令和5年8月8日宣告令和2年(わ)第1258号、第1347号殺人、窃盗被告事件 主文 被告人を懲役18年に処する。 未決勾留日数中620日をその刑に算入する。 京都地方検察庁で保管中の折りたたみナイフ1本(令和3年領第219号符号1)を没収する。 理由 (罪となるべき事実)第1 被告人は、令和2年10月6日、SNSで知り合ったAと初めて会い、京都市 a区内のA方で一緒に過ごしていたところ、同日夜から同月7日夜までの間に、前記A方において、A(当時24歳)に対し、殺意をもって、その左胸部、左頸部、顔面及び背部等を折りたたみナイフ(刃体の長さ約8センチメートル。主文掲記のもの。以下「本件ナイフ」という。)で多数回突き刺し、よって、その頃、同所において、Aを胸部刺創による心タンポナーデにより死亡させて殺害した。 第2 被告人は、令和2年10月6日夜から同月7日夜までの間に、前記A方において、A所有又は管理のニンテンドースイッチ等9点(時価合計約13万1300円相当)を窃取した。 (証拠の標目)省略 (事実認定の補足説明)第1 第1の事実(殺人)について 1 争点等被告人が判示の日時場所において、Aの左胸部、左頸部、顔面及び背部等を本件ナイフで多数回突き刺し、Aを胸部刺創による心タンポナーデにより死亡させ たことは、関係証拠上明らかであり、争いもない。 本件の争点は、①殺意の有無、②正当防衛又は過剰防衛の成否であり、争点②については、主として、先にAが被告人に対して本件ナイフを用いて襲いかかるなどしたという急迫不正の侵害の事実がなかったと認められるか否かが問題となっている(以下、特に断りのない限り、月日はいずれも令和2年のも 、主として、先にAが被告人に対して本件ナイフを用いて襲いかかるなどしたという急迫不正の侵害の事実がなかったと認められるか否かが問題となっている(以下、特に断りのない限り、月日はいずれも令和2年のものである。)。 2 争点①(殺意の有無)について (1) 検討の前提となる事実関係証拠によれば、①本件ナイフは、被告人自身が自殺用に購入して普段から持ち歩いていた、先端鋭利な折りたたみナイフであり、刃体の長さは約8センチメートルであったこと、②被告人は、Aの胸部、頸部、背部といった身体の枢要部を中心に19か所も本件ナイフで突き刺しているところ、死因となっ た心タンポナーデを発症させるに至った左乳房部の傷(解剖時に付された番号「A-2」の傷。以下、単に、「A-2」などという。)の深さは約8.4センチメートルであり、左胸部にはそれとは別に肋骨を貫通するほどの力が加わって生じた傷(A-1)があること、③受傷状況からすれば、心タンポナーデを生じさせた左乳房部の受傷(A-2)の後に、左内頸静脈を完全に切断するな どしている左頸部の傷(C-1)や肋間を切開して腎臓を切開する背部の傷(B-4)が生じたといえることが認められる。 なお、被告人は、Aに引っ張られて後ろに倒れ込んだ際に、手に持っていた本件ナイフが意図せずAの背部に刺さったかのように供述し、弁護人も背部上部の傷(B-1)がその際のものである旨主張するが、背部上部に生じた傷の 深さは、前左下方に約4センチメートルにとどまっており、被告人の供述するような動きによって生じたものとは考え難く、19か所全ての傷について、被告人が故意に本件ナイフを突き刺したことにより生じたものと認める。 (2) 評価被告人は、刃体の長さ約8センチメートルの殺傷能力を有するナイフで身体 考え難く、19か所全ての傷について、被告人が故意に本件ナイフを突き刺したことにより生じたものと認める。 (2) 評価被告人は、刃体の長さ約8センチメートルの殺傷能力を有するナイフで身体 の枢要部を中心に19か所もAを突き刺しており、肋骨を貫通するほどの力、 あるいはナイフの刃が全て入るほどの力で心臓のある左胸部を突き刺している上、その後もなお左頸部や背部を深く突き刺している(上記①~③)。このような行為態様に加えて、被告人が本件ナイフの性状や殺傷能力等を十分に認識していたといえること(上記①)を併せ考えれば、被告人においてその行為の危険性を認識し得ないはずはないというべきであるから、被告人は、人が死 ぬ危険性が高い行為を、そのような行為であると認識して行ったと認められる。 したがって、被告人には殺意が認められる。 3 争点②(正当防衛又は過剰防衛の成否)について(1) 被告人の供述要旨及び弁護人の主張被告人は、公判廷において、要旨、①Aとの2回目の性行為を終えてシャワ ーを浴びた後、腰にバスタオルを巻いて、豆電球だけが点いていた部屋に戻ると、Aがなぜか怒っており、Aから体感で二、三時間にわたり罵倒され、「親がクズだからお前も死にたくなるんだ」などと言われたのに対し、「死にたいのは事実だけど」と言い返したところ、Aにいきなり突き飛ばされ、一瞬目を閉じた隙にAが被告人のウエストポーチの中から本件ナイフを取り出し、折り たたみナイフの刃を出した上、「そんなに死にたいなら死ね」と言いながら、本件ナイフを振り回して襲いかかってきた、②Aの手首をつかんで抵抗したが、Aが馬乗りになるような体勢で体重をかけて刺そうとしてきたので、腰に巻いていたバスタオルを抜き取り、バスタオル越しにナイフの刃をつかんで本件 り回して襲いかかってきた、②Aの手首をつかんで抵抗したが、Aが馬乗りになるような体勢で体重をかけて刺そうとしてきたので、腰に巻いていたバスタオルを抜き取り、バスタオル越しにナイフの刃をつかんで本件ナイフを引き抜き、本件ナイフを奪うに至ったが、Aが被告人の肩に噛みついた り、本件ナイフの刃をつかんで本件ナイフを取り返そうとしてきたことから、本件ナイフを奪い合うなどしたりする中で、再びAから肩に噛みつかれたことで、とっさに逆手で持っていた本件ナイフを正対して密着する状態のAの背部に向けて振り下ろして二、三回刺した、③Aが離れてまた腕を振り回しながら襲いかかってきたので更に何度か刺し、そうするうちにAがビーズクッション の上に倒れこみ、仰向けの状態で動かなくなった、④その後、Aの遺体を移動 させたものの仰向けの状態は変わらなかった旨供述する。 このような被告人の供述を前提に、弁護人は、被告人が攻撃をした時点で被告人の生命・身体に対する差し迫った危険があった旨主張する。 (2) 被告人供述の信用性についてアしかしながら、前記2(1)のとおり、Aは、心タンポナーデを発症させる に至った左乳房部の致命傷(A-2)を受傷した後に、左頸部の傷(C-1)や背部の傷(B-4)を受傷していることが認められるところ、被告人の供述する行為態様は、このような受傷の先後関係と相反している。のみならず、Aの防御創は右手掌の浅い鋭利な皮膚損傷だけであることが認められるところ、Aが刃を直接つかんで本件ナイフを奪い合ったにしては受傷の程度が 軽傷にすぎるし、Aが襲いかかってきた中で被告人が複数回刺したにしてはAの防御創が少なすぎる。また、関係証拠によれば、被害現場であるAの部屋の北側の壁のみならず南側の引き戸にもそれぞれ少なくない血 軽傷にすぎるし、Aが襲いかかってきた中で被告人が複数回刺したにしてはAの防御創が少なすぎる。また、関係証拠によれば、被害現場であるAの部屋の北側の壁のみならず南側の引き戸にもそれぞれ少なくない血痕が付着していること、Aの背中には死斑がほとんど生じておらず、死亡後に仰向けの状態で経過したとは考え難いことが認められるところ、このような血痕の 付着状況やAの死亡後の体勢について、被告人の供述する被告人やAの動き方では説明が困難といえる。加えて、Aが、初対面の被告人に対して長時間にわたって罵倒を続けた後、被告人が「死にたいのは事実だけど」などと述べたことなどの事情だけで、豆電球だけが点いた暗がりの中で被告人のウエストポーチから被告人所有の折りたたみナイフを取り出し、刃を出して被告 人を刺そうとし、被告人から刺されながらもなお被告人に向かって襲いかかってきたという供述内容自体が不自然・不合理というほかない。さらに、Aから流血するほどの強さで噛まれたという被告人の肩に傷が生じていたことをうかがわせる証拠は存在しない一方で、被告人は、10月7日未明からBと通話し、その中で「元カノを刺した」旨告げておきながら、Aから襲わ れたといった趣旨のことは何ら告げておらず、また、11月21日に逮捕さ れた後も、当初の取調べ等ではAを殺した記憶がない旨供述する一方で、Aから襲われたといった趣旨の供述はしていなかったことが認められるところ、被告人が供述するようにAから先に襲ってきたという事情があったのであれば、上記のような機会にそのような事情を説明しないのは不自然である。 以上によれば、被告人の上記供述は信用できないというほかない。 イこれに対し、弁護人は、①被害現場の血痕やAの受傷状況が被告人の供述内容と整合する、 を説明しないのは不自然である。 以上によれば、被告人の上記供述は信用できないというほかない。 イこれに対し、弁護人は、①被害現場の血痕やAの受傷状況が被告人の供述内容と整合する、②被告人は本件の際に右手親指と人差し指に傷を負っており、被告人の供述はその受傷状況と矛盾しない、③犯行現場に残されたバスタオルには本件ナイフを奪う際にできたと考えられる損傷がある、④Aは被告人から本件ナイフの存在を聞いており、簡単に取り出すことができた、⑤ Aはビーズクッションの上に倒れており、その状態であれば背中に死斑が生じないこともあり得る、⑥被告人が嘘をついていると仮定すると、被告人がAをなぜ殺したのか説明ができないなどとして、被告人の供述が信用できないとはいいきれない旨主張する。 しかしながら、被害現場の血痕やAの受傷状況、死斑が被告人供述と整合 しない点については前記アで述べたとおりであるし(上記①、⑤)、被告人の供述どおりでなくとも被告人の指やバスタオルにそのような傷は生じ得る(上記②、③)。また、仮にAが事前に本件ナイフの存在等を知っていたとしても、それを取り出して執拗に被告人を刺そうとしたこと自体が不自然であることも前記アで述べたとおりである(上記④)。たしかに、被告人が Aを刺すに至った経緯は判然とせず、Aとの間で何らかの諍いが生じたであろうことは考えられるものの、前記アで述べたとおり、少なくとも、Aが突如として被告人に対して本件ナイフを用いて襲いかかるなどしたという一連の経緯自体が不自然・不合理である上、客観的な状況にも反しており、信用できないというべきである(上記⑥)。 したがって、弁護人の上記主張は採用できない。 (3) まとめ以上のとおり、被告人の供述は信用できず、そ 客観的な状況にも反しており、信用できないというべきである(上記⑥)。 したがって、弁護人の上記主張は採用できない。 (3) まとめ以上のとおり、被告人の供述は信用できず、そのほかにAが初対面の被告人に対して急迫不正の侵害を行ったことをうかがわせる事情は何ら存在しないから、被告人が攻撃をした時点で被告人の生命、身体に対する差し迫った危険はなかったと認められる。 したがって、弁護人の主張は採用できず、正当防衛又は過剰防衛は成立しないと判断した。 第2 第2の事実(窃盗)について 1 争点等被告人が判示の日時頃、判示の場所において、判示の物品(以下「本件各物品」 という。)を自らの占有下におき、A方から持ち出したことは、関係証拠から明らかであり、争いもない。 これに対し、弁護人は、本件各物品のうち①iPhone、iPad、ニンテンドースイッチ(以下、併せて「iPhone等」という。)は、被告人が証拠を隠滅するために持ち去ったものであり、経済的用法に従って利用する意思、す なわち不法領得の意思はなかった、②ニンテンドースイッチのACアダプター(以下、単に「ACアダプター」という。)は、被告人自身の物と勘違いして持ち出したのであり、他人の物を持ち出した認識はなかった、③プレイステーション4一式(コントローラー1点及びゲームソフト3点を含む。)は、被告人がAからもらったものである旨主張する。 2 争点に対する判断(1) 関係証拠によれば、(ア)被告人とAとは遅くとも10月2日までにSNSを通じて知り合い、同月6日に初めて会うことになったこと、(イ)被告人がA方から持ち出したものは、いずれも電子機器等の相応に価値を有するものであり、いずれも11月21日に被告人が逮捕されるまで NSを通じて知り合い、同月6日に初めて会うことになったこと、(イ)被告人がA方から持ち出したものは、いずれも電子機器等の相応に価値を有するものであり、いずれも11月21日に被告人が逮捕されるまで被告人宅のキャリーケ ース内で保管されていたことが認められる。 このように初対面であるという両者の関係性や、被告人が相応に価値を有する本件各物品をA方から持ち出して自宅で保管し続けていたことからすれば、特段の事情のない限り、被告人が故意及び不法領得の意思をもって本件各物品を盗んだものと推認できるというべきである。 (2) 以上に対し、被告人は、①iPhone及びiPadについてはAと自身と の連絡状況を、ニンテンドースイッチについては被告人のソフトを利用したことによるプレイ履歴を見られたくなかったことから持ち出した、②ACアダプターについてはA方で自身のニンテンドースイッチを充電したときに借りたものを自身の物と間違えて持ち出した、③プレイステーション4一式については、Aからもらったものである旨供述する。 しかしながら、被告人は、A方から立ち去る前にiPhone及びiPadのデバイス情報を自身の情報に変更した上で、その後、AのSIMカードを抜き去った状態のiPhone等を自宅で保管していたことや、A方を立ち去る際、玄関を施錠した上でその鍵を捨てたことが認められるところ、自身と事件との関係性を疑われないためといいながら、偽名等ではなくあえて自身の個人 情報をAの各端末に入力したことや、鍵やSIMカードは捨てるなどしているにもかかわらず、iPhone等については捨てずに自宅で保管を続けたことからして、証拠隠滅の目的で持ち出したとは考え難い。また、iPhone等から自身の情報が知られることをおそれたという一方 ているにもかかわらず、iPhone等については捨てずに自宅で保管を続けたことからして、証拠隠滅の目的で持ち出したとは考え難い。また、iPhone等から自身の情報が知られることをおそれたという一方で、もらったからといってプレイステーション4一式も持ち出すなど、その供述内容自体が一貫性を欠 いて不自然・不合理というほかない。さらに、被告人供述を前提とすれば、A方を立ち去ったのは第1の犯行から時間が相当経過した後であったというのであり、ACアダプターを借りたという出来事すら思い至らないほど慌てて間違って持ち出したとも考え難い。 他方、Aは、本件の2か月程前に、別れた交際相手からプレイステーション 4一式を譲り受けたばかりであったところ、Aの経済状況等やプレイステーシ ョン4の市場価格等も併せて考慮すれば、知り合って間もない初対面の被告人に無償で譲り渡すとは想定し難い。 被告人がA方から持ち出した本件各物品を使用したり売却しようとしたりした形跡がないとはいえ、事件から逮捕までの期間が1か月半程度の短期間であったことからすれば、そのことをもって被告人供述の裏付けとみることも相 当ではない。 このように、本件各物品を持ち出した理由についての被告人の供述は全体として不自然・不合理というほかなく、信用できないというべきである。 (3) 以上の次第で、被告人の供述は信用できず、前記(1)の推認を覆すような事情は存在しないから、被告人が故意及び不法領得の意思をもって本件各物品を 窃取したと認定した。 (法令の適用)省略(量刑の理由) 1 本件は、殺人1件(第1の事実)とその犯行現場であるA方からスマートフォン やゲーム機等を窃取した窃盗1件(第2の事実)からなる事案である。 2 まず、量刑の中心とな (量刑の理由) 1 本件は、殺人1件(第1の事実)とその犯行現場であるA方からスマートフォン やゲーム機等を窃取した窃盗1件(第2の事実)からなる事案である。 2 まず、量刑の中心となる殺人(第1の事実)の犯罪行為そのものに関する事情について検討する。 凶器自体の殺傷能力はそれほど高いとはいえないものの、被告人は、Aが動かなくなるまで、その胸部や頸部といった身体の枢要部を中心に19か所もナイフで滅 多刺しにしており、その犯行態様は相当に執拗で悪質であるし、強固な殺意に基づいた犯行である。その結果、Aのかけがえのない命が奪われており、もとより結果は重大であるし、Aが感じた恐怖や苦痛、これからの人生を奪われた無念さは察するに余りある。このような凄惨な殺され方をしたAの遺族らの処罰感情が厳しいのも頷けるところである。 他方で、計画的犯行であることをうかがわせる証拠はなく、また、本件の動機・ 経緯は不明というほかないが、仮に、Aの言動を端緒として被告人が突発的に本件犯行に及んだという事情があったとしても、Aとは初対面であるという関係性からすれば、これほどまでに多数回ナイフで突き刺さなければならないような事情があったとは考え難く、酌むべき事情は見出し難いし、かえって、執拗な攻撃を加えた点でその意思決定は厳しく非難されるべきである。 3 以上の犯情に加えて、被告人が合計約13万円相当と比較的高額な被害額の窃盗も併せて敢行していることを踏まえた上で、量刑上考慮すべき前科のない被告人による知人・友人・勤務先関係に対する殺人1件で、他に主要な罪のない事案の量刑傾向を踏まえて検討すると、本件は、計画性が高い事案や理不尽な動機を内容とする事案(なお、本件殺人に至る動機・経緯が不明である点を被告人に不利に考慮す 対する殺人1件で、他に主要な罪のない事案の量刑傾向を踏まえて検討すると、本件は、計画性が高い事案や理不尽な動機を内容とする事案(なお、本件殺人に至る動機・経緯が不明である点を被告人に不利に考慮す ることはできない。)のような特に重い部類に属するほどの事情があるとはいえないものの、犯行態様の執拗さや殺意の強さ等からすれば、上記量刑傾向の中でも重い部類に属する。 4 以上を前提に、①被告人がAを死亡させたこと自体は認めて償いたい旨述べていること、②被告人が本件犯行当時20歳であったことなどの犯罪行為以外の事情 (一般情状)も踏まえ、主文のとおり量刑した。 (求刑・懲役20年、主文掲記の没収)令和5年8月8日京都地方裁判所第2刑事部裁判長裁判官川上宏 裁判官檀上信介裁判官中谷洸
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