- 1 -平成28年9月14日判決言渡平成23年(行ウ)第149号,平成24年(行ウ)第35号原爆症認定申請却下処分取消等請求事件 主文 1 厚生労働大臣が平成17年12月15日付けで原告Z1に対してした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づく認定申請却下処分のうち,右白内障に係る部分を取り消す。 2 厚生労働大臣が平成23年5月27日付けで原告Z2に対してした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づく認定申請却下処分を取り消す。 3 原告Z3及び原告Z4の請求並びに原告Z1及び原告Z2のその余の請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用は,原告Z1に生じた費用の3分の2と被告に生じた費用の6分の1を同原告の負担とし,原告Z2に生じた費用の3分の2と被告に生じた費用の6分の1を同原告の負担とし,原告Z3に生じた費用の全部と被告に生じた費用の4分の1を同原告の負担とし,原告Z4に生じた費用の全部と被告に生じた費用の4分の1を同原告の負担とし,その余の全費用を被告の負担とする。 事実及び理由 第1章請求第1 平成23年(行ウ)第149号事件 1 主文第1項と同旨 2 被告は,原告Z1に対し,300万円及びこれに対する平成23年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 厚生労働大臣が平成23年1月26日付けで原告Z3に対してした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づく認定申請却下処分を取り消す。 - 2 - 4 被告は,原告Z3に対し,300万円及びこれに対する平成23年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 5 厚生労働大臣が平成23年5月27日付けで原告Z4に対してした原子爆弾被爆者に対する援護に関す 00万円及びこれに対する平成23年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 5 厚生労働大臣が平成23年5月27日付けで原告Z4に対してした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づく認定申請却下処分を取り消す。 6 被告は,原告Z4に対し,300万円及びこれに対する平成23年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 平成24年(行ウ)第35号事件 1 主文第2項と同旨 2 被告は,原告Z2に対し,300万円及びこれに対する平成24年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2章事案の概要等第1 事案の概要本件は,原子爆弾(以下「原爆」ということがある。)が投下された際,当時の広島市内若しくは長崎市内に在り,原子爆弾が投下された時から起算して一定期間内に当時の広島市内若しくは長崎市内に在り,又は原子爆弾が投下された際若しくはその後において身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者として被爆者健康手帳の交付を現に受けている原告らが,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にあるとして,厚生労働大臣に対し,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」という。)11条1項に基づき,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の認定の申請(以下「本件各申請」という。)を行ったのに対し,厚生労働大臣が本件各申請をいずれも却下する旨の処分(以下「本件各却下処分」という。)をしたため,本件各却下処分の取消しを求めるとともに,厚生労働大臣が故意又は過失により違法な本件各却下処分を行ったこと等によって精神的苦痛を被ったと主張して,被告に対し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1 ,本件各却下処分の取消しを求めるとともに,厚生労働大臣が故意又は過失により違法な本件各却下処分を行ったこと等によって精神的苦痛を被ったと主張して,被告に対し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき,各- 3 -300万円及びこれらに対する本件訴状送達日の翌日(原告Z1,原告Z3及び原告Z4については平成23年11月26日,原告Z2については平成24年3月31日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 第2 関係法令の定め 1 被爆者援護法の内容(1) 被爆者援護法の趣旨及び目的ア被爆者援護法は,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(以下「被爆者医療法」という。)及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律を一本化するものとして,平成6年に制定された。また,被爆者援護法の施行に当たり,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行令(以下「被爆者援護法施行令」という。)及び原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則(以下「被爆者援護法施行規則」という。)がそれぞれ制定された。 イ被爆者援護法前文は,以下のとおり,規定している。 「昭和20年8月,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾という比類のない破壊兵器は,幾多の尊い生命を一瞬にして奪ったのみならず,たとい一命をとりとめた被爆者にも,生涯いやすことのできない傷跡と後遺症を残し,不安の中での生活をもたらした。 このような原子爆弾の放射能に起因する健康被害に苦しむ被爆者の健康の保持及び増進並びに福祉を図るため,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律を制定し,医療の給付,医療特別手当等の支給をはじめとする各般の施策を講じてきた。また,我らは,再びこのような惨禍が 原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律を制定し,医療の給付,医療特別手当等の支給をはじめとする各般の施策を講じてきた。また,我らは,再びこのような惨禍が繰り返されることがないようにとの固い決意の下,世界唯一の原子爆弾の被爆国として,核兵器の究極的廃絶と世界の恒久平和の確立を全世界に訴え続けてきた。 ここに,被爆後50年のときを迎えるに当たり,我らは,核兵器の究極的廃絶に向けての決意を新たにし,原子爆弾の惨禍が繰り返されることのないよう,恒久の- 4 -平和を念願するとともに,国の責任において,原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ,あわせて,国として原子爆弾による死没者の尊い犠牲を銘記するため,この法律を制定する。」(2) 被爆者の定義被爆者援護法における「被爆者」とは,次のいずれかに該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいう(被爆者援護法1条,被爆者援護法施行令1条)。 ア原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域(被爆者援護法施行令別表第一に掲げる区域)内に在った者イ原子爆弾が投下された時から起算して,広島市に投下された原子爆弾については昭和20年8月20日までに,長崎市に投下された原子爆弾については同月23日までに,上記アの区域のうちで政令で定める区域(被爆者援護法施行令別表第二に掲げる区域)内に在った者ウ上記ア及びイに掲げる者のほか,原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあっ 区域(被爆者援護法施行令別表第二に掲げる区域)内に在った者ウ上記ア及びイに掲げる者のほか,原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者エ上記アないしウに掲げる者がそれぞれに規定する事由に該当した当時その者の胎児であった者(3) 被爆者健康手帳被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。)の都道府県知事(広島市又は長崎市にあっては,当該市の長(被爆者援護法49条)。以下同じ。)に申請しなければならず(同法2条1項),都道府県知事は,同申請に基づいて審査し,申請者が上記(2)アないしエのいずれかに該当すると認めるときは,その者に被爆者健康手帳を交付するものとす- 5 -る(同条3項)。 (4) 被爆者に対する援護被爆者援護法は,被爆者の健康の保持及び増進並びに福祉の向上を図るため,国が都道府県並びに広島市及び長崎市と連携を図りながら被爆者に対する援護を総合的に実施するものとして(同法6条),健康管理,医療の給付及び手当等の支給等について,次のような定めを置いているところ,同法11条1項に基づいて負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生労働大臣の認定(以下「原爆症認定」という。)を受けた被爆者に対しては,医療の給付及び医療特別手当又は特別手当の支給が定められるなど,特に手厚い援護が図られている。 ア健康管理都道府県知事は,被爆者に対し,毎年,厚生労働省令で定めるところにより,健康診断を行い(被爆者援護法7条),同健康診断の結果必要があると認めるときは,当該健康診断を受けた者に対し,必要な指導を行うものとする(同法9条)。 イ医療の給付厚生労働大臣は,原子爆弾の傷害作 を行い(被爆者援護法7条),同健康診断の結果必要があると認めるときは,当該健康診断を受けた者に対し,必要な指導を行うものとする(同法9条)。 イ医療の給付厚生労働大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者(ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る。)に対し,必要な医療の給付を行う(被爆者援護法10条1項)。 上記の医療の給付の範囲は,①診察,②薬剤又は治療材料の支給,③医学的処置,手術及びその他の治療並びに施術,④居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護,⑤病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護,⑥移送であり(被爆者援護法10条2項),これら医療の給付は,厚生労働大臣が同法12条1項の規定により指定する医療機関に委託して行うものとする(同条3項)。 上記の医療の給付を受けようとする者は,あらかじめ,当該負傷又は疾病が原子- 6 -爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生労働大臣の認定(原爆症認定)を受けなければならない(被爆者援護法11条1項)。 ウ一般疾病医療費の支給厚生労働大臣は,被爆者が,負傷又は疾病(上記イの医療の給付を受けることができる負傷又は疾病,遺伝性疾病,先天性疾病及び厚生労働大臣の定めるその他の負傷又は疾病を除く。)につき,都道府県知事が被爆者援護法19条1項の規定により指定する医療機関から上記イ①ないし⑥に掲げる医療を受け,又は緊急その他やむを得ない理由により上記医療機関以外の者からこれらの医療を受けたときは,その者に対し,当該医療に要した費用の額を限度として,一般疾病医療費を支給する ①ないし⑥に掲げる医療を受け,又は緊急その他やむを得ない理由により上記医療機関以外の者からこれらの医療を受けたときは,その者に対し,当該医療に要した費用の額を限度として,一般疾病医療費を支給することができる(同法18条1項本文)。 エ医療特別手当の支給都道府県知事は,原爆症認定を受けた者であって,当該認定に係る負傷又は疾病の状態にあるものに対し,医療特別手当を支給する(被爆者援護法24条1項)。 上記の者は,医療特別手当の支給を受けようとするときは,上記の要件に該当することについて,都道府県知事の認定を受けなければならない(被爆者援護法24条2項)。医療特別手当は,月を単位として支給するものとし,その額は,1か月につき13万5400円とする(同条3項。なお,上記の額は,後記コの規定により,平成17年以降,ほぼ1年ごとに改定されている。)。医療特別手当の支給は,上記の認定を受けた者が同認定の申請をした日の属する月の翌月から始め,上記の要件に該当しなくなった日の属する月で終わる(同条4項)。 オ特別手当の支給都道府県知事は,原爆症認定を受けた者に対し,その者が医療特別手当の支給を受けている場合を除き,特別手当を支給する(被爆者援護法25条1項)。 上記の者は,特別手当の支給を受けようとするときは,上記の要件に該当することについて,都道府県知事の認定を受けなければならない(被爆者援護法25条2項)。特別手当は,月を単位として支給するものとし,その額は,1か月につき5- 7 -万円とする(同条3項。なお,上記の額は,後記コの規定により,平成17年以降,ほぼ1年ごとに改定されている。)。特別手当の支給は,上記の認定を受けた者が同認定の申請をした日の属する月の翌月から始め,上記の要件に該当しなくなった日の属する月で終 の規定により,平成17年以降,ほぼ1年ごとに改定されている。)。特別手当の支給は,上記の認定を受けた者が同認定の申請をした日の属する月の翌月から始め,上記の要件に該当しなくなった日の属する月で終わる(同条4項)。 カ健康管理手当の支給都道府県知事は,被爆者であって,造血機能障害,肝臓機能障害その他の厚生労働省令で定める障害を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)にかかっているものに対し,その者が医療特別手当,特別手当又は原子爆弾小頭症手当の支給を受けている場合を除き,健康管理手当を支給する(被爆者援護法27条1項。なお,被爆者援護法施行規則51条は,上記の「厚生労働省令で定める障害」として,造血機能障害(1号),肝臓機能障害(2号),細胞増殖機能障害(3号),内分泌腺機能障害(4号),脳血管障害(5号),循環器機能障害(6号),腎臓機能障害(7号),水晶体混濁による視機能障害(8号),呼吸器機能障害(9号),運動器機能障害(10号),潰瘍による消化器機能障害(11号)を規定している。)。 キ保健手当の支給都道府県知事は,被爆者のうち,原子爆弾が投下された際に爆心地から2kmの区域内に在った者又はその当時その者の胎児であった者に対し,これらの者が医療特別手当,特別手当,原子爆弾小頭症手当又は健康管理手当の支給を受けている場合を除き,保健手当を支給する(被爆者援護法28条1項)。 ク介護手当の支給都道府県知事は,被爆者であって,厚生労働省令で定める範囲の精神上又は身体上の障害(原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)により介護を要する状態にあり,かつ,介護を受けているものに対し,その者(その精神上又は身体上の障害が重度の障害として厚生 害(原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)により介護を要する状態にあり,かつ,介護を受けているものに対し,その者(その精神上又は身体上の障害が重度の障害として厚生労働省令で定めるものに該当する者を除く。)が介護者に対し介護に要する費用を支出しないで介護を受- 8 -けている期間を除き,介護手当を支給する(被爆者援護法31条,被爆者援護法施行規則64条)。 ケその他の手当等の支給都道府県知事は,一定の要件を満たす被爆者等に対し,原子爆弾小頭症手当等を支給する(被爆者援護法26条等)。 コ手当額の自動改定医療特別手当,特別手当,原子爆弾小頭症手当,健康管理手当及び保健手当については,総務省において作成する年平均の全国消費者物価指数が平成5年(上記各手当の額の改定の措置が講じられたときは,直近の当該措置が講じられた年の前年)の物価指数を超え,又は下るに至った場合においては,その上昇し,又は低下した比率を基準として,その翌年の4月以降の当該手当の額を改定するものとし,その改定の措置は,政令で定める(被爆者援護法29条,被爆者援護法施行令17条)。 2 被爆者援護法の定める原爆症認定制度の概要(1) 原爆症認定の申請原爆症認定を受けようとする者は,厚生労働省令で定めるところにより,その居住地の都道府県知事を経由して,厚生労働大臣に申請書を提出しなければならない(被爆者援護法施行令8条1項)。 上記申請書は,①被爆者の氏名,性別,生年月日及び居住地並びに被爆者健康手帳の番号,②負傷又は疾病の名称,③被爆時の状況(入市の状況を含む。),④被爆直後の症状及びその後の健康状態の概要,⑤医療の給付を受けようとする指定医療機関の名称及び所在地等を記載した所定の様式の認定申請書によらな 又は疾病の名称,③被爆時の状況(入市の状況を含む。),④被爆直後の症状及びその後の健康状態の概要,⑤医療の給付を受けようとする指定医療機関の名称及び所在地等を記載した所定の様式の認定申請書によらなければならない(被爆者援護法施行規則12条1項)。また,上記申請書には,医師の意見書及び当該負傷又は疾病に係る検査成績を記載した書類を添えなければならず(同条3項),医師の意見書には,①負傷又は疾病の名称,②被爆者健康手帳の番号,③被爆者の氏名及び生年月日,④既往症,⑤現症所見,⑥当該負傷又は疾病に関する原子爆弾の放射線起因性等についての医師の意見及びその理由並びに⑦必要な医療- 9 -の内容及び期間を記載すべきものとされている(同規則様式第六号)。 (2) 審議会等の意見聴取厚生労働大臣は,原爆症認定を行うに当たっては,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因すること又は起因しないことが明らかであるときを除き,審議会等(国家行政組織法8条に規定する機関をいう。)で政令で定めるものの意見を聴かなければならない(被爆者援護法11条2項)。被爆者援護法施行令9条は,上記の審議会等で政令で定めるものを,疾病・障害認定審査会としている。 疾病・障害認定審査会は,厚生労働省に置かれ(厚生労働省組織令132条),委員30人以内で組織される(疾病・障害認定審査会令1条1項)。同審査会には,必要に応じて臨時委員及び専門委員を置くことができ(同条2項,3項),委員,臨時委員及び専門委員は,学識経験のある者等のうちから厚生労働大臣が任命する(同令2条)。同審査会には,被爆者援護法の規定により同審査会の権限に属させられた事項を処理する分科会として,原子爆弾被爆者医療分科会(以下「医療分科会」という。)が置かれ(同令5条1項),医療分科会に属すべき委 同審査会には,被爆者援護法の規定により同審査会の権限に属させられた事項を処理する分科会として,原子爆弾被爆者医療分科会(以下「医療分科会」という。)が置かれ(同令5条1項),医療分科会に属すべき委員,臨時委員及び専門委員は,厚生労働大臣が指名する(同条2項)。 (3) 認定書の交付厚生労働大臣は,原爆症認定の申請書を提出した者につき原爆症認定をしたときは,その者の居住地等の都道府県知事を経由して,認定書を交付するものとする(被爆者援護法施行令8条4項)。 第3 前提事実(掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実等。以下,書証番号は,特記しない限り枝番を含む。) 1 原子爆弾の投下アメリカ合衆国(以下「米国」という。)軍は,昭和20年8月6日午前8時15分,広島市に原子爆弾(以下「広島原爆」という。)を投下し,同月9日午前11時2分,長崎市に原子爆弾(以下「長崎原爆」という。)を投下した。(公知の事実)- 10 - 2 「原爆症認定に関する審査の方針」(以下「旧審査の方針」という。)の策定医療分科会は,平成13年5月25日,以下のような内容の旧審査の方針を策定し,原爆症認定に係る審査は,これに定める方針を目安として行うものとした。(甲全3,乙全イ2,弁論の全趣旨)(1) 原爆放射線起因性の判断ア判断に当たっての基本的な考え方申請に係る負傷又は疾病(以下「疾病等」という。)における原爆放射線起因性の判断に当たっては,原因確率(疾病等の発生が原爆放射線の影響を受けている蓋然性があると考えられる確率)及びしきい値(一定の被曝線量以上の放射線を曝露しなければ疾病等が発生しない値)を目安として,当該申請に係る疾病等の原爆放射線起因性に係る「高度の蓋然性」の有無を判断する。 この場合に れる確率)及びしきい値(一定の被曝線量以上の放射線を曝露しなければ疾病等が発生しない値)を目安として,当該申請に係る疾病等の原爆放射線起因性に係る「高度の蓋然性」の有無を判断する。 この場合にあっては,当該申請に係る疾病等に関する原因確率が,①おおむね50%以上である場合には,当該申請に係る疾病の発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性があることを推定し,②おおむね10%未満である場合には,当該可能性が低いものと推定した上で,当該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案して判断を行う。また,原因確率又はしきい値が設けられていない疾病等に係る審査に当たっては,当該疾病等については原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別に判断する。 イ原因確率原因確率は,白血病,胃がん,大腸がん,甲状腺がん,乳がん,肺がん,肝臓がん,皮膚がん(悪性黒色腫を除く。),卵巣がん,尿路系がん(膀胱がんを含む。),食道がん,その他の悪性新生物及び副甲状腺機能亢進症について,それぞれ,申請者の性別,被曝時年齢及び被曝線量に応じた所定の率とする。 ウしきい値- 11 -放射線白内障のしきい値は,1.75シーベルトとする。 エ原爆放射線の被曝線量申請者の被曝線量は,初期放射線による被曝線量の値に,残留放射線(誘導放射線)による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の値を加えて得た値とする。 そして,①初期放射線による被曝線量は,申請者の被爆地及び爆心地からの距離(2. 5kmまで)の区分に応じた所定の値とし,②残留放射線による被曝線量は,申請者の被爆地,爆心地からの距離(広島原爆については700mまで,長崎原 る被曝線量は,申請者の被爆地及び爆心地からの距離(2. 5kmまで)の区分に応じた所定の値とし,②残留放射線による被曝線量は,申請者の被爆地,爆心地からの距離(広島原爆については700mまで,長崎原爆については600mまで)及び爆発後の経過時間(72時間まで)の区分に応じた所定の値とし,③放射性降下物による放射線の被曝線量は,原爆投下の直後に特定の地域に滞在し,又は,その後,長期間にわたって当該特定の地域に居住していた場合についてそれぞれ所定の値とする。 (2) 要医療性の判断要医療性については,当該疾病等の状況に基づき,個別に判断する。 3 旧審査の方針の見直し(1)「新しい審査の方針」(以下「新審査の方針」という。)の策定に至る経緯ア安倍晋三内閣総理大臣は,平成19年8月5日,原爆症認定の在り方について,「専門家の判断をもとに改めて見直すことを検討させたい」と発言した。(乙全イ4)イ厚生労働省は,上記アの発言を受けて,同省健康局長の下に,医学・放射線学の専門家や法律家を構成員とする原爆症認定の在り方に関する検討会(以下「在り方検討会」という。)を発足させ,在り方検討会は,平成19年12月17日,旧審査の方針の考え方をおおむね是認する内容の「原爆症認定の在り方に関する検討会報告」を取りまとめた。(乙全イ5,6,弁論の全趣旨)ウ当時の政権与党の原爆被爆者対策に関するプロジェクトチームは,平成19年12月19日,がん等の一定の疾病について,「一定区域内(約3.5km前後を目安とする)の被爆者及び一定の入市した被爆者(爆心地付近(約2km以内)- 12 -に約100時間以内に入市した被爆者及び約100時間程度経過後,比較的直ちに約1週間程度滞留したもの)については,格段の反対すべき事由がなければ合理的 爆者(爆心地付近(約2km以内)- 12 -に約100時間以内に入市した被爆者及び約100時間程度経過後,比較的直ちに約1週間程度滞留したもの)については,格段の反対すべき事由がなければ合理的推定により積極的かつ迅速に認定を行うものとする」といった内容の提言を取りまとめた。(乙全イ7)エ厚生労働省は,上記ウの提言を受けて,「新しい審査のイメージ」を作成し,これを医療分科会に示し,医療分科会は,平成20年3月17日,後記(2)の内容の新審査の方針を策定し,原爆症認定に係る審査は,「被爆者援護法の精神に則り,より被爆者救済の立場に立ち,原因確率を改め,被爆の実態に一層即したものとするため」,これに定める方針を目安として行うものとした。(甲全4,乙全イ1の1,8,弁論の全趣旨)(2) 新審査の方針の内容ア放射線起因性の判断(ア) 積極的に認定する範囲①被爆地点が爆心地から約3.5km以内である者,②原爆投下から約100時間以内に爆心地から約2km以内に入市した者又は③原爆投下から約100時間経過後から,原爆投下から約2週間以内の期間に,爆心地から約2km以内の地点に1週間程度以上滞在した者から,放射線起因性が推認される以下の疾病についての申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定する(以下,後記の改定後の新審査の方針及び再改定後の新審査の方針を含め,このような認定方法による認定を「積極認定」といい,積極認定の対象となる疾病を「積極認定対象疾病」という。)。 a 悪性腫瘍(固形がんなど)b 白血病c 副甲状腺機能亢進症d 放射線白内障(加齢性白内障を除く。)e 放射線起因性が認められる心筋梗塞- 13 -この場 。)。 a 悪性腫瘍(固形がんなど)b 白血病c 副甲状腺機能亢進症d 放射線白内障(加齢性白内障を除く。)e 放射線起因性が認められる心筋梗塞- 13 -この場合,認定の判断に当たっては,積極的に認定を行うため,申請者から可能な限り客観的な資料を求めることとするが,客観的な資料がない場合にも,申請書の記載内容の整合性やこれまでの認定例を参考にしつつ判断する。 (イ) それ以外の申請について上記(ア)に該当する場合以外の申請についても,申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を総合的に判断する(以下,このような認定方法による認定を「総合認定」という。)。 イ要医療性の判断要医療性については,当該疾病等の状況に基づき,個別に判断する。 (3) 新審査の方針の改定医療分科会は,平成21年6月22日,新審査の方針を改定し,積極認定対象疾病(上記(2)ア(ア)aないしe)に,「放射線起因性が認められる甲状腺機能低下症」及び「放射線起因性が認められる慢性肝炎・肝硬変」を追加した。(甲全5,乙全イ1の2。以下,この改定された新審査の方針を「改定後の新審査の方針」という。)(4) 新審査の方針の再改定医療分科会は,平成25年12月16日,新審査の方針を以下のとおり再改定した(以下,この再改定された新審査の方針を「再改定後の新審査の方針」という。)。 (乙全イ28)ア放射線起因性の判断放射線起因性の要件該当性の判断は,科学的知見を基本としながら,総合的に実施するものである。特に,被爆者救済及び審査の迅速化の見地から,現在の科学的知見として放射線被曝による健康影響を肯定することのできる範囲に加え,放射線被曝による健康影響が必ずしも明 がら,総合的に実施するものである。特に,被爆者救済及び審査の迅速化の見地から,現在の科学的知見として放射線被曝による健康影響を肯定することのできる範囲に加え,放射線被曝による健康影響が必ずしも明らかでない範囲を含め,次のとおり積極認定の範囲を設定する。 (ア) 積極認定の範囲a 悪性腫瘍(固形がんなど),白血病及び副甲状腺機能亢進症については,①- 14 -被爆地点が爆心地から約3.5km以内である者,②原爆投下から約100時間以内に爆心地から約2km以内に入市した者又は③原爆投下から約100時間経過後から,原爆投下から約2週間以内の期間に,爆心地から約2km以内の地点に1週間程度以上滞在した者のいずれかに該当する者から申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を原則的に認定する。 b 心筋梗塞,甲状腺機能低下症並びに慢性肝炎及び肝硬変については,①被爆地点が爆心地から約2km以内である者又は②原爆投下から翌日までに爆心地から約1km以内に入市した者のいずれかに該当する者から申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定する。 c 放射線白内障(加齢性白内障を除く。)については,被爆地点が爆心地から約1.5km以内である者から申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定する。 これらの場合,認定の判断に当たっては,積極的に認定を行うため,申請者から可能な限り客観的な資料を求めることとするが,客観的な資料がない場合にも,申請書の記載内容の整合性やこれまでの認定例を参考にしつつ判断する。 (イ) それ以外の申請について上記(ア)に該 ら可能な限り客観的な資料を求めることとするが,客観的な資料がない場合にも,申請書の記載内容の整合性やこれまでの認定例を参考にしつつ判断する。 (イ) それ以外の申請について上記(ア)に該当する場合以外の申請についても,申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を総合的に判断する(総合認定)。 イ要医療性の判断要医療性については,当該疾病等の状況に基づき,個別に判断する。 4 本件各却下処分の経緯等(1) 原告Z1についてア身分関係- 15 -原告Z1は,大正13年●月●日生まれの男性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた広島原爆の被爆者である。(乙A1の1)イ原告Z1に対する処分の経緯(ア) 原告Z1は,平成17年5月23日,申請疾病名を「両眼白内障,黄斑変性症」とする原爆症認定申請をした。(乙A1の1・819頁)(イ) これに対し,厚生労働大臣は,平成17年12月15日付けで,上記各申請疾病について,いずれも放射線起因性が認められないことを理由として同申請を却下した(以下,原告Z1に対してされた原爆症認定申請の却下処分を「本件Z1却下処分」という。)。(乙A1の4)(ウ) 原告Z1は,平成18年2月8日,厚生労働大臣に対し,本件Z1却下処分について異議申立てをした。(乙A1の5)(エ) これに対し,厚生労働大臣は,平成23年5月13日付けで,原告Z1がした上記(ウ)の異議申立てを棄却する旨の決定をした。(乙A1の8)ウ本件訴えの提起原告Z1は,平成23年11月1日,本件Z1却下処分の取消しを求める本件訴えを提起した。(顕著な事実)エ訴えの一部(黄斑変性症に係る部分)の取下げ原告Z1は,平成27年 件訴えの提起原告Z1は,平成23年11月1日,本件Z1却下処分の取消しを求める本件訴えを提起した。(顕著な事実)エ訴えの一部(黄斑変性症に係る部分)の取下げ原告Z1は,平成27年4月23日,本件訴えのうち,黄斑変性症に係る部分を取り下げた。(顕著な事実)オ左白内障についての原爆症認定厚生労働大臣は,平成27年10月16日付けで,本件Z1却下処分のうち左白内障に係る部分を取り消した上で,同部分について,原爆症認定をした。(乙A42)カ訴えの一部(左白内障に係る部分)の取下げ原告Z1は,平成27年12月10日,本件訴えのうち,左白内障に係る部分を取り下げた。(顕著な事実)- 16 -(2) 原告Z3についてア身分関係原告Z3は,昭和7年●月●日生まれの女性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた長崎原爆の被爆者である。なお,原告Z3は,原告Z4の姉である。(乙B1の1,弁論の全趣旨)イ原告Z3に対する処分の経緯(ア) 原告Z3は,平成21年8月25日,申請疾病名を「右上葉肺がん,左乳がん」とする原爆症認定申請をした。(乙B1の1・545頁)(イ) これに対し,厚生労働大臣は,平成23年1月26日付けで,上記各申請疾病について,いずれも放射線起因性が認められないことを理由として同申請を却下した(以下,原告Z3に対してされた原爆症認定申請の却下処分を「本件Z3却下処分」という。)。(乙B1の4)(ウ) 原告Z3は,平成23年2月22日,厚生労働大臣に対し,本件Z3却下処分につき異議申立てをした。(乙B1の5)(エ) これに対し,厚生労働大臣は,平成24年3月23日付けで,原告Z3がした上記(ウ)の異議申立てを棄却する旨の決定をした。(乙B1の6)ウ本 分につき異議申立てをした。(乙B1の5)(エ) これに対し,厚生労働大臣は,平成24年3月23日付けで,原告Z3がした上記(ウ)の異議申立てを棄却する旨の決定をした。(乙B1の6)ウ本件訴えの提起原告Z3は,平成23年11月1日,本件訴えを提起した。(顕著な事実)(3) 原告Z4についてア身分関係原告Z4は,昭和11年●月●日生まれの女性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた長崎原爆の被爆者である。なお,原告Z4は,原告Z3の妹である。(乙C1の1,弁論の全趣旨)イ原告Z4に対する処分の経緯(ア) 原告Z4は,平成22年3月23日,申請疾病名を「慢性甲状腺炎」とする原爆症認定申請をした。(乙C1の1・101頁)- 17 -(イ) これに対し,厚生労働大臣は,平成23年5月27日付けで,上記申請疾病について,放射線起因性が認められないことを理由として同申請を却下した(以下,原告Z4に対してされた原爆症認定申請の却下処分を「本件Z4却下処分」という。)。(乙C1の4)(ウ) 原告Z4は,平成23年7月26日,厚生労働大臣に対し,本件Z4却下処分につき異議申立てをした。(乙C1の5・2枚目)(エ) これに対し,厚生労働大臣は,平成24年7月27日付けで,原告Z4がした上記(ウ)の異議申立てを棄却する旨の決定をした。(乙C1の6)ウ本件訴えの提起原告Z4は,平成23年11月1日,本件訴えを提起した。(顕著な事実)(4) 原告Z2についてア身分関係原告Z2は,昭和7年●月●日生まれの男性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた広島原爆の被爆者である。(乙D1の1)イ原告Z2に対する処分の経緯(ア) 原告Z2は,平成22年4月21日,申請疾病名を「心 7年●月●日生まれの男性であり,被爆者健康手帳の交付を受けた広島原爆の被爆者である。(乙D1の1)イ原告Z2に対する処分の経緯(ア) 原告Z2は,平成22年4月21日,申請疾病名を「心筋梗塞・狭心症」とする原爆症認定申請をした。(乙D1の1・407頁)(イ) これに対し,厚生労働大臣は,平成23年5月27日付けで,上記各申請疾病について,いずれも放射線起因性が認められないことを理由として同申請を却下した(以下,原告Z2に対してされた原爆症認定申請の却下処分を「本件Z2却下処分」という。)。(乙D1の6)(ウ) 原告Z2は,平成23年7月29日,厚生労働大臣に対し,本件Z2却下処分につき異議申立てをした。(乙D1の7)(エ) これに対し,厚生労働大臣は,平成25年12月3日付けで,原告Z2がした上記(ウ)の異議申立てを棄却する旨の決定をした。(乙D54)ウ本件訴えの提起- 18 -原告Z2は,平成24年3月22日,本件訴えを提起した。(顕著な事実) 5 放射線の種類及び放射線量の単位(1) 放射線の種類原爆による被曝で問題となる放射線としては,アルファ線(α線),ベータ線(β線),ガンマ線(γ線)及び中性子線が挙げられ,その詳細は,以下のとおりである。(乙全ロ39・1頁,46,47・28,29頁,弁論の全趣旨)アアルファ線2個の陽子(プラスの電荷を帯びた粒子)と2個の中性子から成る粒子線である。 ラジウム,プルトニウム,ウラン,ラドンなどの特定の放射性原子の自然崩壊によって生じる。物質との相互作用が強く,物質通過中に急速にエネルギーを失っていくので,透過力(物質を通過する力)は極めて小さい。空気中では数センチメートル程度しか飛ばず,薄い紙1枚で完全に止めることができる。 。物質との相互作用が強く,物質通過中に急速にエネルギーを失っていくので,透過力(物質を通過する力)は極めて小さい。空気中では数センチメートル程度しか飛ばず,薄い紙1枚で完全に止めることができる。 イベータ線陽子や中性子の質量の約2000分の1の質量を持つ高速度の電子(マイナスの電荷を帯びた粒子)から成る粒子線である。トリチウム(水素の同位体),炭素14,リン32,ストロンチウム90などの特定の放射性物質の自然崩壊によって発生する。空気中では数十センチメートルないし数メートルの距離まで届く。 ウガンマ線粒子線であるアルファ線やベータ線と異なり,電磁波であり,質量や電荷を持たないため,物質との相互作用の程度が弱く,物質を通過する際になかなかエネルギーを失わないので,透過力が大きい。コバルト60のガンマ線は人体の深部まで透過することができるので,がんの放射線治療にも広く使用されている。 エ中性子線電荷を持たない中性子粒子から成る粒子線である。中性子粒子はウランやプルトニウム等の核分裂によって発生する。原爆の爆発に至る原子核の連鎖反応を引き起こすのは中性子線であるといわれる。中性子自体は電荷を帯びていないので,細胞- 19 -に損傷を与えることはほとんどないが,中性子が水素の原子核,すなわち,プラスの電荷を帯びた陽子にぶつかると,体内で電離を引き起こすとされる。中性子の質量は大きいが,電荷を持たないため,透過力は大きい。 (2) 放射線量の単位アグレイ(Gy)グレイ(Gy)とは,吸収線量(物質に吸収された放射線のエネルギーの量)の単位であり,物質1キログラム当たり1ジュールのエネルギー吸収があるときの吸収線量が1グレイである。なお,吸収線量の単位としては,かつてはラド(Rad)が用いられており た放射線のエネルギーの量)の単位であり,物質1キログラム当たり1ジュールのエネルギー吸収があるときの吸収線量が1グレイである。なお,吸収線量の単位としては,かつてはラド(Rad)が用いられており,1グレイ(100センチグレイ)は100ラドと等しい。(乙全ロ47,弁論の全趣旨)イシーベルト(Sv)シーベルト(Sv)とは,等価線量(人体が吸収した放射線の影響度)及び実効線量(人体の組織が吸収した放射線の影響度)の単位である。等価線量は,放射線の種類によって人体に対する影響度(リスク)が異なるため,吸収線量値に放射線の種類ごとに定められた係数(放射線荷重係数)を乗じて算出する(放射線荷重係数は,ベータ線及びガンマ線は1,アルファ線は20,中性子線はエネルギーにより5から20までとされている。)。また,実効線量は,等価線量が同じでもその影響の現れ方が人体の組織・臓器によって異なることから,等価線量に個別の人体組織の放射線感受性を表す係数(組織荷重係数)を乗じて算出する。(乙全ロ47,弁論の全趣旨)ウベクレル(Bq)ベクレル(Bq)とは,放射線源に含まれる放射性同位元素の量を表す単位である。1ベクレルは,1秒間に1個の原子が崩壊するときの放射能の強さである。なお,以前はキュリー(Ci)という単位が使われていたが,1キュリーは370億ベクレルに相当する。なお,1キュリーの1兆分の1が,1ピコキュリーである。 (乙全ロ47,弁論の全趣旨)- 20 -エレントゲン(R)レントゲン(R)とは,照射線量(ある場所における空気を電離する能力)の単位であり,1レントゲンは,放射線の照射によって標準状態の空気1立方センチメートル当たり1静電単位(esu)のイオン電荷が発生したときの放射線の総量である(1レントゲンは,お 気を電離する能力)の単位であり,1レントゲンは,放射線の照射によって標準状態の空気1立方センチメートル当たり1静電単位(esu)のイオン電荷が発生したときの放射線の総量である(1レントゲンは,おおむね0.87ラド(センチグレイ)に相当する。)。 (乙全ロ47,弁論の全趣旨) 6 原爆による放射線被曝の態様等(1) 一般に,原爆による被曝として,外部被曝と内部被曝がある。外部被曝には,初期放射線による被曝と残留放射線による被曝があり,残留放射線による被曝には,放射性降下物による被曝と初期放射線の中性子線によって誘導放射化された物質(誘導放射化物質)による被曝があるとされている。内部被曝には,放射性降下物による被曝と初期放射線の中性子線によって誘導放射化された物質(誘導放射化物質)による被曝がある。(甲全38の7,弁論の全趣旨)(2) 初期放射線とは,原子爆弾のウランやプルトニウムが臨界状態に達し,爆弾がさく裂する際に放出される放射線(さく裂直前の爆弾内部で生じた核分裂反応の際に放出される即発放射線と,さく裂後に生じた火球内の核分裂生成物から放出される遅発放射線とに分かれる。)であり,主にガンマ線と中性子線から成る。(甲全38の7,弁論の全趣旨)誘導放射化物質とは,原子爆弾の初期放射線の中性子が建物や土壌等を構成する物質中の特定の元素の原子核と反応を起こすこと(誘導放射化)によって生じた放射性物質をいう。(甲全38の7,弁論の全趣旨)放射性降下物とは,原子爆弾の核分裂によって生成された放射性物質(核分裂生成物)等で地上に降下したものをいう。(甲全38の7)(3) なお,残留放射線による被曝については,後記のとおり,その量及び人体への影響につき,当事者間に争いがある。 7 原爆症認定手続における初期放射線による したものをいう。(甲全38の7)(3) なお,残留放射線による被曝については,後記のとおり,その量及び人体への影響につき,当事者間に争いがある。 7 原爆症認定手続における初期放射線による被曝線量の評価方法- 21 -初期放射線による被曝線量の評価方法に関しては,旧審査の方針の下では,日米合同上級委員会が昭和61年(1986年)に策定した線量評価システムであるDS86(DosimetrySystem 1986)が用いられていたが,新審査の方針の下では,DS86を更新するDS02(DosimetrySystem 2002)に基づく線量推定方式によって行われ,改定後の新審査の方針及び再改定後の新審査の方針においても,基本的にはこれを踏襲している。(乙全イ6・1ないし3頁,乙全ロ3・7頁以下,弁論の全趣旨) 8 疫学調査について原爆傷害調査委員会(AtomicBombCasualtyCommission。以下「ABCC」という。)及びその調査結果を引き継いだ財団法人放射線影響研究所(放影研。以下「放影研」という。)は,疫学調査として,寿命調査(LSS)及び成人健康調査(AHS)を行っている。(甲全1の2・文献20,29,30,甲全110,乙D24,26,弁論の全趣旨)寿命調査(LSS)は,原爆放射線の死亡率への影響を究明するため,昭和25年から行われており,原爆被爆者及び1950年代前半に広島市又は長崎市に在住していたが,原爆投下時には両市内にいなかった者から成る約12万人の固定集団(以下「LSS集団」又は「寿命調査集団」という場合がある。)の死因等の調査の結果を定期的に解析して発表しているものであり,成人健康調査(AHS)は,原爆放射線の健康に及ぼす影響を調査することを目的として,LSS集団のうち約 命調査集団」という場合がある。)の死因等の調査の結果を定期的に解析して発表しているものであり,成人健康調査(AHS)は,原爆放射線の健康に及ぼす影響を調査することを目的として,LSS集団のうち約2万3000人の集団(以下「AHS集団」又は「成人健康調査集団」という場合がある。)についての昭和33年から2年ごとの健康診断により収集されたデータを用いて,各種疾患の有病率や発生率,生理学的及び生化学的検査結果の変動について長期にわたる追跡調査を実施し,解析結果がある程度集計されるごとに公表されているものである。(甲全1の2・文献20,29,30,甲全110,乙D24,26,弁論の全趣旨)第4 争点及び当事者の主張- 22 -本件の争点は,①原爆放射線起因性の判断の在り方(争点1),②被爆者援護法10条1項の「現に医療を要する状態」(要医療性)の意義(争点2),③原告らの原爆症認定要件該当性(争点3),④国賠法上の違法性の有無(争点4)であり,当事者の主張は,以下に要旨を摘示するほかは,別紙「原告らの主張」及び別紙「被告の主張」のとおりである。 1 争点1(原爆放射線起因性の判断の在り方)(原告らの主張の要旨)(1) 放射線起因性の判断方法(総論)被爆者援護法の前文は,同法制定の経緯,同法の趣旨,目的等について宣言しており,原爆放射線起因性の判断も,これに従って行われるべきである。最高裁昭和50年(行ツ)第98号同53年3月30日第一小法廷判決・民集32巻2号435頁も,同法の前身である被爆者医療法について,実質的に国家補償的配慮が制度の根底にあることは否定することができないと判示している。したがって,被爆者が,放射線に影響があることを否定し得ない負傷又は疾病にかかり,医療を要する状態となった場合には,放射線起 補償的配慮が制度の根底にあることは否定することができないと判示している。したがって,被爆者が,放射線に影響があることを否定し得ない負傷又は疾病にかかり,医療を要する状態となった場合には,放射線起因性が肯定され,放射線の影響を否定し得る特段の事情が認められない限り,その負傷又は疾病は原爆放射線の影響を受けたものとして原爆症認定がされるべきである。 また,裁判所が放射線起因性を総合判断の枠組みに基づいて判断するとしても,原爆症認定をめぐる今までの裁判例の到達を踏まえた判断がされることが必要である。 最高裁平成10年(行ツ)第43号同12年7月18日第三小法廷判決・裁判集民事198号529頁(以下「最高裁平成12年判決」という。)は,放射線起因性の解釈について,行政処分の要件として因果関係の存在が必要とされる場合に,その拒否処分の取消訴訟において被処分者がすべき因果関係の立証の程度は特別の定めのない限り通常の民事訴訟における場合と異なるものではないとして「高度の蓋然性」を要すると判示し,この点について原審及び原々審が原爆放射線被曝の特- 23 -殊性に基づいて起因性を判断していたことを改めたが,放射線起因性の判断方法について,「原子爆弾被爆者に関しては,いかなる疾病又は症候についても一応被爆との関係を考え,被爆時の諸状況,特に,被爆距離,被爆場所の状況,被爆後の行動等あるいは被爆直後の急性症状の有無等の健康状態等から,個々の被爆者の被曝線量及びこれによる原子爆弾後障害症の発現の有無等を推定する等して,放射線の影響の有無を総合的に判断する必要がある」という総合判断の枠組みを示した。そして,結論として放射線起因性を認めた原判決を追認し,放射線起因性についての機械的判断を厳に戒めた。 (2) 放射線起因性の具体的な判断方法等 必要がある」という総合判断の枠組みを示した。そして,結論として放射線起因性を認めた原判決を追認し,放射線起因性についての機械的判断を厳に戒めた。 (2) 放射線起因性の具体的な判断方法等ア放射線被曝の態様等原爆の爆発した瞬間に放出されて地上に到達した初期放射線であるガンマ線と中性子線は,その届く範囲にいた者(直爆被爆者)に放射線被曝をさせた。また,放射性降雨や放射性微粒子は,初期放射線が届かない場所にいた者や入市被爆者に対し,人体の外部から放射線被曝をさせたのみならず,皮膚や髪,衣服に付着し,呼吸や飲食,あるいは傷口を通じて体内に入り,体内から継続的に放射線を浴びせ続ける内部被曝をさせたと考えられる。特に,内部被曝については,微量な放射性物質であっても,その影響は重大である。したがって,放射線起因性の判断においては,初期放射線による被曝のみならず,放射性降雨や放射性微粒子による外部被曝及び内部被曝についても十分に考慮する必要があるというべきである。 イ急性症状の存在について放射線による急性症状とは,被曝当日に生じる吐き気,おう吐,めまいなどや,1ないし2週間後から生じる脱毛,紫斑,白血球減少などの症状をいう。これらは,放射線により人体の多数の細胞が死滅するために起こる症状である。発症する被曝線量に個人差はあるが,一定の被曝線量を超えると必ず発症するもので,放射線による急性症状の発症にはしきい値が存在し,被曝線量が増大すると急性症状の重篤度が増大し,ついには死亡する。 - 24 -爆心地から初期放射線が届かないと考えられる爆心地から2000m以上離れた場所で被爆した者について,放射線の影響とみられる脱毛,紫斑,下痢等の急性症状が現れたという多くの調査結果があり,これらは,放射性降雨や放射性微粒子による外 考えられる爆心地から2000m以上離れた場所で被爆した者について,放射線の影響とみられる脱毛,紫斑,下痢等の急性症状が現れたという多くの調査結果があり,これらは,放射性降雨や放射性微粒子による外部被曝及び内部被曝があったことを裏付けるものである。 ウ被曝放射線量の物理学的測定の限界被告が初期放射線による被曝線量の測定に使用しているDS86及びDS02は,爆心地からの距離が1000mを超えると放射線量は過小評価になるという点で限界がある。そして,DS86及びDS02は,専ら原爆による初期放射線に外部被曝したことによる被曝線量を物理学的に評価するものであって,核爆発に伴って生成された放射性物質から発生する二次的放射線である残留放射線に外部被曝及び内部被曝をしたことによる被曝線量を評価するものではない。しかし,上記イのとおり,爆心地から初期放射線が届かないと考えられる爆心地から2000m以上離れた場所でも,脱毛,紫斑,下痢等の放射線による急性症状の発症が認められる者の事例が多数報告されているため,放射線起因性を検討する際には,初期放射線のみを検討の対象とするだけでは足りないというべきである。 エ内部被曝は生物学的影響によって評価すべきこと名古屋大学名誉教授Z5は,急性症状の発症率と被曝線量の関係が分かれば,急性症状の発症率から被曝線量を求めることができると考え,脱毛,紫斑,下痢の発症の調査資料から,爆心地からの距離と生物学的影響の関係について検討した。Z5は,脱毛,紫斑,下痢といった異なる急性症状の発症率の分析の結果,広島原爆と長崎原爆の両方で共通して,爆心地から遠距離で被爆した者や初期放射線に被曝していない入市被爆者にも急性症状が発症しており,残留放射線による相当な線量の被曝を考えなければならないことを示した。また,Z 長崎原爆の両方で共通して,爆心地から遠距離で被爆した者や初期放射線に被曝していない入市被爆者にも急性症状が発症しており,残留放射線による相当な線量の被曝を考えなければならないことを示した。また,Z5は,染色体異常の頻度からみても,遠距離においても放射線の影響があることが裏付けられることを指摘している。 オ晩発性の影響について- 25 -放射線による晩発性障害とは,放射線によりがん,白血病,甲状腺障害,肝臓障害等が発症することをいう。DNA等の分子が損傷を受けると,損傷が増加したり,異常が起こり,細胞分裂で損傷が継承・拡大するなどによって,被爆後相当の日時を経て,がん等の晩発性放射線障害が発症する。1個の分子の1か所の損傷でもその細胞が死亡しないとがん等の晩発性の障害が起こり得るので,しきい値がなく被曝線量に比例した発症がみられるとするLNT仮説が採用され,症状の重篤度は被曝線量によらないと考えられている。 渡辺智之らによる日本衛生学会の英文誌掲載の論文「広島の初期放射線低線量被爆者は高い発がんリスクを示した」(以下「渡辺智之ら報告」という。甲全89の2)は,広島のLSS集団の被爆者(LSS-H)について,①初期放射線被曝線量が0ないし0.005シーベルトの者を極低線量群,②初期放射線被曝線量が0.005シーベルトないし0.1シーベルトの者を低線量群,③初期放射線被曝線量が0.1シーベルト以上の者を高線量群とする3つの群に分類し,それぞれ広島県民あるいは岡山県民をコントロール群として,各種のがん死亡率を比較したところ,広島のLSS集団(LSS-H)の遠距離被爆者の極低線量群においても,複数のがんの標準化死亡比が有意に1よりかなり大きいことが判明した。Z5は,急性症状発症率から求めた結果と,渡辺智之ら報告が示す広島のLS SS集団(LSS-H)の遠距離被爆者の極低線量群においても,複数のがんの標準化死亡比が有意に1よりかなり大きいことが判明した。Z5は,急性症状発症率から求めた結果と,渡辺智之ら報告が示す広島のLSS集団(LSS-H)の被爆者のがん死亡の広島県民及び岡山県民と比較した相対リスク(一定因子への曝露がみられた集団の疾病発生率と曝露がみられない集団の疾病発生率の比較値をいう。なお,相対リスクから1を控除した値を過剰相対リスクという。以下同じ。)から推定した放射性降下物による被曝影響がほぼ一致すると指摘している。 (被告の主張の要旨)(1) 原爆症認定の要件被爆者援護法10条1項及び11条1項の規定によれば,同項に基づく認定をするには,現に医療を要する負傷又は疾病が原子爆弾の放射線に起因するものであるか,又は上記負傷又は疾病が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであ- 26 -って,その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため上記状態にあること(放射線起因性)を要すると解される。また,本件各却下処分は受益処分の拒否に当たるから,本件各申請の根拠法規の適合性,すなわち放射線起因性及び要医療性の各要件該当性については,原告らがその主張立証責任を負うものというべきである。そして,放射線起因性の要件該当性が認められるためには,通常の民事訴訟における因果関係の立証の程度と同様,特定の原告の原爆放射線被曝という特定の事実が,特定の原告の申請疾病の発症という特定の結果の発生を招来した関係を是認し得る程度の高度の蓋然性を証明することが必要であり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものでなければならない。 (2) 放射線起因性の要件該当性の具体的な判断方法及びその際の留意点ア放射線起因 が必要であり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものでなければならない。 (2) 放射線起因性の要件該当性の具体的な判断方法及びその際の留意点ア放射線起因性の具体的な判断方法放射線起因性の具体的な判断方法として,当該疾病の発症等に至った医学的・病理学的機序を直接証明することを求めるのではなく,①当該被爆者の放射線への被曝の程度(以下「考慮要素①」という。)と,②統計学的・疫学的知見等に基づく申請疾病等と放射線被曝との関連性の有無及び程度(以下「考慮要素②」という。)とを中心的な考慮要素としつつ,③これに当該疾病等の具体的症状やその症状の推移,その他の疾病に係る病歴(既往歴),当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の有無及び程度(以下,これらのうち,申請疾病に係る他の原因(危険因子)の有無及び程度を中心に,その他の事情を併せて「考慮要素③」という。)等を総合的に考慮して,原子爆弾の放射線への被曝の事実が当該申請に係る疾病若しくは負傷又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断するという方法は,基本的には妥当であるが,原爆症認定判断の特殊性に照らして,以下の点に留意する必要があるというべきである。 イ原告ら本人の供述内容の信用性放射線への被曝の程度を判断する前提として,原告らの被爆態様や被爆後の身体症状の有無・内容等を判断するに当たっては,被爆から70年の期間が経過してい- 27 -ること等を踏まえて,原告ら本人の供述内容の信用性について,慎重に検討する必要があるウ放射線被曝の程度の検討の必要性考慮要素②(統計学的・疫学的知見等に基づく申請疾病等と放射線被曝との関連性の有無及び程度)においては,放射線被曝と特定の疾病と 慎重に検討する必要があるウ放射線被曝の程度の検討の必要性考慮要素②(統計学的・疫学的知見等に基づく申請疾病等と放射線被曝との関連性の有無及び程度)においては,放射線被曝と特定の疾病との関連性の有無ないし程度について研究した疫学的知見の分析評価が中心となる。しかし,疫学研究は,疾病の発生原因を集団的に考察したものであり,個々人の疾病の発生原因を特定するために用いることはできないと理解されている。疫学研究の結果から個人の疾病に関していえることは,疫学的知見において線量反応関係(放射線被曝線量が増えるに従って疾病発症リスクが増大するという関係)として示された相対リスク等を基に,これをいわば「ものさし」として用いることで,原爆放射線被曝の程度に応じて当該疾病を発症するリスクの有無ないし程度を推認することができるにとどまるのである。 このような構造を前提とする限り,原爆症認定における放射線起因性の判断に当たっては,放射線被曝の有無を検討するだけでは不十分である。考慮要素①において,放射線への被曝の「程度」が検討されなければならない理由は,ここに求められるべきである。放射線被曝と特定の疾病についての疫学的知見の大部分においては,DS02又はDS86によって推定計算された放射線被曝線量をもって,対象者の被曝線量とした上で,被曝線量と相対リスク等との関連性について調査・研究がされている。そのため,DS02等を用いるか否かはさておき,おおざっぱにでも定量的に放射線被曝線量を算出しなければ,そもそも,疫学的知見を基に,当該放射線被曝の程度から,当該疾病の発症リスク等を推認することは不可能である。 そして,DS02は,平成14年(2002年)に日米合同委員会によって承認された原爆初期放射線に係る線量評価体系であり,現在においても科学的妥当性 当該疾病の発症リスク等を推認することは不可能である。 そして,DS02は,平成14年(2002年)に日米合同委員会によって承認された原爆初期放射線に係る線量評価体系であり,現在においても科学的妥当性を有するものとして,世界的にも支持されているのであって,原爆放射線に関する疫学的知見の大部分はこれを用いている。そのため,DS02を用いた線量評価は一般- 28 -的な妥当性を有しているといえる。残留放射線による被曝線量は,一般的に,広島・長崎の原爆において,初期放射線による被曝線量に比べかなり小さい値であり,DS02における線量評価の誤差の範囲内にとどまるものである。このことは,もはや世界的な共通認識となっており,原告らも当然のように引用する現在の疫学的知見の大部分は,上記のことを前提として調査,研究を行っているものである。 エ被爆者の身体症状の評価について放射線被曝に起因して発症する急性放射線症候群については,国際原子力機関(IAEA)及び世界保健機関(WHO)によって公表されており,既に世界的な共通認識となっている。すなわち,ある程度高線量の被曝をした場合,前駆症状(おう吐等)が出た後,無症状の潜伏期を経て,多様な症状(脱毛,下痢等)が発症し,その後回復に向かうものとされており,前駆期及び発症期における各症状が,被曝線量によって異なることも明らかになっている。以上に対し,被爆者に対する調査の中で,必ずしも上記知見に合致しないと思われる身体症状(脱毛,下痢等)の報告も存在するが,それらの身体症状については,原爆投下後70年が経過した現在においても,それらが原爆放射線に起因して発症したものであると認めるに足りるほどの疫学的知見は存在しない。また,そもそも,原爆の影響としては,放射線のみならず,爆風や熱線による影響も無視できない 在においても,それらが原爆放射線に起因して発症したものであると認めるに足りるほどの疫学的知見は存在しない。また,そもそも,原爆の影響としては,放射線のみならず,爆風や熱線による影響も無視できないし,下痢や脱毛自体は,日常生活においても発症し得るところである。 したがって,仮に,原告らに,被爆後,何らかの身体症状が発症していたと認められたとしても,それが放射線被曝に起因するものか否かについては慎重な判断を要するところであり,そうである以上,上記身体症状が発症したことから,直ちに,当該原告が,健康に影響があり得る程度の線量の放射線に被曝したなどと認めることもできないのである。 オ統計学的・疫学的知見の評価について放射線起因性の判断において,統計学的・疫学的知見を用いるに当たっては,統計学的に有意な関連性が認められたものであるか否か,他にも同様の知見が存在す- 29 -るか等の観点から,その信用性ないし証拠価値について慎重に配慮する必要がある。 特に,不確定な知見を絶対視して,あたかも強固な関連性があるかのように解し,他の考慮要素や知見の内容を軽視することは,科学的知見を誤用するものであって,厳に戒められるべきである。 カ他の原因(危険因子)の検討について放射線起因性の判断において,疫学的知見に基づく放射線被曝と当該疾病との関連性の程度と他原因と当該疾病との関連性の程度(他原因による当該疾病の発症リスク等)を比較考慮することが,特に重要である。疫学的知見からは,当該知見において示された相対リスク等を基に,原爆放射線被曝による当該疾病の発症リスク等を推認し得るにとどまり,疫学的知見において,一定の関連性が認められたとしても,そのことから,直ちに,個々の原告の申請疾病が原爆放射線被曝に起因するものであると認定すること る当該疾病の発症リスク等を推認し得るにとどまり,疫学的知見において,一定の関連性が認められたとしても,そのことから,直ちに,個々の原告の申請疾病が原爆放射線被曝に起因するものであると認定することはできない。すなわち,放射線被曝により疾病の発症リスクが生じたとしても,それは確率的な危険性の程度を表したにとどまり,放射線被曝が当該被爆者に生じた疾病の原因を必ず構成することを意味するものではない。そうである以上,放射線被曝以外の危険因子等による発症リスクと比較して放射線被曝による疾病の発症リスクの程度が相当低い場合には,当該放射線被曝による疾病発症のリスクを医学的に無視し得る場合もある。 なお,このように,因果関係の有無の判断に際して,特定の結果の発生が他の原因によるものであるか否かが問題となる場合,他原因の可能性については,因果関係について主張立証責任を負う原告らが高度の蓋然性をもって否定する必要があり,原告らは,本証として,他原因の不存在を高度の蓋然性をもって立証する必要があるのに対し,被告は,反証として,当該結果の発生が専ら他原因によるのではないかとの疑いを抱かせる程度の立証をすれば足りるものと解されている。 2 争点2(被爆者援護法10条1項の「現に医療を要する状態」(要医療性)の意義)(原告らの主張の要旨)- 30 -被爆者援護法10条1項は,「厚生労働大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う。ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る。」としており,同条2項は,「前項に規定する医療の給付の範囲」として,「医 に起因するものでないときは,その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る。」としており,同条2項は,「前項に規定する医療の給付の範囲」として,「医学的処置,手術及びその他の治療並びに施術」にとどまらず,「診察」,「薬剤又は治療材料の支給」等も挙げているから,要医療性を示す「現に医療を要する状態にある」とは,積極的な治療や施術を必要とする場合だけに限られるものではないことが,法文上から明らかである。実際にも,患者について,今後,何らかの異変が生じる可能性がある場合に,その状況を定期的に確認することは,医療の観点からも重要なものであり,そのような診察が必要な場合には,上記条項に基づき,診察等が給付される必要がある。よって,経過観察等の診察が必要な場合にも,必要な医療としての診察が同条により支給されなければならない。 被爆者援護法11条の認定を受けた被爆者について,当該認定に係る負傷又は疾病の状態にある場合には,同法24条により医療特別手当が支給されることとなっており,そうでない場合には,同法25条により特別手当が支給されることとなっているが,医療特別手当及び特別手当は,同法10条に規定する医療の給付のための同法11条の認定を受けた者に対する付随的な給付といえる。 被爆者援護法の趣旨に照らせば,放射線起因性があると認められる疾病に現に罹患している患者については,よほど特別な事情がない限りは,要医療性が否定される,すなわち,治療の必要性がないなどと判定されるようなことは許されるべきではなく,要医療性がないと判定されるのはごく例外的な場合に限られるというべきである。 (被告の主張の要旨)被爆者援護法10条1項所定の「現に医療を要する状態」とは,被爆者が,原爆- 31 -症認定 療性がないと判定されるのはごく例外的な場合に限られるというべきである。 (被告の主張の要旨)被爆者援護法10条1項所定の「現に医療を要する状態」とは,被爆者が,原爆- 31 -症認定申請時において,申請疾病に対する積極的かつ具体的な「医療」を必要とする状態にあることを意味するものであるが,ここでいう「医療」の内容は,①申請疾病に対する純然たる治療行為を中心に,当該治療目的でこれに付随し,又は直接ないし間接的な治療効果を期待して行われる一連の医療サービスを意味するものであって,②申請疾病の治療として医学的に必要と認められるものであり,かつ,方法として有効適切なものでなければならない。したがって,当該疾病が,原爆症認定申請時点で,医学的にみて有効適切な積極的治療を要する状態にない場合には,「現に医療を要する状態」であったとは認められないこととなる。 要医療性についての以上のような解釈に照らせば,被爆者援護法10条1項は,飽くまで申請疾病に対する積極的かつ具体的な治療を目的とした一連の医療サービスの提供を受ける必要がある状態にある被爆者について,「必要な医療の給付を行う」ことを定めているのであって,単に申請疾病の状態を観察するためだけに行われる診察行為を受けることは,これが積極的かつ具体的な治療を目的とするものといえない限り,「医療を要する状態」と認めることはできない。 以上のように解することは,被爆者援護法が段階的な援護制度を設けていることにも整合する。すなわち,同法は,第3章第3節に「医療」の規定を設けつつも,第2節に「健康管理」の規定を設け,都道府県知事をして被爆者に対し,毎年,健康診断を行うものとし(同法7条),上記健康診断は,一般検査及び精密検査によって行うものとし(被爆者援護法施行規則9条),上記健康診断の結果 理」の規定を設け,都道府県知事をして被爆者に対し,毎年,健康診断を行うものとし(同法7条),上記健康診断は,一般検査及び精密検査によって行うものとし(被爆者援護法施行規則9条),上記健康診断の結果必要があると認めるときは,必要な指導を行うものとしている(同法9条)。このように,治療行為に係る「医療」に関する規定のほかに,その前段階としての健康管理に関する規定が設けられていることからすれば,同法においては,いまだ積極的かつ具体的な治療を要するに至らない疾病については,第2節に規定されている健康診断及び指導により健康管理を行い,放射線に起因する疾病を発症し,これに対する積極的な治療を要する状態に至った者については,第3節に規定されている医療の給付を行うことを想定して,各規定が設けられたものと解するのが相当である。 - 32 - 3 争点3(原告らの原爆症認定要件該当性)(原告らの主張の要旨)(1) 原告Z1についてア被爆状況について(ア) 原告Z1は,昭和20年8月6日,爆心地から1.5kmの地点にあった兵舎内で被爆した。 (イ) 原告Z1は,被爆後,昭和20年8月6日午後2時又は3時頃まで,兵舎において救護活動を行い,救護活動中に夕立のような黒い雨に打たれ,全身がずぶぬれの状態になった。原告Z1は,その後,司令部が攻撃を受けた場合の集合場所として指定されていたω1に向かった。 (ウ) 原告Z1は,昭和20年8月8日からは,命令に従って各部隊・施設間の軍事通信網作成の作業に従事し,同年10月下旬まで,爆心地付近にあった中国軍管区司令部や海に近い陸軍船舶司令部のほか,南方に位置するω2飛行場,三菱造船所,爆心地よりやや西のω3に至るまで,広島市内の焼け跡の中,通信回線を引くため走り回っていた。 イ放射 った中国軍管区司令部や海に近い陸軍船舶司令部のほか,南方に位置するω2飛行場,三菱造船所,爆心地よりやや西のω3に至るまで,広島市内の焼け跡の中,通信回線を引くため走り回っていた。 イ放射線被曝の程度について原告Z1は,被爆後,乾パン等を少し食べただけでおう吐し,吐血するような状態となり,昭和20年8月7日の夕方からは,下痢,食欲不振,倦怠感に襲われた。 下痢は,血ばかりが出るような状況が1週間ほど続いた。また,被爆した二,三日後からは,頭部,陰部及び眉毛の脱毛が始まり,ほとんどの毛が抜けてしまい,まばらに髪が残る程度であった。また,その頃,腕,腿,胸,腹などに紫斑が現れた。 下痢やおう吐は,3週間ほどで治まったが,脱毛や紫斑は,原告Z1が広島を離れる同年10月下旬頃まで続いた。 原告Z1は,爆心地から約1.5kmの地点で被爆したことによる初期放射線による被曝のほか,その後,救護活動等を行い,黒い雨に打たれたこと,被爆直後から発症した急性症状の程度,状態等からすれば,放射性降下物や誘導放射化した物- 33 -質による外部被曝及び内部被曝により,相当程度の高線量の放射線被曝があったというべきである。 ウ被爆後の生活状況・病歴等について原告Z1は,被爆後,視野の中心辺りに霧がかかったような状態となり,除隊後愛知県に帰って織物工場に勤務している際,織物を見る時は大きいレンズを用い,眼の端を使って細かい部分を見るようにしていた。 原告Z1は,昭和59年から両眼白内障の治療を受けており,後極後嚢下に皿状の混濁があり,平成16年2月には,両眼とも,後極後嚢下の皿状混濁に加え,赤道部にくさび状の混濁が出現していた。原告Z1は,平成17年1月20日,左白内障の手術を受け,その後しばらく,術後の診察,治療を受けている。また, 年2月には,両眼とも,後極後嚢下の皿状混濁に加え,赤道部にくさび状の混濁が出現していた。原告Z1は,平成17年1月20日,左白内障の手術を受け,その後しばらく,術後の診察,治療を受けている。また,原告Z1は,右白内障についても,○点眼液(ピレノキシン点眼液と呼ばれる場合もある。)の投与等の治療を続け,平成22年5月27日に手術を受けた。 エ申請疾病(右白内障)の放射線起因性について原告Z1には,前記イのとおり,初期放射線のみならず,放射性降下物や誘導放射化した物質によって外部被曝及び内部被曝をした被曝線量も含め,相当高線量の放射線被曝があったというべきである。また,そもそも,放射線による白内障については,しきい値のない確率的な影響とみるべきである。さらに,原告Z1には,申請疾病についての他の危険因子はない。したがって,原告Z1の申請疾病である右白内障については,放射線起因性が認められる。 オ申請疾病(右白内障)の要医療性について原告Z1は,以前から視野の中心部分に霧がかかったような状態であり,眼の端の方で見るという状況に不便を感じていた。原告Z1の右眼の水晶体の混濁は,3mm大に達しており,水晶体の大きさが,前後径4ないし5mm,赤道径9mmとされていることを考慮すると,軽微なものではなく,本来は手術が必要な状態であった。原告Z1が右眼の手術をすぐに受けなかった理由は,手術に対する恐怖と,手術をした左眼を使うことで生活が可能であったことによるものである。原告Z1- 34 -が左眼の手術を受け,左眼の視力が回復したからといって,右眼の手術の必要性がなくなるわけではない。また,患者が手術に対する恐怖から,できる限り手術を先延ばししたいと考えていたからといって,手術の必要性がなかったことになるものでもない。 原告 って,右眼の手術の必要性がなくなるわけではない。また,患者が手術に対する恐怖から,できる限り手術を先延ばししたいと考えていたからといって,手術の必要性がなかったことになるものでもない。 原告は,右白内障について,○点眼液の投与を受けているところ,○点眼液の投与という治療法は,白内障患者に対して広く行われているのであるから,放射線白内障には効果がないものと断定すべき事情が明らかでない限り,必要な医療と認められるべきである。 仮に,○点眼液が,その作用機序からみて,放射線白内障には効果がなく,加齢性白内障にしか効果がないとしても,○点眼液の投与は,眼の水晶体という,同一部位に対する治療なのであるから,後嚢下混濁により一定程度機能が損なわれている水晶体について,加齢性白内障の進行によってこれ以上機能が損なわれ,手術以外に治療法がなくなるような状態になることを防止するという治療自体,放射線被曝によって機能が損なわれている水晶体への必要な治療として認められるべきである。 (2) 原告Z3についてア被爆状況について原告Z3とその妹である原告Z4(以下「原告Z3ら」という。)は,被爆当時,爆心地から約5.4kmの地点にあった長崎市ω4の自宅で,父Z6及び母Z7らと共に暮らしており,原爆が投下された際,自宅でもの凄い光と爆風にさらされた。 原告Z3らは,母Z7の指示で,縁の下に掘ってあった小さな壕に入った。 光や爆風が収まり,原告Z3は,当時4歳の弟Z8の姿が見えないことに気付いて,壕から出て弟Z8を捜した。原告Z3は,弟Z8を別の壕で見付けた。原告Z3らと母Z7は,自宅から弟Z8のいる壕へ移ることにした。 原告Z3らは,父Z6の帰宅後,同人と共に,いとこであるZ9の安否を確認するため,徒歩で長崎市中心部に向かい,国鉄長崎 で見付けた。原告Z3らと母Z7は,自宅から弟Z8のいる壕へ移ることにした。 原告Z3らは,父Z6の帰宅後,同人と共に,いとこであるZ9の安否を確認するため,徒歩で長崎市中心部に向かい,国鉄長崎駅(以下「長崎駅」という。)を- 35 -過ぎ,長崎市ω5(以下「ω5」という。)周辺まで進み,爆心地から1.5ないし2kmの地点まで入市したが,激しい火災のためこれ以上進むことを断念して自宅に戻った。 イ放射線被曝の程度について原告Z3は,原爆投下直後の爆心地から1.5ないし2kmの地点まで入市している。また,原告Z3は,帰宅後,頭痛や吐き気を訴えていたほか下痢があり,原告Z4と入れ替わりになるような形でトイレに入っており,その症状は,半月程度続いた。以上の事情から,原告Z3は,爆心地付近に行った際に,誘導放射化した物質や放射性降下物にさらされたことが推認され,これらの物質を体内に取り込むことによって内部被曝をした可能性も無視することができない。したがって,原告Z3は,健康に影響を受けるような相当量の放射線に被曝したというべきである。 ウ被爆後の生活状況・病歴等について原告Z3は,被爆後,起きようと思っても起きることができず横になって過ごさざるを得ない状況が続き,しばらくたって起きられるようになってからも,気分が悪くなり又は視野が狭くなるという症状が続き,学校の朝礼の際によく倒れることがあった。 原告Z3は,平成7年1月,右上葉肺がんの診断を受け,同年2月17日に,右上葉切除術を受けた。 また,原告Z3は,平成12年4月,左乳がんの診断を受け,同月14日に,左胸筋温存乳房切除術を受けた。なお,原告Z3の右上葉肺がん及び左乳がんは,いずれも腺組織に由来するがんで,上皮性の悪性腫瘍の一つである腺がんであった。 月,左乳がんの診断を受け,同月14日に,左胸筋温存乳房切除術を受けた。なお,原告Z3の右上葉肺がん及び左乳がんは,いずれも腺組織に由来するがんで,上皮性の悪性腫瘍の一つである腺がんであった。 エ申請疾病(右上葉肺がん及び左乳がん)の放射線起因性について固形がんと放射線被曝の関連性は,様々な医学的知見によって裏付けられており,低線量域における被曝にもリスクが認められることは明らかである。また,原告Z3が罹患した右上葉肺がん及び左乳がんについては,LSS調査においても一貫して放射線被曝との有意な関連性が認められているなど,放射線被曝との関連性が明- 36 -らかな部位のがんである。 原告Z3は,右上葉肺がん手術後,左乳がんを発症しているが,肺がんから乳がんへの転移は極めてまれであるから,多重がんと評価すべきものであって,この点からも放射線被曝との関連性が推定される。 以上によれば,原告Z3の各申請疾病については,放射線起因性が認められる。 オ申請疾病(右上葉肺がん及び左乳がん)の要医療性について原告Z3は,平成7年2月17日,右上葉肺がんについて,右上葉切除術を受け,平成12年4月14日,左乳がんについて,左胸筋温存乳房切除術を受けた。被爆者援護法の趣旨や,放射線の影響がいまだ十分解明されておらず,その治療法についても,十分な研究が進んでいるとはいい難いという状況を踏まえれば,積極的な治療がされていない場合であっても,経過観察を要する状態であれば要医療性を認めることができるというべきである。 一般に,がんについては,早期発見,早期治療が肝要であるとされている。特に,過去に放射線に起因するがんを発症している場合,それ自体再発の危険性が高いことからすれば,定期的に検査を実施し,早期発見を図ることが重要であることは 早期発見,早期治療が肝要であるとされている。特に,過去に放射線に起因するがんを発症している場合,それ自体再発の危険性が高いことからすれば,定期的に検査を実施し,早期発見を図ることが重要であることはいうまでもなく,再発したとしても,早期発見により,がん細胞の転移によって治療が困難となるような事態を未然に防止することができる。したがって,原告Z3が受けている定期検査又は検診自体は,申請疾病である右上葉肺がん及び左乳がんに対する積極的治療ではないとしても,早期発見,早期治療の機会を確保し,再発した場合であっても,疾病の重篤化を防止し,早期回復を図る方法として必要不可欠なものであって,積極的治療行為にも匹敵するというべきものである。 一般的に,乳がんについては,術後10年以上経過してからでも再発の可能性があるとされており,術後27年経過後の再発の例もあるなど,他のがんと比べて再発の危険性が継続する期間は長く,厚生労働省の「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則の一部を改正する省令の施行について(施行通知)」(以下「本件施行通知」という。)においても,「再発の可能性が特に長期にわたる疾病」と- 37 -位置付けられており,術後10年間は要医療性があると認められている。 また,原告Z3の右上葉肺がん及び左乳がんは,多重がんであるから,他の部位にがんが発生する可能性が通常の場合より高いため,がんの再発に特に注意しなければならない。 以上によれば,原告Z3の右上葉肺がん及び左乳がんについては,要医療性が認められる。 (3) 原告Z4についてア被爆状況について原告Z4は,原告Z3及び父Z6と同じ経路で入市したため,その被爆状況は原告Z3と基本的に同一である。 イ放射線被曝の程度について原告Z4は,原爆投下 ついてア被爆状況について原告Z4は,原告Z3及び父Z6と同じ経路で入市したため,その被爆状況は原告Z3と基本的に同一である。 イ放射線被曝の程度について原告Z4は,原爆投下直後の爆心地から1.5ないし2kmの地点まで入市している。また,原告Z4は,被爆当日の夜から下痢,発熱及びおう吐があり,下痢の症状は1週間から10日間ほど続いた。これらの症状は,被爆以前にはなく,被爆直後から生じたものであり,かつ,急性症状として典型的なものである。以上の事情から,原告Z4は,爆心地付近に行った際に,誘導放射化した物質や放射性降下物にさらされたことが推認され,これらの物質を体内に取り込むことによって内部被曝をした可能性を否定することができない。したがって,原告Z4は,健康に影響を受けるような相当量の放射線に被曝したというべきである。 ウ被爆後の生活状況・病歴等について原告Z4は,被爆後,しばらく何もやる気が起きず,座っていても倦怠感があるために,横になって過ごすという状態が続き,成人後も,特に午後になると倦怠感が強く,後方に引き込まれるような感覚やめまいを覚える状態が続いた。 原告Z4は,遅くとも平成6年1月19日までに,橋本病(慢性甲状腺炎と同義である。)の診断を受け,以後,同様の診断を受けている。なお,原告Z4に関してはFT3(甲状腺ホルモンであるトリヨードサイロニン。橋本病では,体内で自- 38 -己抗体によって甲状腺が攻撃されて炎症がおこり,その結果,甲状腺ホルモンの分泌が低下し,FT3は低値となる。)の減少が認められるにもかかわらず,甲状腺機能低下症との診断にはなっていないのは,TSH(甲状腺刺激ホルモン)の値に大きな上昇がみられず,投薬をせず経過を観察するという判断がされたためと思われる。 また められるにもかかわらず,甲状腺機能低下症との診断にはなっていないのは,TSH(甲状腺刺激ホルモン)の値に大きな上昇がみられず,投薬をせず経過を観察するという判断がされたためと思われる。 また,原告Z4は,エコー検査の結果において,平成23年6月24日,「甲状腺軽度腫大」,平成25年9月2日,「甲状腺腫大」と判断されている。 エ申請疾病(慢性甲状腺炎)の放射線起因性について甲状腺機能低下症の放射線起因性を強く示唆する医学的知見は数多く存在する。 放射線の直接傷害作用による甲状腺機能低下症は,広島原爆,長崎原爆以降も,原水爆実験,原発事故などの際に多くみられており,これまで確定的影響,すなわちしきい値のある障害とみなされてきたが,発症に要する線量レベル,すなわち,しきい線量について根拠のある知見は現在もなお得られていない。一方,原爆被爆者の甲状腺機能低下症の大部分を占めると考えられる自己免疫性甲状腺機能低下症(事実上橋本病と同義)については,ごく低線量から0.7シーベルトをピークとする低い線量域で過剰に発生していることが分かった。ここにみられる線量反応関係は,確定的影響とは明らかに異なるものであり,放射線起因性の判断に当たって,しきい線量をもって論じることは妥当ではない。 慢性甲状腺炎と低線量の放射線被曝との関連性については,「原爆被爆者の甲状腺機能低下症についての意見書」(以下「医師団補充意見書」という。甲全92の1)が挙げている文献によれば,今日における科学的知見として,低線量域(ただし,初期放射線のみを考慮して推測した数値が低線量であることを意味し,放射性降下物及び誘導放射化物質による外部被曝及び内部被曝の影響が軽微であることを意味しない。)においても認められる。 以上によれば,原告Z4の申請疾病については,放射線 線量であることを意味し,放射性降下物及び誘導放射化物質による外部被曝及び内部被曝の影響が軽微であることを意味しない。)においても認められる。 以上によれば,原告Z4の申請疾病については,放射線起因性が認められる。 オ申請疾病(慢性甲状腺炎)の要医療性について- 39 -原告Z4の慢性甲状腺炎(橋本病)については,Z10病院における平成11年1月19日の初診以降,投薬等の特段の治療行為はされていない。しかし,これは,経過観察がされているのであり,原告Z4の慢性甲状腺炎(橋本病)は完治していない。 一般に,投薬治療等だけが医療ではないのであって,起こり得る症状の変化を観察することも重要な医療である。特に,慢性甲状腺炎(橋本病)は基本的に自然治癒することのない疾病であって,一時的に安定していて投薬の必要性がない状態であっても,合併症・続発症として,①甲状腺機能低下症,②甲状腺中毒症・無痛性甲状腺炎,③高齢者については甲状腺リンパ腫を発症するおそれがあるほか,④他の自己免疫疾患に随伴することが多いとされるなど,いずれ悪化し,投薬を含む治療が必要になる可能性が高い疾病なのである。したがって,原告Z4の慢性甲状腺炎については,それが完治しておらず,様々な合併症,続発症のおそれもある以上,継続的に経過観察を行う必要性が高いため,要医療性が認められる。 (4) 原告Z2についてア被爆状況について(ア) 原告Z2は,被爆当時,父であるZ11(以下「父Z11」という。),母であるZ12(以下「母Z12」という。)及び3人の弟(以下「弟ら」という。)と共に,広島市ω6の自宅で生活していた。 (イ) 原告Z2は,広島に原爆が投下された際,近所の猿猴川に停泊していた船で友人らと鬼ごっこをして遊んでいた。船が停泊していた場所 下「弟ら」という。)と共に,広島市ω6の自宅で生活していた。 (イ) 原告Z2は,広島に原爆が投下された際,近所の猿猴川に停泊していた船で友人らと鬼ごっこをして遊んでいた。船が停泊していた場所は,猿猴川の宇品線鉄橋と大正橋の中間くらいの地点であり,原告Z2の被爆地点は,爆心地から約2. 3kmの地点である。 (ウ) 原告Z2は,原子爆弾が爆発した時,ちょうど鬼役の友人から逃げるために船の上から川へ飛び込んでいった瞬間であった。原告Z2は,上半身裸の状態であったため,原子爆弾による熱線で背中全体に大きな火傷を負った。 (エ) 原告Z2は,原爆投下後,友人らと一緒にZ13国民学校に避難した。やが- 40 -て,母Z12及び弟らもZ13国民学校に集まって来たが,父Z11は来なかった。 原告Z2は,周囲の黒煙や熱風がひどくなったため,母Z12及び弟らと共に,Z14国民学校へ移動したが,父Z11が帰ってこなかったため,母Z12と弟らは,父Z11を捜しに行った。父Z11は,爆心地から約500mの距離で被爆し,瀕死の状態であったところを母Z12及び弟らが発見し,Z14国民学校で原告Z2と合流することができた。Z14国民学校においては,けがの治療ができる状態ではなかったため,原告Z2及びその家族は,昭和20年8月7日夕方頃,けがの治療ができる場所を求めて,Z14国民学校からZ15国民学校へ避難した。しかし,父Z11は,同月19日,死亡した。 (オ) 原告Z2は,Z15国民学校に避難するまでは,背中の火傷の治療を受けることができず,大きな水ぶくれができていたが,ピンで水を抜くなどして我慢していた。原告Z2は,Z15国民学校において,背中の火傷に薬を塗るなどの治療を受けた。 イ放射線被曝の程度について原告Z2は,上記ア(イ)のとお できていたが,ピンで水を抜くなどして我慢していた。原告Z2は,Z15国民学校において,背中の火傷に薬を塗るなどの治療を受けた。 イ放射線被曝の程度について原告Z2は,上記ア(イ)のとおり,爆心地から約2.3kmの地点で,上半身裸の状態で被爆した。 原告Z2は,原爆の熱線により,背中に火傷を負ったが,当初,満足な治療を受けることができなかった上,被爆後約2週間は鼻血が頻繁に出たほか,下痢があり,約10日間寝たきりの状態となり,その後も体調が悪い状態が続くなどの急性症状がみられた。原告Z2は,被爆後,広島市内で避難生活を送り,放射性降下物や誘導放射化した物質が存在する環境下に身を置いたことにより,残留放射線にもさらされることとなった。以上の事情から,原告Z2は,健康に影響を受けるような相当量の放射線に被曝したというべきである。 ウ被爆後の生活状況・病歴等について(ア) 原告Z2は,仕事を始めてからも,体調が悪くなることが度々あり,鼻血やめまいのため,仕事を休むこともあったが,経済的な理由から病院で診療を受ける- 41 -ことはほとんどなかった。原告Z2は,平成5年に被爆者健康手帳を取得し,医療費の負担がなくなったため,その頃から,病院に通うことも多くなった。 (イ) 原告Z2は,平成7年,大腸がんの手術をし,その頃には,Z16診療所に通院をして高血圧症について投薬治療を受けていた。 (ウ) 原告Z2は,平成14年3月,Z17病院(現在のZ18医療センター。)で,申請疾病である狭心症,心筋梗塞と診断され,その治療を受けるようになり,平成20年8月11日,Z19病院において冠静脈バイパス手術を受けて3本のバイパス血管を付け,現在も申請疾病について定期的に通院し,投薬治療を受けている。 (エ) 原告Z2は, けるようになり,平成20年8月11日,Z19病院において冠静脈バイパス手術を受けて3本のバイパス血管を付け,現在も申請疾病について定期的に通院し,投薬治療を受けている。 (エ) 原告Z2は,糖尿病に罹患しているが,退職した平成12年以前にその診断を受けたことはなく,診断を受けたのは,心筋梗塞の診断を受けた平成14年3月頃であった。 エ申請疾病(心筋梗塞及び狭心症)の放射線起因性についてABCC及びその調査結果を引き継いだ放影研による大規模かつ長期間の追跡調査によって,放射線量と循環器疾患全体の死亡率及び代表的な動脈硬化性の循環器疾患である心筋梗塞の発症率との有意な関係が疫学的に明らかにされている。また,原爆放射線の被曝によって動脈硬化性の循環器疾患の発症が促進される機序も科学的に解明されつつあるのである。被告自身も,新審査の方針において心筋梗塞を積極認定対象疾病と位置付け,代表的な循環器疾患である心筋梗塞に対する放射線の影響を認めるに至っている。 疫学調査から,原爆放射線の心筋梗塞の発症への影響は,高線量域のみならず低線量域にも及び,しきい値が存在しないと考えることが合理的であることや,喫煙,飲酒等の交絡因子によっても放射線の発症への影響が否定できないことも明らかにされている。 狭心症は,心筋梗塞と同様に,基本的に動脈硬化病変が存在するとされており,その発生機序は,心筋梗塞におけるものと同様である。心筋梗塞と動脈硬化性の狭- 42 -心症の発生機序は全く同じであり,両疾病の違いは血管が閉塞して心筋が壊死してしまうか否か,すなわち症状が可逆的であるか不可逆的であるかの違いしかないのである。したがって,疾病の発生に対する放射線の影響は全く同様に考えられ,放射線起因性に関しては両疾病を区別して考える必要はない。 か,すなわち症状が可逆的であるか不可逆的であるかの違いしかないのである。したがって,疾病の発生に対する放射線の影響は全く同様に考えられ,放射線起因性に関しては両疾病を区別して考える必要はない。 被告は,心筋梗塞や狭心症は,喫煙,飲酒,高脂血症(脂質異常症),高血圧,糖尿病等の生活習慣に起因する代表的な生活習慣病であり,原爆放射線の被曝に関係なく発症し得るものであるとし,原告Z2について,過去に喫煙歴があることや,高血圧,糖尿病,高脂血症,加齢,肥満の危険因子があると主張する。しかし,疫学的調査の結果,喫煙によっては被爆者の心筋梗塞の放射線起因性が消失しないとされているほか,原告Z2は,約27年前に孫の誕生を契機として喫煙をやめており,心筋梗塞及び狭心症の発症時には,喫煙の影響は消滅しているというべきであること,血圧及び血糖値は,良好にコントロールされた状態であったこと,原告Z2が平成14年に狭心症・陳旧性心筋梗塞により入院した当時,総コレステロール値は基準値の範囲内であったことなどから,上記危険因子の存在によって,原告Z2の申請疾病の放射線起因性を否定することはできない。 以上によれば,原告Z2の申請疾病については,放射線起因性が認められる。 オ申請疾病(心筋梗塞及び狭心症)の要医療性について原告Z2は,現在も申請疾病について定期的に通院し,投薬治療を受けているから,要医療性が明らかに認められる。 (被告の主張の要旨)(1) 原告Z1についてア申請疾病(右白内障)の放射線起因性について被告は,原告Z1の申請疾病である右白内障について,その放射線起因性を争わない。 イ申請疾病(右白内障)の要医療性について白内障に対する治療は,手術以外ないとされている。その手術至適時期は,視力- 43 - 病である右白内障について,その放射線起因性を争わない。 イ申請疾病(右白内障)の要医療性について白内障に対する治療は,手術以外ないとされている。その手術至適時期は,視力- 43 -低下の程度や水晶体の混濁の程度だけで決まるものではなく,患者自身が白内障のために日常生活が不自由になった時点が手術時期になるものとされているが,矯正視力が0.3以下をおよその目安とするともされている。 また,現在のところ,白内障の薬物療法に関して,十分な科学的根拠を持つ薬物はなく,○点眼液は,初期老人性白内障については,効能・効果が認められるとされているが,その有効性が明確でないことの十分なインフォームドコンセントを得た上で投与することが望ましいとされており,放射線白内障については,効能,効果があるとはされていない。 原告Z1の右眼については,Z20眼科医院のZ21医師の意見書によれば,昭和63年11月21日の時点における視力は0.04であり,矯正視力は1.0弱であったが,その後15年以上経過した平成17年5月17日時点においても矯正視力は0.9を維持していた。上記のとおり,白内障の手術適応の目安は矯正視力0.3以下とされているところ,原告Z1の右眼は同矯正視力を大きく上回るものであるから,原爆症認定申請当時,いまだ手術を要する状態にあったということはできない。原告Z1は,原爆症認定申請から更に5年を経過した平成22年5月27日に右眼の白内障について人工レンズ挿入手術を受けているようであるが,このことは,平成17年にされた原告Z1の原爆症認定申請に対する要医療性の判断に影響を与えるものではない。 原告Z1が,右白内障について,○点眼液の投与を受けていたとしても,積極的かつ具体的な治療を伴わない診察を受けることは,被爆者援護法10条1項 に対する要医療性の判断に影響を与えるものではない。 原告Z1が,右白内障について,○点眼液の投与を受けていたとしても,積極的かつ具体的な治療を伴わない診察を受けることは,被爆者援護法10条1項の「医療」に当たるということはできないし,医学的にみて申請疾病に対する必要な治療ではなく,又は有効適切な治療でない場合についても,要医療性を認めることはできないところ,○点眼液は,初期老人性白内障について効果が認められるにとどまり,薬理作用の点からみて,放射線白内障に有効であるとは認められない。また,○点眼液については,健康保険法の規定に基づく「使用薬剤の薬価(薬価基準)」(平成20年厚生労働省告示第60号。以下「薬価基準告示」という。)により薬- 44 -価基準が規定され,その添付文書において,その効能及び効果に関しては初期老人性白内障に限定されており,放射線白内障の治療を目的として○点眼液を使用することは,保険診療の観点から,医学的妥当性が認められていない。 (2) 原告Z3についてア被爆状況について(ア) 原告Z3は,昭和20年8月9日に原爆が長崎市に投下された当時,原告Z4と共に爆心地から約5.4km地点にある長崎市ω4の自宅内にいた。そして,下記(イ)ないし(エ)で指摘する点から,原告Z3らが父Z6と共に原爆投下直後に爆心地付近に入市した事実は認められないというべきである。 (イ) 原告Z3の被爆者健康手帳交付申請書(以下「原告Z3被爆者健康手帳交付申請書」という。乙C1の1・134頁)の「居所証明書」の「中心地から二K以内の地域に,投下後二週間以内にはいりこんだ時と場所とその理由」欄には何も記載されておらず,入市被曝に関する記載は一切ない。そして,この点について,原告Z3は,合理的説明をしていない。 (ウ 以内の地域に,投下後二週間以内にはいりこんだ時と場所とその理由」欄には何も記載されておらず,入市被曝に関する記載は一切ない。そして,この点について,原告Z3は,合理的説明をしていない。 (ウ) 原告Z3が原爆投下直後に行ったとされる地域は,激しい火災が発生しており,原告Z3らとZ9との間に交流があったとしても,父Z6が,上記のような危険な地域に,Z9の捜索という目的からは足手まといとなる原告Z3ら幼い子2人を連れて足を踏み入れたとは到底考え難い。 (エ) 原告Z3らの入市状況について述べた原告Z4の本人尋問の結果は,具体性及び客観的裏付けを欠いている。 イ放射線被曝の程度について(ア) 原告Z3は,爆心地から5km以遠で直接被爆をしたものであるところ,爆心地から3.5km地点で直接被爆をした場合のDS02に基づく推定被曝線量は0.8ミリグレイであるから,爆心地から5km以遠で直接被爆をした場合の推定被曝線量は,これを更に下回る線量となる。また,残留放射線による被曝線量は,一般的に,広島・長崎の原爆において,初期放射線による被曝線量に比べかなり小- 45 -さい値であり,DS02における線量評価の誤差の範囲内にとどまるものである。 以上によれば,原爆放射線の未解明性やDS02における線量評価の誤差等を考慮しても,原告Z3の推定被曝線量は,全体で,1ミリグレイを大幅に下回るものと考えるのが相当である。 (イ) 以下に指摘する点から,原告Z3について,放射線被曝による身体症状が発現したということはできず,高線量の被曝をしたことを推認させる特段の事情があるとはいえないから,上記線量評価を修正する必要があるとはいえない。 原告Z3の原爆被爆者調書票(以下「原告Z3調書票」という。乙C1の1・135頁)には,「原爆による を推認させる特段の事情があるとはいえないから,上記線量評価を修正する必要があるとはいえない。 原告Z3の原爆被爆者調書票(以下「原告Z3調書票」という。乙C1の1・135頁)には,「原爆による急性症状(おゝむね六ヶ月以内)」欄に斜線が引かれ身体症状の記載はなく,その理由について合理的説明がされたとはいえない。原告Z3の平成21年8月6日付け原爆症認定申請書(以下「原告Z3認定申請書」という。)の別紙にも「熱を出し下痢をした」との記載があるにとどまり(乙B1の1・546頁),より具体的な症状の経過やおう吐の有無に係る記載はない。これらのことからすると,実際に,原告Z3が主張するような身体症状が生じたかは疑わしく,新審査の方針に適合する方向に誇張した表現となっている可能性も否定できない。 仮に,原告Z3に,被爆後,何らかの身体症状が発症したと認められる場合にも,原告Z3の主張する身体症状は,放射線被曝に起因する急性症状として世界的に認められている急性放射線症候群の特徴と一致しておらず,むしろ,放射線被曝以外の要因によって発症した可能性が高いというべきである。 ウ被爆後の生活状況・病歴等について原告Z3は,平成7年2月17日,右上葉肺がんについて,右上葉切除術を受け,平成12年4月14日,左乳がんについて,左胸筋温存乳房切除術を受け,上記各手術後,定期的に医師の診察を受けているものの,平成22年9月21日までに,再発や転移は見付かっておらず,術後合併症や後遺症も認められていない。また,同日時点では,化学療法等,特別な治療はされておらず,被爆者健康診断を受けて- 46 -いるにとどまる。 エ申請疾病(右上葉肺がん及び左乳がん)の放射線起因性について0.2グレイを下回る放射線被曝によるがん発生への影響は,疫学的調査・ ず,被爆者健康診断を受けて- 46 -いるにとどまる。 エ申請疾病(右上葉肺がん及び左乳がん)の放射線起因性について0.2グレイを下回る放射線被曝によるがん発生への影響は,疫学的調査・研究において確認できておらず,上記のような低線量の放射線被曝とがんとの関係を認める科学的経験則はないから,がんと放射線被曝との関連性についての統計学的・疫学的知見を低線量被曝が疑われる事例に当てはめるに際しては,実際に,当該がんが放射線被曝によって発症したといえるのかについて,極めて慎重に判断する必要があるというべきである。また,仮に,0.1グレイ程度の放射線被曝につき,がんとの関連性が認められると考えても,その相対リスクの程度は極めて小さいから,当該がんが放射線に起因するものであるか否かは,相当慎重に検討される必要があるのである。 がんは,昭和56年以降,国民の死因の第1位を占める疾患であり,放射線に被曝しているか否かにかかわらず,一般的に発症し得る。そして,女性でおおよそ6人に1人はがんで死亡するとされている。肺がんは,放射線に被曝しているか否かにかかわらず,年間約7万人が同疾病により死亡している一般的な疾病であり,その死亡率及び罹患率は,40歳代後半から増加し始め,高齢になるほど高くなるとされているところ,原告Z3は,62歳のときに肺がんの確定診断を受けており(なお,疑いであれば,60歳),肺がんの好発年齢に合致している。乳がんは,年間約6万人が罹患しており,日本人女性の18人に1人は一生のうちに乳がんに罹患するとされている一般的な疾病であり,その罹患者は,60歳代前半で最も多く,60歳代後半でも依然として多いところ,原告Z3は,67歳のときに乳がんの診断を受けており,上記好発年齢と矛盾しない。また,乳がんについては,出産歴がない り,その罹患者は,60歳代前半で最も多く,60歳代後半でも依然として多いところ,原告Z3は,67歳のときに乳がんの診断を受けており,上記好発年齢と矛盾しない。また,乳がんについては,出産歴がないこと,授乳歴がないこと,家族歴等が危険因子として挙げられているところ,原告Z3には,出産歴,授乳歴がなかった可能性が高いほか,原告Z3の父方のおばが乳がんに罹患しているなど,危険因子が認められる。さらに,多重がんは,放射線被曝があった場合だけにみられる特異的な疾病ではない。 - 47 -以上によれば,原告Z3の各申請疾病は,放射線被曝による相対リスクは認められないか,極めて小さいのに対し,原告Z3には放射線被曝以外の危険因子が明確かつ重畳的に認められており,医学的には,原告Z3の申請疾病が放射線被曝とは無関係に上記危険因子に基づき発症したということでも,優に合理的な説明が可能である。したがって,原告Z3の上記各申請疾病が同人の受けた原爆放射線によって発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。 オ申請疾病(右上葉肺がん及び左乳がん)の要医療性について原告Z3は,平成7年2月17日,右上葉肺がんについて,右上葉切除術を受けているところ,がんの病期はⅠ期で,病期の中では最も進行していない状態であり,一般的にその5年生存率は80.9%とされているなど,その予後も悪くなく,再発や転移の可能性は低かったというべきである。また,原告Z3は,平成12年4月14日,左乳がんについて,左胸筋温存乳房切除術を受けているところ,がんの病期はⅠ期で,病期の中では最も進行していない状態であったのであり,一般的にその5年生存率は95%とされているなど,その予後も悪くなく,再発や転 ついて,左胸筋温存乳房切除術を受けているところ,がんの病期はⅠ期で,病期の中では最も進行していない状態であったのであり,一般的にその5年生存率は95%とされているなど,その予後も悪くなく,再発や転移の可能性は低かったというべきである。そして,実際に,原告Z3が原爆症認定申請をした平成21年8月25日までの間に,既に,右上葉肺がんの手術からは14年以上が,左乳がんの手術からは9年以上が経過しているところ,同日時点までに,がんの再発や転移は見付かっておらず,術後合併症や後遺症も認められていない。このような原告Z3の右上葉肺がん及び左乳がんの病期から考えられる予後,手術後の経過期間及び現実に再発等が認められないこと等の客観的所見に照らせば,上記各疾病は,遅くとも,原告Z3の原爆症認定申請時点において,完治していたか,再発等のリスクがほとんどない状態に達していたものと考えるのが相当である。 また,原告Z3は,上記手術後,平成16年5月29日までは外科医師による定期検査を受けていたものの,特に治療行為は受けておらず,同日の検査で異常がないと言われたこと等を理由に,同年11月15日に予定されていた定期検査を受け- 48 -ていない。そして,その後,外科医師による検査を受けたのは,平成19年11月20日(なお,同日も,被爆者援護法7条に基づいて実施されている被爆者健康診断のために来院した際に,外科医師の診察も受けたにすぎない。)及び同年12月29日だけで,同日の検査の結果においても異常は認められず,「追加検査なし」とされ,その後は,年2回の被爆者健康診断において,健康診断を受け,定期的に肺がん検診や乳がん検診(マンモグラフィ等を含む。)を受けているにすぎない。 この間,原告Z3の右上葉肺がんや左乳がんに関し,積極的な治療がされたとの事実はない 診断において,健康診断を受け,定期的に肺がん検診や乳がん検診(マンモグラフィ等を含む。)を受けているにすぎない。 この間,原告Z3の右上葉肺がんや左乳がんに関し,積極的な治療がされたとの事実はない。このような診療経過からすれば,上記手術後,原告Z3の術後経過を診ていた外科医師のみならず,原告Z3本人においても,同人の右上葉肺がん及び左乳がんは完治したか,再発等のリスクがほとんどない状態に達したものと理解していたと考えられる。 以上を総合考慮すれば,右上葉肺がんについてはもちろん,左乳がんについても,遅くとも原爆症認定申請時点では,既に完治していたか,少なくとも再発等のリスクがほとんどない状態にまで達していたものと考えられるのであって,上記各手術に付随する「医療行為」としての経過観察が必要であるとは考え難く,被爆者健康診断のような一般的な健康診断を受けるだけで足りる状態であったというべきである(実際に,上記時点において,原告Z3は,被爆者健康診断しか受けていなかった。)。したがって,原告Z3の原爆症認定申請時点において,上記各申請疾病が,被爆者援護法10条1項にいう「現に医療を要する状態」にあったということはできない。 (3) 原告Z4についてア被爆状況について原告Z4の被爆状況は,原告Z3と同じであるところ,前記(2)アで主張したとおり,原告Z4が原爆投下直後に爆心地付近に入市した事実は認められない。 イ放射線被曝の程度について原告Z4は,爆心地から5km以遠で直接被爆をしたものと認められ,原告Z3- 49 -と同様,原爆放射線の未解明性やDS02における線量評価の誤差等を考慮しても,原告Z4の推定被曝線量は,全体で,1ミリグレイを大幅に下回るものと考えるのが相当である。 また,以下に指摘する点から と同様,原爆放射線の未解明性やDS02における線量評価の誤差等を考慮しても,原告Z4の推定被曝線量は,全体で,1ミリグレイを大幅に下回るものと考えるのが相当である。 また,以下に指摘する点から,原告Z4において,放射線被曝による身体症状が発現したということはできず,高線量の被曝をしたことを推認させる特段の事情があるとはいえないから,上記線量評価を修正する必要があるとはいえない。 原告Z4の原爆被爆者調書票(以下「原告Z4調書票」という。乙C1の1・125頁)には,「原爆による急性症状(おゝむね六ヶ月以内)」欄に斜線が引かれ身体症状の記載はなく,その理由について合理的説明がされたとはいえない。また,原告Z4の平成21年12月11日付け原爆症認定申請書(以下「原告Z4認定申請書」という。)の別紙には「父と姉は下痢と熱が出,私は吐き気と熱が続いた」と記載があるのに対し,本件訴訟においては,被爆後すぐに下痢やおう吐等の症状が生じ,その後1週間続いた旨主張しており,本人尋問においては,発熱や下痢はあったが,おう吐自体はなかった旨供述するなどの変遷があり,これらの変遷についての合理的説明はされていない。以上によれば,原告Z4が主張するような身体症状が生じたかは疑わしいというべきである。 仮に,原告Z4に,被爆後,何らかの身体症状が発症したと認められる場合であっても,原告Z4の主張する身体症状は,放射線被曝に起因する急性症状として世界的に認められている急性放射線症候群の特徴と一致しておらず,むしろ,放射線被曝以外の要因によって発症した可能性が高いというべきである。 ウ被爆後の生活状況・病歴等について原告Z4は,平成6年1月19日,Z10病院の内科を受診し,橋本病と診断され(当時57歳),その後,定期的に,TSH(甲状腺刺激ホルモン いうべきである。 ウ被爆後の生活状況・病歴等について原告Z4は,平成6年1月19日,Z10病院の内科を受診し,橋本病と診断され(当時57歳),その後,定期的に,TSH(甲状腺刺激ホルモン),FT4(甲状腺ホルモンであるサイロキシン(T4)のうち,遊離型のもの),抗甲状腺抗体等について確認するための血液検査や,甲状腺腫瘤の有無等を確認するための甲状腺エコー検査を受けているが,投薬は受けていなかった。 - 50 -エ申請疾病(慢性甲状腺炎)の放射線起因性について慢性甲状腺炎と放射線被曝との関連性は,統計学的・疫学的知見において認められていない。よって,本来,その余の点について検討するまでもなく,原告Z4の慢性甲状腺炎については,放射線起因性が否定されるべきである。なお,両者に関連性があると仮定しても,放射線被曝による慢性甲状腺炎発症の相対リスクは極めて小さいというべきである。 原告Z4の慢性甲状腺炎は,放射線に被曝していなくとも一般的に発症し得る疾病であり,女性に多く,加齢により増加するところ,原告Z4が女性であることや上記疾病に罹患した時期が57歳頃であることに鑑みれば,上記疾病が,放射線被曝と無関係に生じた可能性は優に認められる。 以上を総合考慮すれば,原告Z4の申請疾病である慢性甲状腺炎は,放射線被曝による相対リスクの増加は認められないか,極めて小さいのに対し,原告Z4には放射線被曝以外の危険因子が明確かつ重畳的に認められており,医学的には原告Z4の申請疾病が放射線被曝とは無関係に危険因子に基づき発症したということでも,優に合理的な説明が可能である。したがって,原告Z4の上記申請疾病が同人が受けた原爆放射線によって発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の とでも,優に合理的な説明が可能である。したがって,原告Z4の上記申請疾病が同人が受けた原爆放射線によって発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。 オ申請疾病(慢性甲状腺炎)の要医療性について慢性甲状腺炎は,その70%以上について甲状腺機能が正常であるとされており,甲状腺機能が正常であるうちは,1年に1度経過観察をする程度であって,積極的治療を要しないものとされている。原告Z4について,慢性甲状腺炎を原因とする甲状腺機能低下症が生じていたとは認められないし,その他の甲状腺の異常をうかがわせる事情も認められない。 原告Z4は,平成6年1月19日に橋本病と診断されて以降,定期的に,TSH及びFT4についての血液検査を受けているものの,投薬等の積極的治療は一切されていない。そして,平成15年11月19日には,甲状腺エコー検査の結果異常- 51 -が見当たらないこと等から「フォロー解除してもよさそう。」と判断され,「甲状腺は被爆者健診でチェックのみとする。」とされているのであって,上記原告Z4の主治医の診断からすれば,少なくとも,同時点では,被爆者援護法7条に基づいて実施されている被爆者健康診断を受ければ足りる程度の状態であったと考えるのが相当である。そして,その後,原爆症認定申請時点までに,TSH,FT4,甲状腺腫等が増悪したとの事実も認められないから,結局,原爆症認定申請時点においても,原告Z4の慢性甲状腺炎は,被爆者健康診断により,定期的に検査を受ければ足りる程度の状態であったというべきであり,それ以上に,積極的な治療を要する状態ではなかったというべきである。したがって,原告Z4の原爆症認定申請時点において,上記申請疾病が,同法10条1項に れば足りる程度の状態であったというべきであり,それ以上に,積極的な治療を要する状態ではなかったというべきである。したがって,原告Z4の原爆症認定申請時点において,上記申請疾病が,同法10条1項にいう「現に医療を要する状態」にあったということはできない。 (4) 原告Z2についてア被爆状況について原告Z2は,爆心地から約2.6km地点にある宇品線鉄橋下付近で停泊していた船で休んでいた際に,原爆による直爆を受けた。 原告Z2は,猿猴川に架かっている大正橋と宇品線鉄橋の間で宇品線鉄橋にやや近い場所に停泊していた船から川の中に飛び込んだ瞬間に直爆を受け,同所は,爆心地から約2.3kmの距離にあった旨主張するが,原告Z2の平成4年12月9日付け被爆者健康手帳交付申請書(以下「原告Z2被爆者健康手帳交付申請書」という。)に,「原爆が投下されたとき(原爆が爆発した瞬間)にいた場所(地点)」欄に「猿猴川鉄橋の下の川の中」と記載し,また,「被爆した時の状況」欄に「川の舟で休んでいた時に被爆」と記載しており,上記記載がその主張と整合しない理由について,合理的説明をしていないため,原告Z2の主張は,採用することができないというべきである。 イ放射線被曝の程度について上記アのとおり,原告Z2は,爆心地から約2.6km地点で直接被爆をしてお- 52 -り,原告Z2の被曝線量を推定すると,原爆放射線の未解明性やDS02における線量評価の誤差等を考慮しても,全体として約0.009グレイという低線量にとどまる。 また,以下に指摘する点から,原告Z2において,放射線被曝による身体症状が発現したということはできず,高線量の被曝をしたことを推認させる特段の事情があるとはいえないから,上記線量評価を修正する必要があるとはいえない。 から,原告Z2において,放射線被曝による身体症状が発現したということはできず,高線量の被曝をしたことを推認させる特段の事情があるとはいえないから,上記線量評価を修正する必要があるとはいえない。 すなわち,原告Z2は,原告Z2被爆者健康手帳交付申請書の「やけど,けが,急性症状などの状況」欄には「背中一面火傷」と記載するのみで,その他の身体症状については一切記載しておらず,原告Z2の平成22年4月21日付け原爆症認定申請書(以下「原告Z2認定申請書」という。)においては,被爆時の状況について,別紙に,背中の火傷に加え,被爆当日の「夜中に鼻血が出て」と記載するにとどまり,下痢についての記載はなく,平成23年7月29日付け異議申立書において,被爆当日の「夜中に鼻血が出て頭がぐらぐらし,少しの間座っていた。鼻血や下痢はその後も続いた」と記載するに至ったが,このような主張内容の変遷の理由について,何ら合理的な説明をしていない。そして,このような不合理な変遷を全体的に評価すれば,背中に火傷を負ったという主張についても,合理的な疑いが残るというべきであるし,ましてや背中の火傷以外の身体症状については,実際に生じたものとは認められないというべきである。 仮に,原告Z2に,被爆後,何らかの身体症状が発症したと認める余地があるとしても,原告Z2の主張する身体症状は,世界的に放射線被曝に起因する急性症状として認められている急性放射線症候群の特徴と一致しておらず,むしろ,放射線被曝以外の要因による可能性を否定することはできない。 ウ被爆後の生活状況・病歴等について(ア) 原告Z2が平成14年4月17日に入院した際の医療記録(乙D41・2枚目,乙D42)に,「3年前より土木の仕事などでchestpain(注:胸痛のこと)(5分)あり」や「数年前 ついて(ア) 原告Z2が平成14年4月17日に入院した際の医療記録(乙D41・2枚目,乙D42)に,「3年前より土木の仕事などでchestpain(注:胸痛のこと)(5分)あり」や「数年前から土木工事などで胸痛発作あり」と記載されているこ- 53 -とからすれば,原告Z2は,平成11年頃(平成14年の3年前。原告Z2の年齢は67歳頃)に狭心症ないし心筋梗塞を発症したものと考えるのが合理的である。 (イ) 医療記録(乙D46)上,平成7年3月2日に「降圧薬,HCVはZ16診療所follow」と記載されており,また,同月23日にも「Z16診療所にてHCV,高血圧follow」と記載されていることからして,この頃,原告Z2が高血圧の治療を受けていたことは明らかである。 (ウ) 原告Z2の医療記録(乙D43)には,「65才 DM(注:糖尿病のこと)○内服中」と記載されており,上記記載は,平成14年5月22日頃,医療関係者が,原告Z2自身から聴取した内容を記載したものと考えられ,上記記載内容は,客観性の担保されたものというべきであるから,原告Z2は,65歳頃(平成9年頃)から,糖尿病の治療を受けていたというべきである。 エ申請疾病(心筋梗塞及び狭心症)の放射線起因性について原告Z2の放射線被曝の程度は,DS02等によれば全体として約0.009グレイ程度と推定され,急性放射線症候群に相当する身体症状は認められないから,上記推定を大幅に修正すべき特段の事情はないところ,0.5グレイを下回る低線量の放射線被曝と心筋梗塞との関連性及び放射線被曝と狭心症との関連性は,統計学的・疫学的知見において認められていない。また,原告Z2の放射線被曝の程度が小さいことに鑑みれば,仮に上記関連性について肯定する余地があるとしても,当該放射線被 射線被曝と狭心症との関連性は,統計学的・疫学的知見において認められていない。また,原告Z2の放射線被曝の程度が小さいことに鑑みれば,仮に上記関連性について肯定する余地があるとしても,当該放射線被曝による上記各申請疾病の相対リスクは極めて小さいというべきである。よって,放射線被曝の程度並びに統計学的・疫学的知見に基づく上記各申請疾病と放射線被曝との関連性の有無及び程度からは,直ちに,原告Z2の上記各申請疾病が放射線に起因するものであるとの確証を得ることはできないというべきである。 原告の申請疾病である心筋梗塞及び狭心症は,放射線に被曝していなくとも一般的に発症し得る疾病であり,原告Z2が,脂質異常症,喫煙歴,高血圧,糖尿病,加齢及び肥満という上記各申請疾病の危険因子を重畳的に有していたことに鑑み- 54 -れば,上記各申請疾病が,放射線被曝と無関係に発症した可能性は優に認められる。したがって,原告Z2の上記各申請疾病が同人が受けた原爆放射線によって発症したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえない。 4 争点4(国賠法上の違法性の有無)(原告らの主張の要旨)(1) 責任原因ア厚生労働大臣は,被爆者援護法の趣旨にのっとり,同法11条1項を適正に解釈,適用しなければならない。ところが,厚生労働大臣は,以下のとおり,非科学的で不合理な基準に従って同条項の解釈・適用を行い,本件各却下処分をした。 イ新審査の方針の下では,原爆症に認定される被爆者の数が激増したところ,このことは,本来原爆症と認定されるべき被爆者が原爆症と認定されていなかったことを示している。しかしながら,新審査の方針についても,積極認定の対象とされる被爆者の範囲が限定されている 増したところ,このことは,本来原爆症と認定されるべき被爆者が原爆症と認定されていなかったことを示している。しかしながら,新審査の方針についても,積極認定の対象とされる被爆者の範囲が限定されている上,積極認定の対象とされる疾病も限られており,総合認定の基準も明らかではないなど,これまでの集団訴訟で積み上げられてきた判決よりも認定の対象が著しく狭いものであり,いまだに本来は原爆症認定がされるべき被爆者の申請が次々と却下されている状態にある。 原告らは,新しい認定基準によれば速やかに原爆症認定がされるべきケースであった。特に,原告Z1は,本件以前に別の疾病で原爆症認定申請却下処分の取消しを求めて提訴し(第1審名古屋地方裁判所平成16年(行ウ)第39号事件,控訴審名古屋高等裁判所平成19年(行コ)第7号事件。以下「前訴」という。),前訴において,新審査の方針及び改定後の新審査の方針において重要な要素である被爆距離について,司法による認定を受けていたのであるから,原告Z1の申請疾病を原爆症と認定することについて何ら支障のない状態であった。しかも,前訴における控訴審判決(以下「前訴控訴審判決」という。)において,他の共同原告についてではあるが,遅発性放射線白内障が存在するため,年齢のみによって放射線起- 55 -因性を否定することができない旨判示がされ,老人性白内障との厳格な区別を要求すべきではないことが明らかとなった。被告は,新審査の方針が策定され,前訴控訴審判決が言い渡された平成22年3月11日の段階では,原告Z1の異議申立てを審理中であり,遅くともその時点で,原告Z1の申請疾病について原爆症認定をすることは可能な状態であった。 ウそれにもかかわらず,厚生労働大臣は,原告らの原爆症認定申請又は異議申立てから長期間にわたりその義務 遅くともその時点で,原告Z1の申請疾病について原爆症認定をすることは可能な状態であった。 ウそれにもかかわらず,厚生労働大臣は,原告らの原爆症認定申請又は異議申立てから長期間にわたりその義務を怠って処分を放置した挙げ句に,放射線起因性又は要医療性を否定して本件各却下処分をした。 エ以上のとおり,被告の公権力の行使に当たる公務員である厚生労働大臣が,原爆症認定という職務を行うについて,上記の故意又は過失によって違法に原告らに与えた損害は,国賠法1条1項により被告が賠償しなければならない。 (2) 損害ア慰謝料各200万円厚生労働大臣がした違法な本件各却下処分により原告らが被った精神的苦痛を慰謝するには,被爆者である原告らが置かれた悲惨な状況を考えれば,それぞれ200万円をもってするのが相当である。 イ弁護士費用各100万円原告らは,厚生労働大臣の違法行為により,本来不要な裁判を余儀なくされた。 本件各却下処分の取消訴訟及び損害賠償請求訴訟の提起,追行を強いられた原告らが,原告ら代理人に対して支払うことを約した着手金及び報酬のうち100万円を下らない部分は被告が負担すべきである。 (被告の主張の要旨)厚生労働大臣が原告らに対してした本件各却下処分は,いずれも十分な科学的根拠に基づくものであり,厚生労働大臣に職務上の法的義務違反がないことは明らかであって,これを国賠法上違法とする余地はない。また,原告らの原爆症認定申請当時の申請件数の激増とこれに対する対応等を考慮すれば,厚生- 56 -労働大臣が原告らの原爆症認定申請又は異議申立てに対して相当の期間を超えて更に長期にわたり職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と応答をしなかったとはいえず,国賠法上違法であるとはいえない。 第3章当 告らの原爆症認定申請又は異議申立てに対して相当の期間を超えて更に長期にわたり職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と応答をしなかったとはいえず,国賠法上違法であるとはいえない。 第3章当裁判所の判断第1 争点1(原爆放射線起因性の判断の在り方)について 1 放射線起因性の立証の程度等被爆者援護法10条1項,11条1項の規定によれば,原爆症認定をするためには,①被爆者が現に医療を要する状態にあること(要医療性)のほか,②現に医療を要する負傷若しくは疾病が原子爆弾の放射線に起因するものであるか,又は上記負傷若しくは疾病が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって,その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため上記の状態にあること(放射線起因性)が必要であると解される。 ところで,行政処分の要件として因果関係の存在が必要とされる場合に,その拒否処分の取消訴訟において原告がすべき因果関係の立証の程度は,特別の定めがない限り,通常の民事訴訟における場合と異なるものではない。そして,訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解すべきである。 そして,被爆者援護法は,給付ごとにそれぞれ支給要件を規定しているところ,健康管理手当や介護手当の支給要件についてはいずれも弱い因果の関係で足りることが規定上明らかにされていること(被爆者援護法27条1項,31条)と対比すると,原爆症認定については,実体法上,放射線と負傷若しくは疾病の発生又は治癒能力の低下との間に通常の因 果の関係で足りることが規定上明らかにされていること(被爆者援護法27条1項,31条)と対比すると,原爆症認定については,実体法上,放射線と負傷若しくは疾病の発生又は治癒能力の低下との間に通常の因果関係があることが要件とされていると解するのが相当である。 よって,原爆症認定の要件としての放射線起因性については,原告らにおいて,- 57 -原爆放射線に被曝したことにより,その負傷若しくは疾病又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明する必要があり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを要すると解すべきである(最高裁平成12年判決参照)。 2 放射線起因性の具体的判断方法(1) 放射線起因性の立証の程度等について上記1のとおり解するとしても,人間の身体に疾病等が生じた場合に,その発症に至る過程においては,多くの要因が複合的に関連しているのが通常であり,特定の要因から当該疾病等の発症に至った機序を逐一解明することには困難が伴う上,被爆から長期間が経過したことによって,その判断は,一層,困難なものとなっている。また,放射線が人体に影響を与える機序は,科学的にその詳細が解明されているものではなく,長年にわたる調査にもかかわらず,放射線と疾病等との関係についての知見は,統計学的,疫学的解析による有意性の確認など,限られたものにとどまっており,これらの科学的知見にも一定の限界が存在する。 そこで,放射線起因性の判断に当たっては,当該疾病の発症等に至った医学的,病理学的機序を直接証明することを求めるのではなく,当該被爆者の放射線への被曝の程度と,統計学的,疫学的知見等に基づく申請疾病等と放射線被曝との関連性の有無及び程度とを中心的な考慮要素としつつ,これに当該疾病等の具 接証明することを求めるのではなく,当該被爆者の放射線への被曝の程度と,統計学的,疫学的知見等に基づく申請疾病等と放射線被曝との関連性の有無及び程度とを中心的な考慮要素としつつ,これに当該疾病等の具体的症状やその症状の推移,その他の疾病に係る病歴(既往歴),当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の有無及び程度等を総合的に考慮して,原爆放射線の被曝の事実が当該申請に係る疾病若しくは負傷又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断するのが相当である。 (2) なお,前記第2章第3の3(4)のとおり,再改定後の新審査の方針は,各疾病のカテゴリについて,被爆地点が爆心地から一定の距離の範囲内にあること,あるいは,原爆投下から一定の時間内に爆心地から一定の距離の範囲内に入市し又は一定時間滞在したことといった基準を設け,これに該当する場合に積極認定をするも- 58 -のとしているが,積極認定の範囲に該当する場合以外の申請についても,申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を総合的に判断する(総合認定)としていること,後記において検討するとおり,原爆放射線による被曝を検討するに当たっては,初期放射線に加えて,放射性降下物や誘導放射線,更に内部被曝といった残留放射線の影響も十分に考慮しなければならないこと,若年被爆者にみられるように,放射線に対する感受性には個人差があり,このような感受性の差異によって,同一線量の放射線においても,被曝の影響が生じる場合と生じない場合があるのも事実であって,必ずしも,爆心地から同心円状に被曝の影響が徐々に減衰していくものということはできないこと等を考慮すると,被爆者が積極認定の範囲に該当しないことをもって放射線起因性が否定 場合があるのも事実であって,必ずしも,爆心地から同心円状に被曝の影響が徐々に減衰していくものということはできないこと等を考慮すると,被爆者が積極認定の範囲に該当しないことをもって放射線起因性が否定されると解すべきではなく,これに該当しない場合であっても,個々の被爆者の被爆状況,被爆後の健康状況,被爆者の罹患した疾病等の性質,他原因の有無等を個別具体的に検討し,放射線起因性を判断するのが相当である。 3 被曝線量の評価方法(1) 検討対象放射線起因性の判断に当たっては,上記2のとおり,当該被爆者の放射線への被曝の程度が中心的な考慮要素の一つとなる。今日の科学的知見においては,一般に,原爆による被曝として,外部被曝と内部被曝があり,外部被曝には,初期放射線による被曝と残留放射線による被曝があり,残留放射線による被曝については,放射性降下物による被曝と初期放射線の中性子線によって誘導放射化された物質による被曝があると解されている。そして,前記法令の定め,前提となる事実及び弁論の全趣旨によれば,厚生労働大臣が原爆症認定を行うに当たっては,原則として医療分科会の意見を聴かなければならないとされており,医療分科会は,旧審査の方針の下において,被爆者の被曝線量を,①初期放射線による被曝線量の値に②誘導放射線による外部被曝線量の値及び③放射性降下物による外部被曝線量の値を加えて得た値とし,④内部被曝による被曝線量については特に考慮していなかったのであ- 59 -り,新審査の方針(再改定後のものを含む。以下,特に記載しない限り同じ。)の下においても,大枠としては同様の評価方法を踏襲しているものと認められる。そこで,以下,新審査の方針の下における医療分科会の具体的な被曝線量の評価方法を踏まえて,①初期放射線による被曝線量,②放射性降下物 いても,大枠としては同様の評価方法を踏襲しているものと認められる。そこで,以下,新審査の方針の下における医療分科会の具体的な被曝線量の評価方法を踏まえて,①初期放射線による被曝線量,②放射性降下物による被曝線量,③誘導放射化された物質による被曝線量,④内部被曝の影響等について,今日までの科学的知見を踏まえつつ検討を加えるとともに,これらに関連して,⑤被爆者について生じたとされる症状の評価についても検討を加える。 (2) 初期放射線による被曝線量についてア DS86の策定経緯(ア) 米国大統領トルーマンは,広島・長崎の被爆者の長期追跡調査をすることの重要性に鑑み,大統領令(1946年11月26日)をもって,米国科学アカデミー(NationalAcademyofScience(NAS))に対してその方策の立案を命じ,広島及び長崎に原爆傷害調査委員会(ABCC)が設立された。ABCCは,昭和50年(1975年)に解散したが,その研究内容は,財団法人放射線影響研究所(放影研)に引き継がれ,日米両国政府の共同運営による共同研究体制となった。(乙全ロ15・1頁)(イ) 他方,原爆放射線の効果を研究するため,昭和31年(1956年),オークリッジ国立研究所(OakRidgeNationalLaboratory(ORNL))を中心として核実験を行い,1957年暫定線量(Tentative 1957 Doses(T57D))が作成され,さらに,1965年暫定線量(Tentative 1965 Doses(T65D))が作成された。(甲全13・80頁,乙全ロ6,弁論の全趣旨)(ウ) T65Dは,その後,ABCC及び放影研の調査研究に用いられていたが,1970年代に入って,T65Dの問題点や矛盾が指摘されるようになったため, 甲全13・80頁,乙全ロ6,弁論の全趣旨)(ウ) T65Dは,その後,ABCC及び放影研の調査研究に用いられていたが,1970年代に入って,T65Dの問題点や矛盾が指摘されるようになったため,昭和56年(1981年)に日米合同線量再評価委員会が組織され,日米合同上級委員会によって,昭和61年(1986年),その成果がDS86(DosimetrySystem1986)としてまとめられ,昭和62年(1987年)に放影研より発表された。な- 60 -お,T65Dについては,①ネバダ核実験場と比較した場合の広島及び長崎での高湿度における中性子線量が正確に再現されなかったこと,②広島原爆に類似した装置のテストがなかったこともあり,広島についての放射線量の評価が不正確であったこと,③日本の家屋構造,材木や配置を十分に再現できず,遮蔽の推定精度が十分でなかったこと等が誤差の原因として指摘されている。(甲全13・80頁,乙全ロ6・2頁)イ DS86について(ア) DS86は,広島原爆及び長崎原爆の物理学的特徴と,放出された放射線の量及びその放射線が空中をどのように移動し,建築物や人体の組織を通過した際にどのような影響を与えたかについての核物理学上の理論的モデルとに基づいて,放射線量の計算値を算出したものであり,具体的には,原爆放射線を構成するガンマ線及び中性子線の光子や粒子の1個1個の挙動や相互作用を最新の放射線物理学の理論によって忠実に再現し,最終的に全てのガンマ線と中性子線の動きを評価するものである。(乙全ロ5・332ないし342頁,弁論の全趣旨)DS86は,当時としては,最高の大型コンピュータを駆使した膨大な計算結果に基づいて作成されたものであり,その信頼性は高いものとされ,その線量推定方式は,後記の放影研を中心とし ,弁論の全趣旨)DS86は,当時としては,最高の大型コンピュータを駆使した膨大な計算結果に基づいて作成されたものであり,その信頼性は高いものとされ,その線量推定方式は,後記の放影研を中心とした疫学調査や,原子力発電所及び医療用放射線の線量推定にも応用されていた。(乙全ロ8の1・ⅴ頁,弁論の全趣旨)(イ) DS86では,放射線量を計算する前提として,広島原爆及び長崎原爆の出力について,複数の推定方式を用いた結果,広島原爆の出力は15kt(ktとは,原爆のエネルギーをTNT火薬の量で示したときの単位をいう。),誤差は±3ktの範囲に,長崎原爆の出力は21kt,誤差は±2ktの範囲に,ぞれぞれあるとされた。(乙全ロ5,弁論の全趣旨)その上で,DS86では,①爆弾から空気中を伝播してきた放射線量で被爆者周囲の遮蔽を介する前の被曝線量である空気中カーマ,②被爆者の周囲の構造物による遮蔽を考慮した被曝線量である遮蔽カーマ,③人体組織による遮蔽も考慮した被- 61 -曝線量である臓器カーマの計算モデルを統合し,被爆者の遮蔽データを入力して,初期放射線による被曝線量が計算された。(乙全ロ5・334ないし336頁,弁論の全趣旨)(ウ) DS86は,実際の被曝試料を用いたガンマ線及び中性子線による検証がされ,それによって線量評価システムの客観性がおおむね裏付けられたものであったが,その一方で,様々な問題が指摘されていた。(乙全ロ8の1・ⅴ頁,13頁,弁論の全趣旨)すなわち,DS86の精度を評価するに当たり,まず,DS86によるガンマ線の計算結果(計算値)を検証するために,熱ルミネセンス法(熱ルミネセンスとは,被曝した瓦やタイルに含まれている石英に熱を与えると光を発生する性質であり,熱ルミネセンス法とは,この光の量が被曝した 線の計算結果(計算値)を検証するために,熱ルミネセンス法(熱ルミネセンスとは,被曝した瓦やタイルに含まれている石英に熱を与えると光を発生する性質であり,熱ルミネセンス法とは,この光の量が被曝したガンマ線量に比例するため,この性質を利用して原爆の放射線量を見積もる測定法をいう。)による直接測定の結果(測定値)と計算値とを比較する方法が採られたが,広島においては,爆心地から1km以遠で測定値は計算値より大きく,近い距離においては逆に小さくなっており,長崎においてはこの関係は逆になっていた。(乙全ロ8の1・ⅴ頁,13頁,10・7頁,弁論の全趣旨)また,中性子線の計算値を検証するために,広島又は長崎で原爆の中性子によって特定の物質(元素)中に生成された放射性核種の放射線を測定した結果(測定値)から推定した中性子線量を,DS86による中性子線の計算結果(計算値)と比較するという方法が採られた。硫黄が速中性子線(運動エネルギーの高い中性子線をいう。)により誘導放射化されて生ずるリン32は半減期が14.26日と短いため,DS86検討時には測定することができなかったが,原爆投下の数日後に測定したデータを再検討したところ,DS86による計算値との間には差がみられないとされた。しかしながら,コバルトが熱中性子線(運動エネルギーの低い中性子線をいう。)によって誘導放射化されたコバルト60については,爆心地から290mの地点においてDS86による計算値が測定値の1倍ないし1.5倍,爆心地か- 62 -ら1180mの地点において計算値が測定値の3分の1倍であり,このような比較を他の物質(元素)についても行った結果,熱中性子線によって誘導放射化された放射性核種ユーロピウム152及び塩素36由来の放射線の測定値と,これに対応する計算値との間に系統的な乖 り,このような比較を他の物質(元素)についても行った結果,熱中性子線によって誘導放射化された放射性核種ユーロピウム152及び塩素36由来の放射線の測定値と,これに対応する計算値との間に系統的な乖離がみられ,爆心地から近距離では計算値の方が測定値より高く,遠距離では逆に測定値の方が計算値より高くなっていた。この傾向は,DS86が策定されて以降,測定値の数が増加するとともに特に広島において顕著なものとなっており,長崎においても広島と同様の乖離を示すデータがあった。 (乙全ロ10・8ないし9頁,弁論の全趣旨)ウ DS02について(ア) 放影研を所管する日米両政府機関は,平成12年(2000年),DS86策定後の研究の成果を踏まえてその問題を解決することを目的として日米合同放射線量再評価実務研究班(以下「日米合同実務研究班」という。)を設立し,DS86の再評価が行われることとなった。(乙全ロ8の1・2,13,14頁,弁論の全趣旨)日米合同実務研究班では,DS86における評価方法を踏襲した上で,①広島原爆及び長崎原爆の放射線出力及び放射線輸送の再計算を行う,②試料を用いた既存の放射線測定値を全て再評価する,③新たに開発された測定方法により,ニッケル63を測定することによる速中性子の測定とそのモデル化計算を行う,④超低レベルバックグラウンドの測定施設でユーロピウム152の試料を再測定する,⑤花崗岩試料を用いた塩素36の熱中性子による放射化測定に関して,精度保証の伴った相互比較調査をする,⑥目印となる既知の場所を用いて,現在の新都市計画地図と昭和20年(1945年)の米国陸軍地図を合わせて爆心地を再決定する,⑦爆心地の補正とその他の誤差を考慮して,被曝試料の採取位置を修正する,⑧大きな地形の陰となったことによる遮蔽を放射線輸送計算に 昭和20年(1945年)の米国陸軍地図を合わせて爆心地を再決定する,⑦爆心地の補正とその他の誤差を考慮して,被曝試料の採取位置を修正する,⑧大きな地形の陰となったことによる遮蔽を放射線輸送計算に含める,⑨学校など大型の木造建造物や長崎の大きな工場の遮蔽を含め,遮蔽計算と遮蔽モデルを改良する,⑩被曝試料測定データを用いて出力と爆発高度の適合度解析を実施する,⑪ガンマ線及- 63 -び中性子線の両方について一致が得られるような新たな線量推定方式のパラメータ(原爆投下時の爆撃機の飛行方向,爆央,爆弾の出力及び爆発時の爆弾の傾きといった条件)を再決定する,⑫被爆者ごとの被曝線量の計算について誤差を解析するといったことが行われた。(乙全ロ8の1・13ないし16頁)(イ) DS86の再評価の焦点は,当初,熱中性子による放射化の計算値と測定値の不一致の問題に関し,原爆からの放射線出力を再計算することに当てられており,DS86策定時よりも更に進歩した最新の大型コンピュータを駆使し,最新の核断面積(誘導放射化が起こる確率,すなわち,毎秒f個の粒子が単位面積当たりN個の原子核を含む物質の薄い層の標的に垂直に入射したとき,誘導放射化はσfN回起こるところ,このときの比例定数σを核断面積,核反応断面積又は吸収断面積といい,誘導放射化の起こりやすさの指標となる。)データ等を使い,かつ,DS86よりもち密な計算が行われ,その結果,広島原爆については以前の出力推定値よりも1kt高い出力が推定されたものの,DS86における熱中性子による放射化の計算値と測定値の不一致の問題を説明することはできず,かかる不一致が原爆からの放射線出力の計算に起因するものではないとされた。その上で,上記不一致の原因となり得る他の要因の検討が進められ,ニッケル63による速中性子測定 致の問題を説明することはできず,かかる不一致が原爆からの放射線出力の計算に起因するものではないとされた。その上で,上記不一致の原因となり得る他の要因の検討が進められ,ニッケル63による速中性子測定,ユーロピウム152の低バックグラウンド熱中性子測定,塩素36の精度保証付き相互比較測定等を実施したところ,広島の爆心地から1km以遠における中性子の不一致は,測定値における説明不可能なバックグラウンド値によるものであり,計算値の基本的問題によるものではなく,広島原爆の真下における中性子の過大計算は,爆発高度が少し低く推定されていたためであるとされた。(乙全ロ8の1・16ないし17頁,弁論の全趣旨)(ウ) 上記検討とともに,広島及び長崎におけるガンマ線量測定値の再評価も行われ,各測定値の検証,バックグラウンドや熱ルミネセンス法による測定自体の誤差等が検討されたが,現行の熱ルミネセンス法による測定値のうち,爆心地から約1. 5km以遠の測定値については,原爆によるガンマ線量がバックグラウンド線量と- 64 -同量となることから,バックグラウンド線量の誤差が測定値に大きく影響を与えるため,その測定値をもって正確なガンマ線量を評価することが不可能であるとされた。(乙全ロ8の1・402ないし403頁,弁論の全趣旨)(エ) 上記のような再評価の過程で,更に新しい線量評価システムであるDS02が策定されるに至り,科学的ち密性及び厳密性の見地からは,DS02がDS86に勝るものとされ,その結果,DS02は,平成15年3月以降放影研が実施する被爆者生存者追跡調査で用いる新たな線量推定方式として承認された。(乙全ロ8の1・46頁,弁論の全趣旨)エ検討(ア) DS86は,広島原爆及び長崎原爆の物理学的特徴と核物理学上の理論的モデルに基づ 追跡調査で用いる新たな線量推定方式として承認された。(乙全ロ8の1・46頁,弁論の全趣旨)エ検討(ア) DS86は,広島原爆及び長崎原爆の物理学的特徴と核物理学上の理論的モデルに基づき放射線量の計算値を算出したものであり,当時としては,最高の大型コンピュータを駆使した膨大な計算結果に基づき作成されたものであるところ,DS02は,このようなDS86における評価方法を踏襲した上で,更に進歩した最新の大型コンピュータを駆使し,最新のデータやDS86の策定後に可能となった最新の計算方法を用いるなどして,DS86よりも高い精度で被曝線量の評価を可能にしたものである。他方,DS02の計算過程に疑問を抱かせる事情や,より高次の合理性を備えた線量評価システムが他に存在することを認めるに足りる証拠はない。 そうすると,DS02は,被爆者の初期放射線による被曝線量を高い精度で算定することが可能な相当程度の科学的合理性を有するものであるということができる。 (イ) しかし,前記イ及びウにおいて認定した事実及び証拠(甲13,乙全ロ8の1)によれば,以下の諸点を指摘することができる。 aDS02は,コンピュータによるシミュレーション計算の結果を基礎として策定されたものである以上,それに基づく被曝線量の計算値は,飽くまでも近似的なものにとどまらざるを得ないというべきである。 - 65 -上記シミュレーションは,米国ネバダ核実験場における長崎型原爆の爆発テスト,高い鉄塔に設置した小型原子炉あるいは強力なコバルト60源を用いた実験,日本家屋を建設して行った遮蔽実験等を基礎とするものであるが,このような実験において,計測時における距離以外の初期放射線の減衰要因の状況が,当時の広島及び長崎におけるそれと同一とはいえないという問題がある。具 建設して行った遮蔽実験等を基礎とするものであるが,このような実験において,計測時における距離以外の初期放射線の減衰要因の状況が,当時の広島及び長崎におけるそれと同一とはいえないという問題がある。具体的には,地形の変化に乏しい乾燥したネバダ砂漠と異なり,広島及び長崎における水分量の分布の変化は激しいとの指摘や,広島原爆と同じ砲身式のウラン爆弾の爆発実験は行われておらず,模擬原子炉の実験装置を用いた実験が行われたのみであり,現実の原爆の爆発で起きた即発放射線の火薬部分による中性子の吸収及び散乱と,模擬原子炉での吸収及び散乱とでは異なる可能性があるとの指摘がされているところである(甲全13・107ないし108頁)。以上の事情に加えて,そもそも広島原爆及び長崎原爆は,数十万人の人々が現に生活する都市に対して兵器として使用されたという人類史上他に例を見ないものであり,本件全証拠によるも,その実態がどこまでシミュレーションに反映することができたのかという疑問が完全に払拭されているとはいい難い。 b 初期放射線のうちガンマ線については,DS86では,広島においては,爆心地から1km以遠で測定値は計算値より大きく,近距離においては逆に小さくなっているとされている。この点については,DS02でも,広島及び長崎において,爆心地から約1.5km以遠の測定値については,原爆によるガンマ線量がバックグラウンド線量と同量となることから,バックグラウンド線量の誤差が測定線量に大きく影響を与えるため,その測定値をもって正確なガンマ線量を評価することが不可能であるとされている。同様のことは,全体の線量としてはさほど多いものとは認められないものの,広島の爆心地から1km以遠における中性子についてもいえるのであって,これらに照らすと,遠距離における過小評価の可能性は, いる。同様のことは,全体の線量としてはさほど多いものとは認められないものの,広島の爆心地から1km以遠における中性子についてもいえるのであって,これらに照らすと,遠距離における過小評価の可能性は,DS02による検証を経てもなお完全には否定することができないというべきである。 cDS02自体も,被爆者線量の誤差が広島及び長崎の両市とも30%程度,- 66 -合計線量の27%ないし45%の範囲で存在しているとしており(乙全ロ8の1・45頁),一定の誤差が生じていることを認めている。 (ウ) 以上によれば,DS02においても,特に爆心地から約1.5km以遠において初期放射線の被曝線量を過小評価している可能性を完全には否定することができず,一定の限界があるというべきである。ただし,爆心地から遠距離における初期放射線の被曝線量の測定値と計算値との相違については,線量が小さくバックグラウンド線量との区別が困難であることなどの測定値の不確実性等によるものと考えられ,過小評価の可能性があるとしても,その絶対値はそれほど大きなものであるとは考え難いから,これを過大視することもできないというべきである。 オ小括以上によれば,DS02は相当の科学的合理性を有し,これによって初期放射線の被曝線量を推定することは合理的といえるが,その適用については,前記の観点から一定の限界があることにも十分留意する必要があるというべきである。 (3) 放射性降下物による被曝線量についてア総説放射性降下物による放射線とは,原爆の核分裂によって生成された放射性物質(放射性降下物。「フォールアウト」ともいう。)から発せられる放射線である。(乙全ロ5・352頁,弁論の全趣旨)核分裂により生ずる放射性物質は,質量数90及び140付近の物質で約20 放射性物質(放射性降下物。「フォールアウト」ともいう。)から発せられる放射線である。(乙全ロ5・352頁,弁論の全趣旨)核分裂により生ずる放射性物質は,質量数90及び140付近の物質で約200種以上に及ぶが,核分裂によって生成される放射性物質の大部分は短寿命核種であるため,その放射能は急速に減衰し,放射線量も急速に減衰する。(乙全ロ5・352頁,弁論の全趣旨)放射性降下物による放射線の外部被曝線量について,旧審査の方針は,原爆投下の直後に特定の地域に滞在し,又はその後,長期間にわたって当該地域に居住していた場合についてそれぞれ所定の値としており,具体的には,広島原爆についてはω7又はω8(以下「ω9地区」という。)につき0.6から2センチグレイ,長- 67 -崎原爆についてはω10,ω11又はω12(以下「ω13地区」という。)につき12から24センチグレイとしていた。これに対し,新審査の方針には,放射性降下物による放射線の外部被曝線量の算定基準は明示されていないが,医療分科会においては,旧審査の方針の考え方を基本的に踏襲しつつ,DS86策定後に現れた最新の科学的知見をも踏まえ,その線量評価が行われることとなった。(乙全イ2,6・2頁,弁論の全趣旨)イ各種知見(ア) 放射性降下物の測定調査放射性降下物については,以下のとおり,原子爆弾投下の数日後から複数の測定者が放射線量の測定を行い,これらの調査の結果,広島ではω9地区で,長崎ではω13地区で,それぞれ放射線の影響が比較的顕著に見られることが分かり,これは,原子爆弾の爆発後,両地区において激しい降雨があり,これによって放射性降下物が降下したことによるものであることが確認された。 aZ22の調査理化学研究所のZ22は,昭和20年8月8日,陸軍 原子爆弾の爆発後,両地区において激しい降雨があり,これによって放射性降下物が降下したことによるものであることが確認された。 aZ22の調査理化学研究所のZ22は,昭和20年8月8日,陸軍調査団と共に広島市に入り,同月9日,爆心から5km以内の28か所の地点において土壌試料を収集した。同試料は,理化学研究所において分析され,銅線から放射能が検出されたことから,広島に原爆が投下されたことが確認された。(乙全ロ11・157頁,弁論の全趣旨)bZ23らの調査大阪帝国大学教授のZ23らは,昭和20年8月10日,広島において原爆の調査に着手した。Z23らは,同月11日,広島市内数か所から砂を採取し,ガイガーミュラー計数管を使用して放射能を測定したところ,ω7駅付近及び爆心地付近(護国神社,西練兵場入口)において比較的放射能が高いことを確かめた。具体的には,自然計数が毎分27であるのに対し,ω7駅付近のある地点では毎分90,ω7駅付近の別の地点では,自然計数より稍少,護国神社では毎分120,西練兵- 68 -場入口では毎分90であった。(乙全ロ11・157頁,12・1ないし4頁,弁論の全趣旨)c 荒勝文策らの調査京都帝国大学教授の荒勝文策らは,昭和20年8月10日,広島において原爆の調査に着手した。荒勝文策らは,同月13日及び同月14日には,広島市の内外約100か所において数百の試料を採集し,ガイガーミュラー計数管を使用して放射能を測定したところ,ω7駅に近いω14付近で採集された試料に比較的強い放射能を認めた。具体的には,自然計数が毎分18程度であるのに対し,ω14東詰では,毎分106であった。(乙全ロ11・157頁,13・5,6,9頁,弁論の全趣旨)dZ24らの調査理化学研究所のZ24らは,昭 には,自然計数が毎分18程度であるのに対し,ω14東詰では,毎分106であった。(乙全ロ11・157頁,13・5,6,9頁,弁論の全趣旨)dZ24らの調査理化学研究所のZ24らは,昭和20年9月3日及び同月4日の2日にわたり,広島市内外に残留するガンマ線の強度を,ローリッツェン検電器を用いて測定した。 その結果は,爆央付近に極大値を持つバックグラウンドのおよそ2倍程度のガンマ線が残留することを認めたほか,ω7からω15に至る山陽道国道上において,ω16東部に極大を持つ上記爆央付近で見たのと同程度のガンマ線の存在を確認した。(乙全ロ11・157頁,14・25頁,弁論の全趣旨)eZ25らの調査Z25らは,マンハッタン技術部隊が昭和20年9月21日から同年10月4日までに長崎において行った調査の結果を報告しており,当該調査に基づいて計算されたω13地区における原爆の爆発1時間後から無限時間を想定した地上1mの地点での積算線量は,29レントゲン又は24レントゲンないし43レントゲンであった。(乙全ロ15・215,217頁弁論の全趣旨)また,Z25らは,マンハッタン技術部隊が昭和20年10月3日から同月7日までに広島において行った調査の結果を報告しており,当該調査に基づいて計算されたω9地区における原爆の爆発1時間後から無限時間を想定した地上1mの地点- 69 -での積算線量は,1.2レントゲンであった。(乙全ロ15・217ないし218頁,弁論の全趣旨)f 藤原武夫らの調査広島文理科大学教授の藤原武夫らは,昭和20年9月,広島において,地上1mの地点でローリッツェン検電器を用いた放射線量の測定を行い,その結果を報告しており,当該測定に基づいて計算されたω9地区における原爆の爆発1時間後から無限時間を 和20年9月,広島において,地上1mの地点でローリッツェン検電器を用いた放射線量の測定を行い,その結果を報告しており,当該測定に基づいて計算されたω9地区における原爆の爆発1時間後から無限時間を想定した地上1mの地点での積算線量は,1レントゲンであった。(甲全38の5,乙全ロ15・217頁,弁論の全趣旨)g 日米合同調査団の調査日米合同調査団は,昭和20年10月3日から同月7日までの間,広島の100か所及び長崎の900か所においてガイガーミュラー計数管を使用して調査を行い,両爆心地と風下に当たる広島のω8地区,長崎のω13地区で放射能が高いことを確認した。(乙全ロ11・157頁,弁論の全趣旨)hZ26らの調査Z26らは,米国のNavalMedicalResearchInstitute(NMRI。以下「NMRI」という。)が昭和20年10月15日から同月27日にかけて長崎において行った調査の結果を報告しており,当該調査に基づいて計算されたω13地区における原爆の爆発1時間後から無限時間を想定した地上1mの地点での積算線量は42レントゲンであった。(乙全ロ15・215頁,弁論の全趣旨)また,Z26らは,NMRIが昭和20年11月1日及び同月2日に広島において行った調査の結果を報告しており,当該調査に基づいて計算されたω9地区における原爆の爆発1時間後から無限時間を想定した地上1mの地点での積算線量は0.6レントゲンないし1.6レントゲンであった。(乙全ロ15・217頁,弁論の全趣旨)iZ27らの調査Z27らは,昭和21年1月27日から同年2月7日にかけて広島において- 70 -Neher 宇宙線チャンバーを用いた測定を行った結果を報告しており,当該測定に基づいて計算されたω9地区における原 27らは,昭和21年1月27日から同年2月7日にかけて広島において- 70 -Neher 宇宙線チャンバーを用いた測定を行った結果を報告しており,当該測定に基づいて計算されたω9地区における原爆の爆発1時間後から無限時間を想定した地上1mの地点での積算線量は3レントゲンであった。(乙全ロ15・217頁,弁論の全趣旨)(イ) エドワード・T.荒川「広島及び長崎被爆生存者に関する放射線量測定」昭和35年発表のABCCのエドワード・T.荒川の「広島及び長崎被爆生存者に関する放射線量測定」(以下「荒川報告」という。)は,①原爆の一次放射線を除けば,広島及び長崎の被爆生存者が有意線量を受けたという証左はほとんどなく,中性子に誘発された放射能は存在したが,これは恐らく被爆者が受けた総線量にほとんど寄与しなかったものと思われる,②昭和29年(1954年)のビキニ核実験でマーシャル群島住民及び日本漁船の第五福龍丸が受けた種類及び程度の降下物の局地的落下は広島及び長崎にはなかった,③広島及び長崎における放射性降下物が少量であったのは,二つの因子によるものであり,一つは,投下された原爆がキロトン級のもので,そのエネルギーがビキニ核実験のメガトン級の約1000分の1であったこと,もう一つは,ビキニ核実験における局地的にみられた降下物は主として大気に吸い込まれた土及び破壊物であり,それらが中性子によって放射能を持ち,その大きな粒が降下物の形で大地に再び落下したが,広島及び長崎の場合,原爆は空中で爆発したので,火球は大地に接触しなかったことから,上述のような事態をほとんど惹起しなかったことであるとしている。(乙全ロ18・6ないし7頁)(ウ) 「予研-ABCC寿命調査,広島・長崎第5報 1950年10月-1966年9月の死亡率と線量との関係 な事態をほとんど惹起しなかったことであるとしている。(乙全ロ18・6ないし7頁)(ウ) 「予研-ABCC寿命調査,広島・長崎第5報 1950年10月-1966年9月の死亡率と線量との関係」厚生省国立予防衛生研究所(予研)とABCCは,昭和25年(1950年)から昭和41年(1966年)までの寿命調査(LSS)対象者10万人中における死亡者1万5285人を調査し,「予研-ABCC寿命調査,広島・長崎第5報1950年10月-1966年9月の死亡率と線量との関係」(以下「LSS第5- 71 -報」という。)としてまとめ,昭和45年に発表した。(乙全ロ66・1頁)LSS第5報は,①全死因について早期及び後期入市の別,また,原爆投下時に市内にいたか,いなかったかの別によって検討を加えると,早期入市者における死亡が相対的に少ないようである,②長崎では差はないが,広島においては早期入市者と後期入市者とのがん死亡率に差があり,早期入市者の方が死亡率が低いとしている。(乙全ロ66・65ないし69頁)(エ) 「原爆被爆者の死亡率調査 7.1950-78年の死亡率;第2部.癌以外の死因による死亡率及び早期入市者の死亡率」放影研は,昭和25年(1950年)から昭和53年(1978年)までの寿命調査(LSS)対象者の死亡率を調査し,「原爆被爆者の死亡率調査 7.1950-78年の死亡率;第2部.癌以外の死因による死亡率及び早期入市者の死亡率」(以下「LSS第7報第2部」という。)としてまとめ,昭和58年に発表した。 (乙全ロ67・193頁,弁論の全趣旨)LSS第7報第2部は,①全死因による死亡率について,早期入市者と後期入市者の間に有意差はない,②早期入市者の白血病及びその他のがんの増加は認められなかった,③この調査対象 3頁,弁論の全趣旨)LSS第7報第2部は,①全死因による死亡率について,早期入市者と後期入市者の間に有意差はない,②早期入市者の白血病及びその他のがんの増加は認められなかった,③この調査対象中の早期入市者には,白血病又はその他の悪性腫瘍による死亡の増加は認められないとしている。(乙全ロ67・203頁)(オ) 「寿命調査第9報第2部原爆被爆者における癌以外の死因による死亡率,1950-78年」放影研は,昭和50年(1975年)から昭和53年(1978年)までの4年間の寿命調査(LSS)対象者中の死亡者数を調べ,昭和25年(1950年)からの28年間の死亡率を算定し,がん以外の死因による死亡率も増加しているかどうか,あるいは,放射線による非特異的な加齢促進が起こるかどうかを調べ,「寿命調査第9報第2部原爆被爆者における癌以外の死因による死亡率,1950-78年」(以下「LSS第9報第2部」という。)としてまとめ,昭和57年に発表した。(乙全ロ137・1頁)- 72 -LSS第9報第2部は,①全死因による死亡率について,早期入市者と後期入市者との間に有意差はない,②早期入市者の白血病は,被爆群に白血病が多く現れた昭和25年から昭和33年までには現れず,後になって現れたとしている。(乙全ロ137・19頁)(カ) 国連環境計画(UNEP)「放射線その線量,影響,リスク」昭和63年発表の国連環境計画(UNEP)の「放射線その線量,影響,リスク」(以下「UNEP報告」という。)は,大気圏の核実験により生じた放射性物質(破片)について,①その一部は,爆発地点に近い所に降下し,一部は大気圏の低い層,すなわち,対流圏にとどまり,風と共に地球の同緯度を移動し,その間に少しずつ大地に降下する,②対流圏には,平均して 質(破片)について,①その一部は,爆発地点に近い所に降下し,一部は大気圏の低い層,すなわち,対流圏にとどまり,風と共に地球の同緯度を移動し,その間に少しずつ大地に降下する,②対流圏には,平均して約1か月間とどまっている,③大部分のものは大気圏の2番目の層である成層圏(約10kmから約50km)に打ち上げられ,そこに何か月もとどまり,徐々に地上に降下してくるとしている。 (乙全ロ21・32頁)(キ) 「原爆線量再評価広島および長崎における原子爆弾放射線の日米共同再評価」第6章平成元年発表の「原爆線量再評価広島および長崎における原子爆弾放射線の日米共同再評価」(以下「DS86報告書」という。)第6章は,前記(ア)の放射性降下物の測定調査を総括し,①放射性降下物による累積的被曝の推定の大部分はよく一致しており,放射性降下物の累積的被曝への寄与は,長崎のω13地区では,恐らく20レントゲンないし40レントゲンの範囲であり,広島のω9地区では,恐らく1レントゲンないし3レントゲンの範囲である,②組織吸収線量に換算すると,長崎については,12ラドないし24ラド(0.12グレイないし0.24グレイ),広島については0.6ラドないし2ラド(0.006グレイないし0.02グレイ)になるとしている。(乙全ロ15・218,228頁)また,放射性降下物の線量評価は,Xt=X1・t-1.2(Xtは測定被曝率,X1は原爆の爆発後1時間目における計算被曝率であり,tは1時間単位の爆発後の時- 73 -間である。)の式で計算され,べき指数が-1.2とされた。(乙全ロ15・213頁)もっとも,DS86報告書第6章は,①緊迫した状況であったことや,計器及び訓練された人員が不足していたことにより,関心のある地域についてのグリッド測定ができてい れた。(乙全ロ15・213頁)もっとも,DS86報告書第6章は,①緊迫した状況であったことや,計器及び訓練された人員が不足していたことにより,関心のある地域についてのグリッド測定ができていなかった(注:測定の網の目(グリッド)が粗いことを指す。)ので,放射性降下物地域のデータがどれくらい代表的であるのかは不明である,②原爆の爆発後の3か月間には広島で900mm,長崎で1200mmの大量の降雨があり,さらに,両市とも昭和20年9月17日に台風に遭い,広島は同年10月9日に2回目の台風に遭ったものであり,放射性降下物が測定の行われる前に風雨の影響により散乱されたかもしれない,③一般的に,降雨は地表の物質を斜面から低地帯又は排水装置へ洗い落とす傾向があるが,平坦な地域では放射性降下物を保持するかもしれない,④試料採取場所についての詳細な知識なしには風雨の影響を評価するのは不可能であり,それゆえ,測定データは風雨の影響に対する補正なしに使用されたとしている。(乙全ロ15・213ないし214頁)(ク) 本田武夫ら「長崎市西山地区住民の染色体調査(第2報)」放影研の本田武夫らは,原爆の放射性降下物による残留放射線被曝の人体に及ぼす影響が四十数年後にも染色体異常頻度を指標として検出可能であるかを確認すること等を目的とした研究を行い,「長崎市西山地区住民の染色体調査(第2報)」(以下「本田武夫ら報告」という。)としてまとめ,平成2年に発表した。(乙全ロ134・607頁)本田武夫ら報告は,長崎のω13地区住民30人のうち,原爆被災時の行動が判明している6人について,物理的な方法と細胞遺伝学的な方法により被曝線量の再検討を試みたところ,上記30人の原爆の放射性降下物による被曝線量を物理的方法では平均7.35ラド(0.0735グレイ) 判明している6人について,物理的な方法と細胞遺伝学的な方法により被曝線量の再検討を試みたところ,上記30人の原爆の放射性降下物による被曝線量を物理的方法では平均7.35ラド(0.0735グレイ),細胞遺伝学的方法では平均6. 25ラド(0.0625グレイ)と推算したとしている。(乙全ロ134・610頁)- 74 -(ケ) 黒い雨に関する専門家会議「黒い雨に関する専門家会議報告書」広島県及び広島市が設置した黒い雨に関する専門家会議は,広島の残留放射能による被曝が住民の健康に影響を与える量であったかどうか,また,黒い雨の降雨地域が正しく判定されているかなどを検討し,「黒い雨に関する専門家会議報告書」としてまとめ,平成3年に発表した。(乙全ロ64・「はじめに」,2頁)黒い雨に関する専門家会議報告書は,黒い雨に含まれる低線量放射線の人体への影響について,赤血球のMN血液型決定抗原であるグリコフォリンA蛋白遺伝子に生じた突然変異頻度及び末梢血リンパ球に誘発された染色体異常頻度の検討を行ったところ,グリコフォリンA蛋白遺伝子に関しては,広島市ω7,同市ω17,同市ω18等の降雨地域に当時在住し黒い雨にさらされた40人(男性20人及び女性20人)と広島市ω19,同市ω20,同市ω21,同市ω22,同市ω23,同市ω24等の対照地域に当時在住し黒い雨にさらされていない53人(男性21人及び女性32人)について調査した結果,降雨地域に統計的に有意な体細胞突然変異細胞の増加を認めず,染色体異常に関しても,同様に降雨地域の60人(男性29人及び女性31人)と対照地域の132人(男性65人及び女性67人)について検討したが,どの異常型においても統計的有意差は証明されなかったとしている。(乙全ロ64・7頁)(コ) 静間清ら「広島原爆の早 性31人)と対照地域の132人(男性65人及び女性67人)について検討したが,どの異常型においても統計的有意差は証明されなかったとしている。(乙全ロ64・7頁)(コ) 静間清ら「広島原爆の早期調査での土壌サンプル中のセシウム137濃度と放射性降下物の累積線量評価」広島大学工学部の静間清らは,広島原爆の投下3日後に爆心地から5km以内で収集された土壌サンプル(Z22の調査で収集された試料。以下「Z22試料」という。)中のセシウム137濃度を測定し,放射性降下物が地表から1cmに分布したと仮定して,単位重さ当たりの放射能を面積当たりのセシウム沈着に換算することにより放射性降下物による累積被曝を評価し,「広島原爆の早期調査での土壌サンプル中のセシウム137濃度と放射性降下物の累積線量評価」(以下「静間清ら報告」という。)としてまとめ,平成8年に発表した。(乙全ロ16・1,3,- 75 -4頁,弁論の全趣旨)静間清ら報告は,得られた放射性降下物による累積被曝は,強い放射性降下物地域を除く爆心地から5km以内では,1kg当たり0.31ミリキュリー(0.12±0.02レントゲン),広島のω9地区の強い放射性降下物地域では1kg当たり1.0ミリキュリー(4レントゲン)であるとしている。(乙全ロ16・4頁)(サ) 「放射線の線源と影響原子放射線の影響に関する国連科学委員会の,総会に対する2000年報告書附属書付」「放射線の線源と影響原子放射線の影響に関する国連科学委員会の,総会に対する2000年報告書附属書付」(以下「UNSCEAR2000年報告書」という。)には,大気圏内核実験により発生した放射性核種は,実験が行われた地点に限定されることなく,世界的に広がっていることを前提とする記述がある。(乙全ロ20) SCEAR2000年報告書」という。)には,大気圏内核実験により発生した放射性核種は,実験が行われた地点に限定されることなく,世界的に広がっていることを前提とする記述がある。(乙全ロ20)(シ) 静間清「「黒い雨」にともなう積算線量」平成16年発表の広島大学大学院工学研究科の静間清の「「黒い雨」にともなう積算線量」(以下「静間清報告」という。)は,①広島のω8地区の家屋の壁に残っていた黒い雨の痕跡に含まれているセシウム137の濃度を測定したところ,静間清ら報告の積算線量の前提となった土壌サンプル(ω7橋付近のもの)中のセシウム137の濃度とほぼ一致している,②その濃度は,核実験フォールアウトのセシウム137の濃度の8分の1であった,③セシウム137の測定データからの集積線量の推定値も基本的には線量率からの推定値と一致すべき値であり,長崎の場合,DS86報告書のセシウム137の測定データからの集積線量の推定値は線量率からの推定値とよく一致している,④広島の場合にはセシウム137の測定データからの集積線量の推定値がこれまで報告されていなかったが,この報告でそのデータを得ることができ,その値は3.7レントゲンとなり,線量率からの推定値よりやや高いがほぼ一致している,⑤ω9地区以外の広島市内のフォールアウトの線量は平均約0.10レントゲンと推定され,この値は爆心付近の集積線量の約10- 76 -0分の1であり,爆心から約2km付近における誘導放射線による集積線量に相当するとしている。(乙全ロ11・159ないし162頁,弁論の全趣旨)(ス) 放影研「原爆被爆者の長期健康影響調査に関する「Q&A」」平成18年発表の放影研の「原爆被爆者の長期健康影響調査に関する「Q&A」」(以下「放影研Q&A」という。)は,放射性降下物につ (ス) 放影研「原爆被爆者の長期健康影響調査に関する「Q&A」」平成18年発表の放影研の「原爆被爆者の長期健康影響調査に関する「Q&A」」(以下「放影研Q&A」という。)は,放射性降下物について,①広島原爆及び長崎原爆は地上500mないし600mの高度で爆発し,巨大な火球となり,上昇気流によって上空に押し上げられた,②爆弾の中にあった核物質の約10%が核分裂を起こし,残りの90%は火球と一緒に大気圏へ上昇したと考えられ,その後,火球は冷却され,放射線物質の一部がすすと共に黒い雨となって広島や長崎に降ったが,残りのウランやプルトニウムのほとんどは恐らく大気圏に広く拡散したと思われる,③当時,風があったので,雨は爆心地ではなく,広島では北西部(ω9地区),長崎では東部(ω13地区)に多く降った,④プルトニウム汚染については,原爆後早期に長崎で行われた測定があるが,ウラン又はプルトニウムが核分裂して生じる放射線原子の中で,フォールアウトによる線量への寄与が最も大きい原子(セシウム137)からの放射能レベルよりもはるかに低いレベルであった,⑤広島におけるウランの測定については,放射能レベルが低いため,測定値の解釈は困難であるとしている。(乙全ロ19・4,5頁)(セ) 近藤久義ら「長崎市入市被爆者の死亡率と入市日の関連」長崎大学大学院医歯薬学総合研究科原爆後障害医療研究施設の近藤久義らは,長崎市被爆者健康手帳保持者の中の入市被爆者について,残留放射線の被曝線量が高いと思われる早期入市被爆者とそれ以外の入市被爆者の死亡率を比較し,「長崎市入市被爆者の死亡率と入市日の関連」(以下「近藤久義ら第1報告」という。)としてまとめ,平成22年に発表した。(甲全117・198頁)近藤久義ら第1報告は,原爆の爆発時に長崎市内にいなかったが, 入市被爆者の死亡率と入市日の関連」(以下「近藤久義ら第1報告」という。)としてまとめ,平成22年に発表した。(甲全117・198頁)近藤久義ら第1報告は,原爆の爆発時に長崎市内にいなかったが,昭和20年8月9日から同月23日までの間に長崎市内の爆心地付近(爆心地からおおむね2km以内に区分される町域)に入った入市被爆者で,昭和45年に生存し長崎市内に- 77 -在住していた男性7980人及び女性7230人(入市時の平均年齢は男性24. 1歳,女性23.3歳)を対象に,死亡を観察したところ,長崎の爆心地付近に同月9日又は同月10日に入った早期入市者は,同月11日以降の入市者に比べて,全死因と脳血管疾患,心疾患の死亡率が高く,残留放射線被曝による後障害の可能性が示唆されたとしている。(甲全117・198,201頁)(ソ) 平井裕子ら「歯エナメル質の電子スピン共鳴法による解析は大部分の遠距離被爆者が多量の放射線に被曝したことを示唆しない」放影研の平井裕子らは,残留放射線からの線量が現行のがんリスク推定値や線量反応関係が無効になるほど大きい可能性があるという提言があることを受けて,歯エナメル質に含まれるCO2-ラジカルを電子スピン共鳴法(ESR)により測定することで,遠距離被爆者(爆心地から約3km以遠の者)の大半が大量に被曝したかどうかを検証する目的で調査を行い,その結果を「歯エナメル質の電子スピン共鳴法による解析は大部分の遠距離被爆者が多量の放射線に被曝したことを示唆しない」(以下「平井裕子ら報告」という。)としてまとめ,平成23年に発表した。 (甲全108の3,乙全ロ129,130)平井裕子ら報告は,①広島で爆心地から約3km以上離れた場所で被爆し,DS02による推定線量(直接被曝線量)が5ミリグレイ(0.005グレ 年に発表した。 (甲全108の3,乙全ロ129,130)平井裕子ら報告は,①広島で爆心地から約3km以上離れた場所で被爆し,DS02による推定線量(直接被曝線量)が5ミリグレイ(0.005グレイ)未満である49人の被爆者から提供された56本の大臼歯について,電子スピン共鳴法(ESR)による歯のエナメル質のCO2-ラジカルの測定を行った結果,推定線量値は-200ミリグレイ(-0.2グレイ)から500ミリグレイ(0.5グレイ)にわたり,中央値は,頬側試料では17ミリグレイ(0.017グレイ),舌側試料では13ミリグレイ(0.013グレイ)であった,②以上の結果は,遠距離被爆者の大多数が浸透力の大きい残留放射線によって大きな線量(例えば1グレイ)を受けたという主張を支持しなかったとしている。(乙全ロ130)なお,平井裕子ら報告では,17歳から23歳までの非被爆者(一般人)から寄附された20本の親知らず(永久歯になってからおおむね10年程度)に放射線を- 78 -照射して,その歯から得られた電子スピン共鳴信号をグラフにして,被曝線量と電子スピン共鳴信号の換算グラフを作成する手法が採られている。また,電子スピン共鳴信号は他の放射線(レントゲンなどの医療被曝)や紫外線などでもその量が増加することが知られており,そのような状況から,一般人と比較して電子スピン共鳴信号が低く出た被爆者については,マイナスの被曝線量が結果として表示されることになるものであり,実際に,平井裕子ら報告602頁の「fig.1.」においては,推定線量値がマイナスとなっている例がある。また,平井裕子ら報告においては,推定線量値が0.3ないし0.4グレイとなるものが6例あった。(甲全108の3,弁論の全趣旨)(タ) 近藤久義ら「長崎市遠距離被爆者の死亡率と残留放 る例がある。また,平井裕子ら報告においては,推定線量値が0.3ないし0.4グレイとなるものが6例あった。(甲全108の3,弁論の全趣旨)(タ) 近藤久義ら「長崎市遠距離被爆者の死亡率と残留放射線との関連」長崎大学大学院医歯薬学総合研究科原爆後障害医療研究施設の近藤久義らは,長崎市被爆者健康手帳保持者の中の遠距離被爆者について,残留放射線に被曝したと思われる群と残留放射線に被曝していない群の死亡率を比較し,「長崎市遠距離被爆者の死亡率と残留放射線との関連」(以下「近藤久義ら第2報告」という。)としてまとめ,平成24年に発表した。(乙全ロ147・268頁)近藤久義ら第2報告は,①長崎の爆心地から3km以遠で被爆後,残留放射線への被曝が考えられる昭和20年8月10日までに爆心地付近に立ち入った遠距離被爆者において,残留放射線被曝によると考えられる死亡率の増大は観察されなかった,②この研究では,残留放射線による被曝線量が高いと考えられる早い時期に爆心地付近に立ち入った遠距離被爆者と立ち入らなかった遠距離被爆者の死亡率に差は認められず,近藤久義ら第1報告とは異なる結果が得られた,③その理由については現時点では不明であるが,低線量の放射線を事前に照射すると,その後の放射線被曝による生物障害が軽減される現象(適応応答)が知られており,遠距離被爆者の残留放射線被曝群で死亡率の増大が観察されなかった理由の一つである可能性が考えられる,④この研究においても,交絡因子の影響を除外することができず,今回得られた知見のみから,遠距離被爆者における残留放射線被曝による後障害を- 79 -論じることはできないとしている。(乙全ロ147・269,270頁)(チ) 冨田哲治ら「リスク地図に基づく広島原爆被爆者の癌死亡の地理的分布の円非対称性の調 線被曝による後障害を- 79 -論じることはできないとしている。(乙全ロ147・269,270頁)(チ) 冨田哲治ら「リスク地図に基づく広島原爆被爆者の癌死亡の地理的分布の円非対称性の調査:空間的生存データの分析」冨田哲治らは,広島大学原子爆弾放射線医科学研究所に登録された原爆被爆者のデータベースを用いて,場所により評価したリスクに基づく地図を作成し,「リスク地図に基づく広島原爆被爆者の癌死亡の地理的分布の円非対称性の調査:空間的生存データの分析」(以下「冨田哲治ら第1報告」という。)としてまとめ,平成24年に発表した。(甲全108の2・2頁)冨田哲治ら第1報告は,①爆心地から2kmの距離の危険率に焦点を当てると,最高と最小の相対リスクは1.6であり,このことは,直接被爆以外の原因による約0.6の過剰相対リスク(ERR)を示唆する,②この値は,もし,この付加的なリスクが直接被爆に含まれない外部被曝により生ずるとすれば相当大きな線量(1グレイ以上)となる,③このことは,例えば,環境サンプルによる事後的な熱ルミネセンス法による実験で証明された直接被曝線量ではなさそうであり,追加的な慢性持続的被曝と内部被曝による個人的多様性が大きな影響を与えた可能性があり得る,④社会経済的地位,生活スタイル及び環境要因により,観察された非対称性を部分的に説明することができる,⑤利用することのできるデータが限られていることから,これらの要因を調査することは困難であるとしている。(甲全108の2・4頁)(ツ) 冨田哲治ら「広島原爆被爆者における死亡危険度地図の推定範囲拡大の試み」県立広島大学経営情報学部の冨田哲治らは,広島大学原爆放射線医科学研究所の広島原爆被爆者コホートデータベースの整備に伴い,新たに被爆時所在地の座標化が行われ 死亡危険度地図の推定範囲拡大の試み」県立広島大学経営情報学部の冨田哲治らは,広島大学原爆放射線医科学研究所の広島原爆被爆者コホートデータベースの整備に伴い,新たに被爆時所在地の座標化が行われたコホートデータを用いて,固形がん死亡危険度地図の推定範囲の拡大を行い,また,固形がん死亡の年齢依存性について三相多段階発がん数理モデルを用いて定式化し,年齢依存性を考慮した死亡危険度地図の推定を試み,「広島原爆被爆者における死亡危険度地図の推定範囲拡大の試み」(以下「冨田哲治ら第2報告」- 80 -という。)としてまとめ,平成26年に発表した。(乙全ロ148・222頁)冨田哲治ら第2報告は,①爆心地から離れるにつれて死亡危険度は減少しているが,西地域は減少が緩やかであり,他の方角に比べて死亡危険度が高い傾向にあった,②爆心地から南の海岸線付近の死亡危険度が高い傾向にあった,③爆心地から西の地域に死亡危険度が高いことは,黒い雨等による放射線降下物による間接被爆の影響であると考えられる,④爆心地から南の海岸線地域の死亡危険度が高いことについては,その理由に関して更に議論を積み重ねる必要があるとしている。(乙全ロ148・224ないし225頁)(テ) Z28の意見立命館大学国際関係学部教授のZ28は,①広島原爆の爆発により1核分裂破片当たり平均4種類ほどの核種が生成し,結果として,亜鉛30からテルビウム65まで36種類の元素,約300種類の放射性核種が生み出され,これらの元素は様々な核特性を持ち,単体としての,あるいは,化合物としての物理的,化学的性質は一様ではない,②核分裂によって生み出された放射性原子核はプラズマ状態(周囲の電子を剥ぎ取られた裸の原子核の状態をいう。)で大気中に放出されたが,温度の低下に従って大気中の酸素原子等 ,化学的性質は一様ではない,②核分裂によって生み出された放射性原子核はプラズマ状態(周囲の電子を剥ぎ取られた裸の原子核の状態をいう。)で大気中に放出されたが,温度の低下に従って大気中の酸素原子等と結合し,例えばセシウム137が過酸化セシウムとなるように,様々な化合物に変化していった,③それらの放射性核物質は火球と共に上昇するが,熱線と爆風の作用によって作り出された火事嵐も強い上昇気流を発生させ,大量のばい煙(不完全燃焼によって生じるすすなどの大気汚染物質)を爆心地周辺の上空一帯に充満させた,④核爆発によって発生した多種多様な放射性化合物は,大気中の水分子を付着させて細かい水滴になったり,すすに付着したりして空気中を漂い,原子雲(キノコ雲)の流動及び拡散に応じて複雑な挙動を示した,⑤これらの放射性粒子は,条件次第では黒い雨等の降水となって地上に降り,土や構造物の表面の放射能汚染をもたらした,⑥粒子の大きさが微細な場合には沈降速度は極めて遅く,地表面に達するには何日も何週間も掛かる場合もあり,その間に風に運ばれて爆心から遠く離れた地域に運ばれていった,⑦これらの放射性核- 81 -種は大気中を漂いながらもベータ線やガンマ線を放射し,高さに応じて通過地域にいる者に大小の放射線被曝を与えた,⑧ベータ線は透過力がガンマ線に比して小さいため,放射性物質が体外にある場合には被曝線量評価の上で軽視されがちであるが,ベータ放射体が体表面の近傍に存在する場合やベータ放射体が一面を覆っている地面に被爆者が横たわっている場合などではベータ線による被曝は無視することのできないレベルに達し得る,⑨広島原爆の爆発に伴って原子核分裂反応を起こしたウラン235は約1kgと僅かであり,残りの約50kgのウランは未分裂のまま周囲に放出された,⑩ウラン原子核から放出さ とのできないレベルに達し得る,⑨広島原爆の爆発に伴って原子核分裂反応を起こしたウラン235は約1kgと僅かであり,残りの約50kgのウランは未分裂のまま周囲に放出された,⑩ウラン原子核から放出されるアルファ線の飛ぶ距離は空気中でも数センチメートルにすぎないため,体外にウランが存在している場合,アルファ線の外部被曝が問題となることはないが,アルファ放射体が呼吸器系,消化器系,皮膚等を通じて体内に侵入した場合には,細胞レベルでの被曝が問題となり得るとしている。(甲全55・7ないし10頁)(ト) Z5の意見名古屋大学名誉教授のZ5は,①原爆が投下された時,広島及び長崎上空では,100万分の1秒間という極めて短時間にウラン235及びプルトニウム239の原子核が次々と核分裂を起こす連鎖反応が数十段階も繰り返され,広島では約800gのウラン235の原子核が,長崎では約1kgのプルトニウム239の原子核が核分裂した,②ウラン235及びプルトニウム239の核分裂の連鎖反応により作られた大量のガンマ線と中性子線が,爆弾容器を貫いて大気中に放出された,③放出されたガンマ線の大部分を吸収した周辺の大気は,数百万度,数十万気圧という超高温,超高圧のプラズマ状態の火球を作り出した,④火球の内部には,大量の放射性原子核が含まれていた,⑤火球の膨張によって,火球表面にショックフロントと呼ばれる大気の超高圧の層が形成され,ショックフロントの高圧層の伝搬速度が火球の膨張速度を超えると,火球から離れて強い衝撃波となって外に向かって伝搬した,⑥衝撃波と大気の圧力差によって外向きの強烈な爆風が作られ,衝撃波の通過直後に爆風が襲って衝撃波で分解された建造物を破壊し倒壊させた,⑦火球が- 82 -急上昇して冷却すると放射性原子核は電子を捉えて放射性原子になり,こ って外向きの強烈な爆風が作られ,衝撃波の通過直後に爆風が襲って衝撃波で分解された建造物を破壊し倒壊させた,⑦火球が- 82 -急上昇して冷却すると放射性原子核は電子を捉えて放射性原子になり,これらが結合して分子になり,更に合体して放射性微粒子になる,⑧放射性微粒子を中心にして水蒸気が集まって放射能を帯びた水滴が作られ,「きのこ雲」が形成される,⑨「きのこ雲」の一部は成層圏まで達し,放射能を帯びた水滴は更に成長して大きくなり黒い雨として降下し,又は下降したことにより温度の上昇によって水分を蒸発させ,放射性粒子となって下降したとしている。(甲全13,27・11頁,99,証人Z5)(ナ) Z29の意見琉球大学理学部のZ29は,①核分裂性物質及び核分裂生成物の大部分は,火球に含まれていたが,火球がきのこ雲に変わって上昇するにつれて上空に運ばれ,その後,下降気流によって地上に降り注ぐ放射性降下物になった,②きのこ雲に乗って上空に運ばれた核分裂生成物や誘導放射化された大気中の原子核,原爆の機材物質,核分裂をしなかった核分裂性物質等の大量の放射性物質は,きのこ雲の広がりとともに広い範囲に,黒い灰や黒い雨あるいは目に見えない放射性微粒子等となって地上に降り注いだ,③原爆投下が湿度の高い夏季であったため,これらの放射性物質を核にした水滴が作られ,黒い霧,更には水滴が大きくなると強い放射性物質を多く含んだ黒い雨となって降ったが,目に見えない大きさの放射性微粒子も大量に降下したと考えられる,④爆心地に近い全焼地域では,火災から逃れるのがやっとで,その地域にとどまることは許されないが,火災を免れた周辺地域では,その地域に滞在して放射性降下物の微粒子を呼吸で体内に取り込み,汚染された飲食物,薬品,治療機材などによって,外部被曝及び内部被曝が発生 の地域にとどまることは許されないが,火災を免れた周辺地域では,その地域に滞在して放射性降下物の微粒子を呼吸で体内に取り込み,汚染された飲食物,薬品,治療機材などによって,外部被曝及び内部被曝が発生した可能性が高いとしている。(甲全42・4頁,甲全43の1・23頁)(ニ) Z30及びZ31の意見国際医療福祉大学放射線医学センター長のZ30及び大分県立看護科学大学学長のZ31は,①放射性降下物が多かった例の代表であるビキニ核実験では,大量の放射性降下物が地上に降下し,広範囲に影響を及ぼしたが,これは地表面で核爆発- 83 -を引き起こした結果,未分裂の核物質や核分裂生成物が大量の土砂と共に巻き上げられ,放射性降下物として周辺に降下したからであり,一方,広島原爆及び長崎原爆は,上空での爆発であり,未分裂の核物質や核分裂生成物の大半は,瞬時に蒸散して火球と共に上昇し,成層圏にまで達した後,上層の気流によって広範囲に広がったものであり,広島市及び長崎市に降り注いだ放射性降下物は極めて少なかったと考えられている,②黒い雨は,火災によりすすが巻き上げられ,雨と共に降下したものであり,黒い雨と放射性降下物は必ずしも同じものではない,③黒い雨の原因となる炭素は,吸収断面積が3ミリバーンであり,放射化されにくい核種であるから,黒い雨が有意な放射能を有するわけではなく,例えば,鉄の吸収断面積は2. 81バーンであり,炭素はその900分の1である(なお,吸収反応が起こる確率については,核断面積,核反応断面積又は吸収断面積といい,物理量(バーン)で表される。),④放射性降下物が取り込まれた黒い雨が降った地域は,広島のω9地区及び長崎のω13地区に限られており,これら以外の地域においては極めて微量なものであったため,これが人体に付着したとしても有意な 。),④放射性降下物が取り込まれた黒い雨が降った地域は,広島のω9地区及び長崎のω13地区に限られており,これら以外の地域においては極めて微量なものであったため,これが人体に付着したとしても有意な被曝線源となることは考えられない,⑤広い範囲の地面にほぼ均等に付着した放射性降下物からの外部被曝線量(線量率)は,地面からのどの位置(高さ)で計測したとしても異なるものではない,⑥放射性降下物が直接皮膚に付着して相当量の被曝があったとすれば,必ず,紅斑,水疱などの放射線皮膚障害が生じたはずであるが,実際には,黒い雨を直接浴びた場合であっても,放射線皮膚障害がみられたとの報告はない,⑦原爆の爆発後に行われた複数の調査結果を基にして,原爆の爆発1時間後から現在に至るまでとどまり続けていたという仮定をした場合,ω9地区で0.006グレイないし0.02グレイ,ω13地区で0.12グレイないし0.24グレイと想定されており,これは放射性降下物による外部被曝線量を地上1mの高さで推定しているが,そのことは現在の線量評価の常識から考えて問題はないとしている。(乙全ロ3・10頁,17・13ないし15頁,弁論の全趣旨)(ヌ) Z31の意見- 84 -大分県立看護科学大学学長のZ31は,①黒い雨が人体に付着したことを重視する見解があるが,人の皮膚は常に新陳代謝が行われており,あかと一緒に落ちるので,仮に汚染されて入浴もしなかったとしても,大体1週間から10日たてば,あかとして落ちてしまう,②放射線が距離の2乗に反比例して急激に低減するといった法則が当てはまるのは点線源の場合であるところ,残留放射線は面線源であるから,残留放射線について,地面すれすれの所で測定したとしても,地面から1mの高さで測定したとしてもそう違いはないとしている。なお,上記②につ るのは点線源の場合であるところ,残留放射線は面線源であるから,残留放射線について,地面すれすれの所で測定したとしても,地面から1mの高さで測定したとしてもそう違いはないとしている。なお,上記②については,厚生労働省健康局総務課作成の「点線源と面線源それぞれにおける,線源からの距離と被曝線量との関係」も同旨である。(乙全ロ22の1・111,149,152項,48)(ネ) 藤原武夫ら「広島市附近における残存放射能について」広島文理科大学教授の藤原武夫らは,広島市付近において残存している放射能が,地域的にいかなる分布をし,いかなる変化をするかを知る目的で,ローリッツェン電気計を使用して,昭和20年9月,昭和21年8月及び昭和23年1月ないし6月の3回にわたって,広島市及びその近郊の放射能を測定した結果を「広島市附近における残存放射能について」(以下「藤原武夫ら報告」という。)にまとめ,昭和28年に発表した。(甲全38の5,弁論の全趣旨)藤原武夫ら報告は,①測定にはそれぞれの地点においてローリッツェン電気計を地面上1mに保持しながら15分ないし30分間の読み取りを行った,②鉄筋コンクリート建造物にあっては,放射能が比較的強い場合がかなりある,③中国新聞(爆心地から1km)については,室内の灰じん(主として塗りしっくいの焼け落ちたもの)を捨て去ることにより,同一場所での放射能が激減したことが認められ,これは灰じんの中に元々ある程度の放射性物質が含まれていたものと解するほかないであろうとしている。また,藤原武夫ら報告中の測定結果を記載した表によれば,広島文理科大学(爆心地から1.4km)の室内における測定で,灰じんがある場所の放射能が強い傾向がみられる。(甲全38の5)- 85 -ウ検討(ア) 広島及び長崎におい 表によれば,広島文理科大学(爆心地から1.4km)の室内における測定で,灰じんがある場所の放射能が強い傾向がみられる。(甲全38の5)- 85 -ウ検討(ア) 広島及び長崎においては,原爆投下の数日後から複数の測定者による放射性降下物の測定調査が行われ,これらの調査の結果,広島のω9地区及び長崎のω13地区において,それぞれ放射線の影響が比較的顕著にみられることが判明し,これは,原爆の爆発後,ω9地区及びω13地区において激しい降雨があり,これによって放射性降下物が降下したことによるものであることが確認されている。そして,DS86報告書第6章は,これらの測定調査を総括して,放射性降下物の累積的被曝への寄与は,ω9地区では,恐らく1レントゲンないし3レントゲンの範囲であり,ω13地区では,恐らく20レントゲンないし40レントゲンの範囲であるとし,組織吸収線量に換算すると,広島については0.6ラドないし2ラド(0. 006グレイないし0.02グレイ),長崎については12ラドないし24ラド(0. 12グレイないし0.24グレイ)になると結論付けている。DS86報告書第6章は,上記のとおり原爆投下直後の複数の測定調査を総括したものであり,その後の調査結果による推定値もこれと特に矛盾するものではないこと等を考慮すると,DS86報告書第6章の放射性降下物による放射線の外部被曝線量の算定方法は,一定の科学的根拠に基づくものということができる。 しかしながら,放射性降下物の測定結果については,DS86報告書第6章自体が,①緊迫した状況であったことや,計器及び訓練された人員が不足していたことにより,関心のある地域についてのグリッド測定ができていなかったので,放射性降下物地域のデータがどれくらい代表的であるのかは不明である,②原爆の爆発後 ことや,計器及び訓練された人員が不足していたことにより,関心のある地域についてのグリッド測定ができていなかったので,放射性降下物地域のデータがどれくらい代表的であるのかは不明である,②原爆の爆発後の3か月間には広島で900mm,長崎で1200mmの大量の降雨があり,さらに,両市とも昭和20年9月17日に台風に遭い,広島は同年10月9日に2回目の台風に遭ったものであり,放射性降下物が測定の行われる前に風雨の影響により散乱されたかもしれないなどと,測定等の精度が非常に低いことを強調している(前記イ(キ))。また,広島においては,Z22の調査,Z23らの調査及び荒勝文策らの調査のように早期の段階で行われた調査もあるが,これらの調査についても測定- 86 -地点が限られているなどの限界がある上,試料を採取した場所が大きく離れていないにもかかわらず,放射線量が大きく異なっているものがあること(Z23らの調査によれば,ω7駅付近のある地点で採取された試料については,毎分90であるのに対し,ω7駅付近の別の地点で採取された試料については,自然計数より稍少とされており(乙全ロ12・4頁),荒勝文策らの調査によれば,ω7駅に近いω14東詰で採集された試料については,毎分106であるのに対し,ω7駅の西南約300mの地点で採集された試料については,自然計数と同じ毎分18程度とされている(乙全ロ13・7,9頁)。)に照らすと,放射性降下物が相当程度不均一に存在していたことが推認され,降下形態やその後の集積により局地的に強い放射線を出す場合があり得るというべきである。加えて,DS86報告書第6章は,残留放射線による被曝線量を地面から1mの高さで評価したものであるところ,放射線量は放射線源からの距離の2乗に反比例して急激に低減するといった物理的法則に照ら ある。加えて,DS86報告書第6章は,残留放射線による被曝線量を地面から1mの高さで評価したものであるところ,放射線量は放射線源からの距離の2乗に反比例して急激に低減するといった物理的法則に照らして,地面付近で作業をしたり,横たわったりなどした場合や放射性物質が衣服や身体に付着した場合には,被曝線量が高くなると考えるべきであるとの指摘や,ベータ線は透過力がガンマ線に比して小さいため,放射性物質が体外にある場合には被曝線量評価の上で軽視されがちであるが,ベータ放射体が体表面の近傍に存在する場合やベータ放射体が一面を覆っている地面に被爆者が横たわっている場合などではベータ線による被曝は無視することのできないレベルに達し得るとの指摘もあり,これらの指摘は,Z30及びZ31の意見やZ31の意見を踏まえても,容易に排斥できるものとはいえない。 以上の事情を考慮すると,放射性降下物による放射線の外部被曝線量を算定する際には上記のような測定精度や測定試料等の制約から一定の限界が存することに十分留意する必要があり,実際に被爆者の被曝線量を評価するに当たっては,ω9地区又はω13地区以外の地域にも放射性降下物が相当量降下し又は浮遊していた可能性を考慮に入れ,かつ,当該被爆者の被爆後の行動,活動内容,被爆後に生じた症状等に照らし,放射性降下物による様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能- 87 -性がないかどうかを十分に検討する必要があるというべきである。 (イ) これに対し,被告は,①広島原爆及び長崎原爆の放射性降下物については,放影研Q&A,荒川報告,UNEP報告及びUNSCEAR2000年報告書のように,そのほとんどが大気圏に広く拡散したとする見解,②放射性降下物による累積被曝を少なく評価する静間清ら報告及び静間清報告,③歯エナメル質の 報告,UNEP報告及びUNSCEAR2000年報告書のように,そのほとんどが大気圏に広く拡散したとする見解,②放射性降下物による累積被曝を少なく評価する静間清ら報告及び静間清報告,③歯エナメル質の電子スピン共鳴法による解析は遠距離被爆者の大多数が浸透力の大きい残留放射線によって大きな線量を受けたという主張を支持しなかったとする平井裕子ら報告,④長崎のω13地区の住民の染色体異常の調査の結果,放射性降下物による被曝量は極めて小さいとする本田武雄ら報告,⑤広島市ω19,同市ω20,同市ω21,同市ω22,同市ω23,同市ω24等を対照地域として,降雨地域における体細胞突然変異細胞の増加や染色体異常の有意差を否定する黒い雨に関する専門家会議報告書が存在するほか,⑥LSS第5報,LSS第7報第2部及びLSS第9報第2部は,全体として,早期入市者と後期入市者との間に死亡率には有意差がなかったとしている点を指摘するため,以下検討する。 a 上記①の点についてZ5の意見は,大量の放射性物質が爆風によって吹き飛ばされずに原子雲を形成し,黒い雨として降下したとしており,Z29の意見も同趣旨であること,Z28の意見は,核爆発によって発生した多種多様な放射性化合物は,大気中の水分子を付着させて細かい水滴になったり,すすに付着したりして空気中を漂い,原子雲(キノコ雲)の流動及び拡散に応じて複雑な挙動を示し,条件次第では黒い雨などの降水となって地上に降り,土や構造物の表面の放射能汚染をもたらし,粒子の大きさが微細な場合には沈降速度は極めて遅く,地表面に達するには何日も何週間も掛かる場合もあり,その間に風に運ばれて爆心から遠く離れた地域にも運ばれ,これらの放射性核種は大気中を漂いながらもベータ線やガンマ線を放射し,高さに応じて通過地域にいる者に大小の放 は何日も何週間も掛かる場合もあり,その間に風に運ばれて爆心から遠く離れた地域にも運ばれ,これらの放射性核種は大気中を漂いながらもベータ線やガンマ線を放射し,高さに応じて通過地域にいる者に大小の放射線被曝を与えたとしていること,藤原武夫ら報告は,建物内の灰じん等の中に放射性物質が存在したことを示しており,黒い雨の降下が- 88 -あった地域以外にも放射性物質が降下し,空気中を漂うなどした後に堆積したとみても矛盾のない結果となっていること等に加え,後記のとおり,遠距離被爆者に生じた症状等を考慮すると,広島原爆及び長崎原爆による放射性降下物のほとんどが大気圏に広く拡散し,放射性降下物による被曝線量が無視することのできる範囲であったとの見解は,にわかに採用することができない。 b 上記②の点について静間清ら報告については,前記のとおり,報告の前提であるZ22試料の採取地点が限られているなどの限界があること,広島原爆の投下3日後に爆心地から5km以内で収集されたZ22試料から検出することのできたセシウム137は,放射性降雨に含まれて地中に浸透することができたものだけであって,大部分は,地表面を流れて失われ,地表面に堆積したものも風によって運び去られたとの指摘があること(甲全55・6ないし7頁),被曝線量を算定するに当たって,実際に測定されたのはセシウム137のみであり,原爆により生じた全核分裂生成物に換算するとされてはいるものの(乙全ロ22の1・112,113項),その換算にも限界があるものといわざるを得ないこと等を指摘することができる。 静間清報告についても,黒い雨の痕跡の残る壁面は,昭和42年に自宅改装の際に広島平和記念資料館に寄贈されたものであり,その一部が拭き取られるなど(乙全ロ11・160頁),適切な保存状態にあったと 静間清報告についても,黒い雨の痕跡の残る壁面は,昭和42年に自宅改装の際に広島平和記念資料館に寄贈されたものであり,その一部が拭き取られるなど(乙全ロ11・160頁),適切な保存状態にあったとはいえないという問題がある。 したがって,これらの報告によっても,放射性降下物による被曝線量が無視することのできる範囲であったということはできない。 c 上記③の点について平井裕子ら報告は,49名という少数の被爆者を対象としたものであって,これが原告らを含めた他の被爆者に同様に当てはまるかについては明らかでないといわざるを得ないこと,分析対象者の中には,被曝線量がマイナスとなっている者がおり,バックグラウンド被曝線量を過剰に控除している可能性が否定できないこと,電子スピン共鳴法(ESR)は,300ミリグレイ(0.3グレイ)以上の被曝し- 89 -か測定することができないとされていること(甲全112・8枚目)等に照らすと,その測定にも限界があるというべきである。加えて,平井裕子ら報告においては,広島で爆心地から約3km以上離れた場所で被爆した者を対象とし,対象者が49名と少数であったにもかかわらず,推定線量値が0.3ないし0.4グレイとなるものが6例もあったことを考慮すると,同報告をもって,放射性降下物による被曝線量が無視することのできる範囲であったということはできない。 d 上記④及び⑤の点について本田武夫ら報告については,長崎のω13地区住民30人のうち,原爆被災時の行動が判明している6人のみを対象とするものであり,対象者の数が少なく,その結果を一般化することには疑問が残るといわざるを得ない。また,冨田哲治ら第1報告や冨田哲治ら第2報告によれば,放射性降下物による被曝線量は必ずしも同心円状に減衰するわけではないというこ 少なく,その結果を一般化することには疑問が残るといわざるを得ない。また,冨田哲治ら第1報告や冨田哲治ら第2報告によれば,放射性降下物による被曝線量は必ずしも同心円状に減衰するわけではないということができるのであって,地形や気象条件等によって,放射性降下物がより遠くへ飛散して降下し,周囲の者に対して強い放射線を発した場合もあったものというべきであり,黒い雨に関する専門家会議報告書が対照地域とする広島市ω19,同市ω20,同市ω21,同市ω22,同市ω23,同市ω24等の地域にも放射性降下物があった可能性は否定することができないというべきであるから,広島市ω7,同市ω17,同市ω18等の降雨地域に当時在住し黒い雨にさらされた者と上記対照地域に当時在住し黒い雨にさらされていない者を比較した結果,降雨地域に統計的に有意な体細胞突然変異細胞の増加や染色体異常についての統計的有意差が証明されなかったとしても,そのことをもって,放射性降下物による被曝線量が無視することのできる範囲であったということはできない。 e 上記⑥の点ついてLSS第5報,LSS第7報第2部及びLSS第9報第2部は,全体として,早期入市者と後期入市者との間に死亡率には有意差がなかったとしているが,ここでは飽くまでも死亡率のみを比較しており,有病率を比較したものではない上,LS- 90 -S第5報においては,全死因について早期入市者における死亡が相対的に少ないなどとされていたところ,LSS第7報第2部においては,全死因による死亡率について,早期入市者と後期入市者の間に有意差はないとされ,更にLSS第9報第2部においても同様とされているのであって,少なくとも,死亡率についても徐々に早期入市者と後期入市者の率に逆転がみられつつあったという事実は認めることができるほか, はないとされ,更にLSS第9報第2部においても同様とされているのであって,少なくとも,死亡率についても徐々に早期入市者と後期入市者の率に逆転がみられつつあったという事実は認めることができるほか,LSS第9報第2部は,早期入市者の白血病は,被爆群に白血病が多く現れた昭和25年から昭和33年までには現れず,後になって現れたことも指摘していることを考慮すると,LSS第5報,LSS第7報第2部及びLSS第9報第2部の記載をもって放射性降下物による被曝線量が無視することのできる範囲であったということはできない。 (ウ) 以上によれば,広島原爆及び長崎原爆の爆発によって,相当量の放射性降下物が広範囲に降下したことは否定することができず,実際に被爆者の被曝線量を評価するに当たっては,放射性降下物による放射線の被曝線量を無視することはできないというべきであり,他に前記(ア)の認定判断を左右するに足りる的確な証拠はない。 (4) 誘導放射化された物質による被曝線量についてア総説(ア) 誘導放射線とは,地上に到達した初期放射線の中性子が,建物,地面等を構成する物質の特定の元素の原子核と反応を起こし((誘導)放射化),これによって生じた放射性物質が放出する放射線である。(弁論の全趣旨)(イ) 放射化は,安定した原子核(非放射性)が中性子を吸収することによって生じるものであるが,吸収反応が起こる確率,すなわち,放射化の程度(核断面積,核反応断面積及び吸収断面積といい,物理量(バーン)で表される。)は,中性子のエネルギーと原子核の種類によって大きく異なり,中性子を吸収しても,別の安定した核種となり,放射化しないものがあることが知られている。瞬間的,すなわち,極めて短時間の間に誘導放射化する元素は限られており,全ての元素が放射化- きく異なり,中性子を吸収しても,別の安定した核種となり,放射化しないものがあることが知られている。瞬間的,すなわち,極めて短時間の間に誘導放射化する元素は限られており,全ての元素が放射化- 91 -するわけではないことも知られている。(乙全ロ3・10頁,弁論の全趣旨)例えば,鉄(鉄56)の吸収断面積は,2.81バーンであるが,木材を構成する炭素の吸収断面積は,3ミリバーンで鉄の900分の1にすぎず,極めて放射化しづらい核種である。(乙全ロ17・13頁)(ウ) 原爆中性子線の瞬間的な中性子照射によって起こりやすい反応としては,アルミニウム28,マンガン56,ナトリウム24,鉄56といった金属元素が高速中性子(速中性子)を吸収することによって起こされる反応(荷重粒子放出反応)がある。被曝に寄与する誘導放射性核種は,核種ごとに半減期が物理的に決まっており,速中性子の吸収によって新たに生じた放射性核種の半減期は比較的短いことが特徴である。(乙全ロ3・10頁,15・220頁弁論の全趣旨)(エ) 中性子は,爆央から大気中を伝播する過程において大気中の水蒸気等との相互作用により,急速にエネルギーを低下させて熱中性子へと変化する。エネルギーが低くなった原爆中性子(熱中性子)の吸収によって生ずる反応(捕獲反応)は,ホウ素,カドミウム,ユウロピウム,ガドリニウムなどの元素にみられるが,これらは土壌中にはほとんど存在しない。(乙全ロ3・10頁,弁論の全趣旨)(オ) 広島及び長崎の土壌中の組成で比較的高い誘導放射線を示す核種は,アルミニウム28,マンガン56及びナトリウム24であるが,アルミニウム28の半減期は,2.31分と極めて短い。なお,鉄は,1g当たりの重量が比較的高いが,その大半を占める鉄56の核種が中性子を捕捉しても,安定元 8,マンガン56及びナトリウム24であるが,アルミニウム28の半減期は,2.31分と極めて短い。なお,鉄は,1g当たりの重量が比較的高いが,その大半を占める鉄56の核種が中性子を捕捉しても,安定元素である鉄57となるだけであるため,放射能を出さない。一方,中性子を捕捉して半減期の短い鉄59となる鉄58は自然界にほとんど存在しないため,放射能量は極めて低い。(乙全ロ15・83,85,220頁,24,弁論の全趣旨)(カ) 新審査の方針策定後の審査においては,誘導放射線について,DS86策定後に現れた科学的知見を踏まえて,その線量評価が行われている。(弁論の全趣旨)イ各種知見(ア) 橋詰雅ら「広島・長崎における中性子誘導放射能からのガンマ線量の推定」- 92 -ABCCの橋詰雅らは,中性子によって土壌及び建築材料に誘導された放射能からのガンマ線量を実験データに基づいて推定し,「広島・長崎における中性子誘導放射能からのガンマ線量の推定」(以下「橋詰雅ら報告」という。)としてまとめ,昭和45年に発表した。(乙全ロ27・1頁,弁論の全趣旨)橋詰雅ら報告は,①土壌中の誘導放射能からのガンマ線量は,主として,ナトリウム24及びマンガン56に負うものであることが判明した,②原爆投下後1日目に広島の爆心地付近に入り,そこに8時間滞在した者の推定被曝線量は3ラド(0. 03グレイ)である,③広島の爆心地から500m及び1000mの距離における線量は,それぞれ爆心地の線量の18%及び0.07%であった,④原爆の爆発直後から無限時までの累積ガンマ線量は,広島では爆心地で約80ラド(約0.8グレイ),長崎では同じく約30ラド(約0.3グレイ)であると推定されたとしている。(乙全ロ27・1頁)(イ) Z32らの線量評価Z32ら ンマ線量は,広島では爆心地で約80ラド(約0.8グレイ),長崎では同じく約30ラド(約0.3グレイ)であると推定されたとしている。(乙全ロ27・1頁)(イ) Z32らの線量評価Z32らは,昭和61年(1986年)にDS86による原爆の初期放射線の被曝線量評価が策定された際に,広島及び長崎の実際の土壌中の元素の種類,含有量及びこれらの元素の吸収断面積を基に生成された放射能量を計算し,その結果,原爆の爆発後1時間における誘導放射線量は,広島では爆心地から700m,長崎では爆心地から600mの地点に至ると,ほぼ0.001グレイにまで低減するとした。(乙全ロ5・349,351頁,26・7頁,弁論の全趣旨)また,Z32らは,爆心地における土壌の放射化による線量率が時間とともに減衰する様子を計算したが,線量率の変化は,見掛け上,3つの膨らんだ部分から成っていた。このうち,第1の部分は,主として短寿命のアルミニウム28の寄与であり,約30分後からの第2の部分は,マンガン56及びナトリウム24の寄与であり,1週間後からの第3の部分は,鉄59及びスカンジウム46の寄与によるものであった。そして,約1年後には,マンガン54(半減期312日)やセシウム134(半減期2.06年)の寄与が主となった。(乙全ロ5・350頁,弁論の- 93 -全趣旨)鉄59やスカンジウム46による誘導放射線について,爆心地において,1時間当たりの線量率は,0.00001グレイを下回っていた。なお,アルミニウム28による1時間当たりの線量率は極めて高いものの,その半減期は2.31分と極めて短く,爆心地において原爆の爆発直後からアルミニウム28による誘導放射線の被曝をしても,その最大積算線量は,広島において0.48グレイ,長崎において0.336グレイであった 減期は2.31分と極めて短く,爆心地において原爆の爆発直後からアルミニウム28による誘導放射線の被曝をしても,その最大積算線量は,広島において0.48グレイ,長崎において0.336グレイであった。(乙全ロ25・4,5頁,弁論の全趣旨)(ウ) 荒勝文策「爆発後数日間に行なえる広島市の放射能学的調査に関する報告」京都帝国大学教授の荒勝文策らは,昭和20年8月15日午後6時から同月16日午後6時までの間,爆心地から800m以内の地域において,ベータ線の測定を行い,馬骨,碍子接着硫黄,ゴムタイヤ,鉄板,セメント,アルミ板等がベータ線を発していることを確認し,「爆発後数日間に行なえる広島市の放射能学的調査に関する報告」としてまとめた。(乙全ロ13・8頁)(エ) DS86報告書第6章平成元年発表のDS86報告書第6章は,橋詰雅ら報告等を総括し,爆心地での誘導放射能からの外部放射線への潜在的最大被曝は,広島について約80レントゲン,長崎について30レントゲンないし40レントゲンであると推定され,組織吸収線量に換算すると,広島では約50ラド(0.5グレイ),長崎では18ラドないし24ラド(0.18グレイないし0.24グレイ)になるとしている。(乙全ロ15・227,228頁)(オ) 今中哲二「DS02に基づく誘導放射線量の評価」京都大学原子炉実験所の今中哲二は,Z32らの線量評価をDS02に応用することにより,誘導放射能による地上1mでの外部被曝を評価し,「DS02に基づく誘導放射線量の評価」(以下「今中哲二報告」という。)としてまとめ,平成16年に発表した。(乙全ロ9・150頁)今中哲二報告は,①原爆の爆発1分後の爆心地での放射線量率は,広島で1時間- 94 -当たり約600センチグレイ(約6グレイ),長崎で1時 とめ,平成16年に発表した。(乙全ロ9・150頁)今中哲二報告は,①原爆の爆発1分後の爆心地での放射線量率は,広島で1時間- 94 -当たり約600センチグレイ(約6グレイ),長崎で1時間当たり約400センチグレイ(約4グレイ)となっているが,広島,長崎ともに,1日後には1000分の1に,1週間後には100万分の1に減少している,②原爆の爆発直後から無限時間同じ場所に居続けたと仮定したときの放射線量(積算線量)は,爆心地では広島で120センチグレイ(1.2グレイ),長崎で57センチグレイ(0.57グレイ),爆心から1000mでは広島で0.39センチグレイ(0.0039グレイ),長崎で0.14センチグレイ(0.0014グレイ),爆心から1500mでは広島で0.01センチグレイ(0.0001グレイ),長崎で0.005センチグレイ(0.00005グレイ)となり,これ以上の距離での誘導放射線被曝は無視して構わないとしている。(乙全ロ9・151ないし153頁)(カ) 田中憲一ら「広島原爆の放射化土壌によるβ線及びγ線皮膚線量の評価」広島大学の田中憲一らは,皮膚被曝について,ベータ線及びガンマ線の両方が関与し得たと考えられ,特に,放射化土壌が皮膚に付着した場合にはベータ線の寄与が支配的になる例が考えられるとし,ベータ線及びガンマ線由来の皮膚線量を,放射化した地面による被曝及び皮膚に付着した放射化土壌による被曝の両方について評価し,「広島原爆の放射化土壌によるβ線及びγ線皮膚線量の評価」(以下「田中憲一ら報告」という。)としてまとめ,平成19年に発表した。(乙全ロ49・33頁)田中憲一ら報告は,①放射化土壌による皮膚線量は,原爆の爆発から1週間の期間について,爆心で地面からの高さ1mにおいて0.84グレイと,脱毛が起こると 19年に発表した。(乙全ロ49・33頁)田中憲一ら報告は,①放射化土壌による皮膚線量は,原爆の爆発から1週間の期間について,爆心で地面からの高さ1mにおいて0.84グレイと,脱毛が起こるとされている2グレイ程度よりも低い結果となった,②このうち,放射化した地面による被曝は99%程度で,このうちガンマ線によるものは75%であり,一方,皮膚に付着した放射化土壌による被曝は1%程度であった,③土壌の厚さのばらつきや放射性降下物などの要因を考慮すると,より大きな線量が算出される可能性もあり,また,脱毛と被曝線量の相関の研究においては,付着土壌の厚さや入市者の爆心からの距離の時間変化に加えて,内部被曝の評価も必要と考えられるとしてい- 95 -る。(乙全ロ49・33頁)(キ) 鎌田七男ら「0.5Sv以上の残留放射線に被曝したと推定される事例-白血球数と染色体異常率からの検証-」平成19年発表の広島大学名誉教授の鎌田七男らの「0.5Sv以上の残留放射線に被曝したと推定される事例-白血球数と染色体異常率からの検証-」(以下「鎌田七男ら第1報告」という。)は,DS86報告書第6章が誘導放射化する物質として土壌の成分のみを検討していることについて,当時,広島では社会が営まれていたことに留意すべきであり,原爆の中性子により様々な金属が放射化され,例えば,鍋,釜等の生活用品や倒壊した電柱に付いている碍子に付着している半減期14日のリンも考慮されるべきであるとしている。(甲全50)(ク) GeorgeD.Kerr ら「原爆放射線量に関する報告のワークショップ-残留放射線被曝:今後の研究に関する最近の研究と示唆」Z33のGeorgeD.Kerr らは,広島と長崎における残留放射線被曝の最新の課題を検討する必要性があるとの認識の 告のワークショップ-残留放射線被曝:今後の研究に関する最近の研究と示唆」Z33のGeorgeD.Kerr らは,広島と長崎における残留放射線被曝の最新の課題を検討する必要性があるとの認識の下に平成24年(2012年)に米国カリフォルニア州サクラメントで開催された第57回保健理学会年次会合の技術セッションにおける最近報告された研究を再検討し,「原爆放射線量に関する報告のワークショップ-残留放射線被曝:今後の研究に関する最近の研究と示唆」(以下「Kerr ら報告」という。)としてまとめ,平成25年に発表した。(甲全108の5・1頁)Kerr ら報告は,①広島と長崎における爆心地域付近の最も考え得る残留放射線の重要な被曝源は,ⅰ誘導放射化された土壌及びその環境にあった物の,原爆の爆発の爆風の土壌への衝撃による大気への巻き上げと,ⅱ爆風によって地面や水から水平的にこすり取られたかすやくずで,誘導放射化された物質がより遠い距離へと運ばれたものである,②被爆者の皮膚は,ⅰ原爆の爆発による爆風によって浮遊した土壌やその他の環境物質の大気中の浮遊,ⅱ中性子で誘導放射化された放射性物質である地面や川の水塵の爆風による遠距離への移動及びⅲ汚染された物質を扱うことによる汚染した身体の移動により汚染されたかもしれない,③土壌粒子の大きさ- 96 -の分布と汽水の塩分濃度の測定が勧告された今後の研究である,④被爆者の生物学的影響の非対称性及び異常性を示唆する幾つかの研究があり,これらはDS02では説明することができないものである,⑤日本と米国の調査者ともに,DS02の計算による爆心地を囲む評価線量のシンメトリーと比較したときに,広島及び長崎の原爆の爆発に関する幾つかの調査結果に例外がみられることを認めたが,この例外の可能な説明は,多様で場所的に に,DS02の計算による爆心地を囲む評価線量のシンメトリーと比較したときに,広島及び長崎の原爆の爆発に関する幾つかの調査結果に例外がみられることを認めたが,この例外の可能な説明は,多様で場所的に均一でない残留放射線による被曝であり,これらの被曝の起源は,汚染された雨か,中性子線で活性化した土壌を削り取り一掃する爆風の作用であるかもしれない,⑥現時点では,これらの特異的事象を説明する量的証拠は僅かしかないが,このワークショップは,残留放射線に関するより良い理解を導くであろう更なる研究への多くのアイデアを発展させており,放射線防護の分野に対して,原爆放射線量の重要性を考えると,これらの理解は必須であるとしている。(甲全108の5・6ないし10頁)(ケ) Z5の意見名古屋大学名誉教授のZ5は,①起伏に富む広島及び長崎の地形や建造物の存在は,ほとんど平坦とみなすことのできるネバダ砂漠とは異なり,そのために生じる衝撃波及び爆風の非等方性が熱中性子や放射性物質の移動にも影響を与えたことが考えられる,②ネバダ砂漠のような平坦な場所では,強烈な衝撃波による爆風は1秒以内に内向きの吹き返しの風に変わり,衝撃波で巻き上げられた土砂や埃の移動は差し引きほぼ0となる,③しかし,広島や長崎のように山に挟まれた吹き出し口があると,衝撃波及び爆風は放射性物質を含んだ「黒い津波」のようになって周辺部に向かって広がる,④その一方で,米国ネバダ核実験場の核爆発実験でみられたような中心部に向かう吹き返しの風はそれほど強くならず,その結果,放射能を含んだ空気や土砂,建造物の破片は遠方に運ばれたまま残される,⑤全壊ないし半壊した建造物が密集していると,これらに囲まれた地表付近では,被爆者は放射能を帯びた埃の中で呼吸し,放射能で汚れた飲食物を口にすることになり,山が 物の破片は遠方に運ばれたまま残される,⑤全壊ないし半壊した建造物が密集していると,これらに囲まれた地表付近では,被爆者は放射能を帯びた埃の中で呼吸し,放射能で汚れた飲食物を口にすることになり,山が高く,接近している長崎ではこうした地形の効果は一層顕著に現れるはずであり,事実,- 97 -稲佐山の中腹から,長崎市ω25のすぐ対岸の長崎駅と長崎港付近を見ていて,この地域が黄色いもやのようなものでしばらく覆われていたという証言があるとしている。(甲全13・75頁)ウ検討(ア) DS86報告書第6章が計算した誘導放射線による被曝線量は極めて少なく,また,今中哲二報告は,Z32らの線量評価をDS02に応用したものであり,誘導放射能による地上1mでの外部被曝を評価した結果,原爆の爆発直後から無限時間同じ場所に居続けたと仮定したときの放射線量(積算線量)は,爆心地では広島で120センチグレイ(1.2グレイ),長崎で57センチグレイ(0.57グレイ),爆心から1000mでは広島で0.39センチグレイ(0.0039グレイ),長崎で0.14センチグレイ(0.0014グレイ),爆心から1500mでは広島で0.01センチグレイ(0.0001グレイ),長崎で0.005センチグレイ(0.00005グレイ)となったとし,これ以上の距離での誘導放射線被曝は無視して構わないとしている。 (イ) しかしながら,上記イの各種知見によれば,以下の諸点を指摘することができる。 a 初期放射線について,DS02自体も,被爆者線量の誤差が広島及び長崎の両市とも30%程度,合計線量の27%ないし45%の範囲で存在しているとしており(乙全ロ8の1・45頁),一定の誤差が生じていることを認めているものであり,これを前提とした誘導放射線の線量評価についても,初期放 %程度,合計線量の27%ないし45%の範囲で存在しているとしており(乙全ロ8の1・45頁),一定の誤差が生じていることを認めているものであり,これを前提とした誘導放射線の線量評価についても,初期放射線の誤差に従い誤差が生じてくることは否定できない。 b 放射性降下物の項において検討したとおり,DS86報告書第6章に対しては,①衣服や身体に付着した物の残留放射線による被曝による影響や,②残留放射線による被曝線量は,地面から1mの高さで評価したものであるところ,放射線量は放射線源からの距離の2乗に反比例して急激に低減するといった物理的法則に照らしても,地面付近で作業をしたり,横たわったりなどした場合や放射性物質が衣- 98 -服や身体に付着した場合には,更に被曝線量が高かったことなどの指摘もされているところである。なお,田中憲一ら報告は,皮膚被曝について,ベータ線及びガンマ線の両方が関与し得たと考えられ,特に,放射化土壌が皮膚に付着した場合にはベータ線の寄与が支配的になる例が考えられるとし,ベータ線及びガンマ線由来の皮膚線量を,放射化した地面による被曝及び皮膚に付着した放射化土壌による被曝の両方について評価した結果,放射化土壌による皮膚線量は,原爆の爆発から1週間の期間について,爆心で地面からの高さ1mにおいて0.84グレイであったとしたが,土壌の厚さのばらつきや放射性降下物などの要因を考慮すると,より大きな線量が算出される可能性もあるとしている。 c 広島原爆及び長崎原爆が,砂漠等で行われる核実験とは異なり,多くの人々が現に生活する都市の上空で爆発したという事情を考慮すると,原子爆弾の中性子によって誘導放射化する物としては,土壌のみならず,建物等の建築資材,生活用品,空気中の塵埃,人体や遺体等も想定される。鎌田七男ら第1報告は 市の上空で爆発したという事情を考慮すると,原子爆弾の中性子によって誘導放射化する物としては,土壌のみならず,建物等の建築資材,生活用品,空気中の塵埃,人体や遺体等も想定される。鎌田七男ら第1報告は,原爆の中性子により様々な生活用品に使用された金属や電柱の碍子に付着しているリン等も誘導放射化され,土壌自体からの誘導放射線に加え,これらによる誘導放射線も考慮する必要があることを示唆している。そして,荒勝文策は,昭和20年8月15日午後6時から同月16日午後6時までの間,爆心地から800m以内の地域において,ベータ線の測定を行い,馬骨,碍子接着硫黄,ゴムタイヤ,鉄板,セメント,アルミ板等がベータ線を発していることを確認しており,実際に土壌以外の様々な物が誘導放射化していることが裏付けられている。 d 誘導放射線による被曝の形態も,誘導放射化した塵埃等が身体に付着した場合や,口や傷から体内に取り入れられた場合,誘導放射化した瓦礫や人体に接触した場合など様々なものが考えられる。Kerr ら報告のように,広島原爆及び長崎原爆の投下により放射性粉塵が発生し,これが周囲に降り注いだとする見解もあるほか,Z5も,爆風によって放射能を含んだ空気や土砂,建造物の破片が遠方に運ばれたまま残されたとの意見を述べている。このような見解を前提とすれば,従来,半減- 99 -期が極めて短く,原爆の爆発直後に爆心地付近へ立ち入ることが事実上不可能であることを理由にその影響が重視されていなかったアルミニウム28のような核種についても,爆風によって遠方に運ばれることにより,有意的な被曝をもたらした可能性が否定できないこととなる。そして,誘導放射線による被曝を検討するに当たり,このような放射性粉塵による被曝の可能性について,推測の域を出ないものとして一概に否定するこ 有意的な被曝をもたらした可能性が否定できないこととなる。そして,誘導放射線による被曝を検討するに当たり,このような放射性粉塵による被曝の可能性について,推測の域を出ないものとして一概に否定することもできない。 e 後記のとおり,遠距離被爆者や入市被爆者において,初期放射線による被曝では説明することのできないような放射線の影響によるものと思われる症状が生じていることも考慮すべきである。 (ウ) 以上によれば,誘導放射線による被曝線量について,地表面(土壌)から生ずる誘導放射線(ガンマ線)を地表1mの高さで積算するという今中哲二報告等の採用した方法のみによって的確に算定できるものとはいい難く,実際に被爆者の被曝線量を評価するに当たっては,爆心地から相当程度離れた地域にも誘導放射化された物質が相当量存在していた可能性を考慮に入れ,かつ,その被爆状況,被爆後の行動,活動内容,被爆後に生じた症状等に照らして,誘導放射化された物質による様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性を十分に検討する必要があるというべきである。 (5) 内部被曝の影響等についてア総説(ア) 内部被曝とは,呼吸,飲食,外傷,皮膚等を通じて体内に取り込まれた放射性物質が放出する放射線による被曝をいう。原爆で問題となる内部被曝は,放射性降下物及び誘導放射線によるものである。(甲全27・15頁,29・10頁,弁論の全趣旨)(イ) 内部被曝を検討するに当たっては,取り込まれた放射性核種の量のみならず,その代謝による排出も考慮する必要がある。原爆の核分裂生成物であるセシウム137とストロンチウム90の物理的半減期はそれぞれ約30年,約29年であるが,- 100 -体内に取り込まれた放射性核種は,その物理的崩壊による減衰だけではなく,人体に備わった代 あるセシウム137とストロンチウム90の物理的半減期はそれぞれ約30年,約29年であるが,- 100 -体内に取り込まれた放射性核種は,その物理的崩壊による減衰だけではなく,人体に備わった代謝機能により,各元素に特有の代謝過程を経て,最終的には腎臓,消化管等から体外に排せつされる。(乙全ロ29ないし31,弁論の全趣旨)体内に取り込まれた放射性物質は,その臓器親和性に従って種々の臓器や組織に分布し,その後,排せつされる。例えば,ヨウ素131は甲状腺に,ストロンチウム90は骨に集積する性質がある。生物学的減少は実際には複雑な過程をたどるが,指数関数的に減少するものと仮定し,排せつ機構により体内量が2分の1になるまでの時間を生物学的半減期という。放射性物質の体内量の減少は,①放射性崩壊による物理的減衰と②排せつ機構による生物学的減少の二つに支配され,この両者による放射性物質の体内量の減少を併せて表したものを有効半減期(実効半減期)という。(乙全ロ22の1・177項,29,30・294頁,弁論の全趣旨)例えば,セシウム137の生物学的半減期は,約110日とされている。経口摂取されたセシウム137は,その全てが胃腸管から血中に吸収され,10%は生物学的半減期2日で,90%は生物学的半減期110日で体外へ排せつされるとされており,10年後には7.3×10-11,すなわち,100億分の1以下に減衰することになる。一方,経口摂取されたストロンチウム90は,30%が血中に吸収され,残りは便として排せつされるとされており,1ベクレルを経口摂取した場合には,10年後には軟組織全体に残留しているのは1.2×10-4ベクレル,すなわち,約8300分の1以下に減衰することになる。(乙全ロ29,31,弁論の全趣旨)イ各種知見(ア) 内部 には,10年後には軟組織全体に残留しているのは1.2×10-4ベクレル,すなわち,約8300分の1以下に減衰することになる。(乙全ロ29,31,弁論の全趣旨)イ各種知見(ア) 内部被曝に関連する理論内部被曝に関連する理論として,①逆線量率効果,②バイスタンダー効果,③ゲノム不安定性及び④ホット・パーティクル理論の各理論が挙げられる。 a 逆線量率効果(a) 意義- 101 -逆線量率効果とは,同じ被曝線量であれば,長期にわたって被曝した場合の方が,リスクが上昇することをいう。(弁論の全趣旨)(b) 原子力安全委員会放射線障害防止基本専門部会低線量放射線影響分科会「低線量放射線リスクの科学的基盤-現状と課題-」平成16年発表の原子力安全委員会放射線障害防止基本専門部会低線量放射線影響分科会の「低線量放射線リスクの科学的基盤-現状と課題-」(以下「低線量放射線影響分科会報告」という。)は,①高LET放射線(線エネルギー付与が高い放射線。中性子線,アルファ線等),とりわけ核分裂中性子線については,低線量率照射の方が高線量率照射よりも影響が大きい場合が報告されている,②培養細胞での試験管内がん化を指標にした研究では,核分裂中性子線による細胞照射について明らかな逆線量率効果が報告され,低LET放射線でも,毎分0.1ミリグレイ(0.0001グレイ)ないし1ミリグレイ(0.001グレイ)程度の線量率で突然変異の誘発を指標に逆線量率効果がみられるとの報告がある,③多くの場合,培養系を用いた実験で逆線量率効果がみられているが,これらの実験では,対数増殖期の細胞群を数百時間にわたって照射するもので,このような長期実験をち密に制御する困難さや,微妙な細胞周期の偏りが突然変異頻度や試験管内がん化頻度に影響するこ れているが,これらの実験では,対数増殖期の細胞群を数百時間にわたって照射するもので,このような長期実験をち密に制御する困難さや,微妙な細胞周期の偏りが突然変異頻度や試験管内がん化頻度に影響すること,また,動物個体レベルの発がん実験で逆線量率効果は一般的にはみられないことなどから,これがヒトの低線量リスク評価に大きく寄与するものとは現在のところ考えにくいとしている。(甲全47の1・14,18頁,弁論の全趣旨)b バイスタンダー効果(a) 意義バイスタンダー効果とは,被曝した細胞から周辺の被曝しなかった細胞へ遠隔的に被曝の情報が伝えられ,被曝しなかった細胞にも遺伝的影響が及ぶ現象をいう。 (弁論の全趣旨)(b) 低線量放射線影響分科会報告- 102 -平成16年発表の低線量放射線影響分科会報告は,①1990年代半ばからアルファ線照射を受けた細胞に隣接し,自身は照射を受けていない細胞に染色体異常,突然変異あるいは細胞がん化などの遺伝的効果が生ずることが指摘されるようになった,②バイスタンダー効果の存在は,放射線による遺伝的影響の標的分子がDNAだけでない可能性を示唆している,③加えて,低線量や低線量率照射の場合には,放射線被曝しなかった細胞にもDNAの損傷が生ずることから,高線量や高線量率照射に比べ単位線量当たりの遺伝的効果リスクが高くなることを示唆するものであり,低線量放射線のリスク評価のために解決すべき重要な課題であるとしている。 (甲全47の1・15頁)c ゲノム不安定性(a) 意義ゲノム不安定性とは,放射線被曝によって生じた初期の損傷を乗り越え生き残った細胞集団に遺伝的不安定性が誘導され,長期間にわたって様々な遺伝的変化が非照射時の数倍ないし数十倍高い頻度で生ずる状態が続く現象をいう。( とは,放射線被曝によって生じた初期の損傷を乗り越え生き残った細胞集団に遺伝的不安定性が誘導され,長期間にわたって様々な遺伝的変化が非照射時の数倍ないし数十倍高い頻度で生ずる状態が続く現象をいう。(弁論の全趣旨)ゲノム不安定性の特徴は,非標的性(DNAの損傷を受けていない部位において突然変異が生ずること)と遅延性(放射線を受けた細胞において,何代もの分裂を経過しても,突然変異頻度が遅延的に誘発され続けること)であるとされている。 (甲全47の1・16頁)(b) 低線量放射線影響分科会報告平成16年発表の低線量放射線影響分科会報告は,①近年になり,放射線による間接的な突然変異誘発機構としてのゲノム不安定性の誘導が注目を集めるようになった,②哺乳類胎児培養細胞を用いた実験で,0.1グレイないし0.2グレイの低線量域では,培養細胞でDNA突然変異の頻度よりも悪性形質転換の頻度の方が圧倒的に高いことから,DNAではなく細胞膜の異変から発がん過程が始まるモデルが提唱されている,③ゲノム不安定性等の間接的な発がん機構は,その誘導にあ- 103 -る一定以上の線量を必要とすることが十分に予想され,その意味で低線量リスクにとって重要な意味をもつ,④ゲノム不安定性誘導の分子機構がいまだに不明である現時点においてその低線量リスクへの関わりは明確ではないとしている。(甲全47の1・15,16頁)d ホット・パーティクル理論(a) 意義肺や皮膚の発がんリスクは均一な被曝よりも非常に不均一な被曝の方がずっと高いという考え方をいい,内部被曝についていえば,体内に取り込まれた放射性微粒子による不均一な局所被曝の方が,他の被曝より危険性が高いとする理論である。 (乙全ロ54,55,弁論の全趣旨)(b) Z34らによる動物実験 部被曝についていえば,体内に取り込まれた放射性微粒子による不均一な局所被曝の方が,他の被曝より危険性が高いとする理論である。 (乙全ロ54,55,弁論の全趣旨)(b) Z34らによる動物実験Z34らは,昭和63年(1988年)頃,ホット・パーティクル理論が,極小範囲に集中的に高線量を被曝すると発がんリスクが高まるとしていることから,その真偽を確認するため,①均等被曝(広範囲にまんべんなく均等な線量を被曝する態様),②不均等被曝(極小範囲に集中的に高線量を被曝する態様)とそれぞれ被曝態様を変え(ただし,両者の照射範囲内の総被曝線量は同一とする。),放射線を動物の皮膚組織に照射して,両者で皮膚がんの発生率が変化するか否かを検証したところ,累積腫瘍発生率は①の方が大きかった。(乙全ロ54,55, 弁論の全趣旨)(c) ICRP「皮膚の線量限度のための生物学的根拠」ICRPが平成3年(1991年)11月の委員会で採択した報告書である「皮膚の線量限度のための生物学的根拠」(以下「ICRP1991年報告書」という。)は,①低線量での広い範囲の不均一照射では,皮膚がんのリスクが被曝した面積,すなわち,照射された細胞数,そして皮膚への平均線量に比例するということが合理的な考えであり,ホット・パーティクル理論が知られてきたが,何年間にもわたって均一被曝よりも不均一被曝の方が効果が弱いという逆の考え方が同意されてお- 104 -り,この主張はZ35らの研究で支持されていた,②これらの研究者は電子線とベータ線を用いて,ふるい状の照射で皮膚の腫瘍発生が低下し,格子状の場合に腫瘍発現が遅延することでそのことを示した,③これらの研究者はまた,遮蔽された領域が低線量被曝を受けると,その腫瘍発生は均一照射に匹敵することにも注目した,④これ の腫瘍発生が低下し,格子状の場合に腫瘍発現が遅延することでそのことを示した,③これらの研究者はまた,遮蔽された領域が低線量被曝を受けると,その腫瘍発生は均一照射に匹敵することにも注目した,④これらの結果は,照射されていない細胞が皮膚腫瘍の発生に,あるいは,恐らく成長に影響を与えていることを示している,⑤Z34らによる動物実験は,均一被曝が最も発がん性が高いことを明確に示した,⑥不均一被曝の余剰効果が細胞不活性化の相違によって説明されるとは思われないとしている。(乙全ロ55)(イ) 内部被曝に関する事故これまでに発生した内部被曝に関する事故としては,①トロトラストの事例,②ロッキーフラットでの内部被曝事例,③チェルノブイリ原発事故及び④ゴイアニア事故が挙げられる。 a トロトラストの事例トロトラストはアルファ線を放出する二酸化トリウムコロイドであり,1930年代ないし1940年代において造影剤として用いられており,静注することで脳動脈撮影などにおける血管構造を可視化したが,肝臓,脾臓及び骨の網内系においてトロトラストが長期間滞留したために,生涯にわたるアルファ粒子被曝が引き起こされた。リスク評価に用いることができる主なコホートは,トロトラストに曝露されたドイツ人,デンマーク人及び日本人の患者であるところ,約3700例において,平成11年(1999年)までに681例の肝がんが報告されており,白血病(慢性リンパ性白血病を除く。)の発生率は,5倍ないし20倍増加した。(乙全ロ54・19頁)b ロッキーフラットでの内部被曝事例昭和40年(1965年),米国のロッキーフラットで火災が発生し,プルトニウムを肺に吸入したという内部被曝事例が発生したが,40年以上経た後も,内部被曝者のうち肺がんを発症した者は,1人もいな 昭和40年(1965年),米国のロッキーフラットで火災が発生し,プルトニウムを肺に吸入したという内部被曝事例が発生したが,40年以上経た後も,内部被曝者のうち肺がんを発症した者は,1人もいなかった。(乙全ロ22の2・40- 105 -2ないし411項)c チェルノブイリ原発事故チェルノブイリ原発事故は,昭和61年(1986年)4月26日に発生し,同年5月6日にかけて,300メガキュリーの放射性物質が放出された。300メガキュリーの放射性物質のうち,ヨウ素131は40メガキュリーであり,短寿命放射性ヨウ素は100メガキュリーであった。(乙全ロ32,33・149頁)チェルノブイリ原発事故では,事故の約10年後から甲状腺がんの有意な増加がみられるようになった。チェルノブイリ原発事故の一般住民に対する身体的影響は,原爆被爆者の場合とは大きく異なっており,甲状腺がんの発生が顕著であるとされ,特に小児甲状腺がんが多数発生した。これは,ミルク摂取等によりヨウ素131が体内に入り,これによる内部被曝を受けたことが主因であるとされている。(乙全ロ32,33・150,151頁)d ゴイアニア事故ゴイアニア事故とは,昭和62年(1987年)9月,ブラジルのゴイアニア市の廃院に放置されていた放射線療法用の医療機器内の放射線源格納容器が解体され,露出した線源からセシウム137が周囲の環境に拡散して多数人が外部被曝及び内部被曝をし,うち4人が放射線障害で死亡したという事故である。(甲全52の1及び2,54の1及び2)(ウ) Z36らの調査長崎大学のZ36らは,昭和44年,長崎のω13地区の住民を対象とし,ホールボディカウンター(人間の体内に摂取された放射性物質の量を体外から測定する装置)を用いて,セシウム137によ 6らの調査長崎大学のZ36らは,昭和44年,長崎のω13地区の住民を対象とし,ホールボディカウンター(人間の体内に摂取された放射性物質の量を体外から測定する装置)を用いて,セシウム137による放射線量を実測し,内部被曝線量の評価をした。その結果,対照群と比較すると,長崎原爆の放射性降下物による寄与は,男性で1kg当たり13ピコキュリー,女性で1kg当たり10ピコキュリーであった。(乙全ロ15・219頁,弁論の全趣旨)また,Z36らは,昭和56年にも,昭和44年の上記調査において比較的高い- 106 -線量値を示した者を対象として同様の測定調査を行ったところ,昭和44年当時の平均値である1kg当たり48.6ピコキュリーは,1kg当たり15.6ピコキュリーにまで低下しており,環境半減期は7.4年となった。なお,環境半減期とは,土壌中のセシウム137が食物摂取に寄与する程度がどの程度減っていくかをみたものであり,身体に入った特定のセシウム137がどの程度の期間で体外に排出されるかをみた生物学的半減期(セシウム137の場合は約110日とされている。)とは異なるものである。(乙全ロ15・219頁,弁論の全趣旨)そして,Z36らは,上記のデータを用いて,昭和20年から昭和60年までの40年間に及ぶ内部被曝線量を積算したところ,男性で10ミリラド(0.0001グレイ),女性で8ミリラド(0.00008グレイ)であるとした。(乙全ロ15・219頁,弁論の全趣旨)(エ) 今中哲二報告平成16年発表の今中哲二報告は,DS02に基づき,原爆当日に広島で8時間の焼け跡の片付けに従事した人々の塵埃吸入を想定して,内部被曝による線量評価を試みているが,その線量は,0.06マイクロシーベルトにすぎず,外部被曝に比べ無視することのできる 原爆当日に広島で8時間の焼け跡の片付けに従事した人々の塵埃吸入を想定して,内部被曝による線量評価を試みているが,その線量は,0.06マイクロシーベルトにすぎず,外部被曝に比べ無視することのできるレベルであったとしている。(乙全ロ9・153,154頁)(オ) 放影研「「残留放射線」に関する放影研の見解」平成24年発表の「「残留放射線」に関する放影研の見解」(以下「平成24年放影研見解」という。)は,①広島及び長崎に投下された原爆の放射線被曝線量については,放影研や,その他多くの研究者によって解析されてきており,その結果,「残留放射線」の関与は「初期放射線(直接放射線)」の被曝線量推定値の誤差範囲内にあることが示されている,②放影研はこれまでに「残留放射線」の影響が無視することのできる程度に少なかったと考えられる証拠を提示してきた,③平成24年放影研見解を出した理由について,放影研は以前から「残留放射線」の関与は「初期放射線(直接放射線)」の被曝線量推定値の誤差範囲内にあることを公表し,- 107 -説明してきたが,「残留放射線のデータが考慮されていない」との批判や疑問も繰り返し提起されてきた,④放影研での原爆放射線によるがん罹患,死亡等のリスク評価は,1グレイないし4グレイという高線量に被曝した者のリスク推定値が被曝線量に対して明確な量反応関係を示していることに立脚しており,10ミリグレイ(0.01グレイ)ないし100ミリグレイ(0.1グレイ)程度と見積もられる残留放射線被曝を受けた少数の者が,初期放射線量が0や低線量である多数の者の中にある程度含まれていたとしても,主として100ミリシーベルトを超える高線量被曝の結果から算出されたリスク推定値に対して大きな影響を与えるものではない,⑤依然として「内部被曝は外部被曝よりも 者の中にある程度含まれていたとしても,主として100ミリシーベルトを超える高線量被曝の結果から算出されたリスク推定値に対して大きな影響を与えるものではない,⑤依然として「内部被曝は外部被曝よりも1000倍危険」などと心配されているが,これを説明する科学的根拠はない,⑥重要なことは,どちらの場合でもリスクの大きさは,がん発症の当事者たる細胞(組織の幹細胞と考えられる。)が受ける放射線の量に依存し,被曝が外部か内部かの問題ではないということである,⑦ICRPは,体内に取り込まれた粒子からの放射線(つまり内部被曝)によるがん化について,放射性物質が全身に均等に分布した場合に外部被曝と同等になり,偏在した場合にはむしろ低下するのではないかと考えている,⑧これは,大量の動物を使った高精度の動物実験において,放射性ヨウ素投与による「内部被曝」とX線による「外部被曝」を比較して,甲状腺発がん頻度に差のないことで実証されている,⑨以上のような観点から,被曝線量を考慮せず,「内部被曝の方が外部被曝より危険だ」という単純な主張には全く根拠がないことが分かるとしている。(乙全イ20・1ないし6頁)なお,平成19年発表の「原爆症認定の在り方に関する検討会報告」も,内部被曝は,外部被曝に比して,同じ臓器線量であれば,影響は同等であるとしている。 (乙全イ6・2頁)(カ) 鳥居寛之ら「放射線を科学的に理解する-基礎からわかる東大教養の講義」東京大学教養学部の鳥居寛之らは,一般の読者に放射線について科学的に理解してもらうことを目的として放射線の知識を「放射線を科学的に理解する-基礎から- 108 -わかる東大教養の講義」(以下「鳥居寛之ら教科書」という。)としてまとめ,平成24年に発表した。(乙全ロ136・ⅳ頁)鳥居寛之ら教科書は,①トータ を科学的に理解する-基礎から- 108 -わかる東大教養の講義」(以下「鳥居寛之ら教科書」という。)としてまとめ,平成24年に発表した。(乙全ロ136・ⅳ頁)鳥居寛之ら教科書は,①トータルの被曝線量が同じでも,短時間で浴びる急性被曝と,長期間で浴びる慢性被曝とでは,危険性や体への影響が異なると考えられている,②同じ被曝線量を受けても低線量率で長時間受ける方が影響は少ないと考えられている,③直感的には長期間の被曝の方がむしろ大きな影響が出ると思うかもしれないが,ゆっくり浴びるのであればその都度修復の作用が間に合うと考えられる,④一度に浴びると修復が効く前にDNAの損傷の量が限度を超えてしまう可能性があり,細胞が分裂することができなくなってしまうのが急性被曝である,⑤ICRPが内部被曝を考慮していないというのは正しくない,⑥内部被曝については,放射性核種がどのように摂取された場合に,どの程度が体内に取り込まれ,全身に運ばれるか,又は特定の臓器に集まるかあるいは排せつされるかといったモデルに基づいて計算を行い,放射能(ベクレル)から内部被曝線量(シーベルト)への換算係数(実効線量係数)が導かれている,⑦内部被曝量自体の計測が難しいこともあり,実際に精度よく評価することができるわけではないことは確かである,⑧ICRPを批判するヨーロッパ放射線リスク委員会(ECRR)という名の市民団体が,ストロンチウムの内部被曝の影響を600倍に見積もるなどして危険を説いているが,科学的根拠に乏しく論理的整合性もないとして,大方の専門家からは評価されていないとしている。(乙全ロ136・140,211頁)(キ) Z28の意見立命館大学国際関係学部教授のZ28は,①現在,ICRPが採用している内部被曝線量評価方法の原型は,アメリカ核医学会内に設 としている。(乙全ロ136・140,211頁)(キ) Z28の意見立命館大学国際関係学部教授のZ28は,①現在,ICRPが採用している内部被曝線量評価方法の原型は,アメリカ核医学会内に設置された医学内部放射線量委員会によって開発されたミルド法(MIRD法)である,②ある放射性核種による体内汚染に伴って,ある臓器にどれだけの被曝線量がもたらされるかを評価するためには,ⅰ体内にいつどれだけの放射性核種が入ってきたか,ⅱその放射性核種が,注目する臓器及び周辺臓器にどのような時間的変化で存在したか,ⅲ注目する臓器- 109 -内及び周辺臓器内での放射性核種の崩壊に伴って,内部被曝線量を評価しようとする臓器にどれだけの放射線エネルギーが与えられたか及びⅳ当該臓器の質量の四つの情報が必要であるところ,ミルド法が発展させたのはⅲだけであり,原爆被爆者の場合,原爆投下直後の時期におけるⅰについての実測的情報は皆無に等しく,仮説によらざるを得ない,③ⅰが不明である以上,ⅱの正確な情報も望むことができず,また,放射性物質を体内摂取した場合,その体内残留量は単純な時間の関数で減少するわけではなく,多くの核種の場合,排せつ速度が異なることにより複雑な時間的推移を示す,④ⅳについても,例えば肝臓の質量は被爆者によって異なるのでミルド法によって標準化されたデータからは大きく乖離する場合があり,臓器質量の差が線量評価にもたらす誤差は無視することのできる範囲を超えており,一般には,特定の臓器の被曝線量を評価する場合には,当該臓器に取り込まれた放射性物質による被曝線量だけでなく,他の臓器に沈着した放射性物質から放出される透過性の放射線,主としてガンマ線やX線,エネルギーの強いベータ線などによる被曝線量への寄与も評価しなければならない,⑤放射性核種別の体内 曝線量だけでなく,他の臓器に沈着した放射性物質から放出される透過性の放射線,主としてガンマ線やX線,エネルギーの強いベータ線などによる被曝線量への寄与も評価しなければならない,⑤放射性核種別の体内摂取量,各臓器への移行量やその時間変化などの情報も定かでない被爆者について,ある仮説に基づいて内部被曝線量の評価を試みるにしても,そこには極めて大きな誤差を伴うとしている。(甲全55・12頁)(ク) Z37の意見放射線医学総合研究所のZ37は,複数の研究者によるセシウム137の降下量の調査を基に,浦上川の河川水を汚染した可能性のある放射性核種の放射能について,①最も高い推定値は長崎のω13地区における1c㎡当たり3.3ベクレルであり,爆心地付近での降下量はω13地区の10分の1程度と考えられていることから,浦上川の水面への降下量はω13地区の値である1c㎡当たり3.3ベクレルを超えていたとは考えにくい,②核分裂によるストロンチウム90の生成量はセシウム137よりも少ないので,ストロンチウム90の水面への降下量も1c㎡当たり3.3ベクレルを超えていたとは考えにくい,③被爆者が飲んだ河川水の量を- 110 -1リットルと仮定すると,この水中の放射能は,セシウム137,ストロンチウム90のいずれの放射性核種についても330ベクレル以下となる,④ICRPの線量換算係数によれば,1ベクレル経口摂取したときに肝臓の受ける線量の50年間の合計は,セシウム137では1.4×10-8シーベルト,ストロンチウム90では6.6×10-10シーベルトであるから,330ベクレル経口摂取した場合の肝臓の受ける線量の50年間の合計は,セシウム137が4.6×10-6シーベルト,ストロンチウム90が2.2×10-7シーベルトと算出されるとしている。(乙全ロ3 ,330ベクレル経口摂取した場合の肝臓の受ける線量の50年間の合計は,セシウム137が4.6×10-6シーベルト,ストロンチウム90が2.2×10-7シーベルトと算出されるとしている。(乙全ロ31・2頁)(ケ) Z30及びZ31の意見国際医療福祉大学放射線医学センター長のZ30及び大分県立看護科学大学学長のZ31は,①現在は,線量換算係数を用いて,摂取した放射性核種の量から内部被曝線量を算定することができる,②体内に摂取した放射性核種の量は,ホールボディカウンターや肺モニタ,体内から排出される尿などを測定することによって把握することができ,このように放射性核種による内部被曝に関しては,かなり研究が進んでいる,③1グレイの被曝がもたらされる場合の1回の摂取量は,例えば,広島原爆については,マンガン56であれば,土壌36kgを,ナトリウム24であれば,土壌111kgを,それぞれ摂取する必要があるとしている。(乙全ロ3・14頁,17・23頁)また,Z31は,放射性物質は50核種くらいであり,半減期等を考慮すると,内部被曝が問題となる核種としては,セシウム137とストロンチウム90を考えればよいとしている。(乙全ロ22の1・175項)(コ) 放射線被曝者医療国際協力推進協議会「原爆放射線の人体影響1992」放射線被曝者医療国際協力推進協議会は,広島及び長崎の被爆者に対する健康障害の研究の成果をチェルノブイリ原子力発電所事故を始めとする世界各国の様々な形の被曝者の医療に役立てることを目的とし,被曝者医療の概説書として「原爆放射線の人体影響1992」としてまとめ,平成4年に発表した。なお,放射線被曝- 111 -者医療国際協力推進協議会は,世界各地における核実験や原子力発電所事故等による被曝者の救済を目的として,広島 線の人体影響1992」としてまとめ,平成4年に発表した。なお,放射線被曝- 111 -者医療国際協力推進協議会は,世界各地における核実験や原子力発電所事故等による被曝者の救済を目的として,広島県及び広島市が中心となって地元関係者の協力の下に平成3年4月に発足した団体であり,その会長には放影研理事長重松逸造が就任し,同人は,「原爆放射線の人体影響1992」の編集者及び執筆者にもなっている。(乙全ロ5)「原爆放射線の人体影響1992」は,①体内へ摂取された放射能が内臓諸器官を直接照射する問題があり,この場合は,ガンマ線以外にベータ線やアルファ線も影響している,②特に爆発直後のもうもうたるチリの中にいた者を始めとして,後日死体や建築物の残骸処理等のために入市して多量のチリを吸収した者は,国際放射線防護委員会が職業被曝者について勧告している最大許容負荷量以上の放射能を体内に蓄積した可能性があるとしている。(乙全ロ5・7頁)ウ検討(ア) 内部被曝については,①ガンマ線の線量は線源からの距離の2乗に反比例するため,同一の放射性核種による被曝であっても,外部被曝よりその被曝量が増加する可能性があること,②飛程距離が短いために外部被曝ではほとんど問題とならないアルファ線やベータ線による影響についても考慮する必要が生ずること等を指摘することができ,特に,アルファ線及びベータ線の影響については,「原爆放射線の人体影響1992」においても,内部被曝について,ガンマ線以外にベータ線やアルファ線の影響が指摘されており,爆発直後のもうもうたるチリの中にいた者を始めとして,後日死体や建築物の残骸処理等のために入市して多量のチリを吸収した者は,国際放射線防護委員会が職業被曝者について勧告している最大許容負荷量以上の放射能を体内に蓄積した可能性が にいた者を始めとして,後日死体や建築物の残骸処理等のために入市して多量のチリを吸収した者は,国際放射線防護委員会が職業被曝者について勧告している最大許容負荷量以上の放射能を体内に蓄積した可能性があるとされている。 また,内部被曝に関係する理論については,ホット・パーティクル理論のように,ロッキーフラットでの内部被曝事例やZ34らによる動物実験の結果と整合せず,ICRP1991年報告書によって,Z34らによる動物実験が,均一被曝が最も発がん性が高いことを明確に示したと指摘されているものもあるが,内部被曝の機- 112 -序については必ずしも科学的に解明されているわけではなく,バイスタンダー効果及びゲノム不安定性については,低線量放射線影響分科会報告も,これが存在する可能性を指摘している。 さらに,トロトラストの事例は,静脈注射に基づく内部被曝であり,原爆による内部被曝にそのまま当てはめることはできないとしても,内部被曝によって重大な健康被害が生じた事例であるということを無視することはできないし,チェルノブイリ原発事故の事例は,ミルク摂取等によりヨウ素131が体内に入り,これによる内部被曝を受けたことが原因となって,小児甲状腺がんが多数発生したというものであり,内部被曝が特定の臓器に影響を与えることを裏付けるものである。 以上によれば,内部被曝については,場合によっては外部被曝よりも人体に大きな影響を与える可能性があることを否定することができず,被爆者の被曝線量を評価するに当たっては,当該被爆者の被爆状況,被爆後の行動,活動内容,被爆後に生じた症状等に照らして,放射性降下物及び誘導放射化された物質を体内に取り込んだことによる内部被曝の可能性がないかどうかを十分に検討する必要があるというべきである。 (イ) 被告は,内部被 後に生じた症状等に照らして,放射性降下物及び誘導放射化された物質を体内に取り込んだことによる内部被曝の可能性がないかどうかを十分に検討する必要があるというべきである。 (イ) 被告は,内部被曝による健康への影響は重視する必要がないというのが確立された一般的知見である旨主張し,これに沿う知見として,①放射線医療の現場においては,放射性核種を投与して診断に役立てていること,②昭和20年から昭和60年までの40年間に及ぶ長崎のω13地区の住民の内部被曝線量を積算した結果,男性で0.0001グレイ,女性で0.00008グレイであるとするZ36らの調査や,DS02に基づき,原爆投下の当日に広島で8時間の焼け跡の片付けに従事した人々の塵埃吸入を想定して,内部被曝による線量評価を試みた結果,0. 06マイクロシーベルトであるとする今中哲二報告のように内部被曝線量が無視し得る程度のものにとどまるとする見解があること,③Z37の意見やZ30及びZ31の意見のように,内部被曝の影響が生ずるには飲食物の大量摂取が必要であるとする見解があること等を指摘するため,以下検討する。 - 113 -(ウ) 上記①の点について放射線医療の現場において,相当量の放射性核種が投与されているとしても,これにより内部被曝の影響が全く生じていないとする根拠はないし,医療上の必要により放射性物質が投与される場合には,トロトラストの事例等を踏まえ,現代の医療水準に基づき,放射性物質による影響をできる限り少なくするための処置が講じられていると考えられるのであって,戦時下及び終戦直後の混乱の中で放射線についての知識に基づく十分な事後対応がされなかった原爆被爆者の場合と同視することはできない。よって,放射線医療の現場において,相当量の放射性核種が投与されているという事実を 直後の混乱の中で放射線についての知識に基づく十分な事後対応がされなかった原爆被爆者の場合と同視することはできない。よって,放射線医療の現場において,相当量の放射性核種が投与されているという事実をもって,直ちに原爆被爆者の内部被曝の影響を否定することはできない。 (エ) 上記②の点についてa 確かに,Z36らの調査及び今中哲二報告の示す被曝線量は,極めて僅かなものであって,放射線被曝による影響をさほど考慮しなくてもよい数値である。また,Z38らは,昭和56年(1981年)に,Z39は,昭和57年(1982年)に,長崎のω13地区におけるセシウム137の降下量を測定しているところ,その中でも最も高い推定値は,1k㎡当たり900ミリキュリー(Z38らの推定値。なお,Z39の推定値では1k㎡当たり130ミリキュリーである。),すなわち,1c㎡当たり3.3ベクレルであり,爆心地付近ではこの10分の1程度と考えられるとされており(乙全ロ15・216頁,31・2頁,弁論の全趣旨),Z38ら及びZ39の調査は,Z36らの調査や今中哲二報告を支持するものとなっている。 b しかしながら,Z36らの調査は,昭和44年以降に行われたものであり,短期間で大きな内部被曝を生じさせる可能性のある放射性物質(短半減期核種)による内部被曝線量が考慮されていないという問題や,ホールボディカウンターで計測したセシウム137から放出されたガンマ線のみを調査したものであり,透過力の弱いアルファ線やベータ線を測定することができない(乙全ロ30,甲全42・- 114 -18頁)という問題があり,同調査の結果をもって内部被曝の積算線量が上記のように僅少であると断定することはできない。また,今中哲二報告についても,同報告自体に記載があるとおり,おおよその仮定を基に 18頁)という問題があり,同調査の結果をもって内部被曝の積算線量が上記のように僅少であると断定することはできない。また,今中哲二報告についても,同報告自体に記載があるとおり,おおよその仮定を基にどの程度の被曝になりそうか見積もってみたというものであり,吸入の対象とした放射性物質は土壌中のナトリウム24とスカンジウム46に限られているのであって(乙全ロ9・153頁),これをもって内部被曝の程度が上記のように僅少であるともいえない。さらに,Z38ら及びZ39の調査も,セシウム137の降下量を測定したにとどまるものである上,その推定値も,両者において大きな開きがある。そして,爆心地付近に限らず局地的に放射性降下物や誘導放射化された物質が集積するなどしている場合があり得ることも考慮すると,被爆者がZ36らの調査及び今中哲二報告において想定される量を上回る放射性物質を体内に取り込む可能性も十分にあるというべきであり,内部被曝線量は無視し得る程度のものであると評価することはできない。 (オ) 上記③の点について上記(エ)で説示したとおり,局地的に放射性降下物や誘導放射化された物質が集積するなどしている場合があり得ることも考慮すると,Z37の意見が前提とする河川水に含まれる放射性物質の種類及び量やZ30及びZ31の意見が前提とする土に含まれる放射性物質の種類及び量が実態と異なっている可能性が否定できない上,Z28の意見が指摘するように,原爆被爆者の場合,原爆投下直後の時期に摂取した放射性物質の種類についての情報がないところ,放射性物質を体内摂取した場合,その体内残留量は単純な時間の関数で減少するわけではなく,核種ごとに排せつ速度の異なることにより複雑な時間的推移を示すとされ,また,臓器の質量等による個人差を考慮する必要もあるとされているこ 場合,その体内残留量は単純な時間の関数で減少するわけではなく,核種ごとに排せつ速度の異なることにより複雑な時間的推移を示すとされ,また,臓器の質量等による個人差を考慮する必要もあるとされていることに照らすと,Z37の意見やZ30及びZ31の意見のように被爆者について内部被曝の影響が生ずるには常に飲食物の大量摂取が必要であるということはできない。 (カ) 以上によれば,被爆者の被曝線量を評価するに当たっては,当該被爆者の被爆状況,被爆後の行動,活動内容,被爆後に生じた症状等に照らして,放射性降下- 115 -物及び誘導放射化された物質を体内に取り込んだことによる内部被曝の可能性がないかどうかを十分に検討する必要があるというべきであり,加えて,内部被曝による身体への影響には,外部被曝とは異なる特徴があり得ることを念頭に置く必要があるというべきである。なお,その際には,放射線傷害に関与する医療従事者に向けられたIAEAのレポートに,「放射性核種は,洗浄,溶解あるいは,剥離物質の皮膚への塗布により,除去されるべきである。全身への汚染の拡大は,是非とも防がなければならない。ルールは,表皮剥離を避けるというものである。皮膚を通しての物質の通過を促進する物質を使ってはならず,主要な皮膚の汚染除去は,その部分だけで行われるべきである。」との記載があることに照らせば(甲全52の1及び2・16頁),被爆者が外傷を負っているか否かについても,内部被曝においては考慮すべき重要な事情であるというべきである。 (6) 被爆者について生じたとされる症状の評価についてア総説(ア) 急性放射線症候群についてa 総説1グレイを超す急性被曝を全身に受けた場合に被曝した放射線量に応じて発現する骨髄障害,皮膚障害,口腔粘膜障害,消化管障害,中 いてア総説(ア) 急性放射線症候群についてa 総説1グレイを超す急性被曝を全身に受けた場合に被曝した放射線量に応じて発現する骨髄障害,皮膚障害,口腔粘膜障害,消化管障害,中枢神経障害等の放射線による確定的影響は,「急性放射線症候群」として整理されている。この概念は,広島原爆及び長崎原爆の被爆医療調査や米国における原子力の軍事応用の開発初期に起こった被曝事故の診療経験をまとめる過程で出来上がったものとされている。(乙全ロ57・75頁,弁論の全趣旨)急性放射線症候群は,しきい値を超えて被曝した場合に症状が出現する確定的影響に属するものとされており,しきい値以下の被曝では症状が出現しないことが大きな特徴の一つとされている。なお,同じ被曝線量であっても,分割照射による被曝又は持続的であるが時間当たりの線量が低い被曝の場合には,しきい値線量の値が高くなり,被曝線量の総量に比して症状は少なく,放射線障害も軽いとされてい- 116 -る。(乙全ロ39・2頁,57・79頁)また,急性放射線症候群は,①前駆症状と呼ばれる症状が一過性に発現する「前駆期」(被曝後48時間以内),②前駆症状が消え無症状となる「潜伏期」,③主症状としての種々の症候群(骨髄障害,皮膚障害,消化管障害等)を発症する「発症期」,④その後の「回復期」(又は死亡)という時間的経過をたどるという大きな特徴があるとされている。(乙全ロ39・3,4頁,57・75,77,79頁,弁論の全趣旨)b 前駆期の症状(前駆症状)の特徴1グレイを超す放射線に被曝すると,48時間以内に,吐き気,おう吐,下痢,発熱,初期紅斑,唾液腺の腫脹等の前駆症状と呼ばれる症状が一過性に出現する。 これらの前駆症状は,消化管の蠕動運動が高まること(亢進)や,消化管ホルモンの ると,48時間以内に,吐き気,おう吐,下痢,発熱,初期紅斑,唾液腺の腫脹等の前駆症状と呼ばれる症状が一過性に出現する。 これらの前駆症状は,消化管の蠕動運動が高まること(亢進)や,消化管ホルモンの分泌が高まること,皮膚や粘膜の毛細血管の拡張及び透過性が高まること,神経血管反応が高まること等の基礎病態に基づいている。(乙全ロ57・75頁,弁論の全趣旨)出現する前駆症状の種類は,被曝線量により異なり,前駆症状の出現時期も被曝線量により異なる。被曝線量が高くなれば前駆症状の出現までの時間は短くなり,症状の程度も重くなるとされる。(乙全ロ57・79頁)前駆症状として出現する下痢は,4グレイないし6グレイの全身被曝であれば,被曝後3時間ないし8時間の間に一過性に出現し(発現頻度は10%未満),6グレイないし8グレイの全身被曝であれば,被曝後1時間ないし3時間の間に一過性に出現する(発現頻度は10%以上)が,4グレイ以下であれば,出現しないとされる。(乙全ロ39・3,4頁)この前駆症状として出現する下痢は,上記のとおり,毛細血管の透過性や消化管の蠕動運動が高まることによって生じるものであることから水様性であるという特徴があり,また,潜伏期に入るとすぐに軽減することも明確な特徴ということができる。(乙全ロ28の1・10頁,弁論の全趣旨)- 117 -c 潜伏期の特徴潜伏期とは,放射線感受性が高い組織の細胞死に伴う細胞欠落症状が発現するまでの,比較的無症状の期間をいう。これは,前駆症状は炎症反応とされるところ,人の体の中には炎症反応が起きると,それを抑えようとする恒常性を保つという反応が起きて,この炎症を抑えることができるようになることによるものである。したがって,前駆期にみられる前駆症状としての下痢は,その後すぐに軽減し 応が起きると,それを抑えようとする恒常性を保つという反応が起きて,この炎症を抑えることができるようになることによるものである。したがって,前駆期にみられる前駆症状としての下痢は,その後すぐに軽減し,消えてしまう。この潜伏期の長さも被曝線量に依存し,被曝線量が高いほど短くなる。 (乙全ロ28の1・6,10頁,57・75頁,弁論の全趣旨)d 発症期の症状(主症状)の特徴潜伏期を経て発症期に入ると,主症状としての種々の症候群(骨髄障害,皮膚障害,消化管障害等)が発症する。主症状も,被曝線量に応じて出現する種類及び時期が異なる。もっとも,発症期における主症状も非特異的なものであることから,単にこれらの症状がみられたというだけでは,その原因が放射線被曝であると判断することはできない。(乙全ロ39・4頁以下,57・79頁,弁論の全趣旨)発症期における主な主症状の特徴は,以下のとおりである。 (a) 骨髄障害(出血傾向等)1グレイ以上の全身被曝では,主症状としての骨髄症候群が発症する。これは,放射線被曝によって骨髄の造血幹細胞の細胞死が加速して減少することにより生じる病態であり,白血球が減少することによる易感染性,血小板が減少することによる出血傾向(歯茎からの出血,紫斑など)などが挙げられる。(乙全ロ57・75頁,弁論の全趣旨)このうち,出血傾向についてみると,例えば,4グレイないし5グレイ以下の骨髄機能が回復する可能性のある放射線被曝の場合は,おおよそ被曝後1時間以降(48時間以内)におう吐,微熱,更には頭痛等の前駆症状が出現し,2週間ないし3週間の潜伏期を経て,血小板の減少に伴い出血傾向の症状が出現する。(乙全ロ39・4,5頁,57・75頁,弁論の全趣旨)- 118 -そして,2グレイ程度の被曝の場合であれば, 2週間ないし3週間の潜伏期を経て,血小板の減少に伴い出血傾向の症状が出現する。(乙全ロ39・4,5頁,57・75頁,弁論の全趣旨)- 118 -そして,2グレイ程度の被曝の場合であれば,血小板数は,被曝後10日過ぎ頃から急激に低減し,被曝後3週間程度経過した頃に最も低下するが,被曝後1か月余りで回復に向かうため,出血傾向も,被曝後3週間程度経過した頃から出現し,血小板数の回復に沿って消失することになる。(乙全ロ39・4,5頁,乙全ロ57・79頁,弁論の全趣旨)(b) 皮膚障害(脱毛等)急性放射線症候群による主症状としての皮膚障害としては,被曝線量によっても異なるが,時間の経過とともに脱毛,色素沈着,落屑,水疱等が生じる。また,ICRP1991年報告書においても,それぞれのしきい線量と出現時間が明らかにされている。上記の皮膚障害のうち,脱毛は,3グレイ程度以上被曝した場合に生じるとされている。(乙全ロ39・6頁)急性放射線症候群による主症状として生じる脱毛は,毛髪の元となる毛母細胞が放射線被曝により障害されて少なくなることにより生じる。3グレイ程度の全身被曝をした場合,頭髪の一部だけが抜けたり,少量ずつ抜けたりすることはない。また,3グレイ程度の被曝であれば,被曝後10日から14日以降に脱毛が生じ,2ないし3か月後には発毛がみられるが,7グレイ程度の被曝であれば,永久脱毛となる。放射線被曝による主症状として生じる脱毛が,半年ないし1年継続した後で発毛することはないとされる。(乙全ロ22の1・46ないし60項,28の1・12ないし14頁,122,弁論の全趣旨)(c) 消化管障害(主症状としての下痢等)急性放射線症候群による主症状としての消化管障害は,約8グレイないし10グレイ以上の被曝で発症するとされて 12ないし14頁,122,弁論の全趣旨)(c) 消化管障害(主症状としての下痢等)急性放射線症候群による主症状としての消化管障害は,約8グレイないし10グレイ以上の被曝で発症するとされている。急性放射線症候群による主症状としての消化管障害は,放射線により粘膜上皮細胞(消化管の上皮細胞)の幹細胞が死滅して粘膜組織が欠落し,しかも,粘膜上皮細胞の再生が障害されることによって生じるものであり,腸管蠕動障害,吸収障害及び下痢が出現し,更に粘膜組織の剥奪が進行すると血管がむき出しになる一方で,前記のとおり,骨髄障害により血小板が- 119 -減少していることから,消化管内の血管が破綻し,制御不能の消化管出血が生じることになる。(乙全ロ28の1・10頁,39・5頁,57・76頁,弁論の全趣旨)このように,放射線被曝による主症状としての下痢は,前駆症状としての下痢とはその程度も内容も全く異なり,大量出血を伴う重篤かつ血性の下痢であるという大きな特徴があり,主症状としての下痢を発症するような事態に至れば,消化管の細胞を再生させる医療技術がないため,現代の医学水準をもってしても救命可能性はないとされている。(乙全ロ28の1・10,11頁,57・82頁,弁論の全趣旨)また,主症状としての下痢は,6グレイ以上の極めて重傷ないし致死的な急性放射線症候群の症状であり,4グレイないし6グレイの被曝による重傷の急性放射線症候群であっても,出現するのがまれであるとされている。(乙全ロ57・77頁,弁論の全趣旨)(イ) 被爆者に生じた症状についての放射線被曝以外に可能性のある原因について被爆者に生じた症状について,放射線被曝以外の可能性のあるものとして,①戦時下の栄養状態,②戦時下の生活環境,③当時よくみられていた下痢及び腸炎の可能 の放射線被曝以外に可能性のある原因について被爆者に生じた症状について,放射線被曝以外の可能性のあるものとして,①戦時下の栄養状態,②戦時下の生活環境,③当時よくみられていた下痢及び腸炎の可能性並びに④心的なトラウマ体験が挙げられる。すなわち,戦時下において,食糧難及び栄養失調状態が発生し,学童,妊婦,胎児,成人等あらゆる世代の国民の体位や体力を低下させていた。また,戦時下においては,保健衛生の観点からみても,赤痢,腸チフス,ジフテリア等の伝染病の増加や医薬品の不足等により,劣悪な生活環境にあった。上記のような栄養状態及び生活環境の下,当時は,下痢及び腸炎はよくみられる疾患であった。(乙全ロ115・68ないし74頁,116・51ないし55,68頁,弁論の全趣旨)最近の精神医学における研究によれば,戦争体験等の心的なトラウマ体験が身体的健康に影響する可能性があるとされている。例えば,阪神・淡路大震災,中越沖地震等の自然災害の被災者において,被災後,おう吐,発熱,下痢,鼻出血,倦怠- 120 -感,不眠といった様々な身体症状の発症が確認されており,心身医学の分野では,これらが被災後に発症したものである場合には,被災による精神的影響と考えられている。なお,自然災害で脱毛がみられたとの報告はない。(乙全ロ22の2・340ないし344項,弁論の全趣旨)また,東京大空襲の経験者には様々な発症時期の脱毛がみられたとされており,自然災害では確認されない集団的な脱毛が,戦争体験では確認されていることについては,心身医学の立場から自然災害と戦争体験とで受ける精神的影響の格段の違いと,現代と昭和20年頃の衛生環境及び栄養状態の格段の違いによるとされている。(乙全ロ22の2・346ないし351項,37・181ないし186項,弁論の全趣旨) 験とで受ける精神的影響の格段の違いと,現代と昭和20年頃の衛生環境及び栄養状態の格段の違いによるとされている。(乙全ロ22の2・346ないし351項,37・181ないし186項,弁論の全趣旨)さらに,JCO臨界事故のウラン加工工場の周辺住民は,事故後,様々な身体症状を発症しており,その発症率はウラン加工工場から離れるに従って減少していくことが統計的に有意に認められており,これらの身体症状は,自分も被曝をしているのではないかといった不安や風評被害等に基づく精神的影響によるものであり,その精神的影響がウラン加工工場から離れるに従って低減し,その結果,身体症状の発現率もウラン加工工場から離れるに従って減っていったとする見解がある。 (乙全ロ22の2・354ないし360項,38・2頁,弁論の全趣旨)イ各種知見(ア) Z40の事例Z40は,昭和20年8月6日午前9時30分頃,広島市ω19に到着した後,爆心地から約1.5kmの地点にあるZ41病院に行き,救援活動に当たった。Z40は,部下と共に,Z41病院の池の水を沸騰させて飲んだところ,同月8日,全員に下痢の症状が出て,活動不能となった。Z40は,その後,広島市ω26の実家にいる家族の救出に当たることになり,同月9日,下痢の体調で,爆心地を通過した。Z40は,体に紫斑が出て,頭髪や体毛が脱毛した。(乙全ロ41・5ないし8頁)- 121 -(イ) 鎌田七男ら「8月6日入市被爆者白血病の発生増加について」広島大学名誉教授の鎌田七男は,入市被爆者白血病の昭和45年から平成2年までの罹患頻度,病型,染色体所見の特徴等を調査し,「8月6日入市被爆者白血病の発生増加について」(以下「鎌田七男ら第2報告」という。)としてまとめ,平成16年に発表した。(甲全51・100頁, 年までの罹患頻度,病型,染色体所見の特徴等を調査し,「8月6日入市被爆者白血病の発生増加について」(以下「鎌田七男ら第2報告」という。)としてまとめ,平成16年に発表した。(甲全51・100頁,弁論の全趣旨)鎌田七男ら第2報告は,原爆投下直後に入市した者について,その後,白血球の減少等の症状があった旨の報告が複数されており,中国軍管区軍医部の「原子爆弾症ニ関スル研究」には,①原爆の爆発当日は広島市に在住せず,昭和20年8月6日以降に広島市において作業に従事するなどした者136名中89名に白血球減少症(2300ないし5000)を認めた,②中等度以下の減少者は,おおむね同日の爆発直後に遺体処理等のために爆心地から500m圏内に入った者で,滞在日数の長い者ほど,その影響が著明であるとの記載があるとしている。(甲全51・100頁)(ウ) 陸軍軍医学校臨時東京第1陸軍病院「原子爆弾による広島戦災医学的調査報告」昭和20年作成の陸軍軍医学校臨時東京第1陸軍病院の「原子爆弾による広島戦災医学的調査報告」は,①陸軍軍医学校は,同年8月8日から広島市において救護及び調査活動に従事したが,脱毛患者の発生地域は,爆心から半径約1.03km以内の地域であった,②陸軍船舶練習部第▲教育隊のZ42隊(同月6日夕刻から爆心から0.3kmの地点にある広島市ω27に露営し,同月11日まで,爆心から1km以内で死体発掘その他の作業に服した。)や,Z43隊(同月8日から,爆心から0.2ないし1.5kmの地点で宿営しつつ,同月11日夜半まで清掃作業を行った。)等,広島原爆の投下後1週間以内に爆心地付近に入り,作業を行った兵員について,白血球数等の検査を実施したところ,同年9月24日に白血球数が3200であった1人を除き,全く異常を認めなかった,③同月15日 広島原爆の投下後1週間以内に爆心地付近に入り,作業を行った兵員について,白血球数等の検査を実施したところ,同年9月24日に白血球数が3200であった1人を除き,全く異常を認めなかった,③同月15日から同月30日までの間,Z44分院外来において,広島市ω19で被爆した後中心地で行- 122 -動した市民20人に血液検査を実施したが,白血球減少者はおらず,同年8月10日に広島に帰り,爆心から500mの地点において各種作業を行った1人については,白血球数が少なかったものの,すぐに回復し,脱毛等の症状もなかったとしている。(乙全ロ42・387ないし389頁,63・285,340頁)なお,同報告書中の表には,爆心から1.2km及び1.3kmで被爆した複数の者について,脱毛が生じた旨の記述があることから,半径約1.03kmは,半径約1.3kmの誤記である可能性がある。(乙全ロ63・339,344頁)(エ) 日米合同調査団の報告書昭和26年作成の日米合同調査団の報告書は,①爆心地から2.1ないし2.5kmの距離において,脱毛の発生率が7.2%,紫斑の発症率が3.9%となっている,②爆心地から2.6ないし3kmの距離においては,脱毛の発症率が2.1%,紫斑の発症率が0.5%となっている,③爆心地からの距離が3kmを超える地点においても脱毛及び紫斑が発生している,④遮蔽の有無によっても発症率に差が生じているとしている。(甲全63,弁論の全趣旨)(オ) 家森武夫「原子爆弾症(長崎)の病理学的研究報告」山口県立医学専門学校教授の家森武夫は,山口県立医学専門学校研究治療班が昭和20年9月14日から約1週間で剖検を行った13例を検討し,「原子爆弾症(長崎)の病理学的研究報告」(以下「家森武夫報告」という。)としてまとめ,昭和28年に ,山口県立医学専門学校研究治療班が昭和20年9月14日から約1週間で剖検を行った13例を検討し,「原子爆弾症(長崎)の病理学的研究報告」(以下「家森武夫報告」という。)としてまとめ,昭和28年に発表した。(甲全69)家森武夫報告は,爆心地から2ないし3kmの地点における屋内被爆の事例を3件含んでおり,そのうちの一例については,①11歳の女性は,爆心地から約3kmの地点において木造家屋の下敷きとなって,右足を骨折した,②被爆後10日程は元気であったが,その後,咽頭痛,点状出血及び発熱があり,脱毛はなかったが,更に歯根の腫脹出血と食欲不振が出た,③骨髄巨細胞は減少しており,赤芽細胞も減少して集団としては認め難く,多形核白血球が見られない,④脾臓,甲状腺,副腎に萎縮がある,⑤卵巣について,graaf 氏瀘胞の変性があるとしている。(甲全- 123 -69・1253,1254頁)(カ) 放射線被曝者医療国際協力推進協議会「原爆放射線の人体影響1992」「原爆放射線の人体影響1992」は,①昭和20年8月下旬から同年10月上旬までの間に被爆者に生じた症状は,吐き気,おう吐,下痢,脱毛,脱力感,倦怠,吐血,下血,血尿,鼻出血,歯根出血,生殖器出血,皮下出血,発熱,咽頭痛,口内炎,白血球減少,赤血球減少,無精子症,月経異常等である,②病理学的に最も著名な変化は,放射線による骨髄,リンパ節,脾臓などの組織の破壊で,その結果,血球,特に,顆粒球及び血小板の減少が生じた,③これが原因となって,感染に対する抵抗力の減退及び出血症状がみられた,④死因との関係は少ないが,下垂体,甲状腺,副腎などの内分泌腺に放射線による萎縮性障害像がみられたとしている。 (乙全ロ5・10頁)(キ) 齋藤紀「「原子爆弾症(長崎)の病理学的研究報告」中の遠距離 因との関係は少ないが,下垂体,甲状腺,副腎などの内分泌腺に放射線による萎縮性障害像がみられたとしている。 (乙全ロ5・10頁)(キ) 齋藤紀「「原子爆弾症(長崎)の病理学的研究報告」中の遠距離被爆事例」齋藤紀は,「「原子爆弾症(長崎)の病理学的研究報告」中の遠距離被爆事例」(以下「齋藤紀意見」という。)において,①家森武夫報告のうち爆心地から2ないし3kmの地点における屋内被爆の事例(以下「家森報告事例」という。)のDS86による推定被曝線量は,0ないし0.061グレイである,②放射線被曝による特徴的所見は,第1に造血臓器(骨髄)とリンパ臓器(リンパ節,脾臓)の破壊,具体的には,骨髄からの巨核球(血小板前駆細胞,血小板を産生する細胞)と顆粒球の減少及び脾臓の破壊,第2に内分泌臓器(甲状腺,副腎などのホルモン産生臓器)の萎縮,内分泌細胞の変性,第3に生殖器の障害等と仮に概括することができ,これらの所見が,個々の遺体に系統的に認められるならば,その死亡原因に放射線被曝の影響を指摘しなければならない,③家森報告事例については,骨髄巨核球(骨髄巨細胞)の減少,脾臓の萎縮,副腎の萎縮,甲状腺の萎縮,卵巣の障害等が指摘されており,これらは,放射線被曝に際して,著明,特徴的に認められる臓器障害を系統的に有しているから,その死亡の原因に放射線被曝の影響があったことが示されている,④家森報告事例によれば,DS86による推定被曝線量から,- 124 -放射線の影響なしということはできず,遠距離における放射線被曝の影響は,個々の被爆者の実情に即して考慮せざるを得ないとしている。(甲全62)(ク) Z45の意見金沢医科大学健康生態医学分野基礎系法医学部門教授のZ45は,家森報告事例について,①骨髄障害を引き起こすものとしては,放射線以外 せざるを得ないとしている。(甲全62)(ク) Z45の意見金沢医科大学健康生態医学分野基礎系法医学部門教授のZ45は,家森報告事例について,①骨髄障害を引き起こすものとしては,放射線以外に血液疾患,栄養障害,感染症等の多岐にわたり,放射線による骨髄障害を示唆する特異的所見は知られていない,②13例中の僅か4例(その中で3例は爆心地からの距離が遠い。)における骨髄障害を観察したのみで,観察された骨髄障害が放射線障害に基づくとの結論を導くことは妥当ではない,③視床下部,下垂体及び副腎は放射線により影響を受けるが,高い線量によるものであるから,家森報告事例において,放射線により副腎等が障害を受けたとは考えられない,④卵胞は放射線に対して感受性が高いことが知られているが,卵巣における卵胞の成熟障害の原因としては,放射線以外の影響によって視床下部,下垂体,卵巣系に障害が発生した可能性も考えるべきであるとしている。(乙全ロ73)(ケ) 沢田藤一郎ら「原子爆弾症の臨床的研究(1)」昭和28年発表の九州大学医学部教授の沢田藤一郎らの「原子爆弾症の臨床的研究(1)」(以下「沢田藤一郎ら報告」という。)は,①原爆の爆発当日遠隔地に在り,数時間後ないし翌日から爆心地に居住する者10人中成人8人の白血球数は最低4400,最高8200で,1人を除いては5400以上を呈し,成人8人の平均は6350で全く正常値であった,②爆発当日長崎市又はその近郊にあり,数時間後から爆心地に居住する者7人中成人6人の白血球数は最低3000,最高7320,平均4600であり,6人中3人は3200以下で明らかに減少していた,③九大救護班員13人についての成績は最低5200,最高8200,平均6440で全く正常値であった,④この成績からみて,原爆に直接被爆しなければ あり,6人中3人は3200以下で明らかに減少していた,③九大救護班員13人についての成績は最低5200,最高8200,平均6440で全く正常値であった,④この成績からみて,原爆に直接被爆しなければ,現地に居住しても,残存放射能によって大した障害を起こすものではなく,爆心地滞在によって少なくとも爆発1か月後において,人体に影響が認められることを証明すること- 125 -はできなかった,⑤救護班員として現地に滞在した後に,疲労感あるいは下痢を訴えた者があり,これを残存放射能の作用に帰し,また,白血球が減少したと危惧した者もあったが,このような者らを再検査したところ正常であり,当時の長崎市における食糧,宿舎及び仕事の量等を想起する時,むしろ,かかる訴えは疲労,不摂生等によって起こったり,また,神経性で起こったりしたものもあったと考えられるとしている。(乙全ロ43・1055,1056頁)(コ) 中島良貞ら「長崎市における原子爆弾による人体被害の調査」昭和28年発表の九州帝国大学医学部教授の中島良貞らの「長崎市における原子爆弾による人体被害の調査」(以下「中島良貞ら報告」という。)は,①爆心地から1000mないし1500mにあった三菱兵器大橋工場の従業員110人について,昭和20年9月10日及び同月11日に白血球数の集団検診を行ったところ,33人が4000以下であった,②原爆の爆発当日に遠隔地にいて原爆の直撃を受けず,その直後又は数日中に同工場に駆け付け同月10日まで約1か月間救護その他に当たった17人については,1人として白血球数4000以下の者はいなかった,③爆心地及びその付近の土地は人体に傷害を及ぼすほどの残留放射能を有していないとしている。(乙全ロ44・949,950,954,978頁)(サ) 都築正男「医学の立場から 以下の者はいなかった,③爆心地及びその付近の土地は人体に傷害を及ぼすほどの残留放射能を有していないとしている。(乙全ロ44・949,950,954,978頁)(サ) 都築正男「医学の立場から見た原子爆弾の災害」昭和29年発表の東京大学名誉教授の都築正男の「医学の立場から見た原子爆弾の災害」(以下「都築正男報告」という。)は,①原子爆弾に遭った者らがその後何年か経た後に訴える特徴のない諸症状を一括して「慢性原子爆弾症」と呼ぶ,②これは,主として,第1次放射能の傷害により,身体の諸臓器にそれぞれある程度の影響を被ったものの,その程度が軽かったために,中度以下の放射線病にかかったが,回復し,又は放射線病の症状は示さなかったが,いわゆる潜在性放射線病者として経過した者らで,現在では大体において健康となり,それぞれの業務を営んではいるが,常に疲れやすいことを訴え,業務に対する興味ないし意欲が少なく,しばしば感冒や胃腸障害,特に下痢に悩んでいる者らのことをいい,健康者と病者- 126 -との中間に位置する,③原子爆弾が爆発した時には2km以上離れた地点(4km以内)にあって,それだけでは放射線病の症状は現れないが(潜伏性原子爆弾症ともいえる),それらの人々が,直後に爆心地に立ち入って,作業しあるいは生活するようなことがあると,いろいろの意味の第2次放射能の影響が併せ加わって,急性の放射線病の症状を発した人は少なくない,④慢性原子爆弾症の診断は,ⅰ被爆当時,どのくらいの第1次放射能の傷害を受けたか,ⅱ急性放射線病の症状を発したか,発症した場合には,その程度はどうであったか,ⅲ被爆直後1か月ないし2か月の間に第2次放射能の影響を受ける機会が濃厚であったかから判断するほかない,⑤以上の3点を調べて,相当の放射能傷害を被っている疑いが濃厚で には,その程度はどうであったか,ⅲ被爆直後1か月ないし2か月の間に第2次放射能の影響を受ける機会が濃厚であったかから判断するほかない,⑤以上の3点を調べて,相当の放射能傷害を被っている疑いが濃厚である者が,後になって明らかに他の疾患又は状態で惹起されたと考えられないような訴えがあったら,ひとまず慢性原子爆弾症ではないかと判断するのが妥当ではないかとしている。(甲全1の2・文献3・83ないし85頁)(シ) 於保源作「原爆残留放射能障碍の統計的観察」於保源作は,広島市内の一定地区(爆心地から2kmないし7km)に住む被爆生存者3946人について,被爆条件のほか,発熱,下痢,脱毛等の症状の有無,被爆後3か月間の行動等を各個人ごとに調査し,「原爆残留放射能障碍の統計的観察」(以下「於保源作報告」という。)としてまとめ,昭和32年に発表した。(甲全64・21,22頁)於保源作報告は,①原爆直後中心地に入らなかった屋内被爆者の場合,ⅰ有症率は20.2%を示し,被爆距離別の有症率は被爆距離と反比例し,被爆距離が短いほど高率であった,ⅱ急性原爆症の各症候の発現率も被爆距離が短いほど高く,それが長いほど低率になっており,その低下の具合はかなり整然としている,②原爆直後中心地に出入りした屋内被爆者の場合,ⅰ有症率は36.5%を示し,被爆距離別の有症率は被爆距離の延長に従って低率を示さなかった,ⅱ急性原爆症の各症候の距離別発現率も被爆距離に反比例して整然と低下はしていない,③原爆直後中心地に入らなかった屋外被爆者の場合,ⅰ有症率は44%を示し,屋内被爆者より- 127 -も高率であり,被爆距離別有症率は,被爆距離に反比例して低下している,ⅱ急性原爆症の各症状の発現率も被爆距離に反比例している,④原爆直後中心地に出入りした屋外被爆者の場合 爆者より- 127 -も高率であり,被爆距離別有症率は,被爆距離に反比例して低下している,ⅱ急性原爆症の各症状の発現率も被爆距離に反比例している,④原爆直後中心地に出入りした屋外被爆者の場合,有症率は51%であり,被爆距離別有症率がその距離に反比例して低率を示さなかった,⑤原爆直後入市した非被爆者の場合,ⅰ原爆直後から20日以内に中心地に出入りした者に有症率が高く,1か月後に中心地に入った者の有症率は極めて低かった,ⅱ中心地滞在時間が4時間以下の場合は有症率が低く,10時間以上の場合は有症率が高いとしている。(甲全64)(ス) 厚生省公衆衛生局「原子爆弾被爆者実態調査」厚生省公衆衛生局は,昭和40年における被爆者の状況について実態調査を実施し,「原子爆弾被爆者実態調査」(以下「厚生省実態調査」という。)としてまとめ,昭和42年に発表した。(乙全ロ41資料30・1頁)厚生省実態調査は,「病気にかかりやすい」,「体力がない」,「原爆ぶらぶら病」などの言葉はしばしば耳にするところであり,これらには一面心理的要因が働いていることも想像されるが,調査の結果は,これらの事実を肯定する資料も否定する資料も得ることはできなかったとしている。(乙全ロ41資料30・46頁)(セ) 調来助ら「長崎ニ於ケル原子爆弾災害ノ統計的観察(抄録)」長崎医科大学教授の調来助らは,昭和20年10月から同年12月までの3か月間,長崎の各地区を訪問し,聞き取りにより,各地区ごとの罹災状況を調査し,爆心からの距離と死亡率との関係等について統計的観察を試み,「長崎ニ於ケル原子爆弾災害ノ統計的観察(抄録)」(以下「調来助ら報告」という。)としてまとめ,昭和57年に発表した。(甲全1の2・文献4,102)調来助ら報告は,①発熱,下痢,出血傾向及び脱毛 長崎ニ於ケル原子爆弾災害ノ統計的観察(抄録)」(以下「調来助ら報告」という。)としてまとめ,昭和57年に発表した。(甲全1の2・文献4,102)調来助ら報告は,①発熱,下痢,出血傾向及び脱毛について,いずれの症状も爆心地からの距離が遠くなるほど発現率が低くなる距離依存性を示し,4kmを超えても0とはならない,②下痢について,4kmを超えても0とならない理由は,普通の健康人でも夏季中に1回くらい下痢をすることがあり,これも統計の中に入っているものと思われる,③発熱について,生存者の頻度が4kmを超えても0とな- 128 -らないのは,他の原因に基づくものが算入されたものと想像されるとしている。(甲全102・69,75,80,87頁)なお,調来助は,脱毛について,調査時期が秋であり,自然脱毛も統計の中に入っていると思われるとしている。(乙全ロ75・86頁)(ソ) 日本原水爆被害者団体協議会(以下「被団協」という。)による原爆被害者調査昭和60年11月から昭和61年3月にかけて行われた被団協の原爆被害者調査の結果においては,調査に回答した被爆者6744人について,被爆後,よくかぜをひいたり,疲れやすくなったこと(いわゆる「原爆ぶらぶら病」といわれる症状)があったか否かという質問に対し,「あった」と答えた被爆者は4159人(61. 7%),「なし」と答えた被爆者は1446人(21.4%)であった。(甲全73の2,74,75,弁論の全趣旨)(タ) NHK広島局・原爆プロジェクト・チーム「ヒロシマ残留放射能の四十二年」昭和63年発表のNHK広島局・原爆プロジェクト・チームの「ヒロシマ残留放射能の四十二年」は,入市被爆者に生じたとされる急性症状に関する専門家の見解を次のとおりであるとしている。 すなわち,近畿大学 63年発表のNHK広島局・原爆プロジェクト・チームの「ヒロシマ残留放射能の四十二年」は,入市被爆者に生じたとされる急性症状に関する専門家の見解を次のとおりであるとしている。 すなわち,近畿大学教授のZ46は,①細胞はいろいろな条件で死ぬものであり,脱毛を放射線に結び付けることはない,②被曝はほとんどしていないかもしれないが,極限状態で重労働をして,多数の死体を片付けるといったことをしており,過度に働いたための疲れや精神的なストレスが脱毛の形で出ていると考えられ,いろいろな程度や形の脱毛があっても不思議ではないとし,Z47病院院長のZ48は,①広島原爆及び長崎原爆は空中爆発であり,地表爆発であるビキニ核実験と比べてフォールアウトの量が桁違いに低く,ほとんど誘導放射能だけであった,②広島及び長崎において,後々まで健康を害するほどの影響を受けた者は少ないと考えてよいとし,放射線医学総合研究所の丸山隆司は,局所的に降った土を頭からかぶったか,そのような土が混じった水をかぶったということで,ベータ線を入れれば,皮- 129 -膚線量が100ラド(1グレイ)を超えた可能性もあると思われ,いずれにしても脱毛を起こした原因として考えられるベータ線の問題やこれらを含む内部被曝の問題をもっと細かくみていかなければならないとしている。(甲全70,乙全ロ68・178,188ないし190頁)(チ) 丸山隆司「賀北部隊工月中隊の被曝線量の物理的計算」昭和63年発表の放射線医学総合研究所の丸山隆司の「賀北部隊工月中隊の被曝線量の物理的計算」(以下「丸山隆司報告」という。)は,広島県賀茂郡在住の部隊であり,昭和20年8月7日に広島市内に入市し,西練兵場付近で救護活動等の作業に4日間ないし7日間滞在して従事しており,入市被爆者の中で最も多く被曝してい 報告」という。)は,広島県賀茂郡在住の部隊であり,昭和20年8月7日に広島市内に入市し,西練兵場付近で救護活動等の作業に4日間ないし7日間滞在して従事しており,入市被爆者の中で最も多く被曝していると考えられるともされている賀北部隊工月中隊について,①DS86のデータから計算した中性子誘導放射能は,先発隊が11.8ラド(0.118グレイ),第1小隊が3.4ラド(0.034グレイ),原子雲(フォールアウト)は,先発隊が0.08ラド(0.0008グレイ),第1小隊が0.04ラド(0.0004グレイ),衝撃塵(フォールアウト)は,先発隊が0.02ラド(0.0002グレイ),第1小隊が0.01ラド(0.0001グレイ),火災煙(フォールアウト)は,先発隊が0.1ラド(0.001グレイ),第1小隊が0.04ラド(0. 0004グレイ)である,②先発隊,第1小隊ともに内部被曝線量はいずれも約1. 14マイクロラド(約0.0000000114グレイ)と推定される,③この値は,土壌のナトリウム24のみを考えており,実際の線量を過小評価している,④今後,放射性降下物による被曝線量について検討する必要があり,その結果によっては,その被曝線量は修正されると思われるとしている。(乙全ロ123・222頁,128・238頁)(ツ) 加藤寛夫ら「賀北部隊工月中隊の疫学的調査」放影研の加藤寛夫らは,昭和62年に賀北部隊工月中隊99人を対象に疫学調査を行い,「賀北部隊工月中隊の疫学的調査」(以下「加藤寛夫ら報告」という。)としてまとめ,昭和63年に発表した。なお,調査方法は,アンケート形式であり,- 130 -面会による聞き取りを原則とし,会うことができない場合は電話による聞き取りを行い,死亡者については可能な限り近親者の回答を得るようにして行われた。(乙全 は,アンケート形式であり,- 130 -面会による聞き取りを原則とし,会うことができない場合は電話による聞き取りを行い,死亡者については可能な限り近親者の回答を得るようにして行われた。(乙全ロ123・226頁)加藤寛夫ら報告は,①急性放射線症状としては,頭髪の脱毛,歯根出血,皮膚の点状出血,口内炎,おう吐,下痢などの胃腸障害などが典型的なものであるところ,42年前の記憶を基に,面接又は電話による応答でこのような急性放射線症状があったと答えた者は32人いた,②下痢,歯根出血,口内炎などは被爆直後の栄養障害や過酷な肉体労働,精神的ストレスを受けたことを考えれば,放射線に直接起因するものではなく,これらの異常環境要因で起きたことも充分に考えられることから,症状の重症度(脱毛を例にとると,脱毛の範囲が頭髪の3分の2以上,3分の2ないし4分の1,4分の1以下に分けている。),経過期間などにより,それぞれ確実なものと不確実なものとに分けた,③ほぼ確実な急性放射線症状があったと思われるものは,脱毛6人(うち3分の2以上頭髪が抜けた者が3人),歯根出血5人,口内炎1人及び白血球減少のみられた者2人であり,このうち2人は脱毛と歯根出血の両症状が現れていた,④今回の調査対象者のような低線量被曝者では急性放射線症状は現れないか,現れたとしても頻度は非常に小さい,⑤はっきりと急性症状を示した者は数人みられたが,同様の症状は,放射線以外の栄養障害や種々のストレスによっても起こると考えられるので,急性放射線症状の頻度をここで問題にすることは適当ではなく,むしろ,このような低い推定線量(最大約12ラド(約0.12グレイ),全隊員平均約1.3ラド(約0.013グレイ))の放射線に被曝したにもかかわらず,急性放射線症状を現したものがいる(らしい)という事実 ,このような低い推定線量(最大約12ラド(約0.12グレイ),全隊員平均約1.3ラド(約0.013グレイ))の放射線に被曝したにもかかわらず,急性放射線症状を現したものがいる(らしい)という事実に注目すべきである,⑥もし,放射線による急性症状とすれば,前述の特殊環境下における人体の放射線に対する抵抗性の低下によることも考えられるし,また,飲食物による内部被曝の影響の可能性も否定し切れない(ただし,フォールアウトによる被曝線量はほとんど無視することができることが今回の調査で明らかになった。)としている。(乙全ロ123・230ないし232頁)- 131 -なお,加藤寛夫ら報告は,①死亡追跡調査について,42年間の総死亡率は99分の27(27.3%)であり,日本全国の生命表の平均死亡率と差異は認められなかった,②がんで死亡したと判断されたのは6人,その割合は27分の6(22. 2%)であり,日本全国の死亡統計の28.7%とほとんど変わりはみられない,③調査対象者の被曝後42年間の死亡率は日本全国の年平均死亡率とほとんど変わらなかったと結論付けることができるともしている。(乙全ロ123・229,230頁)(テ) 鎌田七男「賀北部隊工月中隊における残留放射能被曝線量の推定-染色体異常率を基にして-」広島大学原爆放射能医学研究所の鎌田七男は,昭和20年8月7日から7日間,西練兵場付近で救護活動に従事し,調査当時広島県賀茂郡在住の賀北部隊工月中隊員28人と,同年齢で同一地域(広島県賀茂郡)に在住する10人(対照者)について,数回の個人面接を行い,広島市内への入市日,行動経路,作業内容,当日の服装,帰省後の身体状況,その後の体調,医療用放射線被曝の回数とその内容などを聴き取り,末梢血10mlを採血して染色体分析を行い,「賀北部隊工月 を行い,広島市内への入市日,行動経路,作業内容,当日の服装,帰省後の身体状況,その後の体調,医療用放射線被曝の回数とその内容などを聴き取り,末梢血10mlを採血して染色体分析を行い,「賀北部隊工月中隊における残留放射能被曝線量の推定-染色体異常率を基にして-」(以下「鎌田七男報告」という。)としてまとめ,昭和63年に発表した。なお,賀北部隊工月中隊員28人とその対照者10人について,全員染色体標本の作製が可能であったが,面接調査で判明した10回以上の胃,十二指腸透視をしている者や腰痛障害によって頻回のレントゲン線照射を受けている者26人(賀北部隊工月中隊員18人及び対照者8人)は,当時受けた残留放射線とそれ以後受けた医療用放射線の両方の影響が考えられるため対象外とされた。(乙全ロ123・236頁)鎌田七男報告は,①賀北部隊工月中隊員の染色体異常率は非常に少なく,不安定型細胞と安定型細胞を合計しても最低500観察細胞中1細胞の者から18細胞の者しか認められなかった,②放射線により傷つけられた染色体部位数(ヒット)は,1ないし36に分布していた,③これらの資料により,既に求められている染色体- 132 -異常数に基づく被曝線量の推定式に当てはめてみると,6ラド(0.06グレイ)以上の被曝線量と推定されるものが5例あり(その内訳は,13ラド(0.13グレイ)が1例,10ラド(0.1グレイ)が3例及び6ラド(0.06グレイ)が1例),残りの5例は1ラド(0.01グレイ)未満であった,④対照群では,いずれも2ラド(0.02グレイ)以下の被曝線量と推定された,⑤賀北部隊工月中隊の入市被爆者の被曝線量はせいぜい10ラド(0.1グレイ)前後と考えられたとしている。(乙全ロ123・237頁)(ト) ダニエル・ストラムら「重度脱毛データを用 と推定された,⑤賀北部隊工月中隊の入市被爆者の被曝線量はせいぜい10ラド(0.1グレイ)前後と考えられたとしている。(乙全ロ123・237頁)(ト) ダニエル・ストラムら「重度脱毛データを用いたDS86原爆放射線線量評価手法の解析」放影研のダニエル・ストラムらは,放射線被曝急性効果としての重度の脱毛に関する広島及び長崎の資料を,DS86及びT65Dにより再解析し,「重度脱毛データを用いたDS86原爆放射線線量評価手法の解析」(以下「ストラムら報告」という。)としてまとめ,平成元年に発表した。(甲全53,乙全ロ60)ストラムら報告は,脱毛の訴え率は,0.75グレイ辺りから線量に伴って著しく増大し,2.5グレイ辺りから横ばいとなり,最後には低下傾向を示すという非線形性を示したとしている。なお,この脱毛発症率は,医学的に脱毛の診断を受けた者ではなく,記憶に基づいて重度脱毛を訴えた被爆者の値を純粋プロットしたものであり,バックグラウンド発症頻度を差し引く作業等は行われていない。(甲全53,乙全60・6頁,61,弁論の全趣旨)(ナ) 放射線被曝者医療国際協力推進協議会「原爆放射線の人体影響1992」平成4年発表の「原爆放射線の人体影響1992」は,①賀北部隊工月中隊員20人と原爆投下直後から3日以内に爆心地付近に入った者20人を対象とし,長期入市滞在者(賀北部隊工月中隊員)10人(A群),長期入市滞在者で医療被曝の多い者(賀北部隊工月中隊員)10人(B群),短期入市滞在者6人(C群)及び短期入市滞在者で医療被曝の多い者14人(D群)の4群に区分し,染色体分析を行ったところ,推定線量は,A群が1ラド(0.01グレイ)以下ないし13.5- 133 -ラド(0.135グレイ)で平均4.8ラド(0.048グレイ),B群が1 D群)の4群に区分し,染色体分析を行ったところ,推定線量は,A群が1ラド(0.01グレイ)以下ないし13.5- 133 -ラド(0.135グレイ)で平均4.8ラド(0.048グレイ),B群が1ラド(0.01グレイ)以下ないし71.2ラド(0.712グレイ)で平均13.9ラド(0.139グレイ),C群が1ラド(0.01グレイ)以下,D群が1ラド(0.01グレイ)以下ないし21.2ラド(0.212グレイ)で平均1.9ラド(0.019グレイ)であった,②滞在期間の差が染色体異常に反映された,③同じ群の中でもばらつきが大きいが,これらの成績を単純に考えると長期滞在者の原爆放射能は4.8ラド(0.048グレイ)以下で,短期滞在者のそれは1ラド(0.01グレイ)以下となり,長期滞在者は短期滞在者と比べて3.8ラド(0. 038グレイ)ほど多く原爆放射能を受けたことになるとしている。(乙全ロ5・238ないし241頁)(ニ) デイル・プレストンら「原爆被爆者における脱毛と爆心地からの距離の関係」放影研のデイル・プレストンらは,放影研で行っている寿命調査(LSS)対象者について集められたデータに基づいて脱毛と爆心地からの距離との関係を検討し,「原爆被爆者における脱毛と爆心地からの距離の関係」(以下「プレストンら報告」という。)としてまとめ,発表した。(甲全66・251頁)プレストンら報告は,①爆心地から2km以内での脱毛の頻度は爆心に近いほど高く,爆心地からの距離とともに急速に減少し,2kmから3kmにかけて緩やかに減少し(3%前後),3km以遠でも少しは症状が認められているが(約1%),ほとんど距離とは独立である,②脱毛の程度についてみると,遠距離にみられる脱毛はほとんど全てが軽度であったが,2km以内では重度の脱毛の割合が高く,こ 遠でも少しは症状が認められているが(約1%),ほとんど距離とは独立である,②脱毛の程度についてみると,遠距離にみられる脱毛はほとんど全てが軽度であったが,2km以内では重度の脱毛の割合が高く,このようなパターンを総合すると,3km以遠の脱毛が放射線以外の要因,例えば被爆によるストレスや食糧事情などを反映しているのかもしれず,特に低線量域では,脱毛と放射線との関係について論ずる場合や脱毛のデータから原爆被曝線量の妥当性について論ずる場合には注意を要すると思われる,③遠距離の脱毛が放射線以外の要因を反映しているのかもしれないことが示唆されたとしている。(甲全66・251,252頁)- 134 -(ヌ) 京泉誠之ら「SCID-hu(ヒト細胞移植重度複合型免疫不全)マウスにおけるヒトの毛包の放射線感受性」放影研の京泉誠之らは,重症免疫不全のマウスに対してヒトの頭部細胞組織を移植し,1グレイから6グレイまでの範囲で放射線を照射し,脱毛を測定してヒトの毛包の機能に対する放射線照射の効果を評価し,「SCID-hu(ヒト細胞移植重度複合型免疫不全)マウスにおけるヒトの毛包の放射線感受性」(以下「京泉誠之ら報告」という。)としてまとめ,平成10年に発表した。(甲全60)京泉誠之ら報告は,①脱毛は3週目から起こり,線量に依存して脱毛が拡大した,②脱毛の割合は,1グレイまでは低く,2ないし3グレイ以降で脱毛率が急激に上昇した,③5グレイを超える線量域で脱毛率の低下はみられなかった,④脱毛率が1グレイのしきい値があるようにも思われることは注目に値する,⑤しかし,マウスの毛の幅が0から3グレイまでの線量でほぼ線形に減少しており,このことは,毛髪の造成活動に関しては,1グレイのしきい値がないことを示唆し,毛包において活動的に増殖するケラチン角 る,⑤しかし,マウスの毛の幅が0から3グレイまでの線量でほぼ線形に減少しており,このことは,毛髪の造成活動に関しては,1グレイのしきい値がないことを示唆し,毛包において活動的に増殖するケラチン角化細胞の放射線感受性を反映しているかもしれないとしている。(甲全60)(ネ) 横田賢一ら「長崎原爆における被爆距離別の急性症状に関する研究」長崎大学医学部附属原爆後障害医療研究施設の横田賢一らは,長崎原爆の被爆者3000人を対象に急性症状の発症頻度等の解析を行い,「長崎原爆における被爆距離別の急性症状に関する研究」(以下「横田賢一ら第1報告」という。)としてまとめ,平成10年に発表した。(甲全68・247頁,弁論の全趣旨)横田賢一ら第1報告は,①脱毛の頻度について,被爆距離と発症頻度の相関がみられ,被爆距離が2km以上についても距離との相関がみられた,②脱毛の程度について,近距離ほど中等度,重度の割合が多くなっている,③2km以遠の脱毛について,放射線を要因とするものか否かを判断するためには更に詳細な調査が必要であるとしている。(甲全68・248,250頁)(ノ) 横田賢一ら「被爆状況別の急性症状に関する研究」- 135 -長崎大学医学部附属原爆後障害医療研究施設の横田賢一らは,爆心地からの距離が4km未満の1万2905人(男性5316人及び女性7589人)を対象に,急性症状,特に脱毛の発症頻度等を調査し,「被爆状況別の急性症状に関する研究」(以下「横田賢一ら第2報告」という。)としてまとめ,平成12年に発表した。 (甲全67・256頁,弁論の全趣旨)横田賢一ら第2報告は,①脱毛の頻度について,爆心地から2km以遠においても遮蔽の有無で明らかな差がみられ,脱毛の程度について,爆心地から2km以遠においても被爆距離 ・256頁,弁論の全趣旨)横田賢一ら第2報告は,①脱毛の頻度について,爆心地から2km以遠においても遮蔽の有無で明らかな差がみられ,脱毛の程度について,爆心地から2km以遠においても被爆距離との相関がみられた,②ただし,これらのことから直ちに要因が放射線であると判断することはできず,放射線との因果関係を調査するためには染色体分析調査等により,個人レベルで放射線を受けたことを確認する調査を行う必要があるとしている。(甲全67・257頁)(ハ) Z49の証人調書平成16年作成の被爆後爆心地から約6kmの地点にある広島県安芸郡ω28で診療に当たっていた医師のZ49の証人調書(以下「Z49調書」という。)は,1週間後に広島に入り,夫を捜して1週間歩いた後,広島県安芸郡ω28を訪れた松江の女性が,Z49の診察を受けた時の状況について,当初風邪と思って診察したが,同女性の胸元に紫色の斑点が出ており,その後,二,三週間経ってから吐血をして,脱毛して死亡したとしている。(甲全8の1・1,13ないし15,81頁)(ヒ) 島方時夫ら「三次高等女学校の入市被爆者についての調査報告書」平成18年作成の島方時夫らの「三次高等女学校の入市被爆者についての調査報告書」(以下「島方時夫ら報告」という。)は,①広島県立三次高等女学校から派遣された被爆者救護隊の一員として,昭和20年8月19日から同月25日までの間,広島市の爆心地から350mの地点にある本川国民学校において,1週間の救護活動に従事した救護隊二十数人のうち氏名等が判明したのは,死没者13人,生存者10人の23人であった,②平成17年12月31日現在の生存者の年齢はお- 136 -およそ76歳であるところ,平成16年簡易生命表によると,女性10万人の出生に対して76歳の生存者数 ,生存者10人の23人であった,②平成17年12月31日現在の生存者の年齢はお- 136 -およそ76歳であるところ,平成16年簡易生命表によると,女性10万人の出生に対して76歳の生存者数は8万3711人となっており,上記救護隊の生存者の割合(10人÷23人=43%)は,上記簡易生命表における生存者の割合(8万3711人÷10万人=83.7%)に比べ,非常に低い,③生存者について,ほとんど全員(10人中6人)に急性症状をみることができたとしている。(甲全81・1,2,9,10頁)(フ) 横田賢一ら「長崎原爆被爆者の急性症状に関する情報の確かさ」平成18年発表の長崎大学大学院医歯薬学総合研究科附属原爆後障害医療研究施設の横田賢一らの「長崎原爆被爆者の急性症状に関する情報の確かさ」(以下「横田賢一ら第3報告」という。)は,①被爆直後の調査と被爆から15年ないし20年後の調査について両方の回答をしていた627人を対象に急性症状の有無に関する回答の一致率について検討したところ,前者の調査を基準とした場合は脱毛と皮下出血の一致率が高く,後者の調査を基準とした場合は下痢とおう吐の一致率が高かったが,いずれの場合も高い一致率を示したものはなく,回答は安定していなかった,②爆心地から2km以上の地点では,おう吐,脱毛及び歯茎出血の一致率が低かったとしている。(甲全58,乙全ロ45・228頁)(ヘ) 土山秀夫「被爆地の一角から」平成20年発表の元長崎大学学長で病理学を専門とする土山秀夫の「被爆地の一角から」(以下「土山秀夫エッセー」という。)は,昭和20年8月10日午前5時頃,医師の兄と2人で佐賀から道ノ尾駅にたどり着き,長崎で10日間ほど救援活動に当たっていたところ,兄に急に脱力やおう吐,脱毛,鼻出血や皮下出血の症状が現れ いう。)は,昭和20年8月10日午前5時頃,医師の兄と2人で佐賀から道ノ尾駅にたどり着き,長崎で10日間ほど救援活動に当たっていたところ,兄に急に脱力やおう吐,脱毛,鼻出血や皮下出血の症状が現れ,一時は生命も危ぶまれるほどの状態であったとしている。(甲全56)(ホ) 齋藤紀ら「入市被爆者の亜致死的放射線急性症状」Z50病院の齋藤紀らは,米国国立公文書館において確認された医学専門学校の医学生の手記に基づいて入市被曝線量を推定し,「入市被爆者の亜致死的放射線急性症状」(以下「齋藤紀ら報告」という。)としてまとめ,平成24年に発表した。 - 137 -(甲全108の4・331頁)齋藤紀ら報告は,①同医学生は,昭和20年8月8日,広島市内に入市し,親族の捜索の後,同月10日から,爆心地から0.3kmの地点にある本川国民学校において救護や遺体の処理に従事したところ,そのうちに吐き気,頭痛などの体調の変化が生じ,同月15日に意識を喪失したため,郷里の父の医院に戻って治療を受けた,②臨床経過中において,高熱,唾液腺痛,点状出血斑,更には歯茎の化膿,喉頭壊死などの口腔症状が出現した,③救護活動後間もなく発症した同医学生の一連の症状を急性放射線症候群とみれば,2グレイないし5グレイ相当の症状と理解することができる,④土壌の構成元素に限定した誘導放射線で残留放射線被曝量を推定するならば,同医学生が崩壊建造物に近接し,高線量被爆者の介護に当たり,遺体を焼いたときの粉塵に当たる等の実際の行為による外部被曝及び内部被曝が看過されることになる,⑤土壌以外の誘導放射線の外部被曝及び内部被曝の問題が残されているとの指摘もあるとおり,入市被爆者の線量評価はより根本的な訂正が求められているといわざるを得ないとしている。(甲全108の4・332,333頁 の誘導放射線の外部被曝及び内部被曝の問題が残されているとの指摘もあるとおり,入市被爆者の線量評価はより根本的な訂正が求められているといわざるを得ないとしている。(甲全108の4・332,333頁)ウ検討(ア) 遠距離被爆者に生じた症状についてa 遠距離被爆者に生じた症状については,「原子爆弾による広島戦災医学的調査報告」が,脱毛患者の発生地域は爆心から半径約1km以内の地域であり,比較的近距離にのみ脱毛が発生したとし,プレストンら報告が,遠距離被爆者の脱毛が放射線以外の要因を反映している可能性があることが示唆されたとするなど,原爆放射線による被曝との関連性について否定的な報告が存在する。 b しかしながら,上記イの各種知見によれば,以下の諸点を指摘することができる。 (a) 於保源作報告は,爆心地からの距離が離れるにつれ,おおむね発熱,下痢,脱毛等の症状の発症率が減少しており,爆心地への出入りがない3km以遠の被爆- 138 -者について,屋外被爆が屋内被爆に比較して有症率が増加しているとしている。 (b) 日米合同調査団の報告書,調来助ら報告,横田賢一ら第1報告及び横田賢一ら第2報告も,被爆距離に応じて脱毛の症状の発生率等が減少するが,2kmないし3km以遠においても症状が発生しており,遮蔽の有無によっても差が生じているとしている。これらの報告者の中には,自らの報告内容の正確性に一定の疑義を呈しているものもあるが(横田賢一ら第3報告等),遠距離被爆者における脱毛等の症状についての報告が多数存在し,しかも,おおむね爆心地からの距離が離れるに従って,症状が減少していく傾向を示し,遮蔽の有無によっても差が生じているとされている事実は重視されるべきものである。 (c) 「放射線の人体影響1992」は,被爆者 ね爆心地からの距離が離れるに従って,症状が減少していく傾向を示し,遮蔽の有無によっても差が生じているとされている事実は重視されるべきものである。 (c) 「放射線の人体影響1992」は,被爆者についての病理学的に最も著名な変化は,放射線による骨髄,リンパ節,脾臓等の組織の破壊であり,死因との関係は少ないが,下垂体,甲状腺,副腎等の内分泌腺に放射線による萎縮性障害像がみられたとしているところ,家森武夫報告は,爆心地から約3kmの地点において被爆した11歳の女性の剖検の結果について,卵巣や大腿骨骨髄等に変性がみられるほか,脾臓,甲状腺,副腎に萎縮があったとしている。そして,齋藤紀の意見は,家森報告事例について,骨髄巨核球(骨髄巨細胞)の減少,脾臓の萎縮,副腎の萎縮,甲状腺の萎縮,卵巣の障害等が指摘されており,これらは,放射線被曝に際して,特徴的に認められる臓器障害を系統的に有しているから,その死亡の原因に放射線被曝の影響があったことが示されているとしていることも考慮すると,家森武夫報告は,原爆の放射線の影響が遠距離被爆者に及んでいることを示唆するものというべきである。 なお,Z45の意見は,骨髄障害を引き起こす原因が,放射線以外に血液疾患,栄養障害,感染症等の多岐にわたり,放射線による骨髄障害を示唆する特異的所見は知られておらず,直ちに観察された骨髄障害が放射線障害に基づくとの結論を導くことは妥当ではなく,他の障害についても放射線以外の原因を考えるべきとしており,確かに,上記の所見を個別にみれば,いずれも放射線以外の原因を想定する- 139 -ことも可能である。しかしながら,上記剖検の結果においては,骨髄障害のみならず,「放射線の人体影響1992」において被爆者にみられる病理的所見として指摘されている副腎の萎縮,甲状腺の萎縮, 9 -ことも可能である。しかしながら,上記剖検の結果においては,骨髄障害のみならず,「放射線の人体影響1992」において被爆者にみられる病理的所見として指摘されている副腎の萎縮,甲状腺の萎縮,卵巣の障害等の所見が重畳的に存在することを考慮すると,これらの所見が残留放射線の影響によるものと推認するのが相当であり,Z45の意見をもって,上記認定を覆すには足りないというべきである。 c 以上を総合考慮すると,遠距離被爆者に生じている脱毛,紫斑等の症状について,およそ放射線の影響によるものではないとすることは不合理であり,放射線による影響も存在したと推認するのが相当である。 (イ) 入市被爆者に生じた症状についてa 原子爆弾投下時には広島市内又は長崎市内におらず,その後に市内に入ったいわゆる入市被爆者に生じた症状についても,「原子爆弾による広島戦災医学的調査報告」,沢田藤一郎ら報告及び中島良貞ら報告が,入市被爆者に白血球の減少がほぼなかったとし,「ヒロシマ残留放射能の四十二年」の専門家の見解の中には,入市被爆者に生じたとされる脱毛について,疲れや精神的なストレスを指摘するものがあるなど,原爆放射線による被曝との関連性を否定する報告が複数存在する。 b しかしながら,前記イの各種知見によれば,以下の諸点を指摘することができる。 (a) 「ヒロシマ残留放射能の四十二年」の専門家の見解の中には,逆に,局所的に降った土を頭からかぶるなどして,ベータ線を考慮すれば,皮膚線量が100ラド(1グレイ)を超えた可能性もあるとして,脱毛を起こした原因として考えられるベータ線の影響やこれを含む内部被曝の問題を指摘するものもある。 (b) 於保源作報告は,中心地に出入りした被爆者は,4km以遠で被爆した者についても発熱,下痢,脱毛等の症状が 因として考えられるベータ線の影響やこれを含む内部被曝の問題を指摘するものもある。 (b) 於保源作報告は,中心地に出入りした被爆者は,4km以遠で被爆した者についても発熱,下痢,脱毛等の症状が発生しており,原爆投下の直後に入市した非被爆者の場合,原爆投下から20日以内に中心地に出入りした者の有症率が高い一方で,1か月後に中心地に入った者の有症率は極めて低いとし,また,中心地滞在時間が4時間以下の場合は有症率が低く,10時間以上の場合は有症率が高いとし- 140 -ており,爆心地に入った時期が早く,また,滞在期間が長いほど有症率が高いとしており,入市者に残留放射線の影響が及んでいることを示唆している。 (c) 鎌田七男ら第2報告は,原爆投下直後に入市した者について,その後,白血球の減少等の症状があった旨の報告が複数あったとしており,中国軍管区軍医部の「原子爆弾症ニ関スル研究」は,中等度以上の減少者が,おおむね原爆投下直後に遺体処理等のために爆心地から500m圏内に入った者で,滞在日数の長い者ほど,その影響が著明であるとしており,入市者について,残留放射線の影響による症状が発生していることを示唆しているというべきである。 (d) 個別の具体的な症例についてみても,Z40の事例や,Z48調書,島方時夫ら報告,土山秀夫エッセー及び齋藤紀ら報告は,入市被爆者に下痢,紫斑,脱毛等の症状が出たとしているのであって,これらの症状の全てについて,他原因によるもの又は当事者の記憶違いとみることは,経験則上不合理といわざるを得ない。 (e) 昭和20年8月7日に広島市内に入市し,西練兵場付近で救護活動などの作業に4日間ないし7日間滞在して従事しており,入市被爆者の中で最も多く被曝していると考えられるともされている賀北部隊工月中隊については,丸 年8月7日に広島市内に入市し,西練兵場付近で救護活動などの作業に4日間ないし7日間滞在して従事しており,入市被爆者の中で最も多く被曝していると考えられるともされている賀北部隊工月中隊については,丸山隆司報告がDS86のデータからの計算により被曝線量を推定し,また,鎌田七男報告や「原爆放射線の人体影響1992」が染色体異常を基に被曝線量を推定しているところ,これらによれば,被曝線量は非常に少ない結果となっている。しかしながら,丸山隆司報告については,同報告が計算の前提としているDS86について様々な限界があることは前記(2)イ(ウ)のとおりである上,鎌田七男報告及び「原爆放射線の人体影響1992」についても,不安定型染色体異常は,非被曝者にはほとんどみられず,放射線に対する特異性が高いが,細胞分裂により失われるため,被曝後長期間が経過すると指標として使うことができなくなり,一方,安定型染色体異常は,放射線に対する特異性が低く,バックグラウンド値が高い(他原因により安定型染色体異常が出現すること)ためにバックグラウンド値を無視することができるほどの高線量被曝時(具体的には1シーベルト以上),又は被曝前のバックグラウンド- 141 -値が分かっているときにのみ線量推定が可能であることが明らかになっているというのであって(甲全111),被爆後長期間が経過した段階で安定型染色体異常を基に入市被爆者の被曝線量を正確に推定することは困難というべきである。そして,加藤寛夫ら報告は,賀北部隊工月中隊に所属した者の中で脱毛や歯根出血等の急性放射線症状があったと答えた者が多数いたとしていることを考慮すると,丸山隆司報告等の知見をもって直ちに入市被爆者についての残留放射線の影響を否定することはできないというべきである。 c 以上によれば,入市被爆者に と答えた者が多数いたとしていることを考慮すると,丸山隆司報告等の知見をもって直ちに入市被爆者についての残留放射線の影響を否定することはできないというべきである。 c 以上によれば,入市被爆者に生じている脱毛,紫斑等の症状は,およそ放射線の影響によるものではないとすることは不合理であり,放射線による影響も存在したと推認するのが相当である。 (ウ) 被爆者に生じた症状と急性放射線症候群との関係についてa 前記ア(ア)のとおり,急性放射線症候群について,皮下出血(歯茎からの出血,紫斑を含む。)が発生するのは2グレイ程度,脱毛が発生するのは3グレイ程度の放射線被曝があった場合であるとされていることに照らすと,被爆者にみられる被爆後の症状は,急性放射線症候群の概念からは説明することができないものが多く含まれることは否定できない。 b しかしながら,前記イの各種知見によれば,以下の諸点を指摘することができる。 (a) 急性放射線症候群は,主に透過性の放射線の外部被曝を念頭に置いているものと認められるところ(乙全ロ28の1・6,7頁),原爆による被爆者については,前記(5)で説示したとおり,外部被曝に加えて,内部被曝も軽視することができないというべきである。さらに,被爆者は,原爆の爆風,熱線等によって外傷を負っている場合もあるところ,外傷によって放射性物質を体内に取り込みやすくなっている場合もある。(乙全ロ28の2・12頁)(b) 急性放射線症候群の概念は,過去の被曝事故における診療経験をまとめる過程で形成されたものであるところ,ゴイアニア事故においては,被曝者の線量評価- 142 -をすることが非常に困難であるとされている上(乙全ロ28の2・13頁),JCO臨界事故においても,被曝線量が1ないし4.5GyEq(グレイ等量 アニア事故においては,被曝者の線量評価- 142 -をすることが非常に困難であるとされている上(乙全ロ28の2・13頁),JCO臨界事故においても,被曝線量が1ないし4.5GyEq(グレイ等量。生物学的効果比を考慮した線量。)という大きな幅のある数値で表示されている者がいること(乙全ロ28の2・4,13頁,弁論の全趣旨)等の事情に照らせば,外部被曝線量の評価にも誤差が生じている可能性が否定できず,現在認識されている急性放射線症候群のしきい値が不動のものとまではいうことができない。 (c) ストラムら報告は,脱毛の訴え率が75ラド(0.75グレイ)辺りから線量に伴って著しく増大しているとするものであるところ,ストラムら報告については,脱毛についての3グレイというしきい値に矛盾する点において,現在の医学的常識と異なるとの批判や,対象者の不確かな記憶に依存しているとの批判もあり,京泉誠之ら報告も,必ずしもストラムら報告と整合するものではない。しかしながら,脱毛についての3グレイというしきい値の根拠は,ブタ等の動物実験から得られたものであったというのであって(乙全ロ39・6頁,28の2・18頁),人体に対するしきい値として相当なものかについては疑問を差し挟む余地がある。また,ストラムら報告のデータは,放影研によって1950年代から他の急性放射線影響に関する情報と共に収集され,放影研のデータで重度の脱毛(67%以上)としてコード化されているものを使用している(甲全53の2・3頁)というのであって,その情報の正確性についても一定程度は認められるというべきである。 (d) 被爆者らの訴える身体症状については,戦時下の栄養状態や生活環境等の放射線被曝以外の原因によって生じた旨の指摘があり,その一部については,上記原因によるものである可能性を うべきである。 (d) 被爆者らの訴える身体症状については,戦時下の栄養状態や生活環境等の放射線被曝以外の原因によって生じた旨の指摘があり,その一部については,上記原因によるものである可能性を否定することはできない。しかし,遠距離被爆者について,爆心地からの距離や遮蔽の存在に応じて脱毛等の症状が減少するといった傾向や,入市被爆者について,爆心地に入った時期が早く,また,滞在期間が長いほど有症率が高いといった傾向がみられることに照らすと,当該症状の多くが放射線被曝以外の原因によるものと理解することは困難というべきであり,仮に,原爆放射線以外の原因によって身体症状が生じた場合が一定割合含まれていたとしても,- 143 -直ちに上記の評価を左右するものではない。 c 以上の事情を総合的に考慮すると,急性放射線症候群についても,いまだ科学的に不動の概念であるとまではいえないというべきであって,被爆者にみられた症状が急性放射線症候群とその特徴が異なるものであったとしても,直ちに原爆による放射線の影響を否定することはできない。 (エ) 倦怠感について本件の原告らを含む被爆者が,被爆後,倦怠感を感じた旨述べる例が多くあるところ,倦怠感については,そもそも急性放射線症候群としてみられる症状に含まれていない。また,厚生省実態調査も「病気にかかりやすい」,「体力がない」,「原爆ぶらぶら病」などの言葉はしばしば耳にするところであり,これらには一面心理的要因が働いていることも想像されるが,調査の結果は,これらの事実を肯定する資料も否定する資料も得ることはできなかったとしている。 しかしながら,都築正男報告は,「慢性原子爆弾症」との名称で,被爆者にみられる症状として倦怠感を挙げており,被団協の原爆被害者調査も,いわゆる「原爆ぶらぶら病」に ことはできなかったとしている。 しかしながら,都築正男報告は,「慢性原子爆弾症」との名称で,被爆者にみられる症状として倦怠感を挙げており,被団協の原爆被害者調査も,いわゆる「原爆ぶらぶら病」については,「あった」と答えた被爆者は61.7%にも上るとしている。さらに,「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律により行う健康診断の実施要領について」(昭和33年衛発第727号厚生省公衆衛生局長通知)も,被爆者の中には原爆による熱線又は爆風により熱傷又は外傷を受けた者及び放射能の影響により急性又は悪急性の造血機能障害等を出現した者のほかに,被爆後10年以上を経過した今日,いまだに原子爆弾後障害症というべき症状を呈する者があり,特に,この種の疾病には被爆時の影響が慢性化して引き続き身体に異常を認める者と,一見良好な健康状態にあるかにみえながら,被爆による影響が滞在し,突然造血機能障害等の疾病を出現する者があるとしている(甲全12の1・241頁)。以上のような知見からすれば,被爆者にみられる倦怠感も,原爆放射線による症状の一つとして考えるのが相当である。 エ小括- 144 -以上によれば,個別の遠距離被爆者及び入市被爆者に生じた症状が放射線被曝による急性症状であるか否かについては,これらの症状が放射線被曝以外の原因によっても生じ得るものであること等を踏まえて慎重に検討する必要があるとしても,上記症状が,およそ放射線の影響によるものではないとすることは不合理であり,遠距離被爆者及び入市被爆者であっても有意な放射線被曝をすることによって急性症状を生じ得ることは否定することができないというべきである。 (7) まとめ以上によれば,被爆者の被曝線量を評価するに当たり,DS02等により算定される被曝線量は,飽くまでも一応の目安とするにと 生じ得ることは否定することができないというべきである。 (7) まとめ以上によれば,被爆者の被曝線量を評価するに当たり,DS02等により算定される被曝線量は,飽くまでも一応の目安とするにとどめるのが相当であって,当該被爆者の被爆状況,被爆後の行動,活動内容,被爆後に生じた症状等に照らし,様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性がないかどうかを十分に検討した上で,被爆者において,健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたのかどうかについて判断していく必要があるというべきである。 第2 争点2(被爆者援護法10条1項の「現に医療を要する状態」(要医療性)の意義)について 1 被爆者援護法は,医療に係る援護として,同法10条1項において,厚生労働大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は,疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対して必要な医療の給付を行うと規定し,同条2項において,上記医療の給付の範囲を,①診察,②薬剤又は治療材料の支給,③医学的処置,手術及びその他の治療並びに施術,④居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護,⑤病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護,⑥移送としている。これらの規定に照らすと,疾病等が「現に医療を要する状態にある」(要医療性)とは,当該疾病等に関し,同項の規定する医療の給付を要する状態にあることをいうものと解するのが相当である。 ところで,被爆者援護法は,他方で,健康管理に係る援護として,健康診断(同法7条)及び指導(同法9条)を定め,被爆者援護法施行規則9条は,同法7条の- 145 -規定を受けて,被爆者に対して行われる健康診断の種類及び方法を定めている。すなわち,同規則9条によれば,同法7条に規定する健康診断は,都道府県知事が期日及 行規則9条は,同法7条の- 145 -規定を受けて,被爆者に対して行われる健康診断の種類及び方法を定めている。すなわち,同規則9条によれば,同法7条に規定する健康診断は,都道府県知事が期日及び場所を指定して年2回行うもの並びに被爆者の申請により,各被爆者につき年2回を限度として都道府県知事があらかじめ指定した場所において行うものの2種類とされ(同規則9条1項),同健康診断は,一般検査と精密検査によって行うものとされる(同条2項)。このうち,一般検査においては,視診,問診,聴診,打診及び触診による検査,CRP検査,血球数計算,血色素検査など,同条3項1号ないし8号に掲げる検査を行うものとされており(同項),被爆者の申請により行う一般検査においては,各被爆者につき年1回を限度として,胃がん,肺がん,乳がん,子宮がん,大腸がん,多発性骨髄腫の各検診のための問診やエックス線検査等を行うものとされている(同条4項)。また,精密検査は,一般検査の結果更に精密な検査を必要とする者について行うものとされており(同条2項),骨髄造血像検査等の血液の検査,肝臓機能検査等の内臓の検査等の同条5項1号ないし6号に掲げる検査のうちで必要と認められるものを行うものとされており,その検査の種類として「その他必要な検査」も掲げられているため(同号),各被爆者の具体的状況に応じた検査を行うことが可能である(同項)。 上記健康管理に係る援護として行われる健康診断のうち,視診,問診,聴診,打診及び触診による検査や,血液検査,エックス線検査等の各種検査等については,「診察」ないし「医学的処置」というべきものであるにもかかわらず,被爆者援護法において,これらは,「医療」(同法第3章第3節(10条ないし23条の2))とは区別された「健康管理」(同法第3章第2節(7条ない ないし「医学的処置」というべきものであるにもかかわらず,被爆者援護法において,これらは,「医療」(同法第3章第3節(10条ないし23条の2))とは区別された「健康管理」(同法第3章第2節(7条ないし9条))として掲げられている。以上の点に加えて,「負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある」という文言の自然な意味内容等を考慮すると,被爆者が積極的な治療行為を伴わない定期検査等の経過観察が必要な状態にあるような場合には,同法上,原則として健康管理としての検査等によって対応すべきであって,当該疾病等につき再発や悪化の可能性が高い等の特段の事情がない限り,上記定期検査等は「医療」- 146 -には当たらないと解するのが相当である。 2 原告らは,被爆者援護法10条2項が,「診察」という文言も使用しているから,要医療性を示す「現に医療を要する状態にある」とは,積極的な治療や施術を必要とする場合だけに限られるものではないことが法文上から明らかであり,実際にも,患者について,今後,何らかの異変が生じ得る可能性がある場合に,その状況を定期的に確認することは,医療の観点からも重要であり,そのような診察が必要な場合には,上記条項に基づき,診察等が給付される必要があるため,経過観察等の診察が必要な場合にも,必要な医療としての診察が同条により支給されなければならない旨主張する。 しかしながら,上記1で説示したとおり,被爆者援護法が「健康管理」と「医療」とを区別し,健康管理(第3章第2節)の内容として,都道府県知事が,被爆者に対し,毎年,厚生労働省令で定めるところにより,健康診断を行うものとして(同法7条),一般検査の結果必要があれば精密検査を行うものとし,その検査の方法等は上記1で説示したとおりであることに照らすと,同法は,当該疾病等に 省令で定めるところにより,健康診断を行うものとして(同法7条),一般検査の結果必要があれば精密検査を行うものとし,その検査の方法等は上記1で説示したとおりであることに照らすと,同法は,当該疾病等につき再発や悪化の可能性が高い等の特段の事情がなく,今後,何らかの異変が生じる可能性があるにとどまるような場合には,健康管理としての検査等により対応することを予定していると解するのが相当であり,これに加えて,「負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある」という文言の自然な意味内容をも考慮すると,上記可能性があることをもって,現に医療を要する状態にあるということはできない。 よって,原告らの主張は,採用することができない。 第3 争点3(原告らの原爆症認定要件該当性)について 1 原告Z1について(1) 認定事実後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 ア被爆時の状況- 147 -(ア) 原告Z1は,大正13年●月●日生まれの男性であり,広島で被爆した昭和20年8月6日当時20歳で,それまで格別の病歴もなく,健康であった。(甲A18,原告Z1本人)(イ) 原告Z1は,当時,広島の陸軍第2総軍司令部参謀部通信班に配属され,昭和20年8月6日午前8時頃,広島市ω29の兵舎(爆心地の北東約1.5km)で仮眠を取るため,寝台に毛布を頭からかぶって横になったところ,足下の方向にあった窓から,毛布を通して,白く赤みのある巨大な火柱が見え,巨大な火の玉に包み込まれるような感覚を受け,次の瞬間,爆風で3m以上飛ばされ,意識を失った。(甲A18,乙A2,31,原告Z1本人)(ウ) 原告Z1は,その後,意識を取り戻したが,身体が兵舎の下敷きとなっており,耳鳴りがして他の音は全く聞こえない状 で3m以上飛ばされ,意識を失った。(甲A18,乙A2,31,原告Z1本人)(ウ) 原告Z1は,その後,意識を取り戻したが,身体が兵舎の下敷きとなっており,耳鳴りがして他の音は全く聞こえない状態であり,右胸に1.5cmほどの穴があいており,呼吸をするたびに血が噴き出し,左臀部からも出血し,後に顔にもけがをしていたことが分かった。原告Z1は,倒壊した兵舎から何とかはい出して,外に出ると,薄墨のような色をした黒い雨が夕立のように降ってきて,15分くらい降り続け,頭からずぶぬれになった。(甲A18,原告Z1本人)(エ) 原告Z1は,その後,同僚らと共に昭和20年8月6日午後2時又は3時頃まで救護活動を行った上,徒歩で東練兵場の前を通って指定された集合場所であるω1に移動し,同所で衛生兵らに臀部の傷からガラス片を取り出してもらい,右胸の傷口にも処置をしてもらった。(甲A18,原告Z1本人)イ被爆直後の状況(ア) 原告Z1は,乾パン等を少し食べただけでおう吐し,吐血するような状態であり,昭和20年8月7日の夕方からは,下痢,食欲不振,倦怠感に襲われた。下痢は,血ばかりが出るような状況が1週間ほど続き,二,三日後からは,頭部,陰部及び眉毛の脱毛が始まり,ほとんどの毛が抜けてしまい,ぱらぱらと髪が残る程度であった。また,その頃,腕,腿,胸,腹などに紫斑が現れた。その後,下痢やおう吐は3週間ほどで回復したが,脱毛や紫斑は,広島を離れる10月下旬頃まで- 148 -続いた。(甲A18,原告Z1本人)(イ) 原告Z1は,上記(ア)のような体調であったが,被爆翌日の昭和20年8月7日に1日の休養を取ったのみで,同月8日からは命令に従って各部隊・施設間の軍事通信網作成の作業に従事し,同作業が終了した同年10月下旬まで,爆心地付近 うな体調であったが,被爆翌日の昭和20年8月7日に1日の休養を取ったのみで,同月8日からは命令に従って各部隊・施設間の軍事通信網作成の作業に従事し,同作業が終了した同年10月下旬まで,爆心地付近にあった中国軍管区司令部や海に近い陸軍船舶司令部のほか,南方に位置するω2飛行場,三菱造船所,爆心地よりやや西のω3に至るまで,広島市内の焼け跡の中を通信回線を引くため走り回っていた。原告Z1は,広島市南方には比較的早い時期から作業に行っていたが,その際の経路は,爆心地付近が焼け野原であったため,西練兵場に沿った電車道を通って爆心地方面に入り,そこから更に電車道に沿って南に歩いていった。原告Z1は,1日の作業が終了した後,ω1に戻って野営したり,街中で就寝したりした。(甲A18,原告Z1本人)(ウ) 原告Z1は,昭和20年10月下旬,大阪に引き揚げて1か月ほど滞在したが,その少し前から片耳が聞こえず,耳だれのようなものが出るようになり,その後耳だれは治まったが,片耳は聞こえないままで,耳鳴りが治まらなかった。(甲A18,原告Z1本人)(エ) 原告Z1は,昭和20年11月末頃に除隊となり,家族の疎開先であった愛知県豊橋市に帰ったが,身体の倦怠感が強く,朝起きられない状態が続き,そのような状態は,愛知県内の織物工場に就職した後も続いた。(甲A18)ウ被爆後の生活状況・病歴等について(ア) 原告Z1は,被爆後,右眼の視野の中心部分に霧がかかったような状態となり,愛知県に帰って織物工場に勤務している際,織物の細かい部分を見る場合は大きなレンズを用い,視野の中心部を外して眼の端を使って見るようにしていた。(甲A18,乙A1の1・827頁,原告Z1本人)(イ) 原告Z1は,昭和62年5月頃から,両眼白内障の治療として,○点眼液を ンズを用い,視野の中心部を外して眼の端を使って見るようにしていた。(甲A18,乙A1の1・827頁,原告Z1本人)(イ) 原告Z1は,昭和62年5月頃から,両眼白内障の治療として,○点眼液を処方されるようになった。原告Z1は,昭和63年11月21日,Z20眼科医院を受診したところ,両眼水晶体後極に限局する皿状混濁が認められた。また,その- 149 -際,右眼の裸眼視力は0.04,矯正視力は1.0弱であり,左眼の裸眼視力は0. 02,矯正視力は0.8弱であった。(乙A1の1・827頁,17)(ウ) 原告Z1は,平成17年1月19日,左白内障につき,手術を受け,人工の眼内レンズが挿入された。原告Z1は,同日,左白内障の手術を受ける際の問診票の「手術を受けない眼の視力について」という質問について,「日常生活には支障ない」との項に丸印を付した。なお,同質問における選択肢は,「日常生活には支障ない」のほかに,「全くみえない」,「うっすらとしか見えない」しかなく,それ以外の事項を記載することができるような欄もなかった。(甲A13,乙A1の1・827頁,11,32)(エ) 原告Z1は,平成17年5月17日,Z21眼科医院を受診し,視力検査を受けたところ,その結果は,右眼の裸眼視力が0.03,矯正視力が0.9,左眼の裸眼視力が0.04,矯正視力が0.9であった。なお,原告Z1は,Z21医師に対し,正面を少し外した眼位を取ると物がはっきりと見える旨述べていた。(乙A1の1・827頁,24)(オ) 原告Z1についてのZ20眼科医院の診療録(甲A13・35頁)には,平成17年7月時点において,右眼について「後極後嚢下に3mm大の皿状混濁を認める」との記載がある。なお,水晶体の大きさは,前後径4ないし5mm,赤道径9mmとされている。 甲A13・35頁)には,平成17年7月時点において,右眼について「後極後嚢下に3mm大の皿状混濁を認める」との記載がある。なお,水晶体の大きさは,前後径4ないし5mm,赤道径9mmとされている。原告Z1は,当時,Z21医師から,右白内障についても手術を勧められたが,手術に対する恐怖感が強かったため,直ちに右白内障の手術を受けなかった。なお,白内障の診療の経験のあるZ51医師も平成17年7月当時の原告Z1の右眼の状態について,直ちに手術を行ってもおかしくない旨の意見を述べている。(甲A13・35頁,18,乙A4・9頁,証人Z51,原告Z1本人)(カ) 原告Z1は,平成17年5月23日,両眼白内障及び黄斑変性症を申請疾病として,厚生労働大臣に対し,原爆症認定申請をした。(乙A1の1・819頁)(キ) 原告Z1は,少なくとも平成16年10月30日から平成18年7月24日- 150 -までの間,右白内障につき,定期的に○点眼液の処方を受けていた。(甲A13・3頁)(ク) 原告Z1は,平成22年5月27日,右白内障につき,手術を受け,右眼に人工の眼内レンズが挿入された。原告Z1の術前の右眼の裸眼視力は0.02,矯正視力は0.4であり,術後の右眼の裸眼視力は0.4,矯正視力は0.8であった 。なお,原告Z1のカルテ(乙A33)の「術後視力VD=0.4(0.8×…)」との記載のうち,VDは,右眼視力をいい,0.4は裸眼視力を,0.8は矯正視力を表している。(乙A33,弁論の全趣旨)(ケ) 原告Z1は,前訴においても本人尋問を受け,第1審判決(平成19年1月31日言渡し)及び控訴審判決(平成22年3月11日言渡し)のいずれにおいても,原告Z1の被爆距離が約1.5kmであるとの事実が認定された。(甲A5,弁論の全趣旨) 1審判決(平成19年1月31日言渡し)及び控訴審判決(平成22年3月11日言渡し)のいずれにおいても,原告Z1の被爆距離が約1.5kmであるとの事実が認定された。(甲A5,弁論の全趣旨)(2) 申請疾病(右白内障)の放射線起因性について被告は,原告Z1の右白内障について,その放射線起因性を争っておらず,新審査の方針及び改定後の新審査の方針において白内障が積極認定対象疾病になっていることも考慮すると,原告Z1の右白内障について,放射線起因性が認められる。 (3) 申請疾病(右白内障)の要医療性についてア放射線白内障の発生機序(ア) 放射線白内障における水晶体混濁の発症機序については,その詳細は不明であるが,放射線により水晶体前嚢下にある上皮細胞が傷害を受けることにより,水晶体繊維が形成不全を生じ,後嚢下に混濁が起こるとされている。(乙A6・223及び224頁,23,弁論の全趣旨)(イ) もっとも,水晶体混濁は,水晶体の分裂細胞(上皮細胞)の細胞死ではなく,水晶体の上皮細胞のゲノムの遺伝子の変異による水晶体の繊維蛋白の異常が原因であるとする新しい知見も存在する。また,国際放射線防護委員会(ICRP)においても「放射線白内障の正確な発生メカニズムについてははっきりしない。しかし,- 151 -異常な細胞分裂や転写,異常な水晶体線維細胞への分化等を引き起こす遺伝子の損傷が原因であると考えられる。」とされている。(甲A20・13頁,乙A26の1,34)イ白内障の治療方法について(ア) 手術療法について最も一般的に行われている術式は,水晶体超音波乳化吸引術及び眼内レンズ移植術であり,水晶体嚢を残し混濁内容を破砕,吸引除去した後,水晶体嚢内に人工の眼内レンズを移植することにより,白内障になる前の 最も一般的に行われている術式は,水晶体超音波乳化吸引術及び眼内レンズ移植術であり,水晶体嚢を残し混濁内容を破砕,吸引除去した後,水晶体嚢内に人工の眼内レンズを移植することにより,白内障になる前の視力を回復することができるとされている。(乙A6・224)その手術至適時期は,視力が障害され,日常の生活に支障を来すようになった時点とされており,矯正視力が0.3以下をおよその目安とするとされているが,患者の職業等によっては,矯正視力が0.7あっても手術をすべき場合があるともされている。(乙A23・1341頁,43・245頁)(イ) 薬物療法に関する知見等a 茨木信博「科学的根拠(evidence)に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究薬物療法の適応」Z52病院眼科教授の茨木信博は,白内障の薬物療法についての診療ガイドラインを作成するために,PubMed,医学中央雑誌より文献を抽出し,さらに,国内承認済みの白内障治療薬については,可能な限り過去に遡って文献を抽出して白内障の薬物療法の科学的根拠を検討し,「科学的根拠(evidence)に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究薬物療法の適応」(以下「茨木信博報告」という。)にまとめ,発表した。茨木信博報告は,①国内の承認済みの点眼薬,内服薬ともに有効性を検討したランダム化比較試験がないか,あっても極めて少なく,十分に検討されておらず,また,その数少ないランダム化比較試験においても,症例数が少ないことや,効果判定に自覚検査の矯正視力が用いられており,混濁変化判定の写真撮影の再現性,評価方法が不明確で客観性を欠いていた,②○点眼液に- 152 -ついても,症例数が少ないこと,肉眼で行われた写真による混濁変化判定の非客観性等の問題があった,③現在のところ, 写真撮影の再現性,評価方法が不明確で客観性を欠いていた,②○点眼液に- 152 -ついても,症例数が少ないこと,肉眼で行われた写真による混濁変化判定の非客観性等の問題があった,③現在のところ,白内障の薬物療法に関して,十分な科学的根拠を持つ薬物はなく,国内承認薬の使用に当たっては,その有効性が明確でないことの十分なインフォームドコンセントを得た上で投与することが望ましいとしている。(乙A30)b ○点眼液の添付文書製薬会社の作成した○点眼液の添付文書の記載によれば,「○点眼液0.005%」の効能・効果の欄には,初期老人性白内障のみが記載されており,放射線白内障の記載はない。(乙A18)c 「原子爆弾後障害症治療指針について」(昭和33年衛発第726号。以下「治療指針」という。)現在も効力を有する厚生省(当時)の治療指針は,①原子爆弾による白内障は,被爆時瞬間的に放射されたガンマ線及び中性子によって生じた放射能性白内障であって従来知られているX線又はラジウムによる放射能性白内障に類似している,②原爆による放射線白内障の治療も一般の白内障の治療に準じて行うとしている。 (甲A14)ウ検討(ア) 上記イ(ア)で認定した事実によれば,白内障の手術至適時期は,視力が障害され,日常の生活に支障を来すようになった時点とされている。原告Z1は,被爆後,右眼の視野の中心部分に霧がかかったような状態となり,織物工場に勤務している際には,織物の細かい部分を見る場合には大きいレンズを用いて,視野の中心部を外して眼の端を使って見るようにしており,その後も同様の症状が継続していたところ,一般に,視野の中心部分に霧がかかったような状態となり,同部分を外して対象を見なければならない状況が継続することは,日常生活に支障をもたらす るようにしており,その後も同様の症状が継続していたところ,一般に,視野の中心部分に霧がかかったような状態となり,同部分を外して対象を見なければならない状況が継続することは,日常生活に支障をもたらすものと認められる。また,前記(1)ウ(オ)で認定した事実によれば,原告Z1についてのZ20眼科医院の診療録(甲A13・35頁)には,平成17年7月時点において,- 153 -右眼について「後極後嚢下に3mm大の皿状混濁を認める」との記載があるところ,水晶体の大きさ(前後径4ないし5mm,赤道径9mm)と比較して,上記混濁は小さいものではない。さらに,原告Z1は,平成17年当時,主治医であるZ21医師から,右白内障についても手術をすることを勧められていることが認められ,原告Z1の症状は,主治医からみて手術を行うことが適切な状態にあったことが認められる。そして,原告Z1は,本件Z1却下処分後ではあるが,最終的に右白内障の手術を受けている。 以上の事情に照らすと,原告Z1の右白内障は,原爆症認定申請時において,日常生活に支障がある状態に至っており,手術の必要性があったというべきであるから,要医療性が認められる。 (イ) これに対し,被告は,①原告Z1の右眼の矯正視力は,原爆症認定申請の直前である平成17年5月17日時点で0.9であったのであり,原爆症認定申請時においても,同程度の矯正視力が維持されていたと考えるのが自然である,②白内障の手術至適時期は,患者自身が日常生活に不自由になった時点であり,その手術の要否は,専ら患者自身の主観的判断に依拠するものであるところ,原告Z1自身が,原爆症申請の僅か約4か月前に,左白内障手術の際の問診において,右眼については「日常生活には支障ない」旨回答しており,その後も自らの意思で手術を受けず,原爆症認 るものであるところ,原告Z1自身が,原爆症申請の僅か約4か月前に,左白内障手術の際の問診において,右眼については「日常生活には支障ない」旨回答しており,その後も自らの意思で手術を受けず,原爆症認定申請の約5年後である平成22年5月27日になって,ようやく手術を受けたものであるから,原告Z1の申請疾病である右白内障については,原爆症認定申請時において手術の必要性がなく,要医療性は認められない旨主張するため,以下検討する。 (ウ) 上記①の点について確かに,前記イ(ア)で認定した事実によれば,白内障について手術を行う場合,矯正視力0.3以下をおよその目安とするとされているところ,原告Z1の右眼の矯正視力は,平成17年5月17日当時,0.9であったことが認められる。しかしながら,白内障についての手術の至適時期は,日常生活に支障があるか否かによっ- 154 -て決するとされており,視力の数値のみから決定されるものではない。また,前記(1)ウ(ア)で認定したとおり,原告Z1は,被爆後,視野の中心部に霧がかかったような状態となり,対象をよく見ようとする場合には,意識的又は無意識的に視野の中心部を避けて対象を見ていたことに照らすと,視力検査における数値も,視野の中心部を避けて対象を見た結果と推認するのが相当である。そして,視力検査の際,視野の中心部を避けて対象を見ることによって,一定の視力があるとの結果が出たとしても,視野の中心部に霧がかかったような状態が日常生活に支障をもたらすものであることには変わりないから,前記(ア)の判断が左右されるものではない。 (エ) 上記②の点についてa 前記イ(ア)で認定したとおり,白内障の手術の至適時期は,患者の日常生活に支障が生じた段階とされているため,各患者の生活状況等によって左右され,個 ではない。 (エ) 上記②の点についてa 前記イ(ア)で認定したとおり,白内障の手術の至適時期は,患者の日常生活に支障が生じた段階とされているため,各患者の生活状況等によって左右され,個人差が大きいことは否定できないけれども,上記の至適時期についての考え方は,白内障の患者が,客観的に当該患者が日常生活を送るのに支障を生じるような状況が生じた場合には,これを直ちに医師に申告し,手術を受けるという合理的な行動を取ることを当然の前提としているというべきである。このことは,患者が,ほとんど視力が失われた状態になったにもかかわらず,独自の考えに基づいて手術を受けようとしない場合において,手術の必要性が否定されると解することは,医学上,不合理であることに照らしても明らかであって,白内障の手術の至適時期について記載した文献(乙A6,43)も,上記前提に立つものと解するのが相当である。 したがって,白内障の手術の要否が,専ら患者自身の主観的判断のみに依拠するものということはできず,むしろ,白内障の患者が,客観的にみて,当該患者の生活状況等を前提として日常生活に支障があると認められるような状態である場合には,医学上,手術の必要性が認められるというべきであり,このような状態は,被爆者援護法10条1項所定の「現に医療を要する状態」に該当するというべきである。 b これを本件についてみると,原告Z1は,右白内障により,右眼の視野の中- 155 -心部に霧がかかったような状態であり,視野の中心部を外して対象を見なければならない状態にあったこと,主治医であるZ21医師から右白内障について手術を勧められていたこと等の事情に照らすと,客観的にみて,日常生活に支障がある状態に至っており,原告Z1の手術が遅れた理由は,同人の手術に対する恐怖心が強かった あるZ21医師から右白内障について手術を勧められていたこと等の事情に照らすと,客観的にみて,日常生活に支障がある状態に至っており,原告Z1の手術が遅れた理由は,同人の手術に対する恐怖心が強かったことによると認めるのが相当である。 c 上記bのとおり,原告Z1が直ちに右白内障の手術を受けなかった理由は,手術に対する恐怖感が強かったためであるから,原告Z1が直ちに右白内障の手術を受けなかったことをもって,原告Z1の日常生活に支障がなかったということはできない。また,原告Z1は,左白内障の手術を受ける際の問診票の「手術を受けない眼の視力について」という質問について,「日常生活には支障ない」との項に丸印を付しているものの,同質問における選択肢は,「日常生活には支障ない」のほかに,「全くみえない」,「うっすらとしか見えない」しかなく,それ以外の事項を記載することができるような空欄もなかったため,その書式上,「全くみえない」又は「うっすらとしか見えない」という状態にまで至っていない場合,日常生活に不便を感じていたとしても,「日常生活には支障ない」が選択される可能性が否定できないこと,主治医であるZ21医師は,当時,原告に対し,右白内障の手術を勧めていたことに照らせば,上記問診票の記載をもって,直ちに原告Z1の右眼が日常生活に支障のない状態であったということはできない。 (オ) 以上によれば,被告の主張は,いずれも採用することができず,他に前記(ア)の認定を覆すに足りる証拠はない。 (4) 小括以上によれば,原告Z1は,申請疾病である右白内障について,放射線起因性及び要医療性の要件を満たしていたということができるから,本件Z1却下処分のうち右白内障に係る部分は違法であり,取消しを免れない。 2 原告Z3について(1) 認定 について,放射線起因性及び要医療性の要件を満たしていたということができるから,本件Z1却下処分のうち右白内障に係る部分は違法であり,取消しを免れない。 2 原告Z3について(1) 認定事実- 156 -後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 ア被爆時の状況(ア) 原告Z3とその妹である原告Z4(原告Z3ら)は,被爆当時,爆心地から約5.4kmの地点にある長崎市ω4の自宅で,父Z6及び母Z7らと共に暮らしていた。父Z6は,当時,長崎市内の日本通運に勤めていた。原告Z3は,当時12歳で,国民学校高等科に通学しており,原告Z4は,当時9歳で,国民学校初等科に通学していたが,ともに夏休み中であった。(甲C12,原告Z4本人)(イ) 原告Z3らは,長崎原爆の投下直後に自宅で光と爆風を受けた。原告Z3らは,母Z7の指示で,縁の下に掘ってあった小さな壕に入った。原告Z3は,光や爆風が収まると,当時4歳の弟Z8の姿が見えないことに気付き,壕から出て弟Z8を捜し,弟Z8を別の壕で発見した。原告Z3らと母Z7は,自宅から弟Z8のいる壕へ移ることにした。(甲C12,原告Z4本人)(ウ) 父Z6は,夜勤明けでそのまま長崎市ω30の山へ行っており,原爆投下後,しばらくして無事に帰宅した。原告Z3ら及び父Z6は,父Z6が帰宅した後,長崎市街方面から帰ってくる人から,「爆弾が長崎駅の辺りに落ちた」と聞いた。父Z6は,父Z6の妹Z53の子であるZ9の安否を心配し,捜しに行くと言い出した。父Z6は,Z9が実の親から離れて他家で育てられていたことなどから,不幸な身の上にあるとして,従前から気遣っていた。Z9は,原爆が投下された当時,長崎市ω31に住んでおり,学徒動員により,長崎市ω32の兵器工場で働いてい ら離れて他家で育てられていたことなどから,不幸な身の上にあるとして,従前から気遣っていた。Z9は,原爆が投下された当時,長崎市ω31に住んでおり,学徒動員により,長崎市ω32の兵器工場で働いていた。(甲C12,13,原告Z4本人)(エ) Z9は,原告Z3らにとっていとこに当たり,特に原告Z3は,Z9とよく一緒に遊んで仲が良かったので,父Z6と共にZ9を捜しに行くことにした。原告Z4は,Z9のことも心配ではあったものの,長崎市ω33に転居した原告Z4が「Z54ちゃん」と呼んでいた「Z54」という幼なじみの安否が気になっていたこともあり,父Z6に付いて行くことにした。(甲C12,原告Z4本人)(オ) 原告Z3らは,昭和20年8月9日午後2時頃,自宅を出発し,海岸沿いの- 157 -道を徒歩で進んだ。原告Z4は,当時,わら草履を履いていたが,長崎駅に着く直前に鼻緒が切れてしまったため父Z6に背負われることになった。原告Z3らは,長崎駅に到着後,路面電車の線路沿いに破壊された市街地の中を浦上方面へしばらく進んだが,爆心地から1.5kmないし2kmのω5周辺に到達したところで,激しい火災のため,それ以上進むことを断念し,引き返すこととした。(甲C13,乙E3,5,6,原告Z4本人,弁論の全趣旨)イ被爆直後の状況原告Z3は,帰宅後,発熱及び下痢の症状が出て,同症状は半月程度継続した。 (乙B1の1・546頁,原告Z4本人)ウ被爆後の生活状況・病歴等について(ア) 原告Z3は,その後も,ふらついて倒れるなどの症状があった。(原告Z4本人)(イ) 原告Z3ら及び父Z6は,昭和32年6月11日頃,被爆者健康手帳交付申請を行い,被爆者健康手帳の交付を受けた。原告Z3ら及び父Z6の被爆者健康手帳交付申請書(以下「原 (原告Z4本人)(イ) 原告Z3ら及び父Z6は,昭和32年6月11日頃,被爆者健康手帳交付申請を行い,被爆者健康手帳の交付を受けた。原告Z3ら及び父Z6の被爆者健康手帳交付申請書(以下「原告Z3ら被爆者健康手帳交付申請書」という。)は,いずれも同一の筆跡で記載されており,原爆投下から2週間以内に爆心地から2km以内に入市した事実がある場合にこれを記載する欄は空欄となっていた。また,原告Z3ら及び父Z6の原爆被爆者調書票(以下「原告Z3ら調書票」という。)は,いずれも原告Z3ら被爆者健康手帳交付申請書と同一の筆跡で記載されており,おう吐,下痢,発熱等の急性症状があった場合にこれを記載する欄があったが,同欄には記載がなかった。なお,原告Z4は,当時,名古屋市に居住しており,原告Z4の被爆者健康手帳交付申請書(以下「原告Z4被爆者健康手帳交付申請書」という。)及び原告Z4調書票の作成に関与していなかった。原告Z4被爆者健康手帳交付申請書及び原告Z4調書票において,原告Z4の名が「○○」と表記されていたところ,原告Z3ら及びその両親は,原告Z4の名を「○○」と表記していた。 原告Z3は,従前,原告Z4に対し,自ら被爆者健康手帳交付申請書を作成した事- 158 -実はない旨説明していた。(甲C12,乙C1の1,弁論の全趣旨)(ウ) 原告Z3は,平成4年11月(当時60歳)に被爆者健康診断を受けた際,右肺上葉に肺がんの徴候が認められたが,気管支鏡検査等では陰性であり,その後の検査においても,陰性とされた。そして,平成7年1月,画像上肺がんが疑われたため,同年2月17日(当時62歳),右上葉切除術が行われ,肺がんと確定診断された。上記手術により切除された腫瘍の大きさは,直径2.0cm×1.8cmであり,T分類(原発がんの大きさ,広がり われたため,同年2月17日(当時62歳),右上葉切除術が行われ,肺がんと確定診断された。上記手術により切除された腫瘍の大きさは,直径2.0cm×1.8cmであり,T分類(原発がんの大きさ,広がり,深さによる分類)の中で最も軽度なT1に分類され,リンパ節への転移(医療記録上の記載は「N」)も,他の臓器への遠隔転移(医療記録上の記載は「M」)も認められず,病期(ステージ)はⅠ期と診断された。なお,手術により切除された腫瘍については病理組織検査が行われ,肺腺がんとの病理診断がされた。(乙B1の1・550,552ないし554頁,9・9,10頁,弁論の全趣旨)(エ) 原告Z3は,平成12年3月13日(当時67歳),左乳房に腫瘍が発見され,左乳がんと診断された。なお,同日行われた診察において,原告Z3に子供がいないこと,父方のおばが乳がんに罹患しており,家族歴があることが確認されている。(甲B6・2,11頁)(オ) 原告Z3は,平成12年4月12日に入院し,同月14日に左胸筋温存乳房切除術を受けた。手術後の病理検査の結果,切除された腫瘍の大きさは,直径2cm以下であり,リンパ節への転移や,遠隔転移も認められず,がんのステージはⅠ期と診断され,補助療法は必要ないものと判断された。(甲B6・1ないし5,9,10,15頁)(カ) 原告Z3は,上記手術後,平成16年5月29日まで,外科を外来受診し,外科医師による術後の定期検査を受けていた。もっとも,原告Z3は,同日の検査で異常がないと言われたことなどから,同年11月15日に予定していた外科医師による定期検査を受けず,その後も平成19年11月までの間,外科医師による定期検査を受けなかった。そして,原告Z3は,同年12月29日に外科医師による- 159 -定期検査を受けたものの,カルテ による定期検査を受けず,その後も平成19年11月までの間,外科医師による定期検査を受けなかった。そして,原告Z3は,同年12月29日に外科医師による- 159 -定期検査を受けたものの,カルテには「肺癌術後12年以上,乳癌術後7年以上マンモ検診で撮った。胸部レ線変化なし。心拡大傾向。追加検査なし。」との記載がされているとおり,特段の異常は発見されなかったため,その後は,外科医師による定期検査を受けていない。(乙B25)(キ) 原告Z3は,上記外科医師による定期検査を受けていなかった平成16年6月から平成19年11月までの間も,年2回,被爆者健康診断を受けており,また,上記外科医師による定期検査を最後に受けた同年12月29日以降も,同様に,年2回被爆者健康診断を受けていた。そして,原告Z3は,上記健康診断の際に,肺がん検診や乳がん検診等を受けており,定期的に胸部レントゲン,胃カメラ,腹部エコー,血液検査等も受けていた。また,原告Z3は,同日以降の健康診断において,問診の中で,上記各手術後の身体所見の異常の有無等も確認されている。しかし,上記健康診断においても,肺がん及び乳がんの再発や転移は発見されていない。 (乙B1の1・562頁,24)(ク) 原告Z3は,平成21年8月25日,右上葉肺がん及び左乳がんを申請疾病として,厚生労働大臣に対し,原爆症認定申請をした。なお,原告Z3は,原爆症認定申請時において,申請疾病について,化学療法等,特別な治療を受けておらず,被爆者健康診断を受けているにとどまる。(乙B1の1・545頁)(2) 事実認定の補足説明ア被告は,原告Z3らが長崎原爆の爆心地から1.5ないし2kmの地点まで入市した事実は認められない旨主張し,その根拠として①原告Z3ら被爆者健康手帳交付申請書(乙C1の1 事実認定の補足説明ア被告は,原告Z3らが長崎原爆の爆心地から1.5ないし2kmの地点まで入市した事実は認められない旨主張し,その根拠として①原告Z3ら被爆者健康手帳交付申請書(乙C1の1・134頁)の「居所証明書」の「中心地から二K以内の地域に,投下後二週間以内にはいりこんだ時と場所とその理由」欄には何も記載されておらず,入市被曝に関する記載は一切ない,②原告Z3が原爆投下直後に行ったとされる地域は,激しい火災が発生しており,原告Z3らといとこであるZ9との間に交流があったとしても,父Z6が,上記のような危険な地域に,Z9の捜索という目的からは足手まといともなる原告Z3ら幼い子2人を連れて足を踏み入- 160 -れたとは考え難い,③原告Z3らの入市状況について述べた原告Z4の本人尋問の結果は,具体性及び客観的裏付けを欠いている旨指摘するので,以下検討する。 (ア) 上記①の点について確かに,原告Z3ら被爆者健康手帳交付申請書の「居住証明書」の「中心地から二K以内の地域に,投下後二週間以内にはいりこんだ時と場所とその理由」欄は,いずれも空欄となっている。しかしながら,原告Z3ら被爆者健康手帳交付申請書はいずれも同じ筆跡で記載されており,これら3通の申請書の枠外に記載された番号は,父Z6が461,原告Z3が463,原告Z4が464とされていること(乙C1の1・124,132,134頁)を考慮すると,同一人物が同時期に作成したものと推認することができる。そして,原告Z4は,当時,名古屋市内に居住しており,被爆者健康手帳交付申請に関与していないこと,原告Z4被爆者健康手帳交付申請書及び原告Z4調書票は,原告Z4の名が漢字で「○○」と表記されているところ,原告Z3ら及びその両親は,原告Z4の名を「○○」と表記したことはなか 関与していないこと,原告Z4被爆者健康手帳交付申請書及び原告Z4調書票は,原告Z4の名が漢字で「○○」と表記されているところ,原告Z3ら及びその両親は,原告Z4の名を「○○」と表記したことはなかったこと,原告Z4は,当時長崎市内に居住していた原告Z3から,同人が自分で被爆者健康手帳申請書を作成した事実はない旨聞いていたこと等の諸事情に照らすと,原告Z3ら被爆者健康手帳交付申請書は,原告Z3らの家族以外の第三者が代書したものと推認するのが相当である。そうすると,上記第三者が原告Z3らが爆心地から1.5ないし2kmの地点まで入市した事実の有無について確認することなく原告Z3ら被爆者健康手帳交付申請書を作成し,同申請書がそのまま提出された可能性が否定できない。また,被爆者健康手帳の交付を受けるための要件としては,原子爆弾が投下された際に当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内に在った者であれば,その事実のみで足り,原告Z3ら及びその両親がその要件を満たしていたことを考慮すると,原告Z3やその両親らが,当時,原告Z3ら被爆者健康手帳交付申請書の「居住証明書」の入市の事実の記載の有無について,特段注意を払わなかったとしても,不自然とまではいえない。 - 161 -(イ) 上記②の点について父Z6は,爆心地から5.4km離れた自宅を出発する時点においては,長崎市中心部における火災の発生状況について十分に把握していたとは認められないから,父Z6が原告Z3らを連れて長崎市中心部に向かうことが不自然であるということはできない。そして,父Z6が,長崎駅に近づいた段階で火災の状況を把握したとしても,原告Z3らのみをその場に残して進むことは現実的に不可能である反面,父Z6は,従前からZ9のことを不幸な身の上にある はできない。そして,父Z6が,長崎駅に近づいた段階で火災の状況を把握したとしても,原告Z3らのみをその場に残して進むことは現実的に不可能である反面,父Z6は,従前からZ9のことを不幸な身の上にあるとして気遣っていたのであるから,長崎市中心部の惨状を目の当たりにして,その安否を確認したいとの思いが相当に強かったと推認できること,長崎駅からω5周辺までの距離は約1km程度であること(乙E5の地図上の距離から認められる。)を考慮すると,父Z6が原告Z3らと共に同駅からしばらく進んだ上で,火災の激しさからZ9の安否確認を断念し,引き返すことにしたという事実経過は,むしろ自然であるということができる。 (ウ) 上記③の点について原告Z4の本人尋問の結果中には,入市状況について,「何しろもう薄暗くて,本当に太陽がどこへ行ったんだろうと思うくらい薄暗くて,火と煙がもうもうと流れてくるのを覚えております。」,「煙の中に人がいるって叫んでいるときに,人が倒れているのを見ました。」,「浦上の方から出てくる人達が,そんな子供連れでは行かれんよ,行ったら駄目だよということで止められて,あんたたちは死にに行くとねって言われたこともありました。」などと供述する部分があり,原告Z4の供述が全体として具体性を欠いているとはいえない。 また,確かに,原告Z4は,長崎市中心部で出会った被爆者の様子等について多くを供述していないけれども,原告Z4が当時9歳であり,父Z6に背負われていた状態であったことを考慮すると,被爆者の具体的な様子よりも,自分の周囲で発生している火災による煙やこれによって薄暗くなった周囲の状況の恐ろしさ等が強く記憶に残ったとみることも可能であって,この点からみても,原告Z4の供述が- 162 -不自然であるということはできない。 し 災による煙やこれによって薄暗くなった周囲の状況の恐ろしさ等が強く記憶に残ったとみることも可能であって,この点からみても,原告Z4の供述が- 162 -不自然であるということはできない。 しかも,証拠(甲C17)及び弁論の全趣旨によれば,原告Z4が本人尋問においてZ9に関する供述をしたことについてマスコミが注目し,裏付け取材を行ったところ,三菱系列の工場勤務者のうち原爆によって死亡した者をまつった「原爆殉難者芳名碑」に「Z9」という氏名が記載されていることが判明し,さらに,原告ら訴訟代理人が,長崎市に対し,同名の人物について,原爆死没者名簿への登載の有無及び登載されている場合におけるその登載内容の照会を行ったところ,同人が,昭和20年8月9日,直接被爆により死亡した旨の情報が原爆死没者名簿に登載されていたことが判明したこと,「Z54」に関しては,同人の転校先である城山国民学校の犠牲者名簿に登載されていることが確認されたことが認められ,これらの事情に照らすと,原告Z4の供述のうち,原告Z3ら及び父Z6が原爆投下当日に長崎市中心部に向かった理由について,客観的な裏付けがされたということができる。 これらの事情を総合すると,入市状況に関する原告Z4の本人尋問の結果については,信用性が認められるというべきである。 (エ) 以上によれば,被告の指摘する点をもって,原告Z3らが長崎原爆の投下当日に爆心地から1.5ないし2kmの地点に入市したとの前記認定を覆すには足りず,他にこれを覆すに足りる的確な証拠はない。 イ原告Z3は,被爆直後におう吐の症状も発生した旨主張し,原告Z4の陳述書(甲C12)には,これに沿う記載がある。しかし,原告Z3の原爆症認定申請書(原告Z3認定申請書)の別紙には「熱を出し下痢をした」との記載があるにとどま 吐の症状も発生した旨主張し,原告Z4の陳述書(甲C12)には,これに沿う記載がある。しかし,原告Z3の原爆症認定申請書(原告Z3認定申請書)の別紙には「熱を出し下痢をした」との記載があるにとどまるほか,原告Z4の原爆症認定申請書(原告Z4認定申請書)にも,「姉(注:原告Z3のこと)は下痢と熱が出」との記載があるにとどまり,おう吐については触れられていないことに照らすと,上記陳述書の記載はにわかに採用することができず,他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。 ウ被告は,原告Z3について,被爆直後に放射線被曝による身体症状が発現し- 163 -た事実はない旨主張し,その根拠として,①原告Z3調書票(乙C1の1・135頁)には,「原爆による急性症状(おゝむね六ヶ月以内)」欄には斜線が引かれ身体症状の記載はないこと,②原告Z3認定申請書の別紙にも「熱を出し下痢をした」との記載があるにとどまり(乙B1の1・546頁),より具体的な症状の経過やおう吐の有無に係る記載はないこと,③原告Z4認定申請書の別紙にも「父と姉は下痢と熱が出,私は吐き気と熱が続いた」との記載があるのに対し,本件訴訟においては,被爆後すぐに下痢やおう吐等の症状が生じ,その後1週間続いた旨主張しており,本人尋問においては,発熱や下痢はあったが,おう吐自体はなかった旨供述する(原告Z4本人尋問調書20,21頁)など,変遷があることなどを指摘する。 しかしながら,上記①の点については,原告Z3ら調書票は,いずれも原告Z3ら被爆者健康手帳交付申請書と同一の筆跡で記載されており,原告Z4調書票については,原告Z4の名を漢字で「○○」と表記するなど原告Z4被爆者健康手帳交付申請書と同様の特徴が見られること等に照らせば,原告Z3調書票は,原告Z3ら被爆者健康手帳交付申請書を作 告Z4調書票については,原告Z4の名を漢字で「○○」と表記するなど原告Z4被爆者健康手帳交付申請書と同様の特徴が見られること等に照らせば,原告Z3調書票は,原告Z3ら被爆者健康手帳交付申請書を作成した原告Z3らの家族以外の第三者が,同時期に作成したと推認するのが相当であり,作成の過程において,事実関係の聴取が不十分であった可能性が否定できないことに加え,被爆者健康手帳の交付を受けるための要件としては,原子爆弾が投下された際,当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内に在った者であれば,その事実で足りるとされているため,被爆直後の症状の有無の記載については,十分な注意が払われなかった可能性を指摘することができる。また,上記②及び③の点についても,原告Z3認定申請書別紙の記載は,被爆直後に発熱及び下痢があったという限度で原告Z4認定申請書別紙の記載と一致しており,原告Z4の本人尋問の結果も,発熱及び下痢があったという限度では一貫していることに照らせば,その信用性が否定されるものではない。 以上によれば,被告が指摘する点をもって,直ちに原告Z3に被爆直後に発熱及- 164 -び下痢の症状があったとの認定が左右されるものではなく,他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。 (3) 申請疾病(右上葉肺がん及び左乳がん)の放射線起因性についてア放射線被曝の程度について前記(1)で認定した事実によれば,原告Z3は,長崎原爆の爆心地から約5.4kmの地点にある自宅の屋内で被爆しており,その初期放射線量は,僅少と認められる。しかし,原告Z3は,長崎原爆投下当日の午後,原告Z4及び父Z6と共に,Z9の生存確認のために自宅のあった長崎市ω4から長崎市中心部に向かい,長崎駅を越えてω5辺りまで進んだものの,激 認められる。しかし,原告Z3は,長崎原爆投下当日の午後,原告Z4及び父Z6と共に,Z9の生存確認のために自宅のあった長崎市ω4から長崎市中心部に向かい,長崎駅を越えてω5辺りまで進んだものの,激しい火災のためこれ以上進むことを断念して自宅に戻ったものであり,原告Z3が原爆投下当日に長崎市の爆心地から1.5ないし2kmの地点まで入市した事実が認められる。原告Z3は,原爆によって破壊された長崎市中心部に向かって徒歩で進んでおり,その間における瓦礫等からの誘導放射線の影響を軽視することはできない上,周囲の粉塵等に接触することにより,相当量の誘導放射化物質や放射性降下物が,衣服,髪,皮膚等に付着し,又は呼吸を通じて体内に取り込まれるなどした可能性が高いというべきである。そして,原告Z3には,帰宅後,発熱及び下痢の症状が発生するなどしており,これは原告Z3が健康被害をもたらす程度の相当量の放射線被曝をしたことを裏付けているものといえる。これらの事情に照らせば,原告Z3は,長崎原爆の入市被爆により,DS02を基にするなどして算出する新審査の方針における被曝線量評価方法による推定値を超えて,健康に影響を及ぼすような相当程度の線量の放射線に外部被曝及び内部被曝をしたと認めるのが相当である。 イ肺がん及び乳がんについての一般的知見について(ア) がん(悪性新生物)は,昭和56年以降,国民の死因の第1位を占め,平成23年には,総死亡の28.5%を占めているとされている。また,平成19年のデータによれば,男女ともにおおよそ2人に1人が一生のうちにがんと診断されると推定されており,さらに,平成23年のデータによれば,男性でおおよそ4人に- 165 -1人,女性でおおよそ6人に1人は,がんで死亡すると推定されている。(乙B2・24,25頁) 断されると推定されており,さらに,平成23年のデータによれば,男性でおおよそ4人に- 165 -1人,女性でおおよそ6人に1人は,がんで死亡すると推定されている。(乙B2・24,25頁)(イ) がんの予後については,主としてがんの治療成績を表す指標としての「5年生存率」が指標として用いられており,治療後5年以内に再発等がみられなければ,当該がんはかなりの確率で治癒したものといえるとされている。(乙B2・101頁,10・72頁)(ウ) がんの進行度については,一般に,原発がんの大きさ,広がり,深さをT,原発がんの所属リンパ節転移の状況をN,他の臓器への遠隔転移状況をMとして区分し,それらを総合して病期(ステージ)が決定されている。病期は,0期,Ⅰ期,Ⅱ期,Ⅲ期,Ⅳ期に分類され,数字が大きいほど進行したがんを表す。(乙B2・102頁)(エ) 海外の報告において,悪性腫瘍の乳房転移は,臨床例では乳房全悪性腫瘍の0.5ないし2.0%,剖検例では,1.7ないし6.6%とまれであるとされており,本邦でも肺がん乳房転移に関する報告は少ないとされている。また,乳房転移の原発巣の頻度は,乳がんの腺内転移を除いては悪性リンパ腫などの血液悪性腫瘍が最も多く,悪性黒色腫,肺がんと続き,肺がんの組織型では小細胞がんが多いとされている。一方,本邦における頻度は,悪性リンパ腫,白血病,胃がんの順で多く,欧米に比べ胃がんの頻度が高い傾向にあるとされている。(甲B11・52頁)ウ肺がんに関する医学的知見について(ア) 罹患率肺がんは,その死亡者数が年間約7万人であり,その死亡率,罹患率が共に40歳代後半から増加し始め,高齢ほど高くなる傾向にある比較的一般的な疾病である。 (乙B9・4頁,10・23頁)(イ) 病期がんの の死亡者数が年間約7万人であり,その死亡率,罹患率が共に40歳代後半から増加し始め,高齢ほど高くなる傾向にある比較的一般的な疾病である。 (乙B9・4頁,10・23頁)(イ) 病期がんの進行の程度によって,手術後の治療成績が異なるものとされている。肺がんの場合,病期がⅠ期(腫瘍の大きさが5cm以下で,リンパ節や別の臓器への転- 166 -移がないもの)であれば,5年生存率は80.9%とされている。(乙B9・9,10,15頁)(ウ) 経過観察治療後3か月ぐらいまでは,治療に伴う合併症や副作用があるか,身体がどの程度回復しているかを調べる必要がある。継続して治療を行わない場合,3ないし6か月ごとに,再発や転移がないかを調べる。治療の内容としては,問診と聴診などの診察に加えて,血液検査,胸部X線検査,CT検査等が行われる。(乙B9・19頁)(エ) 再発の危険性肺がんについては,一般に再発は2年以内に起こることが多く,次第に再発が減少し,5年以降に起こることは少ないとされているが,まれに術後10年以降に再発することがある。(乙B12・36頁)エ乳がんに関する医学的知見について(ア) 罹患率乳がんは,年間約6万人程度が罹患するといわれており,日本人女性で一生のうちに乳がんになる者は18人に1人ともいわれている。日本では,40歳代後半で最も乳がんになる割合が高いとされているが,患者数では60歳代前半が最も多く,60歳代後半でも患者数は依然として多い。女性がかかるがんのうち,69歳までに罹患リスク及び死亡リスクが高い部位として,乳房が挙げられている。(乙B2・24頁,16・7,8頁)(イ) 危険因子乳がんの危険因子としては,出産歴がないこと,授乳歴がないこと等が挙げられており,遺伝的 亡リスクが高い部位として,乳房が挙げられている。(乙B2・24頁,16・7,8頁)(イ) 危険因子乳がんの危険因子としては,出産歴がないこと,授乳歴がないこと等が挙げられており,遺伝的素因として,乳がんの家族歴が重要であるともされている。この点については,「乳癌診療ガイドライン」においても,乳がん家族歴が乳がん発症のリスク要因となることは確実であるとされており,親,子,姉妹の中に乳がん患者がいる女性は,いない女性に比べて2.1倍の,また,祖母,おば,めいに乳がん- 167 -の患者がいる女性も,いない女性に比べておよそ1.5倍の乳がん発症リスクがあるとされている。(乙B17・457頁,18・298頁,32)(ウ) 病期乳がんについては,病期がⅠ期(腫瘍の大きさが2cm以下で,リンパ節や他の臓器に転移を認めないもの)であれば,5年相対生存率は95%を超えるものとされている。なお,5年相対生存率は,5年生存率と同じく,予後の指標で,ある集団のある疾患に関して算出した5年生存率を,その集団と同じ性,年齢,出生年分布を持つ日本人の期待5年生存率で除したものであり,対象疾患以外の死亡の影響を調整した5年生存率である。(乙B2・21,101頁,15・10頁)(エ) 経過観察乳がんの手術後の経過観察としては,問診及び視触診を,手術後1ないし3年目は3ないし6か月ごと,手術後4ないし5年目は6ないし12か月ごと,手術後6年目以降は年1回受け,マンモグラフィを年1回程度受け,必要に応じて血液検査等を受けることが目安とされている。(乙B19)(オ) 再発の危険性乳がんの再発は手術後1ないし2年に多く,再発率は2ないし5年にかけて低下し,5ないし8年で4.7%,8ないし12年で3.4%と報告されている。手術から 。(乙B19)(オ) 再発の危険性乳がんの再発は手術後1ないし2年に多く,再発率は2ないし5年にかけて低下し,5ないし8年で4.7%,8ないし12年で3.4%と報告されている。手術から再発までの期間が10年を超える症例は,再発例全体の1.5%であるとされているが,手術後27年を経過して再発した例もある。(甲B10)オ固形がんの放射線起因性についての各種知見(ア) UNSCEAR2000年報告書UNSCEAR2000年報告書は,①放射線起因性がんについて,最も単純な説明は線形関係であり,入手可能な機序面でのデータや量的データのほとんどと一致する,②線形しきい値なし線量反応関係(LNT仮説)は,低線量電離放射線によるがんリスク評価として一般的に国内及び国際組織から受け入れられてきた,③この仮説は,線量増加に伴って直線的にがん増加のリスクがあること,しきい値は- 168 -存在しないことを意味しているとしている。(甲全109,152の4)(イ) 「原爆被爆者の死亡率調査第13報固形がんおよびがん以外の疾患による死亡率:1950-1997年」放影研は,昭和25年(1950年)から平成9年(1997年)までの47年間の原爆被爆者集団の死亡率を追跡調査し,固形がんとがん以外の疾患による死亡について検討し,「原爆被爆者の死亡率調査第13報固形がんおよびがん以外の疾患による死亡率:1950-1997年」(以下「LSS第13報」という。)としてまとめ,平成15年に発表した。(甲全1の2・文献19,乙D31)LSS第13報は,①固形がんの過剰リスクは,0ミリシーベルトないし150ミリシーベルトの線量範囲においても線量に関して線形であるようだ,②子供の時に被爆した者は相対リスクが最も高いとしている。(乙D SS第13報は,①固形がんの過剰リスクは,0ミリシーベルトないし150ミリシーベルトの線量範囲においても線量に関して線形であるようだ,②子供の時に被爆した者は相対リスクが最も高いとしている。(乙D31)(ウ) ICRP2007年勧告ICRP2007年勧告は,①約100ミリグレイ(約0.1グレイ。低LET放射線又は高LET放射線)までの吸収線量域では,どの組織も臨床的に意味のある機能障害を示すとは判断されない,②ICRPが勧告する実用的な放射線防護体系は,約100ミリシーベルトを下回る線量においては,ある一定の線量の増加はそれに正比例して放射線起因の発がん又は遺伝性影響の確率の増加を生じるであろうという仮定に引き続き根拠を置くこととするとしている。(甲全152の3,乙B5・16,17頁)(エ) 放影研の要覧平成20年発表の放影研の要覧(以下「平成20年放影研要覧」という。)は,①胃,肺,肝臓,結腸,膀胱,乳房,卵巣,甲状腺,皮膚等の主要な固形がんの場合には,有意な過剰リスクが認められている,②統計学的に常に有意であるわけではないが,他の多くの部位におけるがんにもリスクの増加が認められる,③したがって,被爆者のデータは,放射線が事実上全ての部位におけるがんの過剰リスクを増加させるという見解と合致しているとしている。(甲全110・15頁)- 169 -(オ) UNSCEAR2010年報告書UNSCEAR2010年報告書は,固形がんの低線量における死亡率に対する線量反応関係について,統計学的に有意なリスク上昇は100ミリグレイ(0.1グレイ)ないし200ミリグレイ(0.2グレイ)又はそれ以上で観察され,疫学研究だけではこれらのレベルを大きく下回る場合の有意なリスク上昇を同定することはできそうにないとしている。 リグレイ(0.1グレイ)ないし200ミリグレイ(0.2グレイ)又はそれ以上で観察され,疫学研究だけではこれらのレベルを大きく下回る場合の有意なリスク上昇を同定することはできそうにないとしている。また,同報告書は,原理的には,もし放射線が,身体の持っている感染,がん又は他の疾患に対する免疫応答の能力を強化又は低下するように働けば,放射線被曝によりいかなる疾患のリスクも影響を受けることになるとも指摘している。(甲全152の6・9,16,17頁,乙A27・9,16,17頁)(カ) 「原爆被爆者の死亡率に関する研究第14報 1950-2003年:がんおよびがん以外の疾患の概要」放影研は,昭和25年(1950年)から平成15年(2003年)までの原爆被爆者の集団である寿命調査集団における死亡状況を追跡調査し,「原爆被爆者の死亡率に関する研究第14報 1950-2003年:がんおよびがん以外の疾患の概要」(以下「LSS第14報」という。)としてまとめ,平成24年に発表した。(甲全115,甲B4,乙B8)LSS第14報は,①がんの死亡率が17%増加し,特に被爆時年齢10歳未満の群で58%増加した,②固形がんに関する付加的な放射線リスクは,線形の線量反応関係を示し,生涯を通して増加を続けている,③全固形がんについて,線型モデルに基づく男女平均の1グレイ当たりの過剰相対リスクは,30歳で被爆した者が70歳になった時点で0.42(95%信頼区間(100回の同一の調査を行い,同一の計算方法を用いた場合,95回は母平均値が入る区間をいう。以下同じ。)は0.32ないし0.53)であり,そのリスクは,被爆時年齢が10歳若くなると約29%増加した(95%信頼区間は17%ないし41%),④全固形がんについて過剰相対リスクが有意となる最小推定線量 。)は0.32ないし0.53)であり,そのリスクは,被爆時年齢が10歳若くなると約29%増加した(95%信頼区間は17%ないし41%),④全固形がんについて過剰相対リスクが有意となる最小推定線量範囲は,0グレイないし0.2グレ- 170 -イであり,定型的な線量しきい値解析(線量反応に関する近似直線モデル)ではしきい値は示されず,0線量が最良のしきい値推定値であった,⑤主要部位のがん死亡リスクは,胃,肺,肝臓,結腸,乳房,胆のう,食道,膀胱及び卵巣で有意に増加した一方,直腸,膵臓,子宮,前立腺及び腎実質では有意な増加は認められなかった,⑥特定部位のがんにおける年齢の影響は全固形がんの場合と類似していたが,大部分は統計学的に有意ではなかったとしている。(甲全115・1,2,9,10頁,甲B4,乙B8)(キ) 放射線被曝者医療国際協力推進協議会「原爆放射線の人体影響改訂第2版」「原爆放射線の人体影響改訂第2版」は,①固形がんについて,潜伏期が長く,一般に,がん年齢に達して初めて発現し,最短潜伏期以降,絶対リスク(年平均過剰死亡率又は罹患率)は,非曝露者での率にほぼ比例して増加している,つまり,年齢又は被爆後の期間に対して相対リスクはほぼ一定になっている,②放射線の影響は,被爆時年齢が若いほど大きいことが示唆されている,③LSS集団の被曝線量は低線量から高線量に及んでおり,線量反応曲線を決定することで低線量のリスク評価も可能である,④固形がんの線量反応は2グレイ以下では被曝線量とともに上昇しているが,2グレイ以上では平坦になっている,⑤2グレイ未満の領域では直線関係を示唆しており,非線形性は統計的に有意ではない,⑥胃がん,肺がん,乳がん等ほとんどの部位で線量反応を示している,⑦LSS集団には,多くの低線量被爆者も含まれて る,⑤2グレイ未満の領域では直線関係を示唆しており,非線形性は統計的に有意ではない,⑥胃がん,肺がん,乳がん等ほとんどの部位で線量反応を示している,⑦LSS集団には,多くの低線量被爆者も含まれているので,0.5グレイ未満の低線量被爆者に注目した固形がん罹患率の線量反応も観察されている,⑧低線量域においても直線関係を否定するものではなく,リスク係数は0ないし2グレイ線量域で推定されたものと変わらなかった,⑨しきい値が存在しても0.085グレイを超えないと思われる,⑩放射線被曝は,喫煙に次ぐ肺がんの重要なリスク要因の一つであり,最近のLSSにおける全肺がんをプールした罹患率解析では男女で平均化した喫煙者の1グレイ当たりの過剰相対リスク(30歳で被爆後の70歳時のリスク)は0.6(95%信頼区間は0.3ないし1.0)で,女性のリスクが男性に比べて約3倍大きく,到達- 171 -年齢の上昇とともに減少し,被爆時年齢の上昇とともに増える傾向にあった,⑪乳がん発生の外的要因の一つとして知られているのが,電離放射線被曝であり,広島,長崎の原爆被爆者での研究によれば,乳腺組織への被曝線量と乳がん発生の過剰リスクは線形の線量反応関係を示しているとしている。(甲B5・77,83,117,132頁)(ク) 渡辺智之ら「広島の初期放射線低線量被爆者は高い発がんリスクを示した」渡辺智之らは,広島のLSS集団(LSS-H)について,結腸線量0ないし0.005シーベルトの者を極低線量区分,結腸線量0.005シーベルトないし0.1シーベルトの者を低線量区分,結腸線量0.1シーベルト以上の者を高線量区分とし,それぞれ広島県民あるいは岡山県民をコントロール群として,各種のがん死亡率を比較した結果を「広島の初期放射線低線量被爆者は高い発がんリスクを示した」 腸線量0.1シーベルト以上の者を高線量区分とし,それぞれ広島県民あるいは岡山県民をコントロール群として,各種のがん死亡率を比較した結果を「広島の初期放射線低線量被爆者は高い発がんリスクを示した」(渡辺智之ら報告)としてまとめ,平成19年に発表した。(甲全89)渡辺智之ら報告は,①広島のLSS集団(LSS-H)の遠距離被爆者の極低線量区分においても,複数のがんの標準化死亡比が有意に1よりかなり大きいことが分かった,②この結果からは,DS86による遠距離の初期放射線量の過小評価があるか,低線量の被曝が高いリスクをもたらしたか,残留放射線の影響があるかのいずれかを示すものであるとしている。(甲全89)(ケ) 放射線被曝といわゆる多重がんとの関連についての報告放射線被曝と多重がんとの関連についての報告としては,以下のものがある。 a 朝長万左男「原爆被爆者医療の最近の動向」長崎大学医学部原爆後障害医療研究施設の朝長万左男は,平成14年度原子爆弾被爆者指定医療機関等医師研修会において,「原爆被爆者医療の最近の動向」と題する講演(以下「朝長万左男講演」という。)を行った。(甲全1の2・文献27)朝長万左男講演は,①被爆者では一般集団のそれを上回る多重がんの発生がみられるか調査が必要となってきた,②放射線の全身照射を受けた被爆者では,複数の臓器が被曝していると容易に想像することができ,被爆者のがん発生リスクを個体- 172 -レベルで考える上で,この多重がんの問題は大きな影響を与えるとしている。(甲全1の2・文献27)b 関根一郎ら「長崎原爆被爆者の重複癌の発生に関する検討」長崎大学医歯薬学総合研究科原爆後障害医療研究施設の関根一郎らは,長崎原爆被爆者の腫瘍に関する分子疫学研究の一環として,病理学的診断の裏付け 関根一郎ら「長崎原爆被爆者の重複癌の発生に関する検討」長崎大学医歯薬学総合研究科原爆後障害医療研究施設の関根一郎らは,長崎原爆被爆者の腫瘍に関する分子疫学研究の一環として,病理学的診断の裏付けのある重複がん症例の病理疫学的検討を行い,「長崎原爆被爆者の重複癌の発生に関する検討」(以下「関根一郎ら報告」という。)としてまとめ,平成16年に発表した。 (甲全1の2・文献28)関根一郎ら報告は,①昭和37年から平成11年までの37年間に観察された長崎原爆被爆者の腫瘍症例から,668例の重複がん症例を抽出し検討したところ,被爆距離に反比例して重複がんの頻度が高かった,②頻度の増加は昭和63年以降顕著となった,③若年被爆者に重複がんの頻度は高かった,④重複がんは胃がんと大腸がんの組合せが最も多かったとしている。(甲全1の2・文献28)カ改定後の新審査の方針及び再改定後の新審査の方針改定後の新審査の方針は「悪性腫瘍(固形がんなど)」を積極認定対象疾病としており,再改定後の新審査の方針も同様である。 キ検討(ア) 前記(1)及び(3)アないしカで認定した事実によれば,以下の諸点を指摘することができる。 a 前記アのとおり,原告Z3は,原爆投下当日に長崎市の爆心地から1.5ないし2kmの地点まで入市した事実が認められ,その間における瓦礫等からの誘導放射線の影響を軽視することはできない上,周囲の粉塵等に接触することにより,相当量の誘導放射化物質や放射性降下物が,衣服,髪,皮膚等に付着し,又は呼吸を通じて体内に取り込まれるなどした可能性が高いというべきである。そして,原告Z3には,帰宅後,下痢及び発熱の症状が発生しており,これは原告Z3が健康被害をもたらす程度の相当量の放射線被曝をしたことを裏付けるものといえる。これ- 可能性が高いというべきである。そして,原告Z3には,帰宅後,下痢及び発熱の症状が発生しており,これは原告Z3が健康被害をもたらす程度の相当量の放射線被曝をしたことを裏付けるものといえる。これ- 173 -らの事情に照らせば,原告Z3は,長崎原爆により,DS02を基にするなどして算出する新審査の方針における被曝線量評価方法による推定値を超えて,健康に影響を及ぼすような相当程度の線量の放射線に外部被曝及び内部被曝をしたものと認めるのが相当である。 b 平成20年放影研要覧は,原告Z3が罹患した肺がん及び乳がんを含む主要な固形がんについて,有意な過剰リスクが認められるとしており,前記各種知見を総合し,改定後の新審査の方針は「悪性腫瘍(固形がんなど)」を積極認定対象疾病としており,再改定後の新審査の方針も同様であることも併せ考慮すれば,肺がん及び乳がんは,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であるというべきである。 c 確かに,UNSCEAR2010年報告書は,固形がんの低線量における死亡率に対する線量反応関係について,統計学的に有意なリスク上昇は100ミリグレイ(0.1グレイ)ないし200ミリグレイ(0.2グレイ)又はそれ以上で観察されるとしている。しかしながら,LSS第14報は,全固形がんについて過剰相対リスクが有意となる最小推定線量範囲は0グレイないし0.2グレイであり,定型的な線量しきい値解析ではしきい値は示されず,0線量が最良のしきい値推定値であったとしている。また,しきい値を否定するLNT仮説については,全米科学アカデミーが,これを支持する意見を発表しており(乙B6・33頁),ICRP2007年勧告も,その勧告する実用的な放射線防護体系は,約100ミリシーベルトを下回る線量においては,ある一定の線量の増加はそれ ミーが,これを支持する意見を発表しており(乙B6・33頁),ICRP2007年勧告も,その勧告する実用的な放射線防護体系は,約100ミリシーベルトを下回る線量においては,ある一定の線量の増加はそれに正比例して放射線起因の発がん又は遺伝性影響の確率の増加を生じるであろうという仮定に根拠を置くこととするとしているのであって,LNT仮説を否定することはできない。この点については,UNSCEAR2000年報告書も,LNT仮説が,低線量電離放射線によるがんリスク評価として一般的に国内及び国際組織から受け入れられてきたとしている。これらの知見を含めた前記各種知見を総合すれば,固形がんのしきい値は存在しないと認めるのが相当である。 - 174 -dLSS第13報が,子供の時に被爆した者は相対リスクが最も高いとし,LSS第14報も,過剰相対リスクは被爆時年齢が10歳若くなると約29%増加したとしていることなどに照らせば,若年での被爆は肺がん及び乳がんを含む固形がんのリスクを相当程度高めるものというべきである。そして,原告Z3は,被爆当時12歳であり,若年であったと認められる。 e 朝長万左男講演及び関根一郎ら報告によれば,被爆者は,全身に放射線を浴びて複数の臓器が被曝したことにより,多重がんの発生頻度が高いとの指摘がされているところ,原告Z3は,短期間に相次いで右上葉肺がん及び左乳がんに罹患している。また,海外の報告では,悪性腫瘍の乳房転移は,臨床例では乳房全悪性腫瘍の0.5ないし2.0%,剖検例では,1.7ないし6.6%とまれであるとされ,我が国でも肺がん乳房転移に関する報告は少ないとされていること,肺がんの乳房転移があった場合であっても,肺がんの組織型では小細胞がんが多いと報告されているのに対し,原告Z3の肺がんは小細胞がんではなく肺 国でも肺がん乳房転移に関する報告は少ないとされていること,肺がんの乳房転移があった場合であっても,肺がんの組織型では小細胞がんが多いと報告されているのに対し,原告Z3の肺がんは小細胞がんではなく肺腺がんであること等の諸事情に照らせば,原告Z3の乳がんは,肺がんが転移したものとは認められず,むしろ,放射線被曝により,複数の部位にがんが発生したと推認するのが合理的である。 以上を総合的に考慮すると,原告Z3の申請疾病である右上葉肺がん及び左乳がんは原子爆弾の放射線に起因すると認めるのが相当である。 (イ) 被告は,①肺がん及び乳がんが,放射線に被曝しているか否かにかかわらず発症する一般的な疾病であり,原告Z3が罹患した年齢がその好発年齢と矛盾しないこと,②乳がんについては,出産歴及び授乳歴がないことや家族歴等が危険因子として挙げられているところ,原告Z3には,出産歴,授乳歴がなかった可能性が高いほか,原告Z3の父方のおばが乳がんに罹患しているなど,危険因子が認められること,③多重がんについても,被爆者に限られた現象ではないこと等から,原告Z3の右上葉肺がん及び左乳がんについて放射線起因性は認められない旨主張する。 - 175 -確かに,肺がん及び乳がんは一般的な疾病であり,前記(1)ウ(ウ)及び(エ)によれば,原告Z3は,62歳で右上葉肺がん,67歳で左乳がんの診断を受けているところ,その年齢も肺がん及び乳がんの好発年齢と矛盾しないなど被告の指摘する事情が認められる。 しかしながら,上記事情が原告Z3の右上葉肺がん及び左乳がんの発症に影響していることは否定できないとしても,これによって原子爆弾の放射線の影響自体が否定されるものではなく,上記のとおり一般的に肺がん及び乳がんと放射線被曝との関連性を認めることができることに加 症に影響していることは否定できないとしても,これによって原子爆弾の放射線の影響自体が否定されるものではなく,上記のとおり一般的に肺がん及び乳がんと放射線被曝との関連性を認めることができることに加え,原告Z3が健康に影響を及ぼすような相当程度の線量の放射線に被曝していたものと認められること,原告Z3がよりリスクが高いとされる若年時(当時12歳)に被爆していること,原告Z3は,短期間に複数のがんに罹患しており,左乳がんは,右上葉肺がんが転移したものではないこと等の事情に照らせば,むしろ,原告Z3の放射線被曝と上記危険因子とがあいまって,発症に寄与したものと考えるのが自然かつ合理的である。よって,被告の上記主張は採用することができず,他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。 (ウ) 以上によれば,原告Z3が発症した右上葉肺がん及び左乳がんについて,放射線起因性を認めることができる。 (4) 申請疾病(右上葉肺がん及び左乳がん)の要医療性についてア前記第2で説示したとおり,被爆者が積極的な治療行為を伴わない定期検査等の経過観察が必要な状態にあるような場合,被爆者援護法上,原則として健康管理としての検査等により対応すべきであって,当該疾病につき再発や悪化の可能性が高い等の特段の事情がない限り,上記定期検査等は同法9条1項所定の「医療」には当たらないと解するのが相当である。 イ前記(1)ウで認定した事実によれば,原告Z3は,平成7年2月17日に右上葉肺がんの,平成12年4月14日に左乳がんの手術を受けたが,原爆症認定申請日である平成21年8月25日当時及びそれ以降,肺がんや乳がんの再発や転移,術後合併症,後遺症等の発生はなく,化学療法等の特別な治療は行われていないこ- 176 -とが認められるから,原告Z3は申請疾病について 年8月25日当時及びそれ以降,肺がんや乳がんの再発や転移,術後合併症,後遺症等の発生はなく,化学療法等の特別な治療は行われていないこ- 176 -とが認められるから,原告Z3は申請疾病について,経過観察を受けているにとどまる状態と認められる。そして,上記各がんはいずれも病期(ステージ)がⅠであり,腫瘍の大きさも小さく,リンパ節や他の臓器への転移もみられなかったこと,原告Z3は,上記手術後,平成16年5月29日まで外科を外来受診し,外科医師による術後の定期検査を受けていたが,同日の検査で異常がないと言われたことなどから,同年11月15日に予定していた外科医師による定期検査を受けず,その後平成19年11月までの間,外科医師による定期検査を受けなかったこと,原告Z3は,同年12月29日に外科医師による定期検査を受けたものの異常がないことが確認されたため,その後は,外科医師による定期検査を受けていないこと,原告Z3は,上記外科医師による定期検査を受けていない時期については,年2回,被爆者健康診断を受けており,その際に,肺がん検診や乳がん検診等を受けて,定期的に胸部レントゲン,胃カメラ,腹部エコー,血液検査等も受けているが,特段の異常は発見されておらず,原爆症認定申請日までに肺がんの手術から約14年6か月が,乳がんの手術から約9年4か月が経過しており,その後も特段の変化はみられなかったこと,肺がんについては,一般に再発は2年以内に起こることが多く,次第に再発することが減少し,5年以降に起こることは少ないとされていること,乳がんについては,肺がんと比べ,再発に注意すべき期間は長いものの,その再発率は,手術後8ないし12年で3.4%とされ,手術から再発までの期間が10年を超える症例は,再発例全体の1.5%であるとされていること等の諸事情を考慮 べ,再発に注意すべき期間は長いものの,その再発率は,手術後8ないし12年で3.4%とされ,手術から再発までの期間が10年を超える症例は,再発例全体の1.5%であるとされていること等の諸事情を考慮すると,原告Z3の申請疾病である右上葉肺がん及び左乳がんについて,再発や悪化の可能性が高い等の特段の事情があるとまでは認められない(なお,前記(3)エ(エ)で認定したとおり,乳がんの手術後の経過観察については,手術後6年目以降は年1回程度で足りるため,被爆者援護法上の健康管理としての検査等によって原告Z3の病状に対応することができないとみるべき事情は存在しない。)。したがって,原告Z3の申請疾病である右上葉肺がん及び左乳がんについて,要医療性を認めることはできない。 - 177 -ウ原告は,原告Z3の肺がん及び乳がんについては,要医療性が認められる旨主張し,その根拠として,①過去に放射線に起因するがんを発症している場合,それ自体再発の危険性が高いことからすれば,定期的に検査を実施し,早期発見を図ることが重要であることはいうまでもなく,原告Z3が受けている検査自体は,申請疾病である右上葉肺がん及び左乳がんに対する積極的治療ではないにしても,早期発見,早期治療の機会を確保し,再発した場合であっても,疾病の重篤化を防止し,早期回復を図る方法として必要不可欠なものであって,積極的治療行為にも匹敵するものというべきものであること,②一般的に,乳がんについては,術後10年以上経過してからでも再発の可能性があるとされており,術後27年経過後の再発の例もあるなど,他のがんと比べて再発の危険性が継続する期間は長く,厚生労働省の「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則の一部を改正する省令の施行について(施行通知)」(本件施行通知)においても,「再 など,他のがんと比べて再発の危険性が継続する期間は長く,厚生労働省の「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則の一部を改正する省令の施行について(施行通知)」(本件施行通知)においても,「再発の可能性が特に長期にわたる疾病」と位置付けられており,術後10年間は要医療性があると認められていること,③原告Z3の右上葉肺がん及び左乳がんは,多重がんであり,他の部位にがんが発生する可能性が通常の場合より高いため,がんの再発に特に注意しなければならないこと等を指摘するため,以下検討する。 (ア) 上記①の点について本件全証拠によるも,過去に放射線に起因するがんを発症している場合において,当該がんが再発する危険性が他の原因によるがんと比べて高いとの知見があるとは認められないから,原告Z3の主張は,採用することができない。 (イ) 上記②の点についてa 確かに,乳がんについては,術後10年以上経過後の再発の可能性があり,術後27年経過後の再発の例があることが認められるものの,乳がんの再発率は,5年ないし8年で4.7%,8ないし12年で3.4%とされており,手術から再発までの期間が10年を超える症例は,再発例全体の1.5%であるとされていることに照らせば,原告Z3のように術後9年4か月にわたって再発又は転移が認め- 178 -られなかった場合において,再発や悪化の可能性が高いとまでいうことはできない。 b 本件施行通知は,「「認定疾病にかかる受診状況」が「イ.定期的に受診し経過観察中」又は「ウ.定期的な受診は行っていない」とされている者については,次のように取り扱うこととする。」とし,「悪性腫瘍,白血病については,再発したとの所見がない場合には,「認定疾病に対して過去に行った主な治療」の記載等を確認したうえ,次のような場 いる者については,次のように取り扱うこととする。」とし,「悪性腫瘍,白血病については,再発したとの所見がない場合には,「認定疾病に対して過去に行った主な治療」の記載等を確認したうえ,次のような場合に限り,医療特別手当の支給を継続して差し支えないものであること。」とし,その場合として,「手術等の根治的な治療から概ね5年以内の場合。ただし,乳がん,腎盂がん,尿管がん,膀胱がん,前立腺がん,甲状腺がんその他再発の可能性が特に長期にわたる疾病(類似の病態であって病名の表記が異なっている場合を含む。)については,概ね10年以内の場合」を挙げている(甲A12)。 しかし,前記アで説示したとおり,積極的な治療行為を伴わない定期検査等の経過観察については,当該疾病につき再発や悪化の可能性が高い等の特段の事情がない限り,「医療」には当たらないと解すべきであり,本件施行通知も「概ね」10年以内としており,10年以内であれば常に要医療性を認める趣旨とはいい難い。 そして,上記イで説示したとおり,原告Z3の申請疾病である左乳がんについては,手術時において,病期(ステージ)がⅠであり,腫瘍の大きさも小さく,リンパ節や他の臓器への転移もみられず,その後の検査においても再発,転移等の異常は発見されないまま原爆症認定申請時において手術から約9年4か月が経過していたことを考慮すると,同申請時において,再発や悪化の可能性が高い等の特段の事情があるとまでは認められず,本件施行通知の内容を考慮しても,要医療性を認めることはできないというべきである。 (ウ) 上記③の点について原告Z3の右上葉肺がん及び左乳がんが多重がんと認められるのは前記(3)キ(ア)eのとおりであるけれども,被爆者の多重がんは,放射線被曝によって,複数の部位にがんが発生する危険性が高まるという 原告Z3の右上葉肺がん及び左乳がんが多重がんと認められるのは前記(3)キ(ア)eのとおりであるけれども,被爆者の多重がんは,放射線被曝によって,複数の部位にがんが発生する危険性が高まるという性質のものであり,後発のがんは,従前- 179 -発症したがんが転移するなどしたものではなく,これと無関係に発生するものであるから,上記のような機序によってがんが発症する危険性は,従前発症したがんについての要医療性を基礎付ける事情としては失当というほかない。また,原告Z3が,申請疾病である右上葉肺がん及び左乳がんが多重がんであることによって,その再発の可能性が高まる旨主張していると解したとしても,これを裏付ける的確な証拠はないから,原告Z3の主張は採用することができない。 (5) 小括以上によれば,原告Z3の右上葉肺がん及び左乳がんについて,放射線起因性は認めることができるものの,要医療性があるとは認められないから,本件Z3却下処分は適法というべきである。 3 原告Z4について(1) 認定事実ア被爆時の状況について前記2(1)で認定したとおり,原告Z4は,昭和20年8月9日の長崎原爆の投下後,原告Z3と行動を共にしているから,その被爆状況については,原告Z3と同じであると推認することができる。 イ被爆直後の状況について原告Z4は,帰宅後,発熱の症状があり,同症状は,10日程度継続した。(乙C1の1・103頁,原告Z4本人)ウ被爆後の生活状況・病歴等について(ア) 原告Z4は,被爆後,しばらく何もやる気が起きず,倦怠感が強いため,横になって過ごすという状態が続き,成人後も,特に午後になると倦怠感を感じ,後方に引き込まれるような感覚やめまいを覚える状態が続き,すぐ横になるなどしていた。(甲 やる気が起きず,倦怠感が強いため,横になって過ごすという状態が続き,成人後も,特に午後になると倦怠感を感じ,後方に引き込まれるような感覚やめまいを覚える状態が続き,すぐ横になるなどしていた。(甲C12)(イ) 原告Z4は,平成6年1月19日(当時57歳),Z10病院の内科を受診し,橋本病と診断された。その後,原告Z4は,定期的に,TSH(甲状腺刺激ホルモ- 180 -ン),FT4(甲状腺ホルモンであるサイロキシン(T4)のうち,遊離型のもの),抗甲状腺抗体等について確認するための血液検査や,甲状腺腫瘤の有無等を確認するための甲状腺エコー検査を受けた。その際,甲状腺の細胞成分であるTPO(甲状腺ペルオキシダーゼ)に対する抗体である抗TPO抗体(抗マイクロゾーム抗体)は繰り返し陽性を示したが,甲状腺機能低下症の検査所見であるTSH及びFT4については,異常がみられなかった。(甲C5,6・68,69頁,乙C10の1,弁論の全趣旨)(ウ) 原告Z4が,平成15年11月19日にZ10病院の内科を受診した際,当時の主治医は,同年6月19日のサイロイドテストが陰性であること,同年10月30日に受けた甲状腺エコー検査の結果を挙げ,「TGHA低下してきておりエコー上所見なくフォロー解除してもよさそう。」とし,慢性甲状腺炎についての今後の方針として,「被曝ある為甲状腺は被爆者健診でチェックのみとする。」と記載した(なお,TGHAとは,甲状腺自己抗体の一種であるサイログロブリン抗体のことであり,サイロイドテストは抗サイログロブリン抗体を粒子凝集試験で測定するものであり,サイロイドテストの陰性化は,抗サイログロブリン抗体の低下を意味する。)。その後,上記内科においても,TSH,FT4等の検査がされているが,いずれも異常値は示していない。また, 測定するものであり,サイロイドテストの陰性化は,抗サイログロブリン抗体の低下を意味する。)。その後,上記内科においても,TSH,FT4等の検査がされているが,いずれも異常値は示していない。また,平成16年7月2日から平成18年2月3日までは,抗甲状腺抗体検査も受けていたが,抗サイログロブリン抗体は陰性であり,抗TPO抗体は20前後のまま著変なく推移しており,その後,抗甲状腺抗体検査は行われていない。(甲C6・11,18ないし23,58ないし68,74頁,乙C10の1,弁論の全趣旨)(エ) 原告Z4は,遅くとも,平成13年以降,年2回,Z10病院において,被爆者健康診断を受けていた。原告Z4は,平成17年7月から平成20年10月までの間は,被爆者健康診断を受けていないものの,同年11月21日以降,再び,定期的に被爆者健康診断を受けている。(甲C6,7,弁論の全趣旨)(オ) 原告Z4は,Z10病院が遠いなどの理由から,平成21年7月24日以降,- 181 -Z55クリニックも受診するようになり,平成23年1月8日以降は,同クリニックにて,TSH,FT4の検査が行われており,平成25年8月5日に,TSHが僅かに基準値を超えた(基準値0.3ないし3.8のところ,3.9)ほかは,その後行われた同年11月7日の検査結果も含め,いずれも正常値を示している。(甲C8・1,56,58頁,弁論の全趣旨)(カ) 原告Z4は,いずれの医療機関においても,慢性甲状腺炎について,投薬を受けていなかった。(甲C6・83頁,8,原告Z4本人)(キ) 原告Z4は,平成22年3月23日,申請疾病名を「慢性甲状腺炎」とする原爆症認定申請をした。(乙C1の1・101頁)(2) 事実認定の補足説明ア原告Z4は,長崎原爆の投下後に発熱のみなら 原告Z4は,平成22年3月23日,申請疾病名を「慢性甲状腺炎」とする原爆症認定申請をした。(乙C1の1・101頁)(2) 事実認定の補足説明ア原告Z4は,長崎原爆の投下後に発熱のみならず,下痢及びおう吐の症状があった旨主張し,原告Z4の陳述書の記載及び本人尋問の結果には,これに沿う部分が存在する。しかしながら,原告Z4認定申請書の別紙には「父と姉は下痢と熱が出,私は吐き気と熱が続いた」との記載があるにとどまり,下痢については触れられていないこと,認定申請日と同日付けの原告Z4作成の書面(以下「本件原告Z4作成書面」という。乙C1の1・130頁)には,「私も熱を出して」との記載があるにとどまり,吐き気と下痢については触れられていないことに照らすと,上記陳述書の記載及び本人尋問の結果はにわかに採用することができず,他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。 イ被告は,原告Z4において,放射線被曝による身体症状が発現したということはできず,高線量の被曝をしたことを推認させる特段の事情があるとはいえない旨主張し,その根拠として,①原告Z4調書票(乙C1の1・125頁)には,「原爆による急性症状(おゝむね六ヶ月以内)」欄には斜線が引かれ身体症状の記載はなく,その理由について合理的説明がされたとはいえない,②原告Z4認定申請書の別紙には「父と姉は下痢と熱が出,私は吐き気と熱が続いた」と記載があるのに対し,認定申請日と同日付けの本件原告Z4作成書面には,「私も熱を出して」と- 182 -の記載があるにとどまり,下痢や吐き気についての記載がなく,本件訴訟においては,被爆後すぐに,下痢やおう吐等の症状が生じ,その後1週間続いた旨主張しており,本人尋問においては,発熱や下痢はあったが,おう吐自体はなかった旨供述する(原告Z4本人尋問 がなく,本件訴訟においては,被爆後すぐに,下痢やおう吐等の症状が生じ,その後1週間続いた旨主張しており,本人尋問においては,発熱や下痢はあったが,おう吐自体はなかった旨供述する(原告Z4本人尋問調書20,21頁)など変遷があり,これらの変遷についての合理的説明はされていないとの事情を指摘する。 しかしながら,上記①の点については,原告Z4は,当時,名古屋市に居住しており,原告Z4調書票の作成及び提出に全く関与しておらず,前記2(2)ウで説示したとおり,原告Z3ら調書票は,原告Z3ら被爆者健康手帳交付申請書と同様に原告Z4の家族以外の第三者が代書したものと認められ,記載の過程において,事実関係の聴取が不十分であった可能性が否定できないことに加え,被爆者健康手帳の交付を受けるための要件としては,原子爆弾が投下された際,当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内に在った者であれば,その事実のみで足りるとされているため,被爆直後の症状の有無の記載については,十分な注意が払われなかった可能性を指摘することができる。したがって,原告Z4調書票に身体症状の記載がなかったことをもって,原告Z4について被爆後に発熱があったとの認定が左右されるものではない。 上記②の点については,原告Z4の訴状(44頁)における主張のほか,原告Z4認定申請書別紙,本件原告Z4作成書面,原告Z4作成の陳述書及び原告Z4の本人尋問の結果は,原告Z4が被爆後に発熱があったという限度では一貫していることに照らせば,原告Z4について被爆後に発熱があったとの認定が左右されるものではない。 (3) 申請疾病(慢性甲状腺炎)の放射線起因性についてア放射線被曝の程度について前記(1)で認定した事実によれば,原告Z4は,長崎原爆の爆心地か との認定が左右されるものではない。 (3) 申請疾病(慢性甲状腺炎)の放射線起因性についてア放射線被曝の程度について前記(1)で認定した事実によれば,原告Z4は,長崎原爆の爆心地から約5.4kmの地点にある自宅の屋内で被爆しており,その初期放射線量は,僅少と認められる。しかしながら,原告Z4は,長崎原爆投下当日の午後,原告Z3及び父Z6と- 183 -共に,Z9の生存確認のために自宅のあった長崎市ω4から長崎市中心部に向かい,長崎駅を越えてω5辺りまで進んだものの,激しい火災のためこれ以上進むことを断念して自宅に戻ったものであり,原告Z4が原爆投下当日に長崎市の爆心地から1.5ないし2kmの地点まで入市した事実が認められる。原告Z4は,原爆によって破壊された長崎市中心部に向かって,父Z6に背負われて進んでおり,その間における瓦礫等からの誘導放射線の影響を軽視することはできない上,周囲の粉塵等に接触することにより,相当量の誘導放射化物質や放射性降下物が,衣服,髪,皮膚等に付着し,又は呼吸を通じて体内に取り込まれるなどした可能性が高いというべきである。そして,原告Z4には,帰宅後,発熱の症状が発生しており,その後も倦怠感等の症状が現れていることは,原告Z4が健康被害をもたらす程度の相当量の放射線被曝をしたことを裏付けるものといえる。これらの事情に照らせば,原告Z4は,長崎原爆により,DS02を基にするなどして算出する新審査の方針における被曝線量評価方法による推定値を超えて,健康に影響を及ぼすような相当程度の線量の放射線に外部被曝及び内部被曝をしたものと認めるのが相当である。 イ慢性甲状腺炎についての医学的知見について(ア) 疾病の内容慢性甲状腺炎は,甲状腺における慢性の炎症性疾患で,遺伝的素因や環境要因な 曝及び内部被曝をしたものと認めるのが相当である。 イ慢性甲状腺炎についての医学的知見について(ア) 疾病の内容慢性甲状腺炎は,甲状腺における慢性の炎症性疾患で,遺伝的素因や環境要因などの影響で,甲状腺に対する免疫異常が生じ,甲状腺の細胞成分に対する抗体(甲状腺自己抗体)によって,甲状腺が徐々に破壊されて起こる自己免疫疾患と考えられている。なお,慢性甲状腺炎と橋本病は同義である。甲状腺自己抗体としては,①甲状腺の細胞成分である甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)に対する抗体(抗甲状腺マイクロゾーム抗体や抗TPO抗体)や②サイログロブリン(Tg)に対する抗体(抗サイログロブリン抗体)が挙げられ,慢性甲状腺炎の90%以上で①又は②が陽性になるとされている。(乙C4・180,181頁,5・1364頁,乙E11・169頁)(イ) 罹患率- 184 -慢性甲状腺炎は,成人女性の10%に認められ,男女比では,1対10ないし20とされており,女性が罹患しやすく,また,加齢とともに増加する傾向にあるとされており,中年女性に多いともされている。また,慢性甲状腺炎の発生に最も関係の深い抗TPO抗体陽性は,高齢女性の15%にみられるなどともされている。 (乙C4・180頁,5・1364頁,6・105頁,24・680頁)(ウ) 甲状腺機能a 慢性甲状腺炎の70ないし80%(文献によっては80ないし90%)は,甲状腺機能が正常であるとされている。なお,甲状腺機能が低下していくと,最終的には,(自己免疫性)甲状腺機能低下症に至る。甲状腺機能低下症の診断ガイドライン2010によれば,①臨床所見として,無気力,易疲労感,眼瞼浮腫,寒がり,体重増加,動作緩慢,嗜眠,記憶力低下,便秘,嗄声等のいずれかの症状があり,②検査所見として,FT4 低下症の診断ガイドライン2010によれば,①臨床所見として,無気力,易疲労感,眼瞼浮腫,寒がり,体重増加,動作緩慢,嗜眠,記憶力低下,便秘,嗄声等のいずれかの症状があり,②検査所見として,FT4低値及びTSH高値を有する場合,原発性甲状腺機能低下症と診断される。なお,甲状腺ホルモンには,T4(サイロキシン),T3(トリヨードサイロニン)及びrT3(リバーストリヨードサイロニン)があり,蛋白と結合している蛋白結合型と遊離型が存在するが,蛋白結合型は細胞内に入ることができず,活性がないため,甲状腺ホルモン検査では,FT4(free T4)及びFT3(free T3)を直接測定するのが一般である。また,FT3について,甲状腺機能の指標としての意義は,FT4に比べて小さいとされている。(乙C4・180頁,8・284頁,24・680頁,25・190頁,乙E11,弁論の全趣旨)b 一般に,慢性甲状腺炎は,合併症・続発症として,①甲状腺機能低下症,②甲状腺中毒症・無痛性甲状腺炎,③高齢者については甲状腺リンパ腫を発症するおそれがあるほか,④他の自己免疫疾患に随伴することが多いとされている。(甲C4,10,11,14,15,証人Z51)c 慢性甲状腺炎と合併症・続発症との関係についての各種知見(a) 池本久美子「橋本病の予後とその予測に関する研究」- 185 -慶応大学医学部内科学教室の池本久美子は,橋本病について,10年以上継続的に経過観察を行った症例を取り上げ,橋本病の臨床経過の多様性について検討した結果を「橋本病の予後とその予測に関する研究」(以下「池本久美子報告」という。)としてまとめ,平成2年に発表した。(甲C9)池本久美子報告は,①10年間の経過観察において,正常機能から永続性機能低下に進行したものは対象全 に関する研究」(以下「池本久美子報告」という。)としてまとめ,平成2年に発表した。(甲C9)池本久美子報告は,①10年間の経過観察において,正常機能から永続性機能低下に進行したものは対象全体の6%であり,数年間で20ないし80%という従来の報告に比べて意外に低頻度であった,②初診時に正常機能でも,その46%は経過中に一時的な機能変動を認め,一時的な機能変動をみた例での変動の程度・頻度及び永続性機能低下へ進行した例での進行の緩急は様々であり,一時的な機能低下を繰り返すうちに永続性機能低下に陥ったものもみられた,③初診時に機能低下のものでも,その40%は回復して正常機能となっていた,④橋本病では,一時点の甲状腺機能の成績のみではその後の経過を決定できないことを示しているとしている。(甲C9)(b) 岡本秀雄ら「橋本病の長期経過観察中に発症した甲状腺原発悪性リンパ腫の1例」岡本秀雄らは,「橋本病の長期経過観察中に発症した甲状腺原発悪性リンパ腫の1例」において,45歳時に橋本病と診断され,その後25年間にわたって経過観察を受けてきた71歳の女性が,甲状腺原発悪性リンパ腫を発症した症例を紹介している。(甲C10)(c) 川合一良「長期間経過した慢性甲状腺炎からバセドウ病が発症した1例」川合一良は,「長期間経過した慢性甲状腺炎からバセドウ病が発症した1例」において,50歳時に慢性甲状腺炎と診断された女性が,73歳時に甲状腺機能亢進症を発症した症例を紹介している。(甲C11)(d) 林吉夫ら「慢性甲状腺炎の長期観察例について(その組織所見を中心に)」九州大学心療内科の林吉夫らは,10年以上臨床経過を観察することができた慢性甲状腺炎の症例において,甲状腺腫の大きさ,甲状腺機能,抗サイログロブリン- 186 - て(その組織所見を中心に)」九州大学心療内科の林吉夫らは,10年以上臨床経過を観察することができた慢性甲状腺炎の症例において,甲状腺腫の大きさ,甲状腺機能,抗サイログロブリン- 186 -抗体,抗マイクロゾーム抗体の推移について検索するとともに,組織像の変化についても比較検討を行い,「慢性甲状腺炎の長期観察例について(その組織所見を中心に)」(以下「林吉夫ら報告」という。)としてまとめ,昭和59年に発表した。 (甲C15)林吉夫ら報告は,①初診時,75例中8例が甲状腺機能低下状態にあった,②10年以上経過した現時点での結果は,75例中14例が甲状腺機能低下状態であった,③その内訳は,内服例54例中7例は,甲状腺ホルモン剤の服用量が不十分なために機能低下状態を呈していた,④非内服例21例では,7例が10年以上の経過中に機能低下症に陥っていたとしている。(甲C15)(エ) 治療方法慢性甲状腺炎については,根本的かつ永続的に治療する確実な手段はまだないとされており,一般的には,甲状腺機能が正常であれば,1年に1回程度の定期検査で経過観察を行い,明らかな甲状腺機能低下症例では甲状腺ホルモンの補充療法を行うとされている。(乙C5・1364頁,6・106頁,24・681頁)ウ慢性甲状腺炎及び甲状腺機能低下症の放射線起因性についての各種知見(ア) 横田素一郎ら「原爆被爆者にみられた甲状腺障碍について」長崎原爆病院の横田素一郎らは,昭和33年5月下旬から昭和35年10月末日までの間にみられた甲状腺疾患患者54人に関して臨床的及び統計的に観察し,特に甲状腺機能低下症及び悪性甲状腺腫を中心に検討した結果を「原爆被爆者にみられた甲状腺障碍について」(以下「横田素一郎ら報告」という。)としてまとめ,昭和35年に発表した。 的及び統計的に観察し,特に甲状腺機能低下症及び悪性甲状腺腫を中心に検討した結果を「原爆被爆者にみられた甲状腺障碍について」(以下「横田素一郎ら報告」という。)としてまとめ,昭和35年に発表した。(甲全92の2・文献4)横田素一郎ら報告は,①甲状腺機能亢進症と単純性甲状腺腫では被爆距離別に有意の差はみられず,また性別及び年齢等も非被爆者の場合と同様であった,②甲状腺機能低下症は僅か3例にすぎないが,うち2例は爆心地から2km以内で被爆し,また機能亢進症に対する頻度も高い等,原爆放射能の関係が深いように思われたなどとしている。(甲全92の2・文献4)- 187 -(イ) 伊藤千賀子「原爆被爆者の甲状腺機能に関する検討」広島原爆被爆者健康管理所の伊藤千賀子は,甲状腺機能に及ぼす原爆放射線の影響を検討することを目的として,昭和59年4月から同年11月末までに広島原爆被爆者健康管理所で原爆被爆者の一般検診を受診した1.5km以内の直接被爆者6112例とコントロール群として3.0km以遠の直接被爆者3047例を対象として,血中の甲状腺刺激ホルモン値と抗甲状腺抗体の検索を中心にして,両群における甲状腺刺激ホルモンレベル,甲状腺機能低下症の頻度及びその成因について比較検討し,その結果を「原爆被爆者の甲状腺機能に関する検討」(以下「伊藤千賀子報告」という。)としてまとめ,昭和60年に発表した。(甲全92の2・文献5,6)伊藤千賀子報告は,①甲状腺機能低下症の頻度は,男性では1.5km以内群が1.22%,コントロール群が0.35%,女性ではそれぞれ7.08%及び1. 18%であり,男女とも1.5km以内群に有意に高率であった,②被曝線量別にみると男性の1ないし99ラド群が1.03%で被曝線量の増加とともに高率となり200ラド以上で はそれぞれ7.08%及び1. 18%であり,男女とも1.5km以内群に有意に高率であった,②被曝線量別にみると男性の1ないし99ラド群が1.03%で被曝線量の増加とともに高率となり200ラド以上では3.67%であった。③女性においても1ないし99ラド群が6.23%,200ラド以上群が7.76%とコントロール群に比して有意に高率であった,④一般的に後天性の原発性甲状腺機能低下症の多くは慢性甲状腺炎による甲状腺組織の傷害によるとされている,⑤血中の抗甲状腺マイクロゾーム抗体(MCHA)が陽性の場合は甲状腺組織にリンパ球の浸潤がみられ,慢性甲状腺炎があるものと考えられているので,甲状腺機能低下症例中のMCHA陽性率を比較した,⑥その結果,男性ではMCHA陽性率は1.5km以内群が16.4%であり,コントロール群が88.9%,女性についてみるとそれぞれ25.3%及び63.3%でいずれも1.5km以内群で著しく低率となっていた,⑦近距離被爆者の甲状腺機能低下症の発症機序は,慢性甲状腺炎による甲状腺組織の傷害によって招来する症例よりもその他の異なる機序が推測される,⑧甲状腺組織における加齢現象の促進によって甲状腺に萎縮を来した可能性も否定できないとしている。(甲- 188 -全92の2・文献5,6)(ウ) 井上修二ら「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患の調査(第3報)」放影研の井上修二らは,昭和59年10月から長崎のAHS集団を対象として全ての甲状腺疾患の発生頻度について調査した結果を「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患の調査(第3報)」(以下「井上修二ら報告」という。)としてまとめ,発表した。(甲全92の2・文献7)井上修二ら報告は,①被爆者群とコントロール群とで有意な発生頻度の差を認めたのは,単結節性甲状腺腫と甲状腺機能低下症 「井上修二ら報告」という。)としてまとめ,発表した。(甲全92の2・文献7)井上修二ら報告は,①被爆者群とコントロール群とで有意な発生頻度の差を認めたのは,単結節性甲状腺腫と甲状腺機能低下症の2疾患であった,②甲状腺機能低下症については,0ラド群(コントロール群)2.5%に対して被爆者全体で4. 5%であった,③被曝線量別にみた場合,1ないし49ラド群(6.1%)のみが0ラド群に比し有意な発生頻度の増加を認めた,④原因別には,橋本病によるもののみが,0ラド群0.6%に対し被爆者全体で2.2%と有意の発生頻度の増加を認めた,⑤線量別でみた場合,これも1ないし49ラド群3.6%と低線量被曝群のみに有意差を認めた,⑥原爆被爆者に橋本病による甲状腺機能低下症の発生頻度が高いことは,今回の調査で初めて明らかになったことである,⑦Z56等は,放射線被曝によって自己免疫性甲状腺炎の発生頻度は有意に増加するが,甲状腺機能低下症では有意の差は認めていない,⑧これまでの原爆被爆者の調査でも,甲状腺機能低下症の発生頻度の増加は認めていない,⑨一方では,原爆被爆者の血中TSHは有意に上昇しているとの報告もあり,これは,放射線被曝が,甲状腺機能低下症への進展に関与していることを示唆しているとも考えられる,⑩興味のあることは,甲状腺機能低下症が結節性甲状腺腫と違って1ないし49ラドの低被曝線量群のみに発生頻度の増加を認めたことである,⑪このことは,放射線被曝による免疫系異常の発生と発がんは違った機序によることを示唆しているものとも考えられるとしている。(甲全92の2・文献7)(エ) 長瀧重信ら「原爆被爆の人体に及ぼす長期影響について」長崎大学医学部の長瀧重信らは,771名の被爆者群及び974名のコントロー- 189 -ル群を対象として,原爆放射 ・文献7)(エ) 長瀧重信ら「原爆被爆の人体に及ぼす長期影響について」長崎大学医学部の長瀧重信らは,771名の被爆者群及び974名のコントロー- 189 -ル群を対象として,原爆放射性降下物及び直接被爆の人体(特に甲状腺)に及ぼす長期影響につき,被曝線量のみならず,他の因子の関与について検討し,「原爆被爆の人体に及ぼす長期影響について」(以下「長瀧重信ら第1報告」という。)にまとめ,平成元年に発表した。(甲全92の2・文献8)長瀧重信ら第1報告は,①甲状腺結節は被曝線量の増加とともに増加し,甲状腺機能低下症は低線量被曝群に有意に多かった,②上記2疾患の有病率と年齢,性の関係をみると,被曝群では結節は被爆時年齢が20歳代以下の群に有意に高く,甲状腺機能低下症でも10歳代ないし30歳代時に被爆した群に高く特に女性に多かったとしている。(甲全92の2・文献8)(オ) 長瀧重信ら「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患」長崎大学医学部の長瀧重信らは,放影研の長崎のAHS集団における甲状腺疾患の現状を明らかにするため,昭和59年10月から昭和62年4月にかけて2年に1度の定期検診を受けた長崎のAHSの対象者(2856人)中,広島で被爆した者,胎内被爆者及び原爆投下時に長崎にいなかった者を除く2587人を対象に,超音波診断を含む統一された手順を用いて甲状腺疾患(甲状腺結節,甲状腺機能低下症,甲状腺機能亢進症及びびまん性甲状腺腫)を診断し,それぞれの甲状腺疾患の有病率と甲状腺被曝線量,性及び年齢との関係をロジスティックモデルを用いて解析し(線量反応関係は,DS86による推定線量のある1978人について検討された。),「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患」(以下「長瀧重信ら第2報告」という。)としてまとめ,平成7年に発表した。(甲 析し(線量反応関係は,DS86による推定線量のある1978人について検討された。),「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患」(以下「長瀧重信ら第2報告」という。)としてまとめ,平成7年に発表した。(甲全1の2・文献33,92の2・文献3・22頁)長瀧重信ら第2報告には,①がん,腺腫,腺腫様甲状腺腫及び組織学的診断のない結節を含む充実性結節並びに抗体陽性特発性甲状腺機能低下症(自己免疫性甲状腺機能低下症)においては有意な線量反応関係が認められたが,他の疾患では認められなかった,②充実性結節の有病率は,単調な線量反応関係を示したが,自己免疫性甲状腺機能低下症の有病率は,0.7±0.2シーベルトで最大レベルに達す- 190 -る上に凸の線量反応を示した,③原爆被爆者における自己免疫疾患の有意な増加が初めて認められた,④上に凸の線量反応関係は,比較的低線量の放射線が甲状腺に及ぼす影響を更に研究する必要のあることを示している,⑤自己免疫性甲状腺機能低下症を含め,自己免疫性甲状腺炎の有病率は,10年ごとに増加する,⑥しかし,各甲状腺疾患の有病率を性,被爆時年齢及び甲状腺線量の関数として表した線形ロジスティックモデルに基づく統計解析により,抗体陽性特発性甲状腺機能低下症の有病率については,上に凸で,約0.7シーベルトで最大に達する線量反応曲線が示された,⑦甲状腺線量と続発性甲状腺機能低下症又は抗体陰性特発性甲状腺機能低下症の有病率との間には関連が認められなかったので,抗体陽性特発性甲状腺機能低下症に認められた関係は,恐らく慢性甲状腺炎等の潜在的な自己免疫性甲状腺障害に起因すると考えられる,⑧この推論を裏付けると思われるものとして,ⅰ頭頸部に放射線治療を受けた者において,慢性甲状腺炎の有病率が有意に高いとするZ57及びZ58の報告,ⅱ悪性リンパ 疫性甲状腺障害に起因すると考えられる,⑧この推論を裏付けると思われるものとして,ⅰ頭頸部に放射線治療を受けた者において,慢性甲状腺炎の有病率が有意に高いとするZ57及びZ58の報告,ⅱ悪性リンパ腫の治療を受けた患者らにおける放射線関連の甲状腺機能低下症の頻度は,免疫抑制剤を用いた化学療法を併用すると有意に低下するとする田村らの報告,ⅲ約40年前(30歳以下の時)に肺結核に罹患し,気胸療法のために繰り返し透視検査(平均被曝線量は0.11ないし1.12グレイ)を受けた女性91人における甲状腺疾患の頻度を調べ,これらの女性と,透視検査を行わないその他の方法による結核治療を受けた女性72人との比較から,甲状腺の低線量被曝がその後の自己免疫性甲状腺疾患発生の危険因子であると示唆しているZ56らの報告,ⅳ外部放射線に被曝したラットにおける慢性甲状腺炎の高い発生率を示しているとするZ59らの報告があるとしている。(甲全1の2・文献33,92の2・文献3・22頁)(カ) 放射線被曝者医療国際協力推進協議会「原爆放射線の人体影響1992」平成4年発表の「原爆放射線の人体影響1992」は,甲状腺結節は,線量反応関係が見られるが,甲状腺機能低下症は,50ラド(0.5グレイ)以下の比較的低線量被曝群に有意に多いとしている。(甲1の2・文献32)- 191 -(キ) 今泉美彩ら「広島・長崎の原爆被爆者における甲状腺疾患の放射線量反応関係」今泉美彩らは,平成12年3月から平成15年2月の間に放影研で2年に1度の検診を受けたAHS対象者4552人のうち甲状腺疾患調査への協力に同意した4091人に対して甲状腺検査を行い,胎内被爆者,市内不在者及び放射線量が不明の者を除いた3185人の対象者について,線形過剰オッズ比(EOR)モデルを用いて のうち甲状腺疾患調査への協力に同意した4091人に対して甲状腺検査を行い,胎内被爆者,市内不在者及び放射線量が不明の者を除いた3185人の対象者について,線形過剰オッズ比(EOR)モデルを用いて,各甲状腺疾患の線量反応を解析し,「広島・長崎の原爆被爆者における甲状腺疾患の放射線量反応関係」(以下「今泉美彩ら報告」という。)としてまとめ,平成17年に発表した。(甲C16,乙E20)今泉美彩ら報告は,①数多くの放影研調査において原爆被爆者における甲状腺の異常が評価されてきたが,それらには,様々な甲状腺疾患を同定できないという制約があったため,がん以外の甲状腺疾患の線量反応は十分評価されなかった,②昭和59年ないし昭和62年の甲状腺調査では,AHS集団において甲状腺結節と自己免疫性甲状腺疾患の線量反応が評価されたが,この調査は長崎のみで,広島では実施されなかった,③対象者3185人で,全充実性結節,悪性腫瘍,良性結節,のう胞の有病率は,それぞれ14.6%,2.2%,4.9%,7.7%であった,④甲状腺抗体陽性率,甲状腺自己抗体陽性甲状腺機能低下症及びバセドウ病の有病率は,それぞれ28.2%,3.2%,1.2%であった,⑤全充実性結節,悪性腫瘍,良性結節,のう胞の有病率については,有意な線形線量反応関係が認められた(P値<0.001。なお,P値とは,当該要因がある群とない群とで発症率が等しいとする仮説(帰無仮説)が正しいと仮定した場合に当該結果が起こる確率であり,0.05を下回る場合に上記仮説が誤りであり両群に有意な差があると判定することが多いとされる(乙全イ25・27頁)。),⑥全充実性結節の約28%,悪性腫瘍の37%,良性結節の31%,のう胞の25%が放射線被曝に関連していると推定した,⑦甲状腺自己抗体陽性率は,甲状腺の放射線量に関 とされる(乙全イ25・27頁)。),⑥全充実性結節の約28%,悪性腫瘍の37%,良性結節の31%,のう胞の25%が放射線被曝に関連していると推定した,⑦甲状腺自己抗体陽性率は,甲状腺の放射線量に関連していなかった(P値=0.20),⑧TPOAb(抗TPO抗体)とTgAb(抗サイログロ- 192 -ブリン抗体)の別個の解析では,TPOAb陽性率(P値=0.91)もTgAb陽性率(P値=0.52)も線量に関連していなかった,⑨甲状腺自己抗体陽性甲状腺機能低下症も同抗体陰性甲状腺機能低下症も線量に関連していなかった(それぞれP値=0.92及びP値=0.31),⑩バセドウ病有病率と放射線量の関連が示唆されたが,統計的に有意なレベルには達しなかった(P値=0.10),⑪自己免疫性甲状腺疾患に関する放射線の影響については,報告によって結果が異なっており,これは,主に対象者選択方法の差異,調査で用いた診断技法や基準の違いによるものであり,Z60らは,対象者数が少ないこと,甲状腺放射線量が推定されていないこと,診断方法が不明確なことによって制約を受けている調査があることを指摘している,⑫したがって,我々は,放射線量の判明している大規模集団において,高度な技法と明確な診断基準を用いて自己免疫性甲状腺疾患を診断した,⑬線量反応解析では,甲状腺自己抗体陽性率と甲状腺自己抗体陽性甲状腺機能低下症のいずれについても有意な放射線量反応関係は認められなかった,⑭この結果は,ハンフォード原子力発電所からのヨウ素131に若年で被曝した人々に関する最近の報告結果及び原爆被爆者に関する以前の疫学調査結果と一致しているとしている。また,今泉美彩ら報告は,長瀧重信ら第2報告が,昭和59年ないし昭和62年に長崎のAHS対象者について実施された調査では,甲状腺自己抗体陽性甲状 者に関する以前の疫学調査結果と一致しているとしている。また,今泉美彩ら報告は,長瀧重信ら第2報告が,昭和59年ないし昭和62年に長崎のAHS対象者について実施された調査では,甲状腺自己抗体陽性甲状腺機能低下症について凸状の線量反応関係が示されており,有病率は0.7シーベルトの線量で最も高かったとしていることについて,今泉美彩ら報告との違いが生じた理由は,ⅰ今泉美彩ら報告では調査集団を拡大し広島・長崎の原爆被爆者の両方を対象としたこと,ⅱ甲状腺抗体と甲状腺刺激ホルモン(TSH)の測定に異なる診断技法が用いられたこと,ⅲ時間の経過に伴い対象者の線量分布が変化したこと(死亡及びがんリスクは放射線量に依存するため)に起因するのかもしれないとしており,また,両調査においては1回の血液検査に基づき診断が行われたが,血清検査の結果は時間の経過に伴い変化することが時折あるともしている。さらに,今泉美彩ら報告は,その限界について,①以前に結節性甲状腺疾患の診断を受けた人- 193 -は,それにより調査に参加する意向を持ったかもしれず,調査における特定の偏りが生じた可能性がある,②寿命の中央値は放射線量に従い1グレイ当たり約1.3年の割合で減少するので,昭和33年(1958年)当初の集団に比べて今泉美彩ら報告では高線量に被曝した原爆被爆者の割合が減少している点や死亡リスクだけでなくがんリスクも放射線量に依存するため,重度の甲状腺がん患者は,早期死亡により本調査から除外された可能性があり,本調査集団,特に高線量に被曝した原爆被爆者には,生存による偏りがあると考えられる,③今泉美彩ら報告における調査は被爆後55年ないし58年経過した後に実施した横断調査であるため,甲状腺結節形成への放射線の早期の影響や,被爆後どのくらいの期間影響が持続したのかを明らかに えられる,③今泉美彩ら報告における調査は被爆後55年ないし58年経過した後に実施した横断調査であるため,甲状腺結節形成への放射線の早期の影響や,被爆後どのくらいの期間影響が持続したのかを明らかにすることができなかったとしている。(甲C16,乙E20)(ク) 山下俊一「最近10年間の甲状腺疾患と放射線との関連についての文献レビュー」長崎大学医歯薬学総合研究科原爆後障害医療研究施設教授の山下俊一は,放射線被曝によるがん以外の甲状腺疾患,特に甲状腺機能低下症と甲状腺自己抗体,自己免疫性甲状腺炎についての関連性を最近の調査研究により解明することを目的として,医療被曝,職業被曝,放射線災害及び原爆の四つの被曝様式の違いについて,それぞれ甲状腺被曝線量の正当性に注目して文献レビューを行い,「最近10年間の甲状腺疾患と放射線との関連についての文献レビュー」(以下「山下俊一報告」という。)としてまとめ,平成19年に発表した。(乙E21,弁論の全趣旨)山下俊一報告は,同時に診断の精確さをも考慮した結果,①医療用放射線による高線量の頭頚部被曝は甲状腺機能低下症の原因となるが,線量のしきい値は不明である,②放射線災害では線量との関係を検討した報告は少ないが,現在のところ,チェルノブイリ事故の被災者,ネバダ核実験場の周辺住民及びハンフォード核施設の周辺住民の調査結果において,甲状腺自己抗体(自己免疫性甲状腺炎)に関しては線量との有意な関係を認めた結果とそうでない結果があり,今後の長期的追跡調査が不可欠である一方で,自己免疫性甲状腺機能低下症に関しては線量との関係は- 194 -否定的な結果がある,③原爆に関しては,自己免疫性甲状腺機能低下症において線量との有意な関係を認めた初期の結果は,その後の再調査により否定的であり,甲状腺自己抗体陽性 量との関係は- 194 -否定的な結果がある,③原爆に関しては,自己免疫性甲状腺機能低下症において線量との有意な関係を認めた初期の結果は,その後の再調査により否定的であり,甲状腺自己抗体陽性率と甲状腺機能低下症(自己抗体の有無を問わない)では,甲状腺被曝線量との関連性は現在認められていないとしている。(乙E21)(ケ) 「成人健康調査第7報原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率 1958-86年(第1-14診察周期)」放影研は,昭和33年(1958年)から昭和61年(1986年)までに収集された成人健康調査集団の長期データを用いて悪性腫瘍を除く19の疾患の発生率と電離放射線被曝との関係を初めて調査し,「成人健康調査第7報原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率,1958-86年(第1-14診察周期)」(以下「AHS第7報」という。)としてまとめ,平成6年に発表した。(甲全92の2・文献9)AHS第7報は,甲状腺疾患(非中毒性甲状腺腫結節,びまん性甲状腺腫,甲状腺中毒症,慢性リンパ球性甲状腺炎,甲状腺機能低下症のうち一つ以上が存在する疾患)と被曝線量との関係を解析すると有意な正の線量反応がみられ(1グレイ当たりの相対リスク1.30,P値<0.0001,95%信頼区間1.16ないし1.47),特に若年で被曝した人でリスクの増加がみられるとしている。(甲全92の2・文献9)(コ) 「成人健康調査第8報原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」放影研は,昭和33年(1958年)から平成10年(1998年)までに収集された成人健康調査集団の長期データを用いてがんを除く疾患の発生率と電離放射線被曝との関係を調査し,「成人健康調査第8報原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1 998年)までに収集された成人健康調査集団の長期データを用いてがんを除く疾患の発生率と電離放射線被曝との関係を調査し,「成人健康調査第8報原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」(以下「AHS第8報」という。)としてまとめ,平成16年に発表した。(甲全1の2・文献31,92の2・文献12,乙D24)- 195 -AHS第8報は,甲状腺疾患における1シーベルト当たりの相対リスクは1.33(P値<0.0001,95%信頼区間1.19ないし1.49)であり,リスクは20歳未満で被爆した者で顕著に増大したと報告している。(甲全1の2・文献31,92の2・文献12,乙D24)(サ) 永山雄二ら「慢性甲状腺炎自然発症マウスNOD-H2h4において電離放射線は甲状腺炎を増悪させる」長崎大学大学院医歯薬学総合研究科附属原爆後障害医療研究施設の永山雄二らは,慢性甲状腺炎(橋本病)を自然発症するNOD-H2h4マウスを用いて低線量放射線の甲状腺自己免疫反応に及ぼす影響を検討し,「慢性甲状腺炎自然発症マウスNOD-H2h4において電離放射線は甲状腺炎を増悪させる」(以下「永山雄二ら報告」という。)としてまとめ,平成20年4月,発表した。(甲全93)永山雄二ら報告は,①自己免疫性甲状腺疾患は,バセドウ病と橋本病に分けられ,前者では刺激型抗TSH受容体抗体(よって液性免疫)により甲状腺機能亢進が誘導され,後者では細胞性免疫反応により甲状腺破壊と甲状腺機能低下を生じる,②我々は昨年,バセドウ病では低線量放射線の影響を受けないことを報告した,③ヨード負荷によって高頻度に甲状腺炎を発症するNOD-H2h4マウスを用いて低線量放射線と甲状腺自己免疫の関連を検討した,④種々の異なる条件で照射したところ,ヨード投与前の0 ないことを報告した,③ヨード負荷によって高頻度に甲状腺炎を発症するNOD-H2h4マウスを用いて低線量放射線と甲状腺自己免疫の関連を検討した,④種々の異なる条件で照射したところ,ヨード投与前の0.5グレイ単独放射線全身照射のみが甲状腺自己免疫(甲状腺炎と抗サイログロブリン抗体価)を有意に増悪させた,⑤他の照射法では無効であったことから,放射線量・照射のタイミング・照射範囲が重要な条件であることが示唆される,⑥照射量と照射範囲に関しては,動物での急性効果との比較は困難であるが,長崎の被爆者での自己免疫性甲状腺疾患の頻度のピークが0.7シーベルト外照射にみられたこととほぼ一致するとしている。(甲全93)(シ) 長瀧重信らの意見書長瀧重信らは,甲状腺機能低下症及び慢性甲状腺炎と放射線被曝との関連性について,低線量域も含めて,これを一般的に肯定する判断をした大阪地方裁判所平成- 196 -23年(行ウ)第29号,同第32号,同第33号,同第34号,同第83号,同第187号,同24年(行ウ)第175号同27年1月30日判決について,平成27年7月28日付けで意見書(以下「長瀧重信ら意見書」という。)を作成した。 (乙C27)長瀧重信ら意見書は,①井上修二ら報告及び長瀧重信ら第2報告は,世界で初めて原爆被爆者において自己免疫性甲状腺機能低下症の有病率が増加していることを示した研究であり,その点で大きな意義を有する,②もっとも,有病率は,特定の集団について,調査時という特定時点において疾病に罹患していた者の割合を示したものであるため,偶然その時点において当該疾病に罹患している場合やその時点で完治している場合があり得るのであって,コホート研究において,対象者を追跡調査し,疾病の発生率を調査する場合と比較して,交絡因子やバイアスが介 然その時点において当該疾病に罹患している場合やその時点で完治している場合があり得るのであって,コホート研究において,対象者を追跡調査し,疾病の発生率を調査する場合と比較して,交絡因子やバイアスが介在しやすいため,このような疫学的研究の結果を直ちに一般化することは困難である,③0ないし0.7シーベルトまでの被爆者群においては,被曝線量が増加するとともに自己免疫性甲状腺機能低下症に罹患している者が増加しており,約0.7シーベルト以上の被爆者群においては,被曝線量の増加とともに自己免疫性甲状腺疾患に罹患している者が減少していることが確認されたが,特定の要因と特定の疾病との間に因果関係がある場合,特定の要因が増加するに従って,特定の疾病の罹患率ないし有病率は増加するのが通常であるところ,上記研究における上に凸の傘型の線量反応関係は,特殊な関係であるといわざるを得ない,④上記研究結果のみでは,推論又は可能性としてはともかく,上記線量反応関係が,実際に放射線被曝と関係して発生したものであると断定することまではできず,そのような限界があるからこそ,長瀧重信ら第2報告においては,更に研究する必要があるとの結論が示されている,⑤今泉美彩ら報告は,長瀧重信ら第2報告を端緒として,放射線被曝と自己免疫性甲状腺機能低下症との関連性について,更なる精度をもって解明しようと試みた研究をまとめたものであるが,長瀧重信ら第2報告と異なり,甲状腺機能低下症と放射線被曝との間に関連性は得られなかった,⑥長瀧重信ら意見書の執筆者- 197 -としては,長瀧重信ら第2報告において示された線量関係及びその統計学的な結果自体は当然正しいと考えているが,それらは,飽くまで当時の研究結果の一つとして扱うべきであり,特に,共通のテーマを扱う点で一連の研究と考えられる井上修二ら報 て示された線量関係及びその統計学的な結果自体は当然正しいと考えているが,それらは,飽くまで当時の研究結果の一つとして扱うべきであり,特に,共通のテーマを扱う点で一連の研究と考えられる井上修二ら報告,長瀧重信ら第2報告,今泉美彩ら報告の一部のみを抽出して取り扱うことは不適切であるとしている。(乙C27)エ改定後の新審査の方針及び再改定後の新審査の方針改定後の新審査の方針は,積極認定対象疾病に,「放射線起因性が認められる甲状腺機能低下症」を挙げており,再改定後の新審査の方針は,甲状腺機能低下症について,①被爆地点が爆心地から約2km以内である者又は②原爆投下から翌日までに爆心地から約1km以内に入市した者のいずれかに該当する者から申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定するとしている。 オ検討(ア) 前記(1)及び(3)アないしエで認定した事実によれば,以下の諸点を指摘することができる。 a 前記アで認定したとおり,原告Z4は,原爆投下当日に長崎市の爆心地から1.5ないし2kmの地点まで入市した事実が認められ,その間における瓦礫等からの誘導放射線の影響を軽視することはできない上,周囲の粉塵等に接触することにより,相当量の誘導放射化物質や放射性降下物が,衣服,髪,皮膚等に付着し,又は呼吸を通じて体内に取り込まれるなどした可能性が高いというべきである。そして,原告Z4には,帰宅後,発熱の症状が発生しており,その後も倦怠感等の症状が現れていることは,原告Z4が健康被害をもたらす程度の相当量の放射線被曝をしたことを裏付けるものといえる。これらの事情に照らせば,原告Z4は,長崎原爆により,DS02を基にするなどして算出する新審査の方針における被曝線量評 が健康被害をもたらす程度の相当量の放射線被曝をしたことを裏付けるものといえる。これらの事情に照らせば,原告Z4は,長崎原爆により,DS02を基にするなどして算出する新審査の方針における被曝線量評価方法による推定値を超えて,健康に影響を及ぼすような相当程度の線量の放射線に外部被曝及び内部被曝をしたものと認めるのが相当である。 - 198 -b 前記ウで認定した事実によれば,①昭和59年10月から長崎のAHS集団を対象に行った調査により,被爆者群の甲状腺機能低下症の発生頻度は0ラド群と比して有意な増加が認められ,被曝線量別に見ると1ないし49ラド群についてのみ0ラド群に比して有意な発生頻度の増加が認められ,原因別には,慢性甲状腺炎(橋本病)によるものについて有意な発生頻度の増加が認められたなどとする井上修二ら報告,②甲状腺機能低下症は低線量被曝群に有意に多く,有病率と年齢,性別の関係をみると,10歳代ないし30歳代時に被曝した群に高く,特に女性に多かったとする長瀧重信ら第1報告,③昭和59年から昭和62年に長崎のAHS集団1978人を対象に行った甲状腺疾患の調査において,抗体陽性特発性甲状腺機能低下症(自己免疫性甲状腺機能低下症)の有病率が0.7±0.2シーベルトで最大レベルに達する,上に凸の線量反応を示したとする長瀧重信ら第2報告,④甲状腺疾患(非中毒性甲状腺腫結節,びまん性甲状腺腫,甲状腺中毒症,慢性リンパ球性甲状腺炎,甲状腺機能低下症のうち一つ以上が存在する疾患)と被曝線量との関係を解析すると有意な正の線量反応がみられ(1グレイ当たりの相対リスク1. 30,P値<0.0001,95%信頼区間1.16ないし1.47),特に若年で被爆した者でリスクの増加がみられるとするAHS第7報,⑤甲状腺疾患における1シーベルト当たりの相対リス の相対リスク1. 30,P値<0.0001,95%信頼区間1.16ないし1.47),特に若年で被爆した者でリスクの増加がみられるとするAHS第7報,⑤甲状腺疾患における1シーベルト当たりの相対リスクは1.33(P値<0.0001,95%信頼区間1.19ないし1.49)であり,リスクは20歳未満で被爆した者で顕著に増大したとするAHS第8報,⑥ヨード負荷によって高頻度に甲状腺炎を発症するNOD-H2h4マウスを用いて低線量放射線と甲状腺自己免疫の関連を検討したところ,0.5グレイ単独放射線全身照射により甲状腺自己免疫(甲状腺炎と抗サイログロブリン抗体価)が有意に増悪したとする永山雄二ら報告等の知見があることが認められる。このように,慢性甲状腺炎(橋本病)及び甲状腺機能低下症については,低線量域も含めて,放射線起因性を示唆する調査報告が相当数あり,統計的に有意な差が認められるとしたものも複数存在すること,改定後の新審査の方針は,積極認定対象疾病に,「放射線起因性が認められる甲状腺機能低下症」を挙げ- 199 -ており,再改定後の新審査の方針は,甲状腺機能低下症について,被爆地点が爆心地から約2km以内である者又は原爆投下から翌日までに爆心地から約1km以内に入市した者のいずれかに該当する者から申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定するとしていることも併せ考慮すると,一般的に甲状腺機能低下症及びその原因となる慢性甲状腺炎と放射線被曝との関連性が認められ,低線量域についてもその関連性を否定することはできないというべきである。 cAHS第7報及び同第8報が,甲状腺機能低下症について,若年時に被爆した者は相対リスクが増大するとしており,長瀧重信ら第1報告も同様の見解であ 連性を否定することはできないというべきである。 cAHS第7報及び同第8報が,甲状腺機能低下症について,若年時に被爆した者は相対リスクが増大するとしており,長瀧重信ら第1報告も同様の見解であることに照らせば,若年での被爆は,甲状腺機能低下症の原因となる慢性甲状腺炎のリスクを相当程度高めるものというべきである。そして,原告Z4は,被爆当時9歳であり,若年であったと認められる。 d 上記2で認定判断したとおり,長崎原爆が投下された当日である昭和20年8月9日午後に原告Z4と共に行動していた原告Z3は,短期間に複数のがんに罹患しており,申請疾病である右上葉肺がん及び左乳がんについて,放射線起因性が認められる。 以上を総合的に考慮すると,原告Z4の申請疾病である慢性甲状腺炎は原子爆弾の放射線に起因すると認めるのが相当である。 (イ) これに対し,被告は,①AHS第7報及びAHS第8報は,甲状腺疾患について,「非中毒性甲状腺腫結節,びまん性甲状腺腫,甲状腺中毒症,慢性リンパ球性甲状腺炎,甲状腺機能低下症の障害が一つ以上存在すること」と定義した上,上記甲状腺疾患の被爆者における相対リスクを解析して報告したものであり,上記甲状腺疾患に含まれる上記各疾病は,病態も機序も全く異なるものであり,放射線被曝がどのような甲状腺疾患のリスクを増加させたのか,どの疾患の発生率にどの程度影響したのかといった点は明らかでない,②井上修二ら報告及び長瀧重信ら第2報告(以下「長瀧重信ら第2報告等」という。)は,自己免疫性甲状腺炎(橋本病)- 200 -を調査の対象から除外しており,この点のみからみても,長瀧重信ら第2報告等をもって,慢性甲状腺炎と放射線被曝との関連性を認めることができないことは明らかである,③今泉美彩ら報告は,長瀧重信ら第2報告の後, の対象から除外しており,この点のみからみても,長瀧重信ら第2報告等をもって,慢性甲状腺炎と放射線被曝との関連性を認めることができないことは明らかである,③今泉美彩ら報告は,長瀧重信ら第2報告の後,同一のテーマについて,より精度を上げて調査・研究を行った結果,放射線被曝と自己免疫性甲状腺機能低下症との間に関連性が認められなかったとしている,④永山雄二ら報告に係る実験は,人間ではなくマウスを対象としたものであるところ,上記マウスは,ヨード負荷によって高頻度で甲状腺炎を発症する特殊なマウスを対象としたものであり,その結果も,0.5グレイ単独放射線全身照射という極めて限定的な場合にのみ甲状腺自己免疫の増悪が認められたというものにすぎないため, 放射線被曝と慢性甲状腺炎(橋本病)との関係を肯定することはできない旨主張するため,以下検討する。 a 上記①の点について確かに,AHS第7報及びAHS第8報は,「非中毒性甲状腺腫結節,びまん性甲状腺腫,甲状腺中毒症,慢性リンパ球性甲状腺炎,甲状腺機能低下症の障害が一つ以上存在すること」という定義による甲状腺疾患の線量反応関係を検討したものであるが,一般に,疾病と放射線被曝との関連性を論じるに当たり,細分化した小項目の疾患名では個々の事例数が過小となることによって,放射線被曝の影響を適正に検出することができなくなり,かえって,病態をより大きなカテゴリーにより統合的に理解した方が,放射線被曝の影響を適正に検出することができる可能性があることに加え,これらの報告は,少なくとも放射線被曝が甲状腺に対して一定の傷害作用を有することを示唆するものということができることを考慮すると,甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性を検討する上で意味を持つものというべきである。 b 上記②の点について前記イ(ア 害作用を有することを示唆するものということができることを考慮すると,甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性を検討する上で意味を持つものというべきである。 b 上記②の点について前記イ(ア)及び(ウ)で認定したとおり,慢性甲状腺炎(橋本病と同義)は,甲状腺における慢性の炎症性疾患で,遺伝的素因や環境要因などの影響で甲状腺に対する免疫異常が生じ,甲状腺の細胞成分に対する抗体(甲状腺自己抗体)によって,甲- 201 -状腺が徐々に破壊されて起こる自己免疫疾患と考えられており,これによって,甲状腺機能が低下していくと,最終的には,自己免疫性甲状腺機能低下症に至るとされている。そして,井上修二ら報告は,甲状腺機能低下症について,原因別にみた場合には,橋本病によるもののみが有意の発生頻度の増加を認めたとしている。また,長瀧重信ら第2報告は,甲状腺線量と続発性甲状腺機能低下症又は抗体陰性特発性甲状腺機能低下症の有病率との間には関連が認められなかったので,抗体陽性特発性甲状腺機能低下症に認められた関係は,恐らく慢性甲状腺炎等の潜在的な自己免疫性甲状腺障害に起因すると考えられるところ,この裏付けとして,Z57及びZ58による,頭頸部に放射線治療を受けた者において,慢性甲状腺炎の有病率が有意に高い旨の報告があるとしている。以上のような慢性甲状腺炎と自己免疫性甲状腺機能低下症の関係や長瀧重信ら第2報告等における指摘に照らせば,長瀧重信ら第2報告等は,慢性甲状腺炎の発症と放射線被曝との関連性を裏付けるものということができる。 c 上記③の点について確かに,長瀧重信ら意見書においては,長瀧重信ら第2報告の限界が指摘され,共通のテーマを扱う点で一連の研究と考えられる井上修二ら報告,長瀧重信ら第2報告,今泉美彩ら報告の一部のみを抽出して取り扱 確かに,長瀧重信ら意見書においては,長瀧重信ら第2報告の限界が指摘され,共通のテーマを扱う点で一連の研究と考えられる井上修二ら報告,長瀧重信ら第2報告,今泉美彩ら報告の一部のみを抽出して取り扱うことは不適切であるとされている。しかしながら,今泉美彩ら報告についても,同報告自体において,①以前に結節性甲状腺疾患の診断を受けた人は,それにより調査に参加する意向を持ったかもしれず,調査における特定の偏りが生じた可能性がある,②寿命の中央値は放射線量に従い1グレイ当たり約1.3年の割合で減少するので,昭和33年(1958年)当初の集団に比べて今泉美彩ら報告では高線量に被曝した原爆被爆者の割合が減少している点や死亡リスクだけでなくがんリスクも放射線量に依存するため,重度の甲状腺がん患者は,早期死亡により本調査から除外された可能性があり,本調査集団,特に高線量に被曝した原爆被爆者には,生存による偏りがあると考えられる,③今泉美彩ら報告における調査は原爆被爆後55年ないし58年経過した後- 202 -に実施した横断調査であるため,甲状腺結節形成への放射線の早期の影響や,被爆後どのくらいの期間影響が持続したのかを明らかにすることができなかった等の調査及び分析における限界について言及されており,同報告による調査結果が,長瀧重信ら第2報告等の結果を覆すものであると位置付けられているわけではない上,長瀧重信ら意見書には,同意見書の執筆者としては,長瀧重信ら第2報告において示した現象及びその統計学的な結果自体は正しいと考えているとの記載もある。これらの事情を勘案すると,今泉美彩ら報告の調査結果が慢性甲状腺炎及び甲状腺機能低下症の原爆放射線起因性につき積極的な他の調査結果の全てを覆すものとまでは認められない。 d 上記④の点について確かに,永 勘案すると,今泉美彩ら報告の調査結果が慢性甲状腺炎及び甲状腺機能低下症の原爆放射線起因性につき積極的な他の調査結果の全てを覆すものとまでは認められない。 d 上記④の点について確かに,永山雄二ら報告におけるマウスの慢性甲状腺炎の増悪についての調査結果が,ヒトの慢性甲状腺炎の発症について直ちに適用できるものでないが,同報告が,低線量の放射線被曝が甲状腺に対して一定の傷害作用を有することを示唆するものということができ,その限りにおいては,慢性甲状腺炎及び甲状腺機能低下症と低線量の放射線被曝との関連を検討する上でも意味を持つというべきである。 以上によれば,被告の指摘する事情によって,上記(ア)の認定を覆すには足りず,他にこれを覆すに足りる的確な証拠はない。 (4) 申請疾病(慢性甲状腺炎)の要医療性についてア前記第2で説示したとおり,被爆者が積極的な治療行為を伴わない定期検査等の経過観察が必要な状態にあるような場合,被爆者援護法上,原則として健康管理としての検査等により対応すべきであって,当該疾病につき再発や悪化の可能性が高い等の特段の事情がない限り,上記定期検査等は同法9条1項所定の「医療」には当たらないと解するのが相当である。 イ前記(1)ウで認定したとおり,原告Z4は,平成6年1月19日,Z10病院の内科を受診し,橋本病と診断されたが,現在に至るまで投薬等の治療を受けておらず,経過観察を受けているにとどまること,平成15年11月19日にZ10病- 203 -院の内科を受診した際,当時の主治医は,カルテに同年6月19日のサイロイドテストが陰性であることや,同年10月30日に受けた甲状腺エコー検査の結果を挙げ,「TGHA低下してきておりエコー上所見なくフォロー解除してもよさそう。」,「被爆ある為甲状腺は被爆 9日のサイロイドテストが陰性であることや,同年10月30日に受けた甲状腺エコー検査の結果を挙げ,「TGHA低下してきておりエコー上所見なくフォロー解除してもよさそう。」,「被爆ある為甲状腺は被爆者健診でチェックのみとする。」と記載しており,原告Z4の慢性甲状腺炎については,被爆者健康診断を受ければ足りると判断していること,甲状腺機能低下症の検査所見であるTSH,FT4の検査がされているが,いずれも異常値は示しておらず,抗TPO抗体は20前後のまま著変なく推移しており,その後,抗甲状腺抗体検査はされていないこと,原告Z4は,平成21年7月24日以降,Z55クリニックも受診するようになり,平成23年1月8日以降は,同クリニックにおいて,TSH,FT4の検査を受けているが,平成25年8月5日に,TSHが僅かに基準値を超えた(基準値0.3ないし3.8のところ,3.9)ほかは,その後行われた同年11月7日の検査結果も含め,いずれも正常値を示していることが認められる。これらの事情に照らすと,原告Z4の慢性甲状腺炎については,原爆症認定の申請をした平成22年3月23日の時点において,積極的な治療行為を伴わない経過観察がされていたにとどまり,当該疾病につき悪化の可能性が高い等の特段の事情があったとは認められない(なお,前記(3)イ(エ)で認定したとおり,慢性甲状腺炎については,1年に1回程度の定期検査により経過観察を行うことで足りるため,被爆者援護法上の健康管理としての検査等によって原告Z4の病状に対応することができないとみるべき事情は存在しない。)。したがって,原告Z4の申請疾病である慢性甲状腺炎について,要医療性は認められない。 ウこれに対し,原告Z4は,慢性甲状腺炎(橋本病)が,基本的に自然治癒することのない疾病であり,一時的に安定して がって,原告Z4の申請疾病である慢性甲状腺炎について,要医療性は認められない。 ウこれに対し,原告Z4は,慢性甲状腺炎(橋本病)が,基本的に自然治癒することのない疾病であり,一時的に安定していて投薬の必要性がない状態であっても,合併症・続発症として,甲状腺機能低下症,甲状腺中毒症・無痛性甲状腺炎,高齢者については甲状腺リンパ腫を発症するおそれがあるほか,他の自己免疫疾患に随伴することが多いとされるなど,いずれ悪化し,投薬を含む治療が必要になる- 204 -ことが頻繁に想定される疾病であるため,起こり得る症状の変化を観察する必要性が高い旨主張する。そして,慢性甲状腺炎について合併症・続発症があることを示す報告がされているのは,前記イ(ウ)bのとおりである。 しかしながら,池本久美子報告は,橋本病の患者に関する10年間にわたる経過観察の結果として,甲状腺機能が正常から永続性機能低下に進行した者は対象全体の6%にとどまったとしていること等に照らすと,慢性甲状腺炎の患者が直ちに合併症,続発症を発症するとまでは認められない。そして,前記認定の原告Z4の診療経過によれば,原告Z4は,平成6年1月19日にZ10病院の内科を受診し,橋本病と診断を受けた後,その約16年後である平成22年3月23日の原爆症認定申請時まで,甲状腺機能低下症の検査所見であるTSH及びFT4の検査で異常値を示すことはなく,その間,投薬は行われておらず,主治医も平成15年11月19日にはフォローを解除してよいと判断するなど,長期間にわたって安定して投薬の必要がない状態が継続していたことが認められる。以上の事情に照らすと,原告Z4の慢性甲状腺炎(橋本病)について,続発症として甲状腺機能低下症等を発症する一般的な可能性は否定できないものの,悪化の可能性が高い等の特段の事 していたことが認められる。以上の事情に照らすと,原告Z4の慢性甲状腺炎(橋本病)について,続発症として甲状腺機能低下症等を発症する一般的な可能性は否定できないものの,悪化の可能性が高い等の特段の事情があるとまで認めることはできない。 したがって,上記イの認定は左右されるものではない。 (5) 小括以上によれば,原告Z4の慢性甲状腺炎について,放射線起因性は認めることができるものの,要医療性があるとは認められないから,本件Z4却下処分は適法というべきである。 4 原告Z2について(1) 認定事実証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 ア被爆時の状況(ア) 原告Z2は,昭和7年●月●日生まれの男性であり,広島で被爆した昭和2- 205 -0年8月6日当時13歳で,それまで格別の病歴もなく,健康であった。(甲D10,原告Z2本人)(イ) 原告Z2は,当時,学徒動員により,国鉄の用品庫に勤務していたほか,休日は,Z13国民学校の警備の手伝いをしており,空襲警報が発令された場合には,Z13国民学校に行くこととなっていた。原告Z2は,昭和20年8月6日早朝に空襲警報が発令されたため,Z13国民学校に行ったが,その後,空襲警報が解除されたため,自宅に戻った。原告Z2は,その後,近所の友人3名と自宅近くの猿猴川に行き,同日午前8時頃,宇品線鉄橋付近に停泊していた船上(爆心地の東約2.6km)で鬼ごっこをしていた。原告Z2が鬼役の友人から逃げるため,上半身裸の状態で頭から川に飛び込んだ瞬間,原爆が爆発した。原告Z2は,その際,水面が光り,後頭部及び背中を押されたような感覚を感じ,川の中で意識がもうろうとした状態となった。原告Z2は,一緒に遊んでいた友人に手を引かれ,船につかまることができ 爆発した。原告Z2は,その際,水面が光り,後頭部及び背中を押されたような感覚を感じ,川の中で意識がもうろうとした状態となった。原告Z2は,一緒に遊んでいた友人に手を引かれ,船につかまることができたが,背中一面に火傷を負った。(甲D1,10,乙D1の1,2,原告Z2本人)(ウ) 原告Z2は,Z13国民学校(爆心地の東約2.3km)に避難し,母Z12及び弟らと合流したが,火災による黒煙及び熱風がひどくなってきたため,Z13国民学校からZ14国民学校(爆心地の東北東約3.7km)に避難した。(甲D10,乙D2ないし4)(エ) 父Z11は,爆心地から約500mの距離で被爆し,瀕死の状態であったところを母Z12及び弟らが発見し,Z14国民学校で原告Z2と合流することができた。Z14国民学校においては,けがの治療ができる状態ではなかったため,原告Z2及びその家族は,昭和20年8月7日夕方頃,けがの治療ができる場所を求めて,Z14国民学校からZ15国民学校へ避難した。しかし,父Z11は,同月19日,死亡した。(甲D10,原告Z2本人)イ被爆直後の状況(ア) 原告Z2は,Z15国民学校に避難するまでは,背中の火傷の治療を受ける- 206 -ことができず,大きな水ぶくれができていたが,ピンで水を抜くなどした上でうつ伏せで寝ていた。原告Z2は,Z15国民学校において,背中の火傷に薬を塗るなどの治療を受けた。原告Z2は,被爆後,鼻血が出て,約10日間寝たきりの状態となり,その後も体調が悪い状態が続いた。(甲D10,乙D1の1,原告Z2本人)(イ) 原告Z2は,昭和20年8月21日,家族と共にZ15国民学校から自宅に戻ろうとしたが,自宅は倒壊していて住むことができず,Z13国民学校付近にある父Z11が勤務していた会社の社宅に 人)(イ) 原告Z2は,昭和20年8月21日,家族と共にZ15国民学校から自宅に戻ろうとしたが,自宅は倒壊していて住むことができず,Z13国民学校付近にある父Z11が勤務していた会社の社宅に居住することとなり,同年12月まで,同所で生活した。(甲D10,原告Z2本人)ウ被爆後の生活状況・病歴等について(ア) 原告Z2は,その後,家族と共に母Z12の故郷である長野県に転居した。 原告Z2の家族は,父Z11が原爆により死亡したほか,母Z12も被爆時の負傷が原因で働くことができなくなり,弟らも幼かったため,原告Z2しか働き手がいなかった。そこで,原告Z2は,長野県内の長田製糸所に就職したが,被爆者に対する偏見等により職場にいづらくなったために1年ほどで退職し,長野県内の別の会社に就職したが,同様に間もなく退職し,昭和24年頃には,家族の下を離れて,名古屋市に転居した。(甲D10,原告Z2本人)(イ) 原告Z2は,名古屋市に転居後の昭和26年頃,くず鉄商を営む加藤商店に就職し,昭和34年頃,建設業を営む株式会社岡静組(以下「岡静組」という。)に就職した。原告Z2は,岡静組においては,職業安定所で作業員を集めて,会社や現場に連れて行き,現場での仕事を指示する連絡員という業務や,現場監督の助手として,工事図面から段取りを決め,作業員に対して指示を出すほか,自らも作業を行う世話役という業務を平成12年まで続けた。(甲D10,原告Z2本人)(ウ) 原告Z2は,加藤商店及び岡静組で働いていた当時,1か月に1回程度,強い倦怠感のために起き上がることができず,二,三日休まなければ回復しないことがあった。(甲D10,原告Z2本人)- 207 -(エ) 原告Z2は,若い頃から1日にたばこ20本程度を吸っていたが,平成元年頃,孫 上がることができず,二,三日休まなければ回復しないことがあった。(甲D10,原告Z2本人)- 207 -(エ) 原告Z2は,若い頃から1日にたばこ20本程度を吸っていたが,平成元年頃,孫が誕生したのを契機として,喫煙をやめた。(原告Z2本人)(オ) 原告Z2は,平成4年12月9日付けで原告Z2被爆者健康手帳交付申請書を提出した。原告Z2被爆者健康手帳交付申請書の「やけど,けが,急性症状などの状況」欄には「背中一面火傷」との記載があるのみで,その他の身体症状については一切記載されていなかった。(乙D1の1)(カ) 原告Z2は,平成7年頃,Z16診療所において,高血圧症の治療を受けていた。(乙D46・35頁)(キ) 原告Z2は,少なくとも,平成7年から平成10年まで,毎年健康診断を受けているところ,その結果として,毎年「太りすぎに注意して体重制限してください。」と指摘されており,また,平成7年から平成9年までは,毎年,高脂血症が指摘されていた。(甲D9の1ないし4)(ク) 原告Z2は,平成9年頃(当時65歳),糖尿病に罹患し,その後,少なくとも平成14年5月にZ17病院に入院するまでの間,糖尿病について投薬治療を受けていた。(乙D43,44)(ケ) 原告Z2は,平成11年頃(当時67歳)から,仕事中に胸痛を感じるようになった。(乙D41,42)(コ) 原告Z2は,平成14年1月,胸痛発作の精査目的でZ17病院を受診した。 原告Z2は,その際,陳旧性下壁梗塞を指摘され,同年4月17日,同病院に入院し,同月18日,冠動脈造影(CAG)検査を受けたところ,右冠動脈(RCA)に狭窄が認められたことから,カテーテルを用いた経皮的冠動脈形成術(PTCA)を行うこととなり,同月22日,一度退院した。なお,原告Z2は, 冠動脈造影(CAG)検査を受けたところ,右冠動脈(RCA)に狭窄が認められたことから,カテーテルを用いた経皮的冠動脈形成術(PTCA)を行うこととなり,同月22日,一度退院した。なお,原告Z2は,上記入院時に,狭心症,陳旧性心筋梗塞,糖尿病と診断され,上記退院に際して,糖尿病の治療薬である○並びに高血圧症及び狭心症の治療薬である○等が処方された。(乙D7,42,44,45)(サ) 原告Z2は,平成14年5月22日,再びZ17病院に入院し,同月23日,- 208 -同病院においてPTCAを受け,同月24日退院した。(乙D43)(シ) 平成6年以降に原告Z2が検査を受けた際のTCH,TG(中性脂肪と同じ。),HDL,血圧,血糖,BMIの値は別紙「原告Z2検査結果一覧」のとおりである。(甲D8,9,乙D43,47ないし49,弁論の全趣旨)(ス) 原告Z2は,平成20年8月11日,Z19病院において,冠状動脈バイパス術を受けた。(乙D1の1・416頁)(セ) 原告Z2は,現在に至るまで,申請疾病について定期的に通院し投薬治療を受けている。(原告Z2,弁論の全趣旨)(ソ) 原告Z2は,平成22年4月21日,申請疾病名を「心筋梗塞・狭心症」とする原爆症認定申請をした。原告Z2は,原告Z2認定申請書別紙においては,被爆時の状況について,背中の火傷に加え,被爆当日の「夜中に鼻血が出て」と記載するにとどまり,下痢については記載していなかったが,平成23年7月29日付け異議申立書において,鼻血が出たほかに下痢の症状があった旨記載した。(乙D1の1及び7)(2) 事実認定の補足説明ア原告Z2は,広島に原爆が投下された際,猿猴川の宇品線鉄橋と大正橋の中間くらいの地点に停泊中の船の付近で被爆しているため,原告Z2の被爆地 乙D1の1及び7)(2) 事実認定の補足説明ア原告Z2は,広島に原爆が投下された際,猿猴川の宇品線鉄橋と大正橋の中間くらいの地点に停泊中の船の付近で被爆しているため,原告Z2の被爆地点は,爆心地からは約2.3kmの地点である旨主張し,原告Z2作成の陳述書(甲10)及び原告本人尋問の結果中(原告Z2本人調書3頁)には,これに沿う部分が存在する。しかしながら,平成4年12月9日付けの原告Z2被爆者健康手帳交付申請書に,「原爆が投下されたとき(原爆が爆発した瞬間)にいた場所(地点)」欄に「猿猴川鉄橋の下の川の中」と記載していたこと(乙D1の1・432頁),原告Z2の平成22年4月21日付け原爆症認定申請書(原告Z2認定申請書)添付の図面上においても,被爆地点として,宇品線鉄橋付近にピンク色の点が付されており(乙D1の1・411頁),原告Z2は,これについて,本人尋問において,自らの記憶に従って被爆地点を記載したものであり,その近くに付した黒色の点が- 209 -停泊中の船を示すものである旨供述していること(原告Z2本人調書17頁参照)に照らすと,原告Z2が猿猴川の宇品線鉄橋と大正橋の中間地点で被爆したと認めることはできず,むしろ,宇品線鉄橋付近に停泊中の船から川に飛び込んだ瞬間に被爆したものであり,その被爆距離は,約2.6kmであると認めるのが相当である。 イ原告Z2は,被爆後,下痢の症状があった旨主張し,原告Z2の陳述書及び本人尋問の結果中には,これに沿う部分が存在する。しかしながら,原告Z2は,下痢の症状の詳細について覚えていないとも主張していること,原告Z2認定申請書の別紙においては,背中の火傷や鼻血が出たことのみを記載し,下痢について何ら記載しておらず(甲D1,乙D1の1),異議申立書において,初めて下痢の 覚えていないとも主張していること,原告Z2認定申請書の別紙においては,背中の火傷や鼻血が出たことのみを記載し,下痢について何ら記載しておらず(甲D1,乙D1の1),異議申立書において,初めて下痢の症状があった旨記載していることに照らすと(甲D3,乙D1の1),上記陳述書の記載及び本人尋問の結果はにわかに採用することができず,他に原告Z2について,被爆後に下痢の症状があったと認めるに足りる的確な証拠はない。 ウ被告は,原告Z2が,原告Z2被爆者健康手帳交付申請書の「やけど,けが,急性症状などの状況」欄に「背中一面火傷」と記載するのみで,その他の身体症状については一切記載しておらず,原告Z2認定申請書においては,被爆時の状況について,別紙に,背中の火傷に加えて被爆当日の「夜中に鼻血が出て」と記載するにとどまり,平成23年7月29日付け異議申立書において,被爆当日の「夜中に鼻血が出て頭がぐらぐらし,少しの間座っていた。鼻血や下痢はその後も続いた。」と記載するに至ったが,このような主張内容の変遷の理由について,何ら合理的な説明をしていないから,背中の火傷を負ったという主張について,合理的な疑いが残るというべきであるし,ましてや背中の火傷以外の身体症状については,実際に生じたものとは認められない旨主張し,原告Z2被爆者健康手帳交付申請書,原告Z2認定申請書及び異議申立書の記載については,被告の指摘するとおりである。 しかしながら,原告Z2は,原告Z2被爆者健康手帳交付申請書,原告Z2原爆症認定申請書及び異議申立書において,一貫して背中の火傷について記載しており,- 210 -他の症状の記載がなかったからといって,直ちに背中の火傷についての記載の信用性が失われるとはいえない上,昭和20年8月8日にZ15国民学校において背中一面に火傷を て記載しており,- 210 -他の症状の記載がなかったからといって,直ちに背中の火傷についての記載の信用性が失われるとはいえない上,昭和20年8月8日にZ15国民学校において背中一面に火傷を負った状態の原告Z2に会ったことを証明する旨のZ61作成の証明書(甲D1,乙D1の1・409頁)が提出されていることも考慮すると,被告の指摘する点をもって,原告Z2が広島原爆により背中一面に火傷を負ったとする前記認定が左右されるものではない。 また,被爆後の症状の有無や程度は,被爆者健康手帳の交付を受けるための要件とはなっていないことや,被爆者健康手帳交付申請書の「やけど,けが,急性症状などの状況」欄の大きさ等を考慮すると,原告Z2が,同欄に全ての症状を詳細に記載することなく,最も重い症状であった背中一面の火傷のみを記載したとしても不自然とまでいえないのに対し,原告Z2認定申請書,異議申立書のほか,本件で提出された陳述書(甲D10)には,一貫して,被爆後に鼻血が出た旨の記載があり,原告Z2の本人尋問の結果中にも同様の部分があることに照らせば,被告の指摘する点をもって,原告Z2に鼻血の症状があったとの認定が左右されるものではない。 (3) 申請疾病(心筋梗塞及び狭心症)の放射線起因性についてア放射線被曝の程度について原告Z2は,広島原爆の爆心地から約2.6kmの地点で被爆しており,DS02によって推計される初期放射線による被曝線量は,0.009グレイと認められる(乙D3)。しかしながら,原告Z2は,広島原爆の爆発直後に,爆心地から約2.3kmの地点にあるZ13国民学校に行っていること,その後,Z13国民学校からZ14国民学校(爆心地の東北東約3.7km)に避難したが,爆心地から約500mの距離で被爆して瀕死の状態であった父Z1 .3kmの地点にあるZ13国民学校に行っていること,その後,Z13国民学校からZ14国民学校(爆心地の東北東約3.7km)に避難したが,爆心地から約500mの距離で被爆して瀕死の状態であった父Z11と接触し,同人が死亡する昭和20年8月19日まで共に避難所で生活していること,同月21日から同年12月まで,Z13国民学校付近に居住していることが認められ,その間,瓦礫や近距離で被爆した父Z11の身体からの誘導放射線の影響のほか,周囲の粉塵等に- 211 -接触することにより,相当量の誘導放射化物質や放射性降下物が,衣服,髪,皮膚等に付着し,又は飲食,呼吸を通じて体内に取り込まれるなどした可能性が高いというべきである。また,前記第1の3(5)ウ(カ)で説示したとおり,放射線傷害に関与する医療従事者に向けられたIAEAのレポートに,「放射性核種は,洗浄,溶解あるいは,剥離物質の皮膚への塗布により,除去されるべきである。全身への汚染の拡大は,是非とも防がなければならない。ルールは,表皮剥離を避けるというものである。皮膚を通しての物質の通過を促進する物質を使ってはならず,主要な皮膚の汚染除去は,その部分だけで行われるべきである。」との記載があることに照らせば,被爆者が外傷を負っているか否かについても,内部被曝においては考慮すべき重要な事情であるというべきであるところ,原告Z2は,原爆の熱線により背中一面に火傷を負っており,約1日半の間は治療を受けることもできず,ピンで水を抜くなどの処置をしながら,うつ伏せで寝ていたというのであるから,火傷の部位に放射性物質が付着し又はこれが取り込まれることによって,深刻な外部被曝及び内部被曝が生じた可能性も高いというべきである。 そして,原告Z2は,被爆直後から鼻血が出るようになったほか,その後の生活の中 性物質が付着し又はこれが取り込まれることによって,深刻な外部被曝及び内部被曝が生じた可能性も高いというべきである。 そして,原告Z2は,被爆直後から鼻血が出るようになったほか,その後の生活の中でも倦怠感等により,仕事を休むことがあったことが認められるところ,これらの事情は,原告Z2が健康被害をもたらす程度の相当量の放射線被曝をしたことを裏付けているものといえる。 これらの事情に照らせば,原告Z2は,広島原爆により,DS02を基にするなどして算出する新審査の方針における被曝線量評価方法による推定値を超えて,健康に影響を及ぼすような相当程度の線量の放射線に外部被曝及び内部被曝をしたものと認めるのが相当である。 イ心筋梗塞及び狭心症に関する医学的知見について(ア) 疾病の内容a 心筋梗塞は,冠動脈が何らかの原因で閉塞して心筋への血液供給が阻害されて心筋細胞が酸素不足(虚血)に陥る虚血性心疾患であって心筋壊死を伴うもので- 212 -あり,その主因は,冠動脈硬化症(冠動脈に生ずる粥状動脈硬化)である。そして,粥状動脈硬化症(アテローム性動脈硬化症)とは,動脈の内側に粥腫が沈着してプラーク(動脈硬化巣)を形成する疾患であり,形成されたプラークにより血管の内腔が閉塞して血液が流れにくくなったり,プラークが破れて血液中に形成された血栓が重要臓器の血管を詰まらせたりすることによって,心筋梗塞や脳梗塞を引き起こすものである。そして,急性心筋梗塞の発生機序の中では,プラークの破綻が最も多い原因であるとされる。(乙D6ないし9,弁論の全趣旨)b 狭心症は,一過性の心筋虚血を原因とし,胸部又はその周辺の不快感を主症状とする臨床症候群であり,心筋梗塞と同じ虚血性心疾患の一つであるが,疾病経過としては可逆的である点が心筋梗塞と異な 旨)b 狭心症は,一過性の心筋虚血を原因とし,胸部又はその周辺の不快感を主症状とする臨床症候群であり,心筋梗塞と同じ虚血性心疾患の一つであるが,疾病経過としては可逆的である点が心筋梗塞と異なる。狭心症は,発生機序,誘因及び経過の観点からそれぞれ分類があるが,大まかには,主に動脈硬化が原因となり器質的に(物理的に)冠動脈が狭窄することによって起こるもの(器質性狭心症)と,必ずしも器質的な病変を伴わないが冠動脈平滑筋が攣縮することによって起こるもの(冠攣縮性狭心症)とに分けることができる。(乙D6,10, 弁論の全趣旨)(イ) 心筋梗塞及び狭心症についての危険因子について虚血性心疾患(急性心筋梗塞と狭心症を含めた心筋の虚血が病態にある疾患の総称)の危険因子としては,脂質異常症,高血圧,喫煙のいわゆる3大危険因子のほか,年齢,糖尿病,肥満等が挙げられる。(乙D67の1・1,3,28,29頁)a 脂質異常症脂質異常症とは,高LDLコレステロール血症(140mg/dL以上),高トリグリセライド血症(150mg/dL以上)又は低HDLコレステロール血症(40mg/dL未満)をいい,いずれも虚血性心疾患の危険因子である。なお,LDLコレステロール値は,一般に,総コレステロール(Totalcholesterol(TC又はTCH))値-HDLコレステロール値-トリグリセライド(TG)値/5で算出される。TC値220mg/dLがLDLコレステロール値140mg/dLに相当するとされている。ただし,TG値が400mg/dL以上の場合,直接測定法- 213 -により測定される。(乙D15・6頁,67・28頁,弁論の全趣旨)日本人における総コレステロール値と虚血性心疾患の関連性を検討すると,男女ともに虚血性心疾患の相対危険度 測定法- 213 -により測定される。(乙D15・6頁,67・28頁,弁論の全趣旨)日本人における総コレステロール値と虚血性心疾患の関連性を検討すると,男女ともに虚血性心疾患の相対危険度は総コレステロール値の増加とともに上昇し,総コレステロール値160ないし170mg/dL以下に比べ,男性では200mg/dLで1.7倍から2倍に,220mg/dL以上で2倍から5倍に上昇するとされている。(乙D67の1・12頁)また,LDLコレステロール値が上昇するとともに虚血性心疾患の相対リスクが連続的に上昇することが確かめられており,特に,男性では,LDLコレステロール値の上昇に伴い,冠動脈疾患発症率,死亡率は連続的に上昇し,明確なしきい値は認められていない。さらに,日本人を対象にした疫学研究では,LDLコレステロール値80mg/dL未満の群に対し,140mg/dL以上の群では2.8倍と冠動脈疾患の発症が増加することが示されたとされている。(乙D67の1・12頁)さらに,トリグリセライド値の独立した危険因子としての意味は明確であるとされており,心筋梗塞と狭心症をエンドポイントとした前向き調査では,150mg/dL以上で3.7倍の冠動脈疾患が発症し,とりわけ150mg/dLを境に発症率の急激な増加が見られるとされている。(乙D67の1・13,14頁)そして,HDLコレステロール値が低いほど,冠動脈疾患の発症率が高く,男性でHDLコレステロール値が35mg/dL以下の群では,54mg/dL以下の群と比較し,虚血性心疾患死が4.1倍高いとされている。HDLコレステロール値が56.1ないし63.8mg/dLの群,48.0ないし55.7mg/dLの群,48mg/dL未満の群では,64.2mg/dL以上の群と比べて,冠動脈疾患の相対危 されている。HDLコレステロール値が56.1ないし63.8mg/dLの群,48.0ないし55.7mg/dLの群,48mg/dL未満の群では,64.2mg/dL以上の群と比べて,冠動脈疾患の相対危険度は,各々1.8倍,1.61倍,4.17倍高値となっているとされている。(乙D67の1・14頁)b 高血圧高血圧(収縮期血圧140mmHgあるいは拡張期血圧90mmHg以上)は,- 214 -虚血性心疾患の3大危険因子の一つとして挙げられている。(乙D67の1・3,28頁)そして,高血圧は,他の交絡因子と独立した虚血性心疾患の危険因子であり,血圧値の上昇に従い,虚血性心疾患の発症リスクが高まるという量依存関係が存在し,収縮期血圧10mmHgの上昇で虚血性心疾患の発症リスクが1.16ないし1. 40倍上昇するとされている。(乙D67の1・17,18頁)c 喫煙(a) 喫煙のリスク喫煙は,虚血性心疾患の3大危険因子の一つとされている。(乙D67の1・3頁)喫煙と虚血性心疾患との関連については,多くの調査が行われ,喫煙が虚血性心疾患の発症率及び死亡率を高めていることが証明されている。例えば,1日の喫煙本数に応じて冠動脈疾患の危険度が高まることが示されており,MRFIT試験(多危険因子介入試験)では1日1ないし25本喫煙した場合の相対危険率は2.1であり,25本以上では2.9と高くなっているとされている。(乙D67の1・27頁,弁論の全趣旨)また,日本人の場合,喫煙者の虚血性心疾患の相対危険率は非喫煙者に対し,男性1.73,女性1.90と高くなっているとされている。(乙D67の1・27頁)(b) 禁煙によるリスクの軽減禁煙をした場合,心血管疾患発症や死亡のリスクは,喫煙を続けた者と比較して低下 性1.73,女性1.90と高くなっているとされている。(乙D67の1・27頁)(b) 禁煙によるリスクの軽減禁煙をした場合,心血管疾患発症や死亡のリスクは,喫煙を続けた者と比較して低下する。禁煙により虚血性心疾患の発生率及び死亡率が低下するのは,不安定な粥腫が安定化して破綻しにくくなるためである。喫煙していた者が禁煙しても,冠動脈疾患で死亡する危険性は非喫煙者群との比較においては依然として3割ないし7割以上も高く,5年以上禁煙している者についても非喫煙者と同等にはならないとの指摘がある反面,日本循環器学会等の合同研究班が発表した「心筋梗塞二次予- 215 -防に関するガイドライン(2011年改訂版)」においては,冠動脈疾患の発症リスクは,禁煙から2年未満で低下し,それ以降非喫煙者と同じレベルになり,冠動脈疾患の死亡リスクは,禁煙期間が15年以上になれば,非喫煙者と同じレベルになるとされている。(甲D13,乙D57・2ないし4頁,67の2)d 年齢(加齢)冠動脈疾患において,血管に血流による圧力が継続的に加えられること自体がリスクとなるため,加齢そのものが独立した危険因子となる。急性心筋梗塞の発症は50歳代より増加がみられ,虚血性心疾患は高齢者で圧倒的に多く,70歳以降でピークとなる。(乙D67の1・6頁)また,日本人における虚血性心疾患の危険因子として,「年齢要因は,男性は45歳以上とし,女性は55歳以上とする。」とされている。(乙D67の1・28頁)e 糖尿病糖尿病患者では,非糖尿病患者に比較して虚血性心疾患の頻度が2ないし4倍に増加するとされている。(乙D67の1・21頁)また,①早朝空腹時血糖値126mg/dL以上,②75g糖負荷試験(OGTT)2時間値200mg/dL以上,③随時血 性心疾患の頻度が2ないし4倍に増加するとされている。(乙D67の1・21頁)また,①早朝空腹時血糖値126mg/dL以上,②75g糖負荷試験(OGTT)2時間値200mg/dL以上,③随時血糖値200mg/dL以上,④HbA1c値がJDS値6.1%以上(NGSP値6.6%以上)のいずれかが認められた糖尿病型は,日本人における虚血性心疾患の危険因子とされている。(乙D67の1・29頁)f 肥満体重は身体の栄養状態を表す重要な指標であり,体重をコントロールする場合の指標としては,BMI(bodymassindex の略。体重(kg)/(身長(m)×身長(m))で算出される。)が広く用いられている。(乙D67の1・23頁,弁論の全趣旨)BMIが25以上で虚血性心疾患の危険因子となるとされている。また,BMI- 216 -が大きいほど心血管疾患による死亡率が増加していることが報告されており,体重が1kg増加すると,虚血性心疾患死亡の危険性が1ないし1.5%増加するとされている。(乙D67の1・23,24,29頁)g リスクの重積(重畳)循環器の危険因子が重積すると心筋梗塞等の死亡危険度が高くなるとされており,肥満,高血糖,高コレステロール,高血圧などのリスクが三,四個重積すると,心筋梗塞はリスクのない者に比して8倍高くなったとされている。(乙D17・25頁)また,喫煙と合併する主要危険因子(高血圧,脂質異常症,糖尿病)が重なると死亡,心筋梗塞のリスクを20倍高くするともされている。(乙D67の2・18頁)さらに,「BMIが25以上」,「高脂血症」,「高血糖」,「高血圧」については,これらの冠動脈疾患の危険因子が0の時の冠動脈疾患の発症率を1.00とすると,各危険因子が軽度であっても,重複する さらに,「BMIが25以上」,「高脂血症」,「高血糖」,「高血圧」については,これらの冠動脈疾患の危険因子が0の時の冠動脈疾患の発症率を1.00とすると,各危険因子が軽度であっても,重複する度合いに応じて発症率は急激に上昇するものとされ,上記のうち,一つある場合のリスクは5.09,二つある場合のリスクは9.70,三つないし四つある場合のリスクは31.34とされている。 (乙D56)ウ心疾患の放射線起因性についての各種知見(ア) LSS第9報第2部前記第1の3(3)イ(オ)のとおり,LSS第9報第2部は,がん以外の特定死因で,原爆被爆との有意な関係を示すものはみられないとしている。(乙全ロ137・1頁)(イ) 「寿命調査第11報第3部改訂被曝線量(DS86)に基づく癌以外の死因による死亡率 1950-85年」放影研は,寿命調査集団における昭和25年(1950年)から昭和60年(1985年)までの死亡調査を行い,がん以外の死因による死亡について被曝線量と- 217 -の関連を調べ,「寿命調査第11報第3部改訂被曝線量(DS86)に基づく癌以外の死因による死亡率 1950-85年」(以下「LSS第11報第3部」という。)としてまとめ,平成4年に発表した。(甲全1の2・文献29,乙D26)LSS第11報第3部は,①まだ限られた根拠しかないが,高線量域(2グレイ又は3グレイ以上)において,がん以外の疾患による死亡リスクの過剰があるように思われ,統計学的にみると,二次モデル又は線形-しきい値モデル(推定しきい値線量1.4グレイ(0.6グレイないし2.8グレイ))の方が,単純な線形又は線形-二次モデルよりもよく当てはまる,②がん以外の疾患による死亡率のこのような増加は,一般的に昭和40年以降で若 しきい値線量1.4グレイ(0.6グレイないし2.8グレイ))の方が,単純な線形又は線形-二次モデルよりもよく当てはまる,②がん以外の疾患による死亡率のこのような増加は,一般的に昭和40年以降で若年被爆群(被爆時年齢40歳以下)において認められ,若年被爆者の感受性が高いことを示唆している,③昭和25年から昭和60年までの循環器疾患による死亡率は,線量との有意な関連を示し,脳卒中以外の循環器疾患は全期間で有意な傾向を示した,④後期(昭和41年から昭和60年まで)になると,被爆時年齢が低い群(40歳未満)では,循環器疾患全体の死亡率及び心疾患の死亡率は,線量と有意な関係を示し,線量反応曲線は純粋な二次又は線形-しきい値型を示した,⑤心疾患群のうち最も死亡者数が多い冠状動脈性心疾患の死亡率は,同じ期間,同じ被爆時年齢区分の心疾患と同じ傾向を示しているとしている。(甲全1の2・文献29・1,12頁,乙D26)(ウ) 放射線被曝者医療国際協力推進協議会「原爆放射線の人体影響1992」平成4年発表の「原爆放射線の人体影響1992」は,膵臓は放射線感受性の低い臓器と考えられており,放射線被曝の急性期においても数百ラドの放射線被曝では組織学的にも内分泌学的にも異常は報告されておらず,放射線被曝と糖尿病発症との関連については,インスリン分泌低下,糖尿病頻度,糖尿病発症率及び合併症についての報告がみられるが,いずれも否定的な見解が得られているとしている。 (乙全ロ5・129頁)(エ) AHS第7報- 218 -AHS第7報は,①心臓血管系の疾患について,いずれにも有意な線量反応関係は認められなかった,②しかし,近年,若年被爆者では心筋梗塞の発生が増加しており,特に最近二,三年ではこの傾向はほかの調査でも認められる,③成人健康調査(A 患について,いずれにも有意な線量反応関係は認められなかった,②しかし,近年,若年被爆者では心筋梗塞の発生が増加しており,特に最近二,三年ではこの傾向はほかの調査でも認められる,③成人健康調査(AHS)において心筋梗塞と確認された症例は77例に限られ,この中には致死症例は含まれておらず,今回有意な結果が得られなかったのは症例数の不足のためかもしれないとしている。(甲全1の2・文献30・2頁)(オ) 「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第2部がん以外の死亡率:1950-1990年」放影研は,放影研の寿命調査集団のうち被曝線量が推定されている8万6572人の原爆被爆者におけるがん以外の死亡率調査をし,「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第2部がん以外の死亡率:1950-1990年」(以下「LSS第12報第2部」という。)としてまとめ,平成11年に発表した。(甲全1の2・文献18・1頁,乙D29・1頁)LSS第12報第2部は,①今回の解析結果は,放射線量とともにがん以外の疾患の死亡率が統計的に有意に増加するという前回の解析結果を強化するものであり,有意な増加が循環器疾患に観察された,②1シーベルトの放射線に被曝した者の死亡率の増加は約10%で,がんと比べるとかなり小さかった,③今回のデータからはっきりした線量反応曲線の形を示すことはできなかった,④統計的に非直線性を示す証拠はなかったが,0.5シーベルト未満では,リスクを無視することができるほど小さいか0である線量反応曲線にも矛盾しなかった,⑤寿命調査集団において放射線被曝とがん以外の死因による死亡率との間にみられる関連性は交絡によっては十分に説明できない,⑥潜在的な重要交絡因子の影響は極めて小さく,寿命調査集団において放射線とがん以外の死因による死亡率との間にみられる関 以外の死因による死亡率との間にみられる関連性は交絡によっては十分に説明できない,⑥潜在的な重要交絡因子の影響は極めて小さく,寿命調査集団において放射線とがん以外の死因による死亡率との間にみられる関連性は交絡に起因するものではないと思われるとしている。(甲全1の2・文献18・1頁,乙D29・1,16頁)(カ) 佐々木英夫ら「原爆被爆者の血圧に対する加齢および放射線被曝の影響」- 219 -放影研の佐々木英夫らは,成人健康調査集団について連続的に測定されたデータに混合影響モデルを当てはめることにより,血圧における年齢に関連した変化の検討及び放射線影響の検出を目的とした研究を行い,「原爆被爆者の血圧に対する加齢および放射線被曝の影響」(以下「佐々木英夫ら報告」という。)としてまとめ,平成14年に発表した。(乙D38・1頁)佐々木英夫ら報告は,①今回の解析では,収縮期血圧と拡張期血圧の縦断的変化のいずれにも,小さいが統計的に有意な電離放射線の影響が認められ,この現象は電離放射線が血管の変性に影響を与えることを示唆している,②昭和15年に生まれ,1グレイの原爆放射線に被曝した男性の40歳における収縮期血圧の平均値は,同様の条件の非被曝者男性よりも約1.0mmHg(95%信頼区間0.6mmHgないし1.5mmHg)高かった,③昭和15年に生まれ,1グレイの原爆放射線に被曝した男性の40歳における拡張期血圧の平均値は,同様の条件の非被曝者男性よりも約0.8mmHg(95%信頼区間0.2mmHgないし1.2mmHg)高かったとしている。(乙D38・1,9,10頁)(キ) LSS第13報LSS第13報は,①がん以外の疾患による死亡率に対する放射線の影響については,追跡調査期間中(昭和25年から平成9年まで)の最後の30年間で D38・1,9,10頁)(キ) LSS第13報LSS第13報は,①がん以外の疾患による死亡率に対する放射線の影響については,追跡調査期間中(昭和25年から平成9年まで)の最後の30年間では,1シーベルト当たり約14%の割合でリスクが増加しており,依然として統計的に確かな証拠が示された,②心臓疾患に関して統計的に有意な増加がみられたが,約0. 5シーベルト未満の線量については放射線影響の直接的な証拠は認められなかった,③被爆者において,大動脈弓石灰化,収縮期高血圧並びにコレステロール及び血圧の年齢に伴う変動など,がん以外の疾患のいくつかの前駆症状について長期にわたる僅かな放射線との関連が報告されており,最近の調査では,被爆者の持続性の免疫学的不均衡及び無症状性炎症と放射線との関連が認められた,④これらは,がん以外の広範な疾患に対する放射線影響の機序と関連するかもしれない,⑤寿命調査(LSS)におけるがん以外の疾患に関する所見は,これらの疾患の率に対す- 220 -る放射線影響の機序を同定あるいは否定する上で役立つであろう更なる調査の必要性を強調しているとしている。(乙D31・1,41頁)(ク) AHS第8報AHS第8報は,①高血圧(P値は0.028)と40歳未満で被爆した者の心筋梗塞(P値は0.049)に有意な二次線量反応を認め,喫煙や飲酒で調整してもその結果は変わらなかった,②血清総コレステロール値に関する成人健康調査(AHS)の縦断的解析では,被爆者のコレステロール値が非被爆者より有意に高いことを示しており,同じ傾向が若年コホートの血圧傾向においてもみられた,③これらの増加は,若年被爆者の心筋梗塞の発生率の上昇をある程度説明するのかもしれないとしている。(甲全1の2・文献31,乙D24・1,9頁)(ケ) 若年コホートの血圧傾向においてもみられた,③これらの増加は,若年被爆者の心筋梗塞の発生率の上昇をある程度説明するのかもしれないとしている。(甲全1の2・文献31,乙D24・1,9頁)(ケ) UNSCEAR2006年報告書UNSCEAR2006年報告書は,①今日まで,致死的な心血管疾患と約1グレイないし2グレイ以下の範囲の線量の関連を示した証拠は,日本における原爆被爆者の生存者の解析のみであり,②その他の調査では,約1グレイないし2グレイ以下の被曝線量においての致死的な心血管疾患のリスクに関する明確な証拠は示されていない,③現在ある科学的データには一貫性のある疫学的データやもっともな生物学的メカニズムの説明が欠けており,電離放射線と心血管疾患の因果関係を立証するには十分ではないと委員会は判断している,④1グレイないし2グレイ以下の被曝線量に関連するリスクにおいて,相対的に小さいリスクの増加があることは分かったが,死亡率のみの疫学的調査が循環器疾患と約1グレイないし2グレイ以下の線量の放射線被曝との関連の可能性や特性を解明するために寄与するかどうかは定かではないとしている。(乙D21)(コ) 赤星正純「原爆被爆者の動脈硬化・虚血性心疾患の疫学」放影研の赤星正純は,放射線被曝の心血管疾患及びその危険因子に及ぼす影響について,主に放影研で行われた調査を基に,これまでに判明したことを検討し,「原爆被爆者の動脈硬化・虚血性心疾患の疫学」(以下「赤星正純報告」という。)と- 221 -してまとめ,発表した。(甲D4・205頁)赤星正純報告は,①放射線が血圧に及ぼす影響については,1930年代以降に生まれた若年被爆者において,加齢に伴う収縮期血圧及び拡張期血圧経過が上方に偏位している,②最近,炎症が動脈硬化,心・血管疾患の 星正純報告は,①放射線が血圧に及ぼす影響については,1930年代以降に生まれた若年被爆者において,加齢に伴う収縮期血圧及び拡張期血圧経過が上方に偏位している,②最近,炎症が動脈硬化,心・血管疾患の危険因子であることが広く知られるようになってきた,③高血圧,高脂血症及び炎症にも放射線被曝が関与していることも明らかになった,④被爆者について高血圧,高脂血症,炎症の集積が認められるので,放射線被曝と心・血管疾患との関連を説明する一つの可能性として,今後は放射線被曝と腹腔内脂肪沈着及び腹腔内脂肪から分泌されるアディポサイトカインとの関連について検討を行っていく予定であるとしている。(甲D4・205ないし208頁)(サ) 井上典子「原爆被爆者と心血管疾患」井上典子は,昭和62年から平成15年までに被爆者検診を受診した40歳から79歳までの被爆者1万6335例を対象として大動脈脈波速度(頚動脈から股動脈間の大動脈の伝播速度であり,これが大きいほど,大動脈の動脈硬化が強いとされる。)を計測し,「原爆被爆者と心血管疾患」(以下「井上典子報告」という。)としてまとめ,平成20年に発表した。(甲D12)井上典子報告は,男性の被曝時年齢20歳未満の若年被爆者で,入市・他群に比し,2.0km未満の直接被爆群で有意に大動脈脈波速度が高値であり,動脈硬化に関連する因子を説明変数として重回帰分析すると大動脈脈波速度は男性において被爆状況と有意な関連を認めたとしている。(甲D12)(シ) 清水由紀子ら「放射線被曝と循環器疾患リスク:広島・長崎の原爆被爆者データ,1950-2003」清水由紀子らは,昭和25年(1950年)から平成15年(2003年)までの寿命調査集団を対象として,原爆放射線と脳卒中及び心疾患を原因とする死亡率との線量反応関係 ータ,1950-2003」清水由紀子らは,昭和25年(1950年)から平成15年(2003年)までの寿命調査集団を対象として,原爆放射線と脳卒中及び心疾患を原因とする死亡率との線量反応関係を調査し,「放射線被曝と循環器疾患リスク:広島・長崎の原爆被爆者データ,1950-2003」(以下「清水由紀子ら報告」という。)とし- 222 -てまとめ,平成22年に発表した。(甲全108の1,甲D5,乙D25)清水由紀子ら報告は,①心疾患の1グレイ当たりの過剰相対リスクの推定値は14%(95%信頼区間は6%ないし23%。P値は0.001未満)で線型モデルが最もよく適合し,低線量でも過剰リスクの存在が示唆された,②0グレイないし0.5グレイに限定した場合,線量反応は統計的に有意ではなかった,③循環器疾患に関係するその他のリスク因子(肥満,糖尿病,喫煙,飲酒,学歴,職業)を調整しても,放射線との関連性にはほとんど影響がなく,がんを循環器疾患と誤診した可能性に関する解析では,放射線リスクが少し減少したが,線量反応は依然として有意であった,④結論として,0.5グレイを超える被曝線量では,心疾患のリスクの増加がみられたが,低線量でのリスクの程度は明らかでなく,被爆者において,脳卒中と心疾患を合わせた放射線関連の過剰死亡数は全てのがんによる過剰死亡数の約3分の1である,⑤心疾患について,しきい値線量の最良推定値は0グレイであり,95%信頼区間の上限でおよそ0.5グレイであった,⑥2グレイ以下の放射線被曝が循環器疾患を引き起こし得るメカニズムについての知識は非常に限定されており,証拠といえることといえば,放射線に誘発されたような炎症反応,内皮細胞の細胞喪失や機能変化あるいは微小血管性損傷などが,放射線関連の心疾患の病理学的な変化につながる病原性 識は非常に限定されており,証拠といえることといえば,放射線に誘発されたような炎症反応,内皮細胞の細胞喪失や機能変化あるいは微小血管性損傷などが,放射線関連の心疾患の病理学的な変化につながる病原性変化の初期の現象といえるかもしれないということである,⑦これらは,他の危険因子,例えば,高血圧,高脂血症,喫煙,糖尿病や感染症等の心疾患を促進する因子を増加させているのかもしれない,⑧放射線被曝線量と炎症マーカーの長期間レベルとの関連について,被爆者を対象として調査がされてきたが,放射線が腎臓実質の微小血管や血管内皮細胞の障害を引き起こすことが高血圧や虚血変化を促進しているかもしれないとしている。(甲全108の1,甲D5,乙D25)(ス) UNSCEAR2010年報告書UNSCEAR2010年報告書は,①放射線被曝に関連した致死的な心血管疾患の過剰リスクを示す唯一の明確な証拠は,心臓への線量が約1グレイないし2グ- 223 -レイ未満では,原爆被爆者のデータから得られている,②約1グレイないし2グレイ未満の線量の被曝と心血管疾患の過剰発生との間の直接的な因果関係についての結論を下すことはできなかった,③これらの疾患の低線量における線量反応関係の形状はまだ明らかでない,④1グレイないし2グレイ未満の線量,また,はるかに低い線量の場合においても,非がん疾患のリスクが増加することを示す最近の疫学調査からの新たな証拠があるが,関連するメカニズムはいまだ不明瞭で,低線量におけるリスク推定には問題が残るとしている。(乙A27・16頁)(セ) ICRP勧告ICRPが平成23年(2011年)に行った勧告(以下「ICRP2011年勧告」という。)は,不確実性は残るものの,循環器疾患のしきい吸収線量は,心臓に対しては,0.5グレイ程度まで CRP勧告ICRPが平成23年(2011年)に行った勧告(以下「ICRP2011年勧告」という。)は,不確実性は残るものの,循環器疾患のしきい吸収線量は,心臓に対しては,0.5グレイ程度まで低いかもしれないことを医療従事者は認識させられなければならないとしている。また,ICRPが平成24年(2012年)に行った勧告(以下「ICRP2012年勧告」という。)は,①原爆被爆者データの分析(清水由紀子ら報告)によると,心疾患の最適しきい線量は0グレイとされ,95%信頼区間は0グレイ未満ないし0.5グレイであった,②しかしながら,0グレイないし0.5グレイの範囲を通して,線量反応関係は統計学的に有意ではなく,低線量の情報が不十分であることを示している,③0.5グレイ以下の線量域における,いかなる重症度や種類の循環器疾患リスクも,依然として不確実であることが強調されるべきであるとしている。(乙D22,66・4ないし5頁)(ソ) LSS第14報平成24年発表のLSS第14報は,①非腫瘍性疾患では,循環器疾患で放射線によるリスクの増加が示されたが,放射線との因果関係については今後の研究が必要である,②過剰リスクの有意な増加が循環器系(過剰相対リスク0.11(95%信頼区間は0.05ないし0.17))で認められた,③追跡調査の初期(昭和25年から昭和40年まで)におけるがん以外の疾患の死亡率の線量反応関係には約1.5グレイ未満で放射線影響は基本的には認められなかったが,後期(昭和41- 224 -年から平成15年まで)においては,全体的にがん以外の疾患についてほぼ線形の線量反応関係が認められ,両期間における線量反応の形状の差異は有意であるが,循環器疾患では両期間に差異は認められなかったとしている。(甲全115・2,12,13頁 にがん以外の疾患についてほぼ線形の線量反応関係が認められ,両期間における線量反応の形状の差異は有意であるが,循環器疾患では両期間に差異は認められなかったとしている。(甲全115・2,12,13頁)(タ) 赤星正純らの意見書赤星正純らは,心筋梗塞と放射線被曝との関連性について,低線量域も含めて,これを一般的に肯定する判断をした大阪地方裁判所平成22年(行ウ)第56号,同第139号同26年5月9日判決について,平成27年10月16日付けで意見書(以下「赤星正純ら意見書」という。)を作成した。(乙61の1)赤星正純ら意見書は,①LSS第11報,LSS第12報及びLSS第13報については,「循環器疾患」(脳卒中や心疾患を始めとした様々な疾患が含まれる疾患カテゴリー)や「心疾患」(心筋梗塞を始め様々な疾患が含まれる疾患カテゴリー)を対象として解析した結果,これらの疾患カテゴリーにおける死亡率について,放射線被曝と有意な関連が認められたというものであるが,「循環器疾患」や「心疾患」という疾患カテゴリーは,機序・病態が異なる様々な疾病を含むものであるが,機序や病態が異なる場合に,放射線被曝の影響の有無や程度が同一ではないため,研究者の通常の感覚からすれば,「循環器疾患」ないし「心疾患」という疾患カテゴリーから心筋梗塞だけを取り出して,その関係について特定の結論を導くことはできない,②清水由紀子ら報告では,0.5グレイ以下の低線量域における心疾患と放射線被曝との関連性の有無について,特定の結論は得られていない,③AHS第8報では,喫煙と飲酒の影響を排除して解析した場合には,放射線被曝と心筋梗塞発症との間に統計学的に有意な関連性は示されなかったのであるから,放射線被曝と心筋梗塞発症との間に統計学的に有意な関連性は示されていない,④赤星 影響を排除して解析した場合には,放射線被曝と心筋梗塞発症との間に統計学的に有意な関連性は示されなかったのであるから,放射線被曝と心筋梗塞発症との間に統計学的に有意な関連性は示されていない,④赤星正純報告は,原爆生存者を対象とした研究において心・血管疾患が増加するといった事象が認められたことについて,原子爆弾に起因する放射線の影響のみならず,原子爆弾に起因する環境の変化等の影響が心・血管疾患に影響を及ぼしたのではな- 225 -いかという考えを前提に,原爆生存者は,戦後,栄養状態が改善し,飽食のために高血圧や脂質異常症に罹患しやすい特徴を持っているのではないかという一つの仮説を提示し,当該仮説を実証するための今後の研究予定を明らかにしたものにすぎない,⑤UNSCEAR報告書は,27か国の国連加盟国から参画した世界を代表する科学者が,世界の関連する学術的報告を集めて内容を検討し,各国政府とは独立して純粋に科学的な見地から国連総会に対する調査報告書を取りまとめたものであり,ICRP勧告は,UNSCEAR報告書を科学的根拠として,社会の動向に基づき,安全に対する価値判断を加えて,放射線防護の理念と原理を示したものであり,放射線防護の分野で国際的に標準とみなされ,世界各国の放射線関係の法令の基礎となっているものである,⑥UNSCEAR2010年報告書によって示された,約1グレイないし2グレイ未満の被曝と心血管疾患発症との間の直接的な因果関係については結論を下すことができないとの見解は,国際的に共有された見解である,⑦もっとも,約1グレイないし2グレイ未満の被曝と心血管疾患発症との関連性が不確実であっても,放射線による影響があると仮定して,0.5グレイというしきい値を設定することは,放射線防護の観点からは正当化されるものであり,このような観 イ未満の被曝と心血管疾患発症との関連性が不確実であっても,放射線による影響があると仮定して,0.5グレイというしきい値を設定することは,放射線防護の観点からは正当化されるものであり,このような観点から,ICRP2012年勧告は,しきい値として,0.5グレイという線量を勧告しているのであるから,このしきい値は,放射線防護の観点から,低線量における放射線被曝の循環器疾患発症に与える影響に関する科学的知見の最低限を画するものとして国際的に共有された値といえるとしている。 エ改定後の新審査の方針及び再改定後の新審査の方針改定後の新審査の方針は,「放射線起因性が認められる心筋梗塞」を積極認定対象疾病としており,再改定後の新審査の方針も「心筋梗塞」を積極認定対象疾病としている。 オ検討(ア) 前記(1)及び(3)アないしエで認定した事実によれば,以下の諸点を指摘することができる。 - 226 -a 前記アのとおり,原告Z2は,爆心地から約2.6kmの地点で被爆し,更に爆心地から約2.3kmの地点にあるZ13国民学校に行っていること,その後,Z13国民学校からZ14国民学校(爆心地の東北東約3.7km)に避難したが,爆心地から約500mの距離で被爆して瀕死の状態であった父Z11と接触し,同人が死亡する昭和20年8月19日まで共に避難所で生活していること,同月21日から同年12月まで,Z13国民学校付近に居住していることが認められ,その間,瓦礫や近距離で被爆した父Z11の身体からの誘導放射線の影響のほか,周囲の粉塵等に接触することにより,相当量の誘導放射化物質や放射性降下物が,衣服,髪,皮膚等に付着し,又は飲食,呼吸を通じて体内に取り込まれるなどした可能性が高いというべきである。また,原告Z2は,原爆の熱線により背中 ることにより,相当量の誘導放射化物質や放射性降下物が,衣服,髪,皮膚等に付着し,又は飲食,呼吸を通じて体内に取り込まれるなどした可能性が高いというべきである。また,原告Z2は,原爆の熱線により背中一面に火傷を負っており,約1日半の間は治療を受けることもできず,ピンで水を抜くなどの処置をしながら,うつ伏せで寝ていたというのであるから,火傷の部位に放射性物質が付着し又はこれが取り込まれることによって,より深刻な外部被曝及び内部被曝が生じた可能性も高いというべきである。以上の事情に加えて,原告Z2は,被爆直後から鼻血が出るようになったほか,その後の生活の中でも倦怠感等により,仕事を休むことがあったこと等を考慮すると,原告Z2は,DS02を基にするなどして算出する新審査の方針における被曝線量評価方法による推定値を超えて,健康に影響を及ぼすような相当程度の線量の放射線に外部被曝及び内部被曝をしたものと認められる。 b 心筋梗塞については,LSS第9報第2部,LSS第11報第3部,LSS第12報第2部,LSS第13報,LSS第14報,清水由紀子ら報告等によって,疫学的知見が集積されてきている。これらの報告は,当初は,LSS第9報第2部が,がん以外の特定死因で原爆被爆との有意な関係を示すものはみられないとして,心筋梗塞と放射線被曝との関連性について否定的であったが,その後は,LSS第14報が循環器疾患で放射線によるリスクの増加が示されたとし,清水由紀子ら報告が心疾患の1グレイ当たりの過剰相対リスクの推定値は14%で線型モデルが最- 227 -もよく適合しているとするなど,おおむね心筋梗塞と放射線被曝との関連性を肯定するものとなっている。これらの知見を含めた前記各種知見を総合し,改定後の新審査の方針は「放射線起因性が認められる心筋梗塞」を積極 適合しているとするなど,おおむね心筋梗塞と放射線被曝との関連性を肯定するものとなっている。これらの知見を含めた前記各種知見を総合し,改定後の新審査の方針は「放射線起因性が認められる心筋梗塞」を積極認定対象疾病とし,再改定後の新審査の方針も「心筋梗塞」を積極認定対象疾病としていることも併せ考慮すれば,心筋梗塞は,一般的に放射線被曝との関連性が認められる疾病であるというべきである。 c 確かに,放射線被曝と心筋梗塞との関係については,しきい値の存在が指摘されており,清水由紀子ら報告は,心疾患について,0グレイないし0.5グレイに限定した場合,線量反応は有意ではなく,95%信頼区間の上限でおよそ0.5グレイであったとし,UNSCEAR2010年報告書も,約1グレイないし2グレイ未満の線量の被曝と心血管疾患の過剰発生との間の直接的な因果関係についての結論を下すことはできなかったとしているほか,UNSCEAR2006年報告書,ICRP2011年勧告及びICRP2012年勧告も,少なくとも0.5グレイ程度に満たない低線量の被曝についてはその影響を否定するかのようなものとなっている。しかしながら,清水由紀子ら報告は,同時に,心疾患のしきい値線量の最良推定値は0グレイであったともしているほか,放射線に誘発されたような炎症反応,内皮細胞の細胞喪失や機能変化あるいは微小血管性損傷などが,放射線関連の心疾患の病理学的な変化につながる病原性変化の初期の現象といえるかもしれず,これらは,他の危険因子,例えば,高血圧,高脂血症,喫煙,糖尿病や感染症など心疾患を促進する因子を増加させているのかもしれないとしていること,赤星正純報告は,心・血管疾患の危険因子となる高血圧,高脂血症及び炎症にも放射線被曝が関与していることが明らかになったとしていること,ICRP20 る因子を増加させているのかもしれないとしていること,赤星正純報告は,心・血管疾患の危険因子となる高血圧,高脂血症及び炎症にも放射線被曝が関与していることが明らかになったとしていること,ICRP2012年勧告は,0.5グレイ以下の線量域における,いかなる重症度や種類の循環器疾患リスクも,依然として不確実であることが強調されるべきであるとしており,低線量域におけるリスクを完全に否定するものではないこと等が認められ,これらの知見を含めた前記各種知見を総合すれば,心筋梗塞と放射線被曝との間に関連性がある- 228 -と認められ,その関連性は,低線量域においても否定することができないというべきである。 d 若年被爆者への影響について,LSS第11報第3部は,がん以外の疾患による死亡率の増加は,一般的に昭和40年以降で若年被爆群(被爆時年齢40歳以下)において認められ,若年被爆者の感受性が高いことを示唆しているとしている。 また,AHS第7報が,若年被爆者では心筋梗塞の発生が増加しているとし,AHS第8報も,若年コホートの血圧傾向において被爆者が非被爆者より有意に高いとしており,これらの知見からすれば,若年被爆者におけるほど放射線への感受性が高いことが推認されるというべきである。そして,原告Z2は,被爆当時13歳と若年であったことから,放射線への感受性がより高く,より大きな影響を受けたと認めることができる。 e 確かに,心筋梗塞及び狭心症については,喫煙,飲酒,高血圧,肥満,糖尿病等が危険因子とされている。そして,原告Z2は,平成11年頃,仕事中に胸痛を感じるようになり,その頃,心筋梗塞及び狭心症に罹患したと推認することができるところ,原告Z2には,それ以前に喫煙歴があるほか,高血圧,糖尿病についての投薬を受け,健康診断では肥満や高脂血 に胸痛を感じるようになり,その頃,心筋梗塞及び狭心症に罹患したと推認することができるところ,原告Z2には,それ以前に喫煙歴があるほか,高血圧,糖尿病についての投薬を受け,健康診断では肥満や高脂血症の指摘を受けるなど,複数の危険因子があったことが認められる。しかしながら,LSS第12報第2部が,潜在的な重要交絡因子の影響は極めて小さく,寿命調査集団において放射線とがん以外の死因による死亡率との間にみられる関連性は交絡に起因するものではないと思われるとし,AHS第8報が,喫煙や飲酒で調整しても,高血圧と40歳未満で被爆した者の心筋梗塞の有意な二次線量反応の結果は変わらなかったとし,清水由紀子ら報告も,前向き研究で得られた喫煙,飲酒,教育歴,職歴,肥満及び糖尿病のデータは,心疾患の放射線リスク推定にほとんど影響を及ぼさないとしていることを考慮すると,放射線被曝をした者が心筋梗塞及び狭心症を発症した場合において,上記危険因子の影響を過大視することはできない。そして,原告Z2は平成元年頃には喫煙をやめており,心筋梗塞及び狭心症の発症までに少なくとも10年が経過して- 229 -いること,別紙「原告Z2検査結果一覧」のとおり,健康診断において,血圧や血糖値については,検査結果が正常であった時期もあり,投薬等の治療によって,ある程度管理がされていることがうかがわれることも考慮すると,原告Z2について,危険因子の存在によって,直ちに放射線起因性を否定することはできず,むしろ放射線被曝と危険因子があいまって申請疾病を発病したとみるのが合理的である。 f 狭心症そのものに対する疫学調査は存在しないと認められるものの(弁論の全趣旨),LSS第14報及び清水由紀子ら報告は,循環器疾患ないし心疾患全体の検討の中で狭心症を含めて疫学調査をし,放射線被曝の 狭心症そのものに対する疫学調査は存在しないと認められるものの(弁論の全趣旨),LSS第14報及び清水由紀子ら報告は,循環器疾患ないし心疾患全体の検討の中で狭心症を含めて疫学調査をし,放射線被曝の影響を指摘するものであること,心筋梗塞が,心筋虚血が一定時間持続した結果,心筋が壊死するに至った不可逆的虚血であるのに対して,狭心症は一過性の心筋虚血を原因とし,胸部又はその周辺の不快感を主症状とする臨床症候群であり,心筋梗塞と同じ虚血性心疾患の一つであることに照らせば,狭心症についても,心筋梗塞に準じて考えることができるものというべきである。 以上を総合的に考慮すると,原告Z2の申請疾病である心筋梗塞及び狭心症は,原子爆弾の放射線に起因すると認めるのが相当である。 (イ) 被告は,①0.5グレイを下回る低線量の放射線被曝と心筋梗塞及び狭心症との関連性は,統計学的・疫学的知見において認められていない,②原告Z2の放射線被曝の程度が小さいことに鑑みれば,仮に上記関連性について肯定する余地があるとしても,当該放射線被曝による上記各申請疾病の相対リスクは極めて小さいというべきである,③原告の申請疾病である心筋梗塞及び狭心症は,放射線に被曝していなくとも一般的に発症し得る疾病であり,原告Z2が,脂質異常症,喫煙歴,高血圧,糖尿病,加齢及び肥満という上記各申請疾病の危険因子を重畳的に有していたことに鑑みれば,上記各申請疾病が,放射線被曝と無関係に発症した可能性がある旨主張するので,以下検討する。 a 上記①の点について確かに,平成5年発表のLSS第11報の時点では,心疾患のリスクの増加は被- 230 -曝線量が2グレイ以上の場合に限られているようにみえるが,平成11年発表のLSS第12報は,「低線量,例えば0.5Svにおいてどの程度の 第11報の時点では,心疾患のリスクの増加は被- 230 -曝線量が2グレイ以上の場合に限られているようにみえるが,平成11年発表のLSS第12報は,「低線量,例えば0.5Svにおいてどの程度の関連性があるかはまだ不明であるが,影響はもはや最も高い線量域に限らない。なぜならば・・・初期にみられたU字型線量反応は追跡調査の経過に伴いより線形の反応へ移行するからである。」としており,調査及びその分析が進むにつれて,心疾患と放射線被曝との関連性は高線量被曝の場合に限られないことが明らかになってきている。また,LSS第13報は,「がん以外の疾患のリスクは1Sv以下の線量においても増加していることを示す強力な統計的証拠がある。低線量における線量反応の形状については著しい不確実性が認められ,特に約0.5Sv以下ではリスクの存在を示す直接的な証拠はほとんどないが,LSSデータはこの線量範囲で線形性に矛盾しない。」,「リスク増加の全般的特徴から,また機序に関する知識が欠如していることから,因果関係については当然懸念が生ずるが,この点のみからLSSに基づく所見を不適当と見なすことはできない。」(乙D31・40頁)としており,低線量被曝の場合でも心疾患との関連性があることを示唆する内容であるといえるのであって,約0.5シーベルト以下の低線量被曝の場合に関連性を否定し,又は心疾患に一定のしきい値があるという内容ではないことが文脈上明らかである。また,平成22年に発表された清水由紀子ら報告は,0.5グレイ以下の被曝線量では心疾患のリスク上昇との関連が明確ではなかったとしているものの,心疾患死亡に対する過剰相対リスクにつき,線形モデルが最も適合し,低線量域でも過剰リスクがあることが示唆され,しきい値線量の最良の予想は0グレイであった(95%信頼上限でおよそ たとしているものの,心疾患死亡に対する過剰相対リスクにつき,線形モデルが最も適合し,低線量域でも過剰リスクがあることが示唆され,しきい値線量の最良の予想は0グレイであった(95%信頼上限でおよそ0.5グレイ)としている。ICRP2012年勧告も,0.5グレイ以下の線量域における,いかなる重症度や種類の循環器疾患リスクも,依然として不確実であることが強調されるべきであるとしており,低線量域におけるリスクを完全に否定する内容とはなっていない。 さらに,LSS第14報及び清水由紀子ら報告は,循環器疾患ないし心疾患全体の検討の中で狭心症を含めて疫学調査をし,放射線被曝の影響を指摘するものであ- 231 -ること,心筋梗塞が,心筋虚血が一定時間持続した結果,心筋が壊死するに至った不可逆的虚血であるのに対して,狭心症は一過性の心筋虚血を原因とし,胸部又はその周辺の不快感を主症状とする臨床症候群であり,心筋梗塞と同じ虚血性心疾患の一つであることに照らせば,狭心症についても,心筋梗塞に準じて考えることができるというべきである。 以上によれば,被告の主張は,採用することができない。 b 上記②の点について前記(3)アで説示したとおり,原告Z2の被爆後の状況等(原爆の熱線により背中一面に火傷を負っており,約1日半の間は治療を受けることもできず,避難所において,ピンで水を抜くなどの処置をしながら,うつ伏せで寝ていたという状況等)に照らせば,健康に影響を及ぼすような相当程度の線量の放射線(初期放射線及び誘導放射線)に外部被曝及び内部被曝をしたものと認められるため,放射線被曝の程度が小さかったとは言い切れず,その相対リスクは,他の危険因子を考慮した上での慎重な判断が必要とされるものではあるものの,無視することができる程度のものではない。 認められるため,放射線被曝の程度が小さかったとは言い切れず,その相対リスクは,他の危険因子を考慮した上での慎重な判断が必要とされるものではあるものの,無視することができる程度のものではない。 c 上記③の点について確かに,脂質異常症,高血圧,喫煙のいわゆる3大危険因子のほか,年齢,糖尿病,肥満等の危険因子がある場合,心筋梗塞及び狭心症の危険性が高まり,特に,肥満,高血糖,高コレステロール,高血圧などの危険因子が3ないし4個重積すると,心筋梗塞のリスクのない人に比して8倍高くなったとの報告,喫煙と合併する主要危険因子(高血圧,脂質異常症,糖尿病)が重なると死亡,心筋梗塞のリスクを20倍高くするとの報告,BMIが25以上であること,高脂血症,高血糖,高血圧については,これらの冠動脈疾患の危険因子がない場合の冠動脈疾患の発症率を1.00とすると,各危険因子が軽度であっても,重複する度合いに応じて発症率は急激に上昇するものとされ,上記のうち,一つある場合のリスクは5.09,二つある場合のリスクは9.70,三つないし四つある場合のリスクは31.34- 232 -との報告もされているところである。 しかし,前記ウ(オ),(ク),(シ)で説示したとおり,LSS第12報第2部が,潜在的な重要交絡因子の影響は極めて小さく,寿命調査集団において放射線とがん以外の死因による死亡率との間にみられる関連性は交絡に起因するものではないと思われるとし,AHS第8報が,喫煙や飲酒で調整しても,高血圧と40歳未満で被爆した者の心筋梗塞の有意な二次線量反応の結果は変わらなかったとし,清水由紀子ら報告も,前向き研究で得られた喫煙,飲酒,教育歴,職歴,肥満及び糖尿病のデータは,心疾患の放射線リスク推定にほとんど影響を及ぼさないとしていることを考慮すると,放 は変わらなかったとし,清水由紀子ら報告も,前向き研究で得られた喫煙,飲酒,教育歴,職歴,肥満及び糖尿病のデータは,心疾患の放射線リスク推定にほとんど影響を及ぼさないとしていることを考慮すると,放射線被曝をした者が心筋梗塞及び狭心症を発症した場合において,上記危険因子の影響を過大視することはできない。 また,日本循環器学会等の合同研究班が発表した「心筋梗塞二次予防に関するガイドライン(2011年改訂版)」において,冠動脈疾患の発症リスクは,禁煙から2年未満で低下し,それ以降非喫煙者と同じレベルになり,冠動脈疾患の死亡リスクは,禁煙期間が15年以上になれば,非喫煙者と同じレベルになるとされていること,原告Z2は平成元年には喫煙をやめており,心筋梗塞及び狭心症の発症時までに約10年が経過していることに照らせば,原告Z2についても,喫煙による心筋梗塞の発症の危険性は,相当程度小さくなっていたと推認するのが相当である。 なお,この点について,被告は,一般に,ある程度の期間禁煙したとしても,長期間にわたり喫煙していた者の血管は,粥状硬化が進み,粥腫が血管内の広範囲にわたって沈着していることが多く,このような血管の状態である喫煙者が禁煙しても,既に形成された粥腫が退縮したり消失するものではないため,心筋梗塞発症リスクが残存する旨主張するが,原告Z2が喫煙をやめた平成元年頃の時点において,粥腫が血管内の広範囲にわたって沈着していたと認めるに足りる証拠はない上,この点をおくとしても,急性心筋梗塞の発生機序の中では,粥腫が沈着して形成されたプラーク(動脈硬化巣)の破綻が最も多い原因であるとされており,禁煙により不安定な粥腫が安定化して破綻しにくくなれば,心筋梗塞の発症の危険性は減少して- 233 -いくと考えられるから,10年以上の長期間の禁煙につ )の破綻が最も多い原因であるとされており,禁煙により不安定な粥腫が安定化して破綻しにくくなれば,心筋梗塞の発症の危険性は減少して- 233 -いくと考えられるから,10年以上の長期間の禁煙については,上記のとおり,相当程度の危険性の減少が期待できるというべきである。 さらに,別紙原告Z2検査結果一覧によれば,原告Z2が心筋梗塞及び狭心症を発症したとされる平成11年以前において,脂質異常症及び肥満がみられるものの,血糖値は正常であり,血圧についても平成10年5月14日の収縮時血圧が148mmHgであった以外はいずれも正常であるなど,血糖値及び血圧については,投薬等の治療によって,ある程度管理されていたことがうかがわれる。 よって,原告Z2について,危険因子の存在によって,放射線起因性を否定することはできず,むしろ放射線被曝と危険因子があいまって申請疾病である心筋梗塞及び狭心症が発症したと認めるのが合理的である。 d 以上によれば,被告の指摘する事情は,いずれも上記(ア)の認定判断を左右するものではない。 (ウ) 被告は,心筋梗塞と放射線被曝との関連性を認める各種知見について,①LSS第11報,LSS第12報及びLSS第13報については,「循環器疾患」(脳卒中や心疾患を始めとした様々な疾患が含まれる疾患カテゴリー)や「心疾患」(心筋梗塞を始め様々な疾患が含まれる疾患カテゴリー)を対象として解析した結果,これらの疾患カテゴリーにおける死亡率について,放射線被曝と有意な関連が認められたというものであるが,「循環器疾患」や「心疾患」という疾患カテゴリーは,機序・病態が異なる様々な疾病を含むものであるが,機序や病態が異なる場合に,放射線被曝の影響の有無や程度が同一であることは医学的に考えられないのであって,これらを同列に論じること 疾患カテゴリーは,機序・病態が異なる様々な疾病を含むものであるが,機序や病態が異なる場合に,放射線被曝の影響の有無や程度が同一であることは医学的に考えられないのであって,これらを同列に論じることは誤りであり,「循環器疾患」ないし「心疾患」という疾患カテゴリーから心筋梗塞だけを取り出して,その関係について特定の結論を導くことはできない,②AHS第8報では,喫煙と飲酒の影響を排除して解析した場合には,放射線被曝と心筋梗塞発症との間に統計学的に有意な関連性は示されなかったのであるから,放射線被曝と心筋梗塞発症との間に統計学的に有意な関連性は認められない,③清水由紀子ら報告では,0.5グレイ以下の低線量域におけ- 234 -る心疾患と放射線被曝との関連性の有無について,特定の結論は得られていない,④赤星正純報告は,原爆生存者を対象とした研究において心・血管疾患が増加するといった事象が認められたことについて,原子爆弾に起因する放射線の影響のみならず,原子爆弾に起因する環境の変化等の影響が心・血管疾患に影響を及ぼしたのではないかという考えを前提に,原爆生存者は,戦後,栄養状態が改善し,飽食のために高血圧や脂質異常症に罹患しやすい特徴を持っているのではないかという一つの仮説を提示し,当該仮説を実証するための今後の研究予定を明らかにしたものにすぎないとも主張し,赤星正純ら意見書には,これに沿う記載が存在する。 しかしながら,上記①の点については,一般に,疾病と放射線被曝との関連性を論じるに当たり,細分化した小項目の疾患名では個々の事例数が過小となることによって,放射線被曝の影響を適正に検出することができなくなり,かえって,病態を心臓疾患全体として統合的に理解した方が,放射線被曝の影響を適正に検出することができる可能性がある上,心筋梗塞は心疾患 によって,放射線被曝の影響を適正に検出することができなくなり,かえって,病態を心臓疾患全体として統合的に理解した方が,放射線被曝の影響を適正に検出することができる可能性がある上,心筋梗塞は心疾患の主要な類型の一つであり,心筋梗塞についてのみ上記関連性を否定すべき知見を見出すことはできず,むしろ,心筋梗塞を調査の対象としたAHS第8報では,少なくとも被爆時年齢40歳未満の被爆者と心筋梗塞発症との関係においては,心筋梗塞を発症する被曝線量1シーベルト当たりの相対リスク1.25と有意な二次線量関係が認められていることに照らすと,検討の対象がより大きなカテゴリーである心疾患とされていることをもって,心筋梗塞と放射線被曝との関連性が否定されるものではない。 上記②の点については,AHS第8報は,当該データを踏まえた上で,その冒頭の要約の項において,心筋梗塞につき有意な二次線量反応を認めた上で,喫煙や飲酒で調整しても結果は変わらなかったとの結論を示していることに照らせば,喫煙や飲酒によって,心筋梗塞と放射線被曝との関連性が否定されるものではない。 上記③の点については,清水由紀子ら報告は,心疾患のしきい値線量の最良推定値が0グレイであったともしているほか,放射線に誘発されたような炎症反応,内皮細胞の細胞喪失や機能変化あるいは微小血管性損傷などが,放射線関連の心疾患- 235 -の病理学的な変化につながる病原性変化の初期の現象といえるかもしれず,これらは,他の危険因子,例えば,高血圧,高脂血症,喫煙,糖尿病や感染症など心疾患を促進する因子を増加させているのかもしれないとしており,低線量域における心疾患と放射線被曝との関連性を示唆しているというべきである。 上記④の点については,赤星正純報告は,主に放影研で行われた調査を基に炎症が動脈硬 せているのかもしれないとしており,低線量域における心疾患と放射線被曝との関連性を示唆しているというべきである。 上記④の点については,赤星正純報告は,主に放影研で行われた調査を基に炎症が動脈硬化,心・血管疾患の危険因子であることが広く知られるようになってきたことや,高血圧,高脂血症及び炎症にも放射線被曝が関与していることも明らかになったことを端的に指摘するものである上,今後の研究課題に関する記述を精査しても,被告の主張するような原爆生存者が,戦後,栄養状態が改善し,飽食のために高血圧や脂質異常症に罹患しやすい特徴を持っているのではないかという仮説についての具体的な記述はなく,また,執筆者である赤星正純が,赤星正純ら意見書に記載されたような問題意識を有していたとしても,赤星正純報告の記載は,放射線被曝と心・血管疾患の関連性を否定するものではなく,むしろこれを肯定する内容となっている。 以上によれば,赤星正純ら意見書の記載を踏まえても,前記(ア)の認定判断が左右されるものではない。 (4) 申請疾病(心筋梗塞及び狭心症)の要医療性について原告Z2は,現在に至るまで,申請疾病について定期的に通院し,投薬治療を受けているから要医療性が認められる。 (5) 小括以上によれば,原告Z2は,申請疾病である心筋梗塞及び狭心症について,放射線起因性及び要医療性の要件を満たしていたということができるから,本件Z2却下処分は違法であり,取消しを免れない。 第4 争点4(国賠法上の違法性の有無)について 1 却下処分の違法性について(1) 違法性の判断基準- 236 -国賠法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共 1) 違法性の判断基準- 236 -国賠法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであるから,原爆症認定の申請に対する却下処分が放射線起因性又は要医療性の要件の充足に関する判断を誤ったため違法であるとしても,そのことから直ちに国賠法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく,原爆症認定に関する権限を有する厚生労働大臣が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該却下処分をしたと認め得るような事情がある場合に限り,国賠法上違法の評価を受けるものと解するのが相当である(最高裁平成元年(オ)第930号,同第1093号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁参照)。 ところで,厚生労働大臣が原爆症認定を行うに当たっては,申請疾病が原子爆弾の傷害作用に起因すること又は起因しないことが明らかである場合を除き,疾病・障害認定審査会の意見を聴かなければならないものとされている(被爆者援護法11条2項,被爆者援護法施行令9条)。これは,原爆症認定の判断が専門的分野に属するものであることから,厚生労働大臣が処分をするに当たっては,原則として,必要な専門的知識経験を有する諮問機関の意見を聴くこととし,その処分の内容を適正ならしめる趣旨によるものであり,厚生労働大臣は,特段の合理的理由がない限り,その意見を尊重することが要請されていると解される。そして,同審査会には,被爆者援護法の規定により同審査会の権限に属させられた事項を処理する分科会として,医療分科会を置くこととされ(疾病・認定審査会令5条1項),同分科会に属すべき委員及び臨時委員等は,厚生労働大臣が指名 被爆者援護法の規定により同審査会の権限に属させられた事項を処理する分科会として,医療分科会を置くこととされ(疾病・認定審査会令5条1項),同分科会に属すべき委員及び臨時委員等は,厚生労働大臣が指名するものとされているところ(同条2項),同分科会の委員及び臨時委員は,放射線科学者,被爆者医療に従事している医学関係者,内科や外科等の専門的医師といった,疾病等の放射線起因性について高い識見と豊かな学問的知見を備えた者により構成されていることが認められる(弁論の全趣旨)。 以上によれば,厚生労働大臣が原爆症認定申請につき疾病・障害認定審査会の意- 237 -見を聴き,その意見に従って却下処分を行った場合においては,その意見が関係資料に照らして明らかに誤りであるなど,答申された意見を尊重すべきではない特段の事情が存在し,厚生労働大臣がこれを知りながら漫然とその意見に従い却下処分をしたと認め得るような場合に限り,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該却下処分をしたものとして,国賠法上違法の評価を受けると解するのが相当である。 (2) 検討ア本件Z3却下処分及び本件Z4却下処分については,これらの処分が適法であるのは前示のとおりであるから,厚生労働大臣がこれらの処分をしたことについて,国賠法上の違法性は認められない。また,本件Z1却下処分及び本件Z2却下処分について,これらの処分が違法で取り消されるべきものであることは前示のとおりであるけれども,これらの処分は,厚生労働大臣が疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,その意見に従ってされたものであるところ,その意見が関係資料に照らして明らかに誤りであるなど,答申された意見を尊重すべきではない特段の事情が存在したとは認められない。したがって,本件Z1却下処分及び本件Z2 に従ってされたものであるところ,その意見が関係資料に照らして明らかに誤りであるなど,答申された意見を尊重すべきではない特段の事情が存在したとは認められない。したがって,本件Z1却下処分及び本件Z2却下処分についても,国賠法上の違法性は認められない。 イ原告Z1は,新審査の方針及び改定後の新審査の方針において重要な要素である被爆距離が前訴において認定されていた上,前訴控訴審判決において,他の共同原告について,遅発性放射線白内障が存在するため,年齢のみによって放射線起因性を否定することができない旨判示がされ,老人性白内障との厳格な区別を要求すべきではないことは明らかになったのであるから,遅くとも新審査の方針が策定され,前訴控訴審判決が言い渡された平成22年3月11日の段階では,原告Z1の申請疾病は積極認定の対象となることが明らかであるにもかかわらず,「格段に反対すべき事由」がないのに本件Z1却下処分が行われたものであり,本件Z1却下処分は国賠法上違法であると主張する。 しかしながら,新審査の方針においては,「放射線白内障(加齢性白内障を除く。)」- 238 -が積極認定の対象とされていたところ,前記第3の1(3)アで説示したとおり,放射線白内障の発生機序の詳細は,いまだに明らかとはいえない上,前訴控訴審判決も,遅発性放射線白内障が存在するため,年齢のみによって放射線起因性を否定することができない旨判示したにとどまることに照らせば,加齢性白内障との区別が全く不要となったということはできず,原告Z1の申請疾病が積極認定疾病である放射線白内障に該当するか否かを判断するに当たっては,被曝線量等について慎重に検討する必要があったというべきである。そして,被曝線量については,仮に,被爆距離が判明していたとしても,これにより明らかになるの 内障に該当するか否かを判断するに当たっては,被曝線量等について慎重に検討する必要があったというべきである。そして,被曝線量については,仮に,被爆距離が判明していたとしても,これにより明らかになるのは初期放射線量にとどまり,放射性降下物や誘導放射化物質による外部被曝及び内部被曝の線量が直ちに判明するものではないことに照らすと,原告Z1の申請疾病が積極認定の対象となることが明らかであったとはいえず,疾病・障害認定審査会の意見が関係資料に照らして明らかに誤りであるなど,答申された意見を尊重すべきではない特段の事情が存在したとまでは認められない。 よって,原告Z1の主張は,採用することができない。 2 不作為の違法性について(1) 一般に,処分庁が認定申請について相当期間内に処分すべきは当然であり,これにつき不当に長期間にわたって処分がされない場合には,早期の処分を期待していた申請者が不安感,焦燥感を抱かされ内心の静穏な感情を害されるに至るであろうことは容易に予測できることであるから,処分庁には,こうした結果を回避すべき条理上の作為義務があるということができる。そして,処分庁が上記意味における作為義務に違反したといえるためには,客観的に処分庁がその処分のために手続上必要と考えられる期間内に処分できなかったことだけでは足りず,その期間に比して更に長期間にわたり遅延が続き,かつ,その間,処分庁として通常期待される努力によって遅延を解消できたのに,これを回避するための努力を尽くさなかったことが必要であると解すべきである(最高裁昭和61年(オ)第329号,同第330号平成3年4月26日第二小法廷判決・民集45巻4号653頁参照)。 - 239 -被爆者援護法は,その前文において,「ここに,被爆後五十年のときを迎えるに当たり,・・・国 29号,同第330号平成3年4月26日第二小法廷判決・民集45巻4号653頁参照)。 - 239 -被爆者援護法は,その前文において,「ここに,被爆後五十年のときを迎えるに当たり,・・・国の責任において,・・・高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講」ずるとしていることからすれば,その制定時点において,被爆者が既に相当高齢化しており,これに対する援護が急がれることを前提に制定されたものと理解することができる。そして,被爆者援護法の制定(平成6年)から約20年が経過しており,被爆者は例外なく高齢者である上,原爆症認定の申請に係る疾病は,悪性腫瘍(がん)などの重篤なものが多く,厚生労働大臣の応答処分が長期間遅延すると,処分の時点では既に当該申請者が死亡しているという事態も起こり得る。このような被爆者援護法の趣旨や被爆者の現状等に照らすと,原爆症認定の申請に対しては,できる限り早期の応答処分が求められているということができる。 (2) しかしながら,厚生労働大臣は,原爆症認定の申請に対して適正に判断すべき義務をも負っているところ,厚生労働大臣の行う原爆症認定処分は,個々の申請者の被爆状況等を個別的に確定した上で,既往歴,生活環境等の個別事情も考慮し,申請疾病等と放射線との関連性についての高度な科学的・医学的知見に基づく判断を経て行われるものである。しかも,被爆者援護法上,原爆症認定をするに当たっては,原則として,合議制の機関である疾病・障害認定審査会(医療分科会)の意見を聴かなければならず(同法11条2項),合議体による実質的な議論を行うためには相当の事前準備が必要となるのであって,このような原爆症認定制度の性格上,厚生労働大臣が原爆症認定の申請に対して適正な判断を行うためには,その審査に 条2項),合議体による実質的な議論を行うためには相当の事前準備が必要となるのであって,このような原爆症認定制度の性格上,厚生労働大臣が原爆症認定の申請に対して適正な判断を行うためには,その審査に相当程度の期間を要することもやむを得ない面がある。また,医療分科会の委員には,原爆症認定の申請の審査をするにふさわしい学識経験を有する者を任命しなければならない(国家行政組織法8条参照)から,医療分科会の委員の数や開催回数を増やすにも一定の限度があることは明らかであり,事務局の係員についても,予算・定員の制約から,その増員等には相当の困難が伴うというべきである。 そして,証拠(乙全イ91,93)及び弁論の全趣旨によれば,平成20年度か- 240 -ら新審査の方針が導入されたことにより,原爆症認定申請件数が同年度より前は月平均100件程度であったのが,平成20年度以降は月平均700件と急増し,これに伴い,同申請の審査に係る事務処理量も激増したこと,上記の原爆症認定申請件数の急増に伴い,平成20年4月に医療分科会の委員を従前の17名から31名に大幅に増員するとともに,四つの分科会を設置したこと,これにより,月平均280件程度の審査が行えるようになったものの,申請件数の伸びは更にこれを上回っていたため,平成21年10月には,待機件数が8000件に達したこと,被告は,平成22年5月,月平均500件以上の処理を目標とする計画を策定し,医療分科会の委員を2名増員し,二つの部会を追加して設置し,審査体制の更なる拡充を図り,平成22年度には6435件の審査を行い,同年度末時点での待機件数を約3000件まで減少させたこと,その後も平成23年度末には約750件,平成24年度末には約350件と,待機件数を更に大幅に減少させたことが認められる。 (3) 以上 ,同年度末時点での待機件数を約3000件まで減少させたこと,その後も平成23年度末には約750件,平成24年度末には約350件と,待機件数を更に大幅に減少させたことが認められる。 (3) 以上のような原爆症認定制度の性格,当時の申請件数の激増とこれに対する対応等を考慮すれば,厚生労働大臣が,原告らの原爆症認定申請又は異議申立てに対し,相当の期間を超えて更に長期にわたり職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と応答しなかったということはできない。なお,原告Z1は,その申請疾病が積極認定の対象となることが明らかであるにもかかわらず,厚生労働大臣が,長期間にわたりその義務を怠って処分を放置したとも主張するが,原告Z1の申請疾病が積極認定の対象となることが明らかであるとはいえないのは上記1で説示したとおりである上,前記第3の1(3)で説示したところによれば,右白内障については,要医療性の問題も存在したことを考慮すると,原告Z1の主張は採用することができない。 3 小括以上によれば,厚生労働大臣の行為について国賠法上の違法性は認められないから,原告らの国家賠償請求は,いずれも理由がない。 第5 結論- 241 -以上によれば,原告Z1の原爆症認定申請を却下する旨の処分(ただし,右白内障に係る部分に限る。)の取消しを求める請求及び原告Z2の原爆症認定申請を却下する旨の処分の取消しを求める請求はいずれも理由があるから認容し,原告Z1及び原告Z2のその余の請求並びに原告Z3及び原告Z4の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民訴法61条,64条本文を適用して,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第9部 裁判長裁判官市原義孝 訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民訴法61条,64条本文を適用して,主文のとおり判決する。 主文 名古屋地方裁判所民事第9部 裁判長裁判官市原義孝 裁判官髙瀬保守 裁判官西脇真由子は,転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官市原義孝
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