平成26年(行ク)第251号執行停止の申立て事件 主文 1 本件申立てを却下する。 2 申立費用は申立人の負担とする。 理由 第1 申立て処分行政庁が平成26年7月25日付けでした逃亡犯罪人引渡法14条1項の規定による申立人に係る逃亡犯罪人引渡命令は,本案事件の判決確定までその効力を停止する。 第2 事案の概要 1 事案の概要本件は,逃亡犯罪人引渡法(以下「法」という。)8条により東京高等検察庁の検察官がした審査の請求に対して東京高等裁判所が審査をし(同裁判所平成26年(て)第163号逃亡犯罪人引渡審査請求事件),同年7月16日,法10条1項3号により,「本件は,逃亡犯罪人を引き渡すことができる場合に該当する。」との決定をしたことを受け,同月25日,処分行政庁が法14条1項により東京高等検察庁検事長に対して申立人を逃亡犯罪人として大韓民国(以下「韓国」という。)に引き渡すことを命じた(以下「本件命令」という。)のに対し,申立人が,その取消しの訴えを提起した上,これを本案として,本件命令の執行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があると主張し,本案事件の判決確定までの間,本件命令の執行を停止するよう申し立てている事案である。 相手方は,本件申立てについては,行政事件訴訟法25条4項の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するとしてこれを争っている。 2 法令の定め法,逃亡犯罪人引渡法による審査等の手続に関する規則(以下「規則」とい う。)及び犯罪人引渡しに関する日本国と大韓民国との間の条約(以下「本件条約」という。)によれば,本件に係る逃亡犯罪人引渡手続の概要は,以下のとおりである。 ア法の定める逃亡犯罪人引渡しの手続は一種の行政手続であるが,法は,逃亡犯罪人を引き渡すことができる 「本件条約」という。)によれば,本件に係る逃亡犯罪人引渡手続の概要は,以下のとおりである。 ア法の定める逃亡犯罪人引渡しの手続は一種の行政手続であるが,法は,逃亡犯罪人を引き渡すことができる場合に該当するかどうか(以下「引渡制限事由の存否」ともいう。)については,行政庁にその判断を委ねることなく,東京高等裁判所の審査を経ることを要求している。すなわち,法務大臣は,逃亡犯罪人の引渡命令を発するには,まず東京高等検察庁検事長に対して,引渡制限事由の存否について東京高等裁判所に審査の請求をなすべき旨を命じなければならず(法4条),その審査の請求を受けた東京高等裁判所が逃亡犯罪人を引き渡すことができる場合に該当するとの決定(法10条1項3号)をした場合に初めて,逃亡犯罪人を引き渡すことが相当であるかどうかを判断した上で,その引渡しを命ずるものとされている(法14条1項)。 なお,法に基づいて行う処分については,行政手続法第3章の規定は適用しないとされている(法35条1項)。 イ上記手続のうち,まず,引渡制限事由の存否の審査について見ると,審査の請求を受けた東京高等裁判所は,すみやかに,審査を開始し,決定をするものとされ,逃亡犯罪人が拘禁許可状により拘禁されているときは,遅くとも,拘束を受けた日から2か月以内に決定するものとされており(法9条),この決定に対しては,不服申立てを認める規定が置かれていない。 逃亡犯罪人は,審査請求書の謄本の送付を受け(法8条3項),審査手続においては,引渡制限事由の存否の審査に関し,弁護士の補佐を受けることができるものとされ(法9条2項),補佐する弁護士は,拘禁されている逃亡犯罪人と接見等をすることができるほか(規則16条),逃亡犯罪人及び補佐する弁護士は,意見を述べる機会を保障され(法9条3項),また きるものとされ(法9条2項),補佐する弁護士は,拘禁されている逃亡犯罪人と接見等をすることができるほか(規則16条),逃亡犯罪人及び補佐する弁護士は,意見を述べる機会を保障され(法9条3項),また,東京高等裁判所は,逃亡犯罪人又は補佐する弁護士が意見を口頭で述べたい旨 を申し出たとき,証人又は鑑定人を尋問するとき,その他審査をするについて必要があるときには,審問期日を開かなければならないとされており(規則19条1項),審問期日の手続は公開の法廷で行われ,逃亡犯罪人及び補佐する弁護士は,この手続に立ち会い,裁判長の許可を受けて証人等を尋問することができる(規則20条,22条1項,2項)。 ウ東京高等裁判所が上記審査に基づく決定をした後の手続について見ると,同裁判所は,すみやかに,東京高等検察庁の検察官及び逃亡犯罪人に裁判書の謄本を送達しなければならず(法10条3項),上記検察官がこの送達を受けたときは,東京高等検察庁検事長は,すみやかに,裁判書の謄本を法務大臣に提出しなければならない(法13条)。法務大臣は,逃亡犯罪人を引き渡すことができる旨の決定があった場合において,逃亡犯罪人を引き渡すことが相当であると認めるときは,東京高等検察庁検事長に対し逃亡犯罪人の引渡しを命ずるが(法14条1項),東京高等検察庁の検察官が上記裁判書の謄本の送達を受けた日から10日以内に上記引渡しの命令がないときは,拘禁許可状により拘禁されている逃亡犯罪人を釈放しなければならない(法14条2項)。 なお,本件条約4条は,犯罪人引渡しを求められた国が引渡しを裁量により拒むことができる事由を4点定めており,そのうち同条(c)が定める事由は,「引渡しを求められている者の年齢,健康その他個人的な事情にかんがみ,引渡しを行うことが人道上の考慮に反すると被請求 量により拒むことができる事由を4点定めており,そのうち同条(c)が定める事由は,「引渡しを求められている者の年齢,健康その他個人的な事情にかんがみ,引渡しを行うことが人道上の考慮に反すると被請求国が認める場合」とされている。 第3 当裁判所の判断 1 重大な損害を避けるため緊急の必要があるか否かについて法の定めるところによれば,相手方の発した本件命令が執行されると,申立人は請求国たる韓国の官憲からの引渡しの求めに応じて同国の官憲に引き渡され(16条から20条まで),すみやかに同国内に護送されることとなる(2 1条)ところ,この引渡しの期限は,引渡命令の日の翌日から起算して30日目の日とされている(15条)。そして,一件記録によれば,申立人は,本件命令に係る犯罪により韓国において懲役3年,執行猶予4年,社会奉仕200時間の有罪判決を受け,その後当該執行猶予が取り消されていることが一応認められるから,本件命令の執行により,申立人は韓国内において懲役刑を執行される結果となる。 そうすると,本件命令が執行されれば,間もなく申立人が同国官憲に引き渡されることによってその執行が終了し,本件命令の取消しを求める本案事件はその訴えの利益を失うことが明らかであり,損害の性質,程度等をも勘案すると,申立人が本件命令によって被る損害を後に本案事件以外の方法で回復することは困難なものと考えざるを得ない。 したがって,本件においては,処分の執行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があると認められる。 2 本案について理由がないとみえるときに当たるか否かについて(1) 申立人の主張申立人は,本案事件において,①申立人が日本に渡航し滞在していたことには相応の理由があり,これは,本件条約4条(c)の事由に該当するから,本件は,裁量 当たるか否かについて(1) 申立人の主張申立人は,本案事件において,①申立人が日本に渡航し滞在していたことには相応の理由があり,これは,本件条約4条(c)の事由に該当するから,本件は,裁量により引渡しを拒むべき事案であり,それについて申立人に弁明の機会を与えるべきであるにもかかわらず,法35条が行政手続法の適用を排除し,一切の弁明の機会を与えていないことは憲法31条に違反しており,これに基づいてなされた本件命令も同条に違反する,②法が法10条1項3号による東京高等裁判所の決定に対する不服申立手段を設けていないことは憲法81条に違反しており,このような違憲の手続を前提とした本件命令もまた違憲の行政処分であるなどと主張している。そこで,以下,上記各主張について検討する。 (2) ①の主張(憲法31条違反)について ア憲法31条の定める法定手続の保障は,直接には刑事手続に関するものであるが,行政手続については,それが刑事手続ではないとの理由のみで,そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。しかしながら,同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても,一般に,行政手続は,刑事手続とその性質においておのずから差異があり,また,行政目的に応じて多種多様であるから,行政処分の相手方に事前の告知,弁解,防御の機会を与えるかどうかは,行政処分により制限を受ける権利利益の内容,性質,制限の程度,行政処分により達成しようとする公益の内容,程度,緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって,常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である(最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁)。 イそこで検討すると,逃亡犯罪人引渡しの手続 会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である(最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁)。 イそこで検討すると,逃亡犯罪人引渡しの手続は,外国の法令により犯罪を犯したとして当該外国において有罪の判決を受けた者又は当該犯罪の嫌疑のある者について,当該逃亡犯罪人の現在する国が,当該外国の請求によって,審判又は刑の執行のために当該逃亡犯罪人を当該外国に引き渡すものであって,逃亡犯罪人は,本来,当該外国の司法当局により,捜査,訴追,審判,処罰の対象となるべき者である。この手続において,犯罪の嫌疑の有無をはじめとする引渡制限事由の存否についての判断は,逃亡犯罪人の権利利益の保護との関係において極めて重要なものというべきであるが,これについては,既に見たとおり,東京高等裁判所による審査を経ることとされており,逃亡犯罪人の手続保障をも図った上で,慎重に吟味する手続が採られている。他方において,逃亡犯罪人の引渡手続は,請求国の刑事手続の執行のためにその要請を受けて開始されるものである以上,特に迅速性が要求されるものというべきであり,実際にも,審査の開始,決定,決定後の引渡命令といった一連の手続がすみやかに行われるべ きことが法令上予定されているところ,東京高等裁判所の決定を受けた法務大臣が逃亡犯罪人の引渡しにつき裁量判断をするに際しての告知や弁解の手続が定められていないのは,上記要求をも考慮した面があると解される。また,本件条約4条が定める事由がある場合でも,法務大臣はその裁量により逃亡犯罪人を引き渡すことができるのであるが,その判断は,請求国に対する外交的配慮,国内の法秩序維持上の必要性等の諸要素を総合考慮してされるべき高度に政治的裁量的な判断であり,必ずしも行政手続法第3章 犯罪人を引き渡すことができるのであるが,その判断は,請求国に対する外交的配慮,国内の法秩序維持上の必要性等の諸要素を総合考慮してされるべき高度に政治的裁量的な判断であり,必ずしも行政手続法第3章の規定による手続になじむものともいえない。さらにいえば,逃亡犯罪人は,審査の請求がされた際には請求書謄本の送付を受け,審査手続に関与し,東京高等裁判所から決定に係る裁判書謄本の送達を受けるなど,その都度手続の進行を認識し得るのであるから,状況に応じ,逃亡犯罪人を引き渡さないとの法務大臣の裁量判断を促すための請願等をする余地もないわけではないところである。 以上の事情を総合較量すると,引渡命令をするに当たり,法35条において行政手続法第3章の規定の適用除外が定められ,また,事前に告知,弁解,防御の機会を与えるなど同法の規定に替わる手続が採られていないからといって,これを憲法31条の法意に反するものということはできず,したがって,法に基づいてなされた本件命令が同条に違反するということもできない。 (3) ②の主張(憲法81条違反)について前記のとおり,法は,逃亡犯罪人引渡しの手続が逃亡犯罪人の人権にもかかわるものであることから,同手続のうち引渡拒否事由の存否の審査に係る部分を東京高等裁判所にさせていると解されるものの,その手続を全体としてみれば一種の行政手続というべきであって,法10条1項3号による東京高等裁判所の決定も訴訟事件に係るものとはいえないのであり,同決定のこのような性質に鑑みると,法が法10条1項3号による東京高等裁判所の決 定に対する不服申立手段を規定していないからといって,憲法81条に違反するものとはいえない(最高裁平成2年(し)第52号同年4月24日第一小法廷決定・刑集44巻3号301頁,最高裁平成6年(し)第1 定に対する不服申立手段を規定していないからといって,憲法81条に違反するものとはいえない(最高裁平成2年(し)第52号同年4月24日第一小法廷決定・刑集44巻3号301頁,最高裁平成6年(し)第111号同年7月18日第一小法廷決定・裁判集刑事263号891頁参照)。したがって,このような手続を前提とした本件命令が違憲であるともいえない。 (4) 裁量の逸脱・濫用の有無についてなお,申立人が明示的に主張する本件命令の違法事由は上記①及び②の点であるが,その主張中に,本件は裁量により引渡しを拒むべき事案であるとする部分があるので,念のため検討する。 先にも見たとおり,本件条約4条(c)は,「引渡しを求められている者の年齢,健康その他個人的な事情にかんがみ,引渡しを行うことが人道上の考慮に反すると被請求国が認める場合」を裁量的な引渡拒否事由として定めている。この点,申立人は,申立人が日本に入国して在留を続けたのは,日本に在住する実父の介護をするとともに,実父との親子関係確認のための裁判手続等をする必要があったからであり,この事情を裁量判断に当たって考慮すべきであるというのであるが,一件記録によれば,実父は既に死亡し,親子関係確認のための手続等も終了していることが一応認められるから,本件命令がされた時点において,上記必要が継続していたとはいい難い。また,申立人は,申立人の実父が日本人であり,申立人も日本国民である可能性があるともいうが,日本国民であれ引渡しの対象となるのであり(法2条但書,本件条約6条1項),日本国民である可能性があるから引渡しをしないとの裁量判断を当然にすべきことになるわけではない。さらに,申立人は,C型肝炎及び狭心症の持病があるなどともいうが,一件記録によるも上記持病が深刻な状況にあるとはうかがわれないし,また,引 をしないとの裁量判断を当然にすべきことになるわけではない。さらに,申立人は,C型肝炎及び狭心症の持病があるなどともいうが,一件記録によるも上記持病が深刻な状況にあるとはうかがわれないし,また,引渡先の韓国における上記持病等についての治療体制等が不十分であるといった事情があるともいえない。 他方,一件記録によれば,本件命令は,本件条約の締約国である韓国からの引渡しの請求を受けて行われたものであるところ,同請求に係る犯罪は,韓国内を犯罪地とする被害額56億ウォンの業務上横領という重大事案であり,韓国の裁判所において懲役3年,執行猶予4年,社会奉仕200時間の有罪判決が確定していること,申立人は所定の期間上記社会奉仕を行うことのないまま日本に入国して在留を続けていたところ,韓国の裁判所により上記執行猶予を取り消す旨の決定がされ,これが確定したことなどが一応認められる。 以上の事情によれば,法務大臣が,申立人について引渡しを行うことが人道上の考慮に反するとして裁量的に引渡しを拒否しなかったことについて,裁量権の範囲の逸脱やその濫用があったとはいえない。 (5) 以上の次第であり,結局,本件執行停止の申立ては,「本案について理由がないとみえるとき」に当たるものというべきである。 3 よって,本件申立ては理由がないから,主文のとおり決定する。 平成26年8月11日東京地方裁判所民事第51部 裁判長裁判官小林宏司 裁判官徳井真 裁判官堀内元城 城
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