本件は、大阪市立総合医療センターにおいて悪性リンパ腫の治療を受けていた患者が、亜急性B型肝炎により死亡したことに関する事案で、遺族が被告に対して診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償を請求した。主要な争点は、被告担当医が薬剤投与を行った際の債務不履行の有無、肝炎の危険性についての説明義務、及びその結果としての患者の死亡との因果関係であった。裁判所は、被告医師が肝機能の悪化を無視して薬剤投与を行ったことを認定し、債務不履行があったと判断した。最終的に、被告は原告に対して165万円及び各原告に55万円の損害賠償を支払うことが命じられたが、その他の請求は棄却された。
主文 1 被告は,原告Aに対して165万円,原告B,同C及び同Dに対してそれぞれ55万円並びにこれらに対する平成13年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告らのその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを10分し,その9を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。 4 本判決は,1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告Aに対して3503万0332円,原告B,同C及び同Dに対してそれぞれ1167万6777円並びにこれらに対する平成13年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,被告が開設し,運営している大阪市立総合医療センター(以下「被告センター」という。)において悪性リンパ腫の治療を受けていた訴外E(以下「本件患者」という。)が,亜急性B型肝炎で死亡したことについて,同人の遺族らが,被告に対し,被告には,診療契約上の債務不履行に基づく責任があるとして,損害賠償を請求した事案である。 第3 基礎となる事実(証拠を付さない事実は,当事者間に争いがない。) 1 当事者等(1) 本件患者は,平成8年11月19日,57歳で死亡した。 (2) 原告Aは,本件患者の妻であり,その余の原告らは,本件患者の子である。 (3) 被告は,被告センターを開設し,運営している地方公共団体である。 同センターにおいて本件患者を担当したのは,F医師及びGであった。 2 本件患者は,平成8年4月,医療法人仁成会串田病院を受診し,同年5月,同病院から,精密検査及び加療目的で,被告センターの紹介を受けた(乙A1の21頁)。 3(1) 被告センターにおける診療経過は,別紙診療経過一覧表(ただし,太字・下線部分を除く。)のとおりである。 (2) 被告センターにおいて 目的で,被告センターの紹介を受けた(乙A1の21頁)。 3(1) 被告センターにおける診療経過は,別紙診療経過一覧表(ただし,太字・下線部分を除く。)のとおりである。 (2) 被告センターにおいて,本件患者に投与された薬剤及び投与期間は,別紙投与薬剤一覧表のとおりである。 (3) 被告センターで行われた検査の結果のうち,TK活性,sIR-2R,GOT,GPT及びDNAポリメラーゼの値は,別紙検査結果グラフのとおりである(乙A1の217ないし267頁)。 第4 争点 1 被告担当医が,平成8年8月26日,第5クールの薬剤投与を開始した点につき,債務不履行があったか。 2 被告担当医が,同年9月11日,第6クールの薬剤投与を開始した点につき,債務不履行があったか。 3 B型肝炎ウイルス(以下「HBV」という。)に感染していることが判明した本件患者に化学療法を行う場合に,被告担当医は,本件患者や原告らに対し,肝炎が劇症化する危険性があること等について十分な説明をすべきであったか。 4 上記1ないし3の各債務不履行と本件患者の死亡との間に因果関係があるか。 5 原告らに生じた損害の有無及びその額第5 争点に対する当事者の主張 1 争点1(第5クールの薬剤投与)について(原告らの主張)(1) 本件患者に投与された薬剤には,副作用として肝機能の低下,肝障害の増悪をもたらす可能性があり,薬剤投与に当たっては肝機能について十分に注意を払うべきであるから,薬剤投与中に肝機能の悪化が見られたならば,肝機能が回復するまで投与を控えるべきであった。 すなわち,被告センターが薬剤投与について定めていたプロトコールによれば,GOT又はGPT値が300を超えた場合には,投与を中止ないし延期すべきものとされており,また,平成8年当時一般化していた日本臨床腫瘍研究グループ ーが薬剤投与について定めていたプロトコールによれば,GOT又はGPT値が300を超えた場合には,投与を中止ないし延期すべきものとされており,また,平成8年当時一般化していた日本臨床腫瘍研究グループ(JapanClinicalOncologyGroup。以下「JCOG」という。)の副作用判定基準のgrade3(GOT又はGPT値が300を超えた場合はこれに該当する。)以上の非血液毒性が出た場合はひとまず治療を見合わせるのが原則であるところ,第5クールが開始された平成8年8月26日には,GPT値が300を越えていたのであるから,薬剤投与を中止し,患者の安静,栄養療法,補液を行い,肝臓の状態によっては強力ネオミノファーゲンC等の肝庇護剤を静注するべきであった。 被告は,第5クールを開始した当日(8月26日)に行った検査結果は判明しておらず,同月23日に行った検査結果に基づいて第5クールの薬剤投与を開始したと主張するが,そもそも肝機能検査は,患者の肝機能の状態を把握して治療方針を決定するために行われるべきものであるし,第5クールの開始は,1日を争うような緊急を要するものではなく,同月26日に行った検査結果は同日中には判明するのであるから,被告担当医は,同日の検査結果を確認してから第5クールの開始の可否を決定すべきであった。また,同日までの臨床検査値を見ても,肝機能障害は次第に増悪し,好中球数の回復も順調ではなく,同日の検査値も化学療法開始の目安となる1000を超えていなかったのであるから,同月26日からの第5クールの薬剤投与の開始を決定すべきではなかった。 (2) 仮に,被告担当医が薬剤投与開始後に上記検査結果を知ったのであれば,その時点で上記(1)の処置をすべきであった。 (3) 仮に,悪性リンパ腫の状態により第5クールの薬剤投与を中 ではなかった。 (2) 仮に,被告担当医が薬剤投与開始後に上記検査結果を知ったのであれば,その時点で上記(1)の処置をすべきであった。 (3) 仮に,悪性リンパ腫の状態により第5クールの薬剤投与を中止できない状況であったとしても,少なくとも被告担当医は,薬剤の投与量を減量し,並行して肝炎の治療を行って肝臓の状態の維持改善に努め,肝炎の重症・劇症化を予防すべきであった。 (被告の主張)(1) 平成8年8月26日のGPTの値が300を超えていたこと(GOT:190,GPT:324)は争わないが,第5クールの薬剤投与開始時点では,当日の検査結果は未だ判明していなかったため,被告担当医は,直前の同月23日の検査結果(GOT:104,GPT:149)を確認して投与を開始したものである。 同日の検査結果は,治療禁忌に触れるものではなかったのみならず,本件患者は,同日以前にもGOTやGPTが高い値を示しても再び低下するという経過をとり,何ら支障なく治療できていたのであるから,薬剤投与を中止又は減量すべき状況にはなかった。しかも,本件患者には,依然として顎下リンパ節の異常が残存しており,治療を中止すれば再燃・悪化の経過をたどることとなるため,治療を続行する必要があった。 本件患者は,第3クールの治療終了後に薬剤性と思われる間質性肺炎の発症を見たため,第4クールの治療開始が遅れ,また,同クール以降は,治療計画において投与を予定していた主要薬剤の1つであるエンドキサンの投与を中止せざるを得なかったという事情があったため,被告担当医は,投与間隔の遅延によって治療強度が低下し,治療効果が低下することを危惧していた。このような状況下での第5クールであったから,治療開始当日(同月26日)に改めて血液検査を行い,その結果をまって治療を開始するという手順を踏むこ 強度が低下し,治療効果が低下することを危惧していた。このような状況下での第5クールであったから,治療開始当日(同月26日)に改めて血液検査を行い,その結果をまって治療を開始するという手順を踏むことなどあり得ないことである。もちろん,血液検査の結果を含む同月23日までの本件患者の全身状態が不良であったり,本件化学療法継続の支障となるような肝障害の存在を疑わせるものであるような場合には,検査を実施してその検査結果をまって治療を開始することもあり得るであろうが,本件患者の場合には,同月23日までの経過に,改めて血液検査を行う必要があると判断しなければならないような問題は全くなかったのであるから,F医師が治療開始直前のデータである同月23日の検査結果を見て,治療を開始してよいと判断したことは,至極当然のことである。 (2) 被告センターで定めている中止基準は,1回でもその数値が見られたならば,直ちに治療を中止することを意味しているものではなく,その数値がどのように推移するかを見て判断することになる。 また,薬剤の投与量を減少すべき場合には当たらないが,第4クール以降はエンドキサンの投与を中止しているので,実際には減量したのと同じ投薬内容となっているし,標準的治療法に含まれるブレオマイシンの投与もしていない。したがって,同月26日の検査結果が判明した時点で既に投与済みであったエピルビシン(ファルモルビシン)とビンクリスチン(オンコビン)を除く他の薬剤投与を中止するということは,第5クールの投与薬剤を大幅に減量することになり,極めて不十分な治療になることから,F医師は,同月26日から肝庇護剤である強力ネオミノファーゲンCの投与を開始し,本件患者の肝機能を検査しながら薬剤を継続して投与することとしたのである。ちなみに,同月28日,30日の検査 ることから,F医師は,同月26日から肝庇護剤である強力ネオミノファーゲンCの投与を開始し,本件患者の肝機能を検査しながら薬剤を継続して投与することとしたのである。ちなみに,同月28日,30日の検査で,GPTの値は下降している。 なお,原告らは,JCOGの副作用判定基準のgrade3以上の非血液毒性が出た場合はひとまず治療を見合わせるのが原則であると主張するが,本件治療当時そのような原則はなかった。すなわち,JCOGが平成8年に公表した臨床試験計画の作成に関するガイドライン(乙B18)では,臨床試験研究の代表者が中心になってプロトコールを作成すべきものとされており,JCOGの副作用判定基準を中止基準とすることを定めたり,推奨していることを窺わせる記載は全くなく,現に,多剤併用療法の臨床試験研究では,それぞれの研究グループが固形癌化学療法判定基準を採用していたのである。 2 争点2(第6クールの投与)について(原告らの主張)(1) 悪性リンパ腫患者がB型肝炎ウイルスのキャリアである場合,免疫抑制剤の投与によりB型肝炎ウイルスの増殖が導かれ,投与が中止されることにより免疫能が急速に回復し,劇症肝炎を発症することがある。 被告担当医は,平成8年9月11日より第6クールの薬剤投与を行ったが,この時点において,本件患者がHBVに感染している事実を認識していた。しかも,肝障害が増悪傾向にあったことは,前記1の第5クール開始時と同様である。したがって,被告担当医は,免疫抑制効果のある薬剤投与の継続によってHBVの爆発的増殖が起こり,その後の免疫能の回復によって肝細胞障害が急激に進み,劇症肝炎に至る可能性を予見できた。 被告は,本件当時,本件患者のような潜在性HBV感染者の概念は知られておらず,当時の医学水準では,化学療法によって重篤な肝障 回復によって肝細胞障害が急激に進み,劇症肝炎に至る可能性を予見できた。 被告は,本件当時,本件患者のような潜在性HBV感染者の概念は知られておらず,当時の医学水準では,化学療法によって重篤な肝障害を起こして死亡することを予測することは困難であったと主張するが,たとえHBs抗原陽転の時期,感染原因が不明であったとしても,第6クール開始時点で本件患者がHBV感染者であることは疑いないのであるから,入院時からHBs抗原が陽性である場合と比べて劇症化のリスクにおいて何ら変わるものではなく,劇症肝炎に至る危険性を予見できたというべきである。 以上によれば,被告担当医は肝炎の治療を優先して行うべきであり,肝機能が回復するまで薬剤の投与を控えるべきであった。肝炎の治療法は前記1で述べたのと同様,患者の安静,栄養療法,補液,肝機能の状態によっては強力ネオミノファーゲンC等の肝庇護剤の静注である。さらに,肝臓の状態によっては抗ウイルス療法等も検討されるべきであった。なお,被告は,一度間質性肺炎を起こした既往のある患者には,インターフェロンは禁忌であると主張するが,インターフェロンの能書には被告主張のごとき禁忌の記載はない。 (2) 仮に,悪性リンパ腫の状態により薬剤投与を中止できない状況であったとしても,少なくとも被告担当医は薬剤の投与量を減量し,並行して肝炎の治療を行って肝臓の状態の維持改善に努め,肝炎の重症・劇症化を予防すべきであった。 (3) なお,被告は,F医師は,第6クールを開始した当日(同年9月11日)には,本件患者がHBVに感染している事実を知らなかったと主張する。 しかし,同事実に関する検査結果は同年8月30日に判明していたところ,病院内において患者に関する情報は共有されるべきであるから,被告担当医が,第6クールの投与開始時に,HB なかったと主張する。 しかし,同事実に関する検査結果は同年8月30日に判明していたところ,病院内において患者に関する情報は共有されるべきであるから,被告担当医が,第6クールの投与開始時に,HBVの検査結果が陽性であることを知らなかったことは,債務不履行の存否に影響しない。 (4) また,被告は,第5クール終了時点でも顎下リンパ節の腫脹が残存しており,腫瘍マーカーも異常な高値を示していたので,引き続き化学療法を行う必要があったと主張する。 しかし,本件患者の治療反応性は良好であり,悪性リンパ腫の治療は順調に進んでいた。被告の主張する腫瘍マーカーTKとsIL-2Rは,肝炎によっても高値を示すものであり,これらの高値は,肝炎の活動性やHBVの増殖状態を反映しているものと考えられる。 (被告の主張)(1) 第6クールの薬剤投与を開始した平成8年9月11日の時点では,F医師は本件患者がHBVに感染している事実を知らなかった。なお,同医師が本件患者のHBV感染を知っていたとしても,次に述べるとおり,治療を継続すべきとの判断に変わりはなかった。 すなわち, 第6クール開始に先立つ検査結果(GOT:108,GPT:188)は,治療禁忌に触れるものではなかったし, 第5クール終了時点でも顎下リンパ節の腫脹が残存しており,同月9日の腫瘍マーカーも異常な高値を示していたので,腫瘍細胞が消褪していないことが明らかであったから,引き続き治療を行う必要があった。 本件当時,本件患者のような潜在性HBV感染者の概念は知られておらず,当時の医学水準では,化学療法によって重篤な肝障害を起こして死亡することを予測することは困難であった。現在においても,潜在性HBV感染者の病的意義は不明であるが,もともとHBs抗原陽性であったB型肝炎キャリアに比べると,肝不全への移 て重篤な肝障害を起こして死亡することを予測することは困難であった。現在においても,潜在性HBV感染者の病的意義は不明であるが,もともとHBs抗原陽性であったB型肝炎キャリアに比べると,肝不全への移行率は極めて低率であるとされている(甲B第1号証及び第5号証の症例は,入院時からHBs抗原が陽性のB型慢性肝炎を想定した記述であって,本件患者のような潜在性HBV感染者には不適切な文献である。)。したがって,潜在性HBVキャリアの概念を前提としても,化学療法によって肝炎の劇症化を予測することは誤りである。 (2) F医師は, 肝庇護剤の投与を継続しながら,肝炎の経過を慎重に観察していた。なお,本件患者は,間質性肺炎に罹患しているところ,一度間質性肺炎を起こした既往のある患者には,インターフェロンは禁忌とされている。 さらに,薬剤の投与量を減少すべき場合には当たらないが,第4クール以降はエンドキサンの投与を中止しているので,実際には減量したのと同じ投薬内容となっている。 3 争点3(説明義務違反)について(原告らの主張)患者がHBVに感染していることが判明し,化学療法の続行により肝炎が劇症化する危険がある場合に,そのような危険性がある治療を続けるか否かを決定するに当たっては,その危険性を患者又は家族に十分説明した上,治療続行の同意を得ることが必要不可欠である。 しかるに,被告担当医は,本件患者や原告ら家族に対し,上記危険性について何ら説明しなかった。 仮に,被告が主張するように悪性リンパ腫の治療を優先するとの選択があり得たとしても,その選択は一義的ではないから,患者の同意が推定されるものではなく,患者の十分な納得と同意を得た上で選択されるべきである。 (被告の主張)HBV感染が急性肝炎を惹起するのは,その約20~30%であり,劇症肝炎を 的ではないから,患者の同意が推定されるものではなく,患者の十分な納得と同意を得た上で選択されるべきである。 (被告の主張)HBV感染が急性肝炎を惹起するのは,その約20~30%であり,劇症肝炎を発症するのは,そのうちの約2%であるとされているから,劇症肝炎の致命率を約70%としても,HBV感染から劇症肝炎を発症して死亡するに至る危険は約0.28~0.42%でしかない。 一方,本件患者の原疾患である悪性リンパ腫,なかでも末梢T細胞型は極めて予後不良の疾患であって死亡に至る危険が大きく,前記のとおり,HBV感染が劇症肝炎を発症して死亡するに至る危険が低いことと比較した場合には,治療を中止するという選択肢はあり得ない。 したがって,このような場合に,患者が治療の継続を選択するであろうことは自明であって,患者の推定的同意がある場合に該当するというべきものである。とすれば,医師に説明義務はなく,説明をしなかったことが説明義務違反にはならない。 4 争点4(因果関係)について(原告らの主張)本件患者は,化学療法による免疫抑制によってHBVの増殖が促進されることにより肝炎が発症し,劇症化したというべきであるから,第5クール及び第6クールの薬剤投与を延期ないし中止していれば,ウイルスの増殖が避けられた可能性が高い。 そうすると,本件患者の肝炎が劇症化したことによる死亡は避けることができた。 また,悪性リンパ腫による生命予後は5年生存率で20%ないし46%であるところ,本件患者は第4クールまでに十分な治療効果が認められていたのであるから,第5クール及び第6クールの薬剤投与を延期ないし中止し,肝炎の治療を優先させていたならば,数か月単位の延命のみならず,中長期的に延命できた可能性がある。 以上からすると,被告の債務不履行と本件患者の死亡との間の 第6クールの薬剤投与を延期ないし中止し,肝炎の治療を優先させていたならば,数か月単位の延命のみならず,中長期的に延命できた可能性がある。 以上からすると,被告の債務不履行と本件患者の死亡との間の因果関係が認められる。 (被告の主張)(1) 劇症肝炎が発症する機序については,HBVの増殖過程においてHBVが変異を起こし,その変異株(プレコア欠失ミュータント)によって劇症肝炎が起きることが明らかにされていることからすると,必ずしも化学療法により劇症肝炎が起きるものではなく,因果関係は認められない。 (2) 仮に,第5クール及び第6クールの治療を行わなかったとしても,第4クールの治療後に本件患者の肝炎が劇症化し死亡した可能性は否定できないし,肝炎の劇症化を回避できたと断定しうる医学的根拠はない。 5 争点5(損害)について(原告らの主張)(1) 逸失利益 3756万0665円本件患者は,死亡当時57歳で,一家の支柱として働いており,平成7年度の年収は,694万9000円であった。そして,本件患者は,67歳まで就労可能であったから,生活費控除率を30%として,ライプニッツ係数により中間利息を控除して算定すると,逸失利益は,下記の計算式のとおり,3756万0665円となる。 6,949,000×7.7217×(1.0-0.3)=37,560,665(2) 慰謝料 2500万0000円(3) 葬儀費用 150万0000円(4) 弁護士費用 600万0000 150万0000円(4) 弁護士費用 600万0000円原告Aは弁護士費用の2分の1を,その余の原告らは各6分の1をそれぞれ負担する。 (合計 7006万0665円)(被告の主張)損害は不知。 第6 当裁判所の判断 1 前記基礎となる事実に,証拠(後掲のとおり。)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。 (1) 本件患者の病態・予後本件患者は,被告センター入院当時,56歳で,悪性リンパ腫の一種である非ホジキンリンパ腫(以下「NHL」という。)末梢T細胞型で,病期はⅢ期であった。 これは,国際予後指標(年齢調整)に従うと,high-intermediaterisk 群に相当し,本件患者に標準的化学療法を実施した場合に予測される完全寛解率は57%,完全寛解に至った場合の2年無再発生存率は62%,5年無再発生存率は53%,完全寛解に至ったかどうかを考慮しない場合の2年生存率は59%,5年生存率は46%である。 また,本件患者は,治療前に多クローン性高ガンマグロブリン血症を来していることから血管免疫芽球性T細胞リンパ腫である可能性が高く,LCP分類によると,highlyaggressive に分類され,2年生存率は約40%,5年生存率は約20%である。 また,REAL分類によると,NHL末梢T細胞型は,無治療での生存期間が月単位とされるAggressivelymphomaに分類される。 (乙B2,3,鑑定結果)(2) NHLに対する標準的治療方法等ア 本件患者に対する治療が行われた平成8年当 (乙B2,3,鑑定結果)(2) NHLに対する標準的治療方法等ア 本件患者に対する治療が行われた平成8年当時のNHLに対する標準的治療法は,CHOP療法と呼ばれるものであり,以下のような投薬方法を21ないし28日ごとに6回繰り返すことを内容とするものである。 │使用薬剤 │商品名 │投与量 │投与期間 ││シクロフォスファミ│エンドキサン│750mg/㎡ │1日目 ││ド │ │ │ ││アドリアマイシン │アドリアシン│50mg/㎡ │1日目 ││ビンクリスチン │オンコビン │1.4mg/㎡ │1日目 ││ │ │(最大2mg) │ ││プレドニソロン │プレドニン │100mg/body│1~5日目│(甲B2,鑑定結果)イ 本件当時から現在に至るまで,一定期間に多数の薬剤をできるだけ大量に投与して薬剤投与量強度(doseintensity)を高めることにより,治療効果が高まるとの考え方が一般的であり,そのためには投与間隔を短縮することが必要である。 これは, 剤をできるだけ大量に投与して薬剤投与量強度(doseintensity)を高めることにより,治療効果が高まるとの考え方が一般的であり,そのためには投与間隔を短縮することが必要である。 これは,患者が,薬剤投与による骨髄抑制等の副作用から回復するということは,同時に,患者の体内にある悪性リンパ腫の腫瘍細胞も同様に回復してくることを意味するため,治療間隔が開くほど,悪性リンパ腫の増大傾向が出現してしまうためである。 投与間隔は,患者の全身状態等は勿論,患者が薬剤投与による白血球数減少という副作用から回復したか否かが一つの目安とされ,白血球を増殖させるための支持療法としてG-CSFの投与がある。 (甲B2,証人F医師,G医師)ウ 雑誌「臨床血液」に平成6年3月17日に受理された「非Hodgkinリンパ腫に対するMECHOP-BM療法の検討」と題する論文は,昭和52ないし54年度厚生省がん研究助成金による研究班が報告した固形癌化学療法直接判定基準に準じて,同療法の効果判定を行ったものである。 同判定基準による副作用の記載様式(1)は以下のとおりである。 │grade │0 │1 │2 │3 │4 ││白血球 │4.0 │3.9-│2.9-│1.9-│0.9 ││(×103/μ │以上 │3.0 │2.0 │1.0 │以下 ││l) │ │ │ │ 9 ││(×103/μ │以上 │3.0 │2.0 │1.0 │以下 ││l) │ │ │ │ │ ││好中球 │2.0 │1.9-│1.4-│0.9-│0.4 ││(×103/μ │以上 │1.5 │1.0 │0.5 │以下 ││l) │ │ │ │ │ ││GOT(U) │ 40 │ 41-│101-│501-│1001││ /GPT(U) │以下 │100 │500 │1000│以上 │(乙B12,14)エ JCOGによる副作用判定基準は以下のとおりである。 │grade │0 │1 │2 │3 │4 ││白血球 │≧4.0│3.9-│2.9-│1.9-│<1.0││(×103/μ │ │3.0 │2.0 │1.0 │ ││l) │ │ │ │ │ ││好中球 │≧2.0│1.99│1.49│0.99│<0.5││(×103/μ │ │-1.5│-1.0│-0 │ │ ││好中球 │≧2.0│1.99│1.49│0.99│<0.5││(×103/μ │ │-1.5│-1.0│-0.5│ ││l) │ │ │ │ │ ││GOT/GPT │正常範囲│≦2.5│2.6-│5.1-│>30×││(Nuは正常値│ │×Nu │5.0×│30× │Nu ││の上限) │ │ │Nu │Nu │ │JCOGとは,厚生省がん研究助成金による指定研究「固形がんの集学的治療の研究」班の臨床試験研究グループであり,平成元年(1989年)にJCOGと命名された。 同研究班は,「臨床試験計画(プロトコール)の作成と実施,並びに結果の統計解析とその評価に関するガイドライン」(以下「研究班ガイドライン」という。)を発表しており,平成2年(1990年)にガイドライン改訂第2版を,平成8年(1996年)2月ころ同改訂第3版を発表した。 同ガイドラインは,JCOGが行う臨床試験研究のプロトコールを作成する際に,プロトコールに記載すべき事項,守らなければならない基準や科学的方法,研究や倫理の質を保つために必要な審査や評価の取決め等をまとめたものである。 上記副作用判定基準は,研究班ガイドラインの一部をなすものである。 研究班ガイドラインでは,臨床試験の中止基準として,上記副作用判定基準を用いるべきである等の定めをしておらず,どのようにプロトコールや中止基準を定めるかは,各研究者に委ねている。 では,臨床試験の中止基準として,上記副作用判定基準を用いるべきである等の定めをしておらず,どのようにプロトコールや中止基準を定めるかは,各研究者に委ねている。 (乙B18,鑑定結果〔添付資料7〕)(3) 被告センターにおけるNHLに対する治療方法ア 本件当時,被告センターにおけるNHLに対する化学療法は,後記イ及びウのとおりとされていた(以下「本件プロトコール」という。)。 本件プロトコールは,前記CHOP療法を基本とし,これにエトポシド及びブレオマイシンを付加し,その後,漸次,改良されたものである。 本件プロトコールの減量もしくは延期もしくは中止の規定(以下「本件中止基準」という。)のうち,GOT及びGPTに関する規定は,被告センター内における検討の結果,固形癌化学療法直接判定基準より厳しい基準を定めたものである。 (乙A4,B8,11,証人G医師)イ 投与法及び投与スケジュール下記のスケジュールにて原則として3週毎,5コースを目標として投与を実施する。 原則として3週毎の投与とするが,主治医の判断で間隔を短縮することは構わない。何らかの理由で6週以上治療間隔があいた場合は,次のコースより5コースを目標として実施する。 │使用薬剤 │商品名 │投与量 │期間 ││ │ │ │(日目)││シクロフォスファミ│エンドキサン │750m 間 ││ │ │ │(日目)││シクロフォスファミ│エンドキサン │750mg/㎡ │1 ││ド │ │ │ ││エピルビシン │ファルモルビシン│60mg/㎡ │1 ││ビンクリスチン │オンコビン │1.4mg/㎡ │1 ││ │ │(上限 │ ││ │ │2mg/body) │ ││プレドニゾロン │プレドニン │100mg/body/day │1~5││ブレオマイシン │ │5mg/day │2,3,5││エトポシド │ラステットS │100mg/body/day │1~5│(乙A1の206頁,B4の1ないし5,8,11,15)ウ 減量もしくは延期もしくは中止の規定WBC(白血球数) G-CSF使用しても,3000/mm3以上に回復しない場合。 AST(GOT) 300以上ALT(GPT) 300以上なお,好中球数については,規定をおいていない。 (乙A1の206頁)エ 以上の被告センターにおける化学療法は,NHLに対する標準的治療方法である 以上なお,好中球数については,規定をおいていない。 (乙A1の206頁)エ 以上の被告センターにおける化学療法は,NHLに対する標準的治療方法であるCHOP療法と同等の治療である。 (鑑定結果)オ 別紙診療経過一覧表のとおり,本件患者に対する第1ないし第3クールの薬剤投与は,本件プロトコールに定められた3週毎という期間より短い間隔で行われた。 カ 上記薬剤の投与により,間質性肺炎を発症する確率は,以下のとおりである。 シクロフォスファミド(エンドキサン) 0.1~5%未満エトポシド(ラステットS) 0.2%なお,インターフェロンを投与すること(後記(4) ウ(イ)参照)により,副作用として間質性肺炎を発症する確率は,0.1ないし5%未満である。 (乙B4の1,4の5,15)(4) 本件当時のB型肝炎に関する医療水準等ア HBVの感染は,血液による感染,性感染が主な感染経路である。 B型急性肝炎は,一部の劇症化例を除いて自然治癒する。しかし,約2%が劇症肝炎となり,その場合の救命率は高くはなく,約70%は致死的である。 (乙B6)イ 本件当時,被告センターで行われていた入院時のHBVに関する血液検査は,HBs抗原(HBVのS遺伝子がコードする蛋白)及びHBs抗体が陽性か陰性かを調べるもので,一般的な検査であった。 HBVによる急性肝炎の場合の主な血中マーカーの推移は,別紙マーカーの推移のとおりである。 すなわち,感染のごく初期(肝炎の潜伏期。同別紙A)は,HBs抗原は陽性であるが,HBs抗体は陰性であり,GPTの上昇も見られない。その な血中マーカーの推移は,別紙マーカーの推移のとおりである。 すなわち,感染のごく初期(肝炎の潜伏期。同別紙A)は,HBs抗原は陽性であるが,HBs抗体は陰性であり,GPTの上昇も見られない。その後,回復期(同別紙C)に入ると,HBs抗原は消失し,HBs抗体は陽性となる。 血清中のHBV量(感染力)を知る方法としては,DNAポリメラーゼ値の測定などがある。 (乙B6,17〔添付資料1〕,鑑定結果)ウ HBVによる慢性肝炎の治療には以下の例がある。 (ア)強力ネオミノファーゲンC(グリチルリチンを主成分とする注射薬)の投与これは,免疫の反応過程の一部を抑えることによって,肝細胞の破壊が起こらないようにする薬品で,肝細胞を庇護するものである。 (イ)インターフェロンの投与インターフェロンの投与により,HBVの増殖が抑えられ,HBVの量は減少し,この減少に遅れて肝炎も収まる。しかし,インターフェロンはHBV増殖の下になるウイルス遺伝子には作用しないため,インターフェロン中止後,ウイルスが増殖し,これに対する免疫反応が起き,一時的に肝炎が急激に悪くなるため,肝臓に余力のない患者には使用できない。 また,後記エ(オ)のとおり,化学療法中のインターフェロン投与は,患者の負担が大きいとされる。 (乙B6)エ 症例報告等(ア)平成4年(1992年)に発表された症例報告によると,悪性リンパ腫の化学療法中にB型肝炎を発症し,早期のインターフェロン使用により劇症化しなかったという症例がある。同症例は,入院時,HBs抗原陽性,HBs抗体陰性の無症候性HBVキャリアであった。 法中にB型肝炎を発症し,早期のインターフェロン使用により劇症化しなかったという症例がある。同症例は,入院時,HBs抗原陽性,HBs抗体陰性の無症候性HBVキャリアであった。 (鑑定結果〔添付資料2〕)(イ)平成5年(1993年)に発表された症例報告によると,HBV無症候性保因者(HBVキャリア)が悪性リンパ腫に対する化学療法終了後,劇症肝炎で死亡した症例がある。同症例は,入院時,HBs抗原陽性,HBs抗体陰性のHBVキャリアであった。 (鑑定結果〔添付資料3〕)(ウ)平成5年(1993年)に発表された症例報告によると,NHL発症時には,HBs抗原,HBs抗体とも陰性であったのが,HBs抗原が陽転した後に,肝炎を発症して劇症化し,死亡するに至った症例があり,報告者は,NHL発症後にHBVキャリアとなり,その後B型劇症肝炎を発症した症例と考えられるとしている。 (甲B5)(エ)平成7年(1995年)に発表された症例報告は,HBVキャリアの悪性リンパ腫3例についてインターフェロンを併用した多剤併用化学療法を行ったところ,3例全例について重症肝炎の併発を認めなかったというものである。 (鑑定結果〔添付資料4〕)(オ)平成7年(1995年)に公刊された論文は,HBVキャリアに対し,化学療法とともにインターフェロンを投与する治療方法を行った2症例の問題点として,①インターフェロンの投与による骨髄抑制の遷延,②化学療法の薬剤投与量強度(doseintensity)の低下,③骨髄抑制時期のインターフェロン休薬がウイルスの急激な増殖を惹起する危険性の3点を指摘す ンターフェロンの投与による骨髄抑制の遷延,②化学療法の薬剤投与量強度(doseintensity)の低下,③骨髄抑制時期のインターフェロン休薬がウイルスの急激な増殖を惹起する危険性の3点を指摘する。 また,同論文は,化学療法を施行すると,HBe抗原の有無,野生株,変異株にかかわりなくウイルス増殖が起こり,化学療法終了後に宿主の免疫応答が回復すると肝炎が増悪して劇症化の危険があるため,HBVキャリアに化学療法を施行する場合は,ウイルス増殖をモニターしながら抗ウイルス療法を併用して慎重な態度で臨む必要があることを結論づけている。 また,同論文は,HBVキャリアに対し,化学療法とともにインターフェロンを投与する治療方法について,現実には化学療法施行中の患者にインターフェロンを行うことは患者にとってかなりの負担になるので副作用のより少ないと考えられるラミブジンの発売(発売されたのは平成12年11月である。)が待たれると指摘する。 (乙B17〔添付資料3・4〕,鑑定結果〔添付資料5)(カ)日本において,HBs抗原陰性の悪性リンパ腫患者が,化学療法後にHBVによる劇症肝炎を発症したとの報告がなされたのは,平成12年以降である。 (鑑定結果,同〔添付資料6〕)オ G医師は,平成8年当時,NHLについての化学療法(ステロイド剤が含まれる。)によってB型慢性肝炎が悪化したり,重症化したりすることがあること,まれに急激に悪化し,死亡に至る例があることの認識はあった。 また,同医師は,当時,HBs抗原陽性者に対して化学療法を行う場合には,ステロイド剤を使用しない方がよいと言われていたとの認識があった。 (乙A4,6)(5) 本件 s抗原陽性者に対して化学療法を行う場合には,ステロイド剤を使用しない方がよいと言われていたとの認識があった。 (乙A4,6)(5) 本件患者の経過等ア 本件患者についての被告センターにおける診療経過は,別紙診療経過一覧表(太字・下線部分を含む。)のとおりである。これによれば,HBV感染についての被告担当医の認識は,以下のとおりである。 G医師は,平成8年8月29日,本件患者の検査結果を経時的に検討した結果,カルテに,HBV感染についての検査指示を記載した。 同検査結果は,同月30日に判明した。 F医師は,同月29日から取得していた夏期休暇を終えて,同年9月5日,出勤したが,G医師が上記検査を指示したことや,検査結果が判明していることに気付かなかった。 (乙A1ないし6,証人F医師,同G医師)イ 本件患者は,第3クールの薬剤投与終了後には,顎下リンパ節を認めるのみであったところ,同終了から20日程したころ,同リンパ節のやや増大を認め,第4クールより縮小傾向となったものの,第6クール終了後まで残存していた。 上記顎下リンパ節は,第6クール終了後に壊死組織であることが判明し,寛解に至った。 (乙A1,証人F医師)ウ 本件患者は,治療前には測定感度以下の無症候性HBVキャリアであったところ,無症候性キャリアにおいては,HBVは宿主の免疫監視機構によって増殖が抑制されていると考えられるが,悪性リンパ腫についての化学療法実施中は宿主の免疫監視機構が抑制され,HBVが増殖する。そのため,化学療法を繰り返すことによって,ウイルス感染肝細胞が増加し,化学療法の終了に伴って宿主の免疫力 るが,悪性リンパ腫についての化学療法実施中は宿主の免疫監視機構が抑制され,HBVが増殖する。そのため,化学療法を繰り返すことによって,ウイルス感染肝細胞が増加し,化学療法の終了に伴って宿主の免疫力が回復すると,細胞障害性T細胞によってウイルス感染肝細胞が一気に破壊されると考えられる。 本件患者の肝機能の増悪の経過は,上記の化学療法による免疫抑制効果とHBVの増殖との関係に合致しており,本件患者は,副腎皮質ステロイドホルモンを含む化学療法を繰り返したことによってHBVが再活性化したため,肝炎が発症し,さらにこれが劇症化し,死亡するに至った。 (鑑定結果)(6) 検査結果の見方等ア 別紙検査結果グラフ記載のsIL-2R(可溶性インターロイキン2レセプター)の基準値は220から530u/mlであり,高値に上昇すると,以下の疾患が疑われる。 530から1000u/ml(軽度上昇)〔高頻度〕T細胞性NHLの寛解期,肝炎1000から2000u/ml(中等度上昇)〔高頻度〕NHL〔可能性〕肝炎2000u/ml以上(高度上昇)〔高頻度〕NHLの急性増悪期 (甲B3の2)イ 同TK活性(デオキシチミジンキナーゼ活性)の基準値は5u/l以下であり,高値に上昇すると,以下の疾患が疑われる。 〔高頻度〕急性白血病(93%),その他の悪性腫瘍,急性ウイルス感染が疑われる。 〔可能性〕ウイルス疾患 (甲B3の1)ウ 別紙診療経過一覧表の検査結果等欄記載のLDH(乳酸脱水素酵素)の基準値は200ないし400IU/Lであり,高値に上昇すると,以下の疾患が疑われる。 400から6 (甲B3の1)ウ 別紙診療経過一覧表の検査結果等欄記載のLDH(乳酸脱水素酵素)の基準値は200ないし400IU/Lであり,高値に上昇すると,以下の疾患が疑われる。 400から600IU/L(軽度増加)〔高頻度〕慢性肝炎,悪性腫瘍600から1000IU/L(中等度増加)〔高頻度〕NHL,悪性腫瘍〔可能性〕急性肝炎1000IU/L以上(高度増加)〔高頻度〕急性肝炎,NHL (甲B4)エ 別紙診療経過一覧表の検査結果等欄記載のDNAポリメラーゼは,前述したとおり,血清中のHBV量(感染力)を知る方法の一つである。 (乙B6)オ 本件患者について繰り返し測定されたTK活性とsIL-2Rは,悪性リンパ腫に対する治療効果の判定に頻用され,信頼性の高い検査である。 ただし,検査の原理からすると,両者は必ずしも悪性リンパ腫の腫瘍細胞だけに由来するとは限らず,HBVの増殖状態を反映することもある。 (鑑定結果) 2 争点1(第5クールの投与の過失)について(1) 医師は,患者の病状に十分注意しつつ,診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準に基づき,治療方法の必要性や効果,副作用などすべての事情を考慮し,万全の注意を払って,その治療を実施しなければならないと解される。 これを本件について検討する。 (2) 別紙診療経過一覧表及び同検査結果グラフに,証拠(乙A3,証人F医師,同G医師)を総合すると,平成8年8月23日の検査で,肝機能を表すGOTが104,GPTが149,LDHが423と正常値より高く,同日以前の検査結果と比べ上昇傾向にあったこと,被告担 ,証人F医師,同G医師)を総合すると,平成8年8月23日の検査で,肝機能を表すGOTが104,GPTが149,LDHが423と正常値より高く,同日以前の検査結果と比べ上昇傾向にあったこと,被告担当医は,第3クール終了後,本件患者が上記値よりも高い値を示していたものの,肝庇護剤の強力ネオミノファーゲンCを投与する等して,第4クールを開始したところ,全身状態が格別悪くなることもなく,終了したことから,引き続き検査の結果を見ながら,休み明けの同月26日から第5クールを開始することにしたこと,第5クールの薬剤投与が開始された当日(同月26日)の検査結果によると,GPTは324であり,本件中止基準に該当する肝機能障害があったが,検査結果が判明した時点では,既にファルモルビシンとオンコビンの投与が終わり,残り2剤が投与中であったので,強力ネオミノファーゲンCの投与を開始するとともに,頻回に検査をする等して患者の状態を観察しながら,他の薬剤の投与を継続することにしたこと,同月28日の検査結果では,GOTが71,GPTが193,同月30日の検査結果では,GOTが31,GPTが124と数値が低下する傾向を示したことが認められる。 (3) これに対し,原告らは,肝機能検査は,患者の肝機能の状態を把握して治療方針を決定するために行われるべきものであるし,第5クールの開始は,1日を争うような緊急を要するものではなく,同月26日に行った検査結果は同日中には判明するのであるから,被告担当医は,同日の検査結果を確認してから第5クールの開始の可否を決定すべきであったと主張する。 そこで検討するに,前記1(1) ,同(2) イからすると,本件患者が罹患していたNHLの予後は極めて悪いものであったことから,本件患者を寛解に導き,また,長期生存を可能とするためには, する。 そこで検討するに,前記1(1) ,同(2) イからすると,本件患者が罹患していたNHLの予後は極めて悪いものであったことから,本件患者を寛解に導き,また,長期生存を可能とするためには,患者が前クールの骨髄抑制等の副作用から回復次第,なるべく早期に次クールを開始する等,薬剤の投与間隔を短くし,薬剤投与量強度(doseintensity)を高めた治療を行う必要があったことが認められる。 ところで,前記1(3) ,(5) ア及び別紙投与薬剤一覧表に,証拠(乙A3,証人G医師,鑑定結果)を総合すると,本件プロトコールは上記必要性を満たし,一定の治療効果を挙げる一指標として被告センターにおいて定められたもので,NHLに対する標準的治療方法と同等のものであるところ,本件患者については,①肺換気能の低下が疑われたため,第1クール開始当初からブレオマイシンを投与せず,②第3クール終了後,間質性肺炎を発症したため,第4クールの投与開始が遷延し,さらに,第4クールからはエンドキサンを投与していない等,本件プロトコールどおりには実施できなかったことが認められる。 そして,前記1(5) ア・イ及び別紙検査結果グラフからすると,本件患者は,第5クールの薬剤投与開始までに,顎下リンパ節以外のリンパ節の腫脹は消失するなど,一定の治療効果がみられたものの,①第4クール開始が遷延したことにより,第3クール終了後,第4クール開始までに,顎下リンパ節がやや増大したり,腫瘍マーカーであるsIL-2Rが増加するなど,病勢が悪化したこと,②第4クール終了後,顎下リンパ節の腫脹は縮小傾向となったものの,第5クール開始当時,同リンパ節の腫脹は残存し,sIL-2Rは正常化していなかったものである。 以上からすると,本件患者については,なるべく早期に次クールを開始して の腫脹は縮小傾向となったものの,第5クール開始当時,同リンパ節の腫脹は残存し,sIL-2Rは正常化していなかったものである。 以上からすると,本件患者については,なるべく早期に次クールを開始して,治療を続行すべき必要性が極めて高かったというべきである。 したがって,同月23日の検査結果を見て,休み明けの同月26日から第5クールを開始することにした被告担当医の判断が不合理であるとはいえず,本件患者の状態を観察するために頻回に行っていた検査の一環である同月26日の検査結果をも見た上で,第5クールの開始を決定すべき義務があったとはいえない。 もっとも,原告らは,同月23日までの臨床検査値を見ても,肝機能障害は次第に増悪し,好中球数の回復も順調ではなく,同日の検査値も化学療法開始の目安となる1000を超えていなかったのであるから,同月26日からの第5クールの薬剤投与の開始を決定すべきではなかったと主張し,鑑定人Hの鑑定意見も同旨である。 しかしながら,GOT,GPTの数値は,いまだJCOGの副作用判定基準のgrade3及び本件中止基準に該当するものではないし,前述したとおり,頻回に検査を行って本件患者の状態を観察し,状態によっては強力ネオミノファーゲンCの投与も考慮の上で第5クールの開始を決定した被告担当医の判断が不合理であるとはいえない。また,好中球数の回復が順調ではなかったという点についても,前示のとおり,骨髄抑制からの回復は同時にNHLの腫瘍細胞の再活性化をもたらすものであることから,NHLにおける化学療法は投与間隔をできる限り短縮することが重要視されているところ,本件においては,第4クールまで本件プロトコールどおりに実施できていない状況であったことや,前記治療続行の必要性,本件患者の全身状態が悪くなかったこと(別紙診療経過 ることが重要視されているところ,本件においては,第4クールまで本件プロトコールどおりに実施できていない状況であったことや,前記治療続行の必要性,本件患者の全身状態が悪くなかったこと(別紙診療経過一覧表のとおり,本件患者は,第5クールの薬剤投与が開始された当日朝に,外泊から帰院し,活気ある状態であった。),白血球数支持剤のGーCSFの投与も考えられること等を勘案すれば,被告担当医が,好中球数が1000を超えない状態で,第5クールの薬剤投与の開始を決定したことに債務不履行があるとはいえない。 (4) 次に,原告らは,同月26日の検査結果で,GPT値が300を越えていたのであるから,平成8年当時一般化していたJCOGの副作用判定基準のgrade3に相当し,また,本件中止基準にも該当するから,被告担当医が薬剤投与開始後に同検査結果を知ったのであれば,その時点で第5クールの薬剤投与を中止して肝臓の状態の維持改善に努めるか,悪性リンパ腫の状態により薬剤投与を中止できない状況であったとしても,少なくとも薬剤の投与量を減量し,並行して肝炎の治療を行って肝臓の状態の維持改善に努め,肝炎の重症・劇症化を予防すべきであったと主張し,H鑑定人の鑑定意見も,平成8年当時既に一般化していたJCOGの副作用判定基準におけるgrade3以上の非血液毒性が出た場合はひとまず治療を見合わせるのが原則であり,さらに,第3クール終了後にもgrade3に相当する肝機能障害を起こしていることや,第4クールはエンドキサンを省いたにもかかわらず,同等の肝障害をきたしていること等からすれば,第5クールの薬剤投与を延期すべきであったとする。 なるほど,同月26日の検査結果により判明したGPT値が,JCOGの副作用判定基準のgrade3に相当し,また,本件中止基準に該当することは 第5クールの薬剤投与を延期すべきであったとする。 なるほど,同月26日の検査結果により判明したGPT値が,JCOGの副作用判定基準のgrade3に相当し,また,本件中止基準に該当することは,原告主張のとおりである。さらに,第3クール終了後にgrade3に相当する肝機能障害が発生していることも前述したとおりである。 しかしながら,JCOGのガイドラインは,臨床試験計画(プロトコール)作成にあたって,臨床試験の中止基準を明らかにするよう求めているものの,中止基準の設定は個々の研究者の裁量に委ねているものと解されるところ(乙B18),乙A第4号証(G医師の陳述書)によれば,JCOGの副作用判定基準におけるgrade3以上の非血液毒性が中止基準として用いられるようになったのは,多剤併用療法では平成12年3月からで,それまで一般的に用いられていた判定基準は固形癌化学療法直接判定基準であり,被告センターにおける本件中止基準も固形癌化学療法直接判定基準にならいそれよりも厳しい基準を採用していたというのであるから,平成8年当時JCOGの副作用判定基準は,未だ一般化するには至っていなかったといえるし,上記JCOGのガイドラインの記載に照らし,絶対的な中止基準という性格のものでもないというべきである。したがって,JCOGの副作用判定基準に触れることをもって直ちに第5クールの薬剤投与を中止ないし延期すべきであったとはいえない。 もっとも,被告センターが自ら定めた本件中止基準には,GPT値が300以上と定められているのであるから,同月26日の検査結果は,これに該当するというべきである。 ところで,平成6年当時に作成された被告センターのプロトコールには,副作用等により本療法の継続が困難と判断された場合,投薬を直ちに中止することと定められてい ,これに該当するというべきである。 ところで,平成6年当時に作成された被告センターのプロトコールには,副作用等により本療法の継続が困難と判断された場合,投薬を直ちに中止することと定められていたのであるが(乙B11),平成8年当時の被告センターのプロトコールにある本件中止基準においては,前記認定のとおり,中止基準が具体化していることに照らせば,被告センターにおける化学療法の治療実績等を踏まえて,本件中止基準において,中止基準をより明確化,具体化したものと推認される。そうすると,もとより本件中止基準は尊重されるべきものではあるが,そこで定められた数値等はあくまで投薬を中止等すべきかどうかを判断するための一指標であって,結局のところ,治療を実施するか否かの決定は,医師が,本件中止基準のほか,当該患者の体質,全身状態等の臨床経過,薬剤投与の中止がNHLの病勢に及ぼす影響や予想される副作用の種類,程度などを総合的に検討した上でなすべきであり,これらの検討の結果,医師において,副作用等により化学療法の継続が困難と判断した場合に,投薬が中止等されることになるものと解される。 以上によれば,本件中止基準に該当することをもって直ちに治療を実施すべきでないとまではいえない(ちなみに,固形癌化学療法直接判定基準によれば,GPT値はgrade2である〔前記1(2)ウ〕。)。そして,前述したとおり,8月26日の検査結果が分かった時点では,既にファルモルビシンとオンコビンの投与が終わり,残り2剤が投与中であったのであるから,この時点で投与を中止ないし減量するとしても,実際上,2日目から5日目にかけてのプレドニンとラステットSの投与だけということになる(乙A1の560頁ないし570頁)が,本件プロトコールが5クールの投与を目標としていること(前記1( としても,実際上,2日目から5日目にかけてのプレドニンとラステットSの投与だけということになる(乙A1の560頁ないし570頁)が,本件プロトコールが5クールの投与を目標としていること(前記1(3) イ)からすれば,仮に,以降の薬剤投与を中止ないし延期すれば,第4クール以前及び第5クールの上記薬剤投与が無に帰して,NHLの病勢が再び悪化する等,本件患者の予後が,本件プロトコールを貫徹した場合に得られる予後よりも,相当厳しいものとなることが予想される状況にあったというべきである(なお,一定期間に多数の薬剤をできるだけ大量に投与して薬剤投与量強度(doseintensity)を高めることにより,治療効果が高まるとの考え方によれば,投与薬剤の量を減量した場合においても,前述したとおり,ブレオマイシンやエンドキサンの投与をしていないことや第4ク-ルの開始が遅れていた状況に鑑みると,同様の結果を招くおそれが十分にあるというべきである。)。 その上,以前,第3クール終了後に肝機能障害が起きた際,強力ネオミノファーゲンCを投与しながら第4クールを実施した結果,GOT,GPTの値が低下し,全身状態も悪化しなかったこと,また,8月26日時点での好中球数は901にとどまっているものの(鑑定結果),同日以前の検査結果と比較すると上昇傾向にある上,白血球数は3110であって(別紙診療経過一覧表),固形癌化学療法直接判定基準(前記1(2) ウ)やJCOGの副作用判定基準(前記1(2) エ)のgrade1であるから,一概に前クールの薬剤投与による骨髄抑制からの回復が不十分であったとはいえないし,白血球数支持剤のGーCSFの投与も考えられること等を併せ考慮すると,被告担当医において,強力ネオミノファーゲンCの投与を開始するとともに,頻回に検査をする等し 回復が不十分であったとはいえないし,白血球数支持剤のGーCSFの投与も考えられること等を併せ考慮すると,被告担当医において,強力ネオミノファーゲンCの投与を開始するとともに,頻回に検査をする等して経過を観察しながら,プレドニンとラステットSの投与を継続することにした判断が不合理であるとはいえない。したがって,被告担当医が,同月26日の検査結果が分かった時点で,薬剤投与を中止ないし減量しなかったことにつき,債務不履行はないというべきである。 なお,被告担当医は,上記肝機能障害が薬剤性のものであることを前提に第5クールの薬剤投与を開始したものである(証人F医師)が,前記1(4) エ(カ)に鑑定結果を考え併せると,本件患者について,一般診療において通例行われるものである入院時の血液検査の結果はHBs抗原・抗体ともに陰性であり(別紙診療経過一覧表),また,本件診療当時,HBs抗原陰性の悪性リンパ腫患者が化学療法後にB型肝炎を発症した例は報告されているものの極めてまれであり,また,HBs抗原陰性の悪性リンパ腫患者が化学療法後にB型肝炎ウィルスによる劇症肝炎を発症したとの報告が我が国でなされたのは平成12年以降であるから(鑑定結果,同〔添付資料1・6〕),同月30日の検査によりHBs抗原陽性であることが分かる(別紙診療経過一覧表)までは,本件患者についてHBV感染を疑うことは甚だ困難であり,被告担当医が,本件患者に生じていた肝障害が薬剤性のものであると判断して対処したことはやむを得なかったというべきであるから(この点は,H鑑定人も同旨である。),債務不履行はないという上記判断に影響を及ぼすものではない。 (5) 以上に対し,原告らは,被告担当医が先進医療を行う上で必要なデータを得るために治療を強行したかのように主張する。 しかし,前記 ,債務不履行はないという上記判断に影響を及ぼすものではない。 (5) 以上に対し,原告らは,被告担当医が先進医療を行う上で必要なデータを得るために治療を強行したかのように主張する。 しかし,前記認定のとおり,被告担当医は,本件患者の状態に合わせて本件プロトコールを見直して,投与する薬を減量したり,投与間隔を延長したりしており,本件全証拠を検討しても,原告らの主張するような事情は見出し難いから,原告らの上記主張は,採用できない。 3 争点2(第6クールの投与の過失)について(1) 前記1(5) ア・イ及び別紙検査結果グラフによれば,本件患者は,第5クールの薬剤投与終了後,顎下リンパ節を除くリンパ節の腫大が消失していたので,被告担当医は,縮小傾向にあった顎下リンパ節を外科的に切除し,地固めのため,白血球数が薬剤投与を行うに足りる程度に回復次第,第6クールの薬剤投与を開始するとの方針を立てたこと,そして,第5クール終了後,第6クールの薬剤投与開始までの間,本件患者の検査結果は,本件中止基準等に触れるものではなく,GOT及びGPTに上昇傾向が認められた外は,本件患者の全身状態に問題はなかったので,被告担当医は,GOT及びGPTの上昇については,第6クールの薬剤投与開始の前日から強力ネオミノファーゲンCの投与を行うことにより対処することにし,第6クールの薬剤投与を開始したことが認められる。 (2) 以上によれば,第6クールの開始にあたり,本件中止基準等に触れるものはなかったのであるが,前記1(5) アからすると,平成8年8月30日の検査結果により本件患者がHBVに感染していることが判明していたのであるから,この事実を前提として,第6クールの薬剤投与を開始することの是非が問題となる。 なお,前記1(5) アによると,HBV検査を指示したG 患者がHBVに感染していることが判明していたのであるから,この事実を前提として,第6クールの薬剤投与を開始することの是非が問題となる。 なお,前記1(5) アによると,HBV検査を指示したG医師と,第6クールの薬剤投与を決定したF医師との間で引継ぎが不十分であったことから,F医師は本件患者がHBVに感染していることを知らないまま,第6クールの薬剤投与を開始したものであるが,同事情によれば,被告担当医がHBV感染の事実を知らなかったことは,被告側の責任であり,第6クールの薬剤投与開始時には被告担当医が本件患者のHBV感染を知り得たはずというべきであるから,被告の債務不履行責任の有無を論ずる上では,このことを前提にその責任の有無を検討するのが相当である。 (3) 前記1(4) エ・オのとおり,本件治療当時,NHLの化学療法中にHBs抗原陽性のB型慢性肝炎又はHBVキャリアが重症化して,死亡に至った例があることは既に報告されおり,G医師は上記症例があることを知っていたものである。 ところで,本件患者は,入院時HBs抗原陰性であったが,化学療法実施中にHBs抗原陽性となったことから,被告担当医は,B型急性肝炎を疑い,感染原因を調査したものの特定できず,入院時の検査で陰性だったのは,陽性所見が出るまでのいわゆるウィンドウピリオドと呼ばれている期間に検査を行ったのが原因である可能性が高いと判断したものである(乙A3,証人F医師,同G医師)。これに対し,大阪市立大学大学院医学研究科肝胆膵病態内科学助教授Iは,その意見書(乙B17,20)において,現時点での最新の医療水準から解釈すると,本件患者は,潜在性HBV感染者であり,繰り返し行われた化学療法により肝炎が顕性化と再燃をきたし,最終的に劇症化して死亡したものと推認できるものの,平成8年当 現時点での最新の医療水準から解釈すると,本件患者は,潜在性HBV感染者であり,繰り返し行われた化学療法により肝炎が顕性化と再燃をきたし,最終的に劇症化して死亡したものと推認できるものの,平成8年当時は潜在性HBV感染者の概念はなかったし,現時点においてもその病的意義は不明とされているから,被告担当医が本件患者が化学療法中に重篤な肝障害を起こして死亡する可能性があることを予見することは困難であるとの意見を述べている。 しかしながら,本件患者がいわゆるウィンドウピリオドであるならば,検査時たまたま検出できなかっただけであって,入院時にHBs抗原陽性であった場合と同じと見ることができる。また,本件患者が潜在性HBV感染者であり,被告担当医がその概念を知らず,HBs抗原陽性となった原因が分からなかったとしても,HBs抗原陽性の患者が化学療法中に劇症肝炎により死亡した例があることは既に報告されおり,G医師も上記症例があることを知っていたのであるから,化学療法中にHBs抗原陽性となった本件患者が重篤な肝障害を起こして死亡する可能性があることを予見することはできたというべきである。したがって,上記乙A第17号証及び同第20号証におけるI助教授の意見は採用できない。 そして,H鑑定人が,本件患者の治療反応性は良好であり,少なくとも第4クール終了時には部分寛解以上の効果があり,短期的(数ヶ月単位)治療予後はそれ程悪くないから,第5クール以降の化学療法を一時中止又は延期しても,少なくとも一定期間は寛解状態を維持できたのではないかと推測するとの鑑定意見を出していることからすると,第6クールの薬剤投与を中止又は延期したことによるNHLの予後は必ずしも明らかではなく,最終的にそれによる死亡が考えられるとしても,また,後述するとおり,化学療法によりHBV ていることからすると,第6クールの薬剤投与を中止又は延期したことによるNHLの予後は必ずしも明らかではなく,最終的にそれによる死亡が考えられるとしても,また,後述するとおり,化学療法によりHBVに感染している患者が劇症肝炎になり死亡する確率は低いとしても,その可能性が否定できない以上,重大な副作用が発生し,それにより短期間で死亡することの方を重視し,第6クールの薬剤投与をひとまず中止又は延期して,本件患者の肝機能障害の推移を観察し,その治療を優先することも,選択肢の一つとしてあり得るというべきである。 被告は,このような選択肢はあり得ないと主張し,それに沿う乙A第6号証(G医師の陳述書)の記載や証人F医師及び同G医師の各証言があるが,採用できない。 (4) しかしながら,他方,本件患者は,本件プロトコールが目標とする5回の薬剤投与を終えたものであるが,間質性肺炎のために薬剤を減らしたり,投与期間を延ばすなどしており,その上,第6クールを中止又は延期すると,治療効果が減弱するおそれが十分にあり(鑑定結果),現に,第5クール終了時でも顎下リンパ節は残存しており,同年9月2日のsIL-2Rは661であったが,TK活性は7.7と正常値を超えており,同月9日にはsIL-2Rが860,TK活性は217(乙A1の261頁)と数値が悪くなっていること等を考え併せると,NHLの予後は予断を許さない状況にあったというべきであるから,第6クールの薬剤投与の必要性があったものと認められる。なお,原告は,腫瘍マーカーTKとsIL-2Rは,肝炎によっても高値を示すものであり,これらの高値は,肝炎の活動性やHBVの増殖状態を反映していると考えられると主張し,H鑑定人も同旨の鑑定意見であるところ,確かに,肝炎による影響は否定できないとしても,顎下リンパ節が残存して あり,これらの高値は,肝炎の活動性やHBVの増殖状態を反映していると考えられると主張し,H鑑定人も同旨の鑑定意見であるところ,確かに,肝炎による影響は否定できないとしても,顎下リンパ節が残存していたことやTKとsIL-2Rの両方が高値を示していること等を考慮すると,NHLの病勢を表しているものと評価できるというべきであり(証人G医師),NHLの予後が予断を許さない状況にあったとの前記認定に消長をきたすものではない。 そして,HBV感染は,その一部(約20ないし30パーセント)が急性肝炎を引き起こし,そのうちの約2パーセントが劇症肝炎になり,劇症肝炎となった場合の致死率が約70パーセントといわれており(乙B6),また,日本のHBV感染者は約20パーセントとされているところ,化学療法によるHBV感染者の劇症化の報告は極めて稀であるとされていること(乙B20,同〔添付資料1〕)等に照らすと,化学療法によりHBV感染者が劇症肝炎になり死亡する確率は極めて低いというべきである。 そうすると,治療の必要性と副作用により死亡する危険性を比較衡量すれば,本件患者のNHLの予後の厳しさを重視し,肝機能障害を強力ネオミノファーゲンCの投与により管理し,第6クールの薬剤投与を行うとする判断が必ずしも不合理とはいえないのであって,医師の裁量の範囲を超えた不相当な医療行為とはいえないというべきである(もっとも,後に判断するとおり,説明義務違反の問題はある。)。 なお,原告は,NHLの状態により薬剤投与を中止できない状況であったとしても,少なくとも被告担当医は薬剤の投与量を減量し,並行して肝炎の治療を行って肝臓の状態の維持改善に努め,肝炎の重症・劇症化を予防すべきであったと主張する。確かに,原告主張のような選択肢もあり得るところではあるが,前述したとおり,薬剤の投 減量し,並行して肝炎の治療を行って肝臓の状態の維持改善に努め,肝炎の重症・劇症化を予防すべきであったと主張する。確かに,原告主張のような選択肢もあり得るところではあるが,前述したとおり,薬剤の投与量を減量した場合,治療効果が減弱するおそれは否定できないから,被告担当医が上記方法を選択しなかったことをもって,裁量の範囲を超えた不相当な医療行為とはいえない。 (5) 以上からすると,被告担当医が第6クールの薬剤投与を行ったことが債務不履行であるとは認められない。 4 争点3(説明義務違反)について(1) 医師は,治療を行う際,診療契約に基づき,患者に対し,当該疾患の診断,予定している治療方法の内容,効果,副作用,当該治療方法に深刻な副作用が予想される場合には,他に採りうる手段,治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などについて説明する義務があるものと解される。 (2) これを本件についてみるに,別紙診療経過一覧表及び証拠(乙A3,証人F医師)によれば,F医師は,平成8年9月11日第6クールの薬剤投与を開始した後に初めて,本件患者がHBs抗原陽性であることを知ったものの,第6クールの薬剤投与により肝炎が重症化する危険性があることを説明しないまま,薬剤投与を続行したことが認められる。 しかしながら,前記3のとおり,第6クールの薬剤投与を実施するか,それとも中止ないし延期又は投与薬剤の減量をするかは,本件患者の治療方針としていずれも選択肢になり得たものであり,しかも,第6クールの薬剤投与を選ぶのであれば肝炎が重症化することにより,薬剤投与の中止ないし延期又は投与薬剤の減量を選ぶのであればNHLの悪化により,いずれも死亡する危険性があったのであるから,被告担当医は,本件患者や原告らに対し,その治療方法の内容,効果及び副作用,上記各選択肢の利 し延期又は投与薬剤の減量を選ぶのであればNHLの悪化により,いずれも死亡する危険性があったのであるから,被告担当医は,本件患者や原告らに対し,その治療方法の内容,効果及び副作用,上記各選択肢の利害得失,予後等について十分説明すべきであったというべきである。 そして,本件患者や原告らが,被告担当医から上記説明を受けていれば,肝炎の重症化による生命に対する危険を考え,その危険を回避するために,第6クールの薬剤投与の中止ないし延期を選択して,肝炎の治療を行った上で,化学療法を再開するか,薬剤の投与量を減量し,並行して肝炎の治療を行う選択もあり得たというべきであるから,本件患者が治療方法を選択するについての自己決定権を侵害したものといわざるを得ず,被告担当医に説明義務違反があったと認められる。 5 争点4(因果関係)について前記認定のとおり,被告担当医が十分な説明をしていたならば,第6クールの薬剤投与の中止ないし延期又は投与薬剤の減量を選択した可能性は否定できない。 もっとも,上記の選択をしたとしても,被告が主張するとおり,劇症肝炎による死亡を回避できたかという問題がある上,前述したとおり,第6クールの薬剤投与をしなければNHLが再燃することにより,死亡する可能性も十分考えられたことや,劇症肝炎による死亡の確率が極めて低いことからすれば,上記説明義務が尽くされていたとしても,本件患者が第6クールの薬剤投与を選択する可能性も十分あるから,いずれにせよ劇症肝炎による死亡が避けられた蓋然性が高いとは認められない。したがって,被告担当医の説明義務違反と本件患者の死亡との間に相当因果関係があると認めることはできない。 そして,被告担当医が第5クール及び第6クールの薬剤投与を開始した点について債務不履行がないことは,前述したとおりで 明義務違反と本件患者の死亡との間に相当因果関係があると認めることはできない。 そして,被告担当医が第5クール及び第6クールの薬剤投与を開始した点について債務不履行がないことは,前述したとおりであるから,結局,損害は,説明義務違反により本件患者の人格権が侵害されたことによる損害のみということになる。 6 争点5(損害)について(1) 慰謝料前示のとおり,被告担当医が第6クールの薬剤投与に関する説明を怠ったことにより,本件患者は,自己の疾患についての治療方法を決定する機会を奪われ,精神的苦痛を被ったものであり,このことに,前記説明義務違反の態様,程度等諸般の事情を総合考慮すると,慰謝料として300万円が相当である。 そして,本件患者の慰謝料請求権を,原告Aは2分の1,その余の原告らはそれぞれ6分の1ずつの割合で相続したものである。 (2) 弁護士費用本件事案の内容等諸般の事情を考慮すると,被告の債務不履行と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は,30万円(原告A15万円,その余の原告ら各5万円)と認めるのが相当である。 第7 結語以上によれば,原告らの本件請求は,原告Aが165万円,原告B,同C及び同Dがそれぞれ55万円並びにこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である平成13年4月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第19民事部裁判長裁判官角隆博裁判官三島琢裁判官進藤千絵は,転補につき,署名捺印することができない。 裁判長裁判官角 主文 角隆博裁判官 三島琢裁判官 進藤千絵は,転補につき,署名捺印することができない。 裁判長裁判官角隆博
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