平成14(ワ)1342 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成15年11月26日 神戸地方裁判所
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本件は、原告らが被告らに対し、原告Cが出産する際に経膣分娩を選択したことに過失があったとして損害賠償を請求した事案である。原告Aは出生時に肩甲難産の状態となり、右上肢分娩麻痺を負った。主要な争点は、被告らの注意義務違反の有無と原告らの損害額であった。裁判所は、経膣分娩の選択が医師の注意義務に違反していないと判断し、帝王切開への切り換えの必要もなかったとした。原告らの請求は棄却され、訴訟費用は原告らの負担となった。判決は、医療行為における注意義務の範囲とその判断基準を示す重要なものである。

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判決文本文15,351 文字)

主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告らは各自,原告Aに対し,金104万5752円,原告B及び同Cに対し,各金215万円及びこれらに対する平成12年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 事案の要旨本件は,原告らが,原告Cが同Aを出産するにつき,分娩を担当した医師である被告らは,帝王切開をすべきであるのに経膣分娩の方法を選択した過失により,原告らに精神的苦痛や通院治療費等の損害を被らせたと主張して,被告らに対し不法行為に基づく損害賠償を請求している事案である。 2 前提となる事実以下の事実は,当事者間に争いがないか,各項末尾掲記の証拠によって容易に認められる。 (1) 当事者原告Bと原告Cは夫婦であり,平成12年5月1日,原告Cは,被告ら経営のD医院(当時。以下「被告医院」という。)において,原告Aを四女として出産した。 (争いがない)原告Cが同Aを出産した際,被告医院の医師として原告Cの分娩を担当したのが,被告Eと,その母である被告Fであり,被告らは,平成11年9月10日に原告Cが被告医院に受診した後,定期的に診断するなど同原告に対する診療を続けてきた。(争いがない)(2) 分娩異常の発生平成12年5月1日,原告Cは,同日午前3時過ぎから陣痛が始まったため,同日午前3時40分ころ被告医院で受診し,同日午前8時56分に原告Aを出産したが(以下「本件分娩」あるいは「本件娩出」という。),原告Aは出生時の体重が4280gの巨大児であり,分娩の際,児頭が露出しても肩甲が母体の骨盤等を円滑に擦り抜けることができない,いわゆる肩甲難産の状態が生じていたことから,被告らの手技によって娩出されるに至った の体重が4280gの巨大児であり,分娩の際,児頭が露出しても肩甲が母体の骨盤等を円滑に擦り抜けることができない,いわゆる肩甲難産の状態が生じていたことから,被告らの手技によって娩出されるに至った。(甲A2,乙A1,弁論の全趣旨)(3) 原告Aの障害原告Aは,出生直後から,右腕に異変が見られ,出生後に診察を受けたH病院において,右上肢分娩麻痺と診断され,同病院で神経手術を受けた上,通院治療を続けたが回復に至らず,著しい機能障害を残す可能性を指摘されている。(甲A2ないし6,同10) 3 争点及び当事者の主張本件の争点は,被告らの過失の有無(①経膣分娩の方法を採用したことに注意義務違反があったか否か,②分娩開始後被告らに帝王切開の方法に切り換えるべき注意義務があったか否か)及び原告らの損害額である。 (1) 経膣分娩の方法を採用したことに注意義務違反はあったか。 ア原告らの主張本件分娩に際し,帝王切開の方法によれば肩甲難産は起こりえず,したがって,原告Aの障害も発生しなかった。肩甲難産のリスク因子としては,胎児が巨大児であることや母体糖尿病が主要なものとされているところ,平成12年4月13日に被告医院で診察を受けた際,胎児が大きく,巨大児の可能性があったこと,原告Cは,妊婦検診の結果,糖尿病又は妊娠性糖尿病の可能性があったことを考慮すれば,肩甲難産の可能性は容易に予測し得たから,経膣分娩の方法を採用した被告らの判断は,医師としての注意義務に違反するものである。 この点,被告らは,経膣分娩の方法にこだわったのは原告Cであるというが,むしろ被告らである。原告Cは,三女を出産した際に「次回は帝王切開するように」と他の病院で助言を受けていたため,その旨を数回に渡って被告らに伝えたが,被告らは「親の勝手で帝王切開す であるというが,むしろ被告らである。原告Cは,三女を出産した際に「次回は帝王切開するように」と他の病院で助言を受けていたため,その旨を数回に渡って被告らに伝えたが,被告らは「親の勝手で帝王切開するものではない。」と,その申し出を拒絶し,予定日になっても胎児が降りてこないときは帝王切開をするが,その場合には,5月の連休で看護婦の手が足りないから連休後の同月8日にすると述べていた。また,被告らは,同年4月22日,帝王切開を予定している母親には通常は投与しないマイリス膣坐薬を原告Cに投与しているから,その時点で経膣分娩を予定していたと考えられ,同月13日に帝王切開を勧めたのに同月24日に原告Cが帝王切開を拒み経膣分娩を希望したとの被告らの主張と矛盾する。 仮に,経膣分娩の方法を望んだのが原告Cであったとしても,被告らは肩甲難産の可能性を予測できたのであるから,経膣分娩の方法を採用してはならない注意義務を負っていた。 イ被告らの主張母体糖尿病が肩甲難産のリスク因子とされているが,原告Cは食事の影響により一過的に尿糖が強陽性であったことがあるだけで糖尿病は認められなかったし,本件の胎児体重は,経膣分娩でも帝王切開でも,いずれの方法での出産も妥当とされる試験分娩の対象であって,予定帝王切開の対象ではなかった。したがって,経膣分娩の方法を採ったことが注意義務に違反するということはない。 もっとも,被告らは,胎児の推定体重が測定不能となった平成12年4月13日,原告Cの体型,体重等から胎児の安全を考えて,原告Cに帝王切開をするように勧め,帝王切開の検討のための各種検査を実施したのであるが,被告らが同月24日に再度帝王切開を勧めたところ,原告Cが,「帝王切開は嫌だ,経膣分娩でお願いします。」「どうしても,帝王切開になるのであれば,家の事情の 検討のための各種検査を実施したのであるが,被告らが同月24日に再度帝王切開を勧めたところ,原告Cが,「帝王切開は嫌だ,経膣分娩でお願いします。」「どうしても,帝王切開になるのであれば,家の事情のため,連休明けにして下さい。」と答えたものである。 したがって,被告らが経膣分娩の方法を採用したことに注意義務違反はない。 (2) 分娩開始後,帝王切開の方法に切り換えるべき注意義務があったか。 ア原告らの主張本件分娩開始後,胎児の下降不良が認められたが,巨大児の出産が予測されていた本件では吸引分娩は禁忌とされていたのであるから,医師としては直ちに帝王切開に切り換えて娩出すべき注意義務があったのに,被告らはこれを怠った。 本件娩出の際,胎児には帝王切開への切り換えの指標となる,いわゆる,タートルサインが表れていたのであるから,その観点からも,被告らは本件娩出を帝王切開による方法に切り換えるべきであった。 イ被告らの主張被告らは,胎児の下降不良を認めて,吸引によって児頭を娩出したが,両側の肩甲が,ともに骨盤内に嵌入していないという状態にはなかったのであるから,帝王切開を適応する条件はなかった。 タートルサインとは,排臨に続く発露の段階に至って,児頭全体が娩出した直後に胎児の顎が会陰の内側に引き戻された場合をいうのであって,本件のように,排臨時に陣痛や努責に伴って児頭が見え隠れする状態は,これに当たらない。 (3) 原告らの損害額ア原告らの主張(ア) 原告Aの損害(合計104万5752円)a 治療費 G病院 1万8810円H病院 20万4042円(平成13年12月19日診療分まで)b 交通費 H病院への通院費用 1万7600円(高速料金往復1400円×11回) 8810円H病院 20万4042円(平成13年12月19日診療分まで)b 交通費 H病院への通院費用 1万7600円(高速料金往復1400円×11回)(駐車料金 200円×11回)c 慰謝料入院慰謝料 36万円G病院(9日間)平成12年5月1日から同月9日H病院(18日間)同年8月8日から同月25日通院慰謝料 24万5300円H病院(実日数11日)平成12年5月10日から同13年12月19日d 弁護士費用 20万円(イ) 原告B,同Cの損害(各215万円)a 慰謝料各200万円(原告Aの負った障害の程度は大きく,今後,重篤な後遺症が残存する見込みである。両親である原告B,同Cの精神的苦痛は甚だしいものであり,慰謝料としては200万円を下らない。)b 弁護士費用各15万円イ被告らの主張原告らの主張はいずれも争う。 第3 争点に対する判断 1 認定事実証拠(甲A1及び2,B2,乙A1ないし5,被告E本人,被告F本人)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。 (1) 被告らは,原告Cの体重,体型等から見て,事前に帝王切開による出産の方がよいのではないかと話し合っていたが,平成12年4月13日(妊娠37週5日目),超音波による胎児の推定体重が計測不可能となり,内診でも児頭が触れないほど胎児の位置が高く,下降不良が認められたので,前回出産が約3800gの大きい胎児であったと聞いていたことも考慮して,同日,被告Eから,原告C の推定体重が計測不可能となり,内診でも児頭が触れないほど胎児の位置が高く,下降不良が認められたので,前回出産が約3800gの大きい胎児であったと聞いていたことも考慮して,同日,被告Eから,原告Cに対し,帝王切開での分娩を考えた方が良いことについて説明した。被告Eは,次回の診断の際に,検血や心電図,胸部のX線写真撮影など,手術の準備を検討していることを原告Cに伝え,家族とも帝王切開での出産について相談してくるように同原告に求めた。同日当時,原告Cの身長は150㎝で,体重が82.85㎏,腹囲が110㎝で,肥満体型であり,分娩予定日は同月29日であった。なお,原告Cの尿糖は,平成11年10月15日と同月21日の検査において強陽性であったが,その後同月26日から平成12年4月26日までの間は,同年2月24日にプラスマイナスであったほかは一貫してマイナスであった。 (2) 同年4月24日(妊娠39週2日),原告Cは,被告らの手配によって,Iで骨盤X線写真撮影や心電図検査,胸部X線写真撮影を行った。被告らは,同日,上記検査結果と同月19日に行った検血の結果を踏まえて検討したが,骨盤部分のX線写真によると,母体骨盤の最も狭い部分である産科的真結合線と児頭の大横径の差が3㎝以上あったことを考慮してもなお肩甲難産の発生する危険性があると考えられたため,胎児の安全を考えれば帝王切開が良いと判断し,原告Cに帝王切開を勧めることとした。そこで,被告Eは,原告Cに対し,経膣分娩の方法と帝王切開の方法による場合の長所と短所を説明した上で,帝王切開による出産を勧めたが,原告Cはこの提案に反して経膣分娩を希望する旨回答し,どうしても帝王切開になる場合には,家の事情のため連休明けにして欲しいと自らの希望を述べた。これを受けて被告らと原告Cは,被告らにおいて一応帝王切開 告Cはこの提案に反して経膣分娩を希望する旨回答し,どうしても帝王切開になる場合には,家の事情のため連休明けにして欲しいと自らの希望を述べた。これを受けて被告らと原告Cは,被告らにおいて一応帝王切開の準備をしておき,陣痛がきても児頭がなかなか娩出されないなど分娩が長引いたり,胎児の状態が思わしくなかった場合には帝王切開をすることにし,また,5月の連休が終わっても陣痛が来ていなければ連休後の同月8日に帝王切開を実施することにした。 しかし,同年4月28日(妊娠39週6日)の診断時も被告らの内診所見は変わらず,被告らは再度原告Cに帝王切開を勧めたが原告Cは経膣分娩を希望した。 (3) 同年5月1日の分娩時,陣痛から子宮口の全開まで順調に推移したが,怒責時に児頭の一部が露出するものの,陣痛の間欠時には膣内に引っ込むという状態になり,陣痛と腹圧等のタイミングがかみ合わないまま胎児の下降不良となり,原告Cが体力的に疲れてきたため,被告Fは,吸引によって児頭全部を露出させた。その際,被告らが内診したところ,左側の肩甲は既に骨盤内に入っている状態であった。被告らは,被告Fにおいて児頭を牽引している状態で,被告Eが恥骨結合上縁の圧迫を1分程度行い,次に,原告Cの太股を腹部の方に屈曲させて骨盤の入口角を減らす方法(いわゆるマクロバーツ法)を1~2分施行した上,最後に,被告Eが児頭の後頭部の後方から膣内に右手を挿入し,胎児の右腋窩部及び肩甲部を把握し,骨盤の斜径に一致するように,下外方へ牽引,回旋して,手の挿入から30秒ほどで肩甲を娩出し,胎児の全身を娩出させた。原告Aの出生児の体重は4280gであった。被告らは,巨大児が予想されていたことから,本件分娩に際しては,原告Cに予め会陰切開を施していた。 (4) 被告医院では,連休中であっても通常どおりの人員 。原告Aの出生児の体重は4280gであった。被告らは,巨大児が予想されていたことから,本件分娩に際しては,原告Cに予め会陰切開を施していた。 (4) 被告医院では,連休中であっても通常どおりの人員配置をしており,従業員が近隣に住んでいることから,分娩の際は被告医院に呼び寄せるなどして,5人から6人のスタッフで分娩を行うことができる。分娩に際しては,被告両名の他に,助産婦,看護婦,看護助手らが立ち会うこととされているところ,本件分娩では,被告両名のほか,看護士2人,看護助手1人の合計5人が立ち会っており,人員配置が通常と特段異なっていたということはない。 (5) 分娩後,出生した原告Aは,右上腕の麻痺が認められたため,被告Eの紹介によって,直ちにG病院小児科に搬送され,右腕の診断と治療を受けた。原告Aは,次に,H病院で診察を受けたが,その際,原告B及び同Cは原告Aの右腕の障害は人為的に牽引したために生じた可能性があるとの指摘を受けた。 (6) 原告Cは,出産後,同年5月6日まで,被告医院に入院していたが,その間,原告Cや同Bらが被告らに対し,帝王切開をしなかったために原告Aに障害が生じたという苦情を申し入れたことはなかった。また,原告Cは退院後も被告医院を訪れ,被告らから,いろいろな指導を受けるなどしたが,その際も,帝王切開をしなかったという苦情を被告らに申し入れたことはなかった。 2 原告らの主張について(1) 上記認定事実に対し,原告らは,帝王切開を求めたのはむしろ原告Cであり,被告らが反対したため経膣分娩をせざるを得なくなったと主張し,原告C本人の供述及び証人Zの証言はこれに沿うものである。 しかしながら,被告らが,骨盤部分のX線写真撮影や心電図検査,胸部X線写真撮影等,通常帝王切開を検討した場合に行う検査を原告Cに受け 原告C本人の供述及び証人Zの証言はこれに沿うものである。 しかしながら,被告らが,骨盤部分のX線写真撮影や心電図検査,胸部X線写真撮影等,通常帝王切開を検討した場合に行う検査を原告Cに受けさせたことは上記1(2)で認定のとおりであり,原告Cの体型,体重など巨大児の可能性を医学的に裏付ける要因があったこと,原告Cや原告Bらが,本件出産後直ぐには原告Aの障害について被告らに苦情を申し立てていないことを考え併せても,被告らが原告Cの意思に反して帝王切開を行わなかったとは想定しがたく,むしろ,上記認定のとおり,被告らが帝王切開を勧めたのに原告Cがこれを拒否したとみる方が平仄が合うというべきである。 (2) 原告C本人は,平成12年4月29日が出産予定日であるのに同年5月の連休中は人手不足となる関係で帝王切開をするのは連休明けになると被告らが述べたと供述するが,同月8日には出産予定日を9日経過することになり,証拠(被告E本人)によれば,その時期には胎盤機能悪化のために急速遂娩を考慮すべきと認められることに照らすと,単に人手の問題を考えて帝王切開の時期を決めたとする原告C本人の供述は不自然であるし,上記認定事実に照らすと,現に本件分娩は連休中であったものの人手の点で通常時と異なる状況にあったとは認められないから,上記供述は客観的事実とも矛盾する。また,原告C本人は,前回の出産時に担当医から次回は帝王切開で分娩するよう助言を受けていたため本件出産に際して帝王切開を希望したと供述するが,原告Cが上記助言を受けたことを裏付ける客観的証拠はなく,なお,証拠(乙A4の1及び2)によれば,被告ら訴訟代理人がX医師会を通じて上記担当医に問い合わせたが,当該事実の有無を確認できなかったことが認められる。 (3) また,証人Zは原告C本人の供述と同 ,証拠(乙A4の1及び2)によれば,被告ら訴訟代理人がX医師会を通じて上記担当医に問い合わせたが,当該事実の有無を確認できなかったことが認められる。 (3) また,証人Zは原告C本人の供述と同趣旨の証言をしているが,上記説示と同様の理由により信用できない。なお,証人Zは,原告Cが原告Aを出産し,同原告の障害が判明した後もしばらくは被告らに苦情を述べなかったが,それは原告Aの症状が回復することだけが念頭にあったからである旨を証言するが,本件分娩の際に巨大児が予想されることやその際帝王切開をすべきであること等を前回の出産時に別の医師から助言され,被告らに対して繰り返し帝王切開の希望を述べたという原告Cが,原告Aに障害が生じたことを認識しながら直ぐに何らの非難もしなかったということは理解しがたく,その点からも証人Zの証言は信用できないし,同旨のZ作成の陳述書(甲A11)も信用できない。 (4) 原告らは,同年4月22日に被告らが,帝王切開を予定している妊婦には通常使用しないマイリス膣坐薬を投与していたから,同日時点で被告らに帝王切開をする意思がなかったと主張するが,証拠(乙A1)及び上記認定事実によると,マイリス膣坐薬が投与された同日時点では,同月13日に帝王切開を検討していることを原告Cに告げたものの,身体への侵襲を伴う帝王切開を原告Cや同Bの承諾なしに決行することはできず,原告Cや同Bの意向を確認しながら,経過観察を続けなければならない状況であったのであるから,同薬剤が投与されたことのみをもって,被告らに帝王切開を実施する意思がなかったということはできない。 同月24日以降の投与については,既に原告Cからの回答を受け,第一次的に経膣分娩の方法を試みることが決定されていたのであるから,帝王切開を被告らが拒絶していたということはできず いうことはできない。 同月24日以降の投与については,既に原告Cからの回答を受け,第一次的に経膣分娩の方法を試みることが決定されていたのであるから,帝王切開を被告らが拒絶していたということはできず,いずれも上記認定を左右するものではない。 3 争点(1),(2)に対する判断(1) 巨大児と肩甲難産の予測について原告らは,本件では原告ら主張の諸要素により巨大児出産の可能性が極めて高く,したがって,被告らは肩甲難産が発生する危険性を具体的に予想し得たから,帝王切開を選択すべき注意義務を負っていたと主張するので検討すると,証拠(甲B1の1ないし5,同2,4,乙A5,B1,同2の1,同2の2の1,同3ないし9の各1)によれば,以下の事実が認められる。 ア肩甲難産とは,児頭娩出後に胎児の前在肩甲が母胎の恥骨結合部につかえ,肩甲娩出が困難となるために,胎児の娩出も不可能ないし困難な状態に陥る症例をいい,その頻度としては,全経膣分娩例の0.2ないし0.5%であるが,胎児体重4000g未満では0.2%である一方,4000ないし4500gとなると2%であり,4500g以上だと4%であると報告する文献がある。 イ平成8年の資料によると,肩甲難産をもたらす要因は様々であり,ことに胎児体重との関係では,胎児体重が重いほど肩甲難産の症例は増える傾向にあることが知られているが,肩甲難産の半数近くは出生時4000g未満の例であるし,超音波による予測体重と実際の出生時体重には不一致があること等から,肩甲難産の発生を正確に予測することは困難であるとされている。この点,母親が糖尿病に罹患していること,母親が肥満であること,過期産であること,胎児又は母体体重の過剰がある場合には,肩甲難産の可能性があるという指摘が本件出産当時から既にあったが,これはあくまで指標 点,母親が糖尿病に罹患していること,母親が肥満であること,過期産であること,胎児又は母体体重の過剰がある場合には,肩甲難産の可能性があるという指摘が本件出産当時から既にあったが,これはあくまで指標であるとされ,これらの要因が見られる場合に必ず帝王切開を施術すべきというものではなく,上記諸要因から直ちに肩甲難産の予測を立てることや超音波による検査によって直ちに肩甲難産を予測することができるとの見解については,医学的に疑問であるとする見解もあった。 ウまた,巨大児の場合における肩甲難産の原因は,巨大児は通常,肩甲,胸郭の発育が良好であり,頭位より肩甲周囲の方が大きい傾向があるほか,母体の骨盤出口部よりも大きい傾向があるため,児頭が娩出されても肩甲の娩出が困難となりがちとなることにあると一般書等においても指摘されており,そのような報告や論文の成果によって,本件妊娠期間中である平成12年前半ころにおいては,巨大児である場合に肩甲難産が発生する危険性が大きいことが医学的な知見に裏付けられたものとして臨床実務において広く浸透していた。 エさらに,平成8年ころの医学的見解をもとにすると,巨大児となる可能性,すなわち,胎児体重が4000g以上となる予測は,妊婦に実施することのできる超音波測定法の結果等の諸検査の結果によってある程度可能であるとされており,併せて,糖尿病の罹患の有無,肥満体質か否か等の母体の要素や,過期産か否か等の要素を検討すると(以下「DOPE法」という。),巨大児となるものであるか否かにつき,正確な予想をすることまでは困難であったとしても,巨大児の可能性が相当程度認められる例であるか否かの判断は可能であるとされていた。また,平成8年の我が国の資料によると,既に,上記のような巨大児を疑うべき場合についての類型的指摘がなされ,そ ても,巨大児の可能性が相当程度認められる例であるか否かの判断は可能であるとされていた。また,平成8年の我が国の資料によると,既に,上記のような巨大児を疑うべき場合についての類型的指摘がなされ,その疑いが確診となるか否かにつき,75gブドウ糖負荷試験や超音波による胎児計測の方法があることが指摘されていた。加えて,平成10年ころから巨大児と肩甲難産の関係が議論されてきており,肩甲難産の結果が重篤であるとされていたことからすると,本件妊娠期間中である平成11年当時においては,上記諸要素の存在を認識する限り,医師としては肩甲難産が発生することを具体的に考慮して診療を行うべき状況となっていた。もっとも,DOPE法については確実なものではないとの疑問が常に投げかけられており,また,超音波による胎児体重の測定も完全なものではないとされていたことから,医師としては,その点を十分に考慮にいれて判断しなければならないものであった。 オ肩甲難産の多数の例では,娩出のために胎児の身体の一部に手技(前方の肩を娩出させる際に神経叢を下方に牽引したり,上腕を肘まで伸ばしてつり上げる方法)を加えざるをえず,また,手技を加えた場合には,上腕神経叢障害を発生させる危険性がある。 (2) 肩甲難産の予想と医師の診療方針について次に,肩甲難産を予想した医師につき,当時において,娩出方法の選択につき,いかなる診療上の注意義務が存したかにつき検討するに,上記(1)の認定事実及び同証拠並びに証拠(甲B5,乙B10)によると,以下の事実が認められる。 ア経膣分娩と帝王切開について平成8年ころの資料によると,巨大児分娩が予測される場合にはX線骨盤計測によって帝王切開を行わなければならない重大な分娩障害があるか否かを検討すべきものとされているが,分娩異常がない場合に て平成8年ころの資料によると,巨大児分娩が予測される場合にはX線骨盤計測によって帝王切開を行わなければならない重大な分娩障害があるか否かを検討すべきものとされているが,分娩異常がない場合にも,いつでも帝王切開ができる態勢を整えておくべきであるとされていた。これに対し,帝王切開を柔軟な判断で行うことによって,より多くの肩甲難産を回避すべきであるとする医学的見解も存してはいたが,平成13年ころの米国の資料によると,予防的帝王切開によって肩甲難産を回避することはできるものの肩甲難産の発生の予測が確実ではない以上,母体が糖尿病でない場合で胎児体重が5000gを超える場合や,母体が糖尿病で胎児体重が4500gを超えると予測される場合などにのみ合理的であるかもしれないと結論付けられている。また,平成12年の米国の産婦人科学雑誌では,巨大児と疑われる例の選択的帝王切開は,腕神経叢障害の発生に微々たる影響しかもたないと報告されていた。巨大児であるために児頭骨盤不均衡が生じていれば帝王切開をしなければならないが,一般に,産科的真結合線と児頭の大横径の差が2㎝以上あれば,経膣分娩によって出産することが可能であるとされている。 イ帝王切開術の危険性帝王切開術には,麻酔によるショックや出血,肺塞栓症等の合併症のリスクなどがある。また,児頭娩出から躯幹娩出までの間に長時間が経過すると,臍帯圧迫による胎児への血流停止及び血流障害が起こり,胎児が低酸素状態に陥って,胎児死亡や胎児仮死,脳神経の後遺症などが起こる場合がある。 一般に,児頭娩出から躯幹娩出までの許容時間は3分程度といわれている。 ウ娩出方法を選択する場合の他の考慮要素について医師の一般的な治療方針の立て方としては,仮に統計的判断の結果として,患者の6割から9割が当てはまると での許容時間は3分程度といわれている。 ウ娩出方法を選択する場合の他の考慮要素について医師の一般的な治療方針の立て方としては,仮に統計的判断の結果として,患者の6割から9割が当てはまるとされる治療法があったとしても,それを唯一の治療法として画一的な治療指針を立てるわけではなく,患者の疾患やその重症度,性別,年齢からの判断の他,患者の生物学的個別性,健康観や人生観,家族との関係,社会生活の状況,社会的支援システムなどの要因も考慮して,治療方針を決定すべきであるとされている。 (3) 被告らの分娩方法選択の過失の有無(争点1)ア上記(1),(2)の医学的知見を踏まえた上で医師の診療方針の適切性につき検討すると,肩甲難産の予測は本件分娩当時の医療水準においてもある程度は可能であり,また,肩甲難産が予測できた場合に帝王切開術を選択することによって肩甲難産に伴ういくつかの危険を回避できることが本件分娩当時既に医学上裏付けられていたと認められるから,肩甲難産の結果の重篤性を考慮すると,本件分娩当時,医師は肩甲難産の危険を念頭に置いて分娩方法を選択すべき注意義務を負っていたというべきである。 もっとも,肩甲難産の予測は確実ではないとされていたものであり,また,DOPE法によって巨大児を予測することや超音波によって胎児体重を正確に予測することには疑問が持たれていたのであるし,他方で,回避策として有効であるとされる帝王切開術の選択には危険が伴うと広く知られていたのであるから,肩甲難産の発生がほぼ確実であると想定される特殊な場合を除き,単に肩甲難産の可能性が高いという場合には,肩甲難産の危険性を十分患者に説明する等した上,患者の意思等その他の事情を考慮し,経膣分娩の方法での娩出を第一次的な診療方針とすることにも合理性があるから 単に肩甲難産の可能性が高いという場合には,肩甲難産の危険性を十分患者に説明する等した上,患者の意思等その他の事情を考慮し,経膣分娩の方法での娩出を第一次的な診療方針とすることにも合理性があるから,この場合の医師の判断に過失があったということはできない。 したがって,具体的な判断に過失が認められるか否かは,肩甲難産の予見の程度,患者の意思,その他の状況等,具体的な診療経過を総合的に考慮した上で判断するほかないというべきである。 イその観点から上記認定の本件診療経過を見ると,以下の事実が認められる。 (ア) 原告Cは,本件出産当時,糖尿病ではなかったものの,肥満体型であり,被告らは前回の出産も約3800gの大きな胎児を出産したと聞いており,出産予定日の16日前には超音波による胎児の推定体重が測定不能となっていたため,被告らは,巨大児であること,肩甲難産であることの可能性を考慮し,帝王切開術によって分娩するのが良い旨を原告Cに伝え,家族と相談して返事をするように求めた。 (イ) 被告らは,帝王切開の検討のため,直ちに,骨盤部分のX線写真及び胸部X線写真の撮影や検血を手配,実施し,その結果を踏まえて,平成12年4月24日に再度,帝王切開を選択するように原告Cに勧めたが,同原告が帝王切開による出産を承諾しなかった。 (ウ) 同日時点で,内診でも胎児に触れないくらい胎児が高い位置にあり下降不良と認められたのであるから,上記諸要素と併せても帝王切開を選択するのが相当といえる状況にあったのであるが,骨盤部分のX線写真の結果によると,なお経膣分娩によって出産することも可能な状況にあると計測されていたことに加え,胎児体重が重ければ必ず肩甲難産が発生するというものではなく,むしろ,経膣分娩によって障害を伴わずに出産する によると,なお経膣分娩によって出産することも可能な状況にあると計測されていたことに加え,胎児体重が重ければ必ず肩甲難産が発生するというものではなく,むしろ,経膣分娩によって障害を伴わずに出産する例もあることから,本件分娩を経膣分娩によって行うことも不合理であるとはいえないと判断したため,被告らは原告Cに対して執拗に説得することはなかった。 (エ) 被告らは,万が一の場合には帝王切開に切り換えられるように準備しながら経膣分娩の方法で出産する方針で経過観察をすることとし,予定日を1週間過ぎた同年5月8日まで陣痛がなかった場合には,帝王切開を行う旨の同意を原告Cから取り付けた。 ウ以上によると,本件は試験分娩の事案,すなわち,帝王切開の適応であるものの,経膣分娩による分娩も検討できる場合であったと認められるから,被告らが,帝王切開の検討に必要な検査をした上で,原告Cに帝王切開を勧めたが同原告が応じなかった以上,被告らの診療行為に医師としての注意義務違反があったとは認められない。 これに対し,原告らは,巨大児であることを想定しうる事案であったと主張するが,巨大児であると推定される場合でも肩甲難産が必ず発生するものでないことは既に認定説示のとおりであるから,本件で被告らが行った原告Cへの説得を超えて帝王切開を執拗に勧めなかったとしても医師としての注意義務に欠けるところはない。 したがって,原告らの主張に理由はない。 (4) 分娩開始後に帝王切開に移行しなかった過失の有無(争点2)ア証拠(甲B2,乙A5,被告E本人,被告F本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (ア) 本件出産に際し,陣痛開始後,しばらく排臨状態が継続したが,長時間が経過したため,微弱陣痛であると考えた被告らは,吸引分娩で児頭 本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (ア) 本件出産に際し,陣痛開始後,しばらく排臨状態が継続したが,長時間が経過したため,微弱陣痛であると考えた被告らは,吸引分娩で児頭を娩出することをまず試みた。原告Aの頭部は吸引によって,1分程度で露出したが,引き続き,被告Fが手で児頭を牽引すると,本件が肩甲難産であることが判明した。もっとも,骨盤内に片方の肩甲が入っていたため,被告らは重度の肩甲難産ではないと判断し,被告Eにおいて,1分程度恥骨結合部を圧迫した上,2分程度マクロバーツ法を実施し,さらに,膣内に手を挿入して1分足らずで原告Aを産出させることができた。 (イ) 吸引分娩に至るまでの排臨状態は,怒責とともに児頭の一部が見え隠れする状態であり,児頭の大部分が露出しながら,顎が膣内に引き戻されるというような事態になったことはない。 イ以上によれば,陣痛開始時から分娩に至るまでの間の被告らの診療行為において,被告らが経膣分娩から帝王切開に移行すべきであったような事情は認められず,したがって,そのような注意義務を怠ったとも認められない。 ウ原告らは,排臨状態でタートルサインと呼ばれる状態になったのであるからその時点で帝王切開をすべきであったと主張するところ,児頭の大部分が露出した後,さらに顎が引き戻されるような状態が発生した場合は不明であるが,本件で認められるのは,怒責とともに児頭の一部が見え隠れする状態であって,これは通常の分娩において見られる状態であるから,これをもって帝王切開をすべき場合にあたるとはいえない。 また,児頭が娩出した後の時点を基準にしても,一度児頭が娩出した段階にあっては子宮収縮や産道圧迫等,胎児に重度の圧迫が加わっている状態となり,胎児に重篤な障害が発生することを回避する必要が生ずる 。 また,児頭が娩出した後の時点を基準にしても,一度児頭が娩出した段階にあっては子宮収縮や産道圧迫等,胎児に重度の圧迫が加わっている状態となり,胎児に重篤な障害が発生することを回避する必要が生ずるから,児頭が娩出して肩甲難産が発生したと判明した時点で帝王切開に切り換えて分娩をすることは,その準備及び施術開始から娩出までに費やす時間を考慮しても危険な選択であるというほかなく,本件でその選択をしなかったからといって被告らに医師としての過失があったということはできない。 この点,被告らは帝王切開の選択を一度は考え,その後も経膣分娩を前提としつつも帝王切開での分娩に移行する余地を残しながら経過観察をしてきたのであるから,分娩開始後もさほどの準備時間を要することなく,直ちに帝王切開に移行できたとも考えられないではないが,帝王切開での分娩に移行する余地を残すとはいっても,それは陣痛開始前の,緊急でない状態で帝王切開による分娩を選択する場合について準備していたものであると考えられるし,加えて,肩甲難産であることが分かった時点では,同時に,片方の肩甲が既に骨盤内に入っていることも分かっており,その後のマクロバーツ法等の方法によって,比較的迅速に胎児を娩出させることができると予測できたこと(現に,5分足らずで娩出させている。)を考え併せると,同時点で帝王切開による分娩をすべき注意義務があったとは認められず,その方法を選択しなかったことについて,医師としての判断に過失があったとは認められない。 なお,証拠(甲A3ないし5,B1の3ないし5,同2,乙A1,B1,同3の1,同6の1,同7の1,原告C本人)及び弁論の全趣旨によると,肩甲が骨盤を通り抜けない,いわゆる肩甲難産の状態で児頭を牽引すると腕神経麻痺が分娩麻痺として起こる可能性があり,特に巨大児を出産さ の1,同6の1,同7の1,原告C本人)及び弁論の全趣旨によると,肩甲が骨盤を通り抜けない,いわゆる肩甲難産の状態で児頭を牽引すると腕神経麻痺が分娩麻痺として起こる可能性があり,特に巨大児を出産させようとする場合には,肩甲帯を上方から圧迫された姿勢で腕神経叢が牽引される状況が起こり得ることから上肢の神経麻痺が発生し得ることが知られており,本件でも原告Aの右腕には分娩の際に人為的に引っ張られたことによって生じたような神経障害があること等の事実が認められ,それらを総合すると原告Aの右腕の障害は本件分娩の際の被告らの手技によって生じたものである可能性があると認められる。もっとも,原告Aの右腕の障害は産道等の母体からの圧迫によって生じたものである可能性が否定できないことに加えて,上記認定説示のとおり,被告らが吸引によって胎児を牽引したのは被告らが児頭を露出させるまでの間に限られていたし,肩甲難産が発生した後においては,上記事情から,胎児を速やかに娩出させるため手技によって胎児を牽引の上,娩出させざるを得なかったものであるから,被告らが不必要な牽引力を行使したなどの事情が特段見られない本件では,被告らの手技に過失があったものとは認められない。 したがって,原告らの主張に理由はない。 4 結語そうであるとすると,被告らの診療行為に過失があったとする原告らの主張にはいずれも理由がないことが明らかであるから,その余につき判断するまでもなく,原告らの請求に理由がないことは明らかである。 第4 結論よって,原告らの本訴請求にはいずれも理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法65条1項本文,61条により,主文のとおり判決する。 神戸地方裁判所第6民事部 裁判長裁判官田中澄夫 裁 棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法65条1項本文,61条により,主文のとおり判決する。 主文 神戸地方裁判所第6民事部 裁判長裁判官田中澄夫 裁判官大藪和男 裁判官三宅知三郎

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