令和4(し)206 再審請求棄却決定に対する異議申立て棄却決定に対する特別抗告事件

裁判年月日・裁判所
令和6年1月29日 最高裁判所第三小法廷 決定 棄却 名古屋高等裁判所 平成29(け)16
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本件は、確定判決において有罪とされた被告人が再審請求を行った事案である。事件は、被告人が妻と愛人を殺害するために、有機燐農薬を混入したぶどう酒を提供し、結果として5名を死亡させたもので、被告人は死刑判決を受けた。再審請求の主要な争点は、確定判決の有罪認定に対する新証拠の評価であった。裁判所は、提出された新証拠が「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に該当しないと判断し、確定判決の有罪認定に合理的疑いを生じさせるものではないとした。最終的に、再審請求は棄却され、被告人の有罪が維持された。

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判決文本文19,540 文字)

- 1 - 主文 本件抗告を棄却する。 理由 本件抗告の趣意は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法433条の抗告理由に当たらない。 なお、所論に鑑み、職権により判断すると、所論引用の各証拠が同法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に当たらないとした原決定は、これを是認することができる。その理由は、以下のとおりである。 第1 確定判決の認定事実の概要確定判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、次のとおりである。 申立人の兄である被告人(大正15年1月14日生・当時35歳。以下「事件本人」という。)は、妻(当時34歳)と愛人(当時36歳)との三角関係の処置に窮し、両名を殺害してその関係を清算しようと考え、昭和36年3月28日、事件本人及び両名らが所属する生活改善クラブの年次総会と懇親会が開催される三重県名張市内の公民館に女子会員用のぶどう酒(以下「本件ぶどう酒」という。)を運び入れた上、公民館に誰もいなくなった隙に、女子会員らが死亡するかもしれないことを十分認識しながら、本件ぶどう酒を開栓して、竹筒に入れて忍ばせて持参していた有機燐テップ製剤である農薬ニッカリンTを4ないし5cc 注入し、替栓(内蓋)を元どおりかぶせるなどし、同日午後8時頃、懇親会に出席した女子会員20名に提供させ、これを飲んだ17名につき、有機燐中毒により、妻と愛人を含む5名を死亡させて殺害し、12名に傷害を負わせ、3名については飲ませるに至らなかった(殺人、殺人未遂)。 令和4年(し)第206号再審請求棄却決定に対する異議申立て棄却決定に対する特別抗告事件令和6年1月29日第三小法廷決定 わせ、3名については飲ませるに至らなかった(殺人、殺人未遂)。 令和4年(し)第206号再審請求棄却決定に対する異議申立て棄却決定に対する特別抗告事件令和6年1月29日第三小法廷決定- 2 -第2 本件再審請求に至る経緯等事件本人は、確定審において、犯人ではないと主張したが、確定判決は、事件本人に対し無罪を言い渡した第1審判決を破棄し、事件本人が犯人であると認定して、事件本人を死刑に処した。事件本人が上告を申し立てたが棄却され、上記確定判決は確定した。 事件本人は、これまで9回にわたり再審請求に及んだが、確定判決の有罪認定に合理的な疑いを生じさせるものではないと判断され、いずれの再審請求も棄却された。 本件は、事件本人(平成27年10月4日死亡)の妹を申立人とする第10次再審請求事件である。 第3 当裁判所の判断 1 確定判決の有罪認定について確定判決は、その判文に照らし、①本件ぶどう酒に有機燐テップ製剤の農薬が混入されたのは、懇親会の開会と比較的近接した時刻に、公民館の囲炉裏の間においてであり、上記囲炉裏の間において本件ぶどう酒に人目につかず農薬を混入することができたのは、約10分間公民館内にただ一人でいた事件本人以外にはないことを裏付ける犯行の場所と機会に関する情況証拠、②公民館内から押収された本件ぶどう酒の内蓋である四つ足替栓(以下「本件替栓」という。)の表面の傷痕に関して、事件本人の歯牙により生じたもの又は事件本人の歯牙によるものと類似すると判定した3つの鑑定(以下「3鑑定」という。)、③事件本人の捜査段階の自白調書、の3つの証拠群を有罪認定の根拠としていることが明らかである。 他方、第5次再審請求に関する特別抗告審決定(最高裁平成5年(し)第40号同9年1月28日第三小法廷決定・刑 人の捜査段階の自白調書、の3つの証拠群を有罪認定の根拠としていることが明らかである。 他方、第5次再審請求に関する特別抗告審決定(最高裁平成5年(し)第40号同9年1月28日第三小法廷決定・刑集51巻1号1頁)は、上記②の3鑑定について、同再審請求後に提出された各証拠を総合して検討すると、本件替栓の表面の傷痕が事件本人の歯牙によって生じたものと特定するに足りるだけの証明力を失ったという意味において、それらの証明力が大幅に減殺されたものの、本件替栓上の- 3 -傷痕は、人の歯痕であるか、あるいは人の歯痕である可能性が高く、また、それが事件本人の歯牙によって印象されたとしても矛盾は生じないとした。その上で、同決定は、本件替栓の表面の傷痕に関する3鑑定は、同再審請求後に提出された証拠によって、その証明力が大幅に減殺されたとはいえ、新旧全証拠を総合して検討すると、犯行の機会に関する情況証拠から、事件本人が本件犯行を犯したと認めることができ、これに信用性の高いと認められる事件本人の自白を総合すれば、確定判決の有罪認定に合理的な疑いを生ずる余地はないとした。 したがって、第10次となる本件再審請求において、新証拠の刑訴法435条6号該当性の有無を検討する前提となるべき確定判決の有罪認定の根拠は、上記①及び③ということになる。 2 本件再審請求における新証拠本件再審請求における新証拠として提出されたものは、主として、①犯行の機会と場所に関する証拠群(本件ぶどう酒の瓶口に巻かれていた封緘紙の破片の裏面に2種類の糊が付着していることが明らかになったことにより、犯行場所が公民館であり事件本人しか犯行の機会がないという確定判決の事実認定に合理的疑いが生じたと同時に、事件本人による自白に決定的な矛盾が生じたというもの。以下「新証拠1」という ったことにより、犯行場所が公民館であり事件本人しか犯行の機会がないという確定判決の事実認定に合理的疑いが生じたと同時に、事件本人による自白に決定的な矛盾が生じたというもの。以下「新証拠1」という。)、②毒物の特定に関する証拠群(模造ぶどう酒にニッカリンTを加えてペーパークロマトグラフ試験を実施したところ、当時の三重県衛生研究所が行ったペーパークロマトグラフ試験とは異なる結果が出たことから、犯行に使用された毒物がニッカリンTではないことが明らかになり、事件本人による自白の根幹部分について前提事実との間に食い違いが生じたとするもの。以下「新証拠2」という。)、③本件ぶどう酒の瓶に装着された内蓋である本件替栓上の傷痕に関する証拠群(以下「新証拠3」という。)、④事件本人による自白の任意性及び信用性に関する証拠群(以下「新証拠4」という。)に大別することができる(なお、異議審以降において提出された証拠は、異議申立てないし特別抗告申立ての趣意の理解のための参考資料として、その限度で参照、検討する。最高裁平成14年(し)- 4 -第18号同17年3月16日第一小法廷決定・裁判集刑事287号221頁参照)。以下、これらの新証拠が、刑訴法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に当たるか否かを検討する。 3 新証拠について 新証拠1についてア新証拠1は、フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)を使用し、全反射を利用して検体表面の赤外吸収スペクトルを測定するという方法(ATR法)を用いた鑑定の結果、本件ぶどう酒の瓶口に巻かれていた封緘紙の破片のうち大きなもの(以下、単に「本件封緘紙」という。)の裏面に、製造時に封緘紙をぶどう酒の瓶口に貼り付ける際に用いられていたカルボキシメチルセルロース(CMC)を原料とする糊(以下「C 封緘紙の破片のうち大きなもの(以下、単に「本件封緘紙」という。)の裏面に、製造時に封緘紙をぶどう酒の瓶口に貼り付ける際に用いられていたカルボキシメチルセルロース(CMC)を原料とする糊(以下「CMC糊」という。)のほかに、ポリビニルアルコール(PVA)を原料とする糊(以下「PVA糊」という。)が付着していることが明らかになったとする武庫川女子大学生活環境学部生活環境学科教授澤渡千枝作成の鑑定書(以下「澤渡鑑定」という。)等であり、本件ぶどう酒の瓶が何者かによって別の場所で開栓され、その際本件封緘紙が破られたものの、再度糊付けをするなどして閉栓され、公民館の囲炉裏の間に持ち込まれた可能性を立証しようとするものである。 イしかし、ATR法の原理は、赤外光を対象とする検体に照射した際、物質の分子構造の一部が特定の波数の赤外線を吸収して赤外吸収スペクトルにおいて当該波数でピークを形成することから、そのスペクトルを測定し、これを対照物質の赤外吸収スペクトルにおけるピークと比較観察することにより、検体に付着している物質を特定するというものであるところ、検体が複数の物質で構成されている場合、ATR法による測定スペクトルは当該複数の物質の合算スペクトルになる(なり得る)というのであるから、検体を構成する物質が不特定かつ複数である場合には、ATR法による測定スペクトルにおける1つのピークが単一の物質に由来するのか複数の物質に由来するのか、あるいは、複数のピークが同一の物質に由来する- 5 -のか別個の物質に由来するのかといったことは、その測定スペクトル自体から当然に明らかになるものではないということになる。したがって、測定対象がいかなる物質から構成されているかが特定されていないという前提において、ATR法によって測定されたスペクトルから物質 ル自体から当然に明らかになるものではないということになる。したがって、測定対象がいかなる物質から構成されているかが特定されていないという前提において、ATR法によって測定されたスペクトルから物質を特定することには、そもそも限界があると考えられる。 そして、本件当時に本件ぶどう酒と同種のぶどう酒の瓶に貼られていた封緘紙及びこれをぶどう酒の瓶に貼り付けるために用いられていた糊の各成分自体必ずしも正確には確定し難い。また、本件封緘紙は事件の翌々日に公民館の囲炉裏の間の壁際から発見され採取されたものであるところ、このような本件封緘紙の採取に至るまでの経過に鑑みれば、採取の時点までに何らかの物質が付着していた可能性があり、さらに、その後の保管の過程においても同様の可能性が払拭できず、そのような付着物質の有無及びその成分も不明である。加えて、事件からは極めて長い期間が経過し、本件封緘紙及びその付着物の成分に様々な変化が生じていることも十分考えられる(澤渡鑑定も、物質の経年変化の可能性に言及している。)。そうすると、本件封緘紙にはそもそもいかなる物質が付着しているか分からないということを前提として判断すべきである。 したがって、ATR法による鑑定により本件封緘紙に付着した物質を特定し、本件封緘紙が本件ぶどう酒への毒物混入後再度糊付けされた可能性を示そうとすること自体、相当に困難であるといわざるを得ない。 ウさらに、原決定は、澤渡教授の説明について、同教授は、本件封緘紙にPVAが付着しているか否かを判断する手法として、本件封緘紙、紙、紙にCMC糊を塗布した試料、紙にCMC糊とPVA糊を塗布した試料の各スペクトルをそれぞれ測定し、これらを比較観察するという手法を採用した上で、PVAが付着しているか否かの識別基準として、当初は、測定スペクト を塗布した試料、紙にCMC糊とPVA糊を塗布した試料の各スペクトルをそれぞれ測定し、これらを比較観察するという手法を採用した上で、PVAが付着しているか否かの識別基準として、当初は、測定スペクトル中、①1733𝑐𝑚−1(以下、単位は省略する。)付近~1714付近、②1259付近~1244付近、③1088付近という特定の3か所を挙げていたところ、その後、更に実験を行い、ま- 6 -た、検察官からの指摘や原審の求釈明を受けて、①1733付近~1714付近については、紙にCMC糊とPVA糊を塗布した試料と本件封緘紙とでは、前者はピーク先端が1733付近と1714付近の2つに割れているとみるほかないのに対し、後者は全体として1つのピークしか存在せず、これらのピークの形状は異なっていると思われるにもかかわらず、後者はショルダーピークであるなどとのみ説明して、なおこれらが同一であるとの主張を繰り返し、また、検察官の指摘を受けてはじめて糊の厚さの問題を持ち出すなどしており、②1259付近~1244付近については、結局実際に観察できるのは1259付近のピークであり、これはCMCのピークであってPVAの識別基準にはならないと認めながら、なお1244付近にショルダーピークが認められるとするが、そのようなショルダーピークが認められるか否かの判断基準は示さず、③1088付近については、1100付近に紙やCMCのピークが存在することからPVAの識別基準とすることに疑問もあるものの、その低波数側の吸収が弱くなる変化がみられることがPVAの付着をうかがわせるとするが、1100付近~1053付近の中間にはピークを示すような特異な変化は何らみられないところ、どのような変化がPVA付着の根拠となるのかについては明示しない、というように、自ら設定した識別基準を変更し、 1100付近~1053付近の中間にはピークを示すような特異な変化は何らみられないところ、どのような変化がPVA付着の根拠となるのかについては明示しない、というように、自ら設定した識別基準を変更し、また、判断の根拠を十分に示さないものであるから、澤渡鑑定は、専門的知見に基づく科学的根拠を有する合理的なものであるということができない旨判示したものと解される。 原決定が、澤渡教授の説明について上記のような疑問を呈したことは、付着物質の識別基準というその説明の根幹部分に変遷がみられることや結論の導き方等に照らせば当然であり、本件封緘紙をATR法により測定したスペクトルがその形状においてPVAの存在を示しているという同教授の説明が専門的知見に基づく科学的根拠を有する合理的なものとはいえないとした原決定は相当として是認することができる。 また、原審は、澤渡教授の見解について、同教授が検察官からの指摘を受けて、- 7 -上記のように見解の根幹部分を変更したり、また、説明内容を相当程度変更したりしたことなども踏まえ、同教授に対して求釈明を行い、その回答も考慮した上で、同教授の説明は専門的知見に基づく科学的根拠を有する合理的なものということができない旨判断するに至ったものと解され、その判断も相当である。したがって、原審が澤渡教授の証人尋問を実施しなかったことに審理不尽の違法は認められない。 エなお、当審において提出された独立行政法人国立文化財機構東京文化研究所保存科学研究センター修復材料研究室長早川典子作成の意見書も、澤渡鑑定と同様のATR法による評価を述べるものであるから、前記イの観点からの疑問が妥当し、また、同じく当審において提出された国立大学法人東京農工大学教授髙栁正夫作成の鑑定書は、紙に付着している物質をあらかじめ特定している点等にお 価を述べるものであるから、前記イの観点からの疑問が妥当し、また、同じく当審において提出された国立大学法人東京農工大学教授髙栁正夫作成の鑑定書は、紙に付着している物質をあらかじめ特定している点等において、やはり前記イの観点からの疑問がある。 オ更に付言すると、第7次再審請求においては、封緘紙を破らずに本件ぶどう酒を開栓することが可能であるとの主張がされていた。この主張は、事件本人以外の何者かが、封緘紙を破ることなく本件ぶどう酒を開栓して農薬を混入し、元どおり閉栓した可能性をいうものであり、犯人が公民館の囲炉裏の間以外の場所で本件ぶどう酒に農薬を混入した可能性をいうという意味において、新証拠1に関する所論と共通するところがある。しかし、上記主張は、証拠上動かし難い公民館の囲炉裏の間で本件封緘紙を破ってされた本件ぶどう酒の開栓が、懇親会の準備の際にされたものであることが前提となるところ、第7次再審請求に関する第1次特別抗告審決定(最高裁平成19年(し)第23号同22年4月5日第三小法廷決定・裁判集刑事300号167頁)は、懇親会が始まる頃、Aが本件ぶどう酒の包み紙を取って囲炉裏に捨て、Bがその妻から本件ぶどう酒の栓を抜くことを頼まれて本件替栓をねじるようにして抜いた際、本件ぶどう酒に付いていたのは内栓である本件替栓だけであり、外栓である耳付き冠頭は付いておらず、封緘紙もない状態であったこと、また、関係者の供述中には、人が集まり始めてから懇親会が始まるまでの間、懇親会の準備として本件ぶどう酒の封緘紙や耳付き冠頭を外した旨、あるいは- 8 -他の者がそのようにするところを目撃した旨の供述は全く見当たらないことなどからすれば、公民館の囲炉裏の間で懇親会の準備の際に本件封緘紙を破って本件ぶどう酒が開栓されたとみることはできず、それ以前に同所 の者がそのようにするところを目撃した旨の供述は全く見当たらないことなどからすれば、公民館の囲炉裏の間で懇親会の準備の際に本件封緘紙を破って本件ぶどう酒が開栓されたとみることはできず、それ以前に同所において本件封緘紙を破って本件ぶどう酒が開栓された際、農薬が混入されたとみるのが相当である旨説示して、上記主張を排斥した。この説示は、懇親会の準備の際には既に本件封緘紙は本件ぶどう酒から外されていたとの認定を伴うものであり、その意味では、公民館の囲炉裏の間以外で農薬の混入が行われた後、懇親会の準備が始まる前までに本件封緘紙が貼り直されていた可能性をいう所論を否定する趣旨も必然的に含んでいるものである。なお、本件の異議審において提出された供述調書においても、封緘紙を外したあるいはそのようにするところを見たと述べるものはなく、本件ぶどう酒を開栓したBの封緘紙に見覚えはないとする供述の信用性を揺るがすものとは認められない。 カそして、事件本人以外の者に公民館の囲炉裏の間において本件ぶどう酒に農薬を混入する機会がなかったことは、第5次再審請求に関する特別抗告審決定(前記最高裁平成5年(し)第40号同9年1月28日第三小法廷決定)が説示するとおりである。 キしたがって、新証拠1は、本件ぶどう酒が公民館の囲炉裏の間に持ち込まれる前に、何者かが本件封緘紙を破って本件ぶどう酒に毒物を混入し、その後再度本件封緘紙を糊付けしたという可能性を示すような証拠価値を有するものではなく、犯行現場は公民館の囲炉裏の間であり、同所において本件ぶどう酒に人目につかず農薬を混入することができたのは、約10分間公民館内にただ一人でいた事件本人以外にはないとした確定判決の認定に合理的な疑いを差し挟む証拠とはいえない。 そうである以上、本件ぶどう酒がいつB方に持ち込まれたか 入することができたのは、約10分間公民館内にただ一人でいた事件本人以外にはないとした確定判決の認定に合理的な疑いを差し挟む証拠とはいえない。 そうである以上、本件ぶどう酒がいつB方に持ち込まれたかについて改めて検討する必要性は生じない(前記最高裁平成5年(し)第40号同9年1月28日第三小法廷決定参照)。 新証拠2について- 9 -新証拠2は、ニッカリンTは加水分解を経ることによってトリエチルピロホスフェート(TriEPP)を生成し、現に当時の三重県衛生研究所が行ったペーパークロマトグラフ試験においては、本件ぶどう酒と同種のぶどう酒にニッカリンTを加えた検体(対照検体)からはTriEPPが検出されているのに、本件ぶどう酒の飲み残し(事件検体)からはTriEPPが検出されていないことから、犯行に使用された毒物は、加水分解によりTriEPPを生成するニッカリンTではない別の有機燐テップ製剤であったことを明らかにし、ひいては、ニッカリンTを本件ぶどう酒に混入した旨の事件本人の自白の信用性に疑いを生じさせようとするものである。 しかし、ニッカリンTは、トリエチルホスフェート(TEP)、テトラエチルピロホスフェート(TEPP)及びペンタエチルトリホスフェート(PETP)を含有するところ、このうちPETPは、急速に加水分解されるものの、なお加水後も一定時間は残存すること、TriEPPはエーテル抽出されないのに対し、PETPはエーテル抽出されること、PETPは加水分解によりTriEPPとジエチルホスフェート(DEP)を生成することが認められる。したがって、事件検体に加えられたニッカリンTに含まれるPETPは実験時までに全て加水分解され、生成されたTriEPPはエーテル抽出されずペーパークロマトグラフ試験において検出されなかったが れる。したがって、事件検体に加えられたニッカリンTに含まれるPETPは実験時までに全て加水分解され、生成されたTriEPPはエーテル抽出されずペーパークロマトグラフ試験において検出されなかったが、対照検体に加えられたニッカリンTに含まれるPETPは、完全には加水分解されずに一部残存し、これがエーテル抽出された後、ペーパークロマトグラフ試験の過程において溶媒等に含まれる水分により加水分解されTriEPPを生成してこれが検出されたという説明は、第7次再審請求に関する第2次特別抗告審決定(最高裁平成24年(し)第268号同25年10月16日第一小法廷決定・裁判集刑事312号1頁)も説示するとおり、科学的合理性を有するものである。他方、ペーパークロマトグラフ試験は、その性質上、様々な条件が結果に影響するものであるところ、新証拠2において実施された各ペーパークロマトグラフ試験は、当時の三重県衛生研究所において実施されたペーパークロマトグラフ試- 10 -験と結果に影響を及ぼし得る条件を一致させた上でこれを再現したものとはいえないから、当時の三重県衛生研究所において実施されたペーパークロマトグラフ試験において対照検体のみから検出されたTriEPPは対照検体から上記の機序により生成されたものである、との説明を誤りであるということはできないとした原決定は是認することができる。 また、当時の三重県衛生研究所の試験において、エーテル抽出の際、検体に塩化ナトリウムを飽和するまで加える方法である塩析が行われたことをうかがわせる証跡が何もないとした原々決定に誤りはないとした原決定も相当である。 したがって、新証拠2は、所持していたニッカリンTを本件ぶどう酒に混入したとする事件本人の自白の信用性に影響を及ぼすものではないとした原決定は不合理ではない。 はないとした原決定も相当である。 したがって、新証拠2は、所持していたニッカリンTを本件ぶどう酒に混入したとする事件本人の自白の信用性に影響を及ぼすものではないとした原決定は不合理ではない。 新証拠3について新証拠3は、本件替栓の表面の傷痕が事件本人の歯牙によって生じたものとはいえないとするものであるが、前記1のとおり、本件替栓の表面の傷痕が事件本人の歯牙によって生じたものとはいえないことは、第5次再審請求に関する特別抗告審決定(前記最高裁平成5年(し)第40号同9年1月28日第三小法廷決定)において既に前提とされ、その上で、同決定は、これを踏まえてもなお確定判決の有罪認定に合理的な疑いを生ずる余地はないとしたのであるから、新証拠3が刑訴法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に当たらないことは明らかである。 新証拠4について新証拠4は、主として心理学的観点に基づき事件本人の自白の信用性に疑問があるとする鑑定書ないし書籍である。 しかしながら、事件本人は、身柄が拘束される前に、捜査機関が既に入手していた資料から創作できるとは考えられないような具体的な自白をしており、その内容も、客観的状況と矛盾なく符合していると認められ(前記最高裁平成5年(し)第- 11 -40号同9年1月28日第三小法廷決定参照)、新証拠4を踏まえても、自白の信用性に疑いは生じない。 4 結論そして、以上検討したところによれば、本件再審請求において提出された各新証拠を併せ考慮してみても、確定判決の有罪認定に合理的な疑いを生ずる余地はないというべきである。したがって、新証拠はいずれも確定判決の認定に合理的な疑いを生じさせるものではないという原々決定を是認した原決定は、正当である。 よって、刑訴法434条、42 を生ずる余地はないというべきである。したがって、新証拠はいずれも確定判決の認定に合理的な疑いを生じさせるものではないという原々決定を是認した原決定は、正当である。 よって、刑訴法434条、426条1項により、裁判官宇賀克也の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 裁判官宇賀克也の反対意見は、次のとおりである。 私は、原決定及び原々決定を取り消して、再審を開始すべきであると考える。その理由は、以下のとおりである。 第1 澤渡鑑定について 1 澤渡鑑定の内容澤渡鑑定は、本件封緘紙の裏面に、本来の封緘時に使用されていたカルボキシメチルセルロース(CMC)糊とは別の糊であるポリビニルアルコール(PVA)糊(家庭用洗濯糊に使われることがあった。)が付着していたとするものであり、この鑑定の信用性が認められれば、本件ぶどう酒に毒物を混入した後、本件封緘紙が貼り直された可能性が生ずることになる。そうすると、本件封緘紙等の発見場所である公民館の囲炉裏の間が犯行場所であるとは断定できなくなり、犯行場所は公民館の囲炉裏の間であり犯行が可能であったのは同所に約10分間ただ一人でいた事件本人しかいないから事件本人が犯人であるとの推認も当然には成り立たないことになる。同時に、公民館の囲炉裏の間でニッカリンTを混入したとする事件本人の自白の信用性にも重大な疑問が生ずることになるのである。 したがって、以下、澤渡鑑定の信用性について検討するが、結論から述べれば、澤渡鑑定には高い信用性が認められると考える。 - 12 - 2 鑑定手法について澤渡鑑定は、フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)を使用し、全反射を利用して検体表面の赤外吸収スペクトルを測定するという方法(ATR法)を用いるものであり、このATR法は物 鑑定手法について澤渡鑑定は、フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)を使用し、全反射を利用して検体表面の赤外吸収スペクトルを測定するという方法(ATR法)を用いるものであり、このATR法は物質の判別に関する標準的な測定方法であって、この鑑定手法自体の妥当性は争われていない。また、澤渡教授が実際に行った測定は、裁判所において、裁判官や裁判所書記官等の立会いの下に行われたものであって、公正性や透明性が確保されており、さらに、機器の設置、調整、操作測定等には機器の販売代理店の社員が補助者として立ち会っているのであって、これらの点にも問題は見いだせない。 3 実験の前提について澤渡鑑定において糊を塗布する対照資料として使用された紙は、本件ぶどう酒を当時製造していたC洋酒醸造所のDから入手したものであり、本件封緘紙と同質のものと認めてよいと思われる。また、上記Dによれば、事件当時、封緘紙を瓶に糊付けする際にはCMC糊が使用されていたというのであるから、本件封緘紙にCMC糊が付着していたことも疑いのない前提としてよいと考えられる。 4 実験結果について 澤渡鑑定によれば、本件封緘紙の測定結果において、1594𝑐𝑚−1(以下、単位は省略する。)付近~1589付近にピークが現れているところ、CMCがこの付近にピークを示すことは争いのない事実であるから、このピークはCMCによるものと推認できる。確かに、上記のピークはCMC分子内のカルボン酸塩の構造を反映するものではある一方、同様の構造を有する物質であれば同様のピークが認められるとはいえる。しかし、前記3の事情も併せ考えれば、上記ピークはやはりCMCによるものと十分推認できる。 澤渡鑑定は、本件封緘紙の測定結果において、1733付近~1714付近にピークが現れているところ、こ る。しかし、前記3の事情も併せ考えれば、上記ピークはやはりCMCによるものと十分推認できる。 澤渡鑑定は、本件封緘紙の測定結果において、1733付近~1714付近にピークが現れているところ、これはカルボニル基の存在を示しており、カルボニル基は、PVAの原料であるポリ酢酸ビニルに由来し、したがってPVAには存在- 13 -しているが、紙やCMCには存在していないから、このピークは本件封緘紙にPVAが付着している可能性が高いことを示しているとする。また、実際、PVA製品として、本件当時も販売されていた洗濯糊であるゴーセノールを紙に塗布して測定したところ、やはり1733付近~1714付近にピークが認められたのであり、このことが本件封緘紙にPVAが付着している可能性を補強するものであるとする。 前記2のとおり、澤渡鑑定の実験手法に問題は見当たらない。また、本件封緘紙自体にあるいはその印刷に用いたインクにPVAが含まれていた可能性や、宴会で供された飲食物、更には人の手の皮脂等が付着しそこにPVAが含まれていた可能性も、現実的なものとしては考えられない。また、第5次再審請求に関する特別抗告審決定(最高裁平成5年(し)第40号同9年1月28日第三小法廷決定・刑集51巻1号1頁)によれば、本件封緘紙の破片を調査しても貼り合わせた部分を貼り直した痕跡は認められないというのであるから、本件封緘紙に糊以外のものが付着している痕跡は外観上確認できないのである。前記及びの実験結果は、本件封緘紙には封緘時に用いられたCMC糊の他に、PVA糊が別途塗布された可能性が極めて高いことを示していると考えるのが合理的である。当審で新たに提出された髙栁正夫教授の鑑定書は、重回帰分析を用いた検証であり、このような見方を別の角度から裏付けている。そして、そのPV 可能性が極めて高いことを示していると考えるのが合理的である。当審で新たに提出された髙栁正夫教授の鑑定書は、重回帰分析を用いた検証であり、このような見方を別の角度から裏付けている。そして、そのPVA糊は、当時洗濯糊等に一般に使用されていたゴーセノールであった蓋然性が最も高いと考えられる。 これに対し、澤渡教授の実験結果によれば、紙にゴーセノールを塗布した場合には1733付近と1714付近に独立した2つのピークが観測されるはずであるのに、本件封緘紙の測定結果における1733付近~1714付近のピークは独立した2つのピークではなく幅広いショルダー状であることをもって、この結果が本件封緘紙の裏面にPVAが付着していることの証明にはならないとする批判もある。しかし、塗布量によっては2つのピークに分かれて観測されないことがあるとの指摘や、1733付近と1714付近の2つのピークの窪みは非常に浅いので、吸収の強度が強くない場合には、雑音やベースラインの揺らぎを受け2つのピーク- 14 -に分かれて観測されなくなることはしばしばあるとの指摘もあるのであるから、この点が十分な批判になっているとは思われない。むしろ、1733付近~1714付近にピークを示すカルボニル基の炭素―酸素二重結合をCMCは有していないのであるから、現にここにピークが観察されている以上、前記の事実関係の下では、その原因はカルボニル基を有するPVAの付着であると考えるのが最も合理的である。PVA以外の何らかの物質がこのピークを形成する可能性があるという指摘は、一般論としてはそのとおりであるといえても、前記の事実関係の下で糊以外の物質の付着が想定し難い状況の下における抽象的可能性の指摘にすぎないのであって、その特定を事件本人側に求めるのは「疑わしいときは被告人の利益に」と おりであるといえても、前記の事実関係の下で糊以外の物質の付着が想定し難い状況の下における抽象的可能性の指摘にすぎないのであって、その特定を事件本人側に求めるのは「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則(最高裁昭和46年(し)第67号同50年5月20日第一小法廷決定・刑集29巻5号177頁、最高裁昭和49年(し)第118号同51年10月12日第一小法廷決定・刑集30巻9号1673頁参照)に反するように思われる。 また、澤渡鑑定に対しては、当初1244付近や1088付近のピークの存在もPVAの識別基準としていたのに、後になってこの点を積極的な識別基準と扱わなくなったのは恣意的であるとする批判もあるが、澤渡教授は、前者については、確かにピークが確認されたのは1260付近~1257付近であり、1244付近に独立したピークを形成しているわけではないが、1244付近にはショルダー状のピークがみられ、これは紙にCMC糊のみを塗布した場合には出現しないから、やはりPVAが付着している根拠になると説明し、後者については、本件封緘紙の測定スペクトルにおいて、紙にCMC糊を塗布した場合に観察される1100付近のピークの低波数側が弱くならず水平になったのは、PVAによる1088付近のピークの影響といえると説明しており、これらの説明は理解できるところである。 澤渡鑑定に対する批判は、いずれもその信用性を揺るがすものではないと考えられる。 5 澤渡鑑定に関する結論- 15 -以上のとおり、本件封緘紙の裏面にPVA糊が付着している可能性があるとする澤渡鑑定には、高い信用性が認められると考える。そうすると、本件ぶどう酒を本件封緘紙で封緘する際に用いられていたのはCMC糊なのであるから、これと異なるPVA糊の付着は、犯人が本件封緘紙を破って る澤渡鑑定には、高い信用性が認められると考える。そうすると、本件ぶどう酒を本件封緘紙で封緘する際に用いられていたのはCMC糊なのであるから、これと異なるPVA糊の付着は、犯人が本件封緘紙を破って本件ぶどう酒を開栓し農薬を混入した後、PVA糊を用いて本件封緘紙を再度貼り直して閉栓した可能性を浮上させる事実であるということができる。 第2 旧証拠との総合評価そして、澤渡鑑定と旧証拠を総合評価することによって、以下のとおり確定判決の有罪認定に合理的な疑いが生じると考えられる。 1 犯行の場所と機会について本件は、そもそも有力な物証が乏しい事件である。その中で、専ら本件封緘紙、本件替栓及び耳付き冠頭が公民館の囲炉裏の間付近で発見されたという事実から、犯行場所は同所であったと特定され、これに加えて、本件ぶどう酒の置かれた公民館に事件本人がただ一人で約10分間おり、同所において犯行が可能であったのは事件本人しかないと考えられたことから、事件本人の犯人性が認定されている。 しかし、澤渡鑑定を踏まえると、犯人が別の場所で本件ぶどう酒に農薬を混入し、本件封緘紙を再度貼り直して閉栓した可能性が生じる(加えて、やはり今回の再審請求において提出された新証拠によれば、事件から数日後という早期の段階において、本件ぶどう酒の瓶口に封緘紙が巻いてあったと思う旨述べている者が3名いたというのであり、この事実も上記可能性を裏付けるものであるといえる。)から、上記の事実だけからは必ずしも犯行場所が公民館の囲炉裏の間であるとは断定できなくなる。そして、このような観点から旧証拠を検討するならば、事件本人にのみ犯行の機会があったとは断定できなくなり、事件本人の犯人性に合理的な疑いが生じると考えられるのである。 ところで、確定審においては、本件ぶどう酒がB方 点から旧証拠を検討するならば、事件本人にのみ犯行の機会があったとは断定できなくなり、事件本人の犯人性に合理的な疑いが生じると考えられるのである。 ところで、確定審においては、本件ぶどう酒がB方に到着した時刻が強く争われていた。この点、第5次再審請求に関する特別抗告審決定(前記最高裁平成5年- 16 -(し)第40号同9年1月28日第三小法廷決定)では、本件ぶどう酒がいつB方に持ち込まれたかについて検討するまでもないとされているが、これは、同決定においては、犯行場所が公民館の囲炉裏の間であることは動かないとされていたためであって、澤渡鑑定によって犯行場所が断定できなくなったのであれば、改めてこの点について検討する必要が生じたというべきである。 確定判決は、本件ぶどう酒の到着時刻が事件当日の午後5時過ぎ頃であるとする。そうだとすると、その後間もなく事件本人が本件ぶどう酒を公民館へと運んでいることから、本件ぶどう酒がB方に置かれている間に何者かが農薬を混入する時間的余裕は乏しかったということになる。しかし、この到着時刻に関する証拠は、本件ぶどう酒の売渡関係者、運搬引渡関係者、受取人関係者等の各供述であって、物証はない。そして、この点に関する供述は、ある時点を境に大きく変遷しているのである。 すなわち、本件ぶどう酒はEがF酒店において清酒2本と共に購入したものであるところ、F酒店のG及びHは、昭和36年4月16日までは、本件ぶどう酒の売渡時刻を午後2時半か午後3時頃と述べており、Eも、同月11日までは、午後2時頃に本件ぶどう酒と清酒を買ったと述べていた。そうすると、EがB方に本件ぶどう酒を届けたのは、移動時間を考慮しても午後4時よりかなり前ということになり、他方、B方から公民館へと本件ぶどう酒が運ばれたのは午後5時20分過ぎであるか 述べていた。そうすると、EがB方に本件ぶどう酒を届けたのは、移動時間を考慮しても午後4時よりかなり前ということになり、他方、B方から公民館へと本件ぶどう酒が運ばれたのは午後5時20分過ぎであるから、本件ぶどう酒は、1時間以上もの間、B方の玄関土間に置かれていたことになるのである。これは、本件ぶどう酒をB方に届けたEが、その後農協へ行って仕事をし、さらにその後折詰弁当を取りに行っているところ、その折詰弁当を販売したIが、その折詰弁当の受渡しは午後5時10分頃の出来事であった旨供述していることにも沿う。 他方、上記Gは、同月23日付け検察官調書においては本件ぶどう酒を売ったのは午後4時過ぎではないかと言われればそうではないかと思う旨供述するに至っており、上記Hも同様である。確定判決は具体的な論拠を示さずに、この変遷後の供- 17 -述が真実であると認定しているが、記憶は時間が経過するにつれて曖昧になるという経験則に照らしても、事件後間もない時期における関係者の一致した供述が、相当期間経過後に一斉に変遷するのは疑問であり、本件ぶどう酒のB方への到着時刻が午後5時過ぎ頃であったとする確定判決の認定は、元々脆弱な証拠に支えられていたものにすぎないとみるべきである。そうすると、上記のとおり、本件封緘紙等の発見状況から犯行場所は公民館の囲炉裏の間であったとする推論自体が揺らいだことも併せ考えれば、本件ぶどう酒のB方への到着時刻が午後4時前であり、同所において犯人が本件ぶどう酒に農薬を混入した可能性も否定できなくなったというべきであり、犯行場所が公民館の囲炉裏の間であることを前提として同所で犯行が可能であったのは事件本人ただ一人であるとして事件本人の犯人性を認定するには、合理的な疑いが生じる。 2 自白の信用性について そして、前記第 囲炉裏の間であることを前提として同所で犯行が可能であったのは事件本人ただ一人であるとして事件本人の犯人性を認定するには、合理的な疑いが生じる。 2 自白の信用性について そして、前記第1のとおり、澤渡鑑定によれば、本件封緘紙は犯人が本件ぶどう酒に農薬を混入した後、再度貼り直された可能性が高いということになるところ、そうであるならば、公民館の囲炉裏の間で本件毒ぶどう酒を開栓してニッカリンTを混入したとしつつ、本件封緘紙の貼り直しについて何ら述べていない事件本人の自白の信用性はそれだけでも揺らぐことになるというべきであるが、事件本人の自白については、更に元々以下のような種々の疑問が存在したのである。 ア自白によれば、事件本人は、ニッカリンTの瓶を名張川に投げ捨てたというのであるが、連続10日間、延べ200人以上を投入した徹底した捜索にもかかわらず、これが発見されていない。他方、弁護人の実施した実験によれば、同様の条件では瓶は沈むというのであり、自白内容に沿って瓶が発見されなかったことは不自然である。 イ自白によれば、事件本人は、本件ぶどう酒の開栓後、本件替栓の上に被せられていた耳付き冠頭を拾って処分してはいないから、公民館の囲炉裏の間にあったはずであるが、当日後から来てその場所を掃除したJ は、耳付き冠頭の存在に気付- 18 -いておらず、また、同人は囲炉裏の間から玄関にごみを掃き出したと述べているのに、耳付き冠頭が発見されたのは玄関と反対方向の押入れの奥であって、自白の内容と整合しない。 ウ自白によれば、事件本人はニッカリンTを入れた竹筒を囲炉裏で焼却したというのであるが、それらしい物が発見されていない上、ニッカリンTは燃やしても燐の検出が可能であると製造元が回答しているにもかかわらず、囲炉裏の灰からニッカリンT ンTを入れた竹筒を囲炉裏で焼却したというのであるが、それらしい物が発見されていない上、ニッカリンTは燃やしても燐の検出が可能であると製造元が回答しているにもかかわらず、囲炉裏の灰からニッカリンTが含有する燐は検出されておらず、公民館の外で発見された燃え殻と思しき物からも燐の反応はみられていない。さらに、事件本人が事件当時着用していたジャンパーからも燐が検出されたという立証はないのである。事件本人が竹筒に入れたニッカリンTを携行し、犯行に使用した後、その竹筒を公民館の囲炉裏の間で燃やして処分したとすれば、燐が検出されてしかるべきであり、自白が真実であれば当然存在すべき裏付けを欠いている。 エ確定審の第1審は事件本人の自白内容に沿って夜間事件本人方において竹筒に水を入れる実験を行っているが、暗くて溢れ出してしまい、適切な注入は困難であったとしている。自白の再現性には問題があるのである。 オ自白によれば、事件本人は前日から犯行を計画し、夜間自宅でニッカリンTを竹筒に入れたというのであるが、そもそも宴会にぶどう酒が出されることが最終的に決まったのは事件当日であり、事件本人がそのことを知ったのも宴会前にB方に立ち寄ったときであるから、その点でいささか不自然の感を免れない。また、ぶどう酒が出なくても、酒に砂糖を入れて女性会員に提供すると思ったとする自白についても、そのような計画が事前の打ち合わせで決められていたわけではなく、過去にそのような例もなく不自然であるし、そのような先例のないことを行うのであれば、年次総会後、参加者全員で協議することになると思われるので、他人に気付かれずに竹筒に入れた毒物を混入する計画は、現実性に乏しい。 そして、事件本人が本件ぶどう酒を公民館に運ぶことになったのも、その立ち寄りの際にBの妻から依頼されたからであり 思われるので、他人に気付かれずに竹筒に入れた毒物を混入する計画は、現実性に乏しい。 そして、事件本人が本件ぶどう酒を公民館に運ぶことになったのも、その立ち寄りの際にBの妻から依頼されたからであり、事件本人はそのような展開を事前に予- 19 -見できていたとは考えられないし、公民館の囲炉裏の間で事件本人が一人でいる時間があるということも予期はしていなかったと考えられる。要するに、事件本人は、極めてあやふやな予測ないし期待のもとに犯行を決意し準備をしたことになるのであって、理解に苦しむ。 カ事件本人は、事件前夜に知人が風呂を借りに来たことをその前日(事件の前々日)の出来事であると勘違いして認識し供述しているのであるが、事件本人が真に犯人であるのであれば、極めて重大な犯罪を決意し準備しようとしていた折に他人が来訪したということは鮮明に記憶しているはずである。さらに、家族や上記知人がいる中で自白のような準備ができたかにも疑問が残る。 キ J によれば、宴会で出されるぶどう酒について、「赤かな、白かな」と事件本人に尋ねたところ、事件本人が本件ぶどう酒の包装紙を下げて見せてくれたので、白ぶどう酒であることが分かった旨供述しているが、事件本人がその自白のとおりニッカリンTを本件ぶどう酒に混入していたのであれば、ニッカリンTは赤色に着色されていたのであるから、ぶどう酒に変色はないか、あるいは瓶口に封緘紙や耳付き冠頭がないことを気付かれないかなどといったことを大いに懸念するはずであり、このような無警戒な振る舞いは、犯行の露見を恐れるはずの犯人の行動としては不自然である。 以上のとおり、元々事件本人の自白にはその内容に照らして多数の疑問があるところであった。 さらに、異議審において提出された新証拠によれば、本件ぶどう酒について石油臭がしたと ては不自然である。 以上のとおり、元々事件本人の自白にはその内容に照らして多数の疑問があるところであった。 さらに、異議審において提出された新証拠によれば、本件ぶどう酒について石油臭がしたと述べている者が少なくとも6名いたとされるところ、ニッカリンTには強い臭気はなく、その臭いは弱いフルーツ臭であるというのであるのに対し、別の有機燐テップ製剤である三共テップは、製品中に残存するベンゼンによって石油臭を感じさせる可能性があるというのであるから、ここからも、ニッカリンTを犯行に用いたという自白の信用性には疑問が生ずる。 なお、事件本人に対する取調べにおいては、物理的な暴力が行使されたこと- 20 -はないと認められるものの、取調べが極めて長時間に及ぶなど常人であれば大変な心理的圧迫を受ける状況下での自白であったことがうかがわれるのであり、逮捕前の自白であるから真実であるなどと速断すべきではないと思われる。 したがって、澤渡鑑定により、犯行場所が公民館の囲炉裏の間ではなく、本件ぶどう酒に農薬を混入した後、本件封緘紙を再度糊付けして貼り直した可能性が生じ、そうであるならばこの事実は事件本人の自白内容と齟齬することや、事件本人の自白のとおりニッカリンTが使用されたとすると、本件ぶどう酒から石油臭がしたと複数の者が述べていることと整合しないことを踏まえ、元々その信用性には疑問を差し挟むべき点が多々あった事件本人の自白についてその証明力を再評価するならば、事件本人の自白の信用性に多大な疑問が生じているというべきである。 第3 結論以上のとおり、新旧全証拠を総合すれば、犯行の機会に関する情況証拠から事件本人が本件犯行を犯したと認めるには合理的な疑いが生じ、また、事件本人の自白の信用性にも多大な疑問が生ずるのであり、確定判決の有罪認定 おり、新旧全証拠を総合すれば、犯行の機会に関する情況証拠から事件本人が本件犯行を犯したと認めるには合理的な疑いが生じ、また、事件本人の自白の信用性にも多大な疑問が生ずるのであり、確定判決の有罪認定には合理的な疑いが生じているものというべきであるから、所論引用の各証拠が刑訴法435条6号にいう証拠の明白性を欠くとして本件再審請求を棄却すべきものとした原々決定及び原決定は、いずれも取消しを免れず、再審を開始すべきである。 (裁判長裁判官長嶺安政裁判官宇賀克也裁判官林道晴裁判官渡惠理子裁判官今崎幸彦)

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