平成28(行ウ)218 難民の認定をしない処分取消等請求事件

裁判年月日・裁判所
平成29年10月19日 東京地方裁判所 その他
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判決文本文33,948 文字)

平成29年10月19日判決言渡平成28年(行ウ)第218号難民の認定をしない処分取消等請求事件主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実 及び理由第1 請求 1 法務大臣が平成23年3月31日に原告に対してした難民の認定をしない処分を取り消す。 2 東京入国管理局主任審査官が平成24年3月2日に原告に対してした退去強制令書発付処分が無効であることを確認する。 3 東京入国管理局長が平成23年4月13日に原告に対してした出入国管理及び難民認定法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない処分が無効であることを確認する。 第2 事案の概要本件は,ミャンマー連邦共和国(以下「ミャンマー」という。)で出生したバルーア族の外国人男性である原告が,①出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)61条の2第1項に基づく難民の認定の申請をしたところ,法務大臣から難民の認定をしない処分(以下「本件不認定処分」という。)を受け,さらに,②法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長(以下「東京入管局長」という。)から同法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない処分(以下「本件在特不許可処分」という。)を,③東京入国管理局(以下「東京入管」という。)主任審査官から同法49条6項に基づく退去強制令書(送還先をミャンマーと指定するもの)の発付処分(以下「本件退令処分」という。)をそれぞれ受けたことから,被告を相手に,本件不認定処分の取消しを求めるとともに,本件退令処分及び本件在 特不許可処分の無効確認を求める事案である。 本件において,原告は,自らが少数民族であるバルーア族であり,ミャンマー政府から国籍の付与を否定されていることや,ミャンマーの民主化を び本件在 特不許可処分の無効確認を求める事案である。 本件において,原告は,自らが少数民族であるバルーア族であり,ミャンマー政府から国籍の付与を否定されていることや,ミャンマーの民主化を求める政治活動を行ったことなどから同政府による迫害を受けるおそれがあるとして,難民該当性を主張している。 1 前提事実(以下,(1)から(4)までの各事実は当事者間に争いがなく,(5)の事実は当裁判所に顕著である。)(1) 原告の身分事項について原告は,1974年(昭和49年)▲月▲日にミャンマーで出生した男性であり,本邦に入国する前はミャンマーを常居所地としていたが,ミャンマー国籍を含むいずれの国籍も有しないと称している。 (2) 原告の入国及び在留の状況について原告は,平成9年8月22日,有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく,パナマ船籍貨物船により東京港に到着し,東京入管東京港出張所入国審査官に対し,虚偽名義である「Z1」名義のミャンマー船員手帳を行使し,これに基づき,入管法所定の乗員上陸許可を受けて本邦に不法入国した。 (3) 原告の退去強制手続についてア東京入管入国警備官(以下,東京入管所属の官職については,東京入管局長を除き,「東京入管」の記載を省略し,官職名のみ記載する。)は,平成21年8月26日,原告に係る違反調査を行い,原告から事情聴取した。 イ主任審査官は,平成21年9月15日,原告に対し,収容令書を発付した。 ウ入国警備官は,平成21年9月17日,上記イの収容令書を執行し,同日,原告に係る違反事件を入国審査官に引き渡した。 エ入国審査官は,平成21年9月17日,原告に対して違反審査を行い, 原告が入管法24条1号に該当する旨の認定をし,原告に対し,認定通知書を交付したところ,原告は 国審査官に引き渡した。 エ入国審査官は,平成21年9月17日,原告に対して違反審査を行い, 原告が入管法24条1号に該当する旨の認定をし,原告に対し,認定通知書を交付したところ,原告は,同日,特別審理官に対し,口頭審理を請求した。 オ主任審査官は,平成21年9月17日,原告に対し,仮放免を許可した。 カ特別審理官は,平成21年9月25日,原告に対し,口頭審理を行い,同日,入国審査官の上記エの認定は誤りがない旨の判定をし,原告に対し,判定通知書を交付したところ,原告は,同日,異議の申出をした。 キ入国審査官は,平成23年9月30日,原告から事情聴取した。 ク東京入管局長は,平成24年2月20日,上記カの異議の申出に理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし,同日,主任審査官に本件裁決を通知した。 ケ上記クの通知を受けた主任審査官は,平成24年3月2日,原告に本件裁決を通知するとともに,原告に対し退去強制令書を発付(本件退令処分)し,入国警備官は,同日退去強制令書を執行して原告を東京入管収容場に収容した。 コ主任審査官は,平成24年3月2日,原告に対し仮放免を許可し,原告は,同日,東京入管収容場から出所した。 原告は,現在,仮放免中である。 (4) 原告の難民認定手続についてア原告は,平成21年4月2日,法務大臣に対し,難民認定申請(以下「本件難民認定申請」という。)をした。 イ東京入管局長は,平成21年6月9日,原告の仮滞在を不許可とし,同日,原告にその旨通知した。 ウ難民調査官は,平成22年3月30日,原告から事情聴取した。 エ法務大臣は,平成23年3月31日,本件難民認定申請について,難民の認定をしない処分(本件不認定処分)をし,同年4月13日,原告にそ の旨通知した。 3月30日,原告から事情聴取した。 エ法務大臣は,平成23年3月31日,本件難民認定申請について,難民の認定をしない処分(本件不認定処分)をし,同年4月13日,原告にそ の旨通知した。 オ東京入管局長は,平成23年4月13日,原告に対し,入管法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない旨の決定(本件在特不許可処分)をし,同日,原告にその旨通知した。 カ原告は,平成23年4月13日,法務大臣に対し,本件不認定処分に対する異議申立て(以下「本件異議申立て」という。)をした。 キ原告は,平成27年5月19日,難民審査参与員の面前において,口頭意見陳述をし,難民審査参与員の審尋を受けた(以下「本件口頭意見陳述」という。)。 ク法務大臣は,平成27年7月21日,本件異議申立てに理由がないので棄却する旨の決定(以下「本件異議申立て棄却決定」という。)をし,同年11月26日,原告にその旨通知した。 (5) 本件訴えの提起原告は,平成28年5月24日,本件訴えを提起した。 2 争点(1) 本件不認定処分の適法性(2) 本件在特不許可処分の無効事由の有無(3) 本件退令処分の無効事由の有無 3 争点に対する当事者の主張の要旨(1) 争点(1)(本件不認定処分の適法性)について(原告の主張の要旨)ア難民の意義について難民とは,「人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために,国籍国の外にいる者であって,その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにそ の国籍国の保護を受けることを望まないもの」と定義される。 被告は,「迫害を受けるおそれがあるという十分に その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにそ の国籍国の保護を受けることを望まないもの」と定義される。 被告は,「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖」の意義に関して,当該申請者について迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱くような個別かつ具体的な事情が存することが必要であるなどとして,極めて限定的に解釈しているが,不当に難民認定の幅を狭めるものである。 イ原告は,本来ミャンマー国籍が認められるべきであるにもかかわらず,宗教的少数派であり少数民族であるバルーア族に属しているため,ミャンマー政府から国籍を付与されていない無国籍者である。すなわち,バルーア族とは,仏教を信仰する少数民族であり,ミャンマーの建国以前からその領域内に居住してきた先住民であるところ,同国においては,近時の民主化達成後も政府による宗教的少数派に対する迫害や弾圧が続いている。 ミャンマー政府は,原告の宗教ないし原告が特定の社会的集団の構成員であることを理由として,国籍の否定という極めて重大な人権上の不利益を恣意的に課しているものであって,原告には国籍国が存在しない以上,国籍国による保護を期待し得ない状況にある。 このように,原告がバルーア族であるためにミャンマー国籍の付与を否定されていること自体が難民該当性を根拠付けるものである。 なお,2012年(平成24年)以降,原告の家族に準国民又は帰化国民の地位が認められたとしても,原告にも同様の地位が認められる保障はない上,準国民及び帰化国民は正規の国民と異なり,公務員就労権を否定され,旅券の発付を受けることが難しいなど,ミャンマー政府による保護を受けるにおいて正規の国民とは歴然たる違いが存するから,原告の家族に対する扱いは原告の難民該当性を否定する り,公務員就労権を否定され,旅券の発付を受けることが難しいなど,ミャンマー政府による保護を受けるにおいて正規の国民とは歴然たる違いが存するから,原告の家族に対する扱いは原告の難民該当性を否定する事情にはならない。 ウ原告は,ミャンマー国籍を有しないため,ミャンマー政府から外国人と しての扱いを受け,監視され,移動の自由,学問の自由,職業選択の自由といった人間生活において極めて基本的な人権をはく奪されてきた。例えば,原告の家族は,地域の集落長からたびたび所在確認をされるなど常に動静を監視されているほか,居住する郡以外への移動や宿泊を含む外出が認められない,本名では小学校に入学することができない,公務員になることも企業に就職することもできないなど,多大な制約を受けてきた。 また,原告は,ミャンマーにおいては外国人として扱われる一方,いかなる国籍も有しないことから,ミャンマーやそれ以外の国に対して国籍を証明する手段がなく,旅券の発行を受けることもできない。 なお,原告は,就職することができないため,やむなく無許可で外国通貨の両替商を行っていたところ,1996年(平成8年)頃,警察に逮捕され,約3か月間にわたって身柄を拘束された。 エ原告の父は,アウンサンスーチー(以下「スーチー」という。)のインタビュー記事が掲載された雑誌「TIME」誌の翻訳を配布したことによって,身柄拘束され,1年間の禁錮刑を受けたことがあった。原告自身も,1988年(昭和63年)の民主化要求デモに参加したほか,1996年(平成8年)の大規模な民主化闘争に参加し,同年,シュエダゴン・パゴダという寺院で行われた大規模なデモにも参加して警察から銃撃を受け,逮捕される寸前となった。その後も,ヤンゴン市内のスーチーの自宅前に演説を聞きに行き,その演説をテ 参加し,同年,シュエダゴン・パゴダという寺院で行われた大規模なデモにも参加して警察から銃撃を受け,逮捕される寸前となった。その後も,ヤンゴン市内のスーチーの自宅前に演説を聞きに行き,その演説をテープに録音して地方の支援者に送付したことが当局に発覚し,同年6月か7月頃,警察から捜索差押えを受け,逮捕された。 原告は,本邦においても,ミャンマーの民主化を求めて,ミャンマー大使館の前で行われたデモに参加したり,民主化運動に関する雑誌の発行に携わるなどの活動を行っていた。 ミャンマーにおいては,集会の自由は事実上否定され,軍事政権とその 支援団体は,日常的に威嚇,暴力,逮捕を行い,平和的デモと集会を妨害していた。原告の活動は,ミャンマー政府も把握しているから,原告が帰国すれば,反政府活動を理由に処罰されるおそれがある。 オ難民であっても就労をせずに生活をすることは不可能であるから,原告が生活を維持するために長期間にわたり稼働していたとしても,原告の難民該当性を否定する事情とはならない。また,原告は難民認定申請について知識を有していなかったために,タイ等の経由国で庇護を求めなかったのであるし,一般的にみても,庇護を求める国を慎重に見極めた上で信頼できる国に庇護を求めることは申請者の当然の心理であるから,原告が経由国において庇護を求めず,本邦に上陸してから11年以上後に初めて難民認定申請を行ったとしても,原告の難民該当性を否定する事情とはならないというべきである。 カ以上のとおり,原告は,バルーア族であり,無国籍であることにより「人種,宗教,国籍もしくは特定の社会集団の構成員であること」を理由として,また,政治活動を行ったことにより「政治的意見」を理由としてミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあるという恐怖を有しており, 種,宗教,国籍もしくは特定の社会集団の構成員であること」を理由として,また,政治活動を行ったことにより「政治的意見」を理由としてミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあるという恐怖を有しており,難民に該当する。 キ本件異議申立て棄却決定の理由中において,難民審査参与員の意見の要旨が記載され,法務大臣の判断として,「難民審査参与員の意見の要旨に鑑み」原告の主張に理由があるとは認められないとの記載がある。 しかしながら,当該難民審査参与員の意見とは,要約すれば,「原告が無国籍であるというのは信じられない」というものであって,無国籍者である原告に対する決定の理由としては,それ自体論理的に矛盾しており,理解不能といわざるを得ない。 したがって,理由の附記につき,手続上の瑕疵がある。 ク以上より,本件不認定処分は違法というべきである。 (被告の主張の要旨)ア難民の意義,立証責任等について(ア) 難民条約1条に定める迫害とは,「通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす攻撃ないし圧迫であって,生命又は身体の自由の侵害又は抑圧」を意味し,また,「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」というためには,当該人が迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱いているという主観的事情のほかに,通常人が当該人の立場に置かれた場合にも迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在していることが必要である。 (イ) そして,「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖」とは,単に迫害を受けるおそれがあるという抽象的な可能性が存するだけでは足りず,当該申請者について迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱くような個別的かつ具体的な事情が存することが必要である。 (ウ) 「難民」に該当することの立証責任は,難民であることを るだけでは足りず,当該申請者について迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱くような個別的かつ具体的な事情が存することが必要である。 (ウ) 「難民」に該当することの立証責任は,難民であることを主張する原告にあり,原告自らが,本件不認定処分当時において迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有していた点について「合理的な疑いを容れない程度の証明」をしなければならない。 イ原告がバルーア族であることを理由に迫害を受ける旨の主張について(ア) 原告がバルーア族であるとしても,ミャンマーでは仏教徒が89%を占め,同国で信仰されている仏教が上座部仏教であることからすれば,上座部仏教を信仰するバルーア族が宗教的少数派であるとはいえないし,バルーア族がミャンマー政府から迫害を受けるその他の具体的理由については不明であるから,バルーア族が政府から迫害を受けると認めることはできない。また,同国で生活する原告の家族は,政府から迫害を受け,又はそのおそれがあるといった状況にはない。 原告が主張する移動,就学,就労等に係る制約は,バルーア族のみを対象とするものではなく,ミャンマー国内に在留する全ての外国人を対象とするものであり,バルーア族が特に上記の制約を課されているといった事情は見当たらない。国内に在留する外国人に対し,いかなる要件の下にその在留を認めるかは,各国家の立法政策や行政上の運用に委ねられていることを考慮すれば,バルーア族を含む外国人一般に対する制約をもって,バルーア族がミャンマー政府から民族を理由とする迫害を受けているとはいえない。 さらに,原告の供述によれば,外国人も許可を得て自身が居住する区域外に移動することは可能であり,原告の次妹はミャンマー民族でミャンマー国籍を有する夫と共にマレーシアに渡航 ているとはいえない。 さらに,原告の供述によれば,外国人も許可を得て自身が居住する区域外に移動することは可能であり,原告の次妹はミャンマー民族でミャンマー国籍を有する夫と共にマレーシアに渡航し,現在はミャンマーに帰国しているなど,移動が全面的に禁止されているものではなく,他の民族との婚姻や海外渡航も一定程度可能である。また,原告は,公立の小学校に入学し,1988年(昭和63年)の国内の混乱により学校が閉鎖されるまで継続的に公教育を受け,就学の機会が与えられていたのであるから,学問の自由をはく奪されていたとはいえない。そして,ミャンマー政府が作成した原告の家族に係る家族表において,原告の父及び長姉の「職業」欄には原告の供述に沿う内容の記載があるから,「闇で」「こっそり隠れて」仕事をするしかない旨述べる原告の供述は信用することができず,ミャンマーにおいて,バルーア族を含む外国人について,違法に就労するしか生計の手段がない状態にあったとまでは認め難い。 (イ) 仮にミャンマー政府が原告に国籍を付与していないとしても,国家がいかなる者に自国籍を付与するかは,本来,国家が自由に決することができる性質のものであることに照らせば,ミャンマー政府が,同国の法律が定める国籍要件を原告が満たしているにもかかわらずバルーア 族であることのみをもって国籍を付与しないのであればともかく,国籍要件を原告が満たさないことを理由として国籍を付与しないのであれば,そのことをもって迫害に当たるということはできない。 この点,ミャンマー政府は,1982年(昭和57年)に施行された新国籍法に基づき,国民を,正規の国民,準国民及び帰化国民の3つに分類しているところ,原告の供述によれば,原告の家族は同法の定める正規の国民の要件を満たさない以上,正規の (昭和57年)に施行された新国籍法に基づき,国民を,正規の国民,準国民及び帰化国民の3つに分類しているところ,原告の供述によれば,原告の家族は同法の定める正規の国民の要件を満たさない以上,正規の国民としての地位を認められないことはやむを得ないのであって,原告やその家族がバルーア族であることはその理由ではないというべきである。 そして,原告の家族に係る家族表の記載等によれば,原告の家族は準国民又は帰化国民としてミャンマー国籍を取得している。 したがって,原告がバルーア族であることのみを理由にミャンマー国籍を取得できないものとはいえない。 (ウ) 原告は,ミャンマーにおいて,警察がたびたび自宅を訪れて家族の所在を確認するなど,常に動静を監視されていた旨主張するが,これを認めるに足りる客観的な証拠はないし,仮にそのような事情が存在するとしても,原告がバルーア族であることを理由とするものかは明らかでない。 ウ原告及びその父が政治活動に参加したことを理由に迫害を受けるおそれがある旨の主張について(ア) 原告が,1988年(昭和63年)8月,ミャンマーにおいて民主化を求めるデモに参加していたことを裏付ける証拠は提出されていないし,仮に原告の供述によるとしても,多数の参加者の一員として5日間デモへ参加したにすぎない当時14歳の少年であった原告を,ミャンマー政府が本件不認定処分時に至るまで殊更に注視し,迫害の対象とするとは考え難い。 (イ) 原告は,1993年(平成5年)2月,スーチーの演説テープを配布したと主張するが,演説テープの入手経緯や提供先については供述の変遷がみられる。また,原告は,本件難民認定申請に係る事情聴取においては,演説テープを配布した当時,家宅捜索を受けたが証拠物が発見されなかったためミ が,演説テープの入手経緯や提供先については供述の変遷がみられる。また,原告は,本件難民認定申請に係る事情聴取においては,演説テープを配布した当時,家宅捜索を受けたが証拠物が発見されなかったためミャンマー政府から追及されることはなく,1996年(平成8年)に警察に逮捕された理由は偽ドル所持の疑いによるものである旨を供述していたにもかかわらず,陳述書及び本人尋問においては,上記の逮捕の理由として演説テープの配布も含まれていたと述べており,原告の供述には明らかな変遷や齟齬が存在する。なお,ミャンマーにおいては,外国人に限らず,国民であっても両替を行うに当たっては許可が必要であるところ,原告は,無許可で外国通貨の両替を行っていたというのであるから,警察が原告を逮捕,拘束したのは原告の違法行為に対する正当な警察権の行使といえ,このことが迫害に当たらないことは明らかである。 (ウ) 原告は,ミャンマーにおいて,1996年(平成8年)にも反政府デモに参加し,警察に逮捕されそうになった旨供述するが,本件難民認定申請に係る事情聴取等においてはこのような事情を何ら述べておらず,本件訴訟の提起後に初めて上記事情を述べるに至ったものであり,この点に係る原告の供述は信用性を欠く。 (エ) また,原告の父が政治活動を理由に身柄を拘束された事情を認めるに足りる客観的な証拠はない上,原告の供述を前提としても,原告自身が,ミャンマー政府から逮捕されたり,尋問を受けたりしたことはないこと,原告の父も準国民又は帰化国民としてミャンマー国籍を取得していること等に鑑みれば,父の民主化運動への参加を理由として原告において迫害を受ける客観的なおそれがあるということはできない。 (オ) 原告は,本件難民認定申請において,在東京ミャンマー大使館前 で行われたデモに の民主化運動への参加を理由として原告において迫害を受ける客観的なおそれがあるということはできない。 (オ) 原告は,本件難民認定申請において,在東京ミャンマー大使館前 で行われたデモに参加した旨申告しているが,原告が本邦においてデモに参加したと認めるに足りる証拠はなく,仮に原告の供述を前提としても,一参加者の立場で数回参加したにすぎないというのであるから,このような活動をミャンマー政府が注視し,原告に迫害を加える可能性があるとはいえない。また,原告が「Z2」という政治雑誌の発行グループに参加したのは,本件難民認定申請の理由とする目的もあったことが明らかである上,原告は,同グループからメンバーカードの発行を受けておらず,その活動内容は雑誌の配布係及び雑誌に掲載する広告をとる係にすぎず,雑誌に掲載するための文章などは一切執筆したことはなく,さらに,原告自身,同グループの活動には積極的に関与していない旨を述べており,ミャンマー政府が同グループへの参加に関し原告の活動を注視している状況はうかがわれない。 したがって,上記のような原告の本邦における活動を理由にミャンマー政府が原告に迫害を加える可能性があるとはいえない。 (カ) 以上に鑑みると,原告がミャンマー政府をして迫害を企図させるほどの政治的意見を有する者であるとか,反政府活動家として政府から関心を抱かれていると認められるような具体的な事情は存在しない。 エ原告の難民該当性を否定する事情について原告については,本邦への不法入国の目的が,単に貨物船から逃亡し本邦において不法就労することにあったこと,本邦上陸前に他国において庇護を求めていないこと,本邦上陸後も約11年7か月にわたり,本邦において庇護を求めたり難民認定申請をすることなく(このように庇護を求めなか て不法就労することにあったこと,本邦上陸前に他国において庇護を求めていないこと,本邦上陸後も約11年7か月にわたり,本邦において庇護を求めたり難民認定申請をすることなく(このように庇護を求めなかったことに合理的理由はない。)不法就労を継続していたこと,原告の家族がミャンマーにおいて政府から危害を加えられることなく平穏に暮らしていることなどの事情が存在し,これらの事情は原告の難民該当性を積極的に否定するものである。 オ手続的瑕疵が存在しないこと仮に,本件異議申立て棄却決定書の理由の附記に手続的瑕疵があったとしても,原処分である本件不認定処分の違法性を基礎付けるものではなく,原告の主張は失当である。 また,本件異議申立て棄却決定における法務大臣の判断は,難民審査参与員の意見のみならず,原告の主張や提出資料,本件不認定処分の理由等を全て検討した上でされたものであり,難民審査参与員の判断は法務大臣の判断を法的に拘束するものではなく,法務大臣の判断の過程及び結論において難民審査参与員の判断と全て一致するものでもないから,本件異議申立て棄却決定書の理由の記載に原告が主張するような瑕疵は存在しない。 カ以上によれば,本件不認定処分は適法である。 (2) 争点(2)(本件在特不許可処分の無効事由の有無)について(原告の主張の要旨)ア被告は,難民条約,拷問及び他の残虐な,非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約(以下「拷問等禁止条約」という。)の締約国である以上,難民条約33条1項及び拷問等禁止条約3条1項に定めるノンルフールマン原則(迫害国向けの送還を禁止する原則)を遵守する義務を負っている(入管法53条3項1号,2号)。そして,原告は,前記(1)の原告主張のとおり,難民条約上の難民に該当し,ミャンマ るノンルフールマン原則(迫害国向けの送還を禁止する原則)を遵守する義務を負っている(入管法53条3項1号,2号)。そして,原告は,前記(1)の原告主張のとおり,難民条約上の難民に該当し,ミャンマーに送還されれば拷問ないし非人道的な又は品位を傷つける取扱いが行われるおそれがあった。 東京入管局長は,ノンルフールマン原則を遵守するため,原告に対し在留特別許可をする義務を負っていたにもかかわらず,その義務に反し,本件在特不許可処分を行ったものであって,同処分は違法である。 イまた,原告は,無国籍であり,どの国からの保護も受けられないのみな らず,ミャンマーに戻ることも,他の国に渡航することもできないのであるから,本邦において原告を収容することや,在留資格を与えずに就労を許さないで収入の道を断つことは,重大な人権侵害である。 イギリス,ドイツ及びフランスにおいては,無国籍者について,無国籍であること自体を理由として在留特別許可が与えられており,ヨーロッパ人権裁判所は,無国籍者について送還の具体的な見込みを欠く場合,当該無国籍者の収容は無効である旨の判断をしている。そのため,送還不能の無国籍者を収容し,退去強制し,又は仮放免をするだけで生活を維持する手段を禁じたまま放置することは,恣意的であり,比例原則に照らし,市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)7条,憲法13条に違反するというべきである。 ウさらに,原告は,現在,遠縁のZ3(以下「同居人Z3」という。)と同居しているところ,同人は,両変形性膝関節症,左下肢のうっ滞性皮膚炎,左下腿潰瘍の障害を持ち,歩行ができないため,原告が同人の日常生活全般にわたる世話を行っており,同人の生存のためにも,原告の滞在継続には人道上特別の配慮を要する。 エ ,左下肢のうっ滞性皮膚炎,左下腿潰瘍の障害を持ち,歩行ができないため,原告が同人の日常生活全般にわたる世話を行っており,同人の生存のためにも,原告の滞在継続には人道上特別の配慮を要する。 エしたがって,本件在特不許可処分は無効である。 (被告の主張の要旨)そもそも行政処分が無効であるというためには,当該処分に重大かつ明白な瑕疵が存在しなければならず,その瑕疵が明白であるか否かは,処分の外形上,客観的に瑕疵が一見して看取し得るか否かにより決せられるべきであるところ,本件在特不許可処分にはこのような瑕疵はない 。 ア(ア) 入管法61条の2の2第2項の規定ぶりからすれば,法務大臣等の同項に基づく在留特別許可の許否に関する裁量の範囲は,同法50条1項の在留特別許可の場合と同様に,在留期間更新の許否に関する裁量の範囲よりも質的に格段に広範なものであることは明らかである。 したがって,在留特別許可を付与しないという法務大臣等の判断が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとして違法とされるような事態は,容易には想定し難いというべきであり,極めて例外的にその判断が違法となり得る場合があるとしても,それは,在留特別許可の制度を設けた法の趣旨に明らかに反するような極めて特別な事情が認められる場合に限られるというべきである。 (イ) そもそも,在留特別許可は,退去強制事由のある外国人に対して法務大臣等が恩恵的に付与するものであり,比例原則が妥当するものではない。法務大臣等が在留特別許可を付与しなかったことに関する司法審査の在り方としては,法務大臣等の第一次的な裁量判断が存在することを前提として,上記(ア)のような特別の事情が認められるか否かが判断されるべきであって,比例原則に拘束されることを前提とする原告の 審査の在り方としては,法務大臣等の第一次的な裁量判断が存在することを前提として,上記(ア)のような特別の事情が認められるか否かが判断されるべきであって,比例原則に拘束されることを前提とする原告の主張は失当である。 また,憲法13条の規定が本邦に在留する外国人に対しても保障されるとしても,憲法上,外国人は,本邦に入国する自由や在留の権利を保障されているものではなく,外国人に対する憲法の人権保障は,外国人在留制度の枠内で与えられているにすぎない。 さらに,B規約についても,13条が,外国人について,法律に基づき退去強制手続を執ることを容認していることからも明らかなとおり,外国人を自国内に受け入れるかどうか,またこれを受け入れる場合にいかなる条件を付するかは専ら当該国家の立法政策に委ねられているという国際慣習法を前提とする条約であり,憲法の諸規定による人権保障を超える利益を保護するものではない。 したがって,本件在特不許可処分が比例原則に照らし,憲法13条及びB規約7条に違反し,違法であるという原告の主張は,理由がない。 イ(ア) 入管法は,無国籍者に対しても退去強制令書発付処分をすることを 予定している上,事実上送還が不能の場合であっても,退去強制令書を発付することを予定しているのであるから,仮に,本件退令処分当時において,原告をミャンマーに送還することが不可能であったとしても,そのことから直ちに原告に在留特別許可を付与しなかったことが裁量権の範囲の逸脱又はその濫用となるものではない。 そして,原告がミャンマー国籍を有しないことにより原告を速やかにミャンマーに送還することが容易でないとしても,原告が同国で生まれ育だったこと,原告の家族が同国で合法的かつ平穏に暮らしていること,原告の姉がミャンマー国籍を取得していること とにより原告を速やかにミャンマーに送還することが容易でないとしても,原告が同国で生まれ育だったこと,原告の家族が同国で合法的かつ平穏に暮らしていること,原告の姉がミャンマー国籍を取得していること等を考慮すれば,将来的に原告の同国への送還を実現することが不可能とはいえない。 (イ) 原告は不正に入手した虚偽名義の乗員手帳を行使し,本邦に不法入国した者であり,それまで我が国社会と何ら関係を有しなかった者であって,本邦との結び付きも存しないのであるから,在留を特別に認めるべき積極的な理由はない。 (ウ) 原告が遠縁であると主張する同居人Z3に介護等の必要性があったとしても,そのような同居人にとっての必要性は,原告に対する在留特別許可の許否の判断に当たり積極的に考慮すべき事情とはいえない。 また,同居人Z3には,本邦在住の娘がいるというのであるから,同居人Z3について,原告による日常的な世話が必要不可欠とはいえない。 (3) 争点(3)(本件退令処分の無効事由の有無)について(原告の主張の要旨)ア前記(1)の原告主張のとおり,原告は難民に該当するにもかかわらず,本件退令処分がされたものである。したがって,本件退令処分は,難民条約33条1項,拷問等禁止条約3条1項,入管法53条3項1号及び2号,同法61条の2の6第1項に違反する違法な処分であり,無効であ る。 イ原告については,およそどの国を送還先として指定したとしても,原告に国籍がない以上,自国民でない者の送還を受け入れる国が存在するとは考えられないことから,原告に対する退去強制令書を執行して送還を実現することは不可能である。被告は将来的に原告のミャンマーへの送還が不可能とはいえないなどと根拠なく主張するが,原告は半永久的に収容又は仮 れないことから,原告に対する退去強制令書を執行して送還を実現することは不可能である。被告は将来的に原告のミャンマーへの送還が不可能とはいえないなどと根拠なく主張するが,原告は半永久的に収容又は仮放免のいずれかの状態で本邦で過ごさなければならなくなるのであって,恣意的で過酷な不利益を課すこととなるから,本件退令処分は無効である。 ウまた,本件退令処分は,送還先としてミャンマーを指定している点でも違法であり,無効であるというべきである。 すなわち,入管法53条2項は,国籍国でなく市民権の属さない国であっても送還先とすることができる旨を規定しているにすぎず,退去強制令書発付処分の時点において既に事実上送還が不可能となっている国を送還先とすることを許すものではない。かえって,同項は,「本人の希望により」送還先を定めることとしており,退去強制令書発付処分を行う際の送還先の選択において,本人の希望を踏まえて受入国の承諾の有無を考慮した上で送還先を決定すべきことを要請しているものというべきであるから,本人が希望する国以外の国への送還が許されるのは,本人が希望する国への送還ができない又は困難であるという極めて例外的な事情が存する場合に限られるというべきである。 しかるに,原告は,本件難民認定申請の対象であるミャンマーには帰国することができないため,以前居住していたタイへの送還を明確に希望しているのであって,原告について,ミャンマーに比してタイへの送還の方がより困難であるといった客観的事情は見当たらない。被告は,本人の利益を考慮して送還先を指定すべきであると主張するが,ミャンマ ーへの送還が本人の利益となるような具体的事情は一切主張立証されていない。 したがって,原告の希望を無視した送還先の指定は違法であり,そのような送還先の指 であると主張するが,ミャンマ ーへの送還が本人の利益となるような具体的事情は一切主張立証されていない。 したがって,原告の希望を無視した送還先の指定は違法であり,そのような送還先の指定を含む本件退令処分は無効である。 (被告の主張の要旨)ア退去強制手続において,法務大臣等から異議の申出には理由がないとの裁決をした旨の通知を受けた場合,主任審査官は,速やかに退去強制令書を発付しなければならないのであって(入管法49条6項),退去強制令書を発付するにつき裁量の余地はないのであるから,本件裁決が適法である以上,本件退令処分も当然に適法である。 さらに,原告は難民に該当しないのであるから,原告をミャンマーに送還したとしても,ノンルフールマン原則に反する余地はない。よって,本件退令処分において送還先をミャンマーと指定している点についても何ら瑕疵はない。 イそもそも,入管法53条は,本邦での在留が認められず,退去強制の対象となることが最終的に決定した者について,その送還先につき規定しているにすぎないのであるから,仮に送還先の指定に瑕疵があったとしても,その指定の前提となる退去強制の決定に影響を及ぼすものではない。 また,入管法53条2項の規定は,退去強制を受ける本人の希望を聴取した上で適切な送還先を指定することを定めたものにとどまり,本人が送還先として希望する国以外の国を送還先と指定して退去強制令書を発付することを禁ずるものではない。そして,同項による送還先の指定は,本人の希望を踏まえて,本人の利益をも考慮して主任審査官が決定するものであるから,主任審査官にはこれに関する一定の合理的な裁量判断が求められているというべきである。 本件において,原告はミャンマーで出生して20年以上にわたり同国に 任審査官が決定するものであるから,主任審査官にはこれに関する一定の合理的な裁量判断が求められているというべきである。 本件において,原告はミャンマーで出生して20年以上にわたり同国に 居住し,交流を継続している家族も同国に居住しているから,ミャンマーは原告にとって本国というべき国であり,同国への送還が原告にとって利益となる事情がある。また,仮に原告が,偽造旅券で出国したなど,ミャンマーで行った犯罪を理由に処罰を受ける可能性があるとしても,そのために同国への送還を望まないとする原告の意向に必ず添わなければならないものではない。 したがって,本件退令処分について送還先をミャンマーと指定した主任審査官の判断が合理性を欠くものとはいえない。 ウまた,仮に事実上送還が不可能な国が送還先として指定されている場合であっても,そのことから直ちに退去強制令書発付処分が違法となるものではなく,送還先の指定が送還先となる国の承諾の有無によって制約を受けるものでもない。 なお,原告がミャンマー国籍を有しないことにより原告を速やかにミャンマーに送還することが容易でないとしても,原告が同国で生まれ育だったこと,原告の家族も同国で合法的かつ平穏に暮らしていること,原告の姉が国籍を取得していること等を考慮すれば,将来的に,原告の同国への送還を実現することが不可能とはいえない。 エしたがって,本件退令処分は適法である。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(本件不認定処分の適法性)について(1) 難民の意義等入管法2条3号の2は,同法における「難民」の意義について,難民条約1条の規定又は難民の地位に関する議定書1条の規定により難民条約の適用を受ける難民をいうと規定している。したがって,同法にいう「難民」とは,「人種,宗教 同法における「難民」の意義について,難民条約1条の規定又は難民の地位に関する議定書1条の規定により難民条約の適用を受ける難民をいうと規定している。したがって,同法にいう「難民」とは,「人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由 のある恐怖を有するために,国籍国の外にいる者であって,その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの」(難民条約1条A(2),難民の地位に関する議定書1条2項)をいうことになる。 そして,上記の「迫害」とは,通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす攻撃ないし圧迫であって,生命又は身体の自由の侵害又は抑圧を意味するものと解するのが相当であり,また,上記の「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」というためには,当該人が迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱いているという主観的事情のほかに,通常人が当該人の立場に置かれた場合にも迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在していることが必要であると解される。 また,難民の認定における立証責任の帰属については,入管法61条の2第1項の文理のほか,難民認定処分が授益処分であることなどに鑑みれば,その立証責任は原告にあると解すべきである。そして,難民該当性を基礎付ける事実の立証の程度については,証拠に基づいて事実についての主張を真実と認めるべきことの証明を要すること(行政事件訴訟法7条,民事訴訟法247条,180条1項等)は通常の場合と同様であり,その立証の程度を通常の場合と比較して緩和すべき理由はないものというべきである。 そこで,以下,このような観点から,原告が難民に該当すると認められるか ,180条1項等)は通常の場合と同様であり,その立証の程度を通常の場合と比較して緩和すべき理由はないものというべきである。 そこで,以下,このような観点から,原告が難民に該当すると認められるか否かについて検討する。 (2) 認定事実前記前提事実,争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 アミャンマーの一般情勢等(以下,この項に掲げる事実のうち,証拠の掲記がないものについては,当事者間に争いはない。) (ア) ミャンマーでは,仏教徒が人口の98%を占めているところ,これらの信徒により信仰されている仏教は,主として上座部仏教である(乙B1,15)。 (イ) バルーア族は,主にバングラデシュ南東部のチッタゴン周辺からインドのトリプラ州にかけて居住し,上座部仏教を信奉する民族で,1961年時点でバングラデシュでは約8万人を数えた。出自については諸説あり,言語はベンガリー語のチッタゴン方言を話す。 (ウ) ミャンマーでは,1982年(昭和57年)に施行された新国籍法において,①1823年より前から継続してミャンマーに居住している土着の者を正規の国民,②1948年(昭和23年)に制定された連邦国籍法に基づいて国籍を取得した者を準国民,③1950年(昭和25年)に同法の施行が停止された後に帰化手続をした者を帰化国民とすることが規定されており,上記①~③のいずれもミャンマー国籍を有するものとされている(乙A26)。 (エ) ミャンマーでは,1988年(昭和63年)9月,軍事クーデターが起こり,国家法秩序回復評議会(SLORC)を最高決定機関とする軍事政権が,民政移管までの暫定政権として発足した。 (オ) 民主化を求めた国民民主連盟(NLD)がスーチーを書 9月,軍事クーデターが起こり,国家法秩序回復評議会(SLORC)を最高決定機関とする軍事政権が,民政移管までの暫定政権として発足した。 (オ) 民主化を求めた国民民主連盟(NLD)がスーチーを書記長として支持を拡大したところ,軍事政権は,1989年(平成元年)7月20日,スーチーを自宅軟禁とし,その政治活動を禁止した。 (カ) 1990年(平成2年)5月,約30年ぶりに複数政党が参加する総選挙が実施され,NLDが圧勝したが,政権側は同選挙の結果を受け入れることを拒否した。 (キ) 1995年(平成7年)7月10日,スーチーが自宅軟禁から解放され,同年10月11日にNLDの書記長に再就任した。 (ク) 1996年(平成8年)5月及び9月,SLORCは,NLDの議 員総会や党集会を前に,多数のNLD党員の身柄を拘束するなどした。 (ケ) 1996年(平成8年)10月20日から同月22日にかけて,警察官が学生1人に暴行を加え負傷させたことに端を発する学生デモが発生し,主要大学の学生による500人規模のデモへ発展した。同年12月2日から翌3日にかけても,ヤンゴンの主要大学の学生による抗議デモ(1500~2000人)が発生して学生約300人が拘束され,同月6日に再びヤンゴンで発生した抗議デモでは,学生ら約400人が拘束された。 (コ) 1997年(平成9年)11月15日,軍事政権の最高決定機関であったSLORCが解散し,国家平和開発評議会(SPDC)が設立された。 (サ) 2003年(平成15年)5月30日,ミャンマー北部のディペインにおいて,スーチーらNLD党員等が襲撃を受け,多数の死傷者が発生し,スーチーを含む多数のNLD党員が拘束された(ディペイン事件)。その後,スーチーは解放されたが,2010年(平成22年)1 ンにおいて,スーチーらNLD党員等が襲撃を受け,多数の死傷者が発生し,スーチーを含む多数のNLD党員が拘束された(ディペイン事件)。その後,スーチーは解放されたが,2010年(平成22年)11月13日まで自宅軟禁の状態に置かれた。 (シ) 2003年(平成15年)8月,キンニュン首相は,民主化に向けた「ロードマップ」を発表し,その第1段階として,憲法制定のための国民会議を開催する旨発表した。2004年(平成16年)5月,約8年ぶりに国民会議が再開され,その後も継続的に審議が行われた。 (ス) 2008年(平成20年)5月10日及び24日,新憲法草案採択のための国民投票が実施され(投票率99%),92.4%の賛成で新憲法が承認された。 (セ) 2010年(平成22年)11月7日,総選挙が実施され,テインセイン首相を党首とする連邦団結発展党(USDP)が圧勝した。 (ソ) 2011年(平成23年)1月31日,総選挙の結果を受けて議会 が召集され,同年3月30日,テインセインが大統領に選出されて新政権が発足し,民政移管が実現した(乙B10)。 (タ) テインセイン大統領は,2011年(平成23年)5月16日及び10月11日,恩赦を実施して合計約300人の政治犯を釈放し,さらに,2013年(平成25年)12月30日,全ての政治犯について恩赦を実施した。 (チ) 2015年(平成27年)3月31日,政府と国内各地の少数民族武装勢力代表は全土での停戦協定案に合意した。同年10月15日,政府はネーピードーで協議に参加していた15の少数民族武装勢力のうち8つとの間で停戦協定に署名した。 (ツ) 2015年(平成27年)11月8日,総選挙が実施され,スーチー率いるNLDが改選議席491議席のうち390議席を獲得して勝利を収め,2 族武装勢力のうち8つとの間で停戦協定に署名した。 (ツ) 2015年(平成27年)11月8日,総選挙が実施され,スーチー率いるNLDが改選議席491議席のうち390議席を獲得して勝利を収め,2016年(平成28年)3月15日,連邦議会において,NLD党員のティン・チョウが大統領に選出された。 (テ) 2016年(平成28年)3月30日,NLD主導による新政権が正式に発足し,スーチーが国家最高顧問,外務大臣及び大統領府付大臣に就任した。 イ原告に係る個別的事情(ア) 原告が本邦に上陸するまでの経緯a 原告は,ミャンマーで生まれ育ち,基礎教育学校8年生課程を修了した(甲11,乙A11〔2頁〕,A16〔2頁〕,A18〔1~2頁〕)。 b 原告は,不正に虚偽名義である「Z1」名義の旅券及び同名義のミャンマー船員手帳の発給を受け,1993年(平成5年)8月ころ,タイに出国した。しかし,タイでは満足な仕事に就くことができず,1年強の滞在を経て,1994年(平成6年)ころ帰国した。(乙A 18〔16~17頁〕,原告本人〔13~15頁〕)c 原告は,1996年(平成8年)12月ころ,再びタイに出国して,韓国籍の貨物船において船員の業務に従事する旨の契約を締結し,1997年(平成9年)1月ころ,釜山港において船員の業務に就いた。 原告は,貨物船に乗船中,3回ないし4回程度,本邦に寄港したことがあり,その都度,寄港地上陸許可を受けて本邦に上陸していた。 (乙A18〔18~19頁〕)なお,原告がタイ又は韓国の政府に対し自身の保護を求めたことはない。 (イ) 原告の本邦における生活状況等a 原告は,乗船していた貨物船(上記(ア)c)において上司と険悪な仲となったこと,また,本邦に寄港した経験から本 し自身の保護を求めたことはない。 (イ) 原告の本邦における生活状況等a 原告は,乗船していた貨物船(上記(ア)c)において上司と険悪な仲となったこと,また,本邦に寄港した経験から本邦であれば働きながら暮らしていけると考えたことから,貨物船が本邦に寄港するのを待って同船から逃亡し,平成9年8月22日,有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく,パナマ船籍貨物船により東京港に到着し,東京入管東京港出張所の入国審査官に対し,虚偽名義である「Z1」名義のミャンマー船員手帳を行使して,乗員上陸許可を受け,本邦に不法入国した(前提事実(2),乙A18〔19及び20頁〕,原告本人〔15頁〕)。なお,「Z1」は,原告の供述によれば,ミャンマーで生活していたときの原告の通称である(原告本人〔14頁〕)。 b その後,原告は,飲食店や工場等において稼働しながら本邦に滞在していた(乙A2,A18〔20頁〕)。 c 原告は,本件在特不許可処分の当時,ミャンマー人女性である同居人Z3と同居していた(乙A18〔8頁〕)。なお,同居人Z3は,本邦において自己の娘と同居していたが,娘の婚姻を機に別居し,その後原告と同居するようになった(乙A22〔10頁〕)。 d 原告は,もともとミャンマー政府に否定的な意見を持っていたことや,本件難民認定申請に際し何らかの組織に加入していることが必要になると考えたことなどから,本件難民認定申請をした2009年(平成21年)4月ころ,「Z2」(ミャンマーの民主化と難民問題について日本国民の理解を得ることを目的とした無料配布紙。なお,その配布先は,日本の大学や高校,NGO等の事務所,弁護士事務所,日本語教室,飲食店等である。)を発行するグループに加入した。原告は,Z1名義で副編集長等 解を得ることを目的とした無料配布紙。なお,その配布先は,日本の大学や高校,NGO等の事務所,弁護士事務所,日本語教室,飲食店等である。)を発行するグループに加入した。原告は,Z1名義で副編集長等の肩書で同ジャーナルに名を連ねているが,同ジャーナルに掲載する文章を執筆したことはなく,その活動には積極的に関わっていない。(甲7,乙A18〔37及び38頁〕)(ウ) 原告の家族関係等a 原告の父は1939年(昭和14年)生まれ,原告の母は1948年(昭和23年)生まれであり,両名は原告を含む9人の子をもうけた(乙A1〔添付2〕,A18〔6及び7頁〕,A25)。 b 原告の家族は,従前,ミャンマー政府から,インド国籍又はパキスタン国籍を有するものと取り扱われていたところ,原告の長姉は,2004年(平成16年)5月2日までに準国民としてミャンマー国籍を取得し,それ以外の者(父,母,次姉ないし四姉,長妹ないし三妹,弟)は,2012年(平成24年)1月17日までに帰化国民としてミャンマー国籍を取得し,原告の弟を除く全員が外国人登録を取り消された(甲8ないし10,乙A1〔添付2及び3〕,A25)。 なお,原告については,ミャンマー政府が発行した原告の外国人登録証に,インド国籍である旨が記載されている(乙A1〔添付2及び3〕,A18〔3頁〕,A25)。 c 原告の父は本屋を経営し,原告の長姉は麺類の露天商を営んでいたところ,ミャンマー政府も,原告の父の職業を「本売り」,原告の長 姉の職業を「販売」と認識し,原告の家族に係る家族表にその旨記載していた(乙A1〔添付2〕,A18〔6頁〕,A25)。 d 原告は,本件不認定処分当時,ミャンマーに居住している家族との間で,1か月に1回程度の頻度で電 認識し,原告の家族に係る家族表にその旨記載していた(乙A1〔添付2〕,A18〔6頁〕,A25)。 d 原告は,本件不認定処分当時,ミャンマーに居住している家族との間で,1か月に1回程度の頻度で電話による連絡を取り合っていたほか,約2か月ごとに各回3万円,総額約500万円を送金していた(乙A18〔8頁〕,乙A22〔8頁〕)。 (3) 原告の難民該当性についての検討ア原告は,宗教的少数派であり少数民族であるバルーア族に属していることを理由にミャンマー政府から国籍を付与されない上,移動の自由,学問の自由,職業選択の自由といった基本的な人権をはく奪されている旨主張する。 しかしながら,前記認定事実ア(ア),(イ)のとおり,人口の98%を仏教徒が占め,上座部仏教が信仰されているミャンマーにおいて,同じく上座部仏教を信仰しているバルーア族が宗教的少数派に属するものとはにわかに認め難い。 また,ミャンマー国籍の付与については,前記認定事実ア(ウ)のとおり,①正規の国民,②準国民,③帰化国民の3種類が規定されているところ,その法定の要件によれば,正規の国民となるのは1823年より前から継続してミャンマーに居住している土着の者に限られている。しかるに,原告の祖先が同年より前から継続してミャンマーに居住していたことをうかがわせる証拠はなく,むしろ,原告自身,原告の父方及び母方の祖父母はバングラデシュのチッタゴン方面から争いを逃れるためにミャンマーに移住したものであり,その時期も,原告の父が生まれた1939年(昭和14年)より前か,原告の両親の出生後であると認識していること(甲11〔4頁〕,乙A18〔10頁〕)に照らすと,原告は,正規の国民とされるための法定の要件を満たしていない可能性が高いとい える。また,前 ,原告の両親の出生後であると認識していること(甲11〔4頁〕,乙A18〔10頁〕)に照らすと,原告は,正規の国民とされるための法定の要件を満たしていない可能性が高いとい える。また,前記認定事実イ(ウ)a,bのとおり,原告と同じ両親から生まれた原告の長姉については,遅くとも2004年(平成16年)5月2日までに,準国民としてミャンマー国籍が与えられている。これらに照らせば,ミャンマー政府がバルーア族に属することを理由に国籍の付与を拒否するものとは認め難く,したがって,原告についても,バルーア族に属することを理由として,国籍に関し不利益な取扱いを受けていると認めることはできない。 次に,原告が主張する移動の自由,学問の自由及び職業選択の自由の制限の有無についてみるに,原告自身が,ミャンマー国籍を有しない者について,バルーア族であるか否かにかかわらず等しく移動の自由や職業選択の自由を制限されている旨述べている(原告本人〔9頁〕)ように,ミャンマーにおいてバルーア族であることを理由に移動の自由等が制約されているとは認め難く,仮に原告及びその家族に対し何らかの制約が課されていたとしても,それが同国における外国人管理行政として通常行われる程度を超えてされたと認めるに足りる証拠はないことからすると,原告がバルーア族であることを理由として移動の自由を不当に制限されていると認めることはできない。また,原告の供述によれば,原告及びそのきょうだいらは通称を使用して公立の学校に通っていたと認められるところ(原告本人14頁),通称使用の理由が学校においてバルーア姓の生徒を受け入れなかったことによるものか否かは明らかでなく(他の生徒等から差別視されることを避けるため自ら通称を使用していた可能性も否定できない。),また,そもそも,本名を使用して いてバルーア姓の生徒を受け入れなかったことによるものか否かは明らかでなく(他の生徒等から差別視されることを避けるため自ら通称を使用していた可能性も否定できない。),また,そもそも,本名を使用して通学することができなかったことをもって,直ちに,迫害(通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす攻撃ないし圧迫であって,生命又は身体の自由の侵害又は抑圧)の恐怖を抱くような客観的事情があるということもできない。そして,原告の父が本屋を経営し,原告の長姉が麺類の露天 商を営んでいたことについては,ミャンマー政府からも把握されていたものであるところ,原告の父及び長姉がこれらの職業を営んでいたことにつき同政府から不利益な取扱いを受けたことをうかがわせる事情は存しないから,バルーア族であることを理由に就労の機会が不当に奪われていると認めることはできず,この点においても,原告が迫害の恐怖を抱くような客観的事情があるとはいえない。 したがって,原告がバルーア族であることを理由としてミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあると認めることはできず,原告の上記主張は採用することができない。 イ原告は,原告及びその父が政治活動に参加したことを理由にミャンマー政府から迫害を受けるおそれがある旨主張する。 しかしながら,そもそも,本件不認定処分がされた平成23年3月31日当時は,ミャンマーにおいて総選挙の結果を受けた新政権が発足し,民政移管が実現した直後であり(前記認定事実ア(ソ)),その後同政権により政治犯についての大規模な恩赦が実施されていること(前記認定事実ア(タ))にも照らすと,スーチーないしNLDを支持して政治活動に参加していたことを理由に政府から迫害を受けるおそれは,軍事政権下と比べて減少していたということができる。 いること(前記認定事実ア(タ))にも照らすと,スーチーないしNLDを支持して政治活動に参加していたことを理由に政府から迫害を受けるおそれは,軍事政権下と比べて減少していたということができる。 また,仮にそのようにいうことができないとしても,次のような原告及びその父の政治活動への参加状況等に照らせば,これらの参加を理由として原告がミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあったと認めることはできない。その詳細は以下に述べるとおりである。 (ア) 原告の供述によれば,1988年(昭和63年)8月に大規模な民主化運動が起きた際,当時14歳であった原告は,学生組織が主催するデモ行進に5日間参加し,その後,父とともに地区評議会事務所に呼び出されたが,その呼出しにおいては,外国人登録証を持ってミャンマー に暮らしている以上,特に政治活動に関わるようなことをしてはならない旨の注意を受けるにとどまったものであり,それ以上に,上記デモ行進への参加を理由に逮捕されるなどしたことはなかったとされている(乙A18〔29~31頁〕)。 (イ) また,原告の供述によれば,原告の父は,1988年(昭和63年)の民主化運動の際,スーチーに関する雑誌記事ないし自伝書の経歴部分を複写して頒布した行為により禁錮刑を受け,原告も,父が受刑したことを理由に事実上の退学処分を受けたとされる(甲11〔2頁〕,乙A18〔31及び32頁〕,原告本人〔5頁〕)が,父による上記行為を理由として原告が逮捕されるなどした事実は認められない(乙A18〔33頁〕)。 (ウ) 原告は,1996年(平成8年)ころ,スーチーの演説を録音したテープを頒布した行為を理由として,警察に逮捕され,数か月にわたって身柄を拘束されたとも供述する(甲11〔3頁〕,原 。 (ウ) 原告は,1996年(平成8年)ころ,スーチーの演説を録音したテープを頒布した行為を理由として,警察に逮捕され,数か月にわたって身柄を拘束されたとも供述する(甲11〔3頁〕,原告本人〔4頁〕)。しかしながら,原告は,難民認定申請手続及び異議申立手続においては,上記逮捕の理由として,無許可で米ドルの両替業を営んだことのみを挙げており(乙A18〔17,33及び34頁〕,乙A22〔9頁〕),上記テープの頒布行為については,家宅捜索を受けたもののそれ以上の追及を受けることはなかった旨述べていた(乙A18〔36及び37頁〕)にもかかわらず,本件訴えの提起後,上記テープの頒布行為も逮捕の理由の一つである旨供述するに至った(甲11〔3頁〕,原告本人〔12頁〕)ものであり,その供述の変遷に合理的な理由は見当たらないから,原告が上記テープの頒布行為を理由として逮捕,拘束された旨の上記供述は採用し難い。そして,原告が逮捕された当時のミャンマーにおいて,無許可で米ドルの両替業を営むことは,ミャンマー国籍の有無を問わず,一般に認められていなかった(乙A22〔9頁〕, 原告本人〔12頁〕)というのであるから,原告が無許可で両替業を営んだことを理由に逮捕されたことは,同国における正当な警察権の行使によるものといえ,このことをもって迫害のおそれを基礎づける事情があるということはできない。 また,原告は,1996年(平成8年)に行われた大規模な民主化運動に参加したこと(前記(ア))に加え,同年,シュエダゴン・パゴダという寺院で行われた大規模なデモにも参加して警察から銃撃を受け,逮捕される寸前となったとも供述する。しかしながら,原告は,上記寺院におけるデモに参加した事実について,難民認定申請手続及び異議申立手続において 行われた大規模なデモにも参加して警察から銃撃を受け,逮捕される寸前となったとも供述する。しかしながら,原告は,上記寺院におけるデモに参加した事実について,難民認定申請手続及び異議申立手続においては一切述べておらず,本件訴えの提起後,初めて供述するに至ったものであって(乙A16,18,22,甲11〔3頁〕,原告本人〔4頁〕),その供述の変遷に合理的な理由は見当たらないから,原告が上記デモ等に参加した旨の上記供述は採用することができない。 (エ) さらに,原告は,本邦における活動として,在東京ミャンマー大使館前で行われたデモに参加したほか,ミャンマー軍政を批判する記事を掲載している「Z2」を発行するグループにも加入している旨供述する。しかしながら,その供述によっても,原告は,平成19年8月ころから平成22年3月30日までの間に5回ないし6回,あくまで一参加者としてデモに参加したにすぎない(乙A25〔39頁〕)のであって,ミャンマー政府が,本邦で実施されたこのようなデモへの個々人の参加についても逐一把握し注視しているとは考え難い。また,「Z2」を発行するグループへの加入についても,①同ジャーナルはミャンマーの民主化と難民問題について日本国民の理解を得ることを目的として作成されていた無料配布紙であって,その配布先も日本の大学やNGO等の事務所,飲食店などであり(前記認定事実イ(イ)d),ミャンマー政府から特に注視される性質のものとはいい難いこと,②原告は本件難民認定 申請の際に同グループに加入したものであって,その加入に政治活動への強い動機があったとはうかがわれず,また,その活動への関与も積極的なものではなかったことに照らせば,原告が同グループに加入していることが迫害のおそれを基礎づける事情に当たるとはいい難い。 ウ い動機があったとはうかがわれず,また,その活動への関与も積極的なものではなかったことに照らせば,原告が同グループに加入していることが迫害のおそれを基礎づける事情に当たるとはいい難い。 ウそして,本件難民認定申請に至るまでの経緯についてみても,原告は,1993年(平成5年)8月ころ以降,タイに出国するなどしていながらタイ政府に対して自身の保護を求めることはせず(前記認定事実イ(ア)b,c),また,平成9年8月22日に本邦に不法入国した後も,不法就労を続ける一方,本件難民認定申請をした平成21年4月2日まで,11年以上の長期にわたって難民認定申請をしなかったものである(同イ(イ))。このような事実経過に加え,そもそも原告が本邦に上陸した経緯は,その当時原告が乗船していた貨物船において上司と険悪な仲となり,過去に本邦に寄港した経験から本邦であれば働きながら暮らしていけると考えたため,貨物船が本邦に寄港するのを待って同船から逃亡したというものであって(同イ(イ)a),本邦の政府に庇護を求めて上陸したものではないことにも鑑みると,原告自身,ミャンマーに帰国した場合にミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあると考えていたとは認め難い。 エ以上によれば,原告は,バルーア族でありミャンマー国籍を有していないことや,ミャンマー又は本邦において原告又はその父が政治活動を行ったことによりミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあるとはいえず,かえって,本邦への上陸及び本件難民認定申請に至るまでの経緯に照らせば,原告自身も迫害を受けるおそれがあると考えていたとは認め難いから,迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するものとはいえず,入管法2条3号の2所定の「難民」に該当しないものというべきである。 オなお,原告 ていたとは認め難いから,迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するものとはいえず,入管法2条3号の2所定の「難民」に該当しないものというべきである。 オなお,原告は,本件異議申立て棄却決定の理由の附記には手続上の瑕疵があるなどとも主張するが,仮に本件異議申立て棄却決定に理由附記の違法があったとしても原処分である本件不認定処分が直ちに違法になるわけではないから,原告の主張はその前提を欠き,採用することができない。 (4) 以上によれば,本件不認定処分は適法である。 2 争点(2)(本件在特不許可処分の無効事由の有無)について(1) 国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを,当該国家が自由に決定することができるものとされており,憲法上,外国人は,本邦に入国する自由を保障されているものでないことはもとより,本邦に在留する権利ないし引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているものでもなく,入管法に基づく外国人在留制度の枠内においてのみ本邦に在留し得る地位を認められているものと解すべきである(最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁,最高裁昭和29年(あ)第3594号同32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁参照)。 そして,入管法61条の2の2第2項は,法務大臣が「在留を特別に許可すべき事情がある」と認めるときに在留特別許可をすることができる旨規定するだけであって,文言上その要件を具体的に限定するものはなく,入管法上その判断を羈束するような規定も存せず,このような在留特別許可の対象となる在留資格未取得外国人 特別許可をすることができる旨規定するだけであって,文言上その要件を具体的に限定するものはなく,入管法上その判断を羈束するような規定も存せず,このような在留特別許可の対象となる在留資格未取得外国人は本来的には退去強制の対象となるべき地位にある外国人である上,外国人の出入国管理は,国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持の見地に立って行われるものであって,その性質上,広く情報を収集し,諸般の事情をしんしゃくして,時宜に応じた判断を行うことが必要であるといえる。 以上に鑑みると,難民不認定処分がされた場合において入管法61条の2の2第2項に基づき在留特別許可をするか否かの判断は,法務大臣等の極めて広範な裁量に委ねられており,法務大臣等は,国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持の見地に立って,当該外国人が特別に在留を求める理由の当否のみならず,当該外国人の在留の状況,国内の政治・経済・社会等の諸事情,国際情勢,外交関係,国際礼譲等の諸般の事情を総合的に勘案してその許否を判断する裁量権を与えられているものと解される。したがって,同項に基づき在留特別許可をするか否かについての法務大臣等の判断が違法となるのは,その判断が全く事実の基礎を欠き,又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど,法務大臣等に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した場合に限られるものというべきである(前掲最高裁昭和53年10月4日大法廷判決参照)。 (2) 本件についてこれをみるに,原告は,有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく,入管法34条1号の規定に違反して本邦に入国したものであって,同法24条1号の退去強制事由(不法入国)に該当する。そして,原告は,虚偽 れをみるに,原告は,有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく,入管法34条1号の規定に違反して本邦に入国したものであって,同法24条1号の退去強制事由(不法入国)に該当する。そして,原告は,虚偽名義のミャンマー船員手帳を行使することにより乗員上陸許可を受けて本邦に不法入国したものであるところ,このような手段を用いた不法入国は,我が国の出入国管理秩序を著しく侵害する悪質なものであって,入管法違反の程度において重大であることからすると,このような入国の状況は,在留特別許可の許否の判断に当たり重要な消極要素として考慮されるべきである。 また,原告は,本邦に不法入国するまで,3回ないし4回程度,本邦に寄港して寄港地上陸許可を受けて上陸したほかは,本邦と何らの関わりもなく,本件在特不許可処分までの間も,本邦に不法滞在しながら不法就労していたことからすると,本邦への定着性が高いとはいえず,このような在留の状況 が在留特別許可の許否の判断に当たって消極要素として考慮されることもやむを得ない。 以上に加え,原告は,ミャンマーで生まれ育った稼働能力を有する成人男性であり,本邦に不法入国した後もミャンマーに在住する家族と継続的に連絡を取り合っていたものであり,同国に帰国して生活をすることが困難といえないことにも照らせば,原告に対して在留特別許可を付与しなかった本件在特不許可処分における東京入管局長の判断が,事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど,法務大臣等に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してされたものということはできない。 (3)アこれに対し,原告は,難民条約上の「難民」に該当し,また,ミャンマーに送還されれば拷問ないし非人道的な又は品位を傷つける取扱いが行われるおそ 用してされたものということはできない。 (3)アこれに対し,原告は,難民条約上の「難民」に該当し,また,ミャンマーに送還されれば拷問ないし非人道的な又は品位を傷つける取扱いが行われるおそれがあると信ずるに足りる実質的な根拠があったとして,本件在特不許可処分は難民条約33条1項及び拷問等禁止条約3条1項が定めるノンルフールマン原則に反する違法な処分であると主張する。 しかしながら,前記1において判断したところによれば,本件在特不許可処分当時,原告は難民に該当したとは認められず,また,原告がミャンマーに帰国した場合に,原告に対し,ミャンマー政府によって非人道的な又は品位を傷つける取扱いが行われるおそれがあると信ずるに足りる実質的な根拠があったとも認められないから,原告を同国に送還することがノンルフールマン原則に反するとはいえず,原告の上記主張は採用することができない。 イまた,原告は,障害を抱え歩行が困難な同居人Z3の世話を行っており,同人のためにも,原告の在留に人道上特別の配慮を要する旨主張する。 しかしながら,原告が主張するような同居人Z3の健康状態を認めるに足りる的確な証拠はない上,仮に同居人Z3について看護の必要性がある としても,原告と同居人Z3との関係につき,親族関係あるいは事実上の夫婦関係にあることを認めるに足りる証拠はなく(原告は,同居人Z3について,平成27年5月19日の本件口頭意見陳述では,遠縁である旨供述しているが,平成22年3月30日の難民調査官の調査では,本邦入国後に知り合ってルームシェアをしている相手であり,原告との親族関係や結婚の予定はないと供述していることに照らし,先の供述は信用することができない。),原告にとって同居人Z3は単なる同居人であるというほかないから,同 ムシェアをしている相手であり,原告との親族関係や結婚の予定はないと供述していることに照らし,先の供述は信用することができない。),原告にとって同居人Z3は単なる同居人であるというほかないから,同居人Z3に看護の必要性があることをもって原告の在留の必要性を肯定することはできない(加えて,同居人Z3には娘がおり,原告でなければ同居人Z3を看護することができないなどの事情もうかがわれない。)。したがって,原告の上記主張は採用することができない。 ウそのほか,原告は,本件在特不許可処分が比例原則に違反する旨主張するが,本件在特不許可処分に係る裁量判断の適否について前記(1)及び(2)に説示したところに照らし,採用することができない。 また,原告は,本件在特不許可処分はB規約にも違反する旨主張するが,そもそも,外国人を自国内に受け入れるかどうか,これを受け入れる場合にいかなる条件を付すかは,国際慣習法上,当該国家が自由にこれを決することができると解されるところ,B規約も,上記国際慣習法上の原則を所与の前提としていると解されるのであって,B規約が締約国において保護されるべきものと定める権利ないし利益は,入管法に基づく外国人在留制度の枠内においてのみ保護されるにとどまるものと解される。そして,本件在特不許可処分が,上記制度の下において法務大臣等に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してされたものとは認め難いことについては,前記(1)及び(2)に説示したとおりである。 (4) 以上によれば,本件在特不許可処分は適法である。 3 争点(3)(本件退令処分の無効事由の有無)について (1) 原告は,本件裁決(前提事実(3)ク)の適法性について争っておらず,前記2において説示したところによれば,原告に在留特別許可を付与し (本件退令処分の無効事由の有無)について (1) 原告は,本件裁決(前提事実(3)ク)の適法性について争っておらず,前記2において説示したところによれば,原告に在留特別許可を付与しないでされた本件裁決も適法というべきであるところ,退去強制の手続において,法務大臣等から異議の申出は理由がないとの裁決をした旨の通知を受けた場合,主任審査官は,速やかに退去強制令書を発付しなければならないのであって(入管法49条6項),主任審査官には退去強制令書を発付するか否かにつき裁量の余地はないのであるから,本件裁決が適法である以上,その通知を受けた主任審査官が退去強制令書を発付したこともまた適法である。 (2) ところで,原告は,主任審査官において退去強制令書を発付するに当たり,その記載事項である送還先(入管法51条参照)につき,原告の希望するタイではなくミャンマーと指定したことが違法である旨主張するので,この点につき検討する。 入管法53条は,退去強制を受ける者は,その者の国籍又は市民権の属する国に送還されるものとし(1項),これらの国に送還することができないときは,本人の希望により,本邦に入国する直前に居住していた国や出生地の属する国など2項各号所定の国(ただし,3項に定める国を除く。以下同じ)のうちいずれかに送還されるものとしている(2項)。このように同条2項が「本人の希望により」と定めているのは,国籍国等への送還ができない場合の送還先の選択につき本人の意思を尊重するという趣旨によるものと解されるところ,その規定の文言によれば,同項にいう本人の希望は,送還先の指定の判断において総合考慮される諸般の事情のうちの一つにとどまるものではなく,その指定の判断の基礎となる事情の主たるものとして位置付けられるものと解するのが相当であ 項にいう本人の希望は,送還先の指定の判断において総合考慮される諸般の事情のうちの一つにとどまるものではなく,その指定の判断の基礎となる事情の主たるものとして位置付けられるものと解するのが相当である。したがって,国籍国等への送還ができない場合において,同項各号所定の国のうちいずれを送還先として選択するかに関する本人の希望が明確である限り,退去強制令書の発付における送還先の指定に当たっては,原則として,その希望が十分に尊重されなければ ならない。 もっとも,例えば,本人が送還先に関する希望を明らかにしない場合には,本人の希望に従った送還先の指定はできないこととなるが,主任審査官は,入管法49条1項に基づく異議の申出に理由がない旨の裁決があった旨の通知を受けた以上,同法51条の規定による退去強制令書を発付しなければならない(同法49条6項)のであるから,その発付のために送還先を指定することが不可欠である。このことに鑑みると,入管法53条2項は,送還先に関する本人の希望が必ずしも明らかでない場合に,主任審査官において諸般の事情を勘案し同項各号所定の国のうち最も適当と判断される国を送還先として指定することを許容しているものと解するのが相当であり,その判断を行う主任審査官には裁量権が付与されているものと解される。 そして,本件のように,退去強制手続と並行して難民認定手続が行われており,その手続における難民認定申請の理由が,例えば本邦に入国する直前に居住していた国の政府から迫害を受けるおそれがあるというものである場合には,その申請をした本人は,退去強制手続における送還先の希望として上記の国を選択すると,同国において迫害を受けるおそれがあるという上記の難民認定申請の理由と矛盾することとなるため,仮に真実は送還されるのであれば上記の国 は,退去強制手続における送還先の希望として上記の国を選択すると,同国において迫害を受けるおそれがあるという上記の難民認定申請の理由と矛盾することとなるため,仮に真実は送還されるのであれば上記の国が最も適当であると考えていたとしても,上記の国を送還先として希望する旨表明することが事実上できない状態に置かれているものといえる。そこで,この場合においては,形式的にみれば,本人が送還先の希望として上記の国以外の国への送還を希望する旨表明しているときであっても,本人が置かれている上記のような状態に鑑みると,その表明された希望を尊重すべき基礎が欠けているというほかなく,このような意味において,送還先に関する本人の希望が必ずしも明らかでない場合と同視し得るということができる。そうすると,上記の場合には,主任審査官は,諸般の事情を勘案して最も適当と判断される国を送還先として指定することができると解 するのが相当であり,ここにおいて,本人が形式的に表明した送還先に関する希望は,送還先の指定の判断において考慮されるべき諸般の事情のうちの一つとして位置付けられることとなる。 本件において,原告は,退去強制手続において送還先をタイと希望する旨を形式的に表明しているものの,原告に対して退去強制令書が発付された平成24年3月2日当時は,これと並行して行われた原告の難民認定手続において本件不認定処分に対する本件異議申立ての審理が継続していたものであり,本件難民認定申請の理由として,出生地であり本邦に入国する直前まで居住していた国であるミャンマーの政府から迫害を受けるおそれがあると主張していたのであるから,退去強制手続においてミャンマーを送還先として希望する旨表明することが事実上できない状態に置かれていたといえる。そうすると,本件は,送還先に関する本 を受けるおそれがあると主張していたのであるから,退去強制手続においてミャンマーを送還先として希望する旨表明することが事実上できない状態に置かれていたといえる。そうすると,本件は,送還先に関する本人の希望が必ずしも明らかでない場合と同視することができ,主任審査官が諸般の事情を勘案して最も適当と判断される国を送還先として指定することができる場合に当たるというべきである。そして,原告がミャンマーにおいて生まれ育った者であることや,原告の家族がミャンマーに居住しており,原告の本邦への上陸後も原告と継続的に連絡を取り合っていること,他方,原告はタイには1年余しか滞在したことがなく,その滞在中の活動も安定した就労を行っていたとはいい難いものであったことなどに照らせば,主任審査官がミャンマーを原告の送還先として最も適当であると判断したことは相当であり,その判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということはできない(なお,原告は,事実上送還が不可能な国を送還先として指定することはできない旨主張するが,ミャンマーへの送還が事実上不可能であるとする根拠は必ずしも明らかでない。また,そもそも,送還先として指定した国への送還がその国の協力を得られないことなどにより実施できないことは,退去強制令書の効力を左右するものではなく〔入管法52条5項及び6項参照〕,退去強制令書発付処分の違法 事由となるものではないと解される。)。 以上によれば,送還先の指定に関する違法をいう原告の主張は採用することができず,本件退令処分は適法である。 (3) そのほか,原告は,自らが難民に該当することを前提として,送還先をミャンマーとする本件退令処分は,難民条約33条1項,拷問等禁止条約3条及び入管法53条3項に定めるノンルフールマン原則に反する旨主張するが,原 告は,自らが難民に該当することを前提として,送還先をミャンマーとする本件退令処分は,難民条約33条1項,拷問等禁止条約3条及び入管法53条3項に定めるノンルフールマン原則に反する旨主張するが,原告をミャンマーに送還することがノンルフールマン原則に反するとはいえないことは前記2(3)アで検討したとおりであるから,原告の主張は採用することができない。 第4 結論以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第51部 裁判長裁判官清水知恵子 裁判官和田山 弘 剛 裁判官吉賀朝哉は,転官につき,署名押印することができない。 裁判長裁判官清水知恵子

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