⚖️ 判例マッチング
ホーム判例一覧裁判所裁判官解析 / 仮想裁判
🏠ホーム📋判例一覧📄解析⚖️仮想裁判
ホーム›裁判情報一覧›昭和42(ネ)1266 中村型機全員解雇

昭和42(ネ)1266 中村型機全員解雇

裁判所

昭和44年8月28日 東京高等裁判所

👤裁判官プロフィール機能は近日公開予定
全文PDFダウンロード

26,387 文字

主文 本件控訴をいずれも棄却する。控訴費用は、控訴人らの平等負担とする。事実 控訴代理人は、「(1)原判決中控訴人らに関する部分を取り消す。(2)被控訴人が控訴人らに対し昭和四一年五月一九日付をもつてした各解雇の効力をかりに停止する。(3)被控訴人は、控訴人らに対し、原判決添付別紙賃金目録中(一)記載の各金員および昭和四一年六月以降毎月末日かぎり同目録(二)記載の割合による金員を支払え。(4)訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め(控訴状添付の債権目録中A欄の「八、九五八円」は「八、九八八円」の、B欄の「五、七七八円」は「五、四七八円」のそれぞれ誤記と認める。)、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。(証拠省略) 理由 一被控訴会社が肩書地に本社工場を、千葉市<以下略>に千葉工場を有し、金型および工作機械の設計、製作ならびにこれに附帯する事業を営み、もつぱら日産自動車の下請会社である訴外鬼怒川ゴム工業株式会社(以下「鬼怒川ゴム」という。)から同社で製作する自動車各種部品の金型(ゴムスポンジ型、三角窓枠型等)の注文を受け、その生産と販売を行つてきたものであること、控訴人らがいずれも被控訴会社に雇傭されていた従業員であつて、前記千葉工場に勤務していたことおよび被控訴会社が控訴人らを含む全従業員に対し、昭和四一年五月一九日付をもつて同日解雇の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。二そこで、右解雇の意思表示の効力について判断する。(一) 昭和四一年五月九日朝被控訴会社がタイムカードを引き上げ、従前の被控訴会社の代表者Cが控訴人らに対し、同月六日の被控訴会社の株主総会において解散決議がなされ、清算人が選任されて工場を閉鎖する旨告げたこと、これに 月九日朝被控訴会社がタイムカードを引き上げ、従前の被控訴会社の代表者Cが控訴人らに対し、同月六日の被控訴会社の株主総会において解散決議がなされ、清算人が選任されて工場を閉鎖する旨告げたこと、これに対し控訴人らが結成した労働組合の役員らが控訴人ら主張の書面を提示し、組合結成の通告をするとともに待遇改善の要求をして団体交渉の申入れをしたこと、清算人Dが同月九日工場内に「清算人の許可なく出入りを禁ず」と表示した文書を掲示したこと、同月一〇日右組合役員らが被控訴会社に対し、要求書と団体交渉申入書を交付し、団体交渉がなされ、その際右組合役員らがCに対し、被控訴会社の経営内容、解散の意図などにつき問いただしたところ、被控訴会社は当時黒字経営ではあるが、その売上げが減少してきているので、三か月以前から工場閉鎖を考えていた旨告げ、右役員らの要求した被控訴会社の決算書類等の提示に応じなかつたこと、同月一三日右役員らと被控訴会社との間で団体交渉がなされたこと、その後も役員らと被控訴会社との間で工場再開、事業継続の点につき数次の団体交渉がなされたこと、被控訴会社が解散決議をしたという同月六日当時黒字経営であつたことおよび解散登記のなされた同月九日後も被控訴会社の従業員募集広告が京成電鉄の千葉駅、船橋駅に掲示されていたことは、いずれも当事者間に争いがない。 社の決算書類等の提示に応じなかつたこと、同月一三日右役員らと被控訴会社との間で団体交渉がなされたこと、その後も役員らと被控訴会社との間で工場再開、事業継続の点につき数次の団体交渉がなされたこと、被控訴会社が解散決議をしたという同月六日当時黒字経営であつたことおよび解散登記のなされた同月九日後も被控訴会社の従業員募集広告が京成電鉄の千葉駅、船橋駅に掲示されていたことは、いずれも当事者間に争いがない。(二) 前記一および二の(一)各記載の当事者間に争いのない事実に、いずれも成立に争いのない疎甲第一号証の一、二、同第二号証の一ないし一六、同第三ないし第五号証、同第六号証の一ないし一五、同第八、三六号証、同第三七号証の一、二、同第三九号証の一ないし三、同第四一、四二号証、同第四三号証の一、二、(同第四三号証の一、二は原本の存在も争いがない。)、疎乙第六号証の一ないし三、同第七、八号証の各一ないし一六、同第 証の一、二、同第三九号証の一ないし三、同第四一、四二号証、同第四三号証の一、二、(同第四三号証の一、二は原本の存在も争いがない。)、疎乙第六号証の一ないし三、同第七、八号証の各一ないし一六、同第一〇号証の一ないし七、同第一一号証の一ないし三、同第一五号証の二、同第三〇号証の一ないし三、同第三一ないし第四三号証の各一ないし四、同第四四号証の一ないし三、同第四五号証の一ないし八、押捺の印影が控訴人ら使用印章によるものであることに争いのない疎乙第四六号証、公文書であるから真正に成立したと認めうる疎甲第一三号証の二、いずれも原審における控訴人E本人尋問の結果によつて成立を認めうる疎甲第九号証の二、同第一六号証の一ないし五、同第二八、二九、三一、三二、三五号証、いずれも原審および当審証人Cの証言によつて成立を認めうる疎甲第一三号証の一、同第一九号証の一ないし五、疎乙第二七号証、いずれも同証言および原審証人Fの証言により成立を認める疎乙第一、二号証、同第三号証の一、二、当審における控訴人G本人尋問の結果により成立を認めうる疎甲第二七号証、原審証人Hの証言により成立を認めうる疎甲第三四号証、原審および当審証人Iの証言により成立を認めうる疎乙第二六号証、原審における被控訴会社代表者尋問の結果により成立を認めうる疎乙第二八号証、いずれも弁論の全趣旨により成立を認めうる疎甲第一五号証、同第一七号証の一、二、同第二一号証の二二ないし二八、疎乙第五号証の一、二、同第二五号証、原審証人J、同K、同F、同H、原審および当審証人I、同C、当審証人Lの各証言、原審および当審における控訴人E、当審における控訴人G、同M各本人尋問の結果、原審および当審における被控訴会社代表者尋問の結果(ただし、疎乙第二七号証の記載、証人H、同F、同Cの供述中後記採用しない部分を除く を認めうる疎甲第一五号証、同第一七号証の一、二、同第二一号証の二二ないし二八、疎乙第五号証の一、二、同第二五号証、原審証人J、同K、同F、同H、原審および当審証人I、同C、当審証人Lの各証言、原審および当審における控訴人E、当審における控訴人G、同M各本人尋問の結果、原審および当審における被控訴会社代表者尋問の結果(ただし、疎乙第二七号証の記載、証人H、同F、同Cの供述中後記採用しない部分を除く 審における控訴人E、当審における控訴人G、同M各本人尋問の結果、原審および当審における被控訴会社代表者尋問の結果(ただし、疎乙第二七号証の記載、証人H、同F、同Cの供述中後記採用しない部分を除く。)、弁論の全趣旨を総合すると、つぎのような事実を一応認めることができる。1 被控訴会社の事業は、もと訴外Cが訴外Hおよび同人が役員をしている鬼怒川ゴムの下請としてその後援のもとに個人で経営していたものであつたが、Cは昭和三六年一二月資本金二五〇万円の株式会社たる被控訴会社を設立して被控訴会社に従前の個人事業を引継がせた。その代表取締役に同人が、取締役にその妻NおよびNの兄弟Fが、監査役に前記後援者のHがそれぞれ就任した。その資本金は昭和三九年一〇月一三日五〇〇万円に増資され、同月二〇日Hが監査役を辞任するとともにIが監査役に就任し、爾来右の者らが重任されて昭和四一年五月六日に至つた。2 被控訴会社は、当初、すなわち資本金二五〇万円当時全発行株式五〇〇〇株のうち三二〇〇株をCが、残余を妻Nを始めとしてすべてCの縁故者が持つており、五〇〇万円に増資してからは、全発行株式一万株のうち八四〇〇株をCが持つていて、その生い立ちからいつても、同人のいわゆる個人会社であつた。会社経営に移行してからも前記鬼怒川ゴムの後援をうけ、その下請として、仕事量のほとんどすべてを同社からの注文によつていた。3 その業績は、鬼怒川ゴムの発展につれて次第に上り、同社が千葉市に工場を建設するに伴い、被控訴会社も昭和三六年に鬼怒川ゴムの右工場の近くに前記千葉工場を建設した。昭和四〇年五月には工場の増築を行つた。その敷地の面積は約一二五〇坪、工場建物の面積は約二〇〇坪になり、また、同年一一月には東京都から三〇〇万円の融資を受けて新しい機械を購入したし、従業員も次第に増えて二十 年五月には工場の増築を行つた。その敷地の面積は約一二五〇坪、工場建物の面積は約二〇〇坪になり、また、同年一一月には東京都から三〇〇万円の融資を受けて新しい機械を購入したし、従業員も次第に増えて二十数名に達し、なお増募の体勢をとつていた。 敷地の面積は約一二五〇坪、工場建物の面積は約二〇〇坪になり、また、同年一一月には東京都から三〇〇万円の融資を受けて新しい機械を購入したし、従業員も次第に増えて二十 年五月には工場の増築を行つた。その敷地の面積は約一二五〇坪、工場建物の面積は約二〇〇坪になり、また、同年一一月には東京都から三〇〇万円の融資を受けて新しい機械を購入したし、従業員も次第に増えて二十数名に達し、なお増募の体勢をとつていた。4 もともと鬼怒川ゴムがおもちやを主体としたゴム工場であり、そのための金型をC個人、後には被控訴会社に発注していたのであるが、鬼怒川ゴムが自動車用部品を多く扱うようになつてからは、被控訴会社に注文する金型も自動車部品製造用のものとなつてきた。おのずから製品の精度が要求されるようになつたが、被控訴会社は歴史も浅く、技術も不充分であつたため、鬼怒川ゴムから苦情や返品が出ることもあつた。しかしながら一方では鬼怒川ゴムとしてもその業種からいつて金型が重要な地位を占めるのではあるが、企業内にその設備を持つことの経営上の不利益からして業務上同社に従属している形をとつていた被控訴会社を保護育成していたのである。そして、昭和四一年一月には被控訴会社を鬼怒川ゴムの専属金型工場に指定し、一層積極的に技術上の指導および資本の援助を与えることを約し、これを実行していたし、被控訴会社もその指導の下に労使が一丸となつて技術の向上に努めていた。5 ところで、被控訴会社の仕事はその受注量および納期の点から忙しく、労働条件は相当苛酷になつていた。すなわち、祝祭日は休日となつておらず、日曜出勤も度重なり、残業はほとんど当然のように行われ、徹夜就労が行われることもあつた。しかし、控訴人ら従業員は労働組合を結成しておらず、たんに親睦会があるだけで、これは従業員の旅行、慶弔などについて活動するだけであつて、労働条件の向上について被控訴会社と交渉するような性格のものではなかつた。したがつて、労働条件について労使の交渉が行われることはほとんどな 、これは従業員の旅行、慶弔などについて活動するだけであつて、労働条件の向上について被控訴会社と交渉するような性格のものではなかつた。したがつて、労働条件について労使の交渉が行われることはほとんどなかつた。6 控訴人らは、いずれも現場において生産に従事していたものであるが、かかる状況下において、その労働条件に不満をいだき始め、その向上をはかるため、控訴人Eらが中心となつて労働組合を結成することとなり、総評全国金属労働組合千葉地方本部の指導をえて、昭和四一年四月二四日ごろから従業員に組合加入を勧誘し、同年五月二日ごろには、被控訴会社の千葉工場の全従業員二四名中二〇名が組合に加入する旨の申出をするに至つた。 控訴人らは、いずれも現場において生産に従事していたものであるが、かかる状況下において、その労働条件に不満をいだき始め、その向上をはかるため、控訴人Eらが中心となつて労働組合を結成することとなり、総評全国金属労働組合千葉地方本部の指導をえて、昭和四一年四月二四日ごろから従業員に組合加入を勧誘し、同年五月二日ごろには、被控訴会社の千葉工場の全従業員二四名中二〇名が組合に加入する旨の申出をするに至つた。このような事情であつたため、控訴人Eらは、結成される組合は当然総評全国金属労働組合に加入すべきものと決めていた。7 このような従業員の動向につき、C、F、Iらは、従業員が同年四月中旬ごろから快く残業に応じなくなつたことなどからこれに不審を持ち、労働組合が結成されることをうすうす感知していた。そこで、Cは、親会社たる鬼怒川ゴムのHに相談したところ、同人から被控訴会社で結成される労働組合が総評全国金属労働組合に加入すれば鬼怒川ゴムとしては被控訴会社に注文を継続することができない旨いわれたので、受注量のほとんどを依存している鬼怒川ゴムにそのような態度に出られ、一方では控訴人らが前記労働組合に加入することを予定している状況下においては、被控訴会社の将来の見透しは暗いものと判断するに至つた。かくして、Cは、現在は黒字であるが、今後組合が結成されそれが鬼怒川ゴムの嫌悪する全国金属労働組合に加入した状態で会社の経営を行つてみても、そのひつぱくは必然であるから、このまま経営を継続することは不得策であるとして、会社を解散することを決意し(不当労働行為意思 ゴムの嫌悪する全国金属労働組合に加入した状態で会社の経営を行つてみても、そのひつぱくは必然であるから、このまま経営を継続することは不得策であるとして、会社を解散することを決意し(不当労働行為意思の存否については、後に述べる。)、同月二五日被控訴会社の取締役会を招集し、同日取締役の全員一致で解散する旨の決議をし、さらに、同年五月六日臨時株主総会を開催し、総株主九名(一万株)のうち五名(九二〇〇株)が出席し、出席株主全員一致で解散決議をするとともに、清算人にあらかじめCにおいて依頼し、就任の承諾をえていたDを選任した。右Dは個人タクシーを営んでいるものであつて、会社の清算等の事務の経験がある訳のものではなく、たんにCの友人というだけの理由で選任されたものである。 、同日取締役の全員一致で解散する旨の決議をし、さらに、同年五月六日臨時株主総会を開催し、総株主九名(一万株)のうち五名(九二〇〇株)が出席し、出席株主全員一致で解散決議をするとともに、清算人にあらかじめCにおいて依頼し、就任の承諾をえていたDを選任した。右Dは個人タクシーを営んでいるものであつて、会社の清算等の事務の経験がある訳のものではなく、たんにCの友人というだけの理由で選任されたものである。8 このようにして、解散が行われたが、当時被控訴会社の経営は黒字であつたし、賃金の支払の遅滞もなく、鬼怒川ゴムからの注文も沢山あり、従業員の仕事量も従前と変わるところなく残業の必要があつたし、同年五月六日には京成電鉄の千葉駅および船橋駅に従業員募集の広告を掲示し(五月一九日まで掲示)たほか当時公共職業安定所にも従業員の紹介方を依頼していた。9 そして、Cらは、解散決議をした日の翌日である五月七日控訴人らに対し、控訴人らが労働組合を結成しても総評全国金属労働組合に加入すると親会社たる鬼怒川ゴムからの注文がとれなくなるから同労働組合には加入しないようにしてほしい旨、もし同労働組合に加入すれば会社は閉鎖せざるをえない旨伝え、翌五月八日にもその旨強く要望した。10 一方控訴人ら従業員は、予定どおり同日組合結成大会を開催し、所定の手続を履践して労働組合を結成し、執行委員長に控訴人Eが選任されたが、その際前示Cらの要求を検討した結果、総評全国金属労働組合千葉地方本部の勧めもあつて、当面被 おり同日組合結成大会を開催し、所定の手続を履践して労働組合を結成し、執行委員長に控訴人Eが選任されたが、その際前示Cらの要求を検討した結果、総評全国金属労働組合千葉地方本部の勧めもあつて、当面被控訴会社を刺戟することを避けることとして同労働組合への加入は見合わせることとした。そして、同日Cに対し口頭で組合結成を通告し、さらに前記労働組合には加入しない旨伝えた。11 これに対し、Cらは、口頭の約束だけでは不充分であるとして、控訴人らに対し、同日同労働組合に加入しない旨の書面を作成するよう要求したが、控訴人らがこれに応じなかつたので、同労働組合に加入しないとの控訴人らの言明に疑念を抱き、かくては既定方針どおり解散手続を実行するほかないものと考えるに至つた。12 かくして、翌五月九日に解散、清算人D就任の各登記がなされ、千葉工場のタイムカードが引き上げられ、鬼怒川ゴムからの注文品は完成品はもちろん未完成品もすべて同社へ運び去り、Dが同工場に来て清算人として行動しはじめたので、控訴人らは非常に驚き、控訴人Eら組合役員が中心となつて被控訴会社に待遇改善等につき団体交渉を求め、以後引き続いて被控訴会社側のC、F、I、Dらと団体交渉をした。 と考えるに至つた。12 かくして、翌五月九日に解散、清算人D就任の各登記がなされ、千葉工場のタイムカードが引き上げられ、鬼怒川ゴムからの注文品は完成品はもちろん未完成品もすべて同社へ運び去り、Dが同工場に来て清算人として行動しはじめたので、控訴人らは非常に驚き、控訴人Eら組合役員が中心となつて被控訴会社に待遇改善等につき団体交渉を求め、以後引き続いて被控訴会社側のC、F、I、Dらと団体交渉をした。13 右団体交渉において、組合役員らは解散の理由をたずね、強く事業の再開を要求したが、Cは営業の不成績による経営意欲と自信の喪失を理由に右の要求を拒絶した。これに対し、組合側は、いまだ被控訴会社の経営は黒字であつてなんら解散の理由のないことを強調し、被控訴会社の決算書類等の提示を要求して事業の再開を迫つたが、Cはこれに応じなかつた。14 被控訴会社の清算人Dは、五月一九日付の書面で被控訴人らを含む従業員全員に対し会社は解散したからとの理由で同日解雇の意思表示をするとともに予告手当金の受領を催告したが、こ これに応じなかつた。14 被控訴会社の清算人Dは、五月一九日付の書面で被控訴人らを含む従業員全員に対し会社は解散したからとの理由で同日解雇の意思表示をするとともに予告手当金の受領を催告したが、これに従業員全員が応じなかつたため、同年六月二二日これを千葉地方法務局に供託し、さらに一方では解散に伴う諸手続を実行した。15 事態がこのように変つたので、控訴人らの労働組合は総評全国金属労働組合に加入し、その千葉地方本部の応援をえて団体交渉をつづけたが、その目的を達することができなかつた。16 控訴人らは、解散決議は控訴人ら組合員を排除するためにとられた偽装のものと考えていたので、解雇の意思表示を受けて後、清算手続が進行することを防止するとともに労働組合員の結束を強めるため被控訴会社の千葉工場を占拠し、当初生活の糧を失業保険、控訴人らを守るためにもうけられた後援会の援助に求めていたが、間もなく、自らの生計費を獲得するため控訴人らの労働組合の別名としての合資会社西垣製作なる名のもとに自ら他から注文をとつて同工場で金型の生産を開始し、現在に至つている。17 右生産のために使用される電力は被控訴会社名義のものであり、控訴人らが占拠を始めた当時被控訴会社は東京電力にその撤去方を申請したが、控訴人らの妨害に会つて実現せず、結局被控訴会社は撤去をあきらめる代り使用電力料金を組合側に負担させることにし、組合側もこれを了承し、以後組合側がこれを負担している。 の合資会社西垣製作なる名のもとに自ら他から注文をとつて同工場で金型の生産を開始し、現在に至つている。17 右生産のために使用される電力は被控訴会社名義のものであり、控訴人らが占拠を始めた当時被控訴会社は東京電力にその撤去方を申請したが、控訴人らの妨害に会つて実現せず、結局被控訴会社は撤去をあきらめる代り使用電力料金を組合側に負担させることにし、組合側もこれを了承し、以後組合側がこれを負担している。その料金は月々約三・四万円であつて、これは被控訴会社が解散決議前に生産をしていた当時とほとんど変らぬ金額である。18 このような状況にあるので、被控訴会社は解散決議をしたものの、清算手続はほとんど進展せず、従前のまま放置されているが、会社債権者らから苦情がでるという状態でもない。被控訴会社は、控訴人ら る。18 このような状況にあるので、被控訴会社は解散決議をしたものの、清算手続はほとんど進展せず、従前のまま放置されているが、会社債権者らから苦情がでるという状態でもない。被控訴会社は、控訴人らの占拠を承認している訳ではないが、積極的にこれを排除しようとしたことはなく、また、近い将来そのような動きを示す気配もない。これに対して、控訴人側は、解散決議は虚偽仮装であつて無効であるとの主張を背景として右占拠を続けているのであつて、解散決議は有効であるとして清算手続を進行させようとしている被控訴会社に対し右工場を返還する意向は全くなく、もとより返還する気配を示すこともない。以上の事実を一応認めることができ、右認定に反する前掲疎乙第二七号証の記載部分、証人H、同F、同Cの各供述部分は、にわかに採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。三控訴人らは、解散決議は偽装であつて実際は不存在である、かりに存在していても解散の真意はないと主張する。しかしながら、前叙のとおり解散決議の存在は一応これを認めうるのである。もつとも、右株主総会議事録たる前掲疎乙第二号証には右総会は昭和四一年五月六日開催された旨記載されているのに、前掲疎甲第二号証の一ないし一六、疎乙第六号証の一ないし三によれば、被控訴会社代表者清算人Dは官報には同月九日開催の臨時株主総会の決議により解散した旨の公告をし、控訴人らに対する解雇通告書にも右同旨の記載をしていることが疎明されるので、その間にそごが生じているが、前認定のとおり、被控訴会社が解散の登記をしたのは五月九日であるから、関係者が右登記の日を解散の日と誤認して右官報および解雇通告書にその旨の記載をしたとも考えうるのである。 疎乙第六号証の一ないし三によれば、被控訴会社代表者清算人Dは官報には同月九日開催の臨時株主総会の決議により解散した旨の公告をし、控訴人らに対する解雇通告書にも右同旨の記載をしていることが疎明されるので、その間にそごが生じているが、前認定のとおり、被控訴会社が解散の登記をしたのは五月九日であるから、関係者が右登記の日を解散の日と誤認して右官報および解雇通告書にその旨の記載をしたとも考えうるのである。右疎乙第二号証は前認定のとおりの株主が出席のうえ解散決議をした旨の記載があり、それには被控訴会社 係者が右登記の日を解散の日と誤認して右官報および解雇通告書にその旨の記載をしたとも考えうるのである。右疎乙第二号証は前認定のとおりの株主が出席のうえ解散決議をした旨の記載があり、それには被控訴会社の取締役たるC、N、Fらの記名押印があり、なお、株主O、同Pの委任状(前掲疎乙第三号証の一、二)も添付されているのであつて、もともと被控訴会社はCがその株式の八四%を持つている同人の個人会社であるから、その運営は結局はCの意思いかんにかかつているといつても過言ではなく、そのC自身が解散の決意をかためていることが前認定により明かに認められる以上、右株主総会議事録が存在し、しかもそれにもとづく解散登記が行われているのに、官報の公告等における多少のそごをもつて右決議が不存在であるとすることは困難である。また、前記のとおり、右株主総会の日の翌日たる同月七日にCが控訴人らに対し、全国金属労働組合に加入すれば会社を閉鎖する旨述べているのであつて、その際Cは同月六日の株主総会のことを持出してはいないのであるが、その種交渉の過程において事実が常に正確に述べられるとは限らないから、右の事情が解散決議の存在を疑わしめるに足るものとはいえない。なお、同月七日に労使間で右のような交渉が行われたこと、当時会社は黒字であつたこと、従業員の募集をもしていたこと等の諸点からすれば被控訴会社の解散が経営上の観点から余儀ないものではなかつたのではないかと疑われるのであるが、それだけでただちに解散決議の存在を疑わせるものとはいえない。以上の事実は右解散決議の非真意性を疎明するに足るものではなく、他にこれを認めるに足る疎明はない。四つぎに、控訴人らは、右解散は組合排除を目的とするものであるから、企業廃止自由の濫用で、憲法第二八条、労働組合法第七条第一、三号に違反し、同時に公序 ば被控訴会社の解散が経営上の観点から余儀ないものではなかつたのではないかと疑われるのであるが、それだけでただちに解散決議の存在を疑わせるものとはいえない。以上の事実は右解散決議の非真意性を疎明するに足るものではなく、他にこれを認めるに足る疎明はない。四つぎに、控訴人らは、右解散は組合排除を目的とするものであるから、企業廃止自由の濫用で、憲法第二八条、労働組合法第七条第一、三号に違反し、同時に公序 はなく、他にこれを認めるに足る疎明はない。四つぎに、控訴人らは、右解散は組合排除を目的とするものであるから、企業廃止自由の濫用で、憲法第二八条、労働組合法第七条第一、三号に違反し、同時に公序良俗に違反して無効であると主張する。後に述べるとおり、被控訴会社の本件解散は組合を嫌悪し、これを排除することを動機としているといいうるのであるが、企業を廃止するか否かは株主の自由に委されているところというべきであつて、労働者の団結権の保障は企業の存在を前提とするものであるから、解散決議の際反組合的意図が存在していたとしても、このことの故に決議が無効となるものではないと解するのを相当とする。叙上に反する控訴人らの主張は採用できない。五さらに、控訴人らは、解雇は不当労働行為であつて無効であると主張する。(一) 解散当時の被控訴会社の経営の状態についてみるに、前認定の事実によれば、被控訴会社は鬼怒川ゴムの下請会社として発展してきたものであつて、受注量、従業員の残業時間ともに多く、工場建物の増築、新機械の導入、従業員の増募等を行つていたものである。技術上の問題がない訳ではなかつたが、鬼怒川ゴムの積極的な指導のもとに労使一丸となつて技術向上のための諸方策を講じていたのであり、鬼怒川ゴムも被控訴会社を自社の専属工場として育成していくべく約していたのである。したがつて、その経営は黒字であり、解散決議当時も黒字であつた。もつとも、前掲証人Cは、「経営に対する意欲と自信を失いはじめ、昭和四一年二、三月ごろには解散を考えるようになり、同年四月ごろその決意をかためた」旨供述するが、右に述べたところからすれば被控訴会社の経営にはいちぢるしく困難といえるような問題はなく、むしろ、努力次第では将来の一層の発展が期待されていたのであり、経営の先細りが予想されるような客観 供述するが、右に述べたところからすれば被控訴会社の経営にはいちぢるしく困難といえるような問題はなく、むしろ、努力次第では将来の一層の発展が期待されていたのであり、経営の先細りが予想されるような客観的状勢にあつたとはいえないのであつて、右Cの供述はただちに採用しがたい。 しく困難といえるような問題はなく、むしろ、努力次第では将来の一層の発展が期待されていたのであり、経営の先細りが予想されるような客観 供述するが、右に述べたところからすれば被控訴会社の経営にはいちぢるしく困難といえるような問題はなく、むしろ、努力次第では将来の一層の発展が期待されていたのであり、経営の先細りが予想されるような客観的状勢にあつたとはいえないのであつて、右Cの供述はただちに採用しがたい。ただ、控訴人らが結成を意図していた労働組合は全国金属労働組合に加入することが予定されていたところ、Cは鬼怒川ゴムのHから控訴人らの労働組合が右全国金属労働組合に加入すれば注文を中止するといわれ、これが本件解散を決意した動機となつたことは前認定のとおりであり、たしかに、被控訴会社が鬼怒川ゴムからの受注がなくなると当面経営が成立たなくなることは明らかであるが、さりとて、右解散決議の時点において控訴人らは労働組合を結成していたものでも、全国金属労働組合に加入していたものでもなく、また、現実に鬼怒川ゴムからの受注がなくなつていたものでもないから、右解散はまことに唐突といわざるをえないのであつて、本件全疎明によつても、解散にあたつて有利な買手があつたとか、清算について具体的な方法を検討した形跡もなく、かつ、清算人に選任されたDは、清算事務等にはなんの経験もない個人タクシーの運転手たる者であつて、清算人としてかならずしもふさわしい人とはいえないのである。しかして、解散のための取締役会が開かれたのは昭和四一年四月二五日であるが、これは丁度控訴人らが労組結成の動きを見せていた時期と一致しているところ、当時Cら経営者側は右結成の動きを察知していたし、同年五月六日に解散決議をした後同月八日の組合結成大会を前にして同月七、八日の両日Cらは控訴人らに対し全国金属労働組合に加入しないよう、かつ、加入すれば会社を閉鎖するなどと働きかけているから、同月六日の右解散決議は、むしろ同月八日に予定されてい 大会を前にして同月七、八日の両日Cらは控訴人らに対し全国金属労働組合に加入しないよう、かつ、加入すれば会社を閉鎖するなどと働きかけているから、同月六日の右解散決議は、むしろ同月八日に予定されていた組合結成大会を前にして既成事実をつくつて労働組合の結成、運営を牽制しようとした意図をうかがいうる。そして、同月九日解散登記を経たが、被控訴会社は、まだ控訴人ら従業員の解雇も行われていないのに、ただちに、従業員のタイムカードを引き上げ、立入禁止の表札を掲げている。 属労働組合に加入しないよう、かつ、加入すれば会社を閉鎖するなどと働きかけているから、同月六日の右解散決議は、むしろ同月八日に予定されていた組合結成大会を前にして既成事実をつくつて労働組合の結成、運営を牽制しようとした意図をうかがいうる。そして、同月九日解散登記を経たが、被控訴会社は、まだ控訴人ら従業員の解雇も行われていないのに、ただちに、従業員のタイムカードを引き上げ、立入禁止の表札を掲げている。これら一連の事実からすれば、被控訴会社、具体的には、その支配者であり、代表者であるCが解散の決意をしたのは、従前労働組合のなかつた被控訴会社に組合ができることおよびその組合が全国金属労働組合に加入することを嫌悪し、これを排除するためのものであつたと断ぜざるをえない。(二) ところで、会社の解散は、かならずしもただちに労働者の解雇事由となるものではない。解散と解雇は一応別個のことであつて、解散が有効と認められても、それに引き続いて行われた解雇が不当労働行為としてその効力を持ちえない場合がありえないわけではない。たしかに、会社は解散により清算事務に入るから必然的に従業員解雇の事態が生ずべきことは一応これを肯定しうるが、本件においては、前叙のごとく、五月六日の解散そのものが組合排除の目的をもつており、解散後においても控訴人らの組合が被控訴会社の要求を入れて全国金属労働組合に加入しないならば再開する意向を有していたのである。しかも、会社側は五月九日の解散登記後まだ従業員の解雇も行われていないのに従業員のタイムカードを引き上げてその立入を禁止し、その後行われた組合側との団体交渉継続中の五月一九日にその大部分が組合員である全従業員を同時に解雇したが、それの解雇理由は会社が解散したからというだけ 業員のタイムカードを引き上げてその立入を禁止し、その後行われた組合側との団体交渉継続中の五月一九日にその大部分が組合員である全従業員を同時に解雇したが、それの解雇理由は会社が解散したからというだけで、具体的な清算手続の進展との関連は明らかにされなかつた。前認定の事実によれば、被控訴会社はCが個人で築き上げた会社で、相当の業績を上げており、本件組合の結成以外にさしたる問題がなかつたから、解散後の本件解雇当時においても控訴人ら組合側がその結束を弱め会社側の要求を入れることになれば、Cが解散した会社を継続することになんの障害もなかつたということができるし、むしろ、そのような状態が現出すれば会社を継続すべく望むのが自然といえる。 連は明らかにされなかつた。前認定の事実によれば、被控訴会社はCが個人で築き上げた会社で、相当の業績を上げており、本件組合の結成以外にさしたる問題がなかつたから、解散後の本件解雇当時においても控訴人ら組合側がその結束を弱め会社側の要求を入れることになれば、Cが解散した会社を継続することになんの障害もなかつたということができるし、むしろ、そのような状態が現出すれば会社を継続すべく望むのが自然といえる。そして、Cが継続を欲すれば、前叙のところからすれば、その決議がたやすく実現することも多言を要しない。これらの事情を総合すれば、会社側は、解散から解雇にかけ一貫して反組合的意図を有していたといえるのであつて、本件解雇は解散後の清算における必然的なものというよりもこれをもつて組合排除の手段とする点に重点があつたとみうるのである。したがつて、本件解雇は不当労働行為として無効のものといわなければならない。六被控訴人は、控訴人Qおよび同Mを除くその余の控訴人らは昭和四一年六月一日、右控訴人二名は同月六日本件解雇を承認し、失業保険の給付を受けるため離職票に記名捺印して公共職業安定所に提出したと主張するが、成立に争いのない疎乙第一二号証、前掲控訴人E本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、控訴人らは、本件仮処分申請(同月二日付)後の控訴人らの生活を維持するために失業保険金の給付を受ける必要があつて被控訴人主張の日にそれぞれ右離職票を受領しこれを公共職業安定所に提出したにすぎず、同月二日には解雇の無効を主張して本件仮処分申請をし 人らの生活を維持するために失業保険金の給付を受ける必要があつて被控訴人主張の日にそれぞれ右離職票を受領しこれを公共職業安定所に提出したにすぎず、同月二日には解雇の無効を主張して本件仮処分申請をしていることを認めることができるから、控訴人らの右行為をもつて解雇の承認と目することはできない。七そこで、本件仮処分の必要性について判断する。(一) まず、賃金相当の金員の給付を求める部分についてみるに、前記疎明された事実によれば、控訴人らは、本件解雇後一時失業保険金の給付あるいは後援会の援助で生計をたてていたが、まもなく占拠している被控訴会社千葉工場でその生産設備を利用して合資会社西垣製作なる名のもとに自ら金型の生産をしており、その生産のための使用電力料金が解散前の被控訴会社の支払額とほぼ等しいところからみれば、その生産量は相当のものと思われるから、その収益は控訴人らの生活を補いうるものであると一応認めることができる。 ば、控訴人らは、本件解雇後一時失業保険金の給付あるいは後援会の援助で生計をたてていたが、まもなく占拠している被控訴会社千葉工場でその生産設備を利用して合資会社西垣製作なる名のもとに自ら金型の生産をしており、その生産のための使用電力料金が解散前の被控訴会社の支払額とほぼ等しいところからみれば、その生産量は相当のものと思われるから、その収益は控訴人らの生活を補いうるものであると一応認めることができる。そして、右生産は本件口頭弁論終結当時まで続けられており、被控訴会社側も右時期まではあえて電力の撤去もせずに工場の使用を控訴人らの意のままに任せていた訳である。近い将来に、被控訴会社が控訴人らの右工場占拠を排除すべき行動に出る気配もなく、控訴人らが右生産を中止して右工場を被控訴会社に返還する気配を示しているものでないことも一応認めうる。そうであつてみれば、控訴人らはさしあたつて生計費を得ており、当面その状態に変更をきたす可能性も少いといえるから、かりに金員の給付を求める緊急の必要性があるということはできない。(二) つぎに、解雇の意思表示の効力停止を求める部分についてみるに、前認定の事実によれば、被控訴会社は、解散した清算法人であつて、もとより解散前に行つていたような生産を行うものではないから、本件仮処分により解雇の意思表示の 表示の効力停止を求める部分についてみるに、前認定の事実によれば、被控訴会社は、解散した清算法人であつて、もとより解散前に行つていたような生産を行うものではないから、本件仮処分により解雇の意思表示の効力をかりに停止して控訴人らの従業員たる地位をかりに確立しても、とうてい控訴人らの就労の実現が期待されるものでもなく、むしろ、控訴人らは解散は無効であると主張して自ら工場を占拠して生産を行いつつ、被控訴会社が行うべき清算事務の遂行を妨害しているのであるから、その行動は清算会社の従業員たる地位の確立を求める本件申請とは矛盾しているといえるのである。もとより右の仮の地位の確立が控訴人らの右占拠を適法化するよすがとなりうるものでも、清算手続を排除する事由たりうるものでもなく、また、解散した会社を継続させることに意味を持ちうるものでもない。そして、控訴人らの賃金相当金員の仮払を求める仮処分の必要性がないことは前叙のとおりであり、控訴人らは、他に右解雇の意思表示の効力停止の仮処分を求める具体的必要性についてはなんらの主張、疎明をしない。 るのである。もとより右の仮の地位の確立が控訴人らの右占拠を適法化するよすがとなりうるものでも、清算手続を排除する事由たりうるものでもなく、また、解散した会社を継続させることに意味を持ちうるものでもない。そして、控訴人らの賃金相当金員の仮払を求める仮処分の必要性がないことは前叙のとおりであり、控訴人らは、他に右解雇の意思表示の効力停止の仮処分を求める具体的必要性についてはなんらの主張、疎明をしない。八そうだとすると、本件仮処分の申請は必要性の疎明がないものというべく、かつ保証をもつて右疎明に代えることは適当でないから、右申請は失当である。よつて、右申請を却下した原判決は結局相当であつて、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。(裁判官小川善吉小林信次川口富男)〔参考資料〕 主文 本件仮処分申請はいずれもこれを却下する。申請費用は申請人らの負担とする。事実 第一当事者の求める裁判一申請人ら被申請人が昭和四一年五月九日付をもって申請人らに対してなした 件仮処分申請はいずれもこれを却下する。申請費用は申請人らの負担とする。事実 第一当事者の求める裁判一申請人ら被申請人が昭和四一年五月九日付をもって申請人らに対してなした各解雇の意思表示の効力を仮に停止する、被申請人は申請人らに対し、別紙賃金録記載(一)の各金員およぴ昭和四一年五月二六日以降毎月かぎり同記載の(二)の割合の各金員を仮に支払え、との判決。二被申請人申請人らの申請をいずれも却下する、訴訟費用は申請人らの負担とする、との判決。第二当事者の主張一申請人ら(申請理由)(一) 被申請人は、肩書本店所在地に本社工場を、同事業所所在地に千葉工場を有し、金型およぴ工作機械の設計、製作ならぴにこれに附帯する事業を営み、もつぱら日産自動車の下請け会杜である鬼怒川ゴム工業株式会社から同社で製作する自動車各種部品の金型(ゴムスポンジ型、三角窓枠型等)の注文を受け、その生産と販売を行なって来たものであり、その代表者社長はCであつた。申請人らは、いずれも被申請人に雇傭されている従業員で前記被申請人の千葉工場に勤務し、総評全国金属労働組合千葉地方本部中村型機分会に所属している組合員である。(二) ところで、被申請人は昭和四一年五月一九日付をもって、申請人らを含む従業員全員に対し解雇の意思表示をなした。 車各種部品の金型(ゴムスポンジ型、三角窓枠型等)の注文を受け、その生産と販売を行なって来たものであり、その代表者社長はCであつた。申請人らは、いずれも被申請人に雇傭されている従業員で前記被申請人の千葉工場に勤務し、総評全国金属労働組合千葉地方本部中村型機分会に所属している組合員である。(二) ところで、被申請人は昭和四一年五月一九日付をもって、申請人らを含む従業員全員に対し解雇の意思表示をなした。(三) しかしながら、前記解雇の意思表示は、労働組合法第七条第一号、第三号に該当する不当労働行為であるから、無効である。すなわち、1申請人らは、かねてから被申請人の残業が一か月平均六〇時間余におよび、日曜日に出勤することも多く、祝祭日も公休でないなど超過労働が多いことをはじめとして、各種労働条件、待遇が劣悪であることに不満を持ち、これらを改善するために労働組合を結成することが必要であることを痛感し、申請人Eが中 とも多く、祝祭日も公休でないなど超過労働が多いことをはじめとして、各種労働条件、待遇が劣悪であることに不満を持ち、これらを改善するために労働組合を結成することが必要であることを痛感し、申請人Eが中心となり、昭和四一年四月末頃から総評全国金属労働組合千葉地方本部の指導を得工従業員間に労働組合の結成を呼びかけたところ、多くの賛同をうることができたので、同年五月八日を労働組合結成大会の予定日として、着々とその準備を進めていた。2被申請人は、前記のような組合結成の動向をいち速く察知し、同年五月七日全従業員を工場内事務所に呼び集めて、当時の被申請人の代表者Cから、労働組合が結成されて総評全国金属労働組合に加入することになると、鬼怒川ゴム工業株式会社から注文が来なくなり、そうなると工場を閉鎖せざるを得なくたるので、仮に労働組合を結成しても総評全国金属労働組合に加入することのないように、との要請をなした。3そして、予定どおり同年五月八日夜労働組合結成大会が開催され、従業員二四名中申請人ら書二〇名が組合に加入し、執行部役員として申請人ら中一〇名ほか二名(うち委員長申請人E)を選出して組合の結成がなされたが、その際、前記被申請人からの要請につき、総評全国金属労働組合千葉地方本部の役員を加えて討議した結果、ことさら被申請人を刺戟するのは好ましくないとの判断から、総評全国金属労働組合加入の直ちに表面化することを避け、とりあえず企業内組合として発足することとし、翌九日被申請人に対し文書をもつて労働組合結成通告をなすとともに、一率金七、〇〇〇円のベースアップ、実働時間の短縮などを含む各種の要求を提示して、団体交渉の申入れをなすことと定めた。 つき、総評全国金属労働組合千葉地方本部の役員を加えて討議した結果、ことさら被申請人を刺戟するのは好ましくないとの判断から、総評全国金属労働組合加入の直ちに表面化することを避け、とりあえず企業内組合として発足することとし、翌九日被申請人に対し文書をもつて労働組合結成通告をなすとともに、一率金七、〇〇〇円のベースアップ、実働時間の短縮などを含む各種の要求を提示して、団体交渉の申入れをなすことと定めた。4ところが、その九日朝になってみると、被申請人のタイムカードは引き上げられており、被申請人は非組合員である従業員 働時間の短縮などを含む各種の要求を提示して、団体交渉の申入れをなすことと定めた。4ところが、その九日朝になってみると、被申請人のタイムカードは引き上げられており、被申請人は非組合員である従業員らを使用して工場内の製品、仕掛品等一切を被申請人のトラックに積み込んで鬼怒川ゴム工業株式会社に持ち去ったうえ、前記のCが申請人らに対し、同年五月六月の株主総会において被申請人の解散決議がなされ、すでにその清算人も決まつているので工場を閉鎖する、自分はすでに被申請人の代表ではないので、以後の話合いは清算人としてもらいたい、と告げるに至つた。かかる通告を受けた申請人らは、予想外の通告に驚ろきながらも、執行部役員ら(以下単に役員という。)において前記内容の組合結成通告書、待遇改善要求書、団体交渉申入書等を提示し、組合結成の通告をするとともに、待遇改善の要求をして団体交渉の申入れをなしたが、Cはこれに対し、申請人らが被申請人の希望を容れず労働組合を結成したため、かかる事態となつたこと、親睦会であれば容認するが、労働組合としては認めることができない、と述べ、右組合結成通告書等の受理をしようともしなかった。5そして同日、清算人と称するDが工場内に「清算人の許可なく出入りを禁ず」と表示した文書を貼付した。6そこで、役員らは同日急きよ臨時組合大会を開催し、前記C発言を組合員全員に伝えたうえ、組合の性格をどうするかにつき改めて討議した結果、絶対名数で組合の存続を決議したが、右役員らは、翌一〇日再ぴ要求書と団体交渉申入書を被申請人に提示し、これを受理させた結果、被申請人との間で団体交渉をなした。その際、役員らは、被申請人の経営内容、解散の意図などにつき、前記Cに問いただしたところ、同人は、被申請人は今は黒字経営であるが、その売上げが減少して来ているので、 C発言を組合員全員に伝えたうえ、組合の性格をどうするかにつき改めて討議した結果、絶対名数で組合の存続を決議したが、右役員らは、翌一〇日再ぴ要求書と団体交渉申入書を被申請人に提示し、これを受理させた結果、被申請人との間で団体交渉をなした。その際、役員らは、被申請人の経営内容、解散の意図などにつき、前記Cに問いただしたところ、同人は、被申請人は今は黒字経営であるが、その売上げが減少して来ているので、 申請人との間で団体交渉をなした。その際、役員らは、被申請人の経営内容、解散の意図などにつき、前記Cに問いただしたところ、同人は、被申請人は今は黒字経営であるが、その売上げが減少して来ているので、三か月以前から工場閉鎖を考えていた、などと言いながらも、役員らの要求した被申請人の決算書類等の提示には応じなかつた。7役員らは、その後さらに臨時組合大会を開催し、右大会は総評全国金属労働組合に加入する旨の決議をなしたが、役員らは、同月一三日その旨を被申請人に伝えたうえ、前記C、Dらと団体交渉をなした。ところが、Dは、自分は名ばかりの清算人であつて、被申請人のことは何も解らない、と言うだけで、役員らの質間に対して全く答えることができたかつた。8その後も役員らは、工場再開、操業継続を求めて、被申請人と数次の団体交渉をなしたが、前記C、Dはともにたんらの誠意のある回答をしないまま推移し、ついに同年五月一九日付でD名義の解雇通知書が申請人らを含む全従業員に対して同日送付されて来た。9しかしながら、以上1ないし8において述べた経過およびCの発言、さらには後に述べるところがら明らかなように、申請人らに対する前記解雇は、被申請人において、申請人らが労働組合を結成し、総評全国金属労働組合に加入することを極度に嫌悪し、組合を壊滅し、組合員である申請人らを企業外に排除しようとする意図のもとに解散を口実としてなされた不当労働行為である。イ被申請人は、昭和四一年五月九日解散登記手続をしているが、架して株主総会が開催されて解散決議がなされたかどうかも疑わしいばかりでなく、仮に右がなされたとしても真実の解散とはいうことができない。このことは、団体交渉の際における前記Cの発言の中にもみられるように、被申請人の経営内容は解散決議をしたという五月六日当時においても なく、仮に右がなされたとしても真実の解散とはいうことができない。 行為である。イ被申請人は、昭和四一年五月九日解散登記手続をしているが、架して株主総会が開催されて解散決議がなされたかどうかも疑わしいばかりでなく、仮に右がなされたとしても真実の解散とはいうことができない。このことは、団体交渉の際における前記Cの発言の中にもみられるように、被申請人の経営内容は解散決議をしたという五月六日当時においても なく、仮に右がなされたとしても真実の解散とはいうことができない。このことは、団体交渉の際における前記Cの発言の中にもみられるように、被申請人の経営内容は解散決議をしたという五月六日当時においても黒字でむしろ安定しており、その時まで賃金の支払に渋滞もなく、鬼怒川ゴム工業株式会社からの注文も二か月先の分まであり、仕事の品が多いため従業員は残業、休日労働を強いられていた状態であるほか、被申請人は解散登記手続後も同年五月一九日まで京成電鉄の船橋駅をはじめ各所に工員の新規募集広告を掲示しているほどであって、企業廃止の必要も必然性も全くなかったものである。他方、被申請人の組合嫌悪の情は、前記組合結成前後に亘る前記Cの発言に明らかに示されており、申請人らに対する解雇が、典型的な組合壊滅のための偽装解散によるものであることは明らかである。ロ仮に、右解散が偽装によるものでなく、また企業の継続、廃止が企業主体の「営業の自由」に属することを一般論として肯定するにしても、これと絶対無制限のものではなく、濫用に亘つてはならないものであり、ことに企業能力を有する会社が労働組合の合法的組織活動を弾圧し、全組合員を解雇することによつて、これを壊滅させることを決定的原因として解散決議をなし、企業を廃止することは、企業廃止の自由の濫用で、憲法第二八条、労働組合法第七条第一号、第三号に違反、同時に公序良俗に違反して無効であり、また仮に、解散決議自体が無効でたいとしても、いずれの場合も、前記意図に基づき解散を手段としてなされた解雇であることは明らかである。(四)申請人らは、被申請人から、前月二六日から当月一〇日までの賃金を当月一五日に、当月一一日から同二五日までの賃金を当月末日にそれぞれ支給されていたものであるが、本件解雇の意思表示を受けた当時において、別紙賃金目録記 申請人から、前月二六日から当月一〇日までの賃金を当月一五日に、当月一一日から同二五日までの賃金を当月末日にそれぞれ支給されていたものであるが、本件解雇の意思表示を受けた当時において、別紙賃金目録記載のような平均賃金をそれそれ得ていたものである。 賃金を当月一五日に、当月一一日から同二五日までの賃金を当月末日にそれぞれ支給されていたものであるが、本件解雇の意思表示を受けた当時において、別紙賃金目録記 申請人から、前月二六日から当月一〇日までの賃金を当月一五日に、当月一一日から同二五日までの賃金を当月末日にそれぞれ支給されていたものであるが、本件解雇の意思表示を受けた当時において、別紙賃金目録記載のような平均賃金をそれそれ得ていたものである。(五)そこで、申請人らは、雇傭関係の存在確認、解散決議無効確認の本訴を提起すベく準備中であるが、申請人らはいずれも毎月の賃金を唯一の生活の資とする労働者で、他に収入の途もないので、右本訴において勝訴するまで賃金の支払を受けなければ各自の生活に重大な影響を受ける結果となるので、本申請におよんだ。(被申請人の主張に対する答弁)被申請人主張の解雇の承認の事実((一五))は否認する。申請人らは、いずれも毎月の賃金を唯一の生活の資とする労働者であるところ、被申請人は解散を口実として申請人らを解雇し、昭和四一年五月二〇日以降の賃金を不当に支払わないため、申請人ら本件申請におよんでいるものであるが、本件において申請が容れられるためには相当の日時を要することが予想され、その間における申請人の生活維持の必要から、申請人らは公共職業安定所に事情を話し、すでに本件が当庁に係属中であること告げたうえ、その了解のもとに失業保険の仮給付を受けることとなり、その手続として離職票を提出したにすぎない。したがつて、これをもって申請人らが解雇をしたとすることはできないものである。二被申請人(申請理由に対する答弁およぴ主張)(一)申請理由(一)の事実中、申請人らが総評全国金属労働組合千葉地方本部中村型機分会に所属する組合員であるとの点は不知、その他の点は認める。(二)同(二)の事実は認める。(三)同(三)の冒頭の主張は争う。(四)同(三)の一の事実中、申請人らの労働条件、待遇が劣悪であったとの点を否認し、申請人らが労働組 点は不知、その他の点は認める。(二)同(二)の事実は認める。(三)同(三)の冒頭の主張は争う。(四)同(三)の一の事実中、申請人らの労働条件、待遇が劣悪であったとの点を否認し、申請人らが労働組合を結成した経緯は不知。残業時間につき、ある従業員について一か月最高六〇時間におよんだことはあるが、平均すると約四〇ないし六〇時間であった。 人らの労働条件、待遇が劣悪であったとの点を否認し、申請人らが労働組 点は不知、その他の点は認める。(二)同(二)の事実は認める。(三)同(三)の冒頭の主張は争う。(四)同(三)の一の事実中、申請人らの労働条件、待遇が劣悪であったとの点を否認し、申請人らが労働組合を結成した経緯は不知。残業時間につき、ある従業員について一か月最高六〇時間におよんだことはあるが、平均すると約四〇ないし六〇時間であった。祝祭日は休業としていなかったこと、時には日曜日に出勤させることのあったことは認めるが、残業、日曜日出勤の際には、就業規則に基づ<各手当を支給するほか、その時間に応じ食事代として金七〇円ないし金二〇〇円を支給していた。(五)同(三)の2の事実は否認する。被申請人は、もつぱら鬼怒川ゴム工業株式会社から注文を受けて営業していたのであるが、申請人ら従業員が昭和四一年四月二七日以来残業を拒否する態度に出たため(注文品の納期が遅れ、同社から以後も同様の遅滞があるとすると被申請人に対しては注文しない旨強い警告を受けたため、その旨を従業員に対して伝えたにすぎず、申請人らの組合結成を阻止する旨の発言はしていない。(六)同(三)の3の事実は不知。(七)同(三)の4事実中、九日朝被申請人がタイムカードを引き上げ、Cが申請人らに対し被申請人の解散、清算人の決定、工場閉鎖を告げたこと、組合役員らがこれに対し申請人ら主張の書面を掲示し、組合結成の通告をするとともに、待遇改善の要求をして団体交渉の中入れをなしたことは認めるが、被申請人の製品、仕掛品等一切を搬出したこと、Cが申請人らに対し、組合が結成されたため株主総会において解散決議がなされ、工場閉鎖となった旨告げたとの点は否認する。被申請人は自己の自動車に納期の遅れた製品等を積んで注文者の鬼怒川ゴム工業株式会社にこれを納入したものにすぎない。(八)同(三)の5の事実は認める。され、工場閉鎖となった旨告げたとの点は否認する。被申請人は自己の自動車に納期の遅れた製品等を積んで注文者の鬼怒川ゴム工業株式会社にこれを納入したものにすぎない。(八)同(三)の5の事実は認める。清算人Dがかかる表示をしたのは、被申請人の従業員、組合員らの工場への出入りを禁止する趣旨ではなく、解散、工場閉鎖の混乱に紛れて他の無関係の者がむやみに出入りするのを防止するためにすぎない。現実には、申請人らはその後も自由に被申請人の施設に出入りし、かえつて、現在、千葉工場は申請人らがこれを占拠し、許可なくしてこれに出入りすることを禁ずる旨の表示をなし、被申請人の清算人およぴその指示により清算事務を担当する者が工場内事務室に入ることができず、清算事務に支障を来たしている状態である。 趣旨ではなく、解散、工場閉鎖の混乱に紛れて他の無関係の者がむやみに出入りするのを防止するためにすぎない。現実には、申請人らはその後も自由に被申請人の施設に出入りし、かえつて、現在、千葉工場は申請人らがこれを占拠し、許可なくしてこれに出入りすることを禁ずる旨の表示をなし、被申請人の清算人およぴその指示により清算事務を担当する者が工場内事務室に入ることができず、清算事務に支障を来たしている状態である。被申請人としては、これら組合民の退去、妨害排除等の法的手続をしようとしたこともあつたのであるが、ことさら申請人らを刺戟することを避けて隠忍自重して今日におよんだものである。(九)同(三)の6の事実中、申請人らの組合組織についての行動の点は不知、その他の点は認める。ただし、被申請人が決算書類の提示要求に応じなかつたのは、故意にその提示を拒否したのではなく、被申請人が三月末決算期で五月中に作成を計理士に依頼していた決算書類等が当時作成されていなかつたため、申請人らの右要求に応じられなかつたのである。(一〇)同(三)の7の事実中、組合大会の総評全国金属労働組合への加入決議の点は不知、団体交渉をしたことは認める。その際、Dは名ばかりの清算人であると言つたのではなく、組合員からの各種質問要求等に対し、従前被申請人とは関係がなく、清算人に就任したばかりで、十分解らないことがある旨述べたものである。(一一)同(三)の8の事実中、C、Dに誠意がなかったとの点は否認、その他の事 種質問要求等に対し、従前被申請人とは関係がなく、清算人に就任したばかりで、十分解らないことがある旨述べたものである。(一一)同(三)の8の事実中、C、Dに誠意がなかったとの点は否認、その他の事実は認める。団体交渉の際、組合役員らはあくまで被申請人の事業再開、待遇改善の要求を強く主張し、これに対し被申請人側はCをはじめ全株主が事業再開の意思が全くないので、清算人Dは組合員の事業再開を前提とする要求には応じられない旨述べたのである。また、同年五月一三日の団体交渉の際、Dが事業廃止に伴ない従業員全員の解雇はやむを得ない旨口頭で伝えたところ、申請人ら組合員は被申請人の決算書の提示があるまでは、解散、事業廃止、解雇等一切を認めないとの態度であったため、Dは清算人として早急に決算書類を作成してこれを申請人らに提示すること、右提示までの間は全従業員を出勤したものとみなしてその間の賃金を支払うべきことを申し入れ、同月一七日に至り被申請人の決算書類を提示してその説明をしたのであるが、申請人らは解散、解雇を承認するに至らなかった。 で伝えたところ、申請人ら組合員は被申請人の決算書の提示があるまでは、解散、事業廃止、解雇等一切を認めないとの態度であったため、Dは清算人として早急に決算書類を作成してこれを申請人らに提示すること、右提示までの間は全従業員を出勤したものとみなしてその間の賃金を支払うべきことを申し入れ、同月一七日に至り被申請人の決算書類を提示してその説明をしたのであるが、申請人らは解散、解雇を承認するに至らなかった。そこでDは、同月一九日従業員全員に対し、株主総会の決議により解散したので解雇する旨の意思表示をなし、かつ就業規則に基づく解雇手当を支払う旨通知したものである。(一三)同(三)の9の冒頭の主張および同ロの主張はこれを争い、同イの事実中、被申請人が解散後(ただし日時の点は争う。)も従業員募集広告を掲示していたとの点、解散当時被申請人が黒字経営であったとの点、解散登記の点はいずれも認めるが、その他の点は否認する。右広告掲示は、被申請人の係員が未だ被申請人の事業廃止の意思を知らずに広告の申込みをしておいたため、偶々解散後に至る玄で広告が存続していたのであって、被申請人は右事実を知り、直ちにその取消しを申し入れた結果、同年五月九日千 係員が未だ被申請人の事業廃止の意思を知らずに広告の申込みをしておいたため、偶々解散後に至る玄で広告が存続していたのであって、被申請人は右事実を知り、直ちにその取消しを申し入れた結果、同年五月九日千葉駅の掲示が、同月一四日船橋駅の掲示がそれぞれ撤去された。被申請人の当時の代表者Cは、昭和四一年二月頃から高血圧症にてやや健康を害しており、会社経営の意欲を喪失しつつあって、その間親族らとも相談した結果、極端な事業不振となって倒産してから解散するよりも、むしろかかる事態に至る以前において解散すれば、他の株主、債権者、従業員らに多大の迷惑をおよぼすことなく解決することができると考えるに至った。もともと、近代的な教育を受けず、いわゆる町工場の個人企業を昭和三八年一〇月一二日法人組織として出発したCであるが、労働問題等に関する知識は全くなく、労働組合についてもこれをただ恐れるのみで、なんらこれに対する知識、対策等は持っていなかったものである。そのため、近代的な会社、工場等の経営をする自信も意欲も喪失していたCは、各株主に対してその意向を示したところ、各株主もCの意向を汲み解散もやむを得ないとのことであったので、同年五月六日開催された株主総会において、全員一致で解散決議をなしたものである。 たCであるが、労働問題等に関する知識は全くなく、労働組合についてもこれをただ恐れるのみで、なんらこれに対する知識、対策等は持っていなかったものである。そのため、近代的な会社、工場等の経営をする自信も意欲も喪失していたCは、各株主に対してその意向を示したところ、各株主もCの意向を汲み解散もやむを得ないとのことであったので、同年五月六日開催された株主総会において、全員一致で解散決議をなしたものである。したがって、被申請人は、解散後直ちにその旨の登記手続をなし、裁判所への清算人の届出、被申請人の債権者に対する債権申出の催告の公告、知れたる債権者に対する債権申出の催告、労働基準監督署、公共職業安定所等に対する事業廃止に伴なう従業員解雇の届出等の諸手続を行なったものである。そうであるから、Cや株主らは労働組合の結成を歓迎する意向はもとよりなかったけれども、これを阻止するため表面上形式的に解散し、組合員を排除して後、再び事業を継続するとか、企業を他の者に承継し経営させ そうであるから、Cや株主らは労働組合の結成を歓迎する意向はもとよりなかったけれども、これを阻止するため表面上形式的に解散し、組合員を排除して後、再び事業を継続するとか、企業を他の者に承継し経営させるとかの意思も全くなかったのである。企業経営者が企業を継続するか、廃止するかは、特別の法令によって義務付けられていないかぎり、その自由に委ねられているところである。不当労働行為は、企業の継続が前提となってはじめて起る問題であって、右のように企業の自由に委ねられている企業廃止は、従業員の意思によって制限されるものではない。(一三)同(四)の事実は認める。(一四)同(五)の事実は不知。(一五)仮に、被申請人のなした解雇の意思表示が効力を生じないとしても、申請人らは任意離職を承諾しているので、被申請人の従業員たる身分を有しない。すなわち、役員らは団体交渉中において、事業再開、待遇改善要求だけを主張していたため、なんら妥結に至る点は存しなかったのであるが、申請人らのうち、R、Q、Mの三名を除くその他の者は昭和四一年六月一日に、右三名の者は同月六日に、いずれも解雇を承認し、失業保険の給付を受けるため、離職書に記名捺印して、これを公共職業安定所に提出したものである。したがって、申請人らと被申請人との間の雇傭契約は、右により同年六月一日と同月六日をもつて終了した。 、事業再開、待遇改善要求だけを主張していたため、なんら妥結に至る点は存しなかったのであるが、申請人らのうち、R、Q、Mの三名を除くその他の者は昭和四一年六月一日に、右三名の者は同月六日に、いずれも解雇を承認し、失業保険の給付を受けるため、離職書に記名捺印して、これを公共職業安定所に提出したものである。したがって、申請人らと被申請人との間の雇傭契約は、右により同年六月一日と同月六日をもつて終了した。第三疎明関係(省略)理由(省略)(裁判官堀部勇二渡辺昭片岡安夫)

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る