本件は、医療法人社団皓聖会が、歯科医師である控訴人に対し、準委任契約に基づく受取物返還義務、不当利得、債務不履行、不正競争行為、不法行為に基づく損害賠償金等の金員支払を求めた事案である。控訴人は、原判決の一部を不服として控訴したが、主要な争点は、旧契約期間中の精算未了の診療代金請求の当否、立替費用の支払義務の有無、相殺の抗弁の成否などであった。裁判所は、控訴人の主張を認めず、原判決を支持した。判決は、控訴人の控訴を棄却し、控訴費用は控訴人の負担とする結論に至った。
令和7年9月11日判決言渡令和7年(ネ)第10030号診療代等請求控訴事件(原審・東京地方裁判所令和5年(ワ)第13626号)口頭弁論終結日令和7年7月17日判決 控訴人 X同訴訟代理人弁護士吉原隆平田中佑治 被控訴人医療法人社団皓聖会 同訴訟代理人弁護士高橋将志主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 (略語は、別に定めるもののほか、原判決の例による。)第1 控訴の趣旨 1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。 2 前項の部分につき、被控訴人の請求を棄却する。 第2 事案の概要 1 事案の要旨本件は、本件歯科医院を経営する医療法人社団である被控訴人が、本件歯科 医院で診療業務を行っていた歯科医師である控訴人に対し、準委任契約の受取 物引渡義務に基づく受取物返還、不当利得、債務不履行(善管注意義務違反)・不正競争行為・不法行為に基づく損害賠償金等として、金員の支払を求めた事案である。 2 被控訴人の請求(1) 控訴人は、被控訴人に対し、277万0350円及びこれに対する令和 6年8月15日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 (2) 控訴人は、被控訴人に対し、258万7000円及びこれに対する令和6年8月15日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 (3) 控訴人は、被控訴人に対し、634万5569円及びこれに対する令和6年8月15日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 (4) 控訴人は、被控訴人に対し る金員を支払え。 (3) 控訴人は、被控訴人に対し、634万5569円及びこれに対する令和6年8月15日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 (4) 控訴人は、被控訴人に対し、213万3000円及びこれに対する令和6年8月15日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 (5) 控訴人は、被控訴人に対し、16万9746円及びこれに対する令和6年8月15日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 (6) 控訴人は、被控訴人に対し、2250万円及びこれに対する令和6年8 月15日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 (7) 控訴人は、被控訴人に対し、365万0567円及びこれに対する令和6年8月15日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 【被控訴人の請求の法的根拠】・主請求について ・上記(1)から(3)まで:①準委任契約に基づく受取物返還請求、②不当利得返還請求、③準委任契約の債務不履行(善管注意義務違反)に基づく損害賠償請求、④不法行為に基づく損害賠償請求(選択的併合)・上記(4):①準委任契約の債務不履行(善管注意義務違反)に基づく損害賠償請求、②不法行為に基づく損害賠償請求(選択的併合) ・上記(5):①不当利得返還請求、②準委任契約の債務不履行(善管注意 義務違反)に基づく損害賠償請求、③不法行為に基づく損害賠償請求(選択的併合)・上記(6):①不正競争行為に基づく損害賠償請求、②不法行為に基づく損害賠償請求(選択的併合)・上記(7):不法行為に基づく損害賠償請求(弁護士費用) ・上記(1)から(7)までの附帯請求について:遅延損害金請求(起算日は訴えの変更申立書送達日の翌日ないし不法行為後の日、利率は民 ・上記(7):不法行為に基づく損害賠償請求(弁護士費用) ・上記(1)から(7)までの附帯請求について:遅延損害金請求(起算日は訴えの変更申立書送達日の翌日ないし不法行為後の日、利率は民法所定) 3 原判決は、被控訴人の請求のうち、上記2(2)及び(5)の請求を全部認容し、同(3)の請求を572万0246円及びこれに対する遅延損害金の限度で一部認容し、その余の請求を棄却したところ、認容部分を不服とする控訴人が控 訴した。 第3 前提事実前提事実は、次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」第2の1(3頁~)に記載するとおりであるから、これを引用する。 【原判決の補正】 原判決7頁13行目末尾の次を改行し、次のとおり加える。 「控訴人は、被控訴人に対し、令和6年3月26日の弁論準備手続期日において、後記第3の7(被告の主張)(1)から(3)までの債権をもって、また、同年7月8日の弁論準備手続期日において、後記第3の7(被告の主張)(4)の債権をもって、被控訴人の本訴請求債権とその対当額で相殺するとの意思表 示をした。」第4 争点及び争点に関する当事者の主張 1 争点本件の当審における争点は、以下のとおりである(以下では、冒頭番号に従って「当審争点(1)」などという。)。 【当審における争点】 (1) 旧契約期間中の精算未了の診療代金(原判決別紙2関係)請求の当否(前記第2の2(2)の請求に関するもの。原判決での争点(2))(2) 旧覚書期間中の精算未了の診療代金請求の当否(前記第2の2(3)の請求に関するもの。原判決での争点(3))(3) 立替費用の支払義務の有無(前記第2の2(5)の請求に関するもの。原 判決での争点(5))(4) 相殺の抗弁の成否 否(前記第2の2(3)の請求に関するもの。原判決での争点(3))(3) 立替費用の支払義務の有無(前記第2の2(5)の請求に関するもの。原 判決での争点(5))(4) 相殺の抗弁の成否(前記第2の2(2)、(3)及び(5)の請求に関するもの。 原判決での争点(7)) 2 争点に関する当事者の主張争点に関する当事者双方の主張は、当審における控訴人の補充的主張を下記 のとおり加えるほか、原判決「事実及び理由」第3の2(8頁~)、3(9頁~)、5(12頁)及び7(13頁~)に記載のとおりであるから、これを引用する。 【当審における控訴人の補充的主張】(1) 当審争点(1)(旧契約期間中の精算未了の診療代金請求の当否)につい て原判決は、控訴人が支払うべき精算未了の診療代金を算定するに当たり、前提としての本件歯科医院の売上げを561万9160円と認定したが、そのような多額の売上げはなかった。甲第13号証に記載されているとおり、控訴人は、令和4年11月に100万円、12月に113万3000円、合 計213万3000円の返金をしており、これを控除した旧覚書期間中の売上げは268万1110円(=481万4110円-213万3000円)である。これに保険診療代合計129万2610円を加えると、旧覚書期間中の売上げの合計は397万3720円となり、被控訴人の取り分は原判決が認定したものよりも少なくなる。具体的には、控訴人の取り分は206万 9488円(=397万3720円×旧覚書委託報酬40%+手当合計48 万円)となり、被控訴人の取り分は61万1622円(=268万1110円-206万9488円)である。 (2) 当審争点(2)(旧覚書期間中の精算未了の診療代金請求の当否)について控訴人は 万円)となり、被控訴人の取り分は61万1622円(=268万1110円-206万9488円)である。 (2) 当審争点(2)(旧覚書期間中の精算未了の診療代金請求の当否)について控訴人は、患者から治療の遅延を理由にした返金希望があったため、本 件歯科医院の開設者及び管理者として責任と権限に基づいて上記(1)の返金をした。未治療段階で患者から求められれば返金せざるを得ず、このことを被控訴人関係者に報告できる状況ではなかった。控訴人に返金権限を付与しないなら、被控訴人が代わりに返金トラブルを処理する義務があり、この点を理解しない原判決は現実や実態を看過している。 (3) 当審争点(3)(立替費用の支払義務の有無)について控訴人は、新覚書により本件歯科医院を経営することになったが、賃借人を被控訴人から控訴人に変更することが困難であったため、被控訴人と賃貸物件所有者による賃貸借契約を継続させることになった。被控訴人が請求する看板代及びゴミ処理代は、被控訴人と賃貸物件所有者の間の賃貸借契約 の賃料に付随するものであり(乙2)、賃借人である被控訴人が支払うべきであって、控訴人に支払義務はない。 (4) 当審争点(4)(相殺の抗弁の成否)についてア A に対する診療代金返金に関する不当利得返還請求権についてA は、令和4年8月24日、被控訴人に対し、311万3000円を クレジットカードで支払い、当該金銭は被控訴人の口座に入金された。 しかし、同年12月、A より返金要求があったため、控訴人が自己資金から現金で同額を立て替えて返金した。本来は被控訴人が返金すべきであり、それを控訴人が立て替えたのであるから、控訴人は被控訴人に対して同額の不当利得返還請求権を有している。原判決は、被控訴人に 何ら相 同額を立て替えて返金した。本来は被控訴人が返金すべきであり、それを控訴人が立て替えたのであるから、控訴人は被控訴人に対して同額の不当利得返還請求権を有している。原判決は、被控訴人に 何ら相談なく返金したなどとするが、誰に相談すればよかったのか不明 だったのであり、原判決は現実を無視した無理難題を控訴人に課すものである。 イ備品代立替金相当額の不当利得返還請求権について控訴人は、令和4年12月、インプラント関連材料を購入し、被控訴人に請求したが、支払がなかった。このため、控訴人は、令和5年2月1 日、26万3560円を立て替えて支払ったのであり、控訴人は被控訴人に対して同額の不当利得返還請求権を有している。 ウ未払労働債権について被控訴人は、控訴人に給与を支払う都度、その根拠等を説明したというが、控訴人は一切聞いていない。 エ源泉徴収相当額の不当利得返還請求権について仮に、被控訴人が、控訴人の歩合制報酬についての源泉徴収分を納税していないなら、控訴人が納税義務を負うから、その金額を控訴人に返還すべきである。控訴人も開設者及び医院長として会計上の責任者と判断され、源泉徴収額の不納付に加担したと看做されて、連帯責任を問われ る可能性があるから、控訴人には源泉徴収額相当額の損失がある。 第5 当裁判所の判断 1 当裁判所も、被控訴人の請求は、前記第2の(2)の請求全部(258万7000円及びこれに対する遅延損害金)、同(3)の請求のうちの572万0246円及びこれに対する遅延損害金、同(5)の請求全部(16万9746円及び これに対する遅延損害金)の限度で認められ、控訴人が主張する相殺の抗弁に係る自働債権は認められないから、結論として、被控訴人の請求は、原判決主文第1項から )の請求全部(16万9746円及び これに対する遅延損害金)の限度で認められ、控訴人が主張する相殺の抗弁に係る自働債権は認められないから、結論として、被控訴人の請求は、原判決主文第1項から第3項までの限度で理由があると判断する。その理由は、以下のとおりである。 2 認定事実 認定事実については、原判決「事実及び理由」第4の1(16頁~)に記載 のとおりであるから、これを引用する。 3 当審争点(1)(旧契約期間中の精算未了の診療代金請求の当否)について(1) 当裁判所も、控訴人が被控訴人に対して支払うべき旧契約期間中の精算未了の診療代金の額は258万7000円であると認めるところ、その理由は、原判決「事実及び理由」第4の3(21頁~)に記載のとおりであるか ら、これを引用する。 (2) 控訴人は、支払うべき精算未了の診療代金を算定するに当たり、原判決が前提としたような売上げはなかったなどと主張するが、控訴人がその根拠として主張する返金や売上高等の事実は、旧覚書期間(令和4年10月5日~同年12月31日)のものであり(当審争点(2)参照)、当審争点(1)で 問題となる旧契約期間(令和4年7月6日~同年10月4日)のものではない。控訴人の主張は採用することができない。 4 当審争点(2)(旧覚書期間中の精算未了の診療代金請求の当否)について(1) 当裁判所も、個別の患者に関する仮受金・返金などに関する控訴人の主張を採用することはできず、控訴人が被控訴人に対して支払うべき旧覚書期 間中の精算未了の診療代金の額は、572万0246円であると認めるところ、その理由は、原判決「事実及び理由」第4の4(22頁~)に記載のとおりであるから、これを引用する。 (2) 控訴人は、本件歯科医院の開設者及び 療代金の額は、572万0246円であると認めるところ、その理由は、原判決「事実及び理由」第4の4(22頁~)に記載のとおりであるから、これを引用する。 (2) 控訴人は、本件歯科医院の開設者及び管理者として責任と権限に基づいて返金したなどと主張するが、控訴人が旧覚書期間中に患者に対する返金等 に関する独立した権限を有していなかったことについては、上記引用に係る原判決で認定されたとおりである。 5 当審争点(3)(立替費用の支払義務の有無)について(1) 当裁判所も、看板代及びごみ処理代は新覚書に基づいて控訴人が負担すべきものであり、被控訴人は、控訴人に対し、立替費用相当額16万974 6円について不当利得に基づく返還請求権を有するものと認めるところ、そ の理由は、原判決「事実及び理由」第4の6(30頁~。ただし、原判決31頁5行目の「そして、」から同頁8行目末尾までの部分を除く。)に記載のとおりであるから、これを引用する。 (2) 控訴人は、看板代及びゴミ処理代は、被控訴人と賃貸物件所有者の間の賃貸借契約の賃料に付随するものであると主張するが、被控訴人と建物所有 者との間の事業用定期建物賃貸借契約書(乙2〔1頁〕)によれば、同契約書には「賃料」、「ゴミ処理代(固定)」及び「看板代」が区分して明記されており、看板代及びごみ処理代を当然に賃料に含めたり、賃料に付随するものと解したりすることができないことは、上記引用に係る原判決で説示されたとおりである。 6 当審争点(4)(相殺の抗弁の成否)について(1) 当裁判所も、控訴人が主張する相殺の自働債権(①A に対する診療代金返金に関する不当利得返還請求権、②備品代立替金相当額の不当利得返還請求権、③未払労働債権、④源泉徴収相当額の不当利得返還請求権 ) 当裁判所も、控訴人が主張する相殺の自働債権(①A に対する診療代金返金に関する不当利得返還請求権、②備品代立替金相当額の不当利得返還請求権、③未払労働債権、④源泉徴収相当額の不当利得返還請求権)はいずれも認められないと判断する。その理由は、以下のとおりである。 (2) A に対する診療代金返金に関する不当利得返還請求権についてア前記引用に係るA からの入金及び返金の状況(原判決「事実及び理由」第4の4(4)ア(ア)、24頁)によれば、A からは、令和4年8月24日に311万3000円の入金があり、また、同年11月28日に198万円の入金があったところ、控訴人は、令和5年1月25日、A に 対し、311万3000円を返金していることが認められる。そして、控訴人は、本来であれば被控訴人が返金義務を負うにもかかわらず、控訴人が上記の返金をしているのであるから、控訴人は被控訴人に対して上記311万3000円の不当利得返還請求権を有する旨主張する。 しかし、引用に係る前記前提事実(6)及び前記認定事実(5)アによれば、 控訴人と被控訴人は、令和4年12月30日、新覚書を締結し、令和5 年1月1日以降、控訴人が本件歯科医院を経営し、賃借物件の賃借人は被控訴人のままとするものの、控訴人が被控訴人に対して賃料分及び本件歯科医院の引継ぎに関する費用を支払い、歯科衛生士2名の雇用も引き継ぎ、人件費等の費用についても控訴人が一切負担することになっている。このように、控訴人が本件歯科医院の経営を引き継いだ以上、本 件歯科医院で治療を行っていた患者の個々の診療契約についても、控訴人が被控訴人からその契約上の地位を引き継ぐとの黙示の合意が成立したと認めるのが相当である。そうすると、A との診療契約を解除した場合、返金 院で治療を行っていた患者の個々の診療契約についても、控訴人が被控訴人からその契約上の地位を引き継ぐとの黙示の合意が成立したと認めるのが相当である。そうすると、A との診療契約を解除した場合、返金義務を負うのは控訴人自身であり、被控訴人ではないから、被控訴人に利得は認められず、控訴人が被控訴人に対して不当利得返還 請求権を有すると認めることはできない。 イ仮に、上記のような個々の診療契約に関する契約上の地位の移転が認められなければ、具体的な権限がない以上、控訴人が被控訴人とA との間の診療契約を勝手に解除することはできず、被控訴人自身が依然としてA に対する診療契約上の義務を負担することとなる。控訴人がA に対して上記の返金を行ったとしても、被控訴人が当然に診療契約上の義務(債務不履行の場合の返金義務を含む。)を免れるものではなく、やはり、被控訴人に利得は認められない。 ウよって、控訴人がA に対する診療代金返金に関し不当利得返還請求権を有するとの控訴人の上記主張は、採用することができない。 (3) その余の自働債権についてア控訴人が主張する相殺のその余の自働債権(備品代立替金相当額の不当利得返還請求権、未払労働債権、源泉徴収相当額の不当利得返還請求権)がいずれも認められないことについては、原判決「事実及び理由」第4の8(1)イからエまで及び同(2)(33頁~)に記載のとおりであるから、 これを引用する。 イ控訴人は、上記各債権が認められるべきであることについてるる主張するが、当該主張に係る事実を認めるに足りる証拠はなく、また、源泉徴収額については、控訴人において納税義務を負うことはないから、当該主張はいずれも採用することができない。 第6 結論 以上のとおりであるから 係る事実を認めるに足りる証拠はなく、また、源泉徴収額については、控訴人において納税義務を負うことはないから、当該主張はいずれも採用することができない。 第6 結論 以上のとおりであるから、前記第5の1の判断と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 増田稔 裁判官 岩井直幸 裁判官 安岡美香子
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