平成14(わ)31 殺人未遂

裁判年月日・裁判所
平成14年7月15日 神戸地方裁判所
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判決文本文4,183 文字)

判決平成14年7月15日神戸地方裁判所平成14年(わ)第31号殺人未遂被告事件 主文 被告人を懲役3年に処する。 この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,平成13年12月31日午後4時30分ころ,神戸市a区b町c丁目d番e号スーパーA内所在のB精肉店作業場において,先に友人のC(当時24歳)が給料袋を無造作に自動車内に置いたまま眠っていたことから,不用心だと思い,同人に声をかけてこれを持っていったにもかかわらず,同人から給料袋を勝手に持ち出したとしてとがめられ,手拳で顔面を殴打された上,被告人が手拳で殴り返したことに対して,上記Cから「それだけかい。」と言われて挑発されたことに激高し,同人が死亡するに至るかもしれないことを認識しながら,あえて,前記作業場内に置かれていた肉切り包丁(刃体の長さ約15センチメートル,平成14年押第47号の1)を右手につかみ,同人の左胸部を1回突き刺したが,付近にいた作業員に見とがめられ,直ちに上記Cが救急搬送されて治療を受けたことにより,同人に入院加療約3か月間を要する胸部刺傷,左室穿孔,左肺挫傷等の傷害を負わせたに止まり,同人を殺害するに至らなかったものである。 (証拠の標目)(省略)(事実認定の補足説明) 1 弁護人は,本件公訴事実について,被告人には被害者に対する殺意はなく,傷害罪が成立するに止まる旨主張し,被告人も公判廷ではそれに沿う供述をするが,当裁判所は,前示のように,被告人には被害者に対する未必的な殺意があったと認定したので,以下,その理由について補足して説明をする。 2 前掲各証拠によ 張し,被告人も公判廷ではそれに沿う供述をするが,当裁判所は,前示のように,被告人には被害者に対する未必的な殺意があったと認定したので,以下,その理由について補足して説明をする。 2 前掲各証拠によれば,以下の事実が認められる。 (1) 凶器の性状について凶器の肉切り包丁(以下「本件包丁」という。)は,刃体の長さが約15センチメートルのものであり,切れ味が悪くなり,刃先が丸くなっているものの,肉を刺したり,切ったりすることができ,殺傷能力がいまなお存在するものである。 (2) 創傷の部位,程度,被告人の刺突部位についての認識本件創傷は,被害者の左前胸部第4肋骨真上約2センチメートルに位置する長さ約3センチメートルの直線状の刺創であり,その深さはほぼ垂直の方向に本件包丁の刃体のほぼ全部に相当する約15センチメートルに達していて,その結果,被害者の左第4肋骨を完全離断し,胸側の心臓の膜を破り,左心室にも穴を空けて,背中側の心臓の膜を破り,左肺下部裏側を損傷させ,被害者を一時心停止,瞳孔散大の死の一歩手前の状態に陥らせたものである。 なお,被告人は,公判廷において,被害者の左胸を狙って刺したわけではない旨供述するが,被告人は,向かい合って動かずに立っていた被害者に対し,その正面から本件包丁で突き刺していること,被告人が被害者の胸部等身体の枢要部以外の部位を狙った様子は窺えないこと,被告人が右手に持った本件包丁を被害者の方へまっすぐ突き出せば,被害者の胸部等身体の枢要部を突き刺すであろうことは容易に認識しうるところであることなどからすれば,被告人には被害者の胸部等身体の枢要部を本件包丁で突き刺すことの認識があったと認めるのが相当である。 (3) 凶器の用法,行為態様について被告人は,本件包丁を見つけ,その などからすれば,被告人には被害者の胸部等身体の枢要部を本件包丁で突き刺すことの認識があったと認めるのが相当である。 (3) 凶器の用法,行為態様について被告人は,本件包丁を見つけ,その性状を認識しながら,被害者に向かって足を1歩踏み出した勢いを使いつつ,手を伸ばして被害者を1回突き刺しており,その結果,被害者に前記(2)の程度の刺創を負わせていることからすれば,被告人が手加減することなく,相当な力をもって刺突したことが明らかである。 (4) 本件に至る経緯,動機被告人は,被害者の給料袋が盗まれたら困ると思い,被害者に声をかけた上,その給料袋を自動車から持ち出したにもかかわらず,被害者から給料袋を勝手に持ち出したとしてとがめられ,手拳で顔面を殴打された上,被害者を手拳で殴り返したことに対して,被害者から「それだけかい。」と言われて,それだけしかできないのか,根性なしめと言われてバカにされたように思って激高し,本件犯行に及んだものである。 3 殺意についての判断(1) 上記認定した凶器の性状,創傷の部位,程度,被告人の刺突部位についての認識,凶器の用法,行為態様,本件犯行に至る経緯,動機を考え併せれば,被告人は,被害者が死亡するに至る危険性の非常に高い行為をあえて行ったものといわざるを得ないから,被告人には被害者に対する未必的な殺意があったことが十分推認することができる。 (2) この点,検察官は,被告人が確定的な殺意を持っていた旨主張し,被告人の検察官調書(乙6ないし8)及び警察官調書(乙4,5)では,被害者に対する確定的な殺意を認める旨の供述をしていることが認められるが,本件刺突行為の回数は1回のみであること,本件に及ぶ経緯,動機からみて本件は一時の激情による偶発的な犯行であること,被告人はさらに被害者に 確定的な殺意を認める旨の供述をしていることが認められるが,本件刺突行為の回数は1回のみであること,本件に及ぶ経緯,動機からみて本件は一時の激情による偶発的な犯行であること,被告人はさらに被害者に対して危害を加えることができたのにそれをしていないだけでなく,「大丈夫か,ごめんな。」と被害者に謝罪し,被害者の頭を支えるなどしていること,しかも,上記の検察官調書や警察官調書では,殺意の発生時期が本件包丁を見つける前か後かで異なった供述がなされていることなどを併せ考えると,確定的殺意を認める部分の供述の信用性は疑わしいものといわざるを得ないから,被告人が被害者に対して確定的な殺意を有していたとまでは認定することができない。 (3) 以上のとおりであって,被告人には被害者に対する未必的な殺意があったと認定するのが相当であるから,被告人には殺人未遂罪の成立を認めることができる。 (法令の適用)被告人の判示所為は刑法203条,199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で,被告人を懲役3年に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (量刑の事情)本件は,被告人が,友人である被害者に対して,未必の殺意をもって,その左胸部を肉切り包丁で1回突き刺したが,殺害するに至らなかったという殺人未遂の事案である。 被告人は,被害者の給料袋が盗まれたら困ると思い,被害者に声をかけた上,その給料袋を自動車から持ち出したにもかかわらず,被害者から給料袋を勝手に持ち出したととがめられ,手拳で顔面を殴打された上,被害者を殴り返したことに対して,被害者から「それだけかい。」と言われ,バカにされた 袋を自動車から持ち出したにもかかわらず,被害者から給料袋を勝手に持ち出したととがめられ,手拳で顔面を殴打された上,被害者を殴り返したことに対して,被害者から「それだけかい。」と言われ,バカにされたと思って激高し,本件犯行に及んだものであって,犯行に至る経緯には酌量の余地はあるものの,その動機はやはり短絡的というほかないこと,被告人は,被害者から素手で殴られたにすぎないのに,刃体の長さ約15センチメートルの肉切り包丁を用いて,何らの武器も持たない被害者の身体の枢要部に向け,一歩踏み出して被害者を突き刺しており,その態様は非常に危険なものであること,その結果,被害者は,入院加療約3か月間を要する胸部刺傷,左室穿孔,左肺挫傷等という重篤な傷害を負い,一時は心停止,瞳孔散大という死亡寸前の状態に陥った上,その治療のために補助循環装置を装着したことなどによって,被害者の左足には今なお後遺症が残るという重い結果が生じていることなどを併せ考えると,犯情はよくなく,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。 しかしながら,本件は,被害者が先に被告人に対して暴力を振るい,挑発行為に及んだことに端を発した突発的な犯行であって,被害者に落ち度がないとはいえないこと,被害者は幸い命を取り留めていること,被告人は本件について真摯に反省していること,被告人は,被害者に対して,損害賠償の内金等として200万円余を払ったのに加え,さらに損害賠償として2995万円の支払義務を認め,内695万円については平成14年10月末日限り100万円,平成14年6月から平成24年4月まで毎月5万円を支払い,残金については後日協議する旨の裁判上の和解を成立させるなど,本件犯罪被害の回復に向けた真摯な努力をしていること,被告人の父親が,前記裁判上の和解において,前記分割払の約定のある 毎月5万円を支払い,残金については後日協議する旨の裁判上の和解を成立させるなど,本件犯罪被害の回復に向けた真摯な努力をしていること,被告人の父親が,前記裁判上の和解において,前記分割払の約定のある695万円の支払いにつき連帯保証人となり,また被告人を自己の下で働かせて監督する旨を誓っていること,被害者の被害感情には当初厳しいものがあったが,現在では宥恕していること,被告人には道路交通法違反罪による罰金前科2犯以外に前科がないこと,本件により約6か月半の期間身柄拘束を受けていることなどの,被告人のために酌むべき事情もまた認められるので,被告人に対し,主文の刑に処した上,今回に限り,その刑の執行を猶予することとする。 (検察官の科刑意見懲役6年)よって,主文のとおり判決する。 平成14年7月15日神戸地方裁判所第2刑事部裁判長裁判官森岡安廣 裁判官前田昌宏 裁判官伏見尚子

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