- 1 -主文 被告人を懲役20年に処する。 未決勾留日数中420日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、令和5年4月21日午後11時5分頃、別紙記載(別紙省略)の被害者方において、同人(当時80歳)に対し、殺意をもって、手に持った包丁(刃体の長さ約15.3センチメートル)で、その頸部及び背部を複数回突き刺し、よって、同月22日午前1時6分頃、名古屋市(住所省略)a病院において、同人を頸部及び背部の刺切創による多量出血により死亡させて殺害した。 (争点に対する判断)第1 争点被告人が判示のとおりに被害者を殺害したことは証拠上明らかであり、争点は、被告人に犯行当時責任能力が認められるかである。 第2 検討⑴ 本件の責任能力の判断において問題となるのは、被告人がなぜ犯行に及んだのか、統合失調症等の精神病によるものなのか否かである。 すなわち、本件は被告人が交際相手Aの父親を殺害した事案であるところ、被告人は、あらかじめ購入していたゴム手袋を着用した上、就寝中の被害者を狙い、Aが入浴中のタイミングを見計らって、台所から持ち出した包丁で枢要部である背部や頸部を複数回突き刺して殺害しており、被害者に抵抗されたり、Aに発覚しないよう、状況を踏まえて合理的かつ合目的的に行動している。犯行後も、被害者の叫び声を聞いて駆けつけたAに見つかると、その場から立ち去り、そのまま神奈川県小田原市内の自宅まで自動車を運転しているが、これらはその意味や違法性を認識していなければできない行動といえる。以上からすれば、犯行態様それ自体に責任能力を疑わせる事情は見当たらない。他方、被害者はAの交際相手である被告人を - 2 -実家に招き入れるなど事件前に両者の間で目立ったトラブ 行動といえる。以上からすれば、犯行態様それ自体に責任能力を疑わせる事情は見当たらない。他方、被害者はAの交際相手である被告人を - 2 -実家に招き入れるなど事件前に両者の間で目立ったトラブルはなかった。また、被告人は、捜査段階で動機について客観的事実と異なる事情を述べている。そこで、被告人がなぜ犯行に及んだのか、統合失調症等の精神病によるものなのか否かが問題となる。 ⑵ 捜査段階で被告人の精神鑑定をしたB医師は、精神障害の有無や殺意の形成過程につき、公判廷において要旨以下のとおり述べる。すなわち、結論として、被告人に統合失調症等の精神病はなく、本件犯行は精神病症状の影響によるものではない。被告人は、犯行動機について、Aが被害者と性行為をしたり覚醒剤を使っている、被害者が被告人の両親や知人を殺害した、被害者は食事中に「ウインナーいらないだろ」などと言い自分の陰部が切断されると思ったなどと述べるが、他方で、被告人は、確証はなかったがそのような雰囲気があったなどと述べるにすぎず、いずれも絶対的確信でも固定化もされておらず、病的な状態から生じた真正妄想ではなく、心理学的に了解できる被害妄想的な思考にとどまる。被告人は、当時の交際相手であるAに精神的・経済的に依存していたところ、被害者から働いた方が良いと言われたり、Aから浪費を非難され、距離をおきたいなどと言われ、この頃から被害者がAとの関係を妨害しているなどと被害妄想的に捉えるようになった。事件の1週間前には、自分が殺人を犯すかもしれないとの予感があったかのようなメッセージを知人に送っている。そうした中で、被害者の発言内容を誤解して自身を攻撃してくるのではないかとも猜疑的に考え、被害者に対する恐怖や怒りが生じていたが、確信を持っていたわけではなく、被害者を殺せば被害者や自分の人生も る。そうした中で、被害者の発言内容を誤解して自身を攻撃してくるのではないかとも猜疑的に考え、被害者に対する恐怖や怒りが生じていたが、確信を持っていたわけではなく、被害者を殺せば被害者や自分の人生も取り返しのつかないことになることを考え、被害者を殺すべきか迷っており、決心がつかなった。被告人の被害妄想的な考えは、猜疑性パーソナリティ症として評価できる。そうしたところ、犯行直前に、即時に行動することを促す動画を視聴したことにより自分で自分に暗示をかけ、心理的反応である催眠性トランス状態となり、被告人の持つ非社会性パーソナリティ障害による粗暴性や衝動性等がより強い形で発現し、被害者の殺害を決意するに至った。心理的反応である催眠性トランス状態は、 - 3 -精神病状態ではなく、単純酩酊、徹夜明けの状態あるいは無我夢中の状態に近い。 行動の自覚はあり、意識消失もないが、記憶が一部欠落することはあり、被告人の事件前後の記憶がまばらであることから前記状態にあったと考えられる。 B医師は、豊富な経験と知見を有する精神科医であり、鑑定の手法や前提条件に問題はなく、結論を導く過程にも不合理な点は見当たらず、その鑑定意見は信用できる。裁判所が認定した動機の形成過程も、概ねB医師の供述どおりである。事実経過と照らし合わせてみれば、被告人は、仕事をやめてAへの依存を経済的にも深めていった令和5年1月ないし2月頃から、Aの異性関係をめぐり猜疑心を強めており、また、令和5年4月初旬になってAから距離を置きたい旨を伝えられて以降、Aと同居する被害者への被害妄想的な思考を展開するようになっている。その根本原因は、経済的にも精神的にも依存を深めていたAをつなぎ止めておきたかったという現実的な葛藤にあるというべきである。 このように、動機の形成過程についても、経済的 展開するようになっている。その根本原因は、経済的にも精神的にも依存を深めていたAをつなぎ止めておきたかったという現実的な葛藤にあるというべきである。 このように、動機の形成過程についても、経済的・精神的依存を深めていたAをつなぎ止めておきたかったという現実的な葛藤が根底にあり、Aとの関係の妨げになりかねない人物や事柄などを猜疑的に捉えるなどした結果、敵意を募らせるなどして殺意を抱くに至り、事件前日には被害者の発言を誤解して自分が攻撃されるものと理解したが、確信したわけではなく殺害の踏ん切りは付かなかったところ、「なぜ昨日やらなかった」などと即時に行動することを促す動画にも後押しされて犯行に至ったものと認められる。被害者への被害妄想的考えは、精神病に基づく妄想ではなく、猜疑性パーソナリティ症という被告人の元々の人格の特徴によるものとして評価できる。当時の精神状態も、せいぜい心理的反応である催眠性トランス状態にあったというに過ぎない。 ⑶ この点、弁護人は、被告人が犯行当時、被害者が本当のAを殺害したのではないか、自身の両親や知人が被害者に殺されたのではないか、などという統合失調症等による確信的な妄想に支配されていた旨主張する。しかしながら、B医師は、被告人に統合失調症の基本的症状が認められず、被告人が述べる被害妄想的な考え - 4 -が確信されたものでも固定化されたものでもないことを丹念に分析した上で、前記のとおり鑑定している。被告人自身も、公判廷において当時の猜疑心に確証はなかった旨を述べており、こうした供述状況や、後記のとおりの被告人の供述態度も、B医師の分析に沿うものといえる。弁護人の主張には理由がない。 被告人は、公判廷において、B医師の証言の後に、捜査段階供述を翻し、被害者を殺害する動機はなく、当時は催眠状態で意思が 人の供述態度も、B医師の分析に沿うものといえる。弁護人の主張には理由がない。 被告人は、公判廷において、B医師の証言の後に、捜査段階供述を翻し、被害者を殺害する動機はなく、当時は催眠状態で意思がないような感じであったとか、悪魔、サタンによって支配されたような気分であったなどと催眠状態にあったことを強調するかのように供述するが、当時の心理状態を真摯に供述するものとはみられず、およそ依拠できるものではない。 第3 結論以上のとおり、犯行態様に精神異常をうかがわせる点は見当たらないばかりか、被告人は、被害者をより確実に殺害するのに理にかなった方法を選び取っている。 動機の形成過程についても、経済的・精神的依存を深めていたAをつなぎ止めておきたかったという現実的な葛藤が根底にあり、Aとの関係の妨げになりかねない人物や事柄などを猜疑的に捉えるなどした結果、敵意を募らせるなどして殺意を抱くに至ったものである。被害妄想的考えは、精神病に基づく妄想ではなく、猜疑性パーソナリティ症という被告人の元々の人格の特徴によって評価できる。被告人に統合失調症等の精神病はなく、当時の精神状態も、せいぜい心理的反応である催眠性トランス状態にあったというに過ぎない。被告人は、本件犯行当時、完全責任能力を有していたと認められる。 (量刑の理由)本件は、被告人が、交際相手の父親の背部や頸部を包丁で複数回突き刺して殺害したという事案である。 被告人は、あらかじめ購入していたゴム手袋を着用し、交際相手が入浴中のタイミングを見計らって、就寝中の被害者の枢要部を包丁で複数回突き刺して殺害した。 犯行態様自体残忍かつ悪質なものであり、一定の計画性も見受けられ、殺意は強固 - 5 -であったといえる。被害者に何ら落ち度はなく、むしろ交際相手の父親として被告人を受け入れ 刺して殺害した。 犯行態様自体残忍かつ悪質なものであり、一定の計画性も見受けられ、殺意は強固 - 5 -であったといえる。被害者に何ら落ち度はなく、むしろ交際相手の父親として被告人を受け入れている側面もあった。被告人は、そのような被害者の命を理不尽に奪ったのであり、結果はもとより重大である。交際相手をはじめとする被害者の親族が被害者を突然奪われた悲しみとともに、峻烈な処罰感情を表明している点も、量刑上適切に考慮する必要がある。 犯行に至る経緯や動機は、前記認定のとおりである。交際相手への猜疑心が被害者への敵意へと展開していったことには被告人の特異な思考なども影響しているが、あくまで人格的特徴や心理的反応として評価されるものであり、責任能力に影響を及ぼす事情ではない。人格形成には幼少期の体験等も関与したと考えられるが、考慮するにも限度がある。むしろ、本件犯行の根底には経済的・精神的依存を深めていた交際相手との関係を何とかしてつなぎ止めておきたいという身勝手な思いがあったと認められる。被告人の特異な思考を前提としても、被害者を殺害するという意思決定は、人命を軽視した利己的なものというほかなく、厳しい非難に値する。 被告人は一定の反省の言葉を口にはするが、被害者遺族への謝罪はおろか、自己の行為に向き合う姿勢はなく、その発言は無責任さ、無関心さを伴うもので、真の反省の態度はみられない。また、これまでにも強盗致傷などの重大犯罪により長期間服役していたにもかかわらず、最終刑の執行終了から1年も経たずして本件を敢行している。こうした事情にも照らせば、本件について一層厳しい非難に値することはもとより、被告人は罪を犯すことへの抵抗感に乏しいといわざるを得ず、再犯のおそれも懸念される。 以上のとおり、被告人の刑事責任は重大である。そこで、裁判所は 本件について一層厳しい非難に値することはもとより、被告人は罪を犯すことへの抵抗感に乏しいといわざるを得ず、再犯のおそれも懸念される。 以上のとおり、被告人の刑事責任は重大である。そこで、裁判所は、同種事案の量刑傾向も参酌した上で、被告人に対し、検察官が求刑したとおり懲役20年の刑に処するのが相当であると判断した。 (検察官の求刑:懲役20年)令和7年3月14日名古屋地方裁判所刑事第3部 - 6 - 裁判長裁判官吉田智宏 裁判官須田健嗣 裁判官永野朋子
▼ クリックして全文を表示