本件は、被控訴人が取締役Aの実用新案権に基づき商品販売契約を締結したところ、控訴人が先行登録された実用新案権を主張し、内容証明郵便を送付した行為が不法行為および不正競争防止法に該当するとして損害賠償を求めた事案である。原審は被控訴人の請求を認容したため、控訴人が控訴した。主要な争点は、控訴人の内容証明郵便の送付が実用新案法に基づく警告に該当するかどうか、またその違法性が認められるかである。裁判所は、内容証明郵便が実用新案法29条の2の警告に該当し、実用新案技術評価書が添付されていなかったことから違法であると判断した。最終的に、控訴は棄却され、控訴人が控訴費用を負担することとなった。
主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決中,控訴人関係部分を取り消す。 2 被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。 第2 事案の概要 1 本件は,被控訴人がその取締役であるAが有する実用新案権に基づいて第三者との間で商品の販売契約をしていたところ,先行登録されていた実用新案権を有する控訴人が,弁護士を通じて前記の第三者に内容証明郵便を送付した行為が,不法行為を構成するとともに当時の不正競争防止法2条1項11号に該当するとして,被控訴人が被った損害の賠償を求めた事案である。 原判決が被控訴人の請求を認容したので,控訴人がその取消を求めて控訴した。 2 前提となる事実(争いのない事実,甲4,甲5,甲12,甲67,68,甲72の1ないし3,乙1,弁論の全趣旨)(1) 原審相被告Bは,以下の実用新案登録を受け(乙1,2),平成8年12月24日,控訴人にこの実用新案権を譲渡した(甲67,68)。 実用新案登録番号第3030711号登録日平成8年8月14日出願番号実願平8-4739出願日平成8年4月30日考案の名称ぬいぐるみ式携帯電話機用ケース(2) 被控訴人の取締役Aは,以下の実用新案登録を受けた(甲4)。 実用新案登録番号第3031003号登録日平成8年8月28日出願番号実願平8-5386出願日平成8年5月8日考案の名称携帯電話用ぬいぐるみカバー(3) 被控訴人は,平成8年11月14日,株式会社C(以下「C」という。)との間において,ポケットベル収納用動物キャラクターカバー(商品名「D」)及びぬいぐるみ式携帯電話カ 電話用ぬいぐるみカバー(3) 被控訴人は,平成8年11月14日,株式会社C(以下「C」という。)との間において,ポケットベル収納用動物キャラクターカバー(商品名「D」)及びぬいぐるみ式携帯電話カバー(商品名「E」及び「F」)の販売契約を締結した。 (4) 控訴人は,弁護士に委任し,同弁護士は,平成9年1月13日付で,Cに対し,「お問い合わせ」と題する内容証明郵便(甲12。以下「本件内容証明郵便」という。)を送付した。 (5) 本件内容証明郵便には,Bは控訴人に前記(1)の実用新案権を譲渡した旨,Cが広告している携帯電話等のキャラクターカバーは,前記(1)の実用新案権に抵触するものではないかと思われる旨,もしそうであれば,控訴人の実用新案権を侵害するものとなり販売の差止,損害賠償請求等を検討せざるを得ない旨,前記(1)の実用新案権の登録に遅れて登録された前記(2)の実用新案権は,無効審判の対象となると思われる旨が記載されている。 (6) 前記(1)の実用新案登録については,平成10年6月23日付けで,控訴人Gに対して実用新案技術評価書が送付されたが,その内容は,「考案は,新規性を欠如するものと判断されるおそれがある。」,「考案は,進歩性を欠如するものと判断されるおそれがある。」などというものであった(甲72の1ないし3)。 3 被控訴人の主張(1) 本件内容証明郵便の送付は以下の理由により違法である。 1 本件内容証明郵便は実用新案法29条の2の警告に該当するが,同条所定の実用新案技術評価書が添付されていなかった。 2 Bが登録を受け,控訴人に譲渡した実用新案権は携帯電話用カバーに関するものであり,ポケットベル用カバーを対象とするものではないにもかかわらず,控訴人がポケットベル用カバーについても実用新案権を有する旨の虚偽記載がある。 に譲渡した実用新案権は携帯電話用カバーに関するものであり,ポケットベル用カバーを対象とするものではないにもかかわらず,控訴人がポケットベル用カバーについても実用新案権を有する旨の虚偽記載がある。 3 現行実用新案法の下では,実体要件について審査することなく実用新案登録がなされるのであるから,Bが登録を受けた前記実用新案権も絶対的に有効なものではなく,無効審判の対象となる可能性を孕んでいるにもかかわらず,Aが登録を受けた前記実用新案権のみが無効審判の対象となるかのように記載されている。 (2) したがって,控訴人の委任した弁護士らが本件内容証明郵便を送付した行為は,民法上の不法行為を構成するとともに,不正競争防止法2条1項11号に該当する。 そして,控訴人は,委任契約により弁護士に委任したところ,当該弁護士が不法行為を行った場合,依頼者たる控訴人は民法715条の使用者責任を負うものである。 (3) Cは,本件内容証明郵便を受領して被控訴人との取引を躊躇し,前記2(3)の販売契約を解除した。Cから販売契約を解除されたことによって被控訴人が被った損害は以下のとおりである。 1 商品買い戻し代金 14万1646円 2 広告料2回分 232万2000円 3 商品返送の運送費 5万円 4 販売促進備品代 6万8000円以上合計 258万1646円(4) よって,被控訴人は,控訴人に対し,不法行為(選択的に不正競争防止法4条)に基づく損害賠償請求として,金258万1646円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成9年5月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 4 控訴人の主張(1) 被控訴人の主張(1)1のうち,本件内容証明郵便に実用新案技術評価書が添付されていなかった事実は認 日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 4 控訴人の主張(1) 被控訴人の主張(1)1のうち,本件内容証明郵便に実用新案技術評価書が添付されていなかった事実は認めるが,本件内容証明郵便が実用新案法29条の2の警告に該当するとの主張は争う。同(1)2,3の主張は争う。 実用新案技術評価書の提示の欠缺による違法性は,当該実用新案権が無効となり,実用新案法29条の3の責任が問題となる場合にのみ検討されるべき事柄であるから,控訴人がBから譲り受けた実用新案権が無効審判によって無効とされていない本件においては,実用新案技術評価書を提示せずに本件内容証明郵便を送付したこと自体を不法行為ということはできない。 (2) 被控訴人の主張(2)は争う。 被控訴人と当該弁護士との間には,使用者責任が認められる要件としての「使用関係」,すなわち実質的な指揮監督の関係が存在しない。弁護士と依頼者との間の委任関係においては,依頼者は,弁護士の法律的事務処理のプロフェッショナルとしての高度の専門能力を信頼して一定の事項を委任するのであり,法律的事務処理の素人が,専門家に対して実質的な指揮監督を行うということはおよそ考えられない。 (3) 同(3)の事実及び解除と本件内容証明郵便の送付との相当因果関係は否認し,その余は知らない。 第3 当裁判所の判断 1 本件内容証明郵便の送付について(1) 前記前提となる事実によると,本件内容証明郵便はその内容(Aの実用新案権の無効事由を指摘して差止及び損害賠償請求訴訟の可能性を告知している。)に照らし,前記2(1)の実用新案権に関する実用新案法29条の2の「警告」に該当すると解される。 (2) 被控訴人は,本件内容証明郵便には実用新案技術評価書が添付されていなかったことなどから,その送 に照らし,前記2(1)の実用新案権に関する実用新案法29条の2の「警告」に該当すると解される。 (2) 被控訴人は,本件内容証明郵便には実用新案技術評価書が添付されていなかったことなどから,その送付は違法であると主張し,控訴人は,実用新案技術評価書の提示の欠缺による違法性は,当該実用新案権が無効となり,実用新案法29条の3の責任が問題となる場合にのみ検討されるべき事柄であるから,控訴人がBから譲り受けた実用新案権が無効審判によって無効とされていない本件においては,実用新案技術評価書を提示せずに本件内容証明郵便を送付したこと自体を違法ということはできない旨主張する。 そこで検討するに,平成5年の実用新案法改正により,実用新案登録に際して実体要件(実用新案法3条,3条の2,4条,7条等)の審査が廃止され,ライフサイクルの短い考案の早期登録が可能となったが,他方,第三者の権利との調整を図る趣旨で,特許法における権利侵害の場合の過失推定規定(特許法103条)の準用が廃止され,新たに実用新案技術評価書の制度(実用新案法12条)が導入された。そして,実用新案法29条の2が警告に際して実用新案技術評価書の提示を要求した趣旨は,実用新案登録手続の簡素化に伴い,実用新案権者の権利行使を慎重ならしめるのみならず,警告を受けた者が自己が使用している考案が警告者の有効な実用新案権を侵害しているのか否かを判断して警告に対する対応を考慮するための資料を与えることにあると解される。ある考案を使用している者ないし使用しようとする者に対し,既に登録されている実用新案権との抵触の有無を何の手掛かりもなく調査することを要求するのは過大な負担を強いることになるからである。 そうすると,実用新案技術評価書を得ていない時点で競争関係にある他人の顧客に対し,実用新案技術評 の抵触の有無を何の手掛かりもなく調査することを要求するのは過大な負担を強いることになるからである。 そうすると,実用新案技術評価書を得ていない時点で競争関係にある他人の顧客に対し,実用新案技術評価書を得ていない旨が記載されていない警告を発することは,本来,権利行使の前提として行う警告については実用新案技術評価書を得て行うべきであるところを,実用新案技術評価書を得ないまま行うものであるにもかかわらず,積極的評価のある実用新案技術評価書を得ていると同様の行為をするものであり,その意味で客観的事実と一致しない点があるから,そのような客観的事実と一致しない警告によって,当該競争関係にある他人と顧客の間の取引が停止するなどして損害が生じた場合には,後に積極的評価のある実用新案技術評価書を得るなどの特段の事情のない限り,不正競争防止法4条の損害賠償責任ないし不法行為責任を免れないと解するのが相当である。 もっとも,実用新案登録と実用新案技術評価書の発行の間には時間的間隔があるから,前記解釈は,実用新案技術評価書発行前の警告を躊躇させるものであり,一見,実用新案権者に酷であるかのようにも思われる。しかし,そもそも単に実用新案登録されたというだけでは権利が実体的にも有効であると期待すべき状態にはないこと(換言すれば,実用新案技術評価書における肯定的評価を得て初めて,登録された実用新案権が排他性を有することを期待できる状態となる。),実体審査を経ないで早期に登録することが可能になったことに伴い,実用新案権者の権利行使を慎重ならしめ,第三者の利益を不当に害しないようにする必要が生じたこと等の事情に照らすと,実用新案権者に格別の不利益を被らせる解釈ではないと考える。 本件においては,前記2(1)の実用新案権について実用新案技術評価書を得ていない時 しないようにする必要が生じたこと等の事情に照らすと,実用新案権者に格別の不利益を被らせる解釈ではないと考える。 本件においては,前記2(1)の実用新案権について実用新案技術評価書を得ていない時点で,警告に該当する本件内容証明郵便が送付されているところ,本件内容証明郵便には,未だ実用新案技術評価書を得ていない事実が記載されておらず,同実用新案権が有効であることを前提とした文面になっていること,前記のとおり,Bの前記実用新案登録については,平成10年6月23日付で,控訴人に対して実用新案技術評価書が送付されたが,考案の評価は,「新規性を欠如するものと判断されるおそれがある。」,「進歩性を欠如するものと判断されるおそれがある。」というものであることに鑑みると,本件内容証明郵便の送付は,不正競争防止法2条1項11号の「虚偽の事実」の告知に該当し,かつ,不法行為を構成すると認めるのが相当である。 2 使用者責任について前記1のとおり,弁護士による本件内容証明郵便の送付は不法行為を構成すると解されるので,これにつき,控訴人が民法715条の使用者責任を負うかどうか検討する。 証拠(乙ロ7)によれば,本件内容証明郵便については,控訴人及びBは,弁護士に対し,Cに対する警告書の発送を依頼し,同弁護士から無効審判を求めるのが先ではないかとされたものの,その手続には時間がかかるとして先に文書を出すよう求めたことから,これに応じて,同弁護士は本件内容証明郵便を発送することとし,その文案を控訴人にファックスして内容について了解を得た後に,本件内容証明郵便を発送したことが認められる。 使用者が民法715条の使用者責任を負うためには,被用者との間に指揮命令関係が存在することが必要であるところ,一般に,弁護士に対する委任は,弁護士の高度な専門能力 明郵便を発送したことが認められる。 使用者が民法715条の使用者責任を負うためには,被用者との間に指揮命令関係が存在することが必要であるところ,一般に,弁護士に対する委任は,弁護士の高度な専門能力を信頼して一定の事項の処理を委ねるものであるとしても,指揮命令関係の有無は,当該委任者と受任者たる弁護士との間の個別具体的な事実をもとに判断されるべきものであり,前記認定の事実のもとでは,本件内容証明郵便の発送は,委任者たる控訴人の具体的指示に基づいて行われたもので,控訴人と当該弁護士との間には指揮命令関係が存在するというべきであるから,控訴人は,当該弁護士の本件内容証明郵便の送付につき,使用者責任を免れないというべきである。 3 損害について証拠(甲20ないし22,77,証人A)によれば,本件内容証明郵便の送付により,被控訴人は,Cから販売契約を解除され,これによって,(1)商品買い戻し代金14万1646円,(2) 広告料2回分232万2000円,(3) 商品返送の運送費5万円,(4) 販売促進備品代6万8000円の合計258万1646円の損害を被ったことが認められる。 4 以上によれば,被控訴人の控訴人に対する請求は理由があるから,これを認容した原判決は相当であり,本件控訴は理由がない。 福岡高等裁判所第1民事部裁判長裁判官宮良允通裁判官石井宏治裁判官野島秀夫
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