqをビニール袋内で混合して塩素ガス様の気体を発生させた上,同ビニール袋を同人の顔面に近づけて,「吸ってみい。これを吸ったら死ねるぞ。」などと言うなどしたと主張しているところ,本件少年は,被告人が,青色の容器と緑色の容器の2種類の液体洗剤を容器から直接ビニール袋に入れて混ぜ合わせた後,自分のところに近づいて来て,「これ吸ったら死ねるけん,吸えや。」などと言ってビニール袋の口を持って自分の口に近づけてきたなどと,これに沿う具体的かつ迫真的な 証言をしている。 これに対し,被告人は,当公判廷において,m教官から受け取ったキャップに入ったpを,本件少年らに気付かれないように,洗濯室横のトイレの手洗い場で水に取り換え,これを他の法務教官から受け取った別の液体洗剤の入ったカップの中に入れて机の上に置く一方,他の法務教官らに換気をするよう指示して扉を開けさせるなどして,有毒ガスが発生しているかのように装い,一緒に逃げようなどと言って,本件少年を連れて第2学寮に向かったなどと供述している。 イそこで,他の目撃証言等について検討すると,まず,被告人の行為態様について,その場に立ち会ったというn証 ,一緒に逃げようなどと言って,本件少年を連れて第2学寮に向かったなどと供述している。 イそこで,他の目撃証言等について検討すると,まず,被告人の行為態様について,その場に立ち会ったというn証人,m証人,r証人及びo証人は,一様に,被告人は,塩素系漂白剤と酸性洗剤を混ぜると有毒な気体が発生し,これを吸ったら死ぬなどという趣旨の話をしながら,液体の入ったビニール袋の口の部分を本件少年の口元に近づけて,吸うように迫ったと証言しており(入っていた液体の中身については後述する。),これは本件少年の証言と符合している。しかも,r証人は,自分が被告人の使用したビニール袋を処理したと述べており,o証人もビニール袋を片付けている職員を見たというのである。他方で,被告人の上記供述については,これを窺わせるような事情は本件少年の証言に現れていないばかりか,これに沿う目撃証言も見当たらない。 首席専門官である被告人が,液体の入ったビニール袋の口の部分を本件少年の口元に近づけて吸うように迫るなどというのは,当然,現場に居合わせた法務教官らにとって,極めて印象に残る場面であり,本件少年の証言や他の目撃証言は,多少の食い違いはあるものの,上記の点では完全に一致している。これは,各証人が各自の目撃した状況を記憶に従って真摯に述べていることの表れと評価することができ,それぞれの証言の信用性を高め合っているといえる。したがって,この部分に関する本件少年や他の法務教官らの 証言は,その一致する限度で,高度の信用性を有するといえ,これに反する被告人の上記供述は信用できない。 そうすると,被告人は,液体の入ったビニール袋を本件少年の顔面に近づけて,そこから発生している気体を吸えば死ねるなどと迫った事実が認められる。 ウ次に,被告人がビニール袋内に入れていた液 い。 そうすると,被告人は,液体の入ったビニール袋を本件少年の顔面に近づけて,そこから発生している気体を吸えば死ねるなどと迫った事実が認められる。 ウ次に,被告人がビニール袋内に入れていた液体が何であったかについて検討する。 検察官は,被告人が塩素系漂白剤であるpと酸性洗剤であるqをビニール袋内で混合して塩素ガス様の気体を発生させたと主張する。 しかしながら,弁護人からの委託を受けて行われたpとqの混合実験の様子を収録したDVD(弁66),同実験の結果をまとめた鑑定書(弁62の1)及び同実験を実施したs証人の証言によれば,pとqを等量で混合した場合,混ぜ合わせた瞬間に激しい化学反応が起こり,大量の泡が発生して液体上部に貯留し,混合液は黄色くなり,刺激臭のある黄緑色の塩素ガスが発生することが認められる。にもかかわらず,本件少年の証言や他の目撃証言に現れている被告人が使用したビニール袋内の変化の状況は,ぽつぽつと泡が立った,ビニール袋が膨らんだ,水蒸気が発生して白く曇ったなどというにとどまり,特段の変化はなかったと述べる者さえいるほか,ビニール袋を処理した際に異臭がしたと述べる者もいない。 そうすると,上記実験の内容が,混ぜ合わせる洗剤の量等について,本件少年の証言を基にしているにすぎず,本件当時の状況を正確に再現して行われたとは限らないことを考慮しても,検察官が主張するように,被告人が,ビニール袋内で,pとqを混合させたと認めるには合理的な疑いが残るといわざるを得ない。 なお,確かに,検察官が指摘するように,この点に関する被告人の供述には変遷が見られる。すなわち,被告人の検察官調書(乙2,3)においては, 漂白剤と洗剤を混ぜて有毒ガスを発生させたことを認める供述が記載され,その後に被告人自身が作成した供述書写し(乙4)には,p 変遷が見られる。すなわち,被告人の検察官調書(乙2,3)においては, 漂白剤と洗剤を混ぜて有毒ガスを発生させたことを認める供述が記載され,その後に被告人自身が作成した供述書写し(乙4)には,pは水に換えたか薄めた旨記載されており,さらに,当公判廷においては,被告人は,pを水に換えたことはずっと記憶にある旨供述している。このような供述の変遷は,被告人の公判供述の信用性を減殺する事情といえるが,最初に検察官調書(乙2)が作成された時点で,本件から4年近くが経過しており,被告人の記憶が減退していたとしてもやむを得ない面があるし,pとqの混合実験の結果という客観的な証拠がある以上,上記判断は左右されない。 また,t証人は,本件当時,鼻にツンとくる刺激臭がしたと証言している。 しかしながら,t証人は,捜査段階において,本件当日は週休日であったが,午後2時30分から行われた院内護身術検定に参加するためにf少年院に出勤し,午後4時過ぎころに同検定が終わった後に本件を目撃した旨供述しており(弁64),当公判廷においても,本件当日にf少年院に出勤していたことを前提に,本件の目撃状況等を証言しているところ,上記認定のとおり,本件当日に予定されていた院内護身術検定は延期され,実際には平成17年9月22日に実施されているのである。週休日以外に出勤した理由について,客観的事実に反する説明をしていることは見過ごすことができないのであり,そのように事実に反する説明をした理由も明らかになっていない。また,t証人は,当庁において,f少年院で行った特別公務員暴行陵虐罪により有罪判決を受け,証言当時,控訴して係争中であったことや,自らの裁判において罪に問われた事実について,被告人の行為をまねて暴行陵虐行為を行うようになった旨述べていることも併せ考えると,t証人が,真実 罪判決を受け,証言当時,控訴して係争中であったことや,自らの裁判において罪に問われた事実について,被告人の行為をまねて暴行陵虐行為を行うようになった旨述べていることも併せ考えると,t証人が,真実,本件当日にf少年院に出勤して本件を目撃しているかは疑問が残るといわざるを得ないのであり,同証人の目撃証言を本件の事実認定の基礎とすることは相当でない。 エしたがって,本件公訴事実中,被告人が,本件少年の面前で,実際に,p とqをビニール袋内で混合したという事実は認められないが,これらの洗剤をビニール袋内で混合して有毒な気体が発生しているかのように装った上,同ビニール袋を本件少年の顔面に近づけて,そこから発生している有毒な気体を吸えば死ねるなどと迫る旨の文言を申し向けたという事実は認められる。 (4) 第1学寮の寮監室での発言についてア検察官は,被告人は,本件少年を洗濯棟から第2学寮に連れて行き,同学寮の在院者との集会の場を持った後,第1学寮の寮監室において,本件少年に対し,「特別少年院に行けば,23歳までおらすことができる。医療少年院に行けば,26歳までおらすことができる。ずっとおらせることができる。」などと言うなどしたと主張している。 イこの点に関し,本件少年は,第1学寮の寮監室において,被告人から,「おまえをずっと少年院におらしちゃるけえの。」と言われたことのほか,「中等少年院は20歳までおらすことができて,特別少年院は23歳までおらすことができて,医療少年院は26歳までおらすことができて,そこからずっとおらすことができるけえの。」などと言われた旨証言しているが,他方で,「中等(少年院)が23歳までおらすことができると思ってて,特少(特別少年院)が26歳だと思ってて,医療(少年院)からずっとおらせることができるというふう 」などと言われた旨証言しているが,他方で,「中等(少年院)が23歳までおらすことができると思ってて,特少(特別少年院)が26歳だと思ってて,医療(少年院)からずっとおらせることができるというふうに」思っており,どの少年院に何歳まで在院させると言われたかについての記憶は曖昧であるなどとも証言しており,被告人から公訴事実記載の文言を申し向けられたと明確に証言しているわけではない。 他方,被告人は,当公判廷において,本件少年に対し,「殺人や殺人未遂をすれば,特別少年院に行くことだってあり得る。その場合,23歳まで出られないこともある。医療少年院に行くことになるかもしれない。その場合は26歳まで出られないこともあり得る。少年法が改正されたので,少年刑務所に行くことになることだってあり得る。」などと言ったことはある旨供述し,さらに,本件当日か後日,本件少年に対して個別面接をした際に,法 制度に関する説明を行った記憶があり,人を殺した場合には,特別少年院とか医療少年院に行くことになるというふうに言及したと思う,医療少年院については,そういう事例があるという一般例を述べたが,本件少年をそこに送るとは言っていないなどと供述している。 そこで,これらの供述の信用性について検討すると,上記認定のとおり,本件少年は,f少年院入所以来,規律違反行為を繰り返していたこと,被告人が本件に及んだ直接の原因は,本件少年が他の在院者とともに,逃走や被告人を殺すなどといった話をしていた旨の報告を受けたことにあること,被告人が本件の3日後に本件少年に対して面接指導を行っていることなどの事情に照らすと,被告人が述べるように,本件少年に対して,事後的に,殺人等の重大な非行を犯した場合にどのような処遇を受けるかについて,具体例を挙げて法制度の説明をしたというのも不自然・不 ことなどの事情に照らすと,被告人が述べるように,本件少年に対して,事後的に,殺人等の重大な非行を犯した場合にどのような処遇を受けるかについて,具体例を挙げて法制度の説明をしたというのも不自然・不合理とはいえない。そして,本件少年の上記証言には曖昧な面があり,本件少年は他人からの言葉を正確に理解するのが困難な傾向があって,このような制度に対する本件少年の理解は,必ずしも十分なものではなかったことが窺われることや証言時までに4年以上経っていることも併せ考えると,本件少年が,被告人から,厳しい口調で,実際に殺人等を行った場合の少年院等の在院期間に関する説明を受け,被告人からずっと少年院にいさせるなどと脅迫されたかのように受け取って記憶した可能性は否定できないのであり,その場合には,本件少年の上記証言は,必ずしも被告人の上記公判供述と矛盾するわけではない。 ウしたがって,本件公訴事実のように,被告人が,本件少年に対して,何らの前提もなく,「特別少年院に行けば,23歳までおらすことができる。医療少年院に行けば,26歳までおらすことができる。ずっとおらせることができる。」などと,ことさら本件少年を長期間少年院に在院させる旨言った事実を認めることには合理的な疑いが残り,本件当日か後日,実際に殺人等を行った場合には少年院等の在院期間が長くなる旨を厳しい口調で説明した という事実が認められるにとどまる。 なお,検察官は,本件少年の上記証言の信用性を高める事情として,本件とは別の機会に,被告人が医療少年院に送って26歳までおらしたろうかと在院者に言っているのを聞いたことがある旨のn証人らの証言を引用するが,被告人がどのような状況でそのような発言をしたのかは明らかではなく,上記判断を左右するものではない。 (5) 小括以上の次第であり,被告人は るのを聞いたことがある旨のn証人らの証言を引用するが,被告人がどのような状況でそのような発言をしたのかは明らかではなく,上記判断を左右するものではない。 (5) 小括以上の次第であり,被告人は,本件当日,体育館において,本件少年の頸部にシーツを巻き付けた上で,自分で頸部を絞め付けて死ぬように迫る旨の文言を申し向け,これを拒絶されると,本件少年に遺書を作成するよう申し向けた上,同人がこれを拒絶すると,m教官に指示し,「イショ」「ぼくは死にます。」などと記載した文書を作成させて,これを読み上げさせ,さらに,洗濯棟に移動し,本件少年の面前で,pとqをビニール袋内で混合して有毒な気体が発生しているかのように装った上,同ビニール袋を本件少年の顔面に近づけて,そこから発生している有毒な気体を吸えば死ねるなどと迫る旨の文言を申し向けるなどしたほか,実際に殺人等を行った場合には少年院等の在院期間が長くなる旨を厳しい口調で説明したと認められる(以下,これらをまとめて「本件行為」という。)。 特別公務員暴行陵虐罪の成否について(1) 以上の認定事実を前提として,本件行為につき特別公務員暴行陵虐罪が成立するか否かについて検討する。 特別公務員暴行陵虐罪にいう「暴行」とは,身体に対する不法な有形力の行使をいい,「陵辱」及び「加虐」とは,一括して,暴行以外の手段で精神的・肉体的に苦痛を与える行為をいうと解されるところ(以下,「陵辱」又は「加虐」を特に区別せず,まとめて「陵虐行為」という。),相手方の個人的法益とともに公務の適正とこれに対する国民の信頼をも保護するという同罪の趣旨 のほか,刑法195条2項の主体が「法令により拘禁された者を看守し又は護送する者」とされていることからして,本罪が処罰の対象としているのは,これらの者がその職務上行うことが るという同罪の趣旨 のほか,刑法195条2項の主体が「法令により拘禁された者を看守し又は護送する者」とされていることからして,本罪が処罰の対象としているのは,これらの者がその職務上行うことが許されている範囲を逸脱して行った行為に限られると解すべきである(弁護人も指摘するように〔弁論要旨2頁〕,構成要件該当性及び違法性阻却事由の存否を判断する際に考慮すべき要素は共通しており,両者を区別せずに論じることとする。)。 そして,少年院の法務教官が在院者に対して行った行為につき特別公務員暴行陵虐罪として問擬すべきであるか否かについて,一般的,普遍的な基準を見出すことは困難といわざるを得ず,その判断は,結局のところ,当該行為の態様そのものを基本に,当該行為が行われるに至った経緯,動機及び目的や,当該行為後の状況,当該行為を行う者の立場,指導する相手の性格や属性,当該行為が相手に与えた影響の有無及び程度等の具体的事情を総合し,少年院における矯正教育という特殊性を踏まえつつ,当該行為を職務上行うことが必要かつ相当といえるかを,社会通念に従って,個別に判断していくほかはない。 (2) そこで,上記(1)の基準に照らし,本件行為につき特別公務員暴行陵虐罪として問擬すべきであるか否かについて検討する。 アまず,被告人が本件少年に対して本件行為を行った動機や目的等について検討する。 被告人は,本件少年が,k少年とともに,逃走や被告人を殺すなどといった夜間私語をしていた旨の報告を受けたことを直接の契機として,本件行為に及んでいるところ,関係証拠によれば,このような報告は,少年院内においてもめったにない類のものであった上,実際に,本件の約1か月前に,他の少年院で在院者が職員を襲って重傷を負わせるという事件が発生していたことが認められる。そして,本件当日は, 報告は,少年院内においてもめったにない類のものであった上,実際に,本件の約1か月前に,他の少年院で在院者が職員を襲って重傷を負わせるという事件が発生していたことが認められる。そして,本件当日は,年長少年の所属する第2学寮の在院者の礼の仕方が悪かったことなどから,運動会の中止が取り沙汰される出来事があった上,本件少年及びk少年が所属していたのは,規律違反が相次 いだため出寮停止処分を受けていた第1学寮であり,逃走や被告人を殺すなどといった話が他の在院者に悪影響を及ぼさないように配慮する必要性もそれなりに高かったといえる。また,本件少年は,f少年院に入所して以来規律違反行為を繰り返しており,本件の3日前にも,出寮停止処分を受けて内省中であったにもかかわらず不適切な行動をとったことにより,被告人から厳しく注意を受けたばかりであった。しかも,被告人が上記報告を受けたのは,3連休に入る直前の夕刻であったことも併せ考えると,上記報告を踏まえ,保安上の観点,あるいは教育上の観点から(特に前者),緊急の対処を必要とする状況にあったものであり,その一環として,本件少年に対して実効的な指導を早急に行う必要性が高かったといえる。 そして,本件行為の前後の行動をみても,被告人は,上記3(1)で認定した行為(シーツを使った行為)に及ぶ前に,本件少年に対して一応の事実確認を行っており,上記3(3)で認定した行為(洗剤を使った行為)の後には,本件少年を第2学寮に連れて行き,約1時間にわたって同学寮の在院者との集会を開いて,本件少年に自らが行った行為を顧みる機会を設けている。また,被告人は,本件少年には聴覚系のLDなど発達上の問題があり,k少年にはバイポーラの傾向があるなどと認識していたところ,本件行為後に,連休中であったにもかかわらず,本件少年のみならずk ている。また,被告人は,本件少年には聴覚系のLDなど発達上の問題があり,k少年にはバイポーラの傾向があるなどと認識していたところ,本件行為後に,連休中であったにもかかわらず,本件少年のみならずk少年に対しても面接指導を行い,その結果をも踏まえて,本件行為後の最初の出勤日である平成17年9月20日には,他の法務教官らに対し,両少年の特性を踏まえた指導方法等について具体的に指示している。このように,被告人は,本件少年の指導に向けた具体的な行動をとっているというべきであるし,このような被告人の行動は,被告人が本件少年らの指導を行う緊急性があると認識していたことの表れと評価できる。 検察官は,被告人は,本件少年が被告人を殺すなどと発言したと思い込んで激高し,同人に死の恐怖を味わわせて懲らしめようと犯行に及んだもので ある旨主張するが,上記のような被告人の行動とは,いささかそぐわないものであるというほかないし,被告人は,本件少年に対し,殴る蹴るなどの直接的な有形力の行使には及んでおらず,むしろ,実際には,本件少年の頸部をシーツで絞め付けることはせず,ビニール袋内で2種類の洗剤を混合させて有毒な気体を発生させてもいないことなど,ある程度抑制的かつ冷静に行動したという側面もあることも考え併せると,検察官の上記主張は採用できない。 なお,被告人の検察官調書(乙2,3)には,被告人が本件行為に及んだ理由等について,検察官の上記主張に沿う供述も記載されているが,この供述は,上記のとおり,被告人の行動とは必ずしも整合しないから,信用性に乏しいといわざるを得ない。 以上のとおり,被告人は,被告人を殺すなどという夜間私語に対し,多少立腹していたとしても,基本的には,本件少年の特性に応じ,指導の目的をもって,本件行為に及んだものであり,特に保安上の観点か ない。 以上のとおり,被告人は,被告人を殺すなどという夜間私語に対し,多少立腹していたとしても,基本的には,本件少年の特性に応じ,指導の目的をもって,本件行為に及んだものであり,特に保安上の観点から,緊急に対処する必要があったと認められる。 もっとも,本件少年らの夜間私語は本件当日より以前になされたものであり,その後,現実に本件少年らがその発言を実行に移すことを窺わせる具体的な行動に出たわけではないから,例えば,被告人を殺害する具体的な計画が発覚したような場合と比較すれば,緊急性の度合いは相対的に見て低かったといえる。 イところで,上記のとおり,本件行為に及んだ目的は正当なものであったとしても,いかなる行為も許されるというわけではないことは,論を待たないところである。そこで,本件行為の内容を子細にみると,被告人は,本件少年に対する事実確認や口頭による指導を十分にしないまま,複数の法務教官が周囲を取り囲むような状況において,本件少年に対して上記3(1)ないし(3)で認定した行為を行っているのであり,殴る蹴るなどの直接的な暴力こ そ加えてはいないものの,とりわけ,本件少年の頸部にシーツを巻き付けた上で,自分で頸部を絞め付けて死ぬように迫る旨の文言を申し向ける行為や,本件少年の面前で,pとqをビニール袋内で混合して有毒な気体が発生しているかのように装った上,同ビニール袋を本件少年の顔面に近づけて,そこから発生している有毒な気体を吸えば死ねるなどと迫る旨の文言を申し向ける行為は,本件少年に対して,一方的に,死の現実的危険性を強烈に感じさせる行為であり,非常に強い恐怖心や不安感を与えるものである。本件少年が強い恐怖心を抱いていた状況については,本件行為を目撃した法務教官が一致して証言しているところである。そして,遺書を作成するよう申し向 為であり,非常に強い恐怖心や不安感を与えるものである。本件少年が強い恐怖心を抱いていた状況については,本件行為を目撃した法務教官が一致して証言しているところである。そして,遺書を作成するよう申し向ける行為は,本件少年の頸部にシーツを巻き付けた上で,自分で頸部を絞め付けて死ぬように迫った後,これに引き続いて行われたものであり,これは,例えば,心を落ち着けて両親や友人らに宛てた架空の手紙を書くなどといった,純粋なロールレタリングの指導の場面とは一線を画するというべきであるし,他の法務教官に遺書を作成させて読み上げさせるに至っては,ロールレタリングの指導としての要素は大きく失われているといわざるを得ない。 本件少年の恐怖心や不安感は,遺書を作成するよう申し向ける行為,さらには,これを拒絶したにもかかわらず,他の教官に指示し,遺書を作成させて読み上げさせる行為と相俟って,より一層大きくなったことは想像に難くない。 確かに,被告人は,事後的に,本件少年と個別面接を行って指導しているし,本件少年には,本件行為後,食事ができなくなるなどの特段の悪影響があったとは証拠上認められず,本件少年自ら積極的に他者の規律違反行為の申告を行った形跡も認められるけれども,結果的に見て本件行為が指導の効果を上げたからといって,そのこと故に直ちに本件行為が指導のために許されるということにはならない。なお,本件少年は,本件行為後しばらくの間,規律違反行為による処分を受けていないが,本件少年は,本件行為後に20 日間の謹慎処分のほか1階級降下の処分を受け,在院期間が延長されているのであり,本件少年の証言内容からしても,被告人の本件行為だけの指導効果によって規律違反行為が減ったわけではない。 さらに,被告人は,本件少年には,聴覚系のLDのため言語理解に問題があるなどと いるのであり,本件少年の証言内容からしても,被告人の本件行為だけの指導効果によって規律違反行為が減ったわけではない。 さらに,被告人は,本件少年には,聴覚系のLDのため言語理解に問題があるなどと認識しており,本件少年の担任であるj教官も同様の問題点を感じていたところ,被告人は,口頭での指導では十分に指導の効果を上げられないと考えて,死の意味を体験的に理解させるために本件行為に及んだといえ,専ら私憤を晴らす目的に出た行為とは認められないけれども,そのような本件少年の特殊性を踏まえても,上記のような緊急性の程度と比較して,本件少年に対して,非常に強い恐怖心や不安感を与える行為を執拗に行い続けることが,指導のために許される相当な行為であるというのは,社会通念に照らして直ちに首肯しがたいところであるし,長年にわたって発達の視点を取り入れた矯正教育のあり方を研究・実践してきた経験のある被告人自身も,当公判廷において,シーツを首に巻き付けるのは危険な行為なので問題があるとか,相手にpとqをビニール袋内で混ぜ合わせているかのように装って,そこから発生している有毒な気体を吸うよう迫る行為も,相手に強要するのはよくないなどと述べているところである。 以上のとおり,本件行為のうち,被告人が,本件当日,体育館において,本件少年の頸部にシーツを巻き付けた上で,自分で頸部を絞め付けて死ぬように迫る旨の文言を申し向け,続けて,本件少年に遺書を作成するよう申し向けた上,同人がこれを拒絶すると,m教官に指示して,「イショ」「ぼくは死にます。」などと記載した文書を作成させて,これを読み上げさせ,さらに,洗濯棟において,本件少年の面前で,pとqをビニール袋内で混合して有毒な気体が発生しているかのように装った上,同ビニール袋を本件少年の顔面に近づけて,そこから発生して ,これを読み上げさせ,さらに,洗濯棟において,本件少年の面前で,pとqをビニール袋内で混合して有毒な気体が発生しているかのように装った上,同ビニール袋を本件少年の顔面に近づけて,そこから発生している有毒な気体を吸えば死ねるなどと迫る旨の文言を申し向けたという部分は,本件少年に対して非常に強い精神 的苦痛を執拗に与え続けるものであり,早急に指導を行う必要性があったにせよ,その緊急性の程度に見合った相当な内容のものであったとはいいがたく,社会通念に照らして,少年院における矯正教育として許される範囲内を逸脱した行為といわざるを得ない。したがって,これらの行為は,特別公務員暴行陵虐罪にいう暴行又は陵辱行為に該当するというべきである。 もっとも,本件行為のうち,被告人が,本件少年に対して,実際に殺人等を行った場合には少年院等の在院期間が長くなる旨を厳しい口調で説明した部分については,本件少年に対して実効的な指導を早急に行う必要性が高かった本件当時の状況等に照らせば,社会通念に照らし,少年院における矯正教育として許される範囲内にあることは明らかであり,特別公務員暴行陵虐罪にいう陵辱行為には該当しない。 (3) 被告人の検察官調書(乙2,3)の任意性及び信用性についてなお,被告人については,捜査段階において,一部を除き公訴事実記載の事実を認め,自らの行為が特別公務員暴行陵虐罪に該当して有罪である旨を自認する内容の供述(以下「本件自白」という。)が記載された検察官調書(乙2,3)が作成されているところ,弁護人はその供述の任意性及び信用性を争っている。 そこで検討すると,被告人は,上記の検察官調書が作成されるまでの間,在宅事件の被疑者として,黙秘権を告知された上で,取調べを受けているが,ことさらに長時間の取調べや深夜にわたる取調べがなされたとは認 そこで検討すると,被告人は,上記の検察官調書が作成されるまでの間,在宅事件の被疑者として,黙秘権を告知された上で,取調べを受けているが,ことさらに長時間の取調べや深夜にわたる取調べがなされたとは認められない。 そして,被告人は,供述調書の内容を読み聞かされ,かつ,自ら閲読する機会を与えられた上で,供述調書に署名押印をしているところ,被告人は,当公判廷において,検察官から,供述調書に署名すれば上司に起訴しないようお願いしてあげると言われたなどと供述するものの,被疑者ノート(甲48)のうち,特に上記検察官調書が作成された当日の取調べ状況に関する記載のほか,被告人の公判供述を全体的に考察すれば,要するに,取調べで検察官から追及を受 け,自己の見解を述べて反論するなどし,検察官と議論したが受け入れられず,自らの記憶が薄いこともあって,検察官が捜査した結果に委ねるという趣旨で「お任せします。」などと述べたというのであり,認めれば起訴されないという検察官による利益誘導に従って本件自白に至ったとは認められず,さらに,被告人の検察官調書(乙2)には,シーツで本件少年の首を絞めていないと思うという被告人の弁解(これは,本件少年の供述とは食い違うものである。)や,被告人の記憶に残っていない部分についてはその旨の供述が録取されているし,被告人の検察官調書(乙2,3)には,いずれも,検察官が調書に録取する内容を口授している最中に被告人の申し出に応じて表現が修正された部分が存在している。 これらの事情にかんがみると,弁護人の指摘を逐一検討しても,本件自白の任意性に疑いは生じない。 しかしながら,本件自白は,供述時点から4年ほど前の行為のことについて,客観的な資料等を十分に確認しないままなされたものであり,その供述内容は,被告人が本件少年に迫ってシーツで自分 疑いは生じない。 しかしながら,本件自白は,供述時点から4年ほど前の行為のことについて,客観的な資料等を十分に確認しないままなされたものであり,その供述内容は,被告人が本件少年に迫ってシーツで自分自身の頸部を絞めさせたことや,漂白剤と洗剤を混ぜ合わせたビニール袋を本件少年の口元に近づけて発生した有毒ガスを吸うように迫ったことなど,重要な部分で上記事実認定に沿わないものとなっており,動機に関する記載も,既に説示したとおり,本件行為後の被告人の行動等とも整合しない内容となっている。したがって,本件自白の証拠価値は低く,その信用性を過大に評価することはできないというべきである。 もっとも,上記のとおり,本件自白を除いても,上記の事実認定は左右されない。 結論 以上のとおり,被告人は,本件当日,体育館において,本件少年の頸部にシーツを巻き付けた上で,自分で頸部を絞め付けて死ぬように迫る旨の文言を申し向け,続けて,本件少年に遺書を作成するよう申し向けた上,同人がこれを拒絶す ると,m教官に指示し,「イショ」「ぼくは死にます。」などと記載した文書を作成させて,これを読み上げさせ,さらに,洗濯棟において,本件少年の面前で,pとqをビニール袋内で混合して有毒な気体が発生しているかのように装った上,同ビニール袋を本件少年の顔面に近づけて,そこから発生している有毒な気体を吸えば死ねるなどと迫る旨の文言を申し向けたという事実が認められる。そして,このような行為は,指導の目的があっても,法務教官の職務上,行うことが許される行為とはいえず,特別公務員暴行陵虐罪にいう暴行又は陵虐行為に該当するので,被告人には同罪が成立するというべきである。 (法令の適用)被告人の判示所為は刑法195条2項に該当するところ,所定刑中懲役刑を選択し,その刑期の範囲内で 虐罪にいう暴行又は陵虐行為に該当するので,被告人には同罪が成立するというべきである。 (法令の適用)被告人の判示所為は刑法195条2項に該当するところ,所定刑中懲役刑を選択し,その刑期の範囲内で被告人を懲役10月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中70日をその刑に算入し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予することとし,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。 (量刑の理由) 本件は,f少年院の首席専門官であった被告人が,被害少年に対して暴行及び陵辱・加虐の行為をしたという特別公務員暴行陵虐の事案である。 被告人は,被害少年に対して,首にシーツを巻き付けた上で,自分で首を絞めて死ぬように迫り,これに続けて被害少年に遺書を作成するよう申し向けた上,同人がこれを拒絶すると,他の法務教官に命じて遺書を作成させて,これを読み上げさせ,さらに2種類の洗剤を混ぜ合わせて有毒な気体が発生しているかのように装って,これを吸えば死ねるなどと迫ったものであり,被害少年に対して非常に強い精神的苦痛を執拗に与え続けたといえ,指導の目的があったにせよ,度を超した内容であったといわざるを得ない。 発達の視点を取り入れた矯正教育のあり方を長年にわたって研究・実践し,相当の実績を上げてきた被告人が,本件犯行に及んだことはまことに遺憾であり, その社会的影響は軽視できない。 なお,検察官は,本件犯行がf少年院の他の法務教官による特別公務員暴行陵虐事件に影響を及ぼしたかのように主張し,当公判廷に出廷した証人の中には,本件犯行をまねて自身の犯行に及んだと述べる者もいる。しかしながら,被告人は,被害少年に対し,殴る蹴るなどの直接的な暴力は加えておらず,被害少年 したかのように主張し,当公判廷に出廷した証人の中には,本件犯行をまねて自身の犯行に及んだと述べる者もいる。しかしながら,被告人は,被害少年に対し,殴る蹴るなどの直接的な暴力は加えておらず,被害少年の特性に応じて緊急に実効的な指導を行う必要性があったことから,専門的見地も踏まえて指導しようとしたが,許される限度を超えてしまって本件犯行に及んだものであるし,被告人自身,f少年院在任中,他の法務教官らに対して,在院者に対して暴力を振るわないよう厳しく指導していた。にもかかわらず,上記証人は,被告人の行為の意図を十分に理解しないまま,自身の犯行の際に,在院者に対して,殴る蹴るの暴力やそれ以上の暴行・陵虐行為に及んでいると見る余地も十分にあり,本件犯行に類似した犯行を行っていたとしても,行為の内容・程度の点でも,行為を行った目的の点でも,本件犯行との間には相当の径庭があることは明白であって,本件の証拠上,検察官指摘のように他の法務教官への影響があったと軽々に認めることはできないから,検察官の上記主張は採用できない。 また,検察官は,被告人が,被害少年を懲らしめ,私憤を晴らすために行った犯行といわざるを得ず,およそ少年に対する指導・教育の理念とはかけ離れた事件であったと主張するが,既に認定・説示したとおり,被告人は,被害少年が自らを殺すという発言をしたことで多少立腹していたとしても,基本的には,被害少年の特性に応じ,指導の目的をもって,本件犯行に及んだと認められるから,検察官の上記主張もまた採用できない。 以上のような本件の犯情にかんがみると,被告人の刑事責任は決して軽いとはいえないが,本件は1名の被害少年に対する1件の暴行・陵虐行為の犯行のみからなる事案であり,その内容も,上記のように,指導の目的で行った行為が行き過ぎたものであるとの評価が 刑事責任は決して軽いとはいえないが,本件は1名の被害少年に対する1件の暴行・陵虐行為の犯行のみからなる事案であり,その内容も,上記のように,指導の目的で行った行為が行き過ぎたものであるとの評価が妥当することのほか,被告人が本件により厳しい社会的制裁を受けることが見込まれることや,被告人には,交通違反を除いて前科 前歴がないこと,これまで20年以上にわたって,少年に対する矯正教育に携わり,発達の視点を取り入れた指導教育のあり方について研究・実践し,実績を上げてきていたのであり,実際に,f少年院においても,被告人の着任後の取組みによって,少年院の秩序が安定し,少年が生き生きとしてくるなどの効果を上げていたことなど,被告人のために酌むべき事情を総合的に考慮すると,被告人を懲役1年6月の実刑に処するのが相当であるという検察官の求刑は重きに失するというほかなく,被告人に対しては,主文の懲役刑を科した上で,その刑の執行を猶予するのが相当である。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑懲役1年6月)平成22年11月1日広島地方裁判所刑事第2部裁判長裁判官芦髙源裁判官友重雅裕裁判官三貫納隼
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