本件は、原告らが亡Bの死亡に関して、被告日本赤十字社及び被告A医師に対し損害賠償を請求した事案である。亡Bは、日赤医療センターにおいて細菌感染症であるウォーターハウス・フリードリクセン症候群(WFS)により死亡した。原告らは、被告日赤に対して診療契約上の債務不履行または不法行為、被告A医師に対しては不法行為に基づく責任を追及した。主要な争点は、被告A医師が適切な診断及び治療を行わなかったかどうかであり、裁判所は、被告A医師の診断が当時の医学的知見に基づくものであり、過失は認められないと判断した。結果として、原告らの請求は一部認められ、被告らは連帯して原告らに対し各金120万円を支払うことが命じられたが、その他の請求は棄却された。
平成15年6月3日判決言渡平成12年(ワ)第25050号損害賠償請求事件 判決 主文 1 被告らは連帯して,原告らそれぞれに対し,各金120万円及びこれらに対する平成12年12月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,これを3分し,その1を被告らの,その余を原告らの,それぞれ負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求被告らは連帯して,原告らそれぞれに対し,各金3672万2646円及びこれらに対する平成12年12月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,被告日本赤十字社(以下「被告日赤」という。)が開設している日本赤十字社医療センター(以下「日赤医療センター」という。)に勤務する被告A医師(以下「被告A医師」という。)が,B(以下「亡B」という。)を診察した際,細菌感染症を見逃し,抗生物質を投与しなかったことにより,又は適切な経過観察及び治療を怠ったことにより,亡Bをウォーターハウス・フリードリクセン症候群(以下「WFS」という。)で死亡させたとして,亡Bの両親である原告らが,被告日赤に対しては診療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき,被告A医師に対しては不法行為に基づき,損害賠償を請求している事案である。 1 前提事実(末尾に証拠を掲記した事実以外は,当事者間に争いがない。)(1) 当事者ア原告C(以下「原告C」という。)と原告D(以下「原告D」という。)は,日本人と英国人の夫婦であり,平成11年3月16日(以下,日時の記載はすべて平成11年である。),英国ロンドンで長男の亡Bが出生した。亡Bは,6月28日午前7時2分,日赤医療セ 告D」という。)は,日本人と英国人の夫婦であり,平成11年3月16日(以下,日時の記載はすべて平成11年である。),英国ロンドンで長男の亡Bが出生した。亡Bは,6月28日午前7時2分,日赤医療センターにおいて,細菌感染症の1種であるWFSで死亡した(甲1号証)。 イ被告A医師は,日赤医療センターに勤務する小児科医である。 (2) 亡Bが死亡するに至った経緯ア原告らは,6月17日午前0時ころ,亡Bに下痢や嘔吐などの症状が出たため,都立広尾病院の夜間救急外来で受診させ,亡Bは浣腸の処置を受けた。原告らは,翌18日午前6時ころにも,亡Bに同病院の夜間救急外来で受診させ,亡Bは抗生物質であるエリスロマイシンや咳・鼻水等の薬であるアスベリン,ペリアクチン,ムコダインの処方を受けた。また,原告らは,昼間に近医で診察を受けるよう指示されたため,亡Bは,せんぽ東京高輪病院で2回受診し,咳止めシロップなどの処方を受け,同日以降は亡Bの咳は治まっていた(甲26号証,甲60号証)。 イ亡Bは,6月25日から発熱し,26日の夕方から熱がさらに上がり,27日(以下,時間のみの記載はすべて平成11年6月27日である。)の朝には体温が38.9度となった。原告らは,亡Bが嘔吐や下痢はないが咳が出ており,ふだんの半分程度しか母乳を飲まずにぐったりしているように見えたため,同日午後3時30分ころ,亡Bに都立広尾病院の救急外来で診察を受けさせた(甲26,27号証,甲60号証,原告C本人尋問)。 同病院における亡Bの所見等は,体温39.0度,心雑音なし,喘鳴なし,湿性ラ音軽度,咽頭やや発赤,全身状態やや不良,顔面蒼白ではない,大泉門平坦,腹部問題なし,というものであり,午後4時の血液検査の結果(以下「本件血液検査結果」という。)は,白血球数9900(単位は,個/マ 軽度,咽頭やや発赤,全身状態やや不良,顔面蒼白ではない,大泉門平坦,腹部問題なし,というものであり,午後4時の血液検査の結果(以下「本件血液検査結果」という。)は,白血球数9900(単位は,個/マイクロリットル。以下,同じ。),ヘモグロビン11.2(単位は,グラム/デシリットル。以下,同じ。),血小板数46万(単位は,個/マイクロリットル。以下,同じ。),CRP(C-creativeprotein,C反応タンパク。炎症等による組織障害によって血中に増加する急性期反応物質の量を示すもの。)3.18(特段の記載がない限り定量法による数字で,その単位はマイクログラム/デシリットル。以下,同じ。)であり,そのころ撮影された胸部レントゲン写真(以下「本件レントゲン写真」という。)では,気管支に陰影が認められた(甲60号証)。 ウそこで,亡Bを診察した同病院の医師は,原告らに対して,亡Bが肺炎を起こす可能性が高いので入院させるよう勧めたが,原告Dが付添入院を希望したため,付添入院が可能である日赤医療センターを紹介し(原告C本人),日赤医療センターの小児科医師にあてて,診断名を「①急性肺炎,②鑑別診断の対象として細菌感染症(敗血症)」と記載した上,「6月18日から咳嗽が出現し,エリスロマイシン,アスベリン,ペリアクチン,ムコダイン等の処方を1日受け,その後は近医にて処方を受けていたが,6月26日から発熱があり,27日には哺乳力が低下したため,都立広尾病院の救急外来を受診したこと,全身状態がやや不良であり,体温が39度,大泉門平坦,胸部理学的所見上ラ音±,腹部理学的所見に異常がないこと,本件血液検査結果のうちの白血球数,ヘモグロビン数,血小板数,CRP値や,入院が必要と思われること,付添いを希望していること」を記載した診療情報提供書(以下「本件診 腹部理学的所見に異常がないこと,本件血液検査結果のうちの白血球数,ヘモグロビン数,血小板数,CRP値や,入院が必要と思われること,付添いを希望していること」を記載した診療情報提供書(以下「本件診療情報提供書」という。)を作成し,本件レントゲン写真とともに原告らに交付した。なお,亡Bは,同病院においては上記診察だけを受けて,投薬などの治療は受けなかった(甲60号証)。 エ原告らは,都立広尾病院で,すぐに亡Bを日赤医療センターに連れて行くよう指示され,亡Bは同センターで診察を受けた(甲26,27号証,原告C本人)。これに伴い,亡Bは,原告ら両親を法定代理人として,被告日赤との間で,亡Bの疾病について,小児科医として要求される高度の知識,技術を駆使して的確な診断を行い,必要かつ適切な処置を遅滞なく実施し,もって亡Bの疾病の回復をはかるため,最善の診療を行うことを内容とする診療契約を締結した。 オ被告A医師は,午後5時20分ころ,本件診療情報提供書,本件血液検査結果,本件レントゲン写真を資料として亡Bを診察し,咽頭部が軽度発赤しているが,呼吸音は清明で,大泉門も平坦であり,機嫌もそれほど悪くないと判断し,CRPの3.18は軽度陽性であると判断した上,白血球数が増加していないことや,レントゲン写真に明らかな肺炎の所見がなかったことや,当時は亡Bの両親である原告Dと原告Cも風邪をひいていたことなどから,亡Bはウィルスによる急性上気道炎以外の所見がないと診断した(乙13号証,被告A医師本人)。そこで,被告A医師は,亡Bを経過観察のため入院させることとし,原告らに対して,亡Bの病床を準備するので1時間後くらいに再度来るよう指示した。 カ原告らは,午後6時30分ころに同センターに戻ったが,その際亡Bの手足に発疹が出ていることに気がつき,亡Bのぐずり 原告らに対して,亡Bの病床を準備するので1時間後くらいに再度来るよう指示した。 カ原告らは,午後6時30分ころに同センターに戻ったが,その際亡Bの手足に発疹が出ていることに気がつき,亡Bのぐずりがひどくなっていることもあり,被告A医師に再度診察するよう求めた(甲26,27号証,原告C本人)。被告A医師は,午後7時ころ,亡Bを再度診察したが,その際の所見は,意識・機嫌について問題となる所見なし,食欲は乏しい,緊張良,呼吸については不整・喘鳴・呼吸困難なし,体幹・四肢に紅斑あり,頚部及びそけい部のリンパ節は触知せず,球結膜充血なし,口唇発赤なし,口腔粘膜・咽頭・扁桃はやや発赤,呼吸音清明,心雑音なし,腹部について問題となる所見なし,というものであり,同時点の体温が午後4時ころの39度から40.7度まで上昇し,ぐずついており,咳嗽はなかった(甲2号証の10,乙2号証,乙13号証,被告A尋問)。 被告A医師は,亡Bのこれらの症状・所見もやはりウィルス感染の症状・所見であると考え,発熱・哺乳力低下による脱水を防止する目的で,補液(ソリタT3号)の点滴静脈注射を開始した。その上で,血小板数も増加していることや発疹も出現してきたことから,川崎病を鑑別する必要もあると考えた。他方,本件血液検査結果及び臨床所見は細菌感染症を示唆するものではないと判断し,細菌感染症のうち,小児に多い尿路感染症を鑑別するため患児への負担が少ない尿検査についてはすぐに実施することとしたが,肝機能・腎機能・電解質や白血球数,CRP値などを把握するための血液検査や血液培養については,これに必要な採血が生後3か月の乳児にとっては大変な負担になるところ,亡Bは3時間前に採血されていたので,翌朝行うこととした。また,咽頭培養も翌朝に行うよう指示した(乙13号証,被告A医師本人) ,これに必要な採血が生後3か月の乳児にとっては大変な負担になるところ,亡Bは3時間前に採血されていたので,翌朝行うこととした。また,咽頭培養も翌朝に行うよう指示した(乙13号証,被告A医師本人)。看護サイドでは,発疹の状態を観察することと川崎病の症状の有無をチェックするという計画を立てた(甲2号証の3,乙2号証37丁)。 キ午後9時25分に判明した亡Bの尿検査の結果は,尿路感染症を否定するものであった。なお,このころA医師は,病名を「急性上気道炎,川崎病,敗血症」,治療計画を「点滴,必要に応じて抗生剤を静注」,推定される入院期間を1週間程度とする入院計画書を作成した。(甲21号証,被告A)ク翌6月28日午前2時30分ころ,看護婦が,原告Dから亡Bの全身に発疹(紅斑であるか出血斑であるかについて争いがある。)が広がっていることを指摘され,被告A医師に報告したところ,同医師は,看護婦に対して今後も増強の有無,程度を観察するよう指示したが,診察はしなかった。その後,看護婦が再度訪室し,亡Bをみたところ,四肢冷感があり,体温は37.8度で,肺への空気の入りはまずまずであった(甲27号証,乙2号証37丁)が,体幹の熱感はむしろ強くなっていた。 ケ同日午前4時40分ころ,亡Bの呼吸停止に気付いた原告Dに呼ばれて訪室した看護婦は,亡Bの心音を聴診したが,聴取することができず,亡Bの顔色,口唇色はみるみるチアノーゼとなった。亡Bは,処置室に搬入され,心マッサージ,酸素投与,痰吸引などの処置を受けたが,口鼻腔から淡黄色の液が中等量流れ出てくる状態となった。これらの処置により,同日午前4時45分,亡Bは,心拍数130台/分,血圧70mmHgまで回復するなどしたが,その後の蘇生措置にもかかわらず,同日午前7時2分,髄膜炎菌による敗血症によって多臓 た。これらの処置により,同日午前4時45分,亡Bは,心拍数130台/分,血圧70mmHgまで回復するなどしたが,その後の蘇生措置にもかかわらず,同日午前7時2分,髄膜炎菌による敗血症によって多臓器不全,特に両側副腎出血を来たして死亡した。 なお,同日午前5時に採血された血液の検査結果は,白血球数1400,ヘモグロビン7.2,血小板数2.1万,CRP7.7であった(乙2号証3丁,24丁)。 (3) 病理解剖結果亡Bについては,6月28日,日赤医療センターにおいて病理解剖が行われた。その結果,肉眼的にWFSの典型的症状である大量の両側副腎出血が認められ,その出血が新鮮でわずかな好中球湿潤を伴っていたことから,中毒性ショックが実際に起こったとされた(乙2号証)。 また,亡Bの病理解剖直前に採取された髄液,病理解剖時の血液,肺組織から,髄膜炎菌が検出された(髄液については7月9日に,血液及び肺組織については同月12日に判明した。)。なお,原告Cからも亡Bと同種の菌が検出された(乙2号証)。 2 争点及び当事者の主張(1) 争点1(抗生物質投与義務の有無)被告A医師は,亡Bの午後7時までの臨床症状及び検査所見からみて細菌感染症を疑い,直ちに抗生物質を投与すべきであったか。 (原告らの主張)ア症状・所見から疑うべき病態(ア) 小児の特徴小児の免疫系は成人よりも未発達であり,特に6か月以下の月齢の乳児期早期の場合は,免疫系がほとんど形成されておらず,6か月以下の乳幼児早期は,外敵である細菌に対する抵抗力が極めて微弱な状態となっている。すなわち,IgGは胎盤通過性があるため出生直後から保有しているが,それ以外の4つの免疫グロブリン(IgM,IgA,IgD,IgE)は,出生直後から形成していかなければならない。そして,もっとも 。すなわち,IgGは胎盤通過性があるため出生直後から保有しているが,それ以外の4つの免疫グロブリン(IgM,IgA,IgD,IgE)は,出生直後から形成していかなければならない。そして,もっとも早く形成されるIgMでも月齢6か月で40%~50%であり,IgAに至っては1歳に至っても成人の20%に止まるにすぎず,また,母から受け継いだIgGにおいても,生後3か月~6か月頃に一旦最低値を示してしまう。 このように,小児とりわけ3か月以下の乳児期早期の場合は,免疫系が著しく未発達で抵抗力がないため,細菌感染症を発症し易く,ひとたび細菌感染症を発症するとあっという間に重篤化し,緊急性を有するので,月齢3か月11日の亡Bのような乳児期早期の場合,細菌感染症が,命にかかわる「重症」かつ「緊急性」を要する重大な疾患として特別の注意が必要とされ,これを見落とさないよう慎重に配慮しなければならない。 亡Bのような3か月11日の乳児期早期の乳児が発熱,特に高熱を発したときの除外診断の際は,①最も可能性が高い疾患としてウィルス感染症を除外診断の対象とするが,②死に直結する緊急かつ重症度の高い疾患として細菌感染症を念頭におくことが必要であり,③細菌感染症を除外するためには明確な根拠が必要である。 (イ) 白血球数が正常値の範囲内である点について午後4時の本件血液検査結果からすると,白血球数は9900で正常値の範囲内にあるが,このことは,細菌感染症を除外する根拠とはなりえない。被告らは,白血球が正常値範囲内だから,細菌感染症と判断できないとしているが,発想が逆である。本件では,細菌感染症を否定できるかどうかこそが問われなければならないからである。 白血球数は,増加していれば細菌感染症を疑う根拠になるが,増加していない時に細菌感染症を否定する根 想が逆である。本件では,細菌感染症を否定できるかどうかこそが問われなければならないからである。 白血球数は,増加していれば細菌感染症を疑う根拠になるが,増加していない時に細菌感染症を否定する根拠にはならない。すなわち,生体が細菌に感染すると,これを貧食するために骨髄で多量の白血球が産生され,それが血中に放出される。細菌に感染して細菌が倍々で増殖していけば,それに対処するため白血球数もそれに応じて産生され,増殖していくことになる。逆に,敗血症などの重度細菌感染症では白血球数がかえって減少することもある。このように,白血球数は細菌の感染・増殖に応じて,時間とともに刻々と変化する数値であるから,白血球数の増加が細菌感染症を疑う根拠になっても,過去の一定時点の白血球数が増加していないからといって現在の症状として細菌感染症を除外する根拠にはならない。 したがって,白血球数が正常値の範囲内にあることで細菌感染症を除外する根拠とするのであれば,過去の一定時点の白血球数から現在の白血球数との比較をした経時的変化の推移を診なければならない。 (ウ) 全身状態について「全身状態」とは多少多義的な概念であるが,①機嫌・活動性,②食欲(哺乳力),③意識状態,④顔つき・顔色,⑤発疹,⑥体位・歩行,⑦呼吸状態などが全身状態ないし一般状態と称されている。 この点,本件では,①機嫌・活動性につき,被告A医師は「それ程機嫌が悪くない」(乙1号証3丁)と評価し,他方,母親は極めて不機嫌で抱いても泣きやまなかったとしている(甲27号証)。②哺乳力についてはカルテ等に「低下」と記載されているが(甲2号証の5,9),③意識状態及び④顔つき・顔色はカルテ等に記載されておらず,不明である。⑤発疹は午後4時にはなかったが,午後6時30分ころには出現している(甲2号証 「低下」と記載されているが(甲2号証の5,9),③意識状態及び④顔つき・顔色はカルテ等に記載されておらず,不明である。⑤発疹は午後4時にはなかったが,午後6時30分ころには出現している(甲2号証の2)。⑥体位・歩行は3か月なので診断外であり,⑦呼吸状態については呼吸抑制マイナスである(甲2号証の8)。 このように,乳児期早期において重要な哺乳力が低下しており,かつ午後4時になかった発疹が午後7時には全身に出現し始めたことを考えれば,明らかに全身状態は不良という他ない。 被告A医師は,「それ程機嫌が悪くない」という独断を下し,これを「全身状態が悪くない」という判断の大きな指標としているが,母親である原告Dが亡Bがぐったりしていたため都立広尾病院を急遽受診させたことからすれば(甲27号証1頁),機嫌は悪かったとしか考えられない。 また,体温が39度で発疹も出ていなかった午後4時,都立広尾病院では「全身状態やや不良」(本件診療情報提供書)と判断されているにもかかわらず,被告A医師は,体温が40.7度まで上昇し,発疹も出始めた午後7時に,かえって「全身状態が悪くない」と判断しており,極めて不合理である。 (エ) 発疹について午後6時30分ころ,亡Bに発疹が発生しているが,発疹は敗血症の重要な所見である。これが出血斑であれば,細菌感染を疑う重要な臨床所見であるところ,被告A医師は,実際には腕の発疹を見ただけで「これはただの発疹で,よくあること」程度にしか関心を払わなかったのであって,この発疹が紅斑であるか出血斑であるか不明である。被告A医師は,あたかも全身を精査して出血斑ではなく紅斑であることを確認したかの如き供述をしているが,その供述は不自然で信用できない。 (オ) CRPについてCRPは少量の血液で短時間に結果が得られ 医師は,あたかも全身を精査して出血斑ではなく紅斑であることを確認したかの如き供述をしているが,その供述は不自然で信用できない。 (オ) CRPについてCRPは少量の血液で短時間に結果が得られるため一般診療に汎用されており,しかも細菌・非細菌感染症の鑑別に信頼性も高い。すなわち,2か月未満ないし6か月以下の発熱児についての多くの報告例は,CRP2.0あるいは3.0をカットオフ値として細菌感染症を鑑別した場合,真陽性及び真陰性の予測率は極めて高値であったとしている。また,CRPのほか,白血球数,赤沈などが鑑別に用いられているが,現時点ではCRPが最も鋭敏である。 よって,生後3か月ないし6か月以下の児に高熱があり,CRPが2.0以上あるいは3.0以上であれば,細菌感染症を疑うべきであるところ,生後3か月11日である亡Bは,体温40.7度,CRP3.18であったから,細菌感染症を疑うべきであった。 (カ) 熱型について午後4時の亡Bの体温は39度であったが,3時間後の午後7時では40.7度と3時間のうちに1.7度上昇し,かつ37度を下回っていないので,亡Bの発熱の熱型は,弛張熱である。そして,敗血症は弛張熱,川崎病は稽留熱であることが多い。したがって,熱型から考えても細菌感染症を疑うべき判断要素があった。 (キ) まとめ以上からすると,本件では,細菌感染症を除外できる明確な根拠はなく,亡Bは生後3か月11日の乳児であり,体温40.7度,CRP値3.18であったから,むしろ細菌感染症の疑いを持たなければならなかった。これらに加え,上記で主張したとおり亡Bの全身状態は不良であり,熱型も弛張熱であったから,さらに強く細菌感染症を疑うべきであった。 イ抗生物質の投与(ア) 上記アのとおり,小児とくに乳児期早期は免疫系が未発達 上記で主張したとおり亡Bの全身状態は不良であり,熱型も弛張熱であったから,さらに強く細菌感染症を疑うべきであった。 イ抗生物質の投与(ア) 上記アのとおり,小児とくに乳児期早期は免疫系が未発達で,細菌に対する抵抗力が極めて微弱な状態となっているため,細菌感染してしまうと,あっという間に全身に感染が広がり,命に関わる危険な状態に陥る蓋然性が高い。 そこで,乳児期早期(特に免疫グロブリンが最低値を示す出生3か月ないし4か月)においては,細菌感染症が疑われたら,血液培養を実施し,培養結果を待たずに,「直ちに」「速やかに」静脈ルートから抗生物質を投与すべきことは医学上確立した知見である。ちなみに,上記の視点から考えると,「直ちに」「速やかに」とは,細菌感染が疑われてから抗生物質投与の準備をして実際に投与するまでに通常必要な合理的な時間の中で最短の時間を指していることは論を待たない。そして,このような時間内に抗生物質を投与することは,特別の知識や経験を必要とするものではなく,通常の知識を持つ医師を当該病院に配置さえしておけば足りるのであって,本件でもこれを行うに格別支障があったわけではない。 そして,投与すべき抗生物質は,当該年齢における疫学的に出現頻度の高い主な起因菌をカバーする抗生物質であり,ペニシリン系アンピシリン(ABPC),セフメタゾン,ゲンタマイシンである。これらの薬剤は,長期間使用されてきた薬剤であり,安全性が確立されている。なお,後に血液培養により起因菌が特定されたら,これに最も感受性の高い抗生物質を投与することになる。 以上より,本件では,当時の臨床医学の実践における医療水準に照らし,午後7時の段階で,直ちに血液培養を実施した上で,上記の抗生物質を点滴静注により十分に投与すべき高度の注意義務が課せられていたの 以上より,本件では,当時の臨床医学の実践における医療水準に照らし,午後7時の段階で,直ちに血液培養を実施した上で,上記の抗生物質を点滴静注により十分に投与すべき高度の注意義務が課せられていたのであり,それにもかかわらずこれを怠った被告A医師には重大な過失があったこと明らかである。 (イ) 被告らは,菌交代現象や重篤な副作用が生じる恐れをもって抗生物質を投与すべきでないとするが,これは広域スペクトルの抗生物質を長期間にわたり使用した特異な場合を取り上げて反論するものであって,亡Bのように細菌感染症から重篤な事態に至ることが疑われる場合には全く当てはまらない論法である。 菌交代現象が起きるほどの長期間にわたって抗生物質を投与しなくても完治ないし症状が改善される蓋然性が高く,あるいは,菌交代現象が仮に起きたとしてもその危険性よりも現時点で問題とされている起因菌を消滅させた方が患者の生命身体の安全に有用である。 また,原告の主張する抗生物質は重篤な副作用が少ない。なお,被告は,ゲンタマイシンは乳児に対して慎重投与であると主張するが,慎重投与の対象は未熟児・新生児であり乳児ではない。 (被告らの主張)ア症状・所見から考えられる病態(ア) 午後5時20分ころの症状・所見について発熱,哺乳力低下が認められているが,機嫌はそれほど悪くない(乙1号証3丁,乙2号証16丁)。そして,咽頭に軽度発赤が認められるので(乙1号証3丁),急性上気道炎である。白血球数9900,CRP3.18,血小板数46万であった(乙2号証22丁)。 ここで,細菌性の急性上気道炎であれば白血球数増加やCRP陽性などの所見が認められるが,ウィルス性の急性上気道炎では白血球数,CRPについて一定の血液検査所見はない。 午後5時20分ころの亡Bの症状・所見に 性の急性上気道炎であれば白血球数増加やCRP陽性などの所見が認められるが,ウィルス性の急性上気道炎では白血球数,CRPについて一定の血液検査所見はない。 午後5時20分ころの亡Bの症状・所見について検討すると,発熱・哺乳力低下は非特異的な所見であり,機嫌もそれほど悪くないこと,急性上気道炎のほとんどがウィルス性であること,白血球数が増加していないこと(亡Bの月齢の白血球数の正常値は5000ないし1万7000程度である。乙7号証6頁,同8号証137頁)から,ウィルス性の急性上気道炎をまず考えるべきである。なお,両親ともに風邪気味であったことからも,亡Bが両親と同一のウィルスに感染して上気道炎を発症していることが疑われた。 ただし,CRPが軽度陽性であるので,細菌性の急性上気道炎である可能性も否定はできない。 (イ) 午後7時ころの症状・所見について亡Bには,午後5時20分ころの症状・所見に加えて,午後7時ころまでに発疹が発現しているが(乙2号証9丁,乙13号証2頁),発疹のほとんどは流行性のウィルス発疹であるから(甲30号証505頁,乙6号証505頁),ウィルス性の急性上気道炎をまず考えるべきであることに変わりはない。また,発熱の持続,咽頭発赤,血小板数上昇,CRP軽度陽性に加え,紅斑が出現したことを考慮すると,川崎病を考えることもできる。 なお,発疹が出血斑であれば,細菌感染症に特徴的な所見であるということができるが,本件における発疹は紅斑であったから,ウィルス性感染が皮膚所見(紅斑)としても現れたものと考えられる。 (ウ) 原告らの主張に対する反論a 白血球数について原告らは,基準範囲内でも個人によっては異常のことがあると主張するが,検査値には個人差がある以上,これは当たり前のことである。検査値には個人差がある 告らの主張に対する反論a 白血球数について原告らは,基準範囲内でも個人によっては異常のことがあると主張するが,検査値には個人差がある以上,これは当たり前のことである。検査値には個人差があることを前提としつつ,検査値を参考にしながら診療を進めていかねばならないので,正常値が定められている。正常値を参考にしながら診療を進めていくことが許されないとは到底いえない。そもそも,亡Bにとっての正常値が通常の乳児と異なっていたとの証拠はどこにもない。 bCRPについてCRPが2.0以上のときは入院管理の方針にしたとする報告例は,直ちに抗生物質を投与する方針にしたかどうかは触れていない。これは,入院管理をしつつ必要に応じて抗生物質を投与するという方針であったものと考えられ,被告病院の方針と同様である。 また,他の報告例は,白血球数の増加とCRP陽性がある場合に細菌感染を示唆するとしているのであり,白血球数の増加もないのに,CRP陽性のみで細菌感染を示唆するとはしていない。また,白血球数1万5000以上のときに細菌感染症を示唆するとしている報告例もある。 c 熱型について原告らは,弛張熱であれば敗血症を疑うと主張するが,本件では,6月28日午前0時ころには解熱剤を使っていないにも関わらず,体温は36.7度まで下がっており,単純に弛張熱であることを前提として論じることはできない。 しかも,医学文献も弛張熱をもって敗血症の特異的所見としているわけではなく,高熱に出血斑があるときに敗血症を考えるという指摘や上気道炎・川崎病の場合にも弛張熱(あるいは稽留熱)であるという指摘もある。 イ治療(ア) ウィルス性感染症を考えた場合,抗生物質は無効であり,治療としては,脱水をさせないことが最も重要である。そのほか,保温,安静,栄養などの一 (あるいは稽留熱)であるという指摘もある。 イ治療(ア) ウィルス性感染症を考えた場合,抗生物質は無効であり,治療としては,脱水をさせないことが最も重要である。そのほか,保温,安静,栄養などの一般的対処療法も重要であるところ,本件では,入院措置のうえ,ソリタT3(500ã)を時間20ãで点滴静注している。 (イ) ただ,細菌感染症の可能性は否定されていないので,鑑別診断により細菌感染症の発症が確認できれば抗生物質を投与する。 本件では,被告A医師は,次のとおりの鑑別診断を行ったが,午後9時25分ころまでの時点では細菌感染症の発症を証明できなかった。よって,同時点までに抗生物質を投与すべきであるとはいえない。 a 胸部レントゲン写真の読影(午後5時20分)肺炎像がないことから,細菌性肺炎は否定的である。また,気管支炎(上気道炎と同様に多くはウィルス性)を示唆する像もない。気管支炎は胸部聴診で肺音がクリアであったことからも否定的である。 b 大泉門の触診および項部所見の確認(午後5時20分)大泉門が膨隆しておらず,項部硬直の所見もないことから髄膜炎も否定的である。 c 尿検査の実施(乳児期早期には尿路細菌感染症が多い。結果が出たのは午後9時25分である。)尿中の白血球数が増えておらず,尿路細菌感染症が否定された。 d 細菌性肺炎,髄膜炎,尿路細菌感染症が否定されたため,細菌感染症で否定されていないのは,菌血症(敗血症)のみと考えてよい(ただし,午後9時25分ころまで重篤な臨床症状はみられていない。)。そこで,被告A医師は,翌朝に予定されていた血液検査の際の採血を血液培養に提出することとした。 (ウ) では,細菌感染症の発症を証明できなくとも抗生物質を投与すべき場合があるか。 a この点,抗生物質の濫用が菌交代現象を招き大き 定されていた血液検査の際の採血を血液培養に提出することとした。 (ウ) では,細菌感染症の発症を証明できなくとも抗生物質を投与すべき場合があるか。 a この点,抗生物質の濫用が菌交代現象を招き大きな社会問題となったこと,抗生物質は決して安全な薬剤ではなく重篤な副作用を惹起するおそれがあること(原告が主張するいずれの薬剤についても重大な副作用として,ショック,急性腎不全などがあり,ゲンタマイシンの乳児に対する投与は慎重投与で,点滴静注の安全性は未確立である。)を考えると,安易な抗生物質の投与は慎むべきである。 すなわち,細菌の証明がなされていないのであれば,全身状態や局所所見,早急に結果が出る各種検査所見(血液検査〔白血球数・CRP・血小板数〕,胸部レントゲン検査,尿検査)を総合して,細菌感染症であることを示唆する症状・所見がない限り,抗生物質を投与すべきであるとはいえない。なお,細菌感染症であることを示唆する所見があっても,軽度の細菌感染症を示唆するときまで,抗生物質を投与すべきであるとはいえない。 小児科領域における医療水準として,細菌の証明がなされていないのに,CRPが3.0以上であれば,他の症状・所見を度外視して機械的に抗生物質を投与するとはされていない。 b 本件では,発熱,哺乳力低下という非特異的症状があるに過ぎず,バイタルサインについては,低体温でなく,血圧も十分に保たれている(午後7時ころの時点で収縮期血圧124mmHg,乙2号証53丁の緑)。したがって,全身状態不良とはいえない。また,咽頭発赤は軽度であり,髄膜炎や肺炎を示唆する症状・所見はなく,顕著な局所所見も認められない。さらに,CRPは軽度上昇しているとしても,白血球数の増多あるいは減少,血小板数の減少はいずれもなく,血液検査所見も細菌感染症を示唆するもので 唆する症状・所見はなく,顕著な局所所見も認められない。さらに,CRPは軽度上昇しているとしても,白血球数の増多あるいは減少,血小板数の減少はいずれもなく,血液検査所見も細菌感染症を示唆するものではない(仮に,細菌感染症を疑うとしても,入院処置のうえ対処療法と経過観察で足りる程度である。)。 したがって,細菌の証明がなされていない午後7時ころの時点において,抗生物質を投与すべきであるとはいえない。 (2) 争点2(経過観察義務違反の有無)被告A医師は,亡Bの経過を十分に観察して同人の容体の変化に応じた適切な治療をすべき義務を怠ったか。 (原告らの主張)ア経過観察義務小児の場合,病勢の進行が早く,病態の変化が多様であるため,慎重な経過観察が必要である。そして,ささいな症状であっても,重篤な疾患の初期症状であることが多く,注意深い観察が必要であり,初期対応の適否が予後を左右する場合が少なくない。したがって,慎重な経過観察と適切な初期対応が特に重要となる。 具体的には,バイタルサイン,すなわち①体温,②心拍数,③呼吸数,④血圧,⑤意識レベルという客観的なデータの的確な把握が最も重要である。また,本件においては,発疹のその後の広がりの程度もチェックすべきである。 そして,亡Bは月齢3か月11日という免疫力が生涯の中で最低値を示し,細菌感染症を発症すればあっという間に重篤化しやすい時期にあったから,バイタルサインのチェックも,「短時間」「半日」のスパンで手遅れにならないようこれに対処できるようなものでなければならない。さらに,本件では,①都立広尾病院において細菌感染の疑いから鑑別診断のために入院を勧められ,急遽転院措置がとられてたという経緯とともに,②都立広尾病院(午後4時ころ)で39度であった体温が,被告病院で診察をけた は,①都立広尾病院において細菌感染の疑いから鑑別診断のために入院を勧められ,急遽転院措置がとられてたという経緯とともに,②都立広尾病院(午後4時ころ)で39度であった体温が,被告病院で診察をけた受けたとき(午後7時ころ)には40.7度まで急上昇し,かつ発疹が出現し始めるなど,症状が急速に悪化し始めているという事実に照らして考えれば,より一層,短時間のスパンでのバイタルサインのチェックをしなければならない。 したがって,本件では,モニター装置を装着して自動継続的にバイタルサインや発疹をチェックすべき義務があり,仮にモニター装置を装着しないのであれば,少なくとも最低1時間おきにバイタルサインをチェックすべき義務がある。そして,被告A医師の小児科分野での専門性及び被告病院が救急救命センターとして高度の医療設備と人員を配備し,一般開業医よりも高度でかつ大病院の中でもとりわけ高度の注意義務を履行することが可能でかつそれが求められていることからすると,被告らに上記措置を実施することを要求しても酷ではない。 イ経過観察義務違反本件では,被告が作成した「診療経過一覧表」が正しいと仮定したとしても,下記のとおりのバイタルサインのチェックしか実施されていない。なお,( )は,実施について原告否認である。 体温心拍数(脈拍) 呼吸数血圧PM 5:20 × × × ×PM 7:00 40・7度 180/分 50/分 (124㎜Hg)AM 0:00 (36・7度) × × × AM 1:00 × (128/分) × × 0:00 (36・7度) × × × AM 1:00 × (128/分) × × AM 2:30 37・8度 134/分 52/分 ×AM 4:40 ⇒心停止途中,心肺機能が一時的に回復することもあった。 AM 7:02 死亡確認上記のように,被告らは,基本的なバイタルサインのチェックをほとんど怠っている。被告A医師の2度目の診察が終了した午後7時以降について見てみると,仮に被告の主張が全面的に正しいと仮定したとしても,心停止に至る6月28日午前4時40分までの約9時間の間に,①血圧は皆無,②呼吸数は1回(同日午前2時30分),③脈拍数は2回(同日午前1時と同日午前2時30分),④体温測定は2回(同日午前0時と同日午前2時30分)である。 特に,6月28日午前2時30分ころ,看護婦がドクターコールをしたのは,亡Bの全身に発疹が広がり明らかに症状が悪化してきていたからであるにもかかわらず,被告A医師は,単に「今後も増強の有無,程度を経観してください」と指示したのみで,自ら来診しなかった(甲2号証の2)。これは,患者に対する同医師のおざなりな姿勢を端的に示している。さらに,医療水準は,「診療契約に基づいて当該医療機関に求められる医療水準」であり,患者がどのような診療を求めているかという当事者の意思が尊重されなければならないところ,原告Dはこの時点で被告A医師の診察を求める意思を有していたから,被告A医師は,当然来診すべきであった。 以上より,本件では,被告A医師に著しい経過観察義務違反が認められる。免疫力が最低値を ,原告Dはこの時点で被告A医師の診察を求める意思を有していたから,被告A医師は,当然来診すべきであった。 以上より,本件では,被告A医師に著しい経過観察義務違反が認められる。免疫力が最低値を示す月齢時期の乳児で,40.7度の高熱が現れ,CRPが3.18で,発疹が全身に広がってきているという明らかに重篤感のある患児に対する,このような著しく怠慢な経過観察義務違反を許すべきではない。 (被告らの主張)被告は,午後7時ころ,(啼泣している状態で1分当たりの脈拍数176,呼吸数52,収縮血圧124㎜Hg,体温40.7度),翌28日午前0時ころ(体温36.7度),同日午前2時30分ころ(体温37.8度,脈拍数134,呼吸数52)にバイタルサインのチェックをしており,それ以外にも巡視して状態を確認している。 バイタルサインの確認が不十分であるとか,そのためにショックあるいはプレショック状態を見過ごしたということはない。 (3) 争点3(因果関係の有無)被告A医師の過失と亡Bの死亡との間に相当因果関係が認められるか。 (原告らの主張)ア亡Bは,被告A医師によって午後7時までに抗生物質を投与されなかったために死亡した。 (ア) WFSは,髄膜炎菌による敗血症によってもたらさせるものであるが,敗血症は,菌血症・敗血症・重症敗血症・敗血症性ショック・多臓器機能障害という流れで次第に重篤化していくものである。その過程の中で,WFSは,副腎が出血することによってショック状態となり副腎機能が脱落・障害する疾患であり,敗血症性ショック状態ないしはそれよりも重篤な程度までに敗血症が進行した疾患である。 そして,副腎出血を引き起こしショック状態になる前の,単なる菌血症や敗血症,あるいは重症敗血症の段階で早期に適切な治療,すなわち早期に適切な抗生 も重篤な程度までに敗血症が進行した疾患である。 そして,副腎出血を引き起こしショック状態になる前の,単なる菌血症や敗血症,あるいは重症敗血症の段階で早期に適切な治療,すなわち早期に適切な抗生物質を十分投与することで,数日で血液中から原因菌を消失させることができることは一般的に知られているところであり,多くはそのまま快方に向かうので救命の可能性が高い。 (イ) 本件では,細菌培養感受性検査(甲2号証の11・乙2号証25丁)をみると,細菌を阻止するための最小限度の濃度であるMICが3+となっている。 特にABPC(アンピシリン)に対してもMICが3+になっており,最も一般的に使用されかつ安全性が確立しているアンピシリンを十分に投与しておけば,良く効いていたことが判明している。 (ウ) ショック状態の典型的症状は,①顔面蒼白,②虚脱状態,③冷汗,④脈拍微弱または触知不能,⑤呼吸困難ないし呼吸不全であり,初期症状としてチアノーゼや頻脈が現れる。また,敗血症性ショックが発生すると,血圧は低下しがちとなるが,皮膚は暖かく(逆説的に暖かい四肢),頻脈,頻呼吸及び尿量過小がみられ,末梢のチアノーゼと斑点を伴う冷たく青白い四肢は後期の徴候である。 (エ) 本件では,①午後7時の段階では,看護経過用紙に,「体温40.7度」「全身まばらに発疹あり」とあるにすぎないこと(甲2号証の3),②午後5時20分ないし午後7時の時点に記載したと思われる「呼吸抑制がマイナス」との記載があり,他には,発疹を認めているにすぎないこと(甲2号証の7),③午後5時20分ないし午後7時の時点で記載したと思われる「呼吸困難はマイナス」との記載があること(甲2号証の10),④他に,午後5時20分ないし午後7時の段階でショック状態をうかがわせる徴候が認められような記載が何らないこと の時点で記載したと思われる「呼吸困難はマイナス」との記載があること(甲2号証の10),④他に,午後5時20分ないし午後7時の段階でショック状態をうかがわせる徴候が認められような記載が何らないことからすれば,午後5時20分ないし午後7時の段階では,敗血症性ショック状態に陥っていなかったことは明らかである。 (オ) ところが,6月28日午前2時30分ころの段階では,①亡Bの発疹は広がっており,亡Bは非常に苦しそうに呼吸し,ひどくむずがっていたこと(甲27号証),②看護経過用紙に,「児,四肢冷感↑あり」と記載されていること(甲2号証の3)からすれば,この時点で少なくともショック状態の徴候が現れ始めたといえる。そして,午前4時30分の段階では,看護経過用紙に,「チアノーゼ著明となる」「心音聴かれず」などと記載されていること(甲2号証の3)から,この時点でショック状態になったことは明らかである。 (カ) 以上のように,午後7時ころは,副腎出血によるショック状態などのWFSの重篤な症状は出ておらず,WFSが発症していたとは認められない。したがって,午後7時の時点で被告A医師が亡Bに対して直ちに抗生物質を投与していれば,亡Bの命を救うことができた高度の蓋然性がある。 (キ) 被告らは,6月27日午後5時20分の時点で,亡BにWFSが発症していたことや症状は出ていないが副腎出血が起きていなかったとはいえないことを前提に同症候群の臨床経過が急速であることをもって救命可能性を否定する。しかし,仮に,同時点で同症候群が発症していたとしたら,副腎出血に伴うショック状態や呼吸停止・心停止など明らかな危篤状態となっていたはずだが,そのような事態に陥っていなかったことは争いのないところであるし,副腎出血はあるが症状は出ないというのは何ら根拠のない独自の見解である。 や呼吸停止・心停止など明らかな危篤状態となっていたはずだが,そのような事態に陥っていなかったことは争いのないところであるし,副腎出血はあるが症状は出ないというのは何ら根拠のない独自の見解である。 本件で問われるべきは,WFS症候群発症後に抗生物質を投与した場合の救命可能性ではなく,細菌感染症の徴候が出現した段階で抗生物質を投与した場合の救命可能性である。 イ経過観察義務違反と死亡との因果関係被告A医師が経過観察を尽くしていれば,遅くとも6月28日午前2時30分の時点で,細菌感染症を疑い,これに対する広域スペクトルの抗生物質の投与を行うことができ,救命可能性があったものである。 ところで,この経過観察義務違反も,不作為型の過失であるところ,本来為すべきことを尽くしていない被告おが,自ら何の立証もしないままに,因果関係は原告の立証責任だとして,その責任を免れるのは,それ自体正義に反し不当と言わざるを得ない。 確かに,午前2時30分までの経過観察義務違反は,抗生物質投与義務違反に比べ死期により近いだけに,果たしてこの時点で抗生物質を投与して救命できたか否かについては不明な点もあろう。しかし,逆にこれを否定する論拠も何一つない。WFSの進行が一般的に急激であることは,本件において亡Bを救命できなかったという具体的な証拠たり得ないし,またそれを許すべきでもない。 (被告らの主張)ア細菌感染症を疑って抗生物質を投与すべき義務違反と死亡との因果関係(ア) WFSは,非常に電撃的な経過をたどり,死亡率が極めて高く,抗生物質さえ投与しておけば救命できるという医学的知見はない。 (イ) これに対し,原告らは,午後7時までの段階では,亡BにWFSは発症しておらず,この時点までに抗生物質を投与しておけば,亡Bを救命することができたと主張す ば救命できるという医学的知見はない。 (イ) これに対し,原告らは,午後7時までの段階では,亡BにWFSは発症しておらず,この時点までに抗生物質を投与しておけば,亡Bを救命することができたと主張する。 しかし,WFSは典型的症状が完成する前に悪寒戦慄,発熱,全身倦怠感などの症状が出現するのであり,WFS=ショック,呼吸停止・心停止とは考えられていない。同症候群において,副腎出血は特徴的な所見ではあるものの,副腎機能の不全がその病態を決定しているとはいえず,ショック状態になっていなければ副腎機能不全もなく,副腎機能不全がないならWFSも発症していないという論理は成り立たない。 また,感受性があり有効であるはずの抗生物質の投与が,ショック,呼吸停止・心停止の前に使用されても,病状の進行を止めうるものとはいえないことは報告例からも明らかである。すなわち,発熱・咽頭痛・関節痛で発症し,入院後,ショック,呼吸停止・心停止に陥る前に抗生物質(CET)やステロイドを含んだ治療が開始されているものの,ショック状態に陥り,死亡した例(乙11号証)や,発熱,嘔吐があった段階で,抗生物質(リンコマイシン)などを投与したが救命できなかった例(乙12号証)が報告されている。 仮に,抗生物質を投与するにしても,敗血症を除外診断として考慮している,ないしは疑っているという段階であれば,抗生物質の量は,いわゆる大量投与(少なくとも通常使用量の約2倍程度)ではなく,一般的な量の投与であるため,救命し得たとは言い難い(乙16号証3頁)。 さらに,被告A医師が最初に亡Bを診察した午後5時20分から,ショック状態を呈した6月28日午前4時40分ころまで,わずか11時間程度しか経っていないことからすると,最初の診察時に副腎出血がおきていなかったとはいえない(症状 Bを診察した午後5時20分から,ショック状態を呈した6月28日午前4時40分ころまで,わずか11時間程度しか経っていないことからすると,最初の診察時に副腎出血がおきていなかったとはいえない(症状としては出現していなかったと考え得る。)。 イ経過観察義務違反と死亡との因果関係6月28日午前2時30分のバイタルサインから見て,ショックあるいはプレショックというべき所見は現れていない。先に述べたとおりWFSは電撃的経過をたどるのが通常であり,バイタルサインで急変する予兆を捉えて対応するというのは到底困難な話であり,バイタルサインの確認次第で救命し得ると考えられない。 (4) 争点4(損害)(原告らの主張)ア亡Bの被告らに対する損害賠償請求権(ア) 逸失利益金4676万8449円亡Bは,死亡当時,生後3か月であり,18歳から67才まで稼働可能であった。賃金センサスによれば,全年齢の男性の平均年収は569万6800円である。生活費控除は50%が相当である。中間利息控除については,定期預金の金利が1%にも満たない現状ではライプニッツ係数は不適切である。67年のホフマン係数29.0224から18年のホフマン係数12.6032を差し引くと16.4192となる。 5,696,800×0.5×16.4192=46,768,449(イ) 慰謝料金2000万円死亡による精神的苦痛は耐え難いものであり,その額は2000万円を下回ることはない。 (ウ) 弁護士費用金667万6844円逸失利益と慰謝料の合計額の10%が適当である。 (46,768,449+20,000,000)×0.1=6,676,844(エ) 合計金7344万5293円イ相続原告Cは亡Bの父親であり,原告Dは亡Bの母親であって,原告らは亡 (46,768,449+20,000,000)×0.1=6,676,844(エ) 合計金7344万5293円イ相続原告Cは亡Bの父親であり,原告Dは亡Bの母親であって,原告らは亡Bの右損害賠償請求権を各2分の1ずつ相続した。 ウよって,原告らは,被告らに対して,不法行為(被告日赤については使用者責任)または診療契約上の債務不履行(被告日赤について)に基づき,連帯して,各3672万2646円及び訴状送達の日の翌日である平成12年12月8日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告らの主張)損害に関する上記原告らの主張のうち,原告Cが亡Bの父親で,原告Dが亡Bの母親であることは認めるが,その余の事実は不知,法律的主張は争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点1(抗生物質投与義務の有無)について本件では,亡Bが平成11年6月28日午前7時2分に日赤医療センターで細菌感染症の1つであるWFSにより死亡したことは当事者間に争いがない。そこで,亡Bの担当医であった被告A医師が,6月27日午後7時までの亡Bの臨床症状及び検査所見などにより,細菌感染症を疑い,亡Bに対して直ちに抗生物質を投与すべきであったか否かについて検討する。 (1) 午後7時の亡Bの状態についてこの点については,前提事実(2)に記載されているところであるが,その要旨は,以下のとおりである。 ア午後4時ころ実施された血液検査の結果(本件血液検査結果)は,白血球数9900,ヘモグロビン11.2,血小板数46万,CRP3.18であった。 イそのころ撮影された胸部レントゲン写真からは,肺炎の所見は認められなかった。 ウ都立広尾病院での亡Bの主訴は,6月26日から発熱があり,27日には哺乳力が低下したというものであ 。 イそのころ撮影された胸部レントゲン写真からは,肺炎の所見は認められなかった。 ウ都立広尾病院での亡Bの主訴は,6月26日から発熱があり,27日には哺乳力が低下したというものであり,同病院での診断では,全身状態がやや不良であり,体温が39度,大泉門平坦,胸部理学的所見上ラ音±,腹部理学的所見に異常がないと認め,急性肺炎,鑑別診断の対象として細菌感染症(敗血症)と診断し,入院の必要性を認めた。 エ被告A医師は,午後5時20分頃,上記ア,イ,ウの結果をふまえ,咽頭部が軽度発赤しているが,白血球数が増加していないこと,呼吸音は清明で,大泉門も平坦であり,機嫌もそれほど悪くないと判断したこと,両親も風邪をひいていたことから,ウィルスによる急性上気道炎以外の所見はないと判断した。 オ被告A医師は,午後7時ころ,亡Bを再度診察したが,その際の亡Bの主訴は,手足に発疹が出ていること,ぐずりがひどくなっていることであり,その際の所見は,意識・機嫌について問題となる所見なし,食欲は乏しい,緊張良,呼吸については不整・喘鳴・呼吸困難なし,体幹・四肢に紅斑あり,頚部及びそけい部のリンパ節は触知せず,球結膜充血なし,口唇発赤なし,口腔粘膜・咽頭・扁桃はやや発赤,呼吸音清明,心雑音なし,腹部について問題となる所見なし,体温は午後4時ころの39度から午後7時には40.7度まで上昇し,ぐずついており,咳嗽はなかった,というものであった。 (2) 細菌感染症診断の可能性このような午後7時の状態の下で,被告A医師が亡Bについて細菌感染症を発症していたと診断することが可能であったか否かであるが,細菌感染症の発症を示す手掛りになるのは,CRPの数値と全身状態であるので,この点を中心に検討する。 ア一般的に小児において,発熱の原因疾患と していたと診断することが可能であったか否かであるが,細菌感染症の発症を示す手掛りになるのは,CRPの数値と全身状態であるので,この点を中心に検討する。 ア一般的に小児において,発熱の原因疾患としてもっとも多いのはウィルス感染症(いわゆる感冒,かぜ)であり,なかでも急性上気道炎の頻度が高いが,重症細菌感染症など重篤な疾患が少数ながら混在する。そして,乳児期早期は,免疫力が未熟なため,症状の変化が急激であり,感染を限局化することが難しいため,全身に広がりやすくかつ局所症状に乏しく,また,それ以上の年齢の児に比して細菌感染症の割合が高い(甲9,10号証,甲28号証,甲30,31号証,甲34号証,甲36号証,甲40号証,甲42号証,甲46号証,甲51号証,甲53号証,乙6号証,乙19号証,乙20号証)。 そこで,小児の発熱に際しての診断では,頻度の高い急性上気道炎を念頭に置きつつ,非細菌感染症か細菌感染症であるかの鑑別をできるだけ早期にしかも確実に行い,細菌感染症を見逃さないことが,一般臨床上重要であるといわれている(甲30号証,甲37号証,甲40号証,甲42号証,甲45号証,甲51号証,乙6号証)。 イ次に,ウィルス感染症か細菌感染症かの鑑別の方法については,白血球数,白血球分画,赤沈,CRPなどの検査所見が有用であるとされ,細菌感染症では,白血球数増加,核の左方移動,赤沈亢進,CRP陽性がみられるが,ウィルス感染症では,白血球数は減少ないし軽度増加,CRPは正常であることが多い。(甲11号証,甲18号証,甲30号証,甲37,38号証,甲40号証ないし甲43号証,甲45,46号証,甲51号証ないし甲53号証,乙6号証)。 一方,哺乳力低下や体温の上昇,発疹の出現等は,ウィルス感染症と細菌感染症のいずれでもみられることがある(甲1 0号証ないし甲43号証,甲45,46号証,甲51号証ないし甲53号証,乙6号証)。 一方,哺乳力低下や体温の上昇,発疹の出現等は,ウィルス感染症と細菌感染症のいずれでもみられることがある(甲10号証,甲13号証,甲18号証,甲24号証,甲29号証,甲52号証,甲72号証,乙18,19号証)。また,発熱時に発疹が出現するのはウィルス性疾患に多いが,髄膜炎菌性敗血症(本件のWFSもこの一例である),急性白血病,薬疹にも注意が必要であるとされている(甲32号証)。 ウところで,CRP(C-reactiveprotein,C反応性蛋白)は,炎症の急性期に血中に増加するタンパク(急性相反応タンパク acutephasereactants)に着目した臨床検査の1つで,抗体よりも早く生成されて血中に上昇し,定量が可能であるため,疾患の重症度や予後の判定の指標として,日常の臨床で最も繁用されているものであり,CRPによる細菌感染症の診断については,以下のような事例が報告され,あるいは刊行されている。 (ア) CRPが1.0未満であれば,すぐに解熱するウィルス症候群である可能性が高く(甲15号証),合併症のないウィルス感染では正常であることが多い(甲43号証)。 (イ) CRPの正常値を定量法で0.5以下,定性法(毛細血管沈降法)で陰性としたもの(性差,年齢差はない)や,異常値を定量法で1.0以上,定性法で±以上の陽性としたものがあり(甲55号証),抗生物質治療が必要な細菌感染症による発熱12例中11例で,入院時の白血球数,尿,赤沈,CRP検査に異常値が認められた(甲18号証)。CRP陽性は,一般に細菌感染症の診断に役立つ(甲11号証)。 (ウ) 2か月未満の小児について,CRP2.0以上または全身状態不良の場合は細菌感染症の可能性が高く,1 値が認められた(甲18号証)。CRP陽性は,一般に細菌感染症の診断に役立つ(甲11号証)。 (ウ) 2か月未満の小児について,CRP2.0以上または全身状態不良の場合は細菌感染症の可能性が高く,10例中9例は細菌感染症であり,うち抗生物質を静注したのは2例である(甲37号証)。 (エ) CRPは現時点の炎症の程度をよく反映する。また,細菌,非細菌感染の鑑別にも有用なため日常診療に利用されていると評価し,3か月未満の乳児について,CRP2.0未満の173例中,細菌感染症であったものは3例であるが,CRP2.0以上の31例中27例が,CRP3.0以上の25例の全例(うち抗生物質を静注したのは3例)が,細菌感染症であった(甲38号証)。 (オ) 3か月未満の小児について,CRPが2.0以上であれば,細菌感染症であり重症である可能性を強く示唆する。発熱は38度未満であるから軽傷であるとは限らない(甲41号証)(カ) CRPは,ウィルス感染症では陰性だが,細菌感染症では陽性化する(甲45号証)。CRP正常値の上限は,乳児(生後1か月から1年)については1.6である(甲56号証)。 (キ) 菌血症かどうかの余地は,白血球よりもCRPやTNFの方がよく相関し,ウイルス感染ではCRPの上昇はまれだが,細菌感染の場合にはよく見られる。(甲46号証)(ク) 白血球数とその分類を参考にして,CRPが3.0未満であればウィルス性の可能性大として内服薬にて経過を見るが,CRPが3.0以上の場合は,細菌性の可能性大として感染源を調べるとともに,静脈ルートからの治療をするために入院するとされている(甲51号証,ただし,この文献は,内科医が小児患者に対応する際に必要とされる知識を記載したもの。)。 (ケ) 4か月までの乳児について,CRP定性法3+(定量法では,甲55 ために入院するとされている(甲51号証,ただし,この文献は,内科医が小児患者に対応する際に必要とされる知識を記載したもの。)。 (ケ) 4か月までの乳児について,CRP定性法3+(定量法では,甲55号証を基準とすると3.0ないし4.8となり,乙15号証を基準とすると4.1ないし6.0となる。)は,すべて細菌感染症か川崎病であったと報告され,白血球数1万5000以上または5000以下,赤沈30mm/hr,CRP陽性などの場合には入院のうえ抗生物質投与の適応がある(甲52号証)(コ) 4か月未満の乳児に関し,細菌感染症との鑑別にCRPが最も有用で,5.0以上での細菌感染症に対する感度は64.4%であったが,これは細菌感染症の約3分の1は5.0以下であることを意味しているとされ,CRP値が高値であれば細菌感染症若しくは川崎病の可能性が高いと考えてよい,臨床症状が発熱以外になく,髄液検査,尿検査,炎症反応に異常がなければ抗生物質治療なしに経過を観察してもよい。(乙18号証)エ以上の各文献の見解を総合すれば,遅くとも平成11年頃までには,乳児の場合で,発熱があり,しかも,CRPの検査結果が一定の数値(おおむね3.0)以上であれば,細菌感染症が疑われるし,疑うべきであるとの知見が数多く報告され,公刊されていたこと,多くの小児科医においても,このような知見に基づいて細菌感染症か否かの診断をすることが広く普及していたこと,重症細菌感染症の基準を満たさないので有れば安易に抗生物質を投与するべきではないが,乳児が高熱を発していてCRPが3.0以上であれば,重症細菌感染症が疑われるので,早期に抗生物質を投与する必要があること,などの事実を認めることができる。 オそして,本件における亡Bは,前記認定のとおり,6月27日の午後7時の時点においては,CRP 細菌感染症が疑われるので,早期に抗生物質を投与する必要があること,などの事実を認めることができる。 オそして,本件における亡Bは,前記認定のとおり,6月27日の午後7時の時点においては,CRPが3.18で,しかも,体温は,午後4時の段階で39度であったものが,午後7時の時点では40.7度になり,3時間の間に体温が1.7度も上昇していただけではなく,哺乳力の低下や,発疹の出現などの各臨床症状も認められていたのであるから,客観的にこれらの症状や検査結果を総合して判断すれば,亡Bについては,上記の午後7時の段階で細菌感染症の発症を疑わせるに足りる十分な所見があったというべきである。そして,被告A医師は,日本でも著名な病院の1つである日赤医療センターの小児科の専門医であったのであるから,他に特段の事情がない限り,午後7時の時点で明らかとなっていたこれらの症状や検査結果によって,亡Bが細菌感染症を発症しているものと判断することができたというべきである。 カもっとも,被告らは,CRPが異常値を示していても,他の臨床所見や検査所見を参考に判断すべきであって,本件は細菌感染症を疑うべき場合ではなかったと主張しているので,この点について検討する。 (ア) まず,被告らは,原告らが提出した前記文献のうち,生後2か月未満の場合(甲37号証)や生後3か月未満の場合(甲38号証,甲40,41号証)に関するものを,生後3か月11日の亡Bの診断・治療に関する判断の根拠とすることはできないと主張する。 しかし,生後2か月未満や生後3か月未満の乳児について特別に扱うべきとする理由は,免疫力が未熟なことにあると考えられるところ,免疫グロブリンは生後3ないし4か月で一生のうちで最も低くなり,重症の感染症にり患する機会が多いなどとされていること(甲9,10号証, べきとする理由は,免疫力が未熟なことにあると考えられるところ,免疫グロブリンは生後3ないし4か月で一生のうちで最も低くなり,重症の感染症にり患する機会が多いなどとされていること(甲9,10号証,甲31号証),生後3か月未満と生後3か月以上で分けずに乳児全般について述べた文献(甲35,36号証)や,生後3か月以下(甲34号証),生後4か月未満(甲18号証),生後4か月以下(甲52号証),生後6か月未満(甲40号証,甲51号証,甲68号証),生後6か月以下(甲53号証)の乳児についての文献においても同様の内容が述べられていること,被告A医師も生後3か月未満と生後3か月11日は多少違うとしつつも,生後3か月未満についての文献も視野に入れるとしていることからすると,3か月未満の児を対象とした文献も視野に入れて考察しうるとするのが相当である。 (イ) また,被告A医師は,当裁判所における本人尋問において,CRPは,ウィルス感染症か細菌感染症にかかわらず,炎症,重症度,組織障害の程度を示す指標であり,CRP値の高低によりウィルス感染症と細菌感染症を鑑別することはできない,また白血球数が2万を超していれば細菌感染症を疑うと供述している。しかし,ウィルス感染症と細菌感染症の鑑別におけるCRPの意義と有効性について数多くの文献が存在することは,前記認定のとおりであり,当裁判所に提出されているその他の文献によっても,被告A医師の供述にそのまま合致する報告などは認められない。 (ウ) しかも,被告A医師は,本件においては午後7時の段階で亡Bの全身状態がよかったと供述し,これを前提として,生後3か月11日の亡BのCRP3.18,体温40.7度という所見に,「全身の状態や何かの診察の所見が加われば」抗生物質を投与すべきエビデンスがあると判断したと供 よかったと供述し,これを前提として,生後3か月11日の亡BのCRP3.18,体温40.7度という所見に,「全身の状態や何かの診察の所見が加われば」抗生物質を投与すべきエビデンスがあると判断したと供述している。しかし,被告A医師はカルテに「それほど機嫌は悪くない(notsobadtemper)」という記載をしているのみであること,本件において,亡Bは,午後3時30分から午後4時ころにかけて,都立広尾病院において診察を受け,その際,全身状態やや不良と判断されているところ,被告A医師が2回目に診察した午後7時には,都立広尾病院において39度であった体温が40.7度に上昇し,発疹も出現したこと(争いのない事実)からすると,午後3時30分頃に比べ,亡Bの全身状態が改善したとは考えにくいこと,亡Bの母親である原告Dが,亡Bの状態が悪かった状況を具体的に述べていること(甲27号証)を併せ考えると,被告A医師が診察した午後5時20分と午後7時の時点における亡Bの全身状態は,少なくともよかったと認めることはできない。 したがって,被告A医師の上記供述を採用することはできない。 (エ) なお,被告らは,甲30号証・乙6号証には,「CRPが陰性・弱陽性で白血球数の増多もなくリンパ球優位の場合はウィルス感染の可能性が高い。」との記載があるところ,本件血液検査結果のCRP定量性検査の3.18はCRP定性の弱陽性に該当すると主張しているが,そもそも同号証には,「弱陽性」の具体数値の記載がない。 この点について,被告A医師は,「4とか5とかいう数字までは軽度」とし,CRP3.18は軽度陽性であり,CRP値が「10を超していれば」細菌感染を強く疑う根拠となると供述し,その根拠として自らの経験を挙げている。しかし,このような供述は文献上の根拠を欠く 軽度」とし,CRP3.18は軽度陽性であり,CRP値が「10を超していれば」細菌感染を強く疑う根拠となると供述し,その根拠として自らの経験を挙げている。しかし,このような供述は文献上の根拠を欠くものである上,前記エ(ケ)に認定のところによれば,CRP定性法の3+が定量法の3.0ないし4.8または4.1ないし6.0に相当すると認められるから,CRP定量法の3.18は定性法の2+または3+に相当するというべきである。したがって,CRP3.18が甲30号証・乙6号証にいう「軽度陽性」に該当するとの被告A医師の供述を採用することはできない。 (オ) さらに,被告らは,CRPの上昇に対する抗菌剤の投与を否定する文献(乙17号証,平成13年3月発行)を提出している。この文献は,発熱患者に対して「何はともあれ何か抗菌薬を投与しておく」という治療を見直すべきだとの考えから書かれたものであるが,個別的な場合については特に触れておらず,本件の亡Bのような,月齢3月11日の乳児が40度の高熱を発していて,CRPが3.18を示している場合にも抗菌薬を投与しないことまで示唆する記述はない。そして,この文献以外に,本件のようなケースで抗生物質の投与を否定するような文献は,いずれの当事者からも提出されていないから,このような見解が一般的な理解であるとすることもできない。 (カ) したがって,本件の亡Bの場合はCRPが異常値を示していても細菌感染症を疑うべき場合ではないとの被告らの主張を採用することはできないというほかはない。 (3) 被告A医師の過失の有無ところで,被告A医師が亡Bに対して細菌感染症に有効な抗生物質を全く投与しなかったことは当事者間に争いがないが,被告らは,被告A医師が亡Bに対して抗生物質を投与しなかったことに合理的な理由があったと主張してい 被告A医師が亡Bに対して細菌感染症に有効な抗生物質を全く投与しなかったことは当事者間に争いがないが,被告らは,被告A医師が亡Bに対して抗生物質を投与しなかったことに合理的な理由があったと主張しているので,この点について判断する。 アまず,被告A医師は,患者を診察してどのような治療が必要かを決定するには全身状態が最も重要な要素であって,血液検査はあくまでも補助診断であり,CRPなどの検査データよりも患者の全身状態についての判断が優先すると供述する。 確かに,発熱児の診察において全身状態をみることが重要であることが認められる(甲37号証,甲40号証ないし甲42号証)が,他方で,状態の悪くない乳児にも重症細菌感染症が存在するため,全身状態の評価だけで鑑別することは困難であるとして,CRP2.0以上又は全身状態不良の場合には細菌感染症の可能性が高いとされていること(甲37号証)や,発熱児の重症度評価は,診察医師の経験に基づく判断によることが多いが,臨床経験の長短等により左右されるため,客観的な評価法が必要であるとして,CRPを鑑別の中心的指標として,検尿や培養検査を併用するとされていること(甲38号証),さらに,症状,臨床所見では,細菌感染症と非細菌感染症に差はなく,症状から細菌感染症と判定することは困難であり(甲52号証),哺乳力低下,不機嫌,嘔吐は各疾患に共通の症状であるとされていること(乙18号証)等の各文献の記載からすると,これらの文献において,全身状態の観察が重要であるというのは,むしろCRPなどの検査所見に異常がない場合でも,全身状態が不良の場合には細菌感染症を疑うべきであることを示唆するものと理解されるのであって,CRPなどの検査所見に異常があるにもかかわらず,全身状態が不良でないとして細菌感染症であることを疑わなくても 態が不良の場合には細菌感染症を疑うべきであることを示唆するものと理解されるのであって,CRPなどの検査所見に異常があるにもかかわらず,全身状態が不良でないとして細菌感染症であることを疑わなくてもよいとしているものではないと理解されるし,血液検査を単なる補助診断だとしているわけでもない。したがって,被告A医師の上記供述を採用することはできない。 イまた,被告らは,抗生物質を投与すると菌交代現象や重大な副作用が生ずるおそれがあるから,細菌感染症の証明ができない限り,抗生物質の投与は慎重になされるべきであると主張している。 確かに,一般論として,安易な抗生物質の投与はなされるべきではないというのは,そのとおりであろう。しかし,本件の問題は,そのような一般論だけではなく,月齢3月11日の乳児であった亡Bについて,午後7時の時点で,40.9度の高熱を発し,CRPが3.18で,哺乳力の低下や発疹の出現などの各臨床症状がみられていても,経過観察だけで抗生物質は投与されるべきではないと言えるのかどうかである。 そこで,月齢3月11日の乳児の免疫系の客観的状況が問題になるところ,人体の免疫反応を司る5種類の免疫グロブリン(IgM, IgG, IgA, IgD, IgE)のうち,母親に由来するのはIgGであるが,この母親由来のIgGは生後4ないし5か月でほとんど消滅してしまうので,IgG全体としても,生後3か月ないし6か月で最低となることが知られており,その他の生育にともなって獲得される免疫グロブリンのうち,IgMは生後6か月頃に成人の40ないし50パーセントとなり,IgAは1歳のころに成人の20パーセント程度となる(甲9号証)。したがって,乳児の免疫系は極めて未発達であるため細菌などに対する防御機能が弱く,特に,生後3か月ないし4か月のころは, ントとなり,IgAは1歳のころに成人の20パーセント程度となる(甲9号証)。したがって,乳児の免疫系は極めて未発達であるため細菌などに対する防御機能が弱く,特に,生後3か月ないし4か月のころは,免疫グロブリンが一生のうちで一番低い時期であり,この時期に重症の感染症に罹患する機会が多いとされている(甲10号証)。 ウこのように,生後3か月と11日の乳児であった亡Bは,本件当時,免疫機能が極めて弱く細菌感染症に罹患しやすい時期にあり,罹患すれば重篤化しやすい状態にあったと認められる。したがって,細菌感染症が疑われる場合には,これに対して有効な抗生物質を直ちに投与するなどして適切な治療をする必要があったと認められるところ,本件の亡Bは,前記認定のとおり,体温が40.9度と高熱で,CRPが3.18を示し,哺乳力の低下や発疹の出現などもみられていたのであって,客観的には細菌感染症が疑われてしかるべきところであるから,もはや菌交代現象や重大な副作用を防止するため不必要な抗生物質の投与は避けるべきだという一般論を云々する場合ではないことが明らかであり,本件においては,他に亡Bに対する抗生物質の投与を回避しなければならないような合理的な理由も見い出せないから,担当の被告A医師は,速やかに抗生物質を投与すべきであったといわざるをえない。 したがって,亡Bに対して抗生物失の投与を怠った被告A医師には,過失があるといわなければならない。 2 争点3(因果関係の有無)について(1) もっとも,本件において,被告A医師の上記過失と亡Bの死亡との間に相当因果関係が認められるというためには,被告A医師が午後7時の時点で亡Bに抗生物質を投与していれば亡Bの死亡を回避することができたことについて,高度の蓋然性を持って認定できることが必要であるから,次 因果関係が認められるというためには,被告A医師が午後7時の時点で亡Bに抗生物質を投与していれば亡Bの死亡を回避することができたことについて,高度の蓋然性を持って認定できることが必要であるから,次に,この点について検討するが,前記のとおり,午後7時の時点における被告A医師の作為義務は,細菌感染症と診断し(この時点でWFSと診断すべき義務までは認められない。),これに対して抗生物質を投与すべき義務であって,その投与量は通常の細菌感染症を前提とする量であると考えられるから,本件において問題となるのは,亡Bに対して通常の使用量の抗生物質が投与されていたとして,亡Bの死亡を回避することができたか否かということである。 (2) そこで,菌血症,敗血症の発生機序と亡Bの臨床症状との関係を検討しておくことが必要である。 アまず,菌血症は,培養血液中から検査所見上細菌が検出されたことをいい,敗血症は,細菌による全身性の重篤な臨床症状を伴うものをいう。そして,敗血症は,さらに臓器機能障害,低灌流,あるいは低血圧を合併して重症敗血症,敗血症性ショックを経て,多臓器機能障害症候群へと重篤化する。(甲7,8号証,甲10号証,甲12,13号証,甲19号証ないし甲22号証,甲72号証)イ敗血症の臨床症状として,主訴は,発熱,ぐったりして様子がおかしいというもので,乳児期早期の場合,活力の低下,不機嫌,哺乳力の低下,無呼吸,腹満,発熱などの非特異的所見しかみられないこともしばしばある。また,発疹がみられることもある。敗血症の検査所見としては,白血球数の増加,核の左方移動,好中球の増加,赤沈の亢進,CRPの上昇などがみられる(甲7,8号証,甲11号証ないし甲13号証,甲72号証)。 ウ敗血症性ショックが発生すると,しばしば精神覚醒状態の変化があらわ 左方移動,好中球の増加,赤沈の亢進,CRPの上昇などがみられる(甲7,8号証,甲11号証ないし甲13号証,甲72号証)。 ウ敗血症性ショックが発生すると,しばしば精神覚醒状態の変化があらわれる。一般的に最初は低血圧でも皮膚が暖かく(逆説的に暖かい四肢),尿量が減少し,頻脈,頻呼吸がみられる。後期の徴候としては,末梢のチアノーゼと斑点を伴う冷たく青白い四肢があり,症状が進むにつれ,多臓器不全が起こる(甲19号証)。 エ本件のWFSは,流行性脳脊髄膜炎双球菌Neisseriameningitidis(Nm)およびその他のグラム陰性菌の感染により高熱,髄膜炎症状を呈する重症急性感染症に引き続き,皮下出血・紫斑・チアノーゼなどを呈し,急速に不可逆性のショック状態に陥って死の転帰をとり,剖検で両側性副腎出血を証明する症候群である(甲5号証,甲10号証,甲12号証,甲14号証,乙5号証,乙11,12号証)。 本症候群の病態は,重症感染症というストレスで刺激された副腎皮質に感染菌由来のエンドトキシンが作用して血管床が拡張することにより,またエンドトキシンにより全身の血管透過性が亢進することにより,血液還流量が減少し,副腎出血をきたす可能性が考えられている。また,本症候群における全身臓器での多発性の微小血栓が注目され,播種性血管内凝固(DIC)の発症の関与が重要視されている。 オこれらを前提として,午後7時の時点における亡Bの病態について検討すると,亡Bの病理解剖直前に採取された髄液,病理解剖時の血液及び肺組織からは,髄膜炎菌が検出されている(争いのない事実)から,亡Bは菌血症であったと認められるところ,亡Bは,午後7時の時点で,発熱(40.7度),哺乳力低下,発疹,CRP値の上昇などの症状・所見が認められていたので,上記の敗血症の臨床 いのない事実)から,亡Bは菌血症であったと認められるところ,亡Bは,午後7時の時点で,発熱(40.7度),哺乳力低下,発疹,CRP値の上昇などの症状・所見が認められていたので,上記の敗血症の臨床症状・検査所見に照らして考えると,同時点で敗血症に陥っていたものの,敗血症性ショックの徴候までは現れておらず,未だ敗血症性ショックの段階には至っていなかったものと考えられる。なお,亡Bには,6月28日午前2時30分ころ,敗血症性ショックの後期の徴候とされる四肢に冷感があったこと,同日午前4時30分ころには心音を聴取できずチアノーゼが著明となったことからすると,亡Bは,午後2時30分ころには敗血症性ショックに陥っていたものと考えられる。 また,WFSは,上記イのとおり,グラム陰性菌の感染により高熱,髄膜炎症状を呈する重症急性感染症に引き続き,皮下出血・紫斑・チアノーゼなどを呈し,急速に不可逆性のショック状態に陥って死の転帰をとるものであるところ,午後7時時点の亡Bは,髄膜炎菌(グラム陰性菌)の感染により高熱を発していたものと認められ,上記機序の中で,重症急性感染症の段階にあったものと考えられる。 (3) 上記の認定を前提として,午後7時の時点までに被告A医師が亡Bに対して抗生物質を投与していれば亡Bの救命ができたことについて,高度の蓋然性が認められるか否かについて検討する。 アそもそもWFSの予後については,抗生物質とともに大量の副腎皮質ホルモンを投与しても,依然として不良であり,臨床経過が急速であるため,多くの場合24時間以内に死の転帰を取ることがあるとされている(甲12号証,乙5号証)。 そして,わが国におけるWFSの死亡率についてみると,男子が74パーセント,女子が69パーセントという報告や(乙5号証),救命例が117例中の4例のみで があるとされている(甲12号証,乙5号証)。 そして,わが国におけるWFSの死亡率についてみると,男子が74パーセント,女子が69パーセントという報告や(乙5号証),救命例が117例中の4例のみであったという報告(乙9号証)がなされている。 イ本件においては,亡Bは午後7時頃,上記判示のとおり,WFSの発生機序では重症急性感染症の段階,上記敗血症の機序では敗血症性ショックに至らない段階であったものと考えられる。 ところで,敗血症が重症敗血症,敗血症性ショックを経て,多臓器機能障害症候群へと重篤化する連続性の中で,特に重症敗血症は敗血症性ショックの発端として予後の分岐点に位置づけられ,敗血症性ショックの予防が治療の第1目標とされる(甲19号証ないし甲21号証)。すなわち,敗血症性ショック患者の死亡率は25%ないし90%であるとの報告例(甲19号証)や,半数から3分の2であるとの報告例(甲20号証)もあり,治療にかかわらず不可逆的になる傾向が強い。また,敗血症の死亡率は,報告により異なるが10ないし20%から50%程度である(甲19号証,甲21号証)。 したがって,本件では,亡Bが敗血症性ショックの状態に至っていないとしても,WFSを発症していたと考えられる以上,死亡する確率は相当程度高いものであったものと認めざるを得ない。 ウしかして,被告A医師は,前記のとおり,午後7時の時点で亡Bが細菌感染症を発症していたと診断することは可能であったと認められるが,WFSを発症していたとまでは診断できないと認められる以上,同時点で被告A医師が細菌感染症であると診断しえたとしても,投与すべき義務のある抗生物質の量は通常の細菌感染症の場合と同一であると認めるのが相当であり,また,通常の細菌感染症に対する治療である以上,副腎皮質ホルモンが投与されたと であると診断しえたとしても,投与すべき義務のある抗生物質の量は通常の細菌感染症の場合と同一であると認めるのが相当であり,また,通常の細菌感染症に対する治療である以上,副腎皮質ホルモンが投与されたと想定することも相当ではない。 そして,本件で提出された鑑定意見書(甲69号証)をみても,広範囲の細菌に効く抗生物質を使用限度いっぱいの最大量を使用し,急速に効果をうるため,静脈からの点滴注射をすれば救命できた可能性は高いとあり,被告らの提出した意見書(乙16号証)では,抗生物質を大量投与(通常使用料の約2倍程度)をすれば救命できたかもしれないとされている。 エしたがって,上記のところに照らし考えれば,本件において,午後7時の時点で通常の使用量の抗生物質を亡Bに投与したとしても,亡Bの死亡が回避できたことについて高度の蓋然性があったとは認められない。確かに原告らが投与すべきと主張する抗生物質(アンピシリン)は,細菌培養感受性検査で良好な数値を示しているが(甲2号証の11),上記判示の亡Bの午後7時の病状及びWFSの特色に照らせば,このような認定を左右するものではない。 (4) そうすると,被告A医師には,亡Bに対して午後7時の時点で抗生物質を投与しなかったという過失があることは認められるものの,その過失と亡Bの死亡との間には相当因果関係があるとは認められないといわなければならない。 3 争点4(損害)について(1) 亡Bが適切な治療行為を受けられなかったことについてアこれまでに判示したとおり,被告A医師には,6月27日の時点で亡Bの細菌感染症を疑い,抗生物質を投与すべき義務があったのに,これを怠ったという過失が認められるが,このことと亡Bの死亡との間に相当因果関係は認められないというほかはない。 イまた,原告らは,争点2に摘示した経 疑い,抗生物質を投与すべき義務があったのに,これを怠ったという過失が認められるが,このことと亡Bの死亡との間に相当因果関係は認められないというほかはない。 イまた,原告らは,争点2に摘示した経過観察義務に関連して,午後5時以降における被告A医師の義務違反を主張するものと思われるが,午後7時に被告A医師が亡Bを診察している以上,被告A医師に午後7時までの間に何らかの経過観察義務違反が認められるとしても,その問題は前記の午後7時の時点における過失の内容に解消されると認められるところ,午後7時以降に経過観察義務違反が認められたとしても,死亡との間に相当因果関係が認められないことは上記のとおりである。 ウもっとも,医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかったことと患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが,この医療が行われていたならば,患者がその死亡時点においてなお生存していた相当程度の可能性が認められた場合には,医師は患者がこの可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うと解するのが相当である(最高裁平成12年9月22日判決,民集54巻7号2574ページ)。 エそこで,これを本件について検討すると,上記2でも判示したとおり,甲69号証(原告提出の鑑定意見書)では,広範囲の細菌に効く抗生物質を使用限度いっぱいの最大量を使用し,急速に効果をうるため,静脈からの点滴注射をすれば救命できた可能性は高いとあり,乙16号証(被告らの提出した意見書)にも,抗生物質を大量投与(通常使用料の約2倍程度)をすれば救命できたかもしれないと述べられていること,および,この際投与された可能性の高い抗生物質(アンピシリン)は,亡Bの症状に対して細菌培養感受性検査で良好な数値を示している(甲2号証の11)ことに照らし考え たかもしれないと述べられていること,および,この際投与された可能性の高い抗生物質(アンピシリン)は,亡Bの症状に対して細菌培養感受性検査で良好な数値を示している(甲2号証の11)ことに照らし考えれば,亡Bに対して6月27日午後7時の時点で適切な医療水準に従った医療がなされていたならば,すなわち,亡Bに対して通常の使用量の抗生物質が投与されていたならば,その効果によって,亡Bは,少なくとも6月28日午前7時2分に死亡することはなく,わずかではあっても延命効果が期待できたものと推認するのが相当である。 オしたがって,被告A医師は,亡Bに対して医療水準にかなった医療を行っていれば亡Bが期待し得た生存の可能性を侵害したことになる。したがって,被告A医師は,亡Bに対してこのことによる損害を賠償する義務があるというべきである。 (2) そこで,慰謝料額について検討する。 以上のとおり,被告A医師によって適切な治療がなされていれば,亡Bに延命の可能性が認められるものの,これまでに判示したところによれば,WFSによる死亡の危険性は極めて高く,亡Bに救命の高度の蓋然性があったとまでは認められず,抗生物質の投与による延命の効果がごく短期間に終わる可能性が高かったものと認められる。また,被告A医師は,経過観察のための入院と主張していながら,6月28日午前2時30分頃看護婦から全身に発疹が出たことを報告されたにもかかわらず診察しておらず,十分経過観察をしていたとが認められないことなど,これまでに認定し判示した一切の事情を勘案すると,被告A医師の不法行為による亡Bの慰謝料額は,200万円が相当である。 (3) 弁護士費用 40万円本件事案の複雑困難性や立証に要した様々の調査や上記認容額など一切の事情を考慮すると,本件において原告らが依頼した訴訟代理人の弁 の慰謝料額は,200万円が相当である。 (3) 弁護士費用 40万円本件事案の複雑困難性や立証に要した様々の調査や上記認容額など一切の事情を考慮すると,本件において原告らが依頼した訴訟代理人の弁護士費用としては,40万円が相当である。 (4) 相続関係等以上のとおり,亡Bは,被告らに対し240万円の損害賠償請求権を取得したところ,原告らは,亡Bの死亡により,この損害賠償請求権の2分1に相当する120万円ずつの請求権を相続した。 3 まとめ以上によれば,被告日本赤十字社及び被告A医師は,連帯して,原告らそれぞれに対し,不法行為(被告日本赤十字社については使用者責任)に基づき,各120万円及びこれらに対する不法行為日の後である平成12年12月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うべきである。 第4 結論以上によれば,原告らの本件各請求は,それぞれ120万円及びこれらに対する平成12年12月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文,65条1項を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第48部裁判長裁判官須藤典明裁判官鳥居俊一裁判官髙橋純子は,差し支えにつき,署名押印することができない。 裁判長裁判官須藤典明
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